純粋なる女神
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「本当に、しょうがない人……」
「良かったのですか?」
「良いも悪いもありません。もしあるとするならば、惚れた私が悪いだけですよ」
エイミーは物憂げにドナへと答える。
「そう、惚れた私が悪いだけ。惚れた分だけ私もワガママを言っています。そして、彼も同じくらいワガママを言っている。お互いがワガママを言い合うのならお互いにワガママに寛容にならなければならない。夫婦になるのなら、尚更ではないですか?」
「ええ、でも……我慢してまで寛容になる必要はどこにもないのですよ?」
「我慢……そう、ですか。私は我慢をしているのでしょうか」
「旅立つ夫の帰りを待つ間、私もずっとずっと心配を重ねて、不安で寝付けない日々がありました。今もまだ、別の形でその日々は続いているのですが」
ドナは視線を落として続ける。
「冒険者の妻になる覚悟をエイミーさんは持っていらっしゃいます。ですが、冒険者が家庭において絶対的に偉いなんてことはないんじゃないですか? むしろあなたは帰りを待つ身であることがほとんどなのですから、あなたが言えるワガママはもっともっと多くてもいいと私は思います。『死んでも甦るから』はあなたの心の中での誤魔化しに過ぎません。たとえ甦るのだとしても、死んで欲しくない。違いますか?」
「…………奥様。私、少し外へと出てきます。ほんの少し、お時間をいただけますか?」
「あなたの時間はあなたの物。私が奪えるものではないのですから、お好きなように。その代わり、今後も給仕のあなたに急かされたとて私も好きなように時間を使わせてもらいますけれど」
エイミーはドナに微笑み、部屋を出て行儀悪くも走り出す。
「今さっきエイミーさんが走ってたけど、急ぎの用事でも与えたの? 駄目よ、お母様。エイミーさんを疲れさせたらヴェインさんが怒っちゃうんだから」
「ふふ、御免なさい。それで、フェルマータは?」
「午前の勉強を終えて、部屋で過ごしているんじゃないかしら」
「そう……あの子も読み書きがだいぶ出来るようになって、買い出しにも出てくれるようになってくれて助かるわ」
「まぁ! お母様? 一番の働き者の私のことを忘れないで」
「エイラのことはずっと見ていますよ? 仕事を学ぼうとしてくれるのもありがたいけれど、ジュリアンと話すときはもっとお淑やかにならないとね」
「もしかして、会っているのバレて……?」
「あれだけ大きな声で騒ぎ合っていたら耳を塞いでいても聞こえてしまうわ。あまり強気になっては駄目よ? 恋は駆け引きなのだから、あなたは駆けるだけではなく引かないと」
「ど、どこまで……聞いていたの?」
「遊戯で負けた方が罰として相手に口付けをするとかしないとか」
「絶対に誰にも言わないで!」
「ええ、秘密ね」
ドナはクスクスと笑いつつも、我が子の恋を密やかに応援するのだった。
*
「ラタトスク経由で帝都に向かうけれど、僕たちはリブラやリオンを討伐していることで名が通っている。名乗ることは避けて、用いる偽名は帝都に入るまでには先に決めておこう。さすがに顔まで帝都の人々が知っていることはないはずだ」
新聞は復興前のシンギングリンではよく発行されていたので、帝都ではそれを上回る量の新聞が発行されているだろう。人々はそこから時事を知るわけだが、ほぼ全てが文字で埋め尽くされている。時折、絵画をどうにか新聞に落とし込めないものかと挑戦的なことを試みているが、それが成功しているところをアレウスはシンギングリンでも見たことはない。それでも悪事を働いた者の人相書きや似顔絵が差し込まれていたことはあった。功績を上げた者についても同様に扱われるかは知らないが、それでも似顔絵程度では人々に声を掛けられることはほぼ無いと考えられる。もし尋ねられても「人違いです」と言ってしまえばいい。悪人はそこでボロを出すが、アレウスたちはなにも悪いことをしていないのだから堂々と答えるだけだ。
