跳ね除ける
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「誠に申し訳ございません」
エレスィがレジーナに陳謝する。
「俺のロジックをエルフではない只のヒューマンが開けるはずないと完全に油断していました。この責、エルフの重鎮らによる裁定を待たずしてあなたに命じられれば、ここで自ら首を掻き切ります」
「あなたの首など無用です。私が欲しているのはこの森のみならず世界の恒久的な平和。いいえ、たとえそれが叶わないのだとしても一時の平穏、一時的な平和です。それに、私も失念していました。ヒューマンがエルフのロジックを開く……そう、複数人で行えばそれも可能であるということを」
レジーナはよろめきながらエレスィの肩に手を置く。
「もう干渉から逃れたのですね?」
「はい。同胞たちによって干渉を払い除けてもらい、ここに来るまでに三度ほど開いて確かめてもらいました」
「であれば、信じます。まずは、」
そこまで言ってレジーナは鈴の花が光を帯びて明滅を繰り返したのを見て、言葉を切る。
「……驚きました。誰にも気付かれずに侵入できるとは」
そして、未だ姿を隠している者に向けて改めて声を発する。
「イプロシア亡きあと、彼女に洗脳されていた大勢の仲間が死んだそうね。もはやエルフの森に私たち『異端審問会』を抑え込む力なんてないんじゃないかしら?」
鈴の花がぼんやりと光って、姿を現した人物を照らす。黒鷹の意匠が編み込まれた法衣を纏っており、フードも目深に被っており顔は分からない。しかしレジーナが記憶している人物の誰ともその声は一致しないことだけは分かる。魔法によって声音を変えていたとしても、そもそも魔の叡智に愛されているエルフの自分自身とエレスィが察知できないわけがない。そのため、この者の声は肉声だと断言できる。
「御下がりください」
「自ら私たちを招き入れるだけでなく、『異端審問会』の条件を呑ませるためにエルフの巫女に会わせてくれたことには感謝しているわ、エレスィ・ジュグリーズ」
「それは貴様たちが俺のロジックに干渉したからだろう!?」
「本当に? 本当にそう言える? 私たちが干渉していないと言ったら、あなたはどうする? もしかしたら、自分自身の中にある野心が発露して、森ではなく世界を見据えてエルフの巫女を自らの意思で売ったのだとしたら」
「そんな、」
「そのようなことがあるはずがありません。エレスィはイェネオスと同じく私が心を許している友人。彼の過去を知っているからこそ、ここで私を守るために剣を抜いたその背中を一切疑う余地などありません」
エレスィの代わりにレジーナが答える。全幅の信頼を置いている。そのことが言葉で分かり、彼は胸の奥から声を発して対立している人物に向けての殺意を強く発露させる。
「威勢だけ良くても無駄。現実はそうは上手く行かない。現に私はここに来ることができた。あなたが最初に見せてくれた方法で同じように」
ゆっくりと鈴の花を避けながら人物――女性は歩いてくる。
「それ以上近付けば、」
「死の魔法を唱える? いいえ、あなたにはできない。その『音眼』は未だ死の魔法をあなたに与えてはいない。そしてその『音眼』はあなたの耳に入るありとあらゆる音を視力に置換するだけの力しかない『魔眼』。ルーエはそれが分かったからあなたの眼を取ることをやめた」
全てを見抜かれている。自身の『音眼』にはこの状況で脅しとなる力がないことも、『魔眼収集家』のためにと用意周到に身構えていたことも。でなければ鈴の花を避けて歩きはしないのだ。
「この花に魔力を込めて、いざとなれば私と一緒に爆発四散……そんな豪快な自殺に巻き込まれたくはないわ」
女性が指を鳴らす。鈴の花の明滅が弱まり、やがて光を発しなくなる。
