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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第14章 後編 -神殺し-】
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強い覚悟

 談話室で一人で過ごしていても手持ち無沙汰になるだけで味気なかったためアレウスは外出する。しかし外に出たところでなにか目的があったわけでもないので、露天商が並べている品物を見たり、賑わいを見せ始めている商業区を歩く。

「だからぁ、これはこうやってスープを掬って飲むための道具で」

「掬う……? 手で掬って飲むのとどう違うのですか? 直接、口を付けて飲んではならないのですか?」

「人前でその飲み方をすると避けられるんだよ」

「避ける……? 避けられるのであれば、別にそれで構わないのでは? こちらも別に多くと語り合いたいわけでもないのですから」

「あのなぁー」

 カトラリーを扱う店の前でノックスがセレナにスプーンの意味を説明しているが彼女にはイマイチ便利さが伝わっていないようだ。

「お、アレウス。丁度良かった」

 気付いてないフリをして通り過ぎようとしたが彼女はそれを許さない。

「僕は嫌だからな」

「まだなにも言ってねぇだろ」

「アレウスさん、ご無沙汰しております」

 セレナがアレウスにぎこちないお辞儀をしてみせる。

「ヒューマンはこのように挨拶をすると聞いています」

「平民はあまりしないな。貴族はよくしていると思うけど」

「そうなのですか? 平民……貴族? ううん、複雑ですね」

 セレナは悩みながら姉を見つめる。

「貴族の挨拶をセレナに教えてどうするつもりなんだ?」

「いや、貴族同士がやっている挨拶を見て、あれは一体どういう作法でどういった儀式なのかって聞いてきたんだよ」

 どうやらセレナは貴族同士がやる気品高い挨拶を儀式や儀礼のようなものと受け取ったらしい。確かに普段から行っている挨拶と異なるものを見れば興味よりも若干の気味悪さが勝る。知ることで安心を得たかったのだろう。

「姉上は群れを追放されてから随分とヒューマンらしくなりました」

「良いことじゃないよな」

 セレナたち獣人のことを思えばノックスがヒューマンの環境に適応していく様は耐えられないのではないか。場合によっては獣人の文化を否定に繋がる。だからこそアレウスはセレナの気持ちを汲んだ言葉を呟く。

「……いいえ、追放処分を受けた以上は姉上が生きる場所はあなたの傍だけ」

「こいつの傍だけじゃねぇけどな」

「ならば、あなたと共に暮らせるように努力する姉上の様はむしろジブンにとっては安心できます」

「別に共に暮らしたいわけでもねぇけど」

 妹の言葉に一々、姉は言葉を挟んでくる。このまま姉妹喧嘩にでも発展したら迷惑なので、早くこの場から去ってしまいたいとアレウスは思いながらスプーンを片手に握ったままのセレナに気付く。

「興味があるか?」

「いえ、これは…………はい。なにかこう、獣人らしさではなくヒューマンらしい物には少しばかり興味が」

「安物で良ければ買えるけど」

「本当ですか?」

 銀食器はすぐに駄目になってしまう上に高い。なので木材を加工して作ったスプーンならば買える。幸い、セレナが握り締めているのは木製のスプーンだ。

「獣人の前でそれを使ってスープでも飲んだら馬鹿にされるからやめておけよ?」

「分かっていますよ、姉上。でも、不思議な気持ちです。以前はヒューマンのことなんて何一つとして理解しようとも思わなかったのですが、今はちょっとだけ知りたいと思っています。これもあなたのせいでしょうか?」