それに、もし本人と判明することがあってもそこでの対応を間違えなければいい。罪に問われているわけではないのだから大手を振って帝都を歩ける。
「僕たちは帝都で一言も『皇女』と発しないように。どこで誰が聞いているか分からない。だから帝都では『皇女』ではなく『双子』と呼ぶ」
「『天秤』じゃねぇのか?」
ノックスが獣耳を隠す帽子を被りながら言う。
「皇女は天秤の意匠が彫られた剣を持っている。『天秤』だと軍人が勘付きかねない。でも彼らはその剣にジェミニの力が内包されているとは気付いていないし、剣の特徴としても現れていない。だから『双子』と呼びたい。双子は見つかったか? と聞いても子供が迷子になっているんだなと思われる程度――まぁそれでも気遣いのできる人が心配して話しかけてくるだろうから、その場合は冒険者として双子の面倒を見る依頼を受けていると言って誤魔化す。捜索という言葉も出来る限り使いたくはないけど、どうしても使わないと誤魔化しが利かないなら使っていい」
大事なのはごく自然な会話に物事を落とし込むこと。会話が破綻しているようなやり取りを避けて、冒険者が隠し事をしていると思わせないようにしなければならない。
「帝都では神官が敷いた魔法陣がある。冒険者のあらゆる技能が使えないから、単独での偵察や潜入は不可能だよ。オルコスもそれが分かっているから帝都には一歩も足を踏み入れず、帝都の外から様子を見ていたらしいから」
クラリエが『門』に近付く。
「武器は帝都では絶対に抜くな。もしかしたら警戒されて預けるように言われるかもしれないけど、従って欲しい。僕とノックスの短剣とクラリエの短刀は預けるとマズいから腰に差さず、鞄の中に入れておくこと。街中では見せるな」
「でも護身用のナイフぐらいは良いでしょ? 軍の人に言われても、身を守るためって言えば通らない?」
「それはさすがに通るんじゃないかな。俺たちみたいな後衛職は中衛や前衛みたいに物々しい防具を付けていたりはしないから警戒されにくい。その中でも女性となると暴漢に襲われる可能性だって帝都ですら起こり得ることだろう。それを手放せとは軍人もさすがに言わないさ。護身用のナイフ一本で軍人が怯むわけもないだろうし」
ヴェインが諭すように言い、アベリアやクルタニカは自身が纏う外套の下に隠しているナイフの感触を確かめる。
「では、そろそろ行こうか。最初はやはりアレウスか?」
「そうだな。パーティリーダーとしてまず僕が入って――まぁラタトスクだから気を張ることでもないけど」
そこでアレウスはジュリアンに目を向ける。
「君もちゃんと護身用のナイフは持っているな?」
「はい。アレウスさんの手紙とおじいさんのいる家の地図も忘れずに持っています。魔法はあまり使わず、なにかが起こってもナイフで乗り切る……ですよね?」
「ここ数日の鍛錬はガラハにも相手してもらって大変だっただろうけどその分、実力は付いたはずだ」
「ほとんどの大人を相手取ってもお前はそのナイフ一本で返り討ちにすることができる。最善は昏倒に持ち込むこと、最悪は殺すこと。だが、殺す立ち回りをアレウスは教えなかったはずだ」
実力が五分であればやる気も出るが、ありとあらゆる方法でねじ伏せられることが分かっている鍛錬ほどつまらないものはない。アレウスもカーネリアンと手合わせをしているのでその気持ちは理解できる。しかしこの数日間、ジュリアンは弱音を一切吐くことがなかった。その根性はアレウスが持っていないものだ。
「僕に出来るでしょうか――なんて、僕らしくないことを言いましたね。気にせず、皇女捜索を行ってください。僕はいつものようにのらりくらりと上手いことやりますよ。なにせ顔が良いので」
ほとんどの人が大半のことを許してくれます、と冗談を付け加える。しかし、彼の美貌はまさに有効なのだ。村の外からやって来た人物はたとえ子供であろうと目立つ。人と為りが分かるまでは第一印象と見た目が重視される。その最初の難題を彼は一瞬で達成できてしまうだろう。
