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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第14章 前編 -国外し-】
652/705

二人目


 いつものように異界の“穴”に堕ちているが今回ばかりは不思議な感覚だ。飛翔するアベリアの手を借りて昇ったはずだが、アレウスたちは逆に落下している。彼女の炎の翼もこの落下においては機能しないらしい。そしてなにより、“穴”に飛び込んだ衝撃でアベリアと手を離してしまったのだが未だ彼女の姿を鮮明に捉えられている。『信心者』の姿も遠くに見える。


 落下から解き放たれ、地面と思っていたそこは壁であり着地することもできずに叩き付けられながらも、しかしながら幸いにも地面が近くにあったためそれ以上の痛みを体が訴えてくることはない。


「今までと違う?」

 同じように“穴”から放り出されたアベリアがアレウスにすぐさま駆け寄って訊ねてくる。

「離れ離れにならなかった」

「界層が一つだけなのかも」

「だとしても堕ちたときに手を離してしまったら出る場所はバラバラのはず」

 今までがずっとそうだった。そうならないようにいつも手を繋ぐことだけは続けてきた。異界の構造にもっと詳しいのなら手を繋がずとも同じ場所に降りることはひょっとしたら出来るのかもしれない。ヴェラルドとナルシェが人前で平然と手を繋げていたとも思えないからだ。


「なんと罪深いことを」


 だが、そういった異界への探求心は後回しでいい。重要なのは『信心者』と離れることなく異界へと降り立てたことだ。

「貴様たちは我らが聖域を侵したのだぞ!?」

「異界が聖域?」

幽世(かくりよ)がどうとか、そんなところだろ。オエラリヌも似たようなことを言っていた。いや、イプロシア辺りも言っていたんだったか」

 異界のことを幽世と呼ぶ。恐らくそこに大きな差異はない。異界が幽世であり、幽世が異界である。ただ人物によって呼び方を変えているだけだ。

「これは我が御子(みこ)が捉えた未来ではない」

「想定外だっただろ? 僕たちがアルテンヒシェルに助力せずにシンギングリンに舞い戻るのは。しかもお前たちがシンギングリンだと思っていた街は偽物だった」

 間合いは取っておく。『信心者』はこれまでの経験と情報から屍霊術と降霊術、そして僧侶や神官の技能と魔法を有しているはずだ。詰めることに躍起になってしまえば思わぬところからの攻撃を受けかねない。

「どうしてアルテンヒシェルを見捨てる判断をした?」

「仲間たちにも言われたよ。このままだと『奏者』を見捨てることになるって。それは世界にとって大きな損失になるに違いないって。絶対に良くない方向に物事が進むって。でも、このタイミングで僕が僕らしい決断をすれば、また『異端審問会』に先手を取られる」

 『異端審問会』――シロノアがこれまで先手を打てたのはどれもこれもアレウスがアレウスらしい判断を取り続けてきたからだとまず第一に考えた。アベリアと二人切りで全てを終わらせると宣言しておきながら、実際には人恋しさと孤独に耐え切れずに多くの人々と関わり、その繋がりを断ちたくないからと無茶なことにまで首を突っ込んでなんとか解決できないかと試行錯誤し続けた。シロノアはアレウスのそういった人間性を理解し、利用し、どんなときにおいてもアレウスの一歩先で嫌がらせのように『異端審問会』が立ち塞がってきた。


 その読みをアレウスは利用することにした。いや、逆手に取ることが有効だとアレウスは死んだことで学ぶことができた。

 シロノアの記憶を見たときに、アレウスはアレウスとしてではなく同一時間軸ではない並行世界の白野として、彼の感情や思考に理解はできずとも共感することができた。その共感こそが今回の判断の後押しとなったのだ。