 チラッとセレナがアレウスに色目のような、女性らしく視線を送ってくる。

「異文化交流は悪いことじゃない。あと僕じゃなくてアベリアが最初じゃないか?」

 深くは捉えず、彼女の興味の始まりは自身ではないことを伝えておく。

「そういえばアベリアさんはどこに? いつもご一緒なのでは?」

「いつも一緒ではないな」

 セレナの持っている木製スプーンの支払いを店員との間で済ましながらアレウスは答える。

「姉上姉上、チャンスです。今この瞬間ならば襲っても隠し通せます」

「怖いことを言うんじゃねぇよ。道端で襲えるか」

「道端? ジブンは別に場所を限定していませんが」

 からかい気味に言われ、ノックスはセレナに「余計なお世話なんだよなぁ」と呟いて若干、苛立っていた。支払いを終えて木製スプーンをセレナは握り締めつつ「ありがとうございます」と店員とアレウスにお礼を言う。

「パルティータたちはまだシンギングリンに?」

「カプリコンの一件以来、この周辺には魔物が群がっていますので。アレウスさんたちのお手を煩わせることがないようにジブンたちで倒しているところです」

「それは助かる。シンギングリンの冒険者もそんなに多くはないからな」

 特に白騎士の襲撃以降、冒険者は別の村や街に移っている。それでも留まってくれている冒険者もいるのだが、数は全盛期に比べれば半数以下になってしまっている。だからそういった協力はアレウスもだがリスティやニンファンベラ、アルフレッドもありがたいと思っていることだろう。

「ヒューマンを襲っていたジブンたちがヒューマンを守っている。それは皆様方に受け入れられることではないと思ってもおりますので、落ち着けばパルティータたちは縄張りへと帰ります」

「セレナは?」

「ジブンは姉上にお供します」

「駄目だ」

 聞いているだけだったノックスが口を開く。

「お前は群れに帰れ」

「嫌です」

「ワタシは死んでも群れを追われた身。キングス・ファングの群れがどうこうなることはない。でもお前はそうじゃない。もしもセレナが死ぬことがあれば、パルティータだけじゃなく群れに動揺が走る」

「構いません」

「構わなくない。お前は群れの中で子を産む、育てるんだ。前キングス・ファングの娘ならば多少のワガママは許される。現キングス・ファングのパルティータは実弟という面からも、お前が好む男を見つけて夫婦(めおと)になることもできるだろう」

「そのような幸せなどいりません」

「いいや、駄目だ! お前は、」

「ジブンは姉上のいない人生を歩むなど考えておりません。姉上と共に生き、姉上と共に死ぬ。ジブンたちが持っている力もまたそのためにあると考えています。ジブンは姉上を見捨てません、ジブンは姉上を死なせはしません。ジブンは姉上のために」

「だから、」

「落ち着け」

 ノックスが声を荒げそうになったのでアレウスが止めに入る。

「……どう思う、アレウス?」

「こうなったセレナは融通が利かないことは知っているんじゃないのか?」

「知っている。だからお前から言ってやってくれ。セレナがワタシと共に行くことがいかに問題であるのかを」

 前キングス・ファングの嫡子は現キングス・ファングとなっている。しかしセレナは未だ不安定で、未だキングス・ファングらしくないパルティータを補佐する役目を担っていると考えられる。