「暴漢にだけは気を付けろ。どこの村や街にでも一人ぐらい潜んでいる。君の顔が狂わせるかもしれない」
「気を付けますよ。これまでも経験していることなので、十分に」
言われずとも分かっている。そんなやり取りをしてジュリアンはナイフを外套の下に隠した。
「ちょっと待ってください!」
いざ『門』を通ろうとしたところで後ろからエイミーの声がして動きを止め、ヴェインが振り返る。
「エイミー? どうしたんだい?」
息を整えつつ、顔を上げてエイミーはヴェインをキッと睨み付ける。
「私、あなたは聖職者で神職者で、何事にも真面目で何事にも一生懸命で……神に愛されていることで神が与えた試練があるから、あなたは神の導きのままに生きているみたいな考え方をずっとずっと尊重してきた」
「うん?」
「でも、薄っすらと思っていたの。村で婚約したときからずっと薄っすらと思ってた。なんでヴェインがそこまで背負わなきゃならないの? って。なんで私の婚約者がそんなに神に命じられなきゃならないの? って」
「……それは、」
「私、あなたのそういう考え方が嫌い、大っ嫌い。疲れているクセになんともなさそうな顔で帰ってきて、次の日の早朝には祈りを捧げていつものように日々を過ごしている。辛そうにせずに全ては神の思し召しだからと一切合切に逆らわないそんなあなたの考え方が嫌い! 婚約する前にはなんか都合良く理由を付けて身売りの女と逢引しようとしていたときのあなたぐらい大嫌い!」
なにかを言い掛けていたヴェインが口を噤む。
「でも私が嫌っている考え方はあなたにとっては誇り。あなたの誇りを嫌うような、そんな素振りや態度、考え方を持っちゃ駄目なんだってずっとずっと自分に言い聞かせてた」
エイミーはヴェインの間際まで迫り、更に睨む。
「アレウスさんが死んで甦って、その一部始終を見て私は『ああ、甦るってこういうことなんだ』って思った。そしてこれがもしヴェインだったら私は支えることができるのかなって不安にもなった。だってあなたは! 私に弱音を吐かないし乱暴な言葉も使わないし! ずっと優しくて前向きで明るくて朗らかで! どこにも陰が無いから! そんな綺麗なあなたが死んで甦ったとき、一体どんな汚い言葉を世界に向けて、私に向けてぶつけてくるのかなって怖くなった。今だって怖い。怖くて仕方がない!」
「エイミーさ、」
アレウスはなにかを言い掛けたアベリアを止める。
彼女の感情の全てはここで吐き出し切らせた方がいい。それでヴェインが行くのをやめてもアレウスは構わない。全ては二人の問題で、ここにアレウスたちが挟まる理由はないからだ。
「死なないで、ヴェイン。死ぬのは絶対に許さない。もしあなたが死んだら神様なんて信じないし大っ嫌いになる。神様に罵詈雑言を浴びせて、像だって壊してやる。私はただあなたが生きていてくれればいい。正直、アレウスさんたちが死んでもあなただけが生きていてくれればいいと思うほどに」
エイミーはヴェインに抱き付く。
「…………こんなにも俺を想っている人がいるのに死ぬと思うかい?」
「人は簡単に死ぬ。私はお祖父ちゃんの死でそれを知っている。あなただって、簡単に死ぬかもしれない」
「死なないよ、俺は。死んでたまるか。だって俺は、」
「神に愛されているから、でしょう?」
「ああ、それも君という女神様に。それよりも俺は君の方が心配だ。俺の知らないところで突然、死なないでほしい」
「あなたのような冒険者じゃないんだから死ぬわけないでしょ」
「いいや、言い返すようだけど人は簡単に死ぬ。だから俺は毎日のように神に、そして君に向けて祈るんだ。祈り続けているんだ」
そこでヴェインは天井を見る。
「よし! それじゃぁやっぱりアレウスに付いて行くのはやめにしよう! 冒険者稼業なんて辞めて家で敬虔な僧侶として毎日を送ることにしよう! ……なんて、俺が言ったらどうする?」
