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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第2章 -大灯台とドワーフ-】
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言い張ったことと現実との乖離


 数日間、借家を空けていたわけだが、その数日で借家は随分と埃っぽくなってしまった。人種と家は一心同体などという言葉をアレウスは聞いたことがある。


 人種が住まうから家は生き、家があるから人種は生きられる。人種の気配が無くなれば鼠や虫が湧いて出て来るだけでなく、ドンドンと家は生気を無くして行く。


 住まうということは手塩に掛けることである、と家主には言われた。そのことを忘れないようにするために、ヴェインの村から帰った次の日にアレウスとアベリアは借家の掃除を始めた。食料には幸い、鼠も虫も手を付けていなかったため、今月は食べることに悩まずに済みそうである。


 粗方、掃除を終えて、次に洗濯に移る。いつもよりも薄着のアベリアが洗濯用に貯めていた雨水を使ってアレウスの分も合わせて汚れを綺麗に洗い流し、物干し竿に干す。


「洗う前に臭いを嗅いでいただろ。あれやめろよ」

「アレウスの臭いを嗅ぐと落ち着くから」

「……落ち着くとしても家以外ではやめろよ?」

 妥協する。

「アレウスも私の服の臭い、嗅いでも良いんだよ?」

「それは僕がただの変態だから絶対にやらない」

 しかし、沐浴をした際には同じ石鹸や植物油を使っているはずなのに、アベリアの髪からは良い匂いがすることがある。異性の香りとは未知に満ちている。だからアレウスは嗅ぎ続けたら戻れなくなりそうなので避けている。

「沐浴もアレウスと一緒にしたいのに」

「なんでだよ」

「昔は一緒だった」

「付き添わなきゃ危なかっただろ」

 そこには下心は無く、アベリアを守るためにアレウスは必死であっただけだ。この街には主要な河川が幾つかあるが、アレウスたちが使っている河川は行くまでに林を抜けなければならないため、人目に付きにくい。なので釣りや沐浴、飲み水の確保においてもほぼ独占状態なのだが、初めての頃は人の目に付きやすいところを利用していた。


 この街では男女による河川の区分けが成されているが、役場によって「絶対にそうしろ」と命じられているわけではない。なので、性に割と奔放な部分を合わせると沐浴は少年少女の二人にはある意味で危険な行為でもあった。河川を変えて、そんな心配はほぼ無くなったが、あの頃は常に一緒に過ごしていた。


「……アベリアがまた怖いって言い出したら、考えてやる」

 とは言え、沐浴用の部屋が借家にはある。ほぼアベリア専用になっているし、怖くなる場面など無いだろう。

「怖い」

「絶対に嘘だ」

「む~」

 僅かでも甘さを見せると、アベリアはすぐに喰い付いて来る。これで良いのかとも思うのだが、彼女のはにかみながらの笑顔を見るとこれで良いのだろうとも思えてしまう。

「洗濯が終わって、掃除も終わり。ついでに壊れ掛けていた床板も新しいのに張り替えたし、ここを貸してくれている家主に怒られずに済みそうだな」

「よく直したよね、この家」

「思えば、長かったな」

 子供二人に家を貸してくれる家主などまず居ない。ようやく貸してくれる家主を見つけても、(あて)がわれたのはオンボロな家だった。玄関口となる扉は壊れていた。床板は腐り、壁にも穴が空いていた。かまども割れ、窓の硝子にもヒビが入っていた。


 扉は直し、床板は張り直し、壁は塗り直し、かまども一つは壊してもう一つだけを使うようにし、ヒビが入った硝子は外して板を代わりに挟んだ。雨水を貯めるための樽も清掃し、ろ過するようにもした。雨が降って雨漏りすることが分かったので、その日の内に穴を見つけ、次の日に修繕した。


「大工になる方が良いんじゃないかって思ったくらいだった」

「僕も大工になろうかと思った」

 感慨深いものがあるが、いつまでも浸っていても仕方が無い。

「お昼を食べたら、ギルドに行くぞ」

「うん」

 掃除に専念した分、昼食は多めに摂る。胃袋を満たしたのち、ポストに届いていたギルドの書簡をペーパーナイフで開き、内容を確認する。

「とにかく足を運ばなきゃ駄目ってか」

「それなら早く行こう」

「そうだな。ヴェインを待っているよりは先に済ませておこう」


 冒険用の装備は錆び付いていて使えないので、採掘の仕事をする際にも使っている布製の衣服を纏う。アベリアにはもう一枚、服を着させて露出を減らしてもらい、二人でギルドに訪れる。いつもの手配でリスティを呼び出してもらい、アレウスたちは席で待つ。


「わざわざお呼び立てしてしまい申し訳ありません」

「申し訳ありませんって感じの言い方じゃない気がしますけど」

 心が込められていない。

「まぁ、形式ですので言っておいた方が良いかなぐらいで言いましたが」

 最近、アレウスはリスティに試されているような気がしてならない。嘘を嘘と見抜けるか。その辺りを鍛えられているのだろうか。

「なんにせよ、朗報をお伝えします。ここで正式に手続きを行うことで、あなた方はランクアップします」

「全くそんな実感はありませんが」

「前に自身で仰っていませんでしたか? ランクはギルドへの貢献度である、と。ガルム退治から始まり、先日の緊急依頼に至るまで。それらが評価され無事にランクアップです」

