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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第14章 後編 -神殺し-】
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水底王都にて


 揺蕩う無限の水底で、地上にいたときと変わらず玉座に座り、謁見の間で並び立つ異形の家臣たちをドラゴニアは眺める。ほくそ笑み、口元は切れるように開き、満足気に正面を向く。

「申し上げます」

 扉が開き、異形の兵士が王の前にひざまずく。

「冒険者一名が城に侵入いたしました」

「だから?」

「え?」

「だから私になにを求める? 王に立てと申すか? 王は勝てる戦以外は座して待つだけだ。逃げも隠れもせず、王としてこの椅子に座り続けることこそが私に与えられた役目であり役割。貴様はそれを放り出せとでも?」

 くだらん、と言い切ってドラゴニアは腕を振る。水圧で練り上げられた飛刃が報告に来た異形の兵士の首を刎ね飛ばした。

「隠れずに私の前に現れよ」

 そうして開かれたままの扉の奥に見える廊下へと声を飛ばす。


 狼の毛皮をマントのように羽織った偉丈夫がドラゴニアの前に現れる。体中に付けられた無数の傷痕は王城潜入の際に付けられたものではなく、これまでの彼の功績を讃えているかのようだ。


「この水底の異界でも変わらず呼吸ができるか。やはり冒険者は侮れんものがある」

「アンナ・ワナギルカン――いいや、初代国王ドラゴニア・ワナギルカンに問う」

 剣を抜いて、その剣先をドラゴニアに向けながら男は呟く。

「私をドラゴニアと見抜いているか」

「この世界の先に貴様はなにを見る?」

「ほう?」

「『勇者』にも問い掛けた。しかしそれは俺が求める答えではなかった。だから『勇者』を目指すことは捨てた。元より『勇者』に集った者たちは俺の手の届かない範疇に立っていた。あんな強い光を追い求めるよりは己自身を高めることこそが最たる世界への貢献であると俺は判断した」

「だから『至高』に登り詰めても魔王討伐には乗り出さなかったと」

 ドラゴニアは呟きながら笑う。

「くだらんな、実にくだらん」

「そのように吐き捨てるのであればお答え願おう。この世界の先に貴様はなにを見ているのか。そしてなにを目指すのか」

「……支配だ」

「支配?」

「国を統べる者が辿り着く境地とは支配以外になにがあると言う? “全”を手に入れたのであれば、あとに必要なのは勝利でもなんでもない。世界を統べ、支配し、管理する」

 ドラゴニアが発する『王威』によって水が震撼し、小さな水流が男を押し流そうとする。しかしそれに負けることもなく、耐える素振りもせずに受けたまま流し、男の構えは一切乱れることはない。

「くだらない答えだ。支配のあとに得るものなどない」

「果たしてそうかな? 人間どもはどいつもこいつも些細なことで争い合う。くだらない価値観、くだらない生き方、くだらない思考、くだらない名誉。そんなものに縋り付きながらも、金を積まれれば平気でそれらを捨て去ってしまう」

「金で支配するのか?」

「違う。金で支配できる人間が金以外で支配できんはずがないと言っている。世界全土に私の力が及べば、いずれ人間はどいつもこいつもくだらないものを捨てて自由となる」

「支配は自由とは真逆にあると思うが?」

「違う。支配されているから自由が心地良く、自由があるから支配を憎むのだ。支配を憎めばいずれは王を憎む」

「いずれ王を討たんとするだろうな」

「それで構わん。私は座して待つ。本当に私を討てると思っているのならな。支配による憎しみを私へと向けさせ、ありとあらゆる憎しみから来るいざこざを私の責任とする。そうすれば、私はずっと戦っていられる。ずっと刃を向けられ続け、ずっとその刃を圧し折り、屠ることができる」

 男は剣先を向けたまま溜め息をつく。

「つまり、支配の先にある自由の芽生えが起こす憎しみ。そしてその憎しみから来る自身を巻き込む闘争がお好みか」

「王が退屈ではなんの意味もなく意義もない。生きている限り戦い続ける。しかし王となったからには座して待つしかないのだ。王は勝てる戦にも負ける戦にも足を運ばん。王はこの城でのみ待ち続け、向けられる刃に抗う姿こそが本来あるべき姿なのだ。道楽や享楽に(ふけ)ったところで得られるものなどなにもない。(まつりごと)など口出ししようもない。宰相やそこらの連中が身勝手になにもかも好き放題にするのだからな。王の言葉など奴らは一言も信じず、耳になど入れる気などない。己が地位と名誉、そして懐に溜め込む金しか頭にはない。だったら私もまた王として好き放題させてもらうだけだ」

 すぐ傍にいる異形の政務官が男には分からない謎の言語を放っているが、ドラゴニアは笑うだけで通訳をする素振りを見せない。

 王ですらなにを言っているか理解していないのかもしれない。しかし、分からずとも異形の政務官も宰相も王を放って仕事をする。だったらわざわざその言葉に王が耳を貸す道理もない。そういった論理が見える。

「狂乱だな。世界全てを異界に変えてしまう気か?」

「それが支配のあるべき形と民草が思うのならば」

「既に王都までもが異界化し、民草と呼べる民草も生きているかも分からないのにか?」

「民草はそこら中に生えている。王が一々、民草の人数など気にしてどうする? 死んでいく兵士の数すらも頭に入れるのは面倒臭いというのに」

 男は王へと真っ直ぐに駆け抜けて刺突を放つ。王は避けもせずにその刺突の向かう先を見届ける。


 刺突は玉座を外れて、水圧の刃は後ろに控えていた家臣の一人を貫く。


「これで一人空いたな」

「ほう?」

「『勇者』のパーティは俺の問いにこう答えた。『魔王を倒してから考える』と。俺はそのとき、心の底からくだらないと思った。今、目の前にある目的を果たしてから先のことを考えて一体どうするのかと。目的も目標も、見るべき先の世界も考えていないとは。でなければ、恐怖の時代をその手で終わらせたところで、ただ世界に動揺が走るだけだ。なのに『勇者』は倒してしまった。恐怖の時代を終わらせてしまった。するとどうだ? やはり世界は動揺し、動乱が起き、こうして異界が現れている」

