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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第14章 前編 -国外し-】
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役者は揃った


「……ふふっ、『念話』でのやり取りのみだと思っていたのになかなかどうして」

 聖都ボルガネムの大聖堂。その屋上の花園にある椅子から立ち上がり、唯一の出入り口である階段をアレグリアは見つめる。迎暖期の訪れによって雪は少しずつ溶けてはいるものの、未だこの地の気温は低い。しかしながら屋外の気温から隔絶された花園では、寒さなどとは無縁とばかりに満開の花が咲き誇っている。

「御足労いただき、感謝いたします」

 そう言ってアレグリアは階段を登り切った来客にお辞儀をする。

「こんな僻地が聖都とは、連合の者どもはどいつもこいつも偏屈ばかりじゃな」

 礼儀など気にせず、むしろ攻撃的とまで思えるほどの言葉でもってクニアはアレグリアに応じる。頭を下げることも、かしずくこともせず淡々と、その瞳に憎悪の念を蓄えて、ただただ睨み付ける。

「過去の遺恨……無いことにできるなどと思うたら大間違いじゃぞ?」

「分かっております、女王陛下」

 不遜な物言いに対してアレグリアは口調を崩さない。クニアは憎しみをぶつけたいところだったが、寸前でカプリースが視線に入ったためこらえる。

「クニア様にもしものことがあれば、僕も相応の手段を取らせてもらう」

「どのような?」

「聖女を殺すことは困難だと聞いている。だったら僕はこの聖都に住まう全ての信徒をこの手で殺し尽くす。あなたたちが過去にハゥフルの小国に対してやったように……!」

 カプリースから感じ取ることのできる憎悪はひょっとするとクニアよりも大きく、それでいてアレグリアではどのような言葉を投げかけても止めることができそうにないものだった。


「それはそれは……困ってしまいますね」

 刺激しないようにしているようで、どこか挑発的な態度にカプリースは握り拳を作ったまま唇を噛み締めて感情を押し殺す。


「この国に『異端審問会』が出入りしていないとも限りません。あなた方がやったことを思えば、私たちをここで彼らに売り渡すことだって考えられます。お気を付けください」

 クレセールが聖女の前でひざまずくものの、彼の連れてきたエルフの巫女とエレスィはやはり強硬な態度を崩すことはない。

「どいつもこいつも過去の確執に囚われているままだ」

 立ち上がり、アレグリアの横に付いたクレセールがボソリと呟く。

「因縁、確執……しかしそれらを飲み込んででもここに来る道理が彼らにはあるということです。その殺意を消しなさい、クレセール」

「分かりました」

 諭されてクレセールはアレグリアにしか感じ取れないほどにとても小さな殺意を言われた通りに消し去る。それでも表情にはいついかなる事態が起きても聖女を守る意思が見受けられる。


「禁忌戦役が及ぼした影響はあまりにも大きく、そして信用という二文字を私たちから得るのは並大抵のことではないぞ?」

「帝国と王国の連帯を兵器を用いて蹂躙し、結果的に王国は生物兵器と呼ぶべきクローンを投入することで戦争を止めるしかできませんでした。憶えていらっしゃいますか? アレグリア様」

 オーディストラとクールクースは静かに言葉を零し、その傍にはエルヴァの姿も見える。プレシオンは彼らが醸し出す不穏な気配に苛立ちを見せながらもクレセールと同じくアレグリアの横に付いた。

「ドワーフの長は来られないとの連絡を受けています。そこにはあとで私自身が赴くことも検討しましょう」

 帝国と新王国の姫、ハゥフル、エルフが集ったこの場に欠けているドワーフの存在について言及しつつ、アレグリアはキョロキョロと辺りを見回す。

「ガルダの代表は?」

「地上のことは地上で決めよと言っておったのぅ。ガルダはどのような決定であれそれに従うと」

 どこからともなく現れたリリスがカーネリアンが欠席している理由を告げる。

「どのような決定であってもですか?」

「建前に決まっておろう。好かん決定であればガルダは空の上から手を出さん気じゃ」

 ああ、怖い怖いと呟いてはいるがリリスは決して怖がっていない。アレグリアには彼女の感情が手に取るように分かる。しかし、アレグリアと『不死人』を除く全員は彼女の怖がっている様をそのままの形で受け取っている。