 即ち、シロノアはアレウスを並行世界の白野と仮定しているから、先手を打てる。シロノアも白野であった頃があるのなら、アレウスが抱く人間性に理解はできずとも共感できる。それはつまり、アレウスにとっては真っ当であってもシロノアにとっては甘さと捉える思考さえ読んでしまえばアレウスの取りそうな動きを予測することができるのだ。しかしその逆張りはアレウスが死を経験して共感したことでもはや通用しない。それをシロノアが気付けていないのなら、現状では全てこちらの計画通りに物事が進む。

 ジュリアンに渡した手紙に記せるだけ記した『異端審問会』を出し抜く計画をアルフレッドとリスティは遂行してくれた。ニンファンが恐らく『異端審問会』によってロジックを書き換えられている可能性について記していたことが彼らに手紙の内容を信じさせる要因になったのだろう。


「僕なら、アレウスなら、白野だったならこうするだろう。その全てを僕が逆手に取った。おかげでようやくお前に会えた」

 声音を低く取る。

「異界の“穴”を呼び寄せることのできる『異端審問会』で『信心者』と呼ばれているお前をカプリコンの異界に堕とし、ここで殺す」

「殺す? この私を? 不可能だ」

「不可能じゃない。お前のロジックにお前が望んだ寿命が刻まれていようとも異界でその手の力は作用しない。『教会の祝福』が機能しないのに仮初の不死の力が機能するわけがないだろ」

 この男の出所は分かっている。ラビリンスで望んだ寿命をロジックに書き込まれた男を思い出す。不死ではあっても不老ではないために最終的に枯死したあの男と同様に莫大なる寿命をロジックに内包しているのだ。そして、イプロシアの師匠によるその力でもって未来を予言する神の御使いを自称し、ラビリンスになる前の都市の住人たちに同じ苦しみを与えた犯人だ。

 だから異界に堕とした。確実に殺すためには堕とすしかなかった。心の底から消えてくれと願っている異界だが、こんなときばかりはあってくれてよかったとも考える。

 復讐相手が殺せないのでは復讐はいつまで経っても完遂できないからだ。異界ならば輪廻から外れ、新たな命を授けてもらって世界に戻ることもない。

「…………そうか、貴様たちは私が神の御使いであることに気付いている……か」

 骸骨のように痩せこけ、目玉は沈んで焦点が合っていない。しかし発せられる声量はアレウスたちと同等である。見える肌のどこにも水気と呼べる水気はなく、本当に生きているのかすら怪しいというのに生きている。生ける屍を越えた生ける屍とは、まさにこの男のことを指すのだと思う。

「だが、悲しいな。私の名を知らぬ者に私は殺せない」

「なにを言って、」

「私のロジックに刻まれた不死は機能不全を起こしているのやもしれないが、私が私に課した私を殺せる対象は未だ機能している。なぜならそれこそが私のアーティファクトだからだ」

「名前を知らないと殺せないってこと?」

「そして幽世に私を送り込んだ時点で、貴様たち罪深き者どもが私の名を知る術など、」

「ヴィオール・ヴァルス」

 男の口が止まる。

「僕が迷宮都市から持ち帰った書物の解読をしていないわけがないだろ」

 あの場所で回収した本をそのまま放ってなどいない。様々な事柄の合間合間に解読は並行して行っていた。その中で神の御使いに対する内容だと思われる箇所で人名と(おぼ)しき文字列はたった一つしかなかった。

「お前の名はヴィオール・ヴァルス」

「……なんと言うことだ。この私の名を、このような罪深き者が口にするなど」

 杖を落とす。男の両手に魔力が宿る。

「神は滅せよと私に囁いている。ゆえに、私は私の裁量で貴様たちを裁かなければならない。御子様の命を待つまでもなく、貴様たちをこの手で」

「祓魔の力だ」

「まさかこいつ」

 あの骸骨のような見た目で拳で戦うというのか。

「でも理に適っているよ。僧侶や神官の最終到達点は清め切った自らの肉体そのものを武器とすることだから」

 オーネストが『阿修羅』と呼ばれている由縁も神官でありながら祓魔の力を秘めた打撃格闘術だった。ジェミニ――アイリーンとジェーンも似たように拳を用いて戦っていた。だから不思議なことではない。神を信じ仰ぐ者が肉体を武器とすることは彼らの完成形なのだ。けれど元々が後衛を主とする僧侶や神官が前に出ることはあり得ないことで、憧れはしても習得を目指しはしない。

