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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第14章 前編 -国外し-】
643/705

ふ~ん?

 昼食後にガラハとクラリエ、ノックスが居住区や商業区の探索へと向かい、アレウスはアベリアたちとギルドへと赴く。ニンファンの依頼書を渡して時間にして三十分ほど待たされたものの活動許可証を得られた。ギルド側ではアレウスたちが帝都に訪れていることは認識されているため、ここから軍人たちへと情報が流れないかは不明だ。それでも事前の想定通りに依頼書に書かれている通りの調べものをしているのだとシラを切るだけなのだが、行動に規制が掛けられれば許可証があっても目立つ行動が取れなくなる。別に目立ちたいわけではないのだが、感情論として決して容認できない出来事が目の前で繰り広げられるようなことがあればアレウスはきっと止まれないし、仲間たちも止まることができない。基本、隠密での活動には向いていない性格ばかりが集まっているのだから。

「実際のところ、帝都でどこまで探れるかって難しいところでしてよ。肝心な情報源がありそうな場所にわたくしたちは危惧して近付けないんですから」

 教会、酒場、娼館。そのどれにも内情を把握するため深くまで入り込めない。ロジックへの干渉、酔っ払いの与太話、娼婦や男娼を買えない。怪しみ、貞節を乱れさせないために自ら制限を課している状態だ。そして魔法陣によって技能まで満足に使えない。なにもかもが逆風で、立ち回るにしてもその立ち回るための土台がない。

「まずは順当に、か」

 アレウスは少年に声を掛ける。新聞の代金を払って、これまでなんとなくでしか眺めてこなかった情報の塊に目を通す。

「不審者の人相書きは沢山あるけど、ここに双子は載ってないね」

 横からアベリアが覗き込みながら言う。

「さすがに載せないだろ」

 皇女を探していることを白状するものだ。もっとなにか、軍人や兵士にしか伝わらないような暗号でも載っていないだろうか。そもそも載っていてもアレウスたちにはそれを解読する方法などない。しかし、暗号があるのなら解読方法を探すという足掛かりができる。

「文章に法則性を探したいけど、詰め込まれた文章量はたまらないな」

 物語や魔物の生態についての本なら幾らでも読めるが、情勢や商業といった情報ばかりが詰め込まれたこの新聞に全く興味を抱けない。そんなものに関心がないせいで読む気にならない。脳が拒否している。

「嫌そうな顔都合の良い内容しか載ってないから」

 相当に顔に出ていたのかさすがのアベリアも呆れ気味である。

「戦争の実情をそのまま載せたら大変なことになるんでしてよ。都合の悪いことは隠匿して、国民の士気を上げると同時に反発を減らさなければならないのです」

 とはいえ、戦争や情勢云々を除けば新聞には帝都の現状が大体は詰め込まれている。シンギングリンでは二枚程度だった新聞が帝都では十枚で一部となっている。それぐらい載せるべきことが沢山あるのだろう。なので一人で全てを読むのではなく数枚に分けてアベリアたちと手分けして読む。

「この一面は各娼館の人気の娼婦と男娼について書かれているな……いや、そんな目で俺を見ないでくれ。仕方がないじゃないか、渡されたページがそういった内容だったんだから」

 思わぬアベリアとクルタニカから来る軽蔑の眼差しにヴェインが必死の訴えを起こす。そんなわけないと思いながら二人がヴェインから差し出されたページを読み、まさにその通りであったためやや赤面して自分たちが任されたページを読み直す。

 一体どんな内容が書かれているのかとアレウスもヴェインに少し読ませてもらうが、売り上げ一位の娼館については人気の娼婦と男娼の具合についてそれはもう事細かに書かれており、アレウスですら刺激が強すぎて読むことから逃げるほどだった。