「私が与えた魔力を吸われた……? いいえ、打ち消した?」
可能ではあるが指を鳴らすだけで済ませることができるようには魔力を編み込んでいない。それが解れたことへの答えは数秒で行き着く。
「あなたも魔力の糸を扱えるのですね」
「……あなたも? ああ、ジュリアン・カインドのことですか。確かに彼も私と似たような魔法を使えましたね。けれど、あの程度の魔法と同格と捉えられるのは虫唾が奔る」
綻んだ魔力が再度編まれて、塊となって形成される。
「あなたが詰め込んだ爆発の魔力。どれもこれもここに集約して、放ってあげましょう。全て灰になってしまいますが」
その言葉にレジーナはクスッと笑う。
「全て灰に?」
「なにがおかしいのかしら」
「だって、なにも怖くないから。灰は私にとって、親友だから」
魔力の塊が放つ構えを見せた女性だったが、思わず空を見上げる。
灰。チリチリと身を焼くような炎はどこにもないというのに、なにかを焦がしたかのような無数の灰が雨のように降っている。
「っ! しまった……『灰眼』、」
灰が一所に集約して人の形を成し、そうして振るわれる一閃が女性の正面にあった魔力の塊を一刀両断する。続いてもう一つ集約して人の形となしたものが両断した二つの魔力の塊を抱えて自らの腕の中で炸裂させた。
『御免あそばせ?』
レジーナだけでなく女性にも聞こえる『接続』の魔法でオルコスが挑発する。
『あたしの親友を狙うことは最初から分かっていましたよ? あとはあなたたちがどのタイミングで仕掛けてくるか。でもこれも非常に分かりやすくて助かりました。イェネオスたちが動くそのときがまさにあなたたちも動く瞬間だと事前にアレウリス様がお伝えしてくださっていたので』
「オルコス……ワナギルカン!」
苛立たし気に女性は虚空に向かって声を発する。
「私の不意を打つことはできましたが、あなた如きの剣技で私を討てると思っているのかしら?」
『頭の周りが悪くて助かりますわ。あなたにもアレウリス様ほどの思考力があれば、あたしを出し抜くこともできたでしょうに』
灰の人形の背中から翼が生える。続いてもう一方の灰の人形もようやく形が整い、同じように背中に翼を生やす。
『あたしは義妹ちゃんのために新王国から動くことはできません。だからこそ、動ける者に動いてもらっています。自身と瓜二つの機械人形を携えし王族と言えば、もうお分かりですね?』
「ユークレース……!」
『その灰の人形は今現在、ゼルペスにいるユークレースとキンセンカの全てをあたしの眼で捉え、投影したもの。ここにいるユークレースたちは姿形こそ見劣りしますがその能力のほとんどを引き継いでいます。無論、あなたの存在もこちらからは灰の人形として投影していますのでこちらのユークレースたちの五感が鈍ることもありません』
「エレスィ!」
「はい!」
レジーナに言われ、エレスィが『青衣』を纏って剣を抜く。灰のユークレースも刀を構え直し、エレスィとの共闘を張れるように自身の位置を調節している。
「王族としてのプライドも矜持も捨て去ったのですね、ユークレース?」
「プライド、矜持……ええ捨てました。そんなものは義兄の死と共に僕の中でそれこそ灰と化しました。だからこそ今の僕は王族ではないただのユークレース。世界に悪しき者が蔓延るのであれば、それを断ち切ると決めた。ただそれだけの剣客とお考えください」
灰のユークレースは女性の挑発には乗らない。
「酒宴を、」
「分が悪いわ」
『悪酒』をも投影し切ると女性は彼の言霊を耳にして理解して声を漏らす。
「あなたたちだけなら落とせないこともないけれど、時間を掛けてしまえばそれだけエルフに囲まれる。なにも出来はしなかったけれど退散させてもらうわ。大切なのは神に与えられしこの命だもの」