「おお、神よ。私に歯向かう邪悪を祓う力をお与えください。どうか私をお導きください」

 ヴィオールから間合いを詰めてくる。どこにそんな脚力があったのかと思うほどの速度だったため対応が遅れる。防御こそするが、放たれた拳の衝撃で体が後方へと跳ねた。すぐに足から接地こそするが衝撃を消し切れずにひたすら後方へと滑る。

 痩せこけた男が追ってくる。追撃の拳が放たれる直前にアベリアが火炎で男を包む。

「私に宿るは神の奇跡」

 呟く男は燃え盛る炎を無傷で突破してくる。体どころか法衣の一片すらも燃えてはおらず、焦げてもいない。信じられないが魔法の炎への耐性がある。ヴィオールに火属性魔法は通用しない。これはアレウスたちにとっては逆風だ。『原初の劫火』に頼ったゴリ押しはこの男に通用しない。拳を短剣で受け止め、弾いて後退しつつ放つ炎の飛刃も男は片手で弾いて手元は火傷の一つも負っていない。

「だったら、“魔泥の弾丸”!」

 泥と土で作り出された大量の土塊がヴィオールに降り注ぐ。

「言ったであろう。私に宿るは神の奇跡であると」

 打ち付ける土塊を物ともせず、ヴィオールはこちらへと歩んでくる。

「私の体はありとあらゆる奇跡によって守られている」

「奇跡奇跡うるさいな!」

 鬱陶しいまでの信心深さである。ヴェインには感じない苛立ちや面倒臭さがこの男の発言にはあって、非常に不愉快である。だからアレウスは二本の短剣でヴィオールに連続の剣戟を放つ。動きを止めず、剣戟を放ち続けてヴィオールを圧倒――できない。全ての剣戟を読んでいるように男は足を運び、掠めたところで動じることなく、アレウスの一瞬の隙に侵入するように踏み込んでの蹴撃を受ける。打ち飛ばされはしたが痛みはさほどではない。やはり筋力が足りていない。

「爆ぜよ」

 その呟きと同時に蹴飛ばされた鳩尾に強烈な衝撃を受ける。体内でなにかが爆発したかのような激痛に吐き気を催し、耐え切れず血と合わせて吐瀉する。

「“癒やして”」

 即座にアベリアの回復魔法によってアレウスの破壊された内臓が修復を開始する。

「確かにこの体に筋力と呼べるものはほとんど残っていない。だが、私に満ちる神から与えられし魔力は貴様たち罪深き者の体を破壊する」

 拳や蹴りの一撃。その僅かな接触でヴィオールは魔力を送り込んできたのだ。男の魔力は当たった部位に滞留し、男の言霊でもって炸裂する。法衣は纏っていても素手、素足である理由はその接触のための足掛かりに違いない。

「異界に神なんていない」

「神の加護が無いから。そのように思うことこそが愚か者の証拠。現に私は祓魔の力を余さず使いこなすことができているというのに」

 ヴィオールの言葉にはアレウスも思うところがある。異界で『教会の祝福』は機能しない。しかし、どういうわけか祓魔の力は使いこなせる。それだけではなく、アイリーンやジェーンのようにジェミニとして生じた存在ですら異界において同様に魔力で肉体を強化して近接格闘術を行使することができた。


 もしも、異界にも神の加護は届いているとするならば。


「『教会の祝福』がイプロシアの師匠――バシレウスの作った魔法だから機能しないのか……?」

 図書館の地下で出会った深層のハイエルフ。『教会の祝福』の始まりはその人物によるものだとアレウスは仲間たちに聞かされている。つまり、この『教会の祝福』は神が与えた奇跡でもなんでもなく、人間が自衛のために作り出した魔法に過ぎないから機能しないのではないか。

