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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第14章 前編 -国外し-】
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百合園


「なんのために生きているんだろう」

 仕事の傍らで僕は呟く。毎日毎日、仕事に明け暮れる日々。そこに費やしていた情熱は新入社員になって二ヶ月もしない内に消えた。

 就職すれば大人のレッテルを貼られて、大人として世間に認められるのだろうと思っていた。けれど若手はまだまだ子供扱いされて重要な仕事はさほど与えられず、先輩社員のサポートを常に求められ、上司の飲み会には付き合わされる。パワハラで消えた先輩もいれば、カスハラに耐えられずに辞めた後輩もいる。同期はどいつもこいつもまだ仕事に人生を捧げていて、熱心に仕事に打ち込み続けている。

 僕もまた情熱はないものの仕事をしている。いや、仕事っぽいことをしているのかもしれない。簡単な仕事や難しい仕事ということではなく、凄まじいまでの作業感が否めないのだ。要は生活サイクルに入っている仕事に対して感情を乗せることができないので、なにも思うことがなく機械的にパソコンと向き合い続け、電話に出て、時には鞄に重要書類を放り込んで外へと出る。営業成績云々を求めてこない会社だから上手く隠れることができているが、下手をすれば先輩や上司に目を付けられてイジメのような仲間外れになるようなことをSNSやトークアプリで晒されていたかもしれない。

 世渡りは上手ではないものの、下手でもない。なんとなく波に乗って、なんとなく乗れない波には乗らない。高校時代の友達からはバランス感覚が良いと言われるが、僕自身は分からない。


 こんな日々を繰り返しても、神藤はいないのに。


 不意に過去が殴りかかってくる。けれど痛みはもうほとんどない。ただ、思い出したくもない擦れていた高校時代の自分を思い出して大声を発したくなるくらい。ズキズキとした痛みはなく、ただもう毎日のように思っているからこれも生活サイクルに入ってしまっているのかもしれない。

 神藤 理空。その名前を何度も脳内で思い描く。彼女の声を言葉を、その顔を思い出す。大した想い出など一つもないというのに。


 けれども、僕はこの感情を永遠に抱きながら生きていくのだろう。恐らく死ぬまで神藤 理空という名前を思い描くことを繰り返す。想い出が掻き消えてしまっても、彼女の名前だけは脳内で紡ぎ続ける。

 未練がそうさせる。後悔がそうさせる。ただし、その頃に戻る術はない。


 死とは、それほどまでに重いものなのだ。


 そして、諦めが悪い僕だからこそ永遠に、呪いのように、恨みのように、怨念のように……誰かを好きになってはならなかった。

 神藤 理空のことを好きになってはいけなかった。死者を未だに好きであるのは地獄の日々だ。異性の誰も愛せず、誰も好きになれず、誰とも仲良くしようとも思わない。


 気持ちが悪い。心底、気持ちが悪い。誰が、ではなく自分自身が、気持ち悪い。


 吐きそう吐きそう吐きそう。そんなことを誰にも聞こえないほどのか細い声量で呟きながら仕事をこなす。これは僕が高校時代に思い描いた自分自身の理想の大人の姿とは掛け離れている。

 朝起きることの億劫さも、高校生の頃にはあった無限の体力も、大学生の頃に感じた無限の時間も、今やここにはどこにもない。定時に帰っても、家事をして明日の準備をしている内に深夜に至る。「もう寝なさい」と言い続けてきた母親の傍から離れたはずなのに、夜更かししていた頃などさながらなかったかのようにベッドに横たわって十分もしない内に眠りに落ちる。