「緊急依頼……? 私たち、ヴェインを助けるためには異界に堕ちたけど、正式に依頼を受けたわけじゃないのに?」

「サポートしてくれた冒険者には一律(いちりつ)で貢献度が入ります。成功に導いた立役者はルーファス様のパーティですので、それよりは劣りますが」

「そりゃそうだと思いますが……それでランクは5から6に上がったんですか?」

「いえ、11になります」

「……はい? それはあまりにも飛び級過ぎませんか?」

 さすがにアレウスは訝しむ。

「ランクについてはあまりあなた方は訊ねては来ませんでしたから、こういった大きな変化の時にだけ報告しようかと思っていたんです」

「そんなに簡単に上がるもの?」


「ガルムを一匹残らず仕留め、捨てられた異界から冒険者を救出。墳墓に蔓延る十匹のバウスパイダーの討伐。ヴェインさんの村の調査、加えて異界からの救助へのサポート。特に異界二つを渡ったのが大きな評価となっています。元々、ランク5というのもあなた方の質を問うための数値だったようですね。いきなり中級にするわけにも参りませんので、そうやって仮の数値でランクを初級に留めることは稀にあります」


「リスティさんに止められながらも無茶やったせいですね……」

「反省していらっしゃるのなら、どうこう言うつもりはありませんよ。どうこうは」

 目が怖いので、アレウスはリスティから視線を逸らす。

「それで、仮に置いていた初級のランクから、あなた方は期待値以上の働きをしたということで中級に昇進です。こちらの羊皮紙に手を置いて下さい」

「ヴェインはどうなるんですか?」

「彼ならもう、あちらの村で先輩と話をしている内に中級への昇進を済ませています。あなた方よりも早く冒険者になっておりますし、一人であっても一時的なパーティに加わったりなどして、コツコツと仕事を積み重ねた結果です。ニィナさんは……まだ少し時間が掛かりそうですが、あと一ヶ月も経てば上がれるのではないでしょうか」

 それを聞いて二人は安堵の息をつき、それからリスティの出した羊皮紙に手を置く。ロジックに刻まれた『初級』のランクを『中級』に書き換えるためのものだろう。

「こんなに早く中級に上がれるものなんですか?」


「初級冒険者という(くく)りは、仕事で言うところの下働きがほとんどと言ったと思います。それはつまり、冒険者として必要な知識、能力、矜持を学んでもらうための研修期間です。なので、通常でも三ヶ月ほどで皆さんは中級に上がられます。ですが、心しておいて下さい。早く中級に上がったからと言って、偉いわけではないのです。誰でも初級からは上がれます。むしろここから中堅に上がるための壁にぶち当たる方がほとんどです。最短で半年、最長で五年の記録があります。新記録を目指しても構いませんが、それだけあなた方は周囲の冒険者よりも、場数も知識の差も出て来てしまいます。それを補えるだけの物をしっかりと抱き、ギルドに今後も貢献するようにして下さい」


「行動範囲はどれくらいに?」

「馬車で三日から四日ほど掛かる村や街への移動が可能になりました。ただ、移動までの時間が長引くので他のパーティの移動先と合わせてキャラバンで移動した方が身の安全も確保できます。ここからは活動する際に、色々な冒険者と関わらなければならないということです。くれぐれも、問題は起こさないで下さいね? 特にアレウスさん」

「突っ掛かって来ない限りは良い顔を出来ますよ」

「そう仰るのなら、ちゃんと実行して下さい。そしてアベリアさん」

「私?」

「人種と接する機会が増えるということは言い寄られる機会も増えるでしょう。問題にならないように、今からでも男性をあしらう方法を学んで下さい。難しいようなら、私がお教えします」

 アベリアは首を傾げている。自分自身の価値に気付けていないのは残念なのだが、周りはその美しさに気付いてしまう。

「リスティさんから教わっておいた方が良い」

「……ん、分かった。覚えなきゃならないことはちゃんと覚える」

「助かります」

「それで、今後は依頼の内容も少しずつ難しいものに?」

「そうなります。能力値については既に中級冒険者相当ですので、さほどの心配はしておりません。ただし、言い付けはちゃんと守って下さい」


「そんな何度も異界には行きませんよ。僕たちの異界での戦績は思った以上に深刻なんですから。テストではオーガを倒し切れず、捨てられた異界ではリュコスを押し流すことしか出来ず、ヴェインの村の異界ではピスケスに追い掛けられて、ルーファスさんたちに助けられながらの脱出。もっとやれると思っていたんですけどね……落ち込むばかりです」

 そして六年前にはリオンからやはり逃げている。


「異界に関してだけ言えば、上級冒険者でさえ撤退が最適解と言われています。ましてやオーガやリュコス、異界獣クラスともなれば逃げるのが当たり前です。それを戦績と捉えるのはどうかと思いますが」

「今後も……ずっと逃げ続けることになるのかと思うと、気分が沈むんですよ。大きなことを言った分だけ、自分を呪いたくなります。現実を知らない大馬鹿者……そんな風になじることも少なくありません」

 そう、大きいことを言った。「異界を壊す」と言った。なのに実力は伴わない。もっと簡単だと思っていた自身に、ただただ苛立ちばかりが募る。

「……私は別に、それが特別悪いことだとは思いません。小さな現実に拘るより、大きな理想に拘る。そういう夢追い人は往々にして死にやすい……のですが、夢は語らなければ形にはならないのです。小さな現実ばかりを口にしていては、大物にはなれない。『至高』を目指すのであれば、私はあなた方のような夢追い人を応援します。死なない限りは」

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