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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第14章 前編 -国外し-】
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帝都



「どこに行くとも言わないで突然、帝国に向かうなんて言い出しすなんて」

「黙って付いてこい」

「それは無理。黙れと言われて黙れるほど私は賢くないから」

「相変わらずリゾラさんは年上を敬う気持ちがないんですからー」

「テメェもだろアンソニー」

 ムシャクシャしているのかオーネストの言葉に刺々しさがある。

「私の奴隷はちゃんとなにも言わずに付いて来ているぞ」

「付き人と呼んであげてもいいんじゃない?」

「は? 奴隷は奴隷だろ。付き人に格上げするほど私は優しくないぞ」

 リゾラに攻撃的に返し、それでもオーネストに男の奴隷は一つの文句も言わずに従い続ける。

「つーか拾った命を奴隷以上に扱う方法なんて知らねぇよ」

「ずっと一緒にいて思ったけど、オーネストも私たちと同じぐらい破綻している面が多いわ」

「えー私はまともですよー」

 最もまともには見えないアンソニーの言葉をリゾラもオーネストも無視する。

「帝国のどこに行くの?」

「行くっつっても途中からは別行動だ。私はちぃっと帝都方面に向かう。リゾラとアンソニーはシンギングリンに行け」

「えー」

「不満そうに言いつつちょっと嬉しそうじゃないですかー? って、うわっ! 急に私に向かって魔力を撃ってこないでくださいー! 反射的に倍増して跳ね返してあなたを殺しちゃうじゃないですかー」

 リゾラが顔に感情を出してしまい、恥じたことで放出した魔力をアンソニーが誰もいない方角へと拳で弾き飛ばす。

「理由は?」

「シンギングリンで良くねぇことが起こるからテメェらでなんとかしろ。私は私で過去に放り出しちまった因縁にケリを付けてくる」

「アルテンヒシェル? いつもいつも悪口しか出さない昔のパーティメンバーのことなんて気にしなくてもいいじゃない」

「そりゃそうだ。でもな、人間はそれほど単純じゃねぇことをテメェが一番よく知ってんだろ? そいつがとんでもねぇ悪者なら関わりたくもねぇし因縁なんて思わずに断ち切ってるが、善人なら仕方がねぇ。神に選ばれた私は神力を行使してでも手を貸さなきゃならねぇよ」

「……なにか、死にに行くときみたいな雰囲気を出すのはやめて」

 リゾラは呟く。

「私、まだこれっぽっちも罪滅ぼしが出来ていないんだけど? 最近、また一つ罪が増えちゃったからその分――その倍以上の罪滅ぼしをしなきゃならないんだから。いなくなられると困る」

「死んでほしくないか?」

「は? そんな風に思ってない。そう思うのは二人だけって決めているから。これでも極限まで切り詰めたの」

「別に死んでほしくない人間の数は極限まで切り詰めなきゃならねぇわけでもねぇけど?」

 オーネストは茶化すように言って、自身の髪を手で()いた。

「ま、上手くやるさ。そっちも上手くやってくれ」


「ダメですよ、まだ死んじゃ」

 先ほどまでのゆったりとした穏和な口調とは打って変わってアンソニーが言う。

「あなたは偉大な聖者。まだこの世界でやるべきことが沢山あります。死は誰にでも平等に訪れると神は仰いますが、あなたは未だ死とは程遠いところにいる。そのことをお忘れなく」


「そう言うテメェも危ういだろ。私の眼は見えているぞ? 『星眼』が消える、その星の導きが」



 少々、疑り深い馭者ではあったが馬の操りは上手く、馬車の揺れも睡眠を取れるほどだった。ただ、馬の機嫌や体力に気を遣い過ぎており走る速度は平均よりも低く、ラタトスクで聞いた話では二、三日のところが四日掛かった。それだけ馭者側の出費もかさむのだから先払いにおいて値段交渉が難しかった理由もそこにはあった。とはいえ、これからの苦労を考えれば快適な馬車の旅はアレウスたちにとっては一時(ひととき)の平穏だった。


 開かれている巨大な門で行われている審査は列を成し、一つ一つに時間が掛かっていて遅々として進まなかった。馬車に乗ったままでも軍人は幌を覗き、アレウスたちへの厳重な調査を行って、ようやっと帝都に入ることができた。