女性の姿が陽炎のように消えていく。気配消しの一種だが、どうやらレジーナだけでなくエレスィや灰のユークレースにも掴み取れないらしい。
「けれど……王族の末弟がそんな醜態を晒したら、義兄は一体どんな態度を取るのかしら。楽しみね?」
その一言を言い残し、女性は完全にレジーナたちの前から姿を消した。
「油断しないでください。魔物の気配が残っています」
嫌がらせかそれとも事前の策略か。エレスィが言うように魔物たちに囲まれている。
「助太刀します」
ユークレースは構えを解かずに協力を申し出てくれる。
「ありがとうございます。そして、さすがは私の親友です」
『どんなところにいてもあたしはあなたを守ります』
「だったら私もあなたがどんなところに行こうとも一緒に行きます」
『本当ですか? 実はいつかレジーナと行きたいところがあるんです。約束ですよ?』
「ええ、約束します」
「レジーナ様、暢気なことを言っている場合ではありません」
呆れ気味にエレスィが言う。
「ええ、まずは魔物を全て倒しましょう。汚名返上、期待していますよ?」
「お任せください」
『青衣』が彼の闘志に呼応して激しく燃え上がった。
『ユークレース?』
「分かっています、姉上。王国がもはや『異端審問会』の伏魔殿であるのなら、僕は死んだ義兄上たちのために戦います。正しき王国を取り戻すために」
灰のユークレースはオルコスの問いを全て聞くまでもなく返事をして、草むらへと果敢に飛び込んだ。
「待て待て待て! 刀を降ろせ! 待ってくれ、俺は魔物じゃなくて『不死人』だ!」
耳に入る声に聞き覚えはないが敵意がないことは分かる。
「殺さないでください」
だからレジーナはユークレースの斬撃を寸前で留まらせ、エレスィの二撃目の構えを解かせる。
「あぁ、助かった。つっても、俺たちゃ死んだって何度だって甦るけどな。でもま、ここまでまた来なきゃなんねぇから面倒なんだ」
二人にいつ切り殺されてもおかしくない状況下で半端に笑いながら男はレジーナの前へと歩く。ただし、自主的にではなく二人に急かされるように。
「連合の『不死人』のクレセールだ。『異端審問会』を跳ね除けてすぐに要求すんのも変な話だが、会合に出る気はあるか? 別に森から出なくてもいい。『接続』の魔法で、アレグリア様と話をする気はあるかって話をしてんだ」
飄々とした男は自らが刃を向けられていながらもレジーナを敬うような素振りを一切見せない。
「信用するに足りますか?」
「信じる信じないは任せる。その内、エルフの巫女様のところにも報告が上がってくるだろうがシンギングリンを守るためにアレグリア様は『不死人』を遣わせている。あの街が守り切られてからでも構わない」
「……なるほど。しかし、このまま帰すわけにも参りません。魔物に囲まれているからではなく、またも『不死人』に暗躍されてはアレウリスさんも困ってしまうでしょうから、街が守られたことを確認後、改めてその話については詰めましょう」
「あいよ。なら、俺もエルフの巫女様に監視されながらこの辺りの魔物を蹴散らしてしばらく留まることに異論はねぇよ。嘘をつかれたんなら二度とエルフなんて信用しねぇってだけの話だ」
クレセールは両腕を鞭のように伸ばし、ダランッと地面に垂らしながら呟いた。
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「どうしてここにいる……?」
「それはこっちの台詞だ。こんなところまでわざわざ足を運んでくれてどうもありがとうございます」
テキトーな返事をしてエルヴァは男を睨む。
「で? どんな風に殺されたい?」
「……ははっ」
エルヴァの冗談めいた言葉に男は思わず笑う。