「それでは、話し合いましょう。『異端審問会』に痛撃を与えた今、私たちが手を取り合うことができるのかどうか」

 言いながらアレグリアはクニアやレジーナの顔色を窺う。

「いいえ、私の口から言うのは間違っていましたね。そもそも私側が手を取り合おうなどと言うのは虫の良い話」

「分かっておるではないか」

 クニアはアレグリアに怒りを見せる。

「お主らのせいでわらわの父上と母上は死んだ。お主らのせいで国は滅んだ。お主らのせいで、お主らのせいで! 全てお主らのせいで!」

「最初にナメた態度を取ったのはハゥフルの方だぜ? クニア女王陛下」

「なんじゃと!」

「連邦――今や小国に分かたれたかつての国の集合体は連合を甘く見ていた。甘く見ていた上で無理難題を吹っかけてきた。決して反発しないと思っていたからだ。どいつもこいつも挑発的で野心を抱え込んでいて、いつか誰かが戦火を上げるその瞬間を待ち望んでいる風だった」

 クレセールは笑う。

「だから起こしてやった、連合側から! するとどうだ!? これまで俺たちを痛めつけていた連中がどいつもこいつも泣いて喚き散らしやがる! 俺たちはその数倍、数十倍の言葉の刃で傷付けられて! 苦しんだっつうのに!」

「落ち着け、クレセール」

 ガラにもなく煽る態度を見せるクレセールにプレシオンが控えるように声に凄みを持たせる。

「だが、こいつの言っていることはどれもこれも真実であることは知っていただきたく存じ上げます」

 止めはしたが、彼の言ったことにはプレシオンも同感であることを示してくる。

「だから滅びれば良かったと申すのか!? じゃからわらわの父上と母上は死んでもよかったと申すのか!?」

「死んでほしいなどと誰も願ってはいません。しかし、力を見せなければ私たちは搾取される側。あなた方はそれこそ一生、私たちが歯向かわない奴隷であるかのように扱い続けてきたことでしょう。ハゥフルの前国王と女王が死んだのは、その一つの天運、流れによるものです。私の本意ではなかった、それだけは申し上げておきます」

「ならば……勢いで、その場の雰囲気で、小さな国を滅ぼした……と仰るのですか?」

 カプリースは必死に言葉を選び、怒りを抑えている。

「あなたが信徒に一声掛ければ、全て止まることではなかったのですか?」

「いいえ、あのときの流れはもはや信徒も私の声に従うことはなかったでしょう。それほどまでに溜め込まれた鬱憤が、鬱屈なまでの報復への心の解放が、信徒たちには極上の喜びでした」

「話にならん!」

 クニアが断言する。


「アレグリア様? では森への侵入はどのような理由があったのですか?」

「エルフの暴動が起きた際に領土の確保は必要事項です」

「……なるほど、自衛のために領土は広げておきたかった。たとえ、エルフの森を侵略することになっても」

「ええ」

「一定の理解を示しましょう。ですが、その場の勢いに乗じてなにかを奪おうとする感覚を私は下劣であると申しておきます」

「理解? 理解などできるはずもありません、レジーナ様」

「私たち――正確にはエルフの感覚の話を思い出してください、エレスィ。私たちは森に引きこもり、他種族と一切合切交流を持とうとせずに日々を過ごそうとしていましたね? それは一体、なぜですか? まぁ、あなたはそういった昔ながらの感覚とは縁遠かったとは思いますが、思考のどこかには常にあったと思いますよ?」

「……エルフを除く全ての種族が争い、弱ったところをエルフが全て奪う」

「アレグリア様は古きエルフたちが抱え込んでいる邪悪さを形にしただけに過ぎません。弱っているところを叩き、奪う。これは国を守る上では定石です。私たちにもアレグリア様が抱く邪悪さはある。ただ目に見えるようにしたか否かの違いでしかないのです」