「フリンジーが睨みを利かせていなかったらあたしたちセクハラされていたよねぇ、絶対」

 馭者に礼を言って、少し離れていた仲間たちの元へと駆け寄ったアレウスに丁度、クラリエの愚痴が届く。

「目付きがやらしかったんだよ。あれは冒険者じゃない平民とかには平気でやってるよ」

「あんまり軍人に悪いイメージを持つな」

 アレウスはそう釘を刺す。

「まぁ、女性陣の体にやたら触りたがっていたからそう思われてしまうのも仕方がないよ。本当にフリンジーが凄んでいなかったら女性軍人が出てくることもなさそうだったし」

「別に凄んではいない。不審人物が帝都に入らないようにするための検査であり審査であるはずが、道理として通らないことをやろうとしているのがオレは認められなかっただけだ」

 それで声を発さない形での抵抗の意思を示した。軍人はガラハに睨まれてはアベリアたちの体に触ることもできなかったということだ。

「どこにだってある悪い一面だけど、避けられるのなら全部を避けたい。特に女性陣は目立つからな」

「それはわたくしたちが見目麗しいと仰っているんでして?」

「主観的に求めてくるな。客観的に言われるからありがたみが出るんじゃないのか?」

「その口で直接聞きたいと思っただけでしてよ」

 この妙な駆け引きに頭を使いたくない。クルタニカも吹っかけてはきたものの、これ以上にアレウスから言葉を求めているような意思も見られない。

「みんな、自分の偽名は憶えているか? ちなみに僕はフリンジーのことしか頭にまだ入っていない」

 自分がビーツだということは覚えたが、ガラハがフリンジーであることはクラリエがガラハをそう呼んでくれるまでは思い出せなかった。

「ラタトスクに行く前に決めて、馬車に乗ってからはそう呼んでいたのに覚えていないの?」

 アベリアにアレウスらしくないという顔をされる。そんな顔をされてもいつも呼んでいた仲間たちの名前を呼べないのはなかなかに骨が折れる。

 仲間の安全を確保するために自分で決めたことなのに、自分自身が振り回されている。二人や三人で行動するときには覚えるのは難しくはないが、自身を含めて七人は脳が追い付かない。

「アセロラ、ジェントル、フリンジー、ネクタリン、ザクロ、マルメロ」

 アベリアが自分、ヴェイン、ガラハ、クルタニカ、ノックス、クラリエの順に指差して偽名を呼ぶ。

「そしてビーツ」

 人差し指はアレウスへと向く。

「やってらんねぇ。ワタシぐらいは普通に呼ばれてもよくねぇか?」

「あなたは要注意でしてよ。獣人の姫君の名前を知らない軍人はいないんでしてよ」

 同じようにシンギングリンで神官長を務めているクルタニカを知らない者はいないし、ドワーフやエルフの間でガラハとクラリエの名を知らない者も恐らくいない。アレウスとアベリアの名はリオン討伐で皇帝に認知されたことで帝都では馳せている。ヴェインだけが本名を名乗っても差し障りないのではないかとも思ったが、彼はバートハミドで幅を利かせていたガムリンと決闘を行っている。帝国貴族の間で噂になっていてもおかしくない。

「自分だけは、なんて考え方は捨てなきゃならないよ。とにかく気を付けることが大切さ」

 ヴェインに諭され、アレウスは肯く。

「でも私たちの名前ってなにを由来にしているの?」

「この世界でそう呼ばれていない果実の名前から。僕は野菜由来。ジェントルとフリンジーはまだこの世界で聞いていない産まれ直す前の世界であった言語から」

 全ては小声でやり取りしているが、ここまで神経質にならずとも誰も盗み聞きはできない。帝都内は魔法陣が敷かれており、全ての技能や魔法は封じられているのだ。よっぽど近くでなければこの帝都の喧騒が全てを遮る。外である上にまだ泊まる宿も決めておらず、室内ではなく室外であるため、聞き耳も立てられることはない。

「堂々としていれば怪しまれないだろうけど、問題は不意に呼ばれたときに反応できないってところと」

「不意に本名で呼んじゃうかもしれないところだねぇ」

 アレウスの言いたいことをクラリエが引き継いで言う。


 名前とはこの世に生を授かったときに与えられたものだ。ずっとそう呼ばれ続け、そう呼ばれることを自覚し、自分自身であることを認識する。だからこそ咄嗟に与えられた名とは異なる名で呼ばれれば反応が遅れやすく、また呼び続けていて癖になっていることで不注意から仲間の本名を口に出しかねない。重ね重ね、少数であれば難しくないことが多数になって複雑化したことに提案こそしたがアレウスは後悔している。もっと別の手段はなかったのかと反省するものの、これと言った代替案は思い浮かばないため諦めるしかない。