「はっ」

 この考えが当たっていたとしても。そのように思いつつもアレウスは鼻で笑う。

「だったら僕はもっと救われていたはずだ」

 異界にも神の加護があるのなら、アレウスはもっと救われていても良かったはずだ。

「僕は神を信じない」

 たとえ神が本当にいるのだとしても、本当に加護があるのだとしても、ヴェインの言葉を認めることはあっても自身の根底にあるものは捻じ曲げない。『教会の祝福』も神の加護だと思って受けたが、それは利用しなければ仲間たちが悲しむと思ったからだ。

 神を信じるか信じないか。その土俵にアレウスは立つ気はない。


 その断言がヴィオールの怒りを買ったのか、俊足で詰め寄られて怒涛の連撃を浴びせられる。どれもこれも防ぐことはできるが、反撃の機会は一切ない。だが、この男には防御が有効ともいえる。筋力がないのであれば体力も足りていない。次第にこの速度の乱打は不可能となり、そこにアレウスが剣戟で差し込むだけだ。


「神よ! 私に! 裁きの力を!」


 防いでいた短剣から魔力が流れ込み、両手から両足にかけての筋肉を魔力で破壊される。

「“癒やして”」

 アベリアの回復魔法を受けるも、両手に握っていた短剣をどちらも落としてしまう。

「“火の玉、踊れ”!」

「効かぬ!」

 火球を正面から浴びておきながら負傷せずにヴィオールは笑う。

「炎に焼かれぬ奇跡! 土砂に潰されぬ奇跡! 水で溺れぬ奇跡! 金属に打ち克つ奇跡! 木に縛られぬ奇跡! 私の体は奇跡の集合体で出来ている!」

 両手の痛みで動けないアレウスの懐に屈みながら入り込み、ヴィオールは背中からアレウスの胴へと打ち込んでくる。

「爆ぜよ!」

 打ち飛ばされた空中で送り込まれた魔力が炸裂する。アベリアの回復魔法は作用しているものの、負傷に対しては追い付いていない。

「“制約せよ(リストリクション)”」

 なんとか足から着地するも、アレウスを地面から突き出した光の鎗が貫き拘束する。

「“罪滅星(つみほろぼし)”!」

 合わせて星型の魔力がヴィオールの背後に溜め込まれ、放たれる。

「“盾よ(シールド)”」

 炎の障壁がヴィオールの発射した魔法を受け止める。

「罪深き者どもの魔力如きでは! 防ぎ切れぬわ!」

「私だけだったら防ぎ切れないけど!」

 障壁は増大し、受け止めている魔力をドンドンと押し返し始める。

「精霊は私に味方してくれているから!」

 そう叫ぶアベリアに呼応して炎の障壁が爆ぜて、星型の魔力の軌道を大きく逸らす。

「“罪滅星”!」

 しかしヴィオールは二度目の魔力の発射を始める。

「精霊が味方するからなんだと言うのだ? 貴様たち罪人が私に勝つ道理とは程遠い」

「“盾よ”」

 アベリアは間髪入れずに二度目の障壁を張る。

「何度でも受けて立つ。何度でも!」

 放たれる魔法を再び受け止め、アベリアは炎に誘われながらもこれもまた逸らして凌ぐ。

「二度防ぐか。しかし、それだけ魔力を消費したということ」

 ヴィオールがアベリアへと走る。

「もはや私の拳を受け止める術はない!」

「“赤星(あかぼし)”!」

 拳を構えたヴィオールの真正面に巨大で赤々と燃え上がる球体が生じる。

「収束による魔力の再利用」

 一体なにが起こっているのか理解し切れていないヴィオールに対し、アレウスは自身が持つ魔法の拙い知識からアベリアが行ったことを小さく呟く。

 アベリアは二回目の炎の障壁に使う魔力を、一回目に辺りへと飛び散った魔力の残滓を収束させて再利用することで踏み倒した。そこからの『赤星』の詠唱も並行して行っていたのだ。