「そうか、なるほど……そういうことか。まずはここで俺を追い払ってからアルテンヒシェルを助けに行くってことか」
笑いながら男は禁足地――アルテンヒシェルの隠れ家の前で視線を左右へと向ける。
「ということはこれから俺は不意打ちされるわけだ。一体どこに隠れている? 姿を見せたらどうだ、『黒のアリス』? まさか王族を囮にして自身は身を隠すなんて荒業を使うとは俺も思わなかったよ」
エルヴァの後ろにはオーディストラ、そしてその隣ではクルスが鎗を抜いている。男からしてみれば、国は違えど三人の王族がいる。国を取りに行こうと日夜暗躍している者たちにとって垂涎物の光景が広がっている。しかし男はエルヴァへとすぐに仕掛ける様子はなく、辺りを警戒している。
「一体なにを言っているんだ?」
「いや、だってそういうことだろ? オーディストラ皇女とクールクース王女を囮にして俺を討つ機を狙っている。俺の知るアレウリス・ノールードはそんなしたたかなで、姑息な男だ」
挑発を繰り返すも尚も周囲から反応がない。どうやら男にはエルヴァたちなど眼中になく、ただアレウスを探すことに夢中になっているようだ。
「『白のアリス』――いいや、シロノア。俺はさっき言ったんだがまだ言わなきゃならないか?」
一歩、エルヴァは踏み出す。
「さっきから一体なにを言っているんだ?」
「だから俺を不意打ちするためにアレウリスは……、っ!」
そこまで言って男――シロノアは自身の思考の綻びに気付く。
「まさか、いないのか……!? そんな、馬鹿なっ!」
「いねぇよ。あいつらは俺たちを置いてさっさと帰っちまった。まったく、酷い話だよな」
動揺を見てエルヴァが不敵な笑みを零す。
「テメェにとっても酷い話かもしれないけどなぁ」
エルヴァの踏み出しに対してシロノアが身構えた直後、クルスが鎗と共に飛び込んだ。エルヴァを注視していた男にとって思考の外からの一撃だったのだが、紙一重で避けられる。しかし避けられはしたが掠めはした。
「仕留められると思ったのに」
クルスは呟きながらも追撃はせずにエルヴァの元まで後退する。
「く、くくくくくくっ。そうか、ならアルテンヒシェルを助けに行ったのか。だったらもうシンギングリンは他種族の思念渦巻く災禍に包まれているということか」
なにやら含み笑いを行っているシロノアにエルヴァが心底呆れたように溜め息をつく。
「人の話を聞かねぇ奴だな。俺は言っただろうが。さっさと帰っちまったと」
しばしエルヴァとシロノアが視線をぶつけ合う。しかしやがてエルヴァの言葉の意味を理解して、男の表情に焦りが生じる。
「アルテンヒシェルを見捨てて、シンギングリンに帰った……だと!? あり得ない! 俺だったらそんな判断はしない! 俺だったなら、そんな決断をするわけがない!!」
「さっきからああだこうだとワケの分からないことばかりを言っているが、どうやら演技でもなんでもないらしい」
「なら良かった。アレウリスさんは『異端審問会』を出し抜いた」
「出し抜く……この、俺が……アレウリス如きに?」
「今回はお前より早くアレウスが先手を打った。いいや、これは『異端審問会』に狂わされた者たち全員からのお前たちへの反撃の狼煙。お前たちの全てを否定する最初の第一歩ってことだ」
「…………そんな大げさなことを言うな」
シロノアはゆっくりと後退しつつ、木陰より誰かを呼んで前に立たせる。
「王の面前でくだらない夢のような話をしてなんになる?」
笑いながらシロノアはそう発し、現れた人物に対しての全員の反応を見る。
「マクシミリアン?!」
エルヴァは素っ頓狂な声を上げる。
「そんな……! マクシミリアンの死体は私が確認したはず!」