「そこをサラッと読めるのは一体どうしてだ?」

「慣れだよ慣れ。慣れたら読むことへの恥じらいがなくなるんだ。公で読み上げろって言われたら俺も恥じてしまうけど」

「慣れて得することあるか?」

「ないよ。でもね、ビーツ。歳を重ねるごとに臆面もなく読めるようになってしまう」

 大人への成長における悲しき一面みたいな語り方をされてもアレウスは共感できないし、今のヴェインを敬えない。


「ビーツビーツ! このお店! すっごく美味しそうな料理がある! 米粉を麺状にしたものなんだって! 小麦粉を麺にしたのとどう違うのかな!?」

「サイコロの出目予想をするだけで五倍付け?! しかも偶数か奇数の二分の一?! 破格! 破格でしてよ!」


「あの二人は駄目だ」

 心の中で呟きたかったが思わず声に出てしまった。

「ははは、これだけ沢山のことが紙面に纏められているんだから一つや二つはそそられる内容があってもおかしくないさ」

「ヴェインはなにかあったのか?」

「ここの教会には先代の皇帝陛下の皇妃様が寄贈なされた女神像があるそうだ。全て丸く収まったら一度は見てみたいよ」

「へー」

 全くそそられない。

「ビーツが興味を持ちそうなのはこういった記事じゃないかい?」

 彼が手元の紙面を引っ繰り返してアレウスに見せてくる。

「近郊の魔物情報……ハウンドの数は減少しつつ、ガルムは逆に増加……? いや、これはハウンドだと思っていた個体がガルムだったってだけだろうな。というか最近、ゴブリンやコボルトが大人しすぎる。悪知恵も大したものじゃなくなっているし……以前はもっと要注意だったのに」

「ほら興味を持った。やっぱり新聞はちゃんと読めばなにかしら面白い記事が出てくるものだよ」

「でも多すぎたら読むのが億劫になる」

「だからこそ帝都ではこの十枚一部の形を取っているのさ。帝都内部だけなら十枚程度で済むわけだ。そして、考えてごらんよ。これがいつか世界全土を記すような新聞を作れるような時代になれば、一体、何十枚になるんだろうかって」

「とても面白そうな話だけど、僕たちは別に新聞で次の観光先を探しているわけじゃない」

 新聞一部でこれだけ盛り上がったが、肝心なことは一切分からないままだ。

「でも泊まる宿の選定ぐらいには役立ちそうでしてよ」

 クルタニカが旅行者向けの一面をアレウスに見せてくる。

「こんな紙面まであるのか」

「将来を見越してじゃない? 帝都も聖都みたいに人が行き交う場所にしたいんじゃ」

「それは王国も同じだろうな」

 アレウスはアベリアの言葉に付け足す。

 どこの国も将来は流通や人の往来を盛り上げたい。それは国の在り方を世界に知らしめたいからではなく、人の往来が盛んになれば商業が発展し、交通が発展し、そして交易も発展するという単純明快な思惑によるものだ。

「それで、この紙面に書かれているどの宿に泊まるんでして?」

「新聞に掲載される宿が高くないわけないだろ」

「身の安全のためには高い宿に泊まる。これは冒険者の鉄則でしてよ?」

 クルタニカに痛いところを突かれる。普段からアレウスも防犯上の理由から高い宿を選んできた。帝都の治安云々がシンギングリンと比べてどのくらいなのか分からない以上、一泊は高価な宿を選ぶべきだ。一日も経てば治安は大体分かる。そこから宿の値段を段々と落とす。


 帝都でここまで気を付ける必要が本当にあるのかは疑問ではあるが。


「泊まれる宿が選べるのはまだ優しいな」

 連合の村では一つしかない宿屋で酷い目に遭ったものの、聖都ではドナが事前に予約を取ったオーネストのカラクリ宿で過ごした。雲泥の差である。となれば、帝都も宿屋で対応に雲泥の差がある可能性は十分にある。

 そうとなれば日が沈むまでの間に選別しておきたい。宿が客を選べるように客も宿を選べる。防犯、応対、その他の全てをあっちこっち見て回りながら意見が一致した宿に決定する。冒険者と言えど、帝都ではほぼ平民にも等しいのだ。気楽に物事を決められない。


 平民領ながら大通りに面した宿屋。ここなら対面を進んだ先に貴族領があるため、軍人たちの目がある。アレウスたちにとって厄介な視線でもあるが、場所によってはこれ以上ない防犯になる。だが、大通りはそのまま城へと続く坂道に続いている。この坂は登れないだろう。活動許可証を持っていても、即座に軍人や警備兵に呼び止められるに違いない。