「修道院と教会に足を運ぶのは控えるんでしてよ。あそこにはロジックに干渉できる方々がいらっしゃいますから」

 神官にロジックを開かれれば偽名がバレる。そうなるとヴェインの毎日の祈祷が行えないのだが。

「心配しないでくれ。実像が無いと信仰を得られないわけじゃない。俺たちはいつだって心に神を描くことができる。今日に限った話じゃないよ。依頼を受けて旅をしているときはいつだってやってきたことさ」

 視線で気にしていることを察したらしくヴェインがアレウスに伝える。言われてみれば彼が像やロザリオを持ち込んで冒険に出ていたことはほとんどない。

「破戒僧でしてよ。普通は虚像に祈りを捧げられるものではないんでしてよ。ヴェインが普通とは思わないでください」

 クルタニカは神官長という立場でありながらもヴェインの当たり前のように語る行いに戦々恐々としている。こんな飛び抜けて変な僧侶を彼女も見たことがないのかもしれない。


「帝都はどんな風に調べる?」

 ガラハは話が逸れていること気になっていたようで筋を戻してくる。

「二つの班に分かれて……と言いたいけれど、迷いそうだし審査の一件もあるから今日は全員で気分的には観光だよ」

 軍人がどの程度の権力を持っており、どの程度機能しているのか。たとえ帝都であっても治安の良い悪いは肌感覚でしか分からない。シンギングリン以上なのかそれともシンギングリン以下なのか。帝都の中でもどの付近が危険でどの付近が安全なのか。まずはその辺りを知らなければ単独行動もままならない。


 帝都ラヴァ。ラタトスクよりは南に位置し、帝国では四期の中で落葉(らくよう)期の気候が長いとされている。帝国全体がパン食であるが、帝都では穀物を用いた料理も出ているようだ。本当にこの都市が城下町であるのか疑わしくなるほどに城はまだ遠方に見え、同時に帝都がアレウスが訪れたどんな街よりも途方もなく広いことを思い知らされる。聖都ボルガネムも相当に広かったが、更にその倍以上の広大さではなかろうか。

 城下町の道幅はとにかく広く、大きな荷馬車が行き交ってもぶつかることはない。そしてその端を人々が歩くことで馬車の運行を妨げることなく、暴れ馬以外で馬車に人が轢かれるような要素が取り除かれている。都市を歩く人々は誰もが気品高く、服装も高級さを思わせる。化粧はやや濃く、擦れ違う相手へ攻撃的にも映る。忙しなく働いているのは生産業、建築業を仕事としている人々で商売人は露店を開いていてもどっしりと構え、傍には用心棒を置く余裕さえある。洋服店は三、四店舗が、同様に工芸品や装飾品の販売店も連続して建ち並んでいる。こんな光景はシンギングリンでは見たことがない。そんなにも同業者が店を構えていてどこも破産せずに済むほどに売買は盛んであることが窺える。

 とにかく煌びやかに見える。その分、端々にはゴミが散らかり薄汚れている。清掃の仕事もあるにはあるのだろうが、生産と消費に追い付けていないらしい。料理店が並ぶ通りに入ればそれは更に顕著で、至るところに生ゴミが転がっており、やや臭いも悪い。アベリアですらやや難色を示すほどだ。そんな中でも当たり前のように食事をしている人々もいる。どうやら感覚が麻痺しているらしい。この状況から察するに清掃業は最も地位が低く、誰もやりたがらない仕事のようだ。

 住民区は平民と貴族で綺麗に分かれており、勾配を登った東側には格式高い屋敷があり、日当たりも良い。逆に坂によって日当たりが悪くなっている西側が平民領であるらしい。そう考えてみると東側の道はまだゴミが少ない。逆に西側はゴミが多く、所々に浮浪者のように座り込んでいたり横たわっている人たちがいる。そのまま様子を窺っていると複数人の男性が彼らに話しかけ、横たわっている者はそのままどこかへと運ばれ、座り込んでいる者は呼び止められた警備兵たちによって連行されている。平民たちで組織された治安維持隊であろう。法的拘束力や軍人たちのように不審人物を捕まえることはできないが、交渉や兵士を呼び付けることでのある程度の自治を担っている。

