神と繋ぐ
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縛られるのが嫌いだった。多くの人が説く。「人は元来、自由であるのだ」と。
けれどそれを耳にしている自分自身は、その言葉を聞くことに縛られている。説いている者の言葉や価値観に縛られている。真に自由であるということは、誰の言葉も耳にせず、誰とも喋らず、誰にも干渉しない。生き方など人それぞれで、環境などに屈さずひたすらに自我を貫き通す。
縛られるのは嫌いなのに、そんな野生児みたいな生き方をするのはできなかった。結局は人は一人では生きていけず、人は言葉を交わして自らを縛っていく。
他人の考えが正しいかのように共感し、他人の仕草が正しいのだと思い込み、自分自身の言動は場に相応しくないのだと改めてしまう。そうやって縛られ続けて次第に性別にすら縛られる。
こうであることが正しいとか、こうでないとおかしいとか、そうであることが自然であるとか。
そんなものは過去から生き抜いてきた者たちが勝手に押し付けてきた決め付けに過ぎない。
そうは思うものの、自身もまたそういった一切に縛られて、結局はそれを享受してしまっている。声を上げずにこの生き方で良いんだと受け入れている。
神様はいつだって人の上に人を作る。だから誰もが口にする。「あの人のようになりたい」と。そうやって嫉妬する。
誰かのようになりたいとは願望ではない、夢ではない。それは欲望だ。
なりたいわけじゃない。ただ、苦労せずに楽に今すぐあの人の地位や名誉や能力を手に入れたい。羨望とは願望であり、願望とは強烈なまでの嫉妬心だ。
分かっている。
分かっている。
分かっている。
それでも羨ましいと思わざるを得ない。
アルテンヒシェル・フロイスになりたくて仕方がない。
自身にはない物を持っている。自身が持ち合わせている物よりも、そいつが持っている物が羨ましくて仕方がない。
そりゃ自分自身が手にしている力や名誉、地位は何物にも代えがたいものだと分かっている。神力なんて簡単に手に入るものではないし、神に認められて力を振るうこの健康な肉体もまた誰かにとっては嫉妬の対象でしかないだろう。
縛られたくないから冒険者になった。なのに気付けば雁字搦めにされていた。
ただただその才能が眩しくて、なりたいのではなく目指したいと思った。
あんなにも精霊に愛されて、いつも周囲を精霊が飛び交っている。そんな人間はこれまでアルテンヒシェルしか見たことがない。
世界に愛されているからこそ精霊に愛されている。
自身は愛を知らない。恵まれた生活を送る前に清貧の生き方を教えられ、アレックスに連れ出されるまでは世界を知ることすらなかった。
だからこそ、
だからこそ、
だからこそ、
自信なさ気にしているアルテンヒシェルが嫌いだ。
堂々と生きていないアルテンヒシェルが嫌いだ。
自分なんか、と口にするその生き方が嫌いだ。
なのに、
協力して魔物を討ったときに見せる顔だけは、嫌いになれない。
互いに口悪く罵り合っているのに、深奥だけは分かっているような気持ちになる一瞬の気の迷いののちに訪れる、
些細な温かな感情を、嫌いになれない。
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「人生とは、生き様とはなんなんだろうね」
アルテンヒシェルは彼方より至るであろう白騎士の全貌を、自らが起こす魔力によって遠くでありながらも眺めながら溜め息をつく。
「恐怖の時代を終わらせた英雄が、果てには皇帝に楯突いた極悪の大罪人か」
やりたくない。なりたくもない。アルテンヒシェルはただただ平穏を好む。ありとあらゆる事象が自身に関わるのだとしても、その全てが穏やかであれば文句は言わない。