「あなたらしくないことを言わないで。心底、軽蔑する」
「さすが……こんなことを言っても君は俺を送り出してくれるんだね」
「ええ、だってあなたの考え方は大嫌いだけどあなたのことは愛しているから」
「ありがとう」
「死ぬことは許さない。あなたが神に祈っていたようにあなたの分まで私が神に祈らせてもらうから」
一際強く抱き締め合って、二人は離れる。
「愛でしてよ」
「ウットリとすることか?」
「むしろあんな風にウットリとさせてみせてくださいまして」
クルタニカに無理難題を押し付けられてアレウスは辟易する。
「アレウスさん、ヴェインを重ね重ねよろしくお願いします。自分の意思で死んで甦る判断を取ったなら我慢しますけど、あなたの意思で死なせる判断を取らせたら……あなたを殺します」
「肝に銘じておきます」
「銘じるだけでは駄目です。実行してください」
「はい」
やはりエイミーは怖ろしい。
「お時間を取らせてしまって申し訳ありません。皆さん、頑張ってください」
そのように見送られ、アレウスは『門』へと足を踏み入れる。
「『純粋なる女神の祝福』……か」
ヴェインのアーティファクトは彼自身のトラウマから形成されたものとはとてもではないが思えず、本人もアーティファクトに気付いていないことをずっと疑問に思っていた。
しかし、マクシミリアンのアーティファクトがそうであったように他人の祈りによって当人の中にアーティファクトが生じることもあるのだと知った。そして当人のロジックにそれを受け入れる気持ちがあれば、それは成立する。
ずっと『女神』とはその名称そのままに、それを指しているのだとアレウスは考えていたがどうやら違ったらしい。
ヴェインにとっての『女神』とはエイミーのことで、神のみならず彼女への祈りも捧げ続けたからこそ与えられた『祝福』は与えられたのだ。
「なにか言ったかい?」
「いいや」
そんな一言を発している内に視界は暗転し、世界は動転し、空間は移転する。眩暈と多少の吐き気に見舞われながら、アレウスたちはシンギングリンからラタトスクへと『門』を潜って到着する。
ギルドの地下は狭いので階段を上がって、手続きを済ませて外に出る。
「ラタトスクから帝都まで向かおうとするとどれぐらい掛かるんだ?」
「馬車なら二日、三日ぐらいか……?」
「なぜ疑問符が付く? 計画性があるのかないのかどっちなんだ……」
ガラハに呆れられつつも村の門近くで舟を漕いでいる男性に訊ねると、馬車はあと三十分もしない内に出発すると告げられる。
「では、僕はここで」
ジュリアンがアレウスたちに別れの挨拶をしつつ、おじいさんの家へと駆け出した。
一時間ならば村の散策ぐらいはしていたかもしれないが三十分ではそうもいかない。馭者の都合で早めに出発することも、遅れることもある。そういった時間の前後に対応するためには馬車の出発場所で待機するのみだ。むしろその方が怪しまれない。
「見たところ冒険者の方々でしょうが、帝都までどのようなご予定で?」
「多くは話せませんが帝都から荷物を預かって、僕が拠点としている街まで戻る。簡単な依頼ですよ」
「でしたら帝都の『門』を使えば良かったのでは?」
「ええ、僕もそう思います。ですが、僕たちが拠点としている街には帝都へ続く『門』がありませんので。だったら拠点から最寄りのラタトスクからと。もしかしてラタトスクには帝都へと続く『門』があったりするのでしょうか?」
「いや、この村にも帝都に繋がる『門』はない。『門』も一つ二つあるかないかと聞いているよ。その内の一つはあなた方が使われた『門』なので、あと一つはどこと繋がっているのか分かりませんが」
「残念。『門』があればもっと楽ができたのに」
そう言ってオーバーリアクションを取ってみせる。クラリエとノックスが明らかに笑いをこらえているが気にしない。
「冒険者の方々も楽をしたいんだな」