 貴族領は軍人が見張っているが、平民領はその限りではない。治安を守るためには自分たちの手で行わなければならない。これは強制的にやらされているのではなく、生活範囲で犯罪や事件が起こる確率を少しでも減らすために自ずと組織されたと見える。

 シンギングリンでは上が身勝手にも作った組織という箱に、これまた身勝手に適材適所で詰め込まれる形式だったが、帝都では平民たち側から作ることが許可されているのだ。それにも申請が必要なのだろうが、シンギングリンよりは自由度が高い。だが、一部の自治を任せるということは同時に帝都直々の組織は貴族領を優先して自治を行うという証明である。この点は平民の不満や反発を高める要因だろう。貴族は貴族で帝都による治安維持が行われるため、大手を振って悪さができない。悪徳貴族が帝都で蔓延っているとは思えないが、この締め付けは貴族に対しての不平不満にも繋がる。


 しかし、地位に満足してしまうと不平不満を溜め込んでも平民も貴族もそれを爆発させることはない。ならば彼らの溜め込まれた不平不満の矛先はどこに向けられるか。


 聖都ボルガネムでは処刑や競売を人々の娯楽に変えていた鬱憤を晴らしていたように、帝都ラヴァではまず博打と酒場、男娼と娼婦のいる娼館。続いて自身より身分の低い者たち、浮浪者、そして奴隷への暴力や嫌がらせが娯楽となっているらしい。無論、そのことを忌避している人々もいるのも確かだが、大多数はゴミの悪臭に麻痺するように日常的な暴力が悪であることを感じなくなってしまっているらしい。しかしながら、シンギングリンでも少なからず起きているそれらに見て見ぬフリをしているのもまた事実であり、帝都の在り方が悪いと言い切れるだけの正義はアレウスにはない。


「やっぱりとても戦争をしているとは思えないな」

「シンギングリンでも感じにくかったんだから帝都なら尚更じゃない?」

 アベリアが言うように帝都が戦争の雰囲気の飲まれているとすれば、それはもはや国の存亡に関わる決戦である。ここから日常が奪われるようであれば、人々も環境の変化に気付いて続々と帝都から逃げ出すのではないだろうか。いや、もしかすると貴族たちは少しずつ資産を安全なところに運んでいるかもしれない。国と心中などアレウスですらしたくないと思うのだからそれは決して悪いことではない。帝国がもしも敗北したとき、手元に使える資産がなければ結局は国と滅ぶに同義なのだから。


 昼食時だったので料理屋の一つに入る。団体客用の別室に通され、機密性はないが周囲の視線や声をほとんど気にせずに済む。しかし、レストランのほとんどは高級でなくとも服装の指定が多く、アレウスたちが利用しているのは平民たち御用達の大衆食堂である。手元の資金の一部はギルドから出されているが無駄遣いは控えたかったので服装指定があったのは逆にありがたい。でなければアベリアとガラハの食事代ですぐに尽きてしまうところだった。

「ざっくりと観光した感じだと悲壮感はないよねぇ」

 クラリエが蜂蜜の乗った焼き鳥を食べながら言う。


 皇女が行方知れずになった事実はやはり公表されていない。レストアールについても恐らくは知る者は少ない。だがこれらはいつかは発覚することだ。帝国の君主である皇帝の娘であり、次期女帝となるであろうオーディストラ皇女が城から一切姿を見せなくなったとなれば城下であっても異変に気付く。定期的に都市へと降りるなどしていたならば尚更だ。


「ここからどうやって双子の足取りを探るんだい? 俺には怪しまれないように動くのも一苦労に思えたけど」

 帝都はどこもかしこも軍人や兵士によって厳重に警備されている。下手な動きを取れば一瞬で牢獄送りだ。

「探りに行くにしても酒場は夜からだし、夜は夜でまだ治安がどうなのか分からないし……動きたくても動けないのが現状だな」

 ヴェインもすぐさま調査に乗り出したいようだったがともかく抑えてもらう。自らが住まう国の皇女の安否を気に掛けないわけがない。アレウスですら必要のない焦燥感をどこかで感じている。