「火では燃えないし土に潰されない。でも、この質量はあなたを押し飛ばすだけでなく吹き飛ばすことができる」

 ヴィオールは全属性に耐性を持っている。土塊を打ち付けられても打撲の一つも負わないが、決してそれらを無視して擦り抜けられるわけではない。つまり、アベリアがいつもなら自身の頭上に起こす『赤星』を正面に起こしたことで、射出されるそれが保有する質量を無視することは絶対に出来ない。そしてあまりにも近くで放たれたためにどれだけの俊足であっても『赤星』からは逃れられない。

「なんと無駄なことを」

 『赤星』を真正面から受け、押し飛ばされながらもヴィオールは呟く。炸裂し、大量の火球を浴びながらも身に受ける衝撃以外のありとあらゆる痛みを無効化して痩せこけた男は法衣を汚れなど一つも付いていないのに払う。

「無駄だとしても、続けないわけにはいかないから。“赤星”」

 もう一度、アベリアは自身が唱えた『赤星』が落とした残滓を収束させて再利用し、二度目の魔力消費を踏み倒す。ヴィオールは溜め息をつきながらその『赤星』を甘んじて受ける。


 これは時間稼ぎだ。アベリアがアレウスの回復を終えさせるために作った時間である。目を合わせずとも、言葉を交わさずとも分かる。光の鎗による拘束を半ば力尽くに解く。ヴィオールには全属性耐性があってもその魔法にまで耐性が備わっているわけではない。だから貸し与えられた力の噴出で解くのは事足りた。

 破壊された内臓の回復、両腕と両手の回復。それらはまだ途中であるもののアレウスは無傷の足を使って自身が落としてしまった二本の短剣をどうにか動き出した左右の手で拾う。


「獣剣技、」

 アレウスは空間を短剣で引っ掻く。

「“群鳥”」

 飛翔する火の粉が複数の鳥となって、上空からヴィオールを狙う。二連続の『赤星』を受けながらも未だ無傷の痩せこけた男はその炎の鳥を見上げながら、やはり嘆くように溜め息をつく。

 自身に与える全ての攻撃は無駄である。なのに無意味に攻撃を仕掛けてくる。そんなアレウスとアベリアの知性の無さに呆れ返っているのだろう。

 だったらまだ気付かれていない。アレウスは土煙の向こう側にあるヴィオールの気配を捉えながら疾走する。

「獣剣技、」

 向かってくる炎の鳥を面倒臭そうに払い飛ばしているヴィオールを強襲する。

「“盗爪(スナッチ)”」

 アレウスの剣戟をヴィオールが手の平で受け止める。


 この男は全属性に耐性を持つが、アレウスの剣戟に対してのみ回避を行う。つまりヴィオールが持つ全耐性とはあくまで魔法に対してのみであって人間の手で精錬された刀剣類や打撃武器は通用する。剣戟や斬撃、打撃すらも無効化できるのであればもはや回避という動作は不要なのだ。


 そして、確かにヴィオールは手の平でアレウスの獣剣技を受けた。


「防いだな?」

 その防ぐ行為が致命的であることを男はまだ気付けていない。

「なにをそんなに勝ち誇っている?」

「“盗爪”」

 構わずもう一方の短剣で同じ獣剣技を放ち、これもヴィオールはもう一方の手で防いだ。


「“魔炎の弓箭”」

 幾本もの炎の矢を魔力で編み上げ、アベリアが射出する。

「無意味だ」

 そう呟き、ヴィオールは避けもせずに彼女の魔法を正面から浴びる。


 矢は男を貫き、火は法衣を燃やして体を焼く。


「ぎぃゃあああああああああ!!」

 これまでにない絶叫をあげながらヴィオールが全身に纏わり付く炎を自身の魔力で弾き飛ばす。

「なんだ……どういうことだ!? 私の、私の体が……私の清め切った肉体が燃えるだと!?」

「お前の清め切った魔力ならさっき僕が獣剣技で盗んだよ」

「ぬすっ……」

 アレウスの身から発せられる僅かばかりの魔力からヴィオールは状況を理解する。

「全属性への耐性を持っているのはお前の魔力であってお前じゃない。だったらそれの一部を削って奪ってしまえば、再びお前の体を魔力が満たすまでの間にアベリアの魔法が通る」