 レジーナはエレスィを諭しながら、自分たちにある邪悪さと向き合っている。しかし連合に対する憎悪はクニアたちではないにせよ相応に抱いている。


「帝国と新王国の立場――いいえ、連合への感情についても聞いておきましょうか。この際ですから、私たちが抱えている負の要素は全てその口で、その声で、吐き捨てていただきたいのです」

「連合が戦争を始めなければ父上が死ぬことはなかったでしょう」

「そこについては言わせてもらうぜ? 俺たちが始めたんじゃない。帝国と王国が始めたから連合が介入せざるを得なくなった。帝国と王国の戦線には連合の国境も接しているからな。どっちかがどうせならと連合の領土まで侵し始めたらたまったもんじゃなかった」

 オーディストラの見識の間違いをクレセールが指摘する。

「緊迫感に包まれた最前線で放たれた一発の矢。その出処は帝国側」

 クールクースが呟く。

「私は王国側と聞いているが」

 しかしここでもオーディストラとの齟齬が生じる。

「どういうことだ……? 帝国も王国も互いに攻撃を受けたと思って戦争の火蓋が切って落とされたってことか?」

 エルヴァがややこしそうに言う。

「テッド・ミラーとヘイロン・カスピアーナの仕業でしょう」

 アレグリアはこの齟齬――互いの認識の違いに対する答えを与える。

「かつてボルガネムを支配しようとした――いいえ、私すらも支配しようとしたテッドとヘイロンは言いました。戦争は特需であると。誰もが自衛用に武器を揃え、生み出される最新の武器はどれもこれも飛ぶように売れる。“曰く付き”ですら欲する者が後を絶たないと。そして投げ捨てても構わない奴隷も売れる。売れるどころか戦争によって孤児や身寄りを亡くした者たちをさらってしまうことさえ容易となる。それもヒューマンに限らずありとあらゆる種族を取り揃えるのに戦争ほど効率の良いことをはないと」

「反吐が出るようなことを仰っていたようだ」

 エレスィの呟きにアレグリアは肯く。

「テッドはともかく、戦争を仕掛けたのはヘイロンでほぼ間違いありません。彼女はロジックに寄生し、本人の意思を奪った上で行動を起こすことができます。寄生した兵士が矢を放ち、それに対してもう一方に寄生し直して大げさに反応して反撃する。これの繰り返しを行うことでヘイロンは帝国と王国に戦争を起こさせたに違いありません」

 それは連合に潜んでいたテッドの商売を繁盛させるため。尚且つ、アレグリアを丸め込んで連合を奴隷を買い付ける常連客とするためだった。

「ボルガネムは想像以上に奴隷だらけですが、これもテッド・ミラーによるものですか?」

「半分は。もう半分はその男の甘言に乗ってしまった私自身の罪だと認識しております。信徒たちは混乱こそしていませんが、明日は我が身という恐怖の中で生きている。是正しようと色々と試みてはおりますが、膿を吐き出させるにはまだまだ――数年の歳月を要すると考えています」

 クールクースの問いに答える。

「とてもではないが、戦争の出来るような状況じゃない。それでも戦争を続けなければならないのか?」

「帝国と王国が戦い続ける限りは、連合もまた戦い続けなければなりません。どんなに負けが濃厚で、敗戦処理を考え始める段階においても私たちは決して退かない意地を見せなければなりません。でなければ今以上に信徒たちは生きることに希望を抱けぬ毎日を送り続けることとなるでしょう」

「そうまでして抗い続ける理由が私にはあるとは思えない」

 オーディストラは問い掛けからの答えに対して否定的な意見を述べた。

「抗い続けたという理由が必要なんですよ、皇女殿下」

 そこにエルヴァが言葉を差し込む。

「ただ敗北を受け入れるだけでは国民に、信徒に顔向けができない。そういった(うわ)(つら)の話ではないのです。ただ簡単に敗北してしまえば、そこからはずっと搾取され続ける日々。しかしながら、牙を見せたままの、抵抗を続けた先での敗北ならば国に怖れて強気の外交を取られにくい。そのようにお考えなのでしょう」

 アレグリアが肯いたのを見てエルヴァは続ける。

「しかし、無駄な足掻きとも言える強い抵抗は逆に相手に不快感を与えます。国によっては、蹂躙することで抗う牙すら抜き去ってしまいかねない。そう、今の王国がまさにそれを狙っています」