「クールクース・ワナギルカン王女は俺と話したあとに隙を見せた。だからロジックに干渉させてもらった。『俺と話したのち、マクシミリアンの死体を安置している場所へと確認に行く』と。まぁその程度で済ませてしまったのは勿体無かったが、後ろにオルコス・ワナギルカンもいるとなると厄介なことになる。でも、俺が干渉したことであなたが調べに行ったからマクシミリアンの死体を回収することができた」
「では、私の元にあなたが訪れたのは約束をさせるためではなく、」
「干渉し、マクシミリアンの死体を手に入れることだった」
クルスの言葉をシロノアが紡ぐ。
「屍霊術はなかなかに面倒臭いがマクシミリアンの死は未だ王国では隠匿されている。おかげで死後消えたはずのアーティファクトも半端ながらに機能している。貴様たちにこの男は殺せない」
「王族の死体を弄ぶなど、狂気の沙汰だ。こんなことが公になれば『異端審問会』の立場は崩れ去るぞ」
「父親に捨てられた皇女になにを言われようと心には響かない」
シロノアはオーディストラの言葉を一蹴する。
「あなたを殺した者たちを殺すんだ、マクシミリアン」
そう告げてシロノアは背中を向けて立ち去ろうとする。
剣が肉を裂いた音がして、笑みを浮かべながらシロノアは振り返る。
「な……!」
しかしその笑みはすぐに崩れる。
「なにをしている!?」
甦ったマクシミリアンは剣で自らの首元を裂き、自決しようとしている。
「なぜ死のうとしている!? 貴様を殺した者たちへの恨みはないのか?!」
「黙れ、無能め」
マクシミリアンの言葉に『王威』が乗る。たとえ背中越しであっても彼の『王威』はシロノアを立ち竦ませる。
「私は第一王子のマクシミリアン・ワナギルカンだぞ?」
「だから甦らせた」
「だから無能だと言っている」
剣で何度もマクシミリアンは首元を裂く。
「王族をなんだと思っている? 私が死ぬ瞬間に甦りたいと願ったか? 死にたくないと叫んだか? 恨んでやると口にしたか? していないだろう。私は王族らしく、第一王子として戦いそして死んだ」
「悔いが、ないとでも」
マクシミリアンは振り返り、シロノアを睨む。
「悔いのない瞬間など一片たりともありはしない。だが! 屍霊術など所詮は偽りの生! いずれ朽ちる魂に過ぎない。一度死んだだけでも恥だと言うのに! 貴様はいずれこの偽りの生の果てで私にもう一度死ねと言うのか!? この私に、また死に恥を晒せと? 論外だ」
「待て、マクシミリアン第一王子。貴公はどうして義弟妹と戦う道を選んだ? どうして血の繋がりを拒み、国王から玉座を奪おうと画策した?」
尚も自らの首を刎ねようとするマクシミリアンの手が止まる。
「王とは望んでなるものではない。なるべくしてなるものだ。そして国を救えるのは民草の総意によるクーデターか王の決断以外にはない。我らが王国の民草は王に全権を委ねすぎている。ならば王という存在そのものが腐敗すれば国もまた腐り落ちる。私は王になりたかったわけでも、民草のことを思って蜂起したわけでもない。ただ、国を救うべくして戦うことを選んだまでのこと」
「国を救うために」
「国を国として維持するためならば、父上すらも殺す……殺すべきだった。殺せず牢獄などに閉じ込めず、殺さなければならなかった。それが出来なかったことが、私が私自身に感じている唯一の失敗だ。しかし、屍から甦ってまで父上の命を取りたいわけではない」
首の皮一枚になって、最後の一閃を自ら行おうとするマクシミリアンにクルスが介錯とばかりに鎗の穂先で首を刎ねる。
「すまないな、末妹。その手で二度、死に恥を見させてしまった」
「いいえ、あなたは正しく王族であり、そして王としての素質を持っていました」
「持っていても勝てなくては無意味だった。王国の将来を委ねたぞ……?」
「はい」
首を刎ねられてもしばらく会話を交わしていたマクシミリアンだったがやがて瞳から生気は失せ、切り離された肉体から魔力が放出されて地面に倒れた。