「罪人ごときがこの私が磨き、清めてきた魔力を!!」

 ヴィオールの拳をアレウスは避け、その体を短剣で切り裂く。

「その痩せこけた体で想像以上の動きをするから呆気に取られていたけれど、慣れてしまえばなんてことはない」

 拳と蹴りを合わせた乱打も防戦一方にはならずに合間に剣戟を差し込む余地ができている。それはヴィオールがアベリアの炎の矢に貫かれ、焼かれた痛みで動きが鈍っているからでもある。

「獣剣技、」

 呟きながらアレウスは接近する。当然、ヴィオールはこの言葉に極端に反応して大きく避ける。

「怯えたな?」

 放たない。しかし技を放つかどうかはアレウスの裁量次第であってヴィオールに分かることではない。無意識ではない動作は読み取れる。だからそのまま追い掛けてただの剣戟で男を切り裂く。

「こん、な……馬鹿な!」

「獣剣技、」

 男は果敢に攻めてくる。

「“盗爪”」

「“魔炎の弓箭”」

 今度は拳に対して獣剣技で対応して、男を包んでいた魔力に隙間を生じさせる。そこをアベリアの炎の矢が貫く。


 再びの絶叫を上げ、男が大きく大きくおののく。


「こんなはずでは……なぜ、なぜ私がこんなにも焼かれなければ……ぁああああ!」

「異界じゃ屍霊術は使えないし降霊術も使えない。魂の虜囚は世界に肉体はなくとも異界では肉体を持っているから、死体はあっても魂は呼び寄せられない」

 魂魄と肉体。それらが切り離され両立しているのは世界のみであって異界では起こらない。

「死体……そうか、死体はあるのだったな」

 ヴィオールは呟き、周囲に魔力を放出する。

「やはり罪深き者だ。私に対しては失言だった」

 地面から棺桶が現れ、続いて男は魔力の縄で近場にいた魔物を捕まえて引き寄せる。

「見よ、これこそが合力。人と魔を融合する狂気の御業よ!」

 棺桶の中に魔物が吸い込まれるようにして囚われ、耳障りな肉と肉の喰らい合うような音が響いた。そして、全身に拘束具を付けられた人型の魔物が棺桶から現れ、口から熱のこもった息を吐く。

「皇帝周辺の『異端審問会』しかまだ知らないと思っていたのに」

 アベリアがアレウスの心境をそのまま吐露する。

「そうだ、その浅ましさだ! その浅ましさがこの私に絶対の勝利を、」

 男が全てを言い終える前にアレウスが拘束具に包まれた人型の魔物を両手の短剣で一気に切り裂き、討ち滅ぼす。

「急いで見繕っただけの合力なんかじゃ話にならないんだよ」

 貸し与えられた力を解放し、倒れた魔物が火炎に包まれる。

「ば、ば、馬鹿な!」

「ラタトスクの真実をお前は知っているか?」

「こんなこと、が、あるはずが!」

「僕の両親が『異端審問会』から離れ、逃げた理由を知っているか?」

「私は、私は……」

「知らないのか?」

「私は御子に仕える神の御使い。大いなる力でもって多くの命に祝福を与えてきた」

「聞きたいのはそんなことじゃない」

 功績を語られても興味はない。

「神の御使いとして選ばれたのは幼少の頃より神の御言葉を唱え続けてきたからであって」

「お前の経歴を知りたいわけじゃない」

「私を殺すことは神への叛逆であることを承知の上だと言うのか!?」

「神にはずっと逆らっている」


 どれもこれも、そうではない。


「お前はラタトスクで僕を堕としたとき、そこにいたのかいないのか。そして、僕の両親はどうして『異端審問会』を抜け、『異端審問会』に裁かれなければならなかった?」

 アレウスには合力があった。だからアレウスだけが裁かれるのならばまだ分かる。どうして両親までもが裁かれたのか。それもアレウスのように拷問を受け異界に堕とされることもなく、ただただ殺されたのか。