「ん? 見てみなよ、ビーツ。この記事はとても変だ」

「変?」

「文章の区切り方が違うんだ。ほら、余白があるのに次の段落に移っているだろう? 娼館の宣伝文句が並べられているけれど、これは新聞を()っている側の問題なのか、渡された文章をそのまま彫り起こしたのか、どっちなんだろう」

 確かに娼館を紹介する記事の一部分において不思議な区切り方をする文章が載っている。

「いや、まだ読んでいたのか」

「下調べだよ下調べ。高額のところは入るだけでお金を取るところもあるから、出入りを繰り返すならそういうところは避けておきたいだろう?」

「余計な出費はしたくないな」

「ああ。それに最初の調査は勝手が分からない。お金を支払わなきゃ入れない娼館は後回しにして、勝手が分かってから効率良く終わらせたい。それに、お金を支払わない内に思わぬ発見をするかもしれないじゃないか」

「確かに」

 納得の行く説明を受けてアレウスは同意の相槌を打つ。


「ああやって将来、ビーツはジェントル以外の男性に女遊びに誘われるんでしてよ。今の内に対策を練っておいた方がいいんでしてよ」

「ネクタリンも一緒に考えてくれる?」

「勿論でしてよ」


 ヒソヒソとアベリアとクルタニカが話しているが、これぐらいの距離で声量ならまだ耳に入ってくる。入ってしまったので、なにか反応を示すべきかとも思ったが彼女たちは聞こえていない前提で話をしているだろうから無視するフリをしておく。というよりもアレウスは無視をしておきたい。知らないフリをしておいた方がここで言い合いになるのを避けられる気がしたからだ。


「それでビーツ? この文章をどう思う?」

「どう思うもなにも、渡された文章をそのまま彫って新聞として刷っただけだと思うけど」

 調べたところ新聞は二週間に一度、刷られる。今週分の新聞は刷られない。なので手にしている新聞は一週前の新聞である。思えば帝都に訪れた時点で新聞を読んでいる人は見当たらなかった。帝都の人々はもう新聞を読み切っていたためだ。アレウスたちにとって目新しい情報であっても、ここで暮らす人々にとってはもう古い情報なのだ。

「古い内容に目を通したり、変な文章があってもそういうのはもう既に報告されているだろうし読者側の僕たちが気にすることなんてなにも……いや、ちょっと待て」

 アレウスはこの文章の区切り方に法則を見出す。


 見出せないワケがない。既にアレウスは連合に囚われている際にこの方法で言葉のやり取りをしたことがある。


「僕がアデルにしか分からないように名乗っているように、アデルも僕……いいや、僕みたいな人間にしか分からない内容で……でも、諸刃の剣だろ。こんな新聞で……僕じゃ怖くてできない」

 皇帝の部隊は気付かない。しかし『異端審問会』ならば気付くかもしれない。そんな危ない橋を渡ろうとするのはやはりエルヴァの性格を表している。

「行く娼館が決まった」

「それはとても楽しみだ」


「苦労しますわよ、アベリア?」

「仕方がない。ちゃんと教育しないと」


 まだヒソヒソ話を続けている。そしてその内容は過激なものになりつつある。このままだと将来、小さな誤解で二人にとんでもない仕打ちを受けてしまいかねない。

「いや、これ以上ない情報に辿り着けそうなんだよ」

「本当に?」

 かなりアベリアに怪しまれている。

「本当だって」

「お昼を食べている最中に私が言ったこと、ちゃんと憶えてる?」

「憶えてるよ。だから女遊びに行くわけじゃないんだって」

 なにも悪いことをしていないのになにか悪いことをしたのではないかとアレウスは必要のない汗を掻く。

「ビーツも大変だ」

「……チクリますわよ?」

「ひぇっ」

 穏やかに眺めていたヴェインはクルタニカに冷たい一言を呟かれ、同じように冷や汗を掻いた。


「へぇ、そう? アデルの居場所は突き止められそう?」

「いないかもしれないけど、その痕跡や足取りぐらいは掴めるかもしれない」

 答えてからアレウスは自身が一体誰の質問に返事をしたのだろうかと疑問を抱き、振り返る。

「え……っ? あっ!? クル――なんでここに?!」

「シーッ! 静かにしてください」

 外套のフードを被ってはいるが、これほど近距離であるとさすがに顔を見ることができてしまう。だからこそ、自身のすぐ傍にクールクース・ワナギルカンがいることに気付いてアレウスは激しく狼狽する。