「あり得ない!」
「テメェは血の重みを、古より続く血脈の意味を理解できなかった。だからそうやって誰彼構わず屍霊術で甦らせようなんて考えるんだよ」
「全て、覆されたのか? この俺がマクシミリアン――いや、アレウリス如きに……っ!!」
忌々しそうに呟き、そしてシロノアは駆け出して丘から飛び降りる。
「いいや、俺の計画は必ず実現できる。必ず! 全ての冒険者をこの手で……!」
エルヴァが同じく丘を飛び降りようとするがクルスに止められる。
「マクシミリアン殿下を綺麗に整えよう」
オーディストラは呟く。
「王族だからではない。死者に敬意を払わなければ、大切なものを失ってしまう。違うか?」
「いいえ、その通りです」
クルスが肯き、彼女へと駆け寄る。
「こっちは凌いだ。あとは、アレウス。やれるんだろうな?」
エルヴァは肺から溜め込んでいた息を一気に吐き出して、難を逃れたことに安堵しつつも別のところで戦っているであろうアレウスたちの身を案じるのだった。
「お迎えに参りました、帝国第一皇女、オーディストラ・ファ・クッスフォルテ様」
「誰だ!?」
強い声音でオーディストラは発し警戒するも、エルヴァが腕の動きでクルスと合わせて二人に動かないように合図を送る。
「元気だったか? 俺に二度殺された『不死人』」
「ふん、聖女様の命令でなければ貴様なんぞのところに我が訪れたくなどなかったのだがな」
「来るならシロノアがいるときにしろよ。テメェなら不意打ちぐらいはできたんじゃねぇか?」
「貴様が死んでくれるなら都合が良いと思ったまでだ。我に与えらえた命には貴様を守ることは含まれていないからな」
プレシオンはエルヴァを敵視しつつも歩き、やがてオーディストラとクルスの前でひざまずく。
「『不死人』のプレシオンと申します。聖女のアレグリア様より皇女及び王女をお連れするべく聖都より馳せ参じました」
「連合……連合がなぜ私たちに? まさか、エルヴァージュと結託して私たちを連合へと人質として売るつもりで、」
「あんな男と我らの高尚な思考を同一としないでもらいたい」
「あまり俺を貶めるようなことを言うとまた殺すぞ?」
後ろの会話に意識を向けつつもエルヴァは周囲への警戒を怠らない。
「会合を開きたいと聖女様は申しております。聖都へ赴くことに不安を感じるのであれば『念話』による話し合いの場を持ちたいとのことです。ここ禁足地は安全ではありますが、身を守るための魔法陣や罠が仕掛けられているわけではございません。どうかもっと命を守り、守られることのできる場所へと移ることを提案いたします。そこがたとえ聖都でなくとも、我は命じられた通りにあなた様方を話し合いの場が開かれるそのときまでお守りする所存です」
「……どう思う、エルヴァ?」
「話ぐらいは聞いてやっていいだろう。その『不死人』が有無を言わさず俺を殺しに来るんじゃなく、俺を殺したい欲を抑え込んでまで二人に聖女からの言葉を伝えている。連合は信用ならない国ではあるが、そいつの態度については一考の余地がある」
「そう……でも私はアレウリスの作戦が功を奏すまでは話し合う気はないわ」
「私もだ」
「では、アレウリス・ノ―ルードがシンギングリンより『異端審問会』を追い払うことができたならば話し合ってくださると?」
「ええ」
「そうだ」
二人の肯きを見てプレシオンは満足し、立ち上がる。
「貴様はもうシンギングリンを向かったらどうだ? お二人はこの我が守り通す」
「ふざけるなよ、誰がテメェなんかにクルスと皇女殿下を任せるかよ」
言い合う二人を見て、オーディストラとクルスはようやっと張り詰めていた気を緩ませ、やがて優しく丁寧にマクシミリアンの遺体の汚れを拭き取り始めた。




