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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第2章 -大灯台とドワーフ-】
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避けては通れない道

「慰められるとは思いませんでした」


「別に慰めたわけじゃありません。随分と深刻そうに仰るので、個人的な見解を述べただけです」

 それにしてはリスティのいつもの無表情は崩れ掛けている。

「なんにせよ、私はヴェインさんのことを将来が有望な冒険者と評価しました。ですが、それはあなた方にも言えることです。私は、あなた方の将来に物凄く期待しています。いつか本当に、言っていることを実現させる。そんな気さえしているくらいですから。だって考えてもみて下さい。あなたは異界での戦績は不振だと言いました。けれど、あなたはここに座っている。ここで生きている。捨てられた異界をテストと合わせて二つ経験し、本物の異界を一つ。三つ渡って尚、五体満足で私の前に居る。しかも、つい先ほどまでは初級冒険者だったあなたが、です。誇って下さい、その可能性を。もっと感じて下さい、自分の運の良さを」


「ありがとうございます」

 熱を入れ過ぎているとリスティは思ったのか、崩れ掛けていた無表情を必死に取り繕っている。

「私はあなた方の担当者です。兼任しているパーティもありません。その分、情報の精査に加えて依頼があなた方の力量に合うかどうかについても専念出来ます。ヴェインさんも加わったことで、出来ることが大きく広がったと認識しています。それでは、ギルドからの報告と私からの報告は以上となります。今日はまだヴェインさんがこちらに帰っていないと思いますので、休暇ですね?」

「はい。それと一つ訊いて良いですか?」

「一つと言わずなんなりと」

「ルーファスさんは上級に昇進しましたか?」

「……はい。元々、中堅から上級に入るギリギリのところで留まっていた御方です。あなたが異界での結果で不振に思ってしまうように、あの方にも内容は違えど壁はあったと推察しています。それを無事に乗り越え、上級を掴み取った。これでルーファス様のパーティは全員が上級ということになります」

「リーダーが中堅で足踏みしていた……?」

「それも重圧だったのでしょうね。仲間たちが昇進する中、自分だけが取り残される。かなりお辛かったでしょう。失礼ですが、腐っていた時期は麦酒を片手によくギルドを訪れていましたよ。それも最近は無くなり、休みの日だけにしかお酒を飲まれないようになったとか」


「誰でも悩む……か」

「私でも悩み事は沢山あるんだから。アレウスだって普通に悩んで良いんだよ?」

 自身の至らなさを吐露していた時に黙っていた分、アベリアの言葉は心に沁みる。要するに、自分で自分を特別扱いし過ぎていたのだ。アベリアの言うように、誰もが等しく悩み、そしてそれを抱えて生きている。


 もっと技能を磨き、場数を踏み、知識を付け、ルーファスや黒衣の男のように魔物を余裕に(ほふ)れるくらいになるまで強くなるしかない。しかし、それでも悩むのだから、いつ悩みから解放されるかに拘っていては仕方が無い。


「他に質問は?」

「買い物をする前にギルドに寄れと言ったのは?」

「中級に上がったので、ギルドから昇進報酬が出ています。防具や剣を新調する資金源にして下さい。来る前に購入に踏み切られては、ひょっとしたら借金でもなさるのではと思ったので」

 リスティがテーブルにお金の入った袋を置く。

「本気で借金はしようかと考えていたところなので、ありがたいです」

「あと、お持ち帰り頂いた、異界のサハギンの銛ですがギルド側で3万ビトンで買い取らせて頂いたので、報酬に付け足しております」

「あんな物が、3万……もっと取っておけば良かった」

「言っておきますが、研究するためのサンプルとしてそれだけの額を出すだけです。二本も三本も持って来られてもそれら全てを買い取ることなんてありませんよ。あの異界が他に穴を作り、再び冒険者が挑む際の情報になります。サハギンがどのような材質の武器を扱うのかを知れるのは意外と有利に働きますからね」

「そうやって情報を拾うんですね」

「ピスケスの異界を冒険者が再び調査し、戻った際にも魔物の武器を持ち帰っていたなら、それもまた買い取ります。何故なら、前回の調査結果と武器の材質が変わっていないかを確かめるためです」

 サンプルばかりが増えて行くようにも思えるが、魔物の武器は大体が石と木々を使った物である。それでも、以前に聞いたようにゴブリンは堕ちた冒険者から鉄の(やじり)をくすねることもある。一つの異界で全ての魔物が鉄の武器を使うようになれば、魔物の間で“鉄を作る技術が浸透してしまった”ことに繋がる。

 今回は海中であることも含め、サハギンが鉄を武器に用いてはいなかった。しかし、それもいつまで続くかは分からない。そういうことなのだろう。

「勉強になりました。それじゃ、失礼します」

 アレウスがお金の入った袋を受け取り、アベリアと共に席を立つ。


「リスティー、そのままその子たちを帰しちゃ駄目だよ。まだ肝心な依頼をしていないだろう?」

 煙を(くゆ)らせながら、別の担当者がリスティの名を呼ぶ。あの煙と、そして吸い方からして煙草だろう。担当者は心象を良くするためにそういった嗜好品は避けていると思っていた。

「話をしないまま帰しちゃ駄目だ」


「この方々は昇進したばかりです。あの依頼は受けさせないのが正しいと私は判断しました」

「お前の判断が正しかろうと間違いだろうと関係が無いんだよ。中級冒険者は等しくこの依頼を受けろとお達しが来ている。特例は認められない。場合によっては中級になりそうな有望な初級冒険者も参加だ。大勢の中級冒険者が通る道。されど、一度通ったなら二度と通りたくならない道、ってね。分かるだろう? 上からのお達しをそうやって断り続けるから、手数が足りなくて初級冒険者にまで話が行き、本来は話が行かない中堅や上級にまで提示しなきゃならないんだ」