 彼は戦況をよく知っている。アレグリアがどうこう言う必要もなく連合の苦しい状況はこの場にいる全員に伝わっている。

「だから許せと申すか? 喪われた民草と、わらわたちの喪われた時間は戻ってはこんのだぞ?」

「許すんじゃない。妥協しろと言っている」

「妥協? 出来るものか」

 カプリースはエルヴァに噛み付く。

「連合からほぼ実害を受けていない帝国が偉そうになにを言っても心には響かない」

「俺は帝国の人間だが、元は王国の人間でもある」

 エルヴァはカプリースの把握し切れていない自身の身の上を語る。

「そして、禁忌戦役にそこのクルスと出兵している」

「なんだと?」

「逃げ惑うハゥフルたちの姿も見ている。そして避難路すらも危険だったことも知っている」

 エルヴァは見てきた景色を語る。

「戦争において一般人を巻き込まないために用意される避難路。ここだけは攻撃しない暗黙の了解も連合は破ってきた」

 そして、エルヴァ以上に悲惨な瞬間を垣間見たクルスが語る。

「そこで私は片目を潰し、アンジェラと出会った」

「避難路については徹底するように伝えていました。ですが、末端にまでその情報が行き渡っていたわけでは……どうやら、ないようですね」

 クルスの睨みには真実味があり、アレグリアの口調にも多少の揺れが生じる。『養眼』の感覚器官でありながら、耐え難い真実が心を揺さぶってくる。


「ではもう答えは出ておるじゃないか」

 クニアが鼻で笑いながら言う。

「わらわたちは連合と組むことだけは御免じゃ」

「エレスィはどう思いますか?」

「ハゥフルの女王様に同意です。手を組むことが我々にとって不本意な結末を招くのではないかと」

「と、申しております」

 レジーナはどうしたものかと思いつつそう述べる。


 やはり、アレウリスという緩衝材がいなければ一つになど纏まれない。各々の国が思う夢物語のような理想は遥かに高いところにあり、そこには自国以外は存在しないのだ。たとえ『異端審問会』という共通の敵がいても、手を取り合うことは夢のまた夢に過ぎない。

 事実は事実。これ以上に語ったところでなにも決まることはないだろう。


「そうですか、ありがとうございました。どうやら私たちは、」


「つまんねぇことを今から言うが、この大陸全土を一つの国で纏め上げようってのは無理だってのは薄々みんな分かっているんじゃねぇか?」

 エルヴァがアレグリアの言葉を遮る。

「帝国が、王国が、全土を支配しても支配された側の残党が国を興し、そしてまた王国と、帝国と戦う。国ってのは誰もが心の中に持ち続けている概念みてぇなもんだ。国があるから心があり、心があるから国がある。帝国を滅ぼして王国が帝国の心を潰し切ることは難しく、帝国もまた同じくだ。ましてやエルフやハゥフル、この場にはいないが獣人だってそんなことを受け入れるわけがねぇ。そうだろ?」

 なんとなく。そんな深く考えずにクニアもレジーナも首を縦に振る。

「だったら簡単な話だ。過去は過去で清算する方法を考えればいい。それについては連合の聖女様は逃げも隠れもしねぇ。そうだろう?」

「……ええ、私は罪と向き合う覚悟があります。『養眼』の感覚器官でしかない私の命で、償えるのなら」

 リリスが後ろでケラケラと笑う。

「『養眼』を継承して新たなアレグリア様が誕生するとはいえ、聖女が死でもって償うなどと言い出してはワラワたちは留まってはおれんぞ? もし本当にそんな日が来れば、全ての国で戦火を起こす。断言する。ワラワたちは、その方法で過去を清算させようとするならば、貴様たちの未来を奪いに掛かる」