 そんな人物がもしも戦いで命を落とすようなことがあればキングス・ファングの群れは総崩れとなるだろう。

「セレナ」

「はい」

「分かっていると思うけど、次の戦いは誰も死なない未来はない。きっと誰かが命を落とす。僕はそんな気がしている」

「はい」

「魔物だけじゃない人間とも戦うかもしれない。いや、人間だったけど魔物化した存在と戦う可能性だってある」

「はい」

「それでも、ノックスのために行くのか?」

「はい」

 どんな問い掛けにも首を縦に振ってくる。

「……無理だよ、ノックス。お手上げだ」

 アレウスは諦めたように彼女に伝える。

「多分、どれだけ言葉を重ねてもセレナは付いてくる。君が突き放す言葉をどれほど投げかけても構わず付いてくる。それぐらい、もう覚悟が決まっている」

 ノックスは「やれやれ」と呟く。

「そんなにワタシと共に戦いたいか?」

「はい」

「そんなにか?」

「はい」

「それじゃワタシがこいつと寝るときもお前は一緒に寝るのか?」

「はい」

「意味分かんないことを訊ねるな。あとそこは肯くな」

 悩みの種を増やさないでくれ、とアレウスは切に願う。

「……しゃーないなぁ。仕方がない。そこまで全部肯くんなら仕方がない。でも、ワタシと一緒に死ぬなんて言うな。どっちかが死ぬってとき、ワタシはお前を生かすからな」

「それはジブンも同じです」

「じゃ、どっちの意地がどっちを生かすか勝負だな」

「ですね」

 緊張が緩和され、険しかったノックスの顔が綻ぶのを見てセレナは安堵の息をついた。

「セレナと人間が戦うことなんてないよな?」

「なるべく人間と戦わないようには取り計らってくれるはずだ。ただ、」

「人間だった存在とは戦うかもしれねぇんだろ? それぐらいは、割り切れるさ。ワタシが言ってんのは普通の人間――あそこに見える親や連れられている子供を、殺すみてぇなことはないよな?」

「もしそういう状況なら逃げていい。僕だってそうなったら戦わないで逃げる。逃げて首魁を討つことだけを考える」

 だよな、とノックスはホッとする。

「ワタシの傍を離れるなよ、セレナ」

「はい」

「まぁ、ちょっとヒューマンに(かぶ)れちまっているがセレナとの戦い方は昔となんにも変わってねぇよ。っつーか、ちょっと確認しておくか?」

「ですね、昔のやり方が通用しなかった場合の立ち回りを考えなければなりません」

「ってことで、ワタシたちはちょっとパルティータに挨拶してから二人で研鑽を積んでくる」

 ノックスはアレウスに「ありがとな」と言いつつ頬を軽く舐めた。全身が痺れるような快感に包まれ、一瞬であれ頭の中が真っ白になってしまった。そんなアレウスをクスクスと二人は笑いながら商業区を駆けて行った。

「そういうのやめろよ、ホント」

 本人がいなくなった場でアレウスはようやく呟く。しかしこの言葉は本人がいるときじゃなければ効力がない。出し抜かれてしまったことに苛立っている自分と、さっきの快感をもっと味わいたいと思う欲望とがせめぎ合って、しばらく興奮を鎮めるために動けない。どうにか起き上がってしまった欲望と()()が落ち着いたところで気持ちの切り替えとばかりに大きく背伸びをしてから歩き出す。


 商業区では木製スプーン以外に買うことはなく――買いたい物はなかったので、その足で貴族領に向かう。リオンを討伐した直後から貴族領入り口の警備兵には呼び止められることがなくなり、ほぼ軽い挨拶だけで中に入ることが許されるようになった。しかし必ずアレウスの後ろには待ち構えていたように別の警備兵が付いてくる。これはアレウスだけではなく、貴族領に入る許可を得た平民は必ず警備兵に常に監視される。いくら顔を見ただけで通れても、この点だけは特別扱いすることができないのだ。


 どれほどに有名な冒険者でも血迷えば貴族を手に掛けるかもしれない。アレウスに限らず、貴族領に入った平民が僅かでも兆候を見せた瞬間、警備兵はその命を賭して止める義務があるのだ。なので回り道や不必要な散歩は控えて最短距離でエイラの家に行く。

 ドアノッカーで扉を叩き、使用人が出てきてアレウスの顔を見てからなにも言わず中に通される。使用人が警備兵に外で待つように話をして、扉を閉める。使用人とは軽い世間話をしつつ仕事部屋に通された。


「失礼します」

 扉を叩き、声がしたのでアレウスはゆっくりと扉を開いて中へと入る。

「今日はどのようなご用件でしょう」

 書類に目を通しながらドナは呟く。

「ああ、申し訳ありません。少し冷たい言い方になってしまいました。ここ数日、仕事漬けでしたので」

「いえ」

「なにか私に頼みたいことでもあるのでしょうか」

「エイラさんは、どんなご様子かと思いまして」

「あら? それでわざわざ?」

 書類の一つに署名をし、判子を押す。そしてドナは椅子の向きを整えてアレウスと向き合う。

「僕は立ったままでも?」

「ふふ、貴族の礼儀は色々とありますものね。椅子に座っている貴族の前で立っていれば、貴族を見下ろす形になるので礼儀がなっていないとか、逆に貴族と同じように椅子に腰掛ければ貴族と同じ扱いを受けて当然という考えの礼儀知らず。ではどうすれば礼儀正しいのだろうと私も悩む毎日がありました」