義姉(あね)から話を窺い、ならばと私自身が来たまでのこと。丁度、あなた方が探している御方ともいずれは話し合いの場を持ちたいと思っていたところですし」

 自然とアレウスたちはひざまずきそうになるがクルスがそれを止める。

(うやうや)しくなられると私の身分が軍人に見破られてしまいます。先ほどと同じように接してください。敬語などは使わずとも構いません。そんなことで今回については不敬などとは申しませんから」

 そうは言われても、ひざまずくのを止められたのち自然と背筋を伸ばしてしまう。

「どのようにお呼びすれば?」

「そうですね……『クレソン』でいかがでしょう?」

 クルスはどうやらアレウスたちが用いている偽名の意味を理解しているらしい。

「アデルには伝わるから、でしょう?」


 この世界ではそう呼ばれていない野菜や果実の名称を偽名として用いているのはアデル――エルヴァに気付いてもらうためだ。こんな名称を知っているのは『産まれ直し』のみで、更にはそれを偽名にしようと考えるのはアレウスぐらいだと思い至る。するとアレウスたちから接触が困難であってもエルヴァの方から接触を試みてくれるかもしれない。エルヴァが新聞に暗号を記してもらったように、捜索されている側とする側で会えるように擦り合わすのだ。


「あなたが住んでいるところからここまでは遠いはず。一体どうやって?」

「長旅だったわ。義姉から報告を受けて早い内に()ったつもりだったし、かなり無茶を通したのに先ほど着いたばかりよ」


 愛は国境を越える。野暮ったいのでアレウスは口にはしなかったが、王女という立場でありながら距離など物ともしない身軽さにただただ驚かされる。


「それで、どこを調べるつもり?」

 ヴェインは畏れて声を発することもできず、アベリアとクルタニカは全てをアレウスに任せている。

「えーと、それが……その、ですね……娼館…………を」

「……………………ふ~ん?」


 今まで何度も女性のそういった発声を耳にしてきたが、一度もそこに怖ろしさを感じたことはなかった。しかし、アレウスは生まれて初めて、恐怖を覚えた。


「あの、全部……見なかった、聞かなかったことにして帰ってもらうわけには」

「許すわけないでしょ?」

 怖い!! アレウスはクルスの笑顔に心の中で叫ぶ。

「いや、あの、別にアデルがそこを根城にしているとか、別にそういったことでは決してないので」

 しどろもどろになりながら説明する。

「当然でしょ。そうじゃなかったら……ふふ、どうしてくれようかしら」

 話せば話すほどにエルヴァの立場が悪くなっていく。なのでアレウスに被害が出ないのであればそれでいいのではと妥協してしまいそうになる。

「もしかしてなんですけど、一緒に来る気だったりします?」

「もしかしなくてもそうするつもりだったから声を掛けたのよ?」

 逃げ場所がない。逃げられない。

「もしそこに本人がいなくても怒らないでくださいね?」

「怒らないわ。まぁ、本人を見つけたら問い詰めるだけ」

 それを人は怒ると言う。


 とんでもない人物を抱え込むことになってしまった。こんなときでなければ心強いはずなのに、こんなときだからただただ迷惑にしか思えない。

 しかし、新王国の王女に一体誰が「帰ってくれ」などと意見できようか。そして意見したところでこの王女は耳を傾けない。

 だからアレウスは諦めた。とやかく言っても、この御仁は絶対に帰るわけがないのだから。



「ニンファン! ニンファンはいるか!?」

「街長代理? そのような剣幕で一体どうされたのですか?」

 ギルドに慌ただしく入ってきたアルフレッドにリスティが対応する。

「ニンファンはどこにいる?」

「今日は修道院に出ています。待っていればその内、戻ってくるかと」

