一夜明けて
*
「それではヴェインさんを固定パーティとして決定してよろしいでしょうか?」
沢山の資料に目を通しながらリスティは言う。
「アレウスとアベリアさんが持ち掛けて来てくれましたから、俺は答えただけです。全ての決定権は、アレウスに」
「よろしいですね?」
「はい」
アレウスは強く肯く。リスティはヴェインに羊皮紙を渡し、彼がそこに手を置く。能力値が焼き付き、それを見てからリスティは次に地図を眺める。
「先輩からの引き継ぎなので、失敗しないかどうか不安だったのですが上手く行ったようです。ヴェインさんの感知は上手く行っています」
「良くしてもらった先輩から担当の冒険者を引き抜くのは、問題無いんですか?」
「その話はもう済ませてあります。先輩は沢山のパーティを抱えていらっしゃるので、負担が減るのはありがたいことだと言ってはおられました。でも、有望な冒険者を引き抜かれたことには思うところもあるかも知れません。あとでもう一度、話をしておきます」
「その時は俺も同席させて下さい。なんだかんだで、一人で活動していた際に色々とお世話になりましたので」
「そうですね……では、先輩のお時間が取れる時にまた連絡をさせて頂きます。このあとは、村から街へ?」
「僕とアベリアの活動場所は街ですから。ヴェインは月に一度、この村へ帰省することをパーティに入る条件として提示して来たので、街と村の両方で活動することになると思います。毎日、依頼を受けられるほどの体力もありませんし、地道にコツコツと。そんな感じです」
「体力も精神力も使いますからね。依頼のあとにはどんな冒険者も休暇を取ります。なので、あまり無茶はしないで下さいね。まぁ、無茶なんてさせるつもりはありませんが」
ギルドを頼らなければ依頼を受けられない。そして、依頼を受けても良いかどうかはリスティが握っている。彼女は顔色で体調を窺い知ることが出来るようなので、アレウスたちが無茶をしようとすればすぐにバレる。
「助かるよ。俺も今日は腰を痛めているから、馬車は辛いからもう一日、実家で静養するつもりなんだ」
「腰……腰?」
ヴェインの歳で腰を痛めるとは不思議な話である。
「お酒が抜け切っていませんね、ヴェインさん。女性の前で、あまりそのような下世話なことは言わないようにして下さい。特に私は、そういった話が大嫌いですので」
そういった話。アレウスはリスティの顔色から推理をする。
「ああ、ヴェインとエイミーは昨日、」
「アレウスさん?」
殺気染みた目線を向けられ、アレウスは黙る。しかしこれで確信した。要するに、そういうことらしい。アベリアはまだ首を傾げているが、教えない方が良いだろう。
「じゃ、馬車で街に帰るのは僕とアベリアだけで」
「分かりました。そのように手配します。馭者への支払いは可能ですか?」
「お金は異界に入る前にヴェインの家に置いていたので。問題があるとしたら装備ですね。鎖帷子も剣も錆び付いて、これじゃどうしようもないので新調せざるを得ません」
「それでしたら街に帰った際に、正式に伝えなければならないことがありますので、一心地付いたら買い物をする前にギルドへお越し下さい」
含みを持たせた言い方をするが、その先を話してはくれなかったのでアレウスは肯いて、その場をあとにした。
「明日も腰を痛めていて帰れそうにないって言い出したら、さすがに文句を言うからな」
「善処するよ」
「善処もなにもあるか。それだったらいつまで経っても馬車に乗れないだろ。お前はこれからも月一で腰痛を理由にもう一日と言い続けるのか?」
「あまり強く言わないでくれ。これでもちゃんと反省している」
見た限り、ヴェインは本当に反省しているようだった。
「他の誰かに目移りしないだけマシか」
「女神に誓って、婚約者以外に手を出すことはないと宣言する」
「そこまで言うなら信じてやる」
馬車の準備が整うまで、まだ時間がある。溜め池の異界の穴はどうなったのだろうかと思い、そちらに足を伸ばす。
「不可思議なこともあるものですわね」
「クルタニカ」
「ちゃん様が抜けていますわ」
「はいはい、ちゃん様ちゃん様」
「扱い方が雑ですのよ!」
激怒しているように見えるが、本気で怒っていたらアベリアのように魔法でも唱えそうなものなのであんまり怒っていないということにアレウスはしておく。または、激昂しても魔法を唱えないように自身を制御出来ているのかも知れない。どちらにしたって、怒らせていても良いことは無さそうだ。
「クルタニカちゃん様」
「それでよろしいんですのよ」