 ドナは椅子に座るよう手で促してくる。

「そのときに私が学んだことは、お話する相手が悩まないように促すこと。どうかお掛けになってください」

「ありがとうございます」

 気を遣わせてしまったが、とにかく促された通りにアレウスは近くの椅子に腰を下ろす。

「私のような女性には甘い方が多いんですよ。ナメて掛かられているのがそれだけで分かるので、絶対に相手の口車には乗りません。今のところはこの考え方でどうにかこうにかと言った感じです」

「お忙しいところ、申し訳ありません」

「いえいえ、私も誰かとお喋りをしたいところでした」

 鈴を鳴らして、使用人を呼ぶ。「紅茶とお茶菓子を」と伝えると使用人は返事をしてすぐさま廊下へと出て行った。

「あまり長居する気はないのですが」

「ほんの一心地。私を休ませると思ってくださいな」

 そこまで言われてしまえば逆らうことも断ることもできなくなる。

「エイラはアレウスさんに坑道で救われてから随分と成長しました。ただのワガママばかりだったあの子が少しずつ嫌なことにも、好きなことにも集中するようになった。それを夫と分かち合えないことが寂しくもありますが、同時にあの子の成長が私にとっての支えとなっています」

「……けれど、僕がシンギングリンにいたから」

「もうその話は無しにしましょう」

 使用人が運んできた紅茶と茶菓子が配膳される。

「起きてしまったこと、過ぎてしまったことを私はこれからもずっとネチネチとあなたに向けて言い続けるような人にはなりたくありません。それでも私が要求することは、エイラが無事に独り立ちするまでは面倒を見てほしいと思うことだけ」

「それは……僕の役目では、ないので」

「私はエイラのお話の中のジュリアン君と、実際に私が見たジュリアン君の二つを知っているんですが……あなたから見て、ジュリアン君はどちらが本性なのでしょうか」

「エイラと一緒にいるときだと思います」

「やっぱりそうですか」

 ドナは少し笑いつつ紅茶を口に付け、含んで飲み込む。

「私と話すときのジュリアン君は随分と畏まっていて、これで本当に娘と同じぐらいの歳なのかと驚くことも多くあって……けれど、なにかお菓子でも食べていくか訊ねると子供みたいに嬉しそうにすることもあって。あの子の仮面は私たち大人が被るそれよりもずっとずっと剥がれやすくって、それを見るのも可愛らしいなと思っていました。エイラがジュリアン君は冒険者だと言っていたんですが、私はあの子の思い違いかなにかだろうと考えていたのですが……本当だったんですね」

「ジュリアンは適性があって、シンギングリンを世界に取り戻してから正式に冒険者に。その少し前の試験で年齢を偽っていたので、後回しになっていたのでいずれは冒険者になることが決まっていました」

「あのくらいの年齢で冒険者になろうだなんて、一体どれほどのことが」

 話していいか悩む。

「誰にも言いません」

「……ジュリアンは姉のように慕っていた親戚を魔物に殺されているんです」

「そう……でしたか、やはり。そんな気はしていました。憧れであれば適正の年齢まで待つことができます。魔物への憎しみがなければ、ズルをしてでも冒険者になりたいなんて思いませんから」