「……ちっ、邪魔をした」

 軽い舌打ちをしてからアルフレッドは翻る。

「どうされたのですか?」

 リスティは呼び止め、もう一度同じ言葉をアルフレッドの背中へと送る。

「ニンファンがアレウリスたちに与えた依頼内容は俺も事前に見せてもらって了承した。だが、あいつは重大な変更を俺になにも言わずに行っている」

「そんなまさか」

「そう思うのなら付いてこい」

「はい」

 リスティは自身が受け持っていた業務を他のギルド関係者に預け、アルフレッドのあとを追うようにギルドを出る。


 警護を付けずに街中をアルフレッドが早足で進む。


「もう少し身を守るように動いていただかないと」

「権力を振りかざしているようで性に合わない。が、今後からは気を付ける」

 意見を聞き入れる彼の背をリスティは必死に追い掛ける。

 修道院の門を守る僧兵にアルフレッドはニンファンを探している旨を伝え、リスティ共々通される。

「ニンファンはどこにいる?」

「ニンファンベラ様なら祈祷室の方へ」

 修道女の一人に話しかけ、ニンファンの居所を教えてもらい、さながら自分の庭のように修道院で迷うことなくアルフレッドは歩き、祈祷室の扉を叩く。

「いるんだろう? 話が聞きたい」

 しかし中から応答はない。

「リスティーナ・クリスタリア。修道院の扉の修繕費は街長に請求するように伝えておいてくれないか」

「ちょ、待ってくださ、」

 有無を言わさずアルフレッドが扉に体当たりを始める。

「ニンファン! アレウリスの依頼について俺はお前に聞かされた通り、依頼書を見た通りで了承した。だが、そのあとにお前は変更を行ったな?」

 複数回の体当たりで祈祷室の扉が壊れて、アルフレッドは神の像に祈りを捧げているニンファンベラの後ろ姿を捉える。

「変更……?」

 リスティはニンファンの依頼内容に不備があったような、怪しい変更があったようには思っていない。

「なにかの思い過ごしではないんですか?」

「いいや、違う。俺は依頼書に付け足せと言ったはずだ。『本依頼はクルタニカ・カルメン及びクラリェット・シングルリードの二名は外すこと。二名の内、一名を承認する場合はノクターン・ファングと交代すること』と。ニンファン! どうしてあの三人がアレウスと共にシンギングリンを出ている?!」

「え……そんなことが、注意書きとして書かれていたんですか? いやでも……どうして?」

「クルタニカはシンギングリンにおいて名の知れた神官長でありガルダとの交渉口、クラリェットもエルフとの重要な緩衝材だ。その点はノクターンも獣人に対して同等と俺は思っている」

 怒りはあるが、アルフレッドの言葉には破綻がない。

「エルフはシンギングリンでイプロシアの手先が暴動を起こした。未だ遺恨がある。獣人も、ガルダも同じくだ。シンギングリンを狙った三種族との間を取り持つのが(くだん)の三人だ。それが一人も街にいないとなれば、俺たちはどうやって三種族と交渉を行えばいい? だから俺は注意書きを付け足すように言ったはずだ」


 リスティにとっても盲点だった。エルフ、ガルダ、獣人。その三種族を常に繋いでいたのはクラリエとクルタニカとノックスである。彼らがシンギングリンに留まっているからこそ、全てのエルフやガルダや獣人が悪いわけではないという意識が住民たちの中で芽生え、遺恨を薄めていたのだ。そしてその三種族のみならず多くの種族から理解を得られているアレウスがこの街にいることで、更にそれらはゆっくりとではあるが少しずつ改善へと向かっていた。


「誰一人としていないのは問題だ。特にエルフはまだ日取りは決まっていないがいずれ勅使も訪れる。クラリェットがいなければ、彼らは腹の内を全て晒しはしないぞ? どうして俺の注意書きを載せなかった? 伝えなかった? リスティーナにも伝えていなかった?」