「当然だ」

「妹が言った通りだ」

 プレシオンとクレセールが同調する。

「だから過去の清算は命以外でいくらでもやりようがあるだろう。俺はそっちにゃあんまり興味がねぇんだ」

「むしろ未来……かしら」

 エルヴァの不敵な笑みに応じてクルスが呟く。

「ここまでは全部が全部、過去の話。因縁、憎悪、遺恨、そして償い。エルヴァが求めているのは未来の話」

「未来、ですか」

 レジーナが興味を抱いて呟く。

「大陸統一なんて夢のまた夢なら、私たちは現実的な未来を見据えるべきではないかしら? 国同士が争い合うことなく、手を取り合って互いの悪いところを補完し合う。そりゃ一部の悪人たちは見過ごしてしまうけれど、それでも国同士が衝突することを抑えることができるのなら」

「俺たちは宴の席で酒を酌み交わすことができる」

 クルスとエルヴァの話は興味を惹く。しかしながらそれもまた夢物語に過ぎない。なぜなら、過去を清算する前に未来の話をすることはあり得ないからだ。そのことはアレグリアどころかクニアも分かっている。

「わらわたちを愚弄しておるのか?」

 だからこそ怒りの矛先はエルヴァたちに向く。

「母上と父上を殺したこの国の聖女と酒を酌み交わすことなど未来永劫にない!」

「その憎しみを未来まで持っていくのか?」

 その問い掛けに、クニアが発していた怒気が弱まる。

「未来永劫ってことは女王陛下の子供、孫、そののちの世代まで連綿と憎悪を続かせて国を維持させるのか?」

「それは……」

「断ち切れない想いもあるでしょう」

 カプリースがクニアの代わりに口を開く。

「死ぬまで抱き続ける憎悪だってあるはずだ。それを強く語ることのなにが悪い?」

「悪くはねぇよ。俺もクルスとは本気で殺し合う気でいる。でもそのとき、殺し損ねるようなことがあれば――気が変わって殺すことをやめてしまうことだってあるだろう。心変わりは誰にだって起こる。特に復讐ではなく憎悪と語る女王陛下はとても(さと)い。アレグリア様を見て、すぐ手に掛けることなく抑え込んだその憎悪……未来永劫まで抱え込むのではなく、クニア・コロル女王の代で終わらせることはできねぇのかって話だ」

「それは……」

 同じように言葉に迷い、カプリースはクニアを見る。

「自分自身の代で終わらせる……言うは易いが、難しいことだ」

 オーディストラが話しながらアレグリアへと歩く。

「父上が死んだと聞いて、未だ私はその事実を受け入れられていない。“大いなる『至高』の冒険者”が殺したとしても、その者は私にとってはただの親の敵だ。だがその敵は父上と共に果てたと言う。どこにやればいい? こんな憎悪、一体どこで処理をすればよい? そう、この憎悪をどう扱うかは私にしか判断することができない。クニア女王陛下が羨ましい。あなたにはまだ、憎悪を復讐という形で果たせる状況がある。なのに私は敵が既におらず、そしてクールクース王女についても許してしまっている。無論、許せん感情は残っている。胸の中にずっと残り続けている。しかし……そんなものに囚われ続ける日々は、もう沢山だ。私の中にある憎悪も、嫌悪も、惑いも、苦痛も、全て私の代で終わらせる。私は将来、誕生するであろう次代の皇帝、もしくは女帝にこんな感情を引き継ぎさせはしない」

 アレグリアにオーディストラは手を差し出す。

「私が宴の席に出るかどうかは『異端審問会』の首魁が潜みし王国との共闘にどれほど連合が力を尽くしてくれるかで決める。そこで新たな憎悪が誕生しようものなら……私は私の憎悪に従うことにしよう」

「過去の清算は命以外にもあるわ。別に搾取しようなんて思ってない。ボルガネムのエネルギー革命や技術の進歩、そして信仰という強い一面。手を借りたいところはいくらでもある。そして、私たちはこのボルガネムから奴隷を解放するために手を尽くす方法をいくらでも考えることができる」