「それはそうですよ。どんな人でも楽な方、楽な方へと流れるものです。肝心なのは、それが悪い方に流れないようにすること。そして冒険者は、肝心なときに正しい方向へとどんなに苦しくても進むことです」
「それ以外ならば楽をしたい、か。冒険者は人間じゃないなんてよく言われているものだから話しかけられたときには怯えてしまったが、どうやらそうではないようだ。さっきの子は?」
「僕のパーティではなく個人で依頼を受けていたようでして。初めて『門』を利用するのが不安だと言っていたのでそれならば一緒にと」
「へぇ、そんなことが」
「しばらく村に留まるかもしれませんが、お気になさらず。悪いことはしません。だって、彼もまた冒険者なのですから」
念のため、ジュリアンの今後に関わる部分には探りを入れておく。
「まぁ悪いことをしないのなら俺たちも文句は言わないよ。住むわけではなくお金を落としてくれるのならありがたい限りだ」
どうやら閉鎖的ではあっても、金勘定にさえ気を付ければいいらしい。その辺りをジュリアンが察せないわけがない。
「ついでに村の宣伝もするように言っておけばよろしかったですね」
「いやいや、そこまでは。でも、変な連中じゃないようでよかった。五年以上前にここにも『異端審問会』が来て、それはもう大変だった。それに、まさか村人の中に異端者がいるとは思わなかった……うん? その異端者の名前を思い出せないな。いたことは確かなんだが」
「異端者は裁かれる運命です。その名を思い出せないのなら思い出せないままの方がよろしいかと」
「……そうだな。思い出すことはむしろ悪なのかもしれない。それじゃ、俺は仕事に戻らせてもらうよ。あなたと話して、俺も楽ができた。なのでこれから楽じゃないことに勤しむとしよう」
「ええ、それでは」
会話を終えて、男が牛舎の方へと向かう。
「うーん、今回もなかなかだったよ。あのリアクションも一見してオーバーかもしれないけどあれぐらい大げさだと嘘臭さが乗る。その嘘臭さによって『門』で楽ができるのは依頼のごく一部分だと伝えられる。けれど、演技ではボロを出さないのに普通に話すとボロを出すのは直した方がいいよ」
「知らない人と話したあとで総括するのはやめてくれ」
もはやヴェインはアレウスの会話の採点係となっている。
「自分のことを言われているのによくもまぁ顔色一つ変えねぇもんだ」
「異界で物盗りをしていた頃からやっているからな。切羽詰まってなければあんなのは簡単だ」
子供のように無邪気な顔をして接近し、刃物を向けて物を盗る。ヴェラルドには阻止されてしまったが、あの頃には普通に出来ていたことだ。
「いっつもアレウス君が演技するとき笑いそうになるのどうにかしたいなぁ」
「それはどうにかしろ」
「だったらもっと身の丈にあった演技にするべきでしてよ。普段と違う演技をされてはわたくしも噴き出しそうでしたわ」
「いや、だからこのオーバーリアクションが良いんだよ。嘘臭さと真実味の両方を出せる。アレウスの演技は相当なものだよ」
「お前は僕の演技をどうしてそこまで高く評価しているのか分かんないんだけど。あと大声でこの話はやめろ。さっきの男の人に聞かれたら大変だ」
「まったく……どんな依頼であってもお前たちは変わらないな。いや、オレもなのか?」
強みなのか弱みなのか分からない普段通りのパーティは居心地が良い。だからこそ馬車の出発を三十分待つことに苦しいと思うこともなく、馭者との値段交渉を行ってから全員が馬車に乗り込む。今回の馭者は先払いを強く希望したので従う。恐らくは七人も乗せての帝都までの旅路に伴う費用などの点から料金を踏み倒される可能性を危惧したのだろう。
「帝都で荷物、すぐ受け取れるといいけど」
「そうだな。ややこしいことになっていたら大変だ」
馭者が馬を駆り、馬車は揺れて動き出す。そして、アベリアの言葉に同意する。
決して荷運びではないのだが、帝都に着くまで誰一人として口を滑らす者はいなかった。