 アルフレッドはひたすらにニンファンの背中に問いかけるが、返事がない。

「ニンファン! このままだとこの街は、」


 上半身をゆっくりとねじって、顔を後ろへとニンファンは向ける。


「いひっ……♪」


 その顔は、享楽的な感情と狂喜に満ちていた。


「リスティーナ? ニンファンベラ・ファラベルを拘束しろ」

「え?!」

「早く! 俺の見立てではこれは『異端審問会』絡みだ。即座に対策を練らなければならない。あと一回でも襲撃が起こればもうシンギングリンは再建できない。住民がこの街は危険だと見捨て、全員が別の村や街へと逃げてしまう」

 言われるがままにリスティはニンファンを捕らえるが、彼女は反抗の意思を一切見せない。

「国を外す前に、街を崩すつもりだ。手を打たなければ俺たちは終わる」

 そのような絶望の言葉を吐き捨てるアルフレッドではあったが、彼の瞳からは未だ希望が潰えていないことだけは分かる。

「ニンファンが『異端審問会』なのか、それとも『異端審問会』の干渉を受けたのか調べてくれ。できれば俺は後者を望む」

「分かりました」

 そう言ってニンファンを捕らえたままリスティは立ち上がる。


 その背後で女神像に捧げられた聖水が水滴を落としたように波紋を浮かべ、ヤドリギは仄かに光を帯びていた。


「あ! やはりこちらにいらっしゃったんですね。ギルドで聞いていた通りで良かったです」

「ジュリアンさん……? アレウスさんと一緒にラタトスクに出たのでは?」

 祈祷室を出て、ニンファンがいつ暴れても抑えられるように緊張感を持って連れ出している中でリスティはジュリアンと出会う。

「そのはずだったんですが、この地図の通りにおじいさんの家に行ってアレウスさんの手紙を渡して開いてみたら」

 差し出された手紙をリスティは両手が塞がっていて開けない。察してアルフレッドがジュリアンから手紙を受け取って開き、リスティにも見えるようにする。

「『数日空けてシンギングリンに戻れ。君に任せたいことがある』?」

 その文章の下にはアレウスの大胆な作戦の詳細が書かれている。

「仮定の話が大きすぎる」

 読んだアルフレッドがリスティが抱いた感想を声にする。

「だが、この仮定が一つ一つ現実になるようだったら……アレウリスの通りに仕掛けるべきか?」

「ですね……慎重に行きましょう」

「でもまず最初の『手紙を渡したあと、おじいさんがラタトスクから出ろと言ったときはシンギングリンに帰ること』の部分は本当にその通りでしたよ? あと一日でもあの村に滞在していたら、僕は村人に拘束されていました」

「危ない橋を渡ったんですか?」

 ジュリアンは意外と聞き分けが悪い。アレウスに言われていても実力を過信はしないが、少しでも役に立ちたいからと無茶をしてしまうきらいがある。

「いいえ、調べものをしたいと村長にお願いして許可を得た上で村長宅の資料を読んでいる最中のことでした。僕だってあそこまで念押しされれば一人のときに怪しまれることはしませんよ。正直、あと一冊は読んでおきたかったんですけど、ともかく手紙の通りにした方がいいと思いまして」

「……このあともアレウリスの手紙の通りになると思うか?」

「思うかどうかをここで断言するつもりはありませんが、ただの私見として受け取っていただけますか?」

 アルフレッドが肯いた。

「八割はこの通りになると私は思っています。ただそれはアレウスさんを信じているからであって、なにか実証によって示されているわけではありません。だから手紙を読んでも慎重に行きましょうとアルフレッド様にお伝えしました」

「ならば準備は整えておこう。手紙の通りになるかならないか。そこはともかくとして」

「はい。そしてもしアレウスさんの手紙に書かれている通りに様々なことが私たちの前に起きるのなら……これは、アレウスさんが入念に考え尽くした反撃、そして復讐であると」

「復讐……遂に『異端審問会』に刃を突き立てられるかもしれないか。それならば付き合おう。俺もニンファンをこのようにされて、ただ黙って受け入れることはできないからな」


 四人が修道院を出る。その屋根の上にいた蝙蝠が誘われるように彼方へと飛んでいく。

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