「あれは起こるべくして起こる必然であって私たちに非はない」

 竜の短剣を振るう。“盗爪”によって男の耐性に穴が空く。


 最も聞きたくなかったことを聞いてしまったアレウスにはもはや自制心は残されていない。


「あぁ、私の御子様。どうか、どうか私に慈悲深き奇跡を!」

「死ね!!」

 アレウスはヴィオールの心臓を淑女の短剣で刺し貫いた。


------


「おや、こんなところまでなにをしに来た? 初代国王のドラゴニア・ワナギルカン」

 水中で浮力など一切感じさせないまま、座して待つオエラリヌが問いかける。

「どこにもピスケスの姿が見えんようだが……そうか、ピスケスを貴様が喰らったか。異界を渡り続けていたのも異界獣を喰らうことが目的だったのだろう?」

「……なにもかもお見通しとは、ヒューマンの王にしておくのは勿体無い」

「貴様もこの姿の私を見てドラゴニア・ワナギルカンと看破するとはドラゴニュートとして置いておくには勿体無い」

 ハゥフルの体に宿りし魂をオエラリヌが見抜いていることにドラゴニアは豪快に笑う。

「我になんの用だ?」

「ピスケスを喰らってしまったのであれば、この異界の主は貴様なのだな? では、一切の駆け引きなどせんでよさそうだ。この異界、我に明け渡せ。オエラリヌ・ミリアスフィールド」

「断ると言ったら?」

「断れはせん。我は求めるもの全てを手に入れる。そうやって大陸を制覇してきた」

「だが、志半ばで果てた」

「老いなどというつまらん制限がなければ我がこの大陸を全て王国の領土に染め上げていただろう」

「しかし、それは夢物語に過ぎない」

 オエラリヌはドラゴニアの言葉全てを一蹴し、牽制するかのように強く睨む。

「既に死んでいながら浅ましくもまだ力を求めるか、ヒューマンの偉大なる国王よ」

「力を欲するは人間の本能。貴様とて、力を求めてピスケスを喰らったのではないか?」

「…………色々と語りたいところもあるが、語ったところで理解してもらう気もない」

 オエラリヌは水中で立ち上がる。

「勝って示せ、ドラゴニア・ワナギルカン」

「元よりそのつもりだ。『勇者』がそうであったようにどうせ貴様も我も力でしか語り合えん」

 その一言に少しばかりの引っ掛かりを感じながらもオエラリヌは自らを水竜と化し、ただ一人で異界へとやってきたドラゴニアへと咆哮を上げる。

『貴様の魂を繋ぎ止めている者が異界で果てようとしている。我の竜の眼は全てを見通しているぞ』

「ほう?」

『我を屠っても貴様も異界からは出られんぞ?』

「別に出ようとは思ってはおらん。ただ、我という魂が留まり続けるための異界を欲している」

『……貴様、異界を利用して生き永らえようとしているな?』

「ふっ、我の魂が異界から出られんのなら、我が統べし国そのものを異界に変えてしまえばよいだけのこと。さすれば我は晴れて老いという制限から解き放たれ、永劫に王として君臨できる」

『くだらん考えだ。そんな夢には付き合えない』

「『勇者』のくだらん旅路には付き合えたのにか?」

『我の生き様を愚弄するとは良い度胸だ。存分に殺し合おうぞ、ヒューマンの王』

「当然だ、戦うことしか知らぬ水竜よ」

『なにを言う。貴様こそ、人間を殺し続けることでしか喜びを得られん邪悪ではないか』

 何者も及ばぬ水中で、ピスケスを喰らった水竜とハゥフルの体に憑依した国を興した王が激突する。

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