 国の君主と一族は、どの国にとっても象徴だ。象徴が欠けていれば落ち着かなくなる。国と心中する気はなくとも、君主と共に死を選ぶ人は多そうだ。


 ボルガネムはその日の内に色々と探りを入れられた。それは聖都においては聖女信仰による統率があったからだ。処刑が娯楽であると同時に治安維持に貢献しており、闇夜で悪行を働けば次の日には断頭台に立たされる。そういった恐怖が夜の治安を一定の水準で維持していた。宗教観がハッキリとしていた聖都と違って帝都はまだ掴めていない。

「教会に話を聞きに行くのも危険ならば探りようがない」

 ガラハは野草の揚げ物をパクパクと食べていく。

「ギルドに寄って、活動許可証を出してもらったあとはオレが夜に酒場に出よう。身分による差別はあるが種族差別は薄いように感じた。どこぞの連中が襲いかかってきても返り討ちにできる」

「技能の大半が封じられている。純粋な肉体の頑強さや俊敏性が欠かせない。僕も夜に調べる。ザクロとマルメロは昼間だ。でも技能は封じられているから油断は禁物だ」

「それだと女だけになっちまうだろうが」

 肉という肉をひたすら食べているノックスが指摘してくる。

「でもビーツを外すとフリンジーが一人だけになってしまいましてよ」

 夜をガラハだけにすると単独行動となってしまい、尾行されれば危険を伴う。クルタニカが心配を吐露する。

「だったら俺が付いて行くよ。一応は元戦士だったからね、これでも鍛えているつもりだから」

「……不安が残るんだよな」

「そうかい? 俺はフリンジーと一緒にいて不安はないよ」

 心配を跳ね返してしまうヴェインの心強い言葉ではあるが、アレウスの心は落ち着かない。


 産まれ直す前に、こういったことを語る人物ほど死の淵に立ちやすい。そんな物語をおぼろげながらに記憶している。



「…………分かった。フリンジーとジェントルが夜の調査。僕とザクロとマルメロが昼間に。他のみんなはひとまず今日の宿を探して決めておいてくれ」

 ギルドではニンファンの依頼書を渡せば活動許可証が発行される手筈となっている。この依頼書はどこにも不備はなく、誰に渡しても同じように対応されるはずだ。『門』がシンギングリンと繋がっていないのでリスティがラヴァに移動する手段はないため、最初の緊張はここにある。発行さえされてしまえば軍人に喧嘩を売るような真似さえしなければ多少のことは許される。その多少のラインを越えないように注意しなければならないのは変わらないが。

「いや、アレウス。不安があるなら言ってほしい。俺たちの意見に惑わされずに君のしっかりとした意見を聞きたい」

 いつもならここでヴェインはアレウスの言葉に同意するところだが、今日は珍しく話を続けたがっている。

「君が一度死んで甦るまでの間にそれなりに話をしたんだ。君の意見をそのまま真っ直ぐ取り入れることも問題だけど、俺たちの意見に流されるままの君の対応も少し危険だと思っている。だからビーツの思う理想の分け方を教えてくれ。ビーツとフリンジーなのか、フリンジーと俺なのか、それとも俺と君なのか」

「……僕がザクロたちと一緒のパターンはこれまでも何度かあったんだけど、正直、昼間にこの組み合わせを取るともしものときに連絡を取ることができなくなる。だから僕はフリンジーが昼間にザクロたちと調査をしてほしいと思っている。フリンジーにはスティンガーがいるから、もし軍人に拘束されるようなことがあってもスティンガーが僕たちを探してその危機を伝えてくれるから。それにフリンジーがいれば大抵の男はザクロたちに寄り付かない。寄り付いても振り払えると思う」

「魔法が使えない状況では人の目を逃れやすいスティンガーを緊急時の連絡係にしたいんだな?」

 アレウスはガラハの問いに肯く。

「夜は僕とジェントルで調査をしたい。酒場での情報収集は頼りになるときとならないときがあって、今回は多分だけど後者だ。なぜなら双子については公表されていないから」

 皇女について下々の人間は知らされていない。

「帝都はパザルネモレと同じように複数の城門があるけど居住区は第一城門を抜けたこの周辺のみ。つまり、驚くほど都市と城が遠い。これは城で起こる多くのことを極秘に処理することもでき、同時にあらゆる失態を下々に届く前に掻き消すことができる距離だ。だから酒場に行っても得られる情報は昼間に商業区を歩き回って得られる情報と大差ないんじゃないかと思っている」