「分かるものですか?」

「分かりますよ。私も年齢が年齢であれば、冒険者になって夫の仇を討ちたいと、この世の全ての魔物を倒したいと思ったんですから」

 小さな怒りがあの頃にも確かにあった。そのことをドナの言葉からは感じ取れる。

「ジュリアン君は、『衰弱』から回復するまでどの程度だと思いますか? 私見で構いません、教えてください」

「……半年ぐらいは」

「半年……半年、ですか。半年も」

「エイラを苦しませることにはなってしまうんですが」

「エイラ? エイラは心配していません。半年も待てない女の子じゃありませんよ、あの子は。半年どころか何年も待てると私は思っています。それよりも今、最も苦しんでいるのはジュリアン君です。『衰弱』は過去の苦しみの追体験と聞いています。あなたが、死んで甦った際にもやはりそうだったんですか?」

「そう、ですね。とても長い長い悪夢を、何度も何度も見せられている感覚でした。それも目を覚ましてもずっとです。だから周囲の声は聞こえませんし、聞こえても雑音です。ただただ過去に感じた気持ちが抑えられずに言葉となって吐き出され続けます」

「だからエイラはジュリアン君の病室には近寄れないんですね? 傍にいたいと言っていたんですが、止められてしまってどうしようもできないと泣きついてきていたので」

「大人は割り切れますが、子供は割り切れないですから。ジュリアンの何気ない罵詈雑言が――理性で抑えられない汚い言葉がエイラを傷付けてしまいかねません」

「ええ、その通りです。あなたの様子を見ていたので尚のことあの様子をエイラに見せられませんし世話をさせることもできません」

「あのときは迷惑を掛けてすみませんでした」

 茶菓子を口に含みながらドナは再び小さく笑う。

「いえいえ、あの程度のことで私は傷付きませんよ」

「僕はなにを言っていたんですか?」

「黙っておきます」

「教えていただけると、」

「黙秘します」


 笑ってはいるが、きっと許されていないんだろうなとアレウスは思う。だからこそ目の前にある紅茶を飲まずにはいられない。


「エイラは強い子です。心配なさらずとも、私も付いています。悲観することはあっても立ち直れる強さを持っています」

「はい」

「あなたがそのようにしてくださったと私は思っています。あなたが、ジュリアン君がいたからエイラは強い子になれたと。だからそんな申し訳なさそうな顔をなさらないでください。ただ一つ思うのは……人々を導く聖女が、どうして人々の命を奪う死の魔法を神に授けられているのか。そんな道理が許されていいのか。命を思い通りにする魔法なんてあって良いわけがないと、私は思うのですが……でもこれまで魔法に助けられている場面もある以上、強い言葉で魔法を糾弾することもできません」

 やるせない気持ちを吐露しつつドナは紅茶を飲み干した。

「ちょっと重い話にはなりましたが気分転換にはなりました。やはり毎日のように顔を合わせる貴族よりも偶に見かける知り合いとの話は心が落ち着くものです。これからも心配事は尽きませんが、今日のように足を運んでくださる優しさをアレウスさんが持っていらっしゃるのなら、私はこれまで通りの生活を続けられるようにするだけです」

「ご馳走になりました」

 アレウスも茶菓子を食べ、紅茶を飲み干す。そして立ち上がり、仕事部屋を出ようとしたところで心の中にあるモヤモヤを晴らすために振り返る。

「さっき半年と言いましたけど」

「え?」

「ジュリアンが回復するのに半年は掛かると言いましたけど、あれは私見ではありませんでした。撤回させていただきます」

 アレウスは告げる。

「エイラが強い子なら、ジュリアンもまた強い子です。あの子は今、闇の中にはいますが決して足を止めることのない心の持ち主です。僕は一ヶ月や二ヶ月で回復すると思っています。だって何一つとしてあの子は悪いことをしていない。年齢詐称も魔物を討つための資格を欲したから。心に抱く怒りを抑えながら、小さくともささやかな願いを抱き、聖女を守るために聖女の死の魔法に立ち向かった彼を、信じていないからと神様が見捨てるとは思えませんから」


「……あなたの言葉は時に強く心に刺さります。だからこそ私もあなたにこの言葉を捧げましょう。あなたに神の御加護がありますように」


 失礼しました、と言ってアレウスは仕事部屋を出た。

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