実のところ、アルテンヒシェルにとって国なんてものはどうだっていい。世界なんてものもどうだっていいし、どの王が大陸の覇者となるか。そんな未来など見るつもりも全くない。身の回りで起こることが、悪意に満ちていなければなにをしていても構わない。自分に火の粉が降りかからないのであれば、全て自由にやってもらって構わない。
「僕たちは『至高』らしくも英雄らしくもなかったね……うん、これっぽっちも救世主らしくはなかった。アレックスは無口でいつもなに考えているか分からなかったし、イプロシアは頭が良すぎて会話が噛み合わないことが多かった。オエラリヌは戦い以外に興味がなくて、あの女は頭が悪すぎてなにをするか分からなかった。まぁ、僕も僕でいつもいつもみんなに迷惑を掛けていたけれど」
地面に手を当て、立ち上がり、風を肌で感じて空気を吸う。
「…………魔王を討つための日々を楽しかったと言うのは間違いだけれど、楽しくはあったんだろうな」
昔を思い出して、悦に入ることがアルテンヒシェルでもたまにある。それは昔の栄光に酔い痴れて気分が良くなるからだ。嫌な毎日だったなら、楽しくない毎日だったなら思い出すことを拒み、思い出せば虚空に向かって罵詈雑言を投げ付ける。そうしないのだから魔王討伐への道をアルテンヒシェルはなんだかんだ文句を言いつつも楽しんでいた。
冒険者になったのは魔物討伐のためではない。冒険者は特権として国境を越えやすい。肩書きを利用すれば各地を回って歌を届けることができる。若い頃は酒場で歌っていた歌手に憧れていたものだ。ただ、歌声は好評でも歌詞はいつも酷評された。歌う才能はあっても歌を作る才能はなかった。
だからと言って歌うことを諦め切れなかったから、吟遊詩人の道に足を踏み入れた。元々ある英雄譚や幻想譚を歌にして届けることは心地良く、それでいてその趣深い物語の数々に歌いながら感動したものだ。
アレックスに手を引かれ、イプロシアに頼まれる形でパーティに入った。こんな歌しか芸のない冒険者をパーティに誘ってどうするのかと思ったが、彼らは気にすることはなかった。
あの女と出会うまでは、楽しかった想い出しかない。
「はぁ~あ、なんで僕があいつより先に死ななきゃならないんだか」
死ぬ気はないが、死ぬかもしれない。正直なところ死にたくない。まさか本当に白騎士と対決することになるとは思わなかった。
そんな弱音を胸の中で吐き捨てながらも、唸るような声を発しながら自身を鼓舞する。
難しいことを抜きにして、これはフロイスの罪が具現化したことでフロイスの一族が断たなければならない罪だ。アルテンヒシェル以外にフロイスの一族はいないため、自分自身が終わらせなければならない。
せめて子供でも作っておけば、などというなんとも都合の良いことを考える。子供を作っていれば、その子供が自身の代わりにこの罪を裁いてくれたのではないか。
子供に使命を押し付けようとしている。しかも存在していない子供に。なんとも女々しく、それでいて狂った思考である。
そして、使命に因縁が紛れている。
「イニアストラ、そしてティルフィストラ。君たちは二人で一人だった。どんな時も心だけは離れなかった……ティルフィ? そんな君だからこそ僕は前皇帝陛下に命じられて指導係になったんだ。君に教えた多くを……どうして、こんな形で全て無意味だったんだなと思わなきゃならないんだか」
道徳を、倫理を、生き方を、正しさを、なによりも人間性を教えたつもりだった。帝王学など他の者が勝手に教え込む。武器の指導も軍人たちが快く受けるだろう。だからこそ人として踏み外さない思考を持つことを、優しさを抱くことを教えたつもりだった。
無駄になってしまった。ティルフィがイニアに成り代わったあの日のせいで――
「助けに行った方が良かったかい? けれど、理不尽が襲い掛かるのが世の常じゃないか。それを自らの手で押し退け、乗り越え、進むのが生き様だ。僕が助けてしまえば、君たちは紙が与える理不尽に対して自らの手で切り開くことをしなくなり、やがて道を見失う」
誰かに促されるだけの人生を歩むことになる。自らの意思で歩く力を失う。