 クルスもオーディストラに同調してアレグリアに手を差し出す。

「未来……未来、か」

 クニアがもう一度、しっかりとカプリースを見つめる。

「場の雰囲気に流されてはいけません」

「しかし、カプリ」

 彼の悲痛な面持ちに、クニアは必死に作り笑いを浮かべる。

「わらわはお主のそういう顔をもう見とうない。わらわの苦しみを次の世代に伝え聞かせるなど、しとうない」

「それは……こちらの台詞ですよ。あなたがお決めになられたのであれば、それに従いましょう」

 諦めたようにカプリースが項垂れた。

「わらわたちハゥフルには格別の過去の清算を要求する。それがわらわの思う清算ではなかったならば、そのときは容赦せん」

「…………ふふ。いえ、失礼しました。ここで私だけが拒めば全てが破綻します。そう思うと、手を伸ばすか否かに少々、怯えてしまいまして」

 レジーナは恐る恐る手を伸ばす。

「よろしいのですか? 連合が森を侵した罪も、積み重ねてきた悪行も、そのなにもかもを飲み下す。そういうおつもりなのですね?」

「大罪人だった者の娘ですよ? これぐらい飲み下せないわけがありません。それに、連合に従うわけではありません。アレグリア様がどうであるかは分かりませんが、ここにいる皆様方はこうお思いではないのですか? アレウスさんの生き様に従う。アレウスさんの賭けに乗る、と」


 一目で分かる。誰もがそのとき思い浮かべた人物はただ一人であり、そしてその者の努力を知っているからこそ譲歩したのだと。


 その者がいたからハゥフルの小国は島国に逃れ切り、

 その者がいたからエルフの森は外に開く勇気を得た。

 その者がいたから新王国は王国を跳ね除け、

 その者がいたから帝国の姫君は自らの道筋を見定めた。


 アレグリアが対話の席を設けたのもアレウスがいたからこその決意である。どれほどに罵られようとも耐えてみせると心に誓えたのも、彼の覚悟を知っているからである。


「それでは、見届けましょうか。『異端審問会』への反撃を。そして見届けましょう。彼の復讐劇の、その結末を」

 彼女はそう言って、リリスに目配せを行う。

「夢から追い出す。確固たる自我を保ってもらわんと夢路(ゆめじ)に迷い、目覚められん」


「夢?」

 レジーナが首を傾げる。それを見てリリスはエルフを騙せたことへの強い強い優越感を表情に含ませる。

「ほぅら、気付いておらんかった。ここは全てワラワがお主たちを聖女様の夢へと(いざな)った空間じゃ。考えてもみろ、聖都とお主らのいた場所でどれほどの距離があると思っておるんじゃ? そして各々が違う場所におったというのに到着はほぼ同時。こんなことは夢の中でなければあり得んじゃろうに」

 言いながらリリスは周囲の景色を取っ払う。咲いていた花が散り、幾つもの波紋が辺り一帯を取り囲んでいく。

「ドワーフの長とガルダの名家を夢に引きずり込めんかったのは片方はどの山の長を誘えばよいか分からんかったから。もう一方は誘う直前で機械人形に阻まれてしもうた。『悪魔』の心臓を打ち込んだ人形のクセに随分と契約対象の身を案じておる。手出しできんかったのじゃ」

「クールクース様」

「なんでしょうか」

 夢路へと追い出す(きわ)(きわ)でアレグリアはクルスを呼び止める。

「『異端審問会』があなたの発言を音として巻物に記録していると聞いております。口頭であっても契約は契約であり、宣言は宣言です。彼らは新王国に揺さぶることでしょう。対策はできていらっしゃいますか?」

「心配していただき光栄です。禁足地において、彼はその巻物を使いませんでしたから、恐らくはアレグリア様の仰る通りの方法を取ってくると思います。ですが、なんら問題はありません。ええ、なにも問題はありません」

 クルスはさながら子供のような笑みを浮かべる。

「まさに子供(だま)し」

「あなたがそれを言う?」

 エルヴァがちょっかいを掛けられてクルスは不満を述べる。


「……恵まれていながら、羨ましいなどと思うのは罪なのでしょうか」

「いいえ、俺もたまに彼らのように生きたくなることもある」

「しかし、我らは聖女様のしもべ。望もうとも離れることはありません」

「ワラワはもう少し自由に生きてみたいがのう」

 集う『不死人』たちの声にアレグリアはほんの少しだけ元気を分けてもらい、そして自身の夢を閉ざした。

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