「ですが」

「ですがもへったくれもないと言っただろう。ちょっと耳にしたが、お前、一度パーティを壊滅させたんだってなぁ? なんだ? 次はそうならないように難度の高い依頼や、こういった上からのお達しは全て断るつもりかい?」


 言ってはならないことを言ったと思ったのでアレウスが動こうとしたが、リスティが手で止めて来る。


「どう思われようと構いません。この方々には、まだ早いと言っているだけです」

「こりゃ押し問答かい? 違うんだよ。もう未来は決まっているんだよ。諦めろ、リスティーナ・クリスタリア」

 震えつつ、リスティがこちらを見た。

「中級が通るって言うんなら、やりますよ」

「ほら、な? お前が断っても無駄なんだよ。全ての決定権は担当者にあるんじゃない。パーティのリーダーが決めることだ」


「…………分かりました」

 リスティがアレウスたちに向き直る。

「ヴェインさんには赴いてもらった際に説明します。一部の初級、及び全ての中級、希望する中堅と上級冒険者に依頼が来ています。依頼内容は『キャラバンで移動し、その先の壊滅した村での死体の回収』」

「死体……回収?」

「魔物の周期(ウェーブ)によって、小さな村が一つ壊滅しました。村を放棄し、近付けない生き残った村人のために死体を回収して下さい。ただ、未だに魔物は潜んでいる可能性があります。場合によってはアライアンスを組んでの戦闘になるでしょう」


「多くの冒険者が経験し、二度とやりたくないと語る依頼だ。そう何度も村が潰れるわけでもないから、経験していない中堅や上級も大勢居るさ。ただねぇ、この上からのお達しとは言え、多くの死体を目にすることで心を病んでしまう冒険者が多発する。乗り越えてみな、アレウリス・ノールード。そして、アベリア・アナリーゼ。ついでにこの場に居ないヴェイナード・カタラクシオもねぇ」


 煙を吹かす担当者はケラケラと嗤う。


「分かりました。ヴェインが到着したのち、リスティさんから話して下さい。どうしても断ることの出来なかった依頼で僕たちも仕方無く承諾した。責任は僕にあると言って構いません。日程が決まりましたら、書簡を郵便受けに。早ければ明日か明後日ぐらいですか?」

「え、ええ……?」

「心配は必要ありません。むしろその心配はヴェインに向けて下さい。前に全て話したじゃないですか。信じていないんですか?」

「……そう、でしたね。では、手配します」


 しかし、アレウスとアベリアはこの嫌がらせのようなギルドの洗礼に対して思うところはなにもない。それよりも装備の新調が先決であったので早々にその場をあとにする。


「死体の回収か」

「面倒臭い」

「運ばなきゃだからな」

「腐乱臭が体に付く」

「慣れているだろ」

「死体も見慣れているけど」

「どんな魔物が出て来るか、だな。そっちで死なないようにしなきゃな」

「うん」


 地獄のような異界で生き残った二人が今更、死体などで動じるわけもない。


///


「私への嫌がらせなら幾らでもお受けしますが、私が担当するパーティへの嫌がらせはやめて頂けませんか?」

「は、嫌がらせ? 嫌がらせで私が上からのお達しを伝えているとでも?」

「私にはそのように聞こえました」


「あっはは、つまんないことを言う子だねぇ」

 煙草を吸って、その煙を斜め上へと吐き出す。

「英雄は清濁(せいだく)(あわ)せて呑むもんだ。清らかな物ばかりを呑んでいる英雄など、私は英雄とは認めないねぇ」


「彼らはまだ成人していません。子供なんですよ?」

「だからなんだい? 冒険者として登録されたなら全てにおいて平等さ。不平等なのはランクとレベル、それだけ。与えられる責務も、感じなければならない絶望も、分かち合う幸福もなにもかも、私たちは凛として示して行かなければならない。断じて夢追い人になんてさせちゃ駄目なんだよ、リスティー」

「見解の相違ですね」

「はははっ、そうだねぇ。私たちはどちらも、今し方ここを立ち去った冒険者を思って、自身の態度を示している。冒険者さえ間に入れなきゃ、私たちは喧嘩をする仲ですらない。なにせ微塵も私情を挟まずに済むんだからねぇ。けれど、冒険者が居るだけで私たちはこうも危うい理論のぶつけ合いをしてしまう。なんとも、歯痒いじゃないか、担当者ってのはさぁ」


「それは、あなたが本当に冒険者を思ってはいないからなのではないですか? ヘイロン・カスピアーナ」


「随分と過ぎたことを言う子だねぇ、リスティー。けれど、嫌いではないよ、そういう子は。またパーティを壊滅させないように気を付けるんだね」

「その心配は御無用です」

「買い被り過ぎだと思うがねぇ。あんなガキみたいな冒険者は、基点とした街の棺から甦るとは言え、これから頻繁に見るかも知れない仲間の死体にすら苦しみそうなもんだよ。きっと死体を見て、泣き喚くことだろうよ」

 ヘイロンの言葉にリスティは小さく「やれやれ」と呟く。


 彼と彼女の凄絶な生き様を知っている。だからこそリスティは、死体を見て再起不能になるような冒険者ではないと思っている。気掛かりなのは魔物の周期である。キャラバンで向かうとは言え、多くの魔物と戦う可能性がある。


「くれぐれも、突飛な行動は控えて下さいよ? アレウスさん……」


 それが、周囲から孤立する要因にもなりかねない。上手く立ち回ってくれることをリスティは願うばかりである。

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