「結果的に、自らの意思で歩き出したその先にあったのが僕との対立だっただけ……と、言ってしまえばそれだけのことなんだけど」
救いが正しい道へと歩ませることになった。そんなのは結果論だ。あのときのアルテンヒシェルは彼らの行く末を考えて、ただ見守ることを選択した。すぐに助けに行ける距離ではなかったし、手遅れになってしまうという言い訳もあったのだが。
いや、今こうして考えていることが言い訳なのだろう。ティルフィがイニアになり、『魔物研究』の封を破り、白騎士という魔物を生み落とした。きっとそれだけではない。白騎士が連れている有象無象の魔物はどれもこれも見聞きした魔物とは掛け離れた姿をしている。
言うなれば合成獣。人間と魔物の特徴が継ぎ接ぎされていて、見るに堪えない醜悪な化け物となっている。亜人よりも人間に遠く、獣人よりも魔物に遠く、全てにおいて現世と幽世における生物の本質から遠ざかっている。
果たして生命と呼んでいいのかどうか。それすらもあやふやである。
白騎士の視線がアルテンヒシェルが観測のために放っていた魔力を矢を放って破壊する。
「気付かれたか」
しかし隠れる気はない。ただ遠くから観測して様子を窺い、どこかに弱点がないだろうかと調べていただけだ。現世と幽世のどちらにも存在し得ない魔物たちは『観測』の魔法をもってしてもその詳細を知ることはできない。だからこそ、自分自身の目で知ったことが全てとなる。
途端、アルテンヒシェルの真横を魔力の矢が駆け抜けた。弧線を描くこともない直射にして、地平線にまで飛んで行ってしまいそうなほどの勢いを帯びた矢であった。
ゴクリ、と息を呑む。
「勝利の上に勝利を、だったか? ケンタウロスだったはずなのに、また馬と鎧を纏った人型の魔物に戻っている。あれはそもそもどういう理屈なんだ?」
考えられるとすれば、どちらも本体であるが、どちらも分体でもある。片方の魔力が散れば、もう片方がその魔力を糧にして覚醒する。アレウスのパーティが人型の魔物を先に討ったときはケンタウロスとなった。では、馬の魔物を先に討てばどうなるか。
「僕にはその使命がある」
知られないままにされた情報を全て白日の下に晒す使命がある。たとえここでアルテンヒシェルが力尽きようとも、世界に刻まれた白騎士に関するロジックは『観測』の魔法によって他の冒険者に伝わる。
矢が何度もアルテンヒシェルの傍を奔る。避けているのではなく、敢えて外して放たれている。イニアストラの最後の良心か、それとも白騎士が独自に判断しての威嚇行為か。
どちらにしても威圧感は相当なものだ。
「僕は僕自身を英雄と思っているけれど、同時に前時代に取り残された遺物だとも思っている」
恐怖の時代は確かに過酷で苛烈な毎日であったが、次代の冒険者たちはその恐怖の時代の先に立っている。強い弱いではなく、前時代の基準に比べればほとんどの冒険者は上位に属している。アルテンヒシェルの時代における『上級』の実力とレベルを持つ冒険者が今の時代では『中堅』にすらなれない。即ち、冒険者の質の向上と同時に魔物そのものもまた時代の変化と共に強くなっている。それは普段から禁足地で過ごしていても遭遇するゴブリンやガルムといった低級の魔物を相手にすることがあってもヒシヒシと感じるものがあった。
それらを当たり前のようにアレウスたちは倒してしまう。彼らは既に“大いなる『至高』の冒険者”の足場に立っているとも知らずに、まだ上を目指し続けている。憧れがまだずっと遠くにあると思っている。実はもう、すぐ傍にあるというのに。
「オエラリヌみたいにずっと戦い続けていれば別なんだけど」
魂の虜囚と化しても死闘をひたすらに繰り返し続けているオエラリヌからしてみれば大抵の魔物は未だに有象無象に過ぎない。彼のように常に冒険者にとっての最前線に立っていられれば、アルテンヒシェルの力が時代遅れになることもなかっただろう。