 これが大人になるということか。

 これが、高校生だった自分が思っていた大人の姿か。


 大人と擦れ違うたびに思っていたあの感情はどこに行ったのだろうか。大人を見るたびに思った、カッコ良いや働きたいと願ったあの感情は虚無に消えたとでもいうのだろうか。


「なんのために生きているんだろう」

 誰にも聞こえない声量で呟く。

 生きていることをつまらないと思っているわけではない。この日々はきっと充実もしているのだと思う。


 けれど、常に足りない。

 足りない足りない足りない。

 そう、


 神藤 理空が、足りないのだ。


 仕事終わりの帰り道。夕食時だというのにまだ制服で繁華街を歩いている男女の高校生が視界に入る。

 何回も何回も同じ光景に出くわし、同じように嫉妬し、同じように苦悩する。


 その日々は無限ではないのに無限であるかのように楽しんでいるその様が、憎たらしい。その日々は有限であり、いつか必ず過ぎ去るとも知らずにさながら無敵であるかのように青春を謳歌している。幸せそうな顔をしている。


 僕は謳歌などできなかったのに。


 謳歌できずともなんとなく苦くて(から)い青春ぐらいは味わえたかもしれないのに唐突に無限は有限となり、なにもかもを見失った。

 傍にいられない苦しみが、傍にいたかった苦しみが、お前たちには分かるわけもない。


 不幸せなわけではない。けれど、幸せなわけでもない。この無味簡素な日々を過ごす痛みを知らないクセに。



 壊してしまいたい。



 いつからか、そのように思うようになった。



 そんなこと出来ないけれど。出来ないから、今もこうして生きているのだけど。



 今日も眠りに就く。そうしてまた、地獄のような夢を見る。神藤 理空との短かった高校生活。甘くもなく苦くもない過去の風景に自分自身の想いが混じったことで脚色される地獄のような夢を――。


 夢が僕の心を壊そうとしてくる。目を覚ますたびに息苦しく、緊張感に身を焼かれそうになる。そしてそれが落ち着いても、現実が僕を追い立てる。夢という神藤 理空の幻に苦しみ、現実では神藤 理空がいないことに絶叫する。どこにも逃げ場はなく、常に僕は自分自身の心を蝕まれていく。

 どんなに頑張ってもどんなに消えろと求めても、どんなにもう終わったんだと願っても、僕の心から神藤 理空がいなくならない。当たり前だ。自己完結できることではない。これは相互で完結させなければならなかったことなのだ。





「……『白のアリス』は、僕とは全く違う」

 日々が充足していなかった。常に欠けていた。それでいて大人になって就職していた。

「神藤さんがいないだけで……いや、僕は僕自身を一番よく知っている」

 だから、『白のアリス』の感情を理解できてしまう。

「ともかく、記憶が混濁しない内に僕は僕として目覚めないと」

 何度も何度も気を失っている。そのたびにこの記憶の海に投げ出される。『白のアリス』と呼ばれる僕という存在の記憶が流れ込んでくる。

 このままだと自分自身を見失ってしまう。アレウリス・ノールードである自分ではなく『白のアリス』の自分を自己だと思い込んでしまう。

 これ以上、記憶の海を泳いではならない。いいや、泳いでもいいが『白のアリス』の経験を自分自身の物だと思わないように努めなければならない。

「正直、もう一人の自分の人生なんてどうだっていいからな」

 共感はする。辛いことも分かる。

 けれどこれは、もう一人の自分とはいえ結局のところ自分ではない他人の人生だ。

「そうだ、僕は僕の人生の痛みだけを思い出すだけでいい」

 自分自身に言い聞かせる。そうすることで自我だけは手放さずに済む。産まれ直して、この世界で生きてきた痛みを忘れなければアレウリス・ノールードとしての意識は確立できるはずだ。


 こんなところでは止まれない。止まれないからこそ、目覚めなければならない。



「白、赤、黄、青……? これって四大血統の『衣』の色じゃ?」

「偶然の一致とは思えないよねぇ。昔は『衣』の色で厳選でもしていたんじゃないかな。でも、花言葉と『衣』に込められた力の意味は違うから」

 アベリアは依頼書を読みながらクラリエの説明を受ける。

「ユニコーンは確