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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第14章 前編 -国外し-】
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待ち受ける者たち


「あなたの想定通り……で、進んだって報告は聞かされていないわ」

 アヴェマリアはシロノアに不満げに吐露する。

「エルフの巫女を仕留めようとしたけれど、しっかりと邪魔されたわ。ユークレースとオルコス、ジュグリーズ家と『不死人』。それだけの守備をされてしまっては私一人では覆すことができなかった」

 視線は段々とキツいものとなっていき、シロノアは黙ったままうつむく。

「これまで私たちはあなたの言葉通りに動いて、そのほとんどが思い通りに事が進んだ。けれど今回の失態は一体全体、なにが原因で起こっているのかしら?」

「……アレウリスが俺の想定を読んできました」

「読んだ? あなたの?」

「俺が考えるお人好しのアレウリスが取らない選択を取ってきたのです」

「へぇ? これまではアレウリスが取る選択が分かっていたみたいな言い方ね」

「分かりますよ」

 シロノアは顔を上げる。

「俺は奴で、奴は俺なんですから。俺が過去に抱えていた正しさ。奴はその通りにこれまで動いてきました。だから俺はその先を行くことができた」

 忌々しげに、段々と言葉には感情が乗っていく。

「ですが、今回は奴に俺の想定を読まれた。俺が思う奴の取るべき選択を捨て、俺が取る選択を奴が選んだ。しかも入念に、綿密に、こちらの介入など一切不可能なほどに緻密な計画によって」

「それはエルフの巫女をオルコスが守っていたり、シンギングリンにアレウリスが戻ってきていたり?」

「ええ。どれもこれも奴が想定した俺の考える計画を引っ繰り返す計画です。一体どうやって俺の感情や計画を読めるようになったのかは不明ですが、奴にはもはや俺の想定する計画全てを引っ繰り返すだけの想像が、想定が、予測ができてしまうということです」

 シロノアはそう言ってから空間の歪みを認識し、中から現れるルーエローズを迎え入れる。


「やられたよ、シロノア」

「それはもう聞いている」

「『信心者』が異界で死んだ。あそこじゃ寿命を引き延ばしたロジックも役立たずだ」

「分かっている」

「聖女も殺せなかった。子供が邪魔してきたから殺しはしたけど、あいつも『教会の祝福』を受けているから甦ってしまう」

「分かっている!!」

 強く、激しい怒気によって報告していたルーエローズがたじろぐ。

「どうしたんだい、シロノア? いつもの君らしくないよ。もっと余裕があって、常に報告を受けるときだって冷静だった」

「なら今は冷静ではないということだ」

 シロノアはそう答えて、巻物を取り出す。

「新王国への揺さぶりは果たして、通用するかどうか……」

 この巻物にはクールクース王女の言質が『音痕』として記録されている。どれだけの言葉で偽ろうとも新王国の意思決定を行う人物の発言を撤回などすることは不可能である。


『シロノア様』

 新王国に走らせていた遣いから『念話』が届く。続けてシロノアは自身の魔力で『念話』を拡張し、アヴェマリアやルーエローズにも聞こえるようにする。

「どうした?」

『それが……クールクース王女の発言をこちらは記録している。だから約束を違えたことに対する責任の所在を求めると告げたのですが』

「さっさと言え」

 苛立ちから言葉遣いが荒くなる。

『は、はい! その、なんと言いますか。『天使』と近衛兵長のマーガレットが声を揃えて言うのです。『この国を今現在、従えているのはオルコス・ワナギルカンだ』と』

「なんだって?」

 耳を疑うシロノアは言葉の意味をすぐには理解できない。

「そんな馬鹿なことがあるわけないだろう。新王国はクールクース王女を御旗として(おこ)された国だ。オルコスに譲るような精神だったならそもそも王国に叛旗を翻すわけがない」

 そのためルーエローズが代わりに応じる。

『ですが、どんなに聞いても実権を握っているのはオルコス様だと』

「ゼルペスの民草に話を聞いたのかい? そんなのは偽りであることがすぐに分かるはずだよ」

『ええ、そう思って聞いて回ったのですが。誰もがオルコス王女の国だと。口を揃えて言っているのです』

「……どういうことだい?」

 さすがに分からずルーエローズはシロノアに問う。

「虚偽、虚妄、嘘、虚言。実際にはクールクースが新王国の御旗だ」

「なら嘘だと跳ね除ければいいだけなのかい?」

「いいや、それが出来ない。王女は俺に巻物で言質を取られたことを逆手に取ったんだ。この巻物にはクールクース王女との対話の記録が成されている」

「じゃぁ」

「でも今、クールクースは王女じゃないんだ」

 ルーエローズは声を引っ繰り返して「はぁ?」と言い、首も傾げる。

「クールクースは新王国を出た直後にオルコスにゼルペスの実権どころか新王国の王女を明け渡した。側近、『天使』、更には国民の全員にそれを周知させた。勿論、それが巻物への対策であることも含めて」

「再びクールクース・ワナギルカンが新王国の王女に戻ることが分かった上でオルコスが王女となっている、と?」

「そういうことです。俺はクールクース王女との言質は取っていますが、王女という肩書きのないクールクース・ワナギルカンの言質は取れていません」

「子供騙しね」

「そうさ。奴らは分かった上でぼくたちにホラを吹いているってことだろう? ロジックを見れば一目瞭然じゃないか」

「でも、事実としてオルコスが新王国王女となっている以上、この巻物はもうなんの効力も持たない。クールクースは『異端審問会』――いいや、俺を殺すまでオルコスから王女の地位を返してもらう気はないのでしょう」