「ああでも……弱音は吐きたくはないな」
ここまで散々に心の中で逃避と言い訳の言葉を並べ立てていたアルテンヒシェルだったが、白騎士に捕捉されている以上はもう後戻りはできない。元々、後戻りができないからこそ人生だと思っていたが、これに関してだけで言えば後戻りできるのならしたいと思う。そんな言葉も感情も全て閉め出す。
弱い感情は全て心の弱さに直結する。だから強い感情を抱くことに集中する。
「自分は強い、僕は強い、誰にも負けない。誰よりも強く、誰よりも、誰よりも……誰よりも」
本を開く。
「さぁ、始めよう」
そう意気込み、アルテンヒシェルは冒険譚を歌い出す。
大地は揺れ、炎は噴き出し、木々は生まれ、水は流れ、鉄の刃が隆起する。五大精霊がアルテンヒシェルの周りを舞い踊り、自身の化身を生み落とす。
火を吐くトカゲ、
水で形作られる人魚、
木々が絡まり合って成る巨人、
地面を叩きながら進む獣、
風を荒らし、切り進む怪鳥。
そのどれもがアルテンヒシェルの歌声に呼応して動き出す。
行け。
その思いを込めた歌声によって五大精霊の化身が一斉に彼方へと進撃する。
瞬間、白騎士の放った矢が鉄の怪鳥を貫き、破壊する。
「やっぱり……馬鹿げている」
金の精霊の化身は砕け散ったが、アルテンヒシェルの歌声に呼応して再び魔力によって編まれて傍で再生して飛翔する。火を吐くトカゲはキメラを蹂躙し、水の人魚は自らが作り上げた沼に沈め、木々の巨人は蔦で絡め取って引き千切り、獣は己が肉体の重みで押し潰す。
気持ちが付いて行かない。キメラは『魔物研究』によって作り出されている。つまりはその元には必ず人間が使われている。その魂を、そのロジックを使っている以上、アルテンヒシェルが行っていることは人殺しである。こんなことは今まで一度たりともしたことはない。人を殺すことなど冒険者はしないからだ。
警告しても皇帝が己が道を進むことをやめなかったのはアルテンヒシェルが冒険者であるがゆえの弱点を抱えていることを知っているからだ。冒険者はなにがあっても自ら望んで人を殺すことはしない。復讐を誓って冒険者になったであろうアレウスのような奇特な事情を持たない限り、決して殺意を人に向けてはならないのだ。
その矜持に反している。間違っている。心が、生き様が、ロジックが、アルテンヒシェルの行いを否定してくる。気分が悪い。激しく感情が揺れる。
心が壊れてしまいそうになる。気が狂いそうになる。
命を摘み取っている。命を守るべき自分自身が、命をただただ潰し続けている。それも精霊の力を借りながら、だ。こんなことに五大精霊が応じてくれているのはアルテンヒシェルの心を歌声から察してくれたからだ。だとしても、人を愛し、人に愛される精霊の力を借り続けてしまえば、いずれこの地は精霊を拒む不毛の地へと変わる。木の精霊が消えれば植物は生えず、土の精霊に愛されなければ地面は砕けて大穴が空き、火の精霊が拒めばこの地に熱が届くことはない。水の精霊が通らない大地に川が作られることはなく、金の精霊のいない土地で新たな金属が掘り起こされない。
許してくれ。
この地の全てを犠牲にして、アルテンヒシェルは白騎士を止める。それだけが、それこそが自身に出来る精一杯の戦いだ。
だが、アルテンヒシェルの想いを否定するかのように白騎士の矢は着実に五大精霊の化身を何度も何度も何度も破壊し続け、僅かな隙に矢が飛来する。
本当に倒せるのだろうか。本当に止められるのだろうか。自身の力を過信していないだろうか。そのような疑問や疑念を抱いた刹那に、世界は一瞬にして白く染め上げられる。
隙は見せていない。一切の集中を切らしていない。
だがアルテンヒシェルのありとあらゆる集中力、そして技能。培ってきた感性や直感の全てを上回って放たれた矢が眼前に迫る。
終わった。
目を瞑る。しかし肉体に全く衝撃が訪れない。痛みもない。感じないままに死んで輪廻に送られたのだろうか。