 男は剣を鞘に納めて翻る。異形の兵士が男を取り囲もうとするが『王威』によって兵士たちは強制的にひざまずかされる。

「世界を支配する。くだらないが、『勇者』たちの答えに比べれば未来を見ている。力を貸そう、初代国王よ」

「ギルドを裏切るか?」

「裏切るのではない。奴らが俺の力を利用していたのなら、俺もギルドが与えてくれた特権を利用していただけだ。俺はただの一度もギルドによってこの身を支配され、管理されたと思ったことはない」

 毛皮のマントが男を包み、黒狼となる。

「しかし初代国王よ。狂乱の末に討ち倒された先のことを貴様もまた考えてはいないようだが」

「笑わせる。この私が討たれると思うか? 私はこの玉座に座り続ける最初で最後の国王だ。未来永劫な」

 黒狼はその返答に一切の表情の変化を見せることなく謁見の間を駆けて出て行った。

「『赤月』の冒険者が味方に付くとは思わなかったわ」

「ご機嫌取りでもしに来たか、『異端審問会』?」

「その玉座、今すぐ私が奪っても構わないわ」

「ふ……貴様たちに出来、」

「出来るから言っているのよ」

 アヴェマリアから発せられる気配を読み解いて、ドラゴニアは言葉を飲み込む。

「私が世界を支配するまで好きにすればいい。それらの憎しみがこの私に向けられるのなら、それもまた私の願いだ」

「憎まれるのが願いだなんて随分と捻くれたことを考えるわ。老いる前もそうだったのかしら」

「貴様も老いれば分かることだ」

 そう言ってからドラゴニアは「いいや」と言葉を撤回する。

「貴様には不要な言葉だったな」

「そうね」

 水中でありながらも変わらず呼吸し、陸地と変わらず歩ける彼女もまた先ほど現れた冒険者のように一線を画す強さを備えている。しかし、その爪をひた隠していることをドラゴニアは読み解く。

「今日はあの男を連れておらんのだな」

「いつも一緒にいたわけではないわ。あなたの方がシロノアとは長い付き合いじゃないのかしら?」

「私は降霊によってこの世に生を受けた魂に過ぎん。奴とは確かに付き合いはあったが、そこに興味などなかった」

「彼が行う破壊に興味があったんでしょう?」

「そうだ。世界を憎々しく思っているかのように行う悪意の塊がそこにあったから付いて行ったまでのこと。奴らが只人(ただびと)であったなら喰っていたところだ」

 『魂喰らい』の異称の通り、ドラゴニアは肉体を、その魂を喰らうことをアヴェマリアは知っている。でなければこの王が異界にこのように玉座を用意し、居座ることなどできないからだ。

 ドラゴニアはオエラリヌを喰らった。だから異界の主となり王都を水底へと沈められたのだ。つまり、この王は既に『至高』の冒険者をも超越するだけの力を得ている。それも『勇者』のパーティにおいて最強と謳われたドラゴニュートを喰らっている。いかに『勇者』の血をロジックに宿していようともアレウリスがドラゴニアを討つ様をアヴェマリアは想像できない。

「たとえシロノアを殺せたとしても、あなたや私には辿り着けないわ」

「随分と薄情なことを言う。貴様とあの男には相応の縁があるのではないか?」

「縁……? そうね、私はあいつのことをよく知っているけれど……あいつは私のことをよく知らないから、縁と呼べるかどうかまでは分からないわ。ただ言えることは、私の生き方を羨むような眼差しを向けるのはやめてってところかしら」

 やはり薄情な言葉で返してくるドラゴニアは彼女の真意を汲み取ろうと試みるが、すぐに無駄なことだと判断してやめる。

「なにを目指す?」

 話したいことは話し終えたとばかりに彼女が去ろうとするためドラゴニアは声を掛ける。

「ありとあらゆる人間を、世界を、それどころか産まれ直す前に縁という繋がりを持つ男すらも利用して、貴様はなにを目指してなにを得ようとしている?」


「神」

 即答し、正気かと疑いながらもその目には冗談など一片もないために王は呆れる。


「『賢者』のようなことを言うでないわ、くだらん」

「あれは神になることを目指していただけ。私は神を目指すのよ」

「神と同じところに立つか? 立ってどうする?」

「殺す」

 言い切り、口元は歪んだ笑みを浮かべる。

「神を殺して、この世界に蔓延る奇跡や祝福の全て消し去るわ。そうすれば世界もようやく元通りの形へと戻る。()()()が支配していた頃の世界にね」

 先ほどの答えはドラゴニアからしてみれば「くだらん」の一言で済ませることだったが、のちに続いた言葉は胸の奥をくすぐってくる。

「面白い。神の加護なき世界を制圧すれば、私は真なる支配者となれる」

「そう? なら良かった。けれど、その世界を作ることに協力なんてしないわ。私は神を殺してから、やりたいことを気が済むまでやり尽くすだけだから。興味ないのよ、あなたが征服した世界には」

 そう言ってアヴェマリアは謁見の間を去る。


「それにしても、シロノアはいつ気が付くのかしら」

 廊下を歩きながら呟く。

「私が私であることに。まぁ、気が付くわけもないか。アレウリス・ノ―ルードはすぐに見抜いてくるでしょうから、驚きは最後まで取っておいてあげるわ、シロノア?」

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