 言いながらシロノアは手に集めた魔力で火を起こし、巻物を燃やす。

「思えば、禁足地で遭遇した時点で不自然だった。俺を前にして焦りの色を一つも見せはしなかった。こちらには奥の手があるというのにゼルペスを心配する様子など微塵も見られなかった。あれをただの強がりと思い込んだ」

「とんだ失態ね」

「屍霊術で甦ったマクシミリアンの奇行に頭が回らなくなってしまいました」

 甦らせたというのに自ら命を断とうとする姿を見て、さすがのシロノアも冷静ではいられなくなった。クールクースの思惑を読み解くことが出来なくなってしまった。

「分からなくもないわ。使える駒が突然、そんな行いを取ったなら私だって動ずる」

「こちらからゼルペスを揺さぶれなくなった上に、こんな子供騙し一つで王国軍をけしかけることもできなくなってしまった」

 そこでアヴェマリアは小さく笑う。

「今の王国が、新王国に攻める気になると思う?」

 そう訊ねられ、シロノアも首を横に振る。


『待ってください。私は『異端審問会』の構成員では、っ!!』


 『念話』が途切れ、二度と接続することができなくなる。

「目を付けらてしまったのかい?」

「ああ、恐らくだけど新王国は御旗が一時的に変わったことを布告していないんだ。だから構成員がクールクースのことを訊ねた時点で監視され、俺たちとの『接続』の魔法を唱えた時点でクロと断定し、捕らえられた」


 『オルコスが王女ではなく本当はクールクースが王女なのだろう?』

 そのように訊ねた者を国民と共有して不審者として監視し、動きがあった瞬間に拘束監禁をオルコスは徹底していた。それもクールクースとやり取りしている間に決めたことだろう。


「サジタリウスの弓矢の回収は?」

「帝王が死んだあとに軍人に扮した構成員が弓矢を運ぶ部隊を襲撃して回収済みだとは聞いているよ。でもぼくもついさっきここに戻ったばかりだから確証はない。ああ、そうさ。シンギングリンで思うように事が進まなかったのは、そいつにも責任がある」

 ルーエローズは部屋の隅にいる人物を指差す。

「どうして報告を一旦切った? どうして、シンギングリンの位置を正確にぼくらに伝えなかったんだい?」

「それは、」

 人物が口を開く。

「まだ冒険者としての矜持が貴様の胸に残っている。違うか?」

 人物が語る前にシロノアが先の言葉を語る。

「捨てろ、そんなものは。そしてよく考えろ。マルギットが異界に堕ちる決意をし、そして『教会の祝福』がありながら死んだのは誰のせいだ?」

「オラセオ……オラセオだ」

「そうだろう。そして、貴様のことなど目もくれずにオラセオを追い掛けているのは?」

「マルギット」

「二度と報告に個人的な感情を持ち込むな。そのせいで『魔眼収集家』はあわや死にかけ、『信心者』は死んでしまった。貴様の報告が足りていなかったせいだ」

「それは、オラセオとマルギットに『念話』しているところを見られたからで」

「だったら急場を凌ぎ、再び俺たちに『接続』してもよかったはずだ。それをしなかった時点で、貴様の中の正しさが揺らいだ……今回だけだ、今回だけは大目に見る。だが、理解しろ。俺たちはオラセオもマルギットも簡単に捻り潰すことができる。その傍にいる戦士や魔法使いだって」

「それはやめてくれ!」

「だったら、歯向かわないことだ。俺たちに、いいや神に誠実であれ……リグ」

 人物は――リグは小さく肯いて姿を消す。気配消しだけでなく、遠くへと去って行ったことを確かなものとしてからシロノアは溜め息をついた。


「ぼくらに弓を引くのはいつだって冒険者の射手だ。あんまり手持ちの駒として相応しくないんじゃないかい?」

「感知の技能を高めていくと段々と見えているものと見えていなかったものとの差に苦しむ。そのせいで正しい行動ではなく感情に沿った行動を取ってしまう。その場の雰囲気――そのときだけの正義に混乱し、見誤る。リグには監視を付けろ。いつだってサジタリウスの弓矢を使って白騎士の材料にできるようにな」

 シロノアは後方の『異端審問会』の構成員に告げる。

「『魂喰らい』だけが楽しそうね」

 アヴェマリアは小さく呟く。

「『信心者』の枷から解き放たれるために自らが異界の主になることになんの迷いもありませんでした。そこまでは問題ありません。奴は奴で想定通りには動いてくれています。ただ、いつ俺たちを喰らおうとするか。それだけは気を付けなければなりませんが」

 見えてきた王都――もはや王都とはとてもではないが言うことのできないその景色をシロノアはしばし見つめたのち、不敵な笑みを浮かべる。

「来るなら来い、アレウリス。だが王都までの道のりは容易くない。戦場を抜けて、王国の領土を駆け、王都に辿り着く……貴様にそんなことができるかな? そしてもし辿り着けても、異界化した王都が貴様を待ち受ける。どう足掻いたところで、貴様に正義などどこにもないんだよ」

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