キャラバン隊
*
「死体の回収をするのは本望だよ」
「そう言えるヴェインの精神力の高さに驚くよ、僕は」
「冒険者なら、いずれは見る景色だ。苦しくともやり遂げるさ。それに死者を弔えないのは辛いだろう」
自身の村で起こったことを思い出したのか、ヴェインは寂しげに呟く。
「アレウスは装備の新調は済ませたのかい?」
「どうにかね」
背伸びをして高価な装備に変えたというわけではなく、錆び付いてしまった装備を変えただけである。しかし、何故か短剣だけは全く錆び付いていなかった上に刃毀れもしていなかったため新調する必要が無かった。アベリアも内側に着込んでいる鎖帷子を買い替えた。ヴェインの鉄棍もこうして見ると、以前より磨きが掛かっているように見える。装備の問題はこれでクリアされていると思って良いのだろう。
「ギルドによれば、キャラバンでの移動になるから食料を持って行かなくて良いらしい。ありがたい限りだ」
「死体を見て食欲を無くすかも知れないよ」
「そうだな。そうでありたいな」
そんな気持ちは恐らく湧き起こらないだろうことをアレウスは踏まえながら、ヴェインの言葉に返事をした。
「あら? 下賤な輩とそのパーティじゃございませんこと? 驚きですわね」
「クルタニカさん」
「ちゃん様でしてよ」
「いや、もう良いじゃないですか。上級冒険者のあなたがどうして?」
「ちゃん様ですのよ」
やけにそこを推して来る。
「クルタニカちゃん様」
「なんですの?」
何故、そう呼ばれて嬉しそうに返事をするのか。アレウスには分からない。
「参加なさるんですか?」
「わたくしは率先してこの手の上からの依頼は受けておりますのよ。それが神官としての務めですわ」
「クルタニカさんって神官だったんですね」
「正式には『神聖魔導士』と呼ばれるらしいですわ。肩書きなどどうだって構いませんわよ。わたくしがわたくしである。それ以外になにか必要でして?」
訊ねられたところでアレウスには答えられない。どうせ答えたところで即座に否定されるだろう。戦闘における扱い方はルーファスを見て、なんとなく感じ取っているものはあるのだが彼女の勢い任せの会話にだけはあまり付き合わされたくはない。
「クルタニカちゃん様の他には?」
また「ちゃん様でしてよ」と言われてはたまらないのでアレウスは妥協する。
「今回はわたくしだけでしてよ。上級で受けたのも……わたくしだけのようですわね。本当に……この手の依頼の大切さを知らない方たちばかり……」
周りをザッと見回したのち、クルタニカは微かに物憂げな表情を作る。
「下々の連中は揃いも揃って死人のような顔をしておりますわ。これから死体に会いに行くというのに、あんな顔で接しては魂に失礼でしてよ。それに比べて、下賤な輩もアベリア・アナリーゼも、そして僧侶の殿方も良い顔をしていらっしゃいましてよ。その顔が曇らないことを女神に祈らせてもらいますわ」
それだけ言い残し、クルタニカは自身の乗る馬車へと向かう。
「クルタニカなりに気を遣ってくれた」
「あれでかい?」
「うん」
ヴェインが驚いてしまったのでアレウスが驚く意味は無くなってしまった。なのであまり多くは語らず、自身に手配された馬車を目指す。
「今日はよろしくお願いします」
馭者に頭を下げ、乗り込む。
「馭者の小父さん、今日はよろしくね」
三人が乗り込み、座り心地に慣れて来たところにもう一人、黒衣の女性が乗り込んで来る。この馬車で運べる人数は四人まで。なので一人がパーティと分かれて入って来ることはなにも不思議なことではない。
「おはよう。目的地までよろしく」
「ああ、よろしく」
黒衣を纏っているため明らかに不審なのだが、ルーファスのパーティの黒衣の男を知っているため、会話を避けるのは失礼だろうと思いアレウスは返事をする。
どんなに身なりが不審であろうと、冒険者であるのなら抱いている矜持は同じであるはずだ。これから魔物に襲われた村に赴くというのに、一時的であれ手を組む冒険者を疑ってはならない。リスティにも揉め事を起こすなと言われている。