「なにか不可思議なことがあったんですか?」
「異界の穴が塞がっていますのよ」
そう言われ、アレウスは溜め池を眺める。また潜ろうかとも思ったが、上級冒険者のクルタニカが嘘をつくわけがないので言っていることは事実だと受け入れる。
「移動したのでは?」
「痛め付けられて、異界獣が穴を移動させることは確かにありますわね。面倒な人種が堕ちる場所だと理解したならよろしいんですのよ……そうで無いとすれば、不穏ですわ」
だが、アレウスとアベリア以外に異界を閉じられるわけがない。もし居たとしても、冒険者界隈で有名だろう。
五年間も過ごし、理解し、ようやく開ける“概念”にそうも容易く干渉できるとはアレウスには到底思えなかった。
「村の脅威が無くなったのは良いことなのでは?」
「その通りですわ。無くなったなら無くなったで良いこと尽くめですわね。ギルドに報告して来ますわ」
「……ところで、ルーファスさんたちは昨日の深夜の馬車で帰ったのに、どうしてクルタニカちゃん様だけ残っているんですか?」
「よくぞ聞いて下さいましたわね、下賤な輩」
その言葉を待っていたかのような言い方に、アレウスは息を呑む。
「乗り遅れたんですのよ!」
勢いの強さに転びそうになる。
「自信満々に言えることですか?」
「常に自身に満ち溢れ、絶対に自分の道を曲げない。それがわたくしですもの」
明言する相手を間違えている。
「僕たち、馬車を手配してもらったんで良かったら一緒に乗ります? ヴェインはもう一日、ここに残るようなので」
「あら、素晴らしいお誘いですわね。下賤な輩でも、それくらいの気遣いは出来るんですのね。驚きですわ」
年上、そして上級でさえなかったらぶん殴っている。怒りを抑えつつ、アレウスは苦笑を浮かべる。
「村の西門で待っていますから、ギルドに報告して荷物を纏めてから来て下さい」
「承りましたわ」
クルタニカは小さく貴族風の――アレウスには貴族の礼儀作法は分からないので、とにかくお淑やかなお辞儀を披露し、歩き出す。
「昨晩はお楽しみでしたのね? あまりしがらみを増やしてしまいますと、冒険者はやって行けませんことよ?」
ヴェインの横を通り過ぎる際に、さも見ていたかのような妖しい雰囲気で言い放ち、そこから鼻歌混じりに去って行く。
「魔法で盗み見られていたりしていない……かな」
「そんな悪趣味な人ではないだろう」
「クルタニカはちょっと不思議なところがあるから」
「あれは不思議というより、もっとこう別のなにかだと思うけどね……」
ヴェインは昨日のお酒による二日酔いから来る頭痛に悩まされているらしく、今日何度目かの頭を押さえるような仕草をして、深く溜め息をつく。これ以上、根掘り葉掘り聞くのはそれこそ趣味が悪い。
「異界の穴も無くなったか、移動したのなら不安の種は潰れたな」
なので話を切り替える。
「ああ。それに、この村も冒険者に対して少しずつ考えを改める良い機会になったはずだよ」
「それじゃ、僕たちは先に街に帰る」
「これからもよろしく。アレウス、アベリアさん」
「こちらこそ」
「街でまた」
別れて西門へ向かう。
「ヴェインは、大丈夫かな」
「……本気でそう思っているのか?」
「あまりにも精神面が強すぎるから、気になって」
「異界に堕ちても、トラウマなんて無いみたいな顔をしている。正直、純粋過ぎて怖いくらいだ。冒険者になったのも魔物の脅威を払うため。そこに欲なんて一つもないんだ」
「『純粋なる女神の祝福』」
「呪いへの絶対的な抵抗力。補助魔法や付与魔法を今回のピスケスに転用して負荷に変えたみたいな……いわゆる負荷魔法にも絶対に掛からない」
「なにより、必殺抵抗と即死抵抗。ヴォーパルバニーの首刈りを受けても尚、死なない……アーティファクトのテキストにはそう書かれていたけど、実際に目にはしていないし……目にする場面には出会いたくもないから確かめようもないけど」
「重傷は負うけど、即死にならない。そして呪いと負荷魔法は全て弾く。回復役の僧侶としてこれほど心強いこともない」
「だから、バレたらマズい」
「絶対に命を狙われる。もしくは、拉致されてしまうだろうな。ヴェインには教えないままの方が良い」
ただし、ヴェインは教会の祝福を受けている。場所にもよるが、その教会にもし碌でも無い神官が居たならば、彼のアーティファクトは盗み見られていることになる。
「守る」
「当たり前だ。ヴェインはもう仲間なんだから」
その後、クルタニカが荷物を纏めてやって来て、ギルドが手配した馬車の準備も整い、馭者に「お願いします」と言って乗り込んだ。