「何度目か分かんねぇけど言わせてもらうぜ? 私は昔から手癖がわりぃんだ」
白騎士が放った矢を、ただの右手だけで掴み切った女が呟く。続いて握り締めるだけで矢が砕け、塵となって消える。
「お…………お、オーネスト……!」
「ダッセェな」
見下すように言って、女は右手をヒラヒラと振る。右手には傷一つないが、左手の指は三本無く、サンダルを履いている右足の指も二本見当たらない。
「なにを偉そうに……神力で体が蝕まれているじゃないか」
「昔からそうだっただろうが。神の力を使ってんだ。代償無しで使えると思ってんのか、おい?」
「あー……うるさい、相変わらず君はうるさい。昔からずっとうるさい」
「吟遊詩人がなに前を張ってんだ。テメェはテメェらしく下がれ。前は私が張ってやる。助けに来てくれたと思ってんならそれは単なる誤解だ。私が進んだ道の先でテメェがダセェ死に方をしそうだったから仕方なく右手を使った」
言っている合間にもオーネストは右手を振って白騎士が放つ矢を次から次へと掴んでは塵へと変えていく。
「やっぱ実戦に出ずに隠居しちまうと勘が鈍るんだよ。昔のテメェならこんなもんに貫かれそうにはならなかったぜ? さっさと昔らしくなりやがれ」
「隠居していたのは君も同じだろう。なに聖職者として最高位の職になりたくないからって連合国に隠れ潜んでいたんだよ」
「私は人の上には立ちたくねぇの」
「人を見下しているクセに」
「安心しろ。見下してんのはテメェだけだ。ましてや私に問答無用で魔法の砲撃をしてくるテメェをどうして見下さねぇって言うんだ?」
「君が僕に死の魔法を唱えた過去の清算をしていなかったなと思ってね。観測している内にイライラして、思わず撃ってしまった」
「…………はっ、馬鹿が」
オーネストは言いながら法衣を身動きが取りやすいように破り裂いていく。
「天にまします主よ、今一度、この身を死地に追いやることをお許しください」
彼女の拳には祓魔の力が宿り、全身を魔力が満たし、そして強健な肉体が強化されていく。
「新たな罪を背負う覚悟はあります。ゆえにこの戦いを終えた暁には、主にこの身に残りし一部分を捧げることを誓いましょう」
「またそうやって簡単に体の一部分を捧げる約束をする……」
アルテンヒシェルは彼女のそういうところが大嫌いだ。
「しかし、この罪は私が望みし罪。目の前に立つ大いなる脅威、大いなる悪意、そして大いなる人の業より誕生してしまった命を摘み取り、主が待つ輪廻へと送るための罪。この道を歩むななどと、主は申しますまい」
再び放たれる矢をオーネストが右手で掴み、逆に白騎士へと投げ返す。
「纏めて輪廻送りだ。次に産まれ落ちるために、現世にあるその肉体の罪を全て洗い流す!」
オーネストの後ろに下がり、アルテンヒシェルは本を開く。
「さぁ、舞台の幕を上げよう!」
その宣誓によって五大精霊がオーネストの周囲を飛び交う。
「皆様方! アルテンヒシェル・フロイス率いる劇団の舞台へようこそ!! 本日の演劇は過去に世界を救った聖女が再び世界の脅威へと挑む物語! 主演はこの人! オーネスト・フォン・ダッテンベルグ!! 彼女以外にこの主役を張れる者はおりますまい!!」
ロジックに格納されているアーティファクトが開き、アルテンヒシェルの高らかな声が未だ眠りし精霊を次から次へと呼び起こし、劇団を成す。
「この演劇に招かれたご来賓の皆様方! 彼女が無事に役を演じ終えたならば拍手喝采! どうかよろしくお願いいたします」
お辞儀をして、精霊が形を変えた楽器が音楽を奏で始める。
「相変わらず仰々しいアーティファクトだ」
懐かしむように呟いたオーネストの声をアルテンヒシェルは聞き逃さなかった。
「これが最後だよ。最終公演ぐらいは綺麗に終わらせたいけれど」
「……分かってるよ。綺麗には終わらせる。ああ、綺麗にはな」
しかしその終演は死によって訪れる。そのことを二人は口にはせずとも思っていた。