「あたしのことはあんまり気にしないでいーよ。パーティの話に割って入るのもしたくはないし」
「そんな仲間外れみたいなことは考えていませんよ。あまり難しいことは考えずに行きましょう」
ヴェインも大人な対応を見せる。
「……私、ちょっと、知らない人と話すのは苦手で……途中で気に障るようなことを言ったりしたら、御免なさい」
アベリアは失言に備えて予防線を張っていた。彼女以上に失言に気を付けるべきなのはアレウスなのだが、今更、同じように予防線を張ることも出来ないので目的地に着くまでの間はしばらく気を遣わなければならないらしい。それともヴェインに会話の全てを任せてしまった方が得策か。そんなことも考えはしたが、結局は話の流れ次第である。
キャラバンは冒険者と沢山の食料を乗せて出発する。馬の足音、馬車が轍を描く音、それらが幾つも重なり合って小気味良い音色を奏でる。だが、行く先に癒しがあるわけではない。音色に心を踊らせてもいられない。
「ねぇ君」
「……はい?」
「君、名前はなんて言うの?」
「アレウリス・ノールードですけど」
「へぇ、君が噂の?」
「噂……? ああ、『異端』のアリスでしたっけ? あまりそう呼ばれるのは好きじゃないんです。出来ればアレウスと頂ければと」
「あはは、アリスって名前も良いと思うのに」
黒衣の女性は心の壁を作る気は無いらしい。自分から堂々とこちら側に踏み込んで来る。対応が難しい。こういった人物と話をするのは得意ではない。
「なんで冒険者に?」
「ならなきゃならない気がしまして」
「使命感ってわけ?」
「まぁ、そんなところですけど」
「ふぅん、もっと大きなことを隠しているようにも見えるな」
「変な勘繰りはしないで下さい。そういうあなたは……ええと」
「ああ、御免なさい。ワケあって本名は伝えられないんだ。だから、そうだな……シオンとでも呼んでよ」
「偽名?」
「本当に申し訳ないとは思っているよ。でも、なにかと物騒な世の中だ。あたしも身を守るためにちょっとぐらいは隠し事があったって良いじゃない?
「自分の呼び方を人に頼んでおいて、相手の要求を呑まないのは悪い気がしますし構いませんよ」
それにしても、黒衣の女性はアレウスにばかり話し掛けて来る。アベリアやヴェインも気を遣って会話には割って入ろうとはして来ないし、もうしばらくは付き合わされるのだろうか。話をすること自体は嫌では無い。しかしアレウスにはリスティの言い付けが頭に残り続けている。気分良くなにもかもを明かすわけにも行かず、相手の腹の内を探ろうとする言葉も掛けられない。普段の会話とは異なって多少の苦痛を伴っているが、これで冒険者同士でいざこざが起きないのであれば耐えるしかないだろう。
「それにしても……君、臭うね」
アレウスは黒衣の女性の声音が突如として豹変したことに動揺する。
「死者を冒涜したことが……ある? それとも、魔物に関する物を持ち歩いていたり……?」
称号として持っている『死者への冒涜』は妖精とドワーフには感知され、嫌われる要因になる。その二種族に限らず、エルフにも『オーガの右腕』から魔物の臭いを発しているため、やはり嫌われる。そのことを思い出し、アレウスは苦笑いを浮かべることしか出来ない。
「ま、別になにしてようが良いんだけどさ。ゴロツキや盗賊でもない限りは敵ってわけじゃないから。けれど……もしもヒューマン以外の森や里を訪れるのなら、あたしみたいなのは滅多に居ないから、気を付けた方が良いよ」
そこまで言って、黒衣の女性はアレウスの苦笑に対して微笑で返し、外の景色を眺める。
「見逃してもらったってことで、良いんですか?」
「まーそーだねー」
外の景色を見るのに夢中なのか、空返事であった。
「馬車の中でなにかが起こるんじゃないかってヒヤヒヤした」
ヴェインがそう耳打ちして来る。
「身構えなくて良い。言ったことと正反対なことをされることがあっても、その標的になるのは多分、僕だから」
耳打ちには耳打ちで返し、心配そうに見つめて来るアベリアには微笑みで返した。