「それは一理あるな。酔っ払いたちの話はたまに支離滅裂だ。正確な情報として振るいにかけたとき、なにも残っていないこともある。昼夜問わず酒場が繁盛しているなら昼間に行っても大差はない。だが、お前とジェントルだけで夜に出かけるのが危険じゃない理由は見当たらない」

「そうだよ、夜は物騒なんだから」

 ガラハの意見にクラリエが便乗する。

「物騒は物騒でも金払いさえ良ければ安全な場所がある」

「歓楽区だね?」

 アレウスの言葉に答えを出せないクラリエの代わりにヴェインが答える。

「あそこでは金払いでいざこざを起こさなければ安全だ。迷惑や面倒さえ起こさなければ危険なようで安全だ。あそこで店を出している人たちは自分の店を利用した客が襲われるようなことがあれば面目が潰されるからね。まぁ利用した店以外は我関せずを貫き通せると言えばその通りだから安全なだけで命の保証まではできない場所だけど」

「ああ、だからあんまり現実的じゃないから言わないままにしておこうと思ったんだ」

 一番安全な方法からは逸脱しており、危険に片足を突っ込む。歓楽区はどこよりも顔と名前を覚えられやすい。それぐらい人と為りを見られる。

「そんなことを言ってただ歓楽区を調べたいだけじゃないんでして?」

「そう思うならネクタリンも来るか?」

「わたくしが歓楽区に行こうものなら博打で全てを失いましてよ? 今回ばかりは絶対に行かないと決めていましてよ。もう見るだけで脳が反応してしまいますから、近寄りたくありませんわ。それよりアセロラはビーツが歓楽区に行くことを許可するんでして?」

 そう言ってクルタニカはアベリアを見る。

「それもあれもこれもどれも美味しい。感動。大衆食堂でこのレベルなら高級レストランならどれくらいに……なにか言った?」

「ですから歓楽区に」

「ビーツがそういうところに興味を持っても、私を困らせることはないんだろうなって信じているから気にしない。でも、もし娼婦を買うなんてことをしたら」

 フォークが骨付き肉に突き刺さる。

「私は我慢せずにビーツに怒りをぶつけるだけ」

「こぇ~」

 ノックスがアベリアに恐怖を覚えている。

「俺だってエイミーと怖ろしい契約をしているから絶対に買わない。まぁ、それでどうやって情報を得るのかが俺は気掛かりだけど」

「僕がエル――アデルなら、異界の穴があるなら追っ手から逃れるために飛び込む。でも、もしも異界の穴が無かったならどうするか。それをずっと考えていたんだ。アデルが僕なら、僕がアデルなら、きっと同じ方法を選ぶ」

 エルヴァの名を出せないため、彼の真の名前を一応の偽名とする。

「……とても、まともじゃないことだ」

 どうやらヴェインはアレウスの考えていることに思考が至ったらしい。

「事が解決したとき、一体どうなるか……ああ、怖い怖い。あり得ないと思う方がずっといい。究極の選択でそっちを選べるのはビーツとアデルだけさ」

「じゃぁ、一日だけ。一日だけにしようよ。でないとアセロラの機嫌は段々と悪くなるだろうし、ジェントルだってエイミーに後ろめたさを抱えることになっちゃう。だから一日だけ。でも、なにがあっても買うのは駄目だからね」

 クラリエに念を押される。


「あぁでも、高級ってことはここよりもずっと高いんだろうな。高いってことは美味しいのかな……美味しいってことは高いってことで、だったら……使うのも手?」

 料理の味にうっとりとしているアベリアを見て嬉しい反面、一人で服装指定を越えて高級レストランに乗り込む凄まじい額の請求書を持って帰ってくるんじゃないかと怖れる。

「アセロラも出歩かないようわたくしが見張っておきましてよ」

「ありがとう……いや、ありがとうなのか……?」


 別のところで頭を悩ませる。いつものことながら溜め息しかアレウスは出なかった。


「マルメロの言うように一日だけだ。アセロラたちの活動は今日の夕食まで。僕とジェントルの夜の調査も今夜限り。そのあとは宿で改めて話し合おう」

 一応は理解を得られた。しかし、全てを委ねられたわけではない。だから今日限りの分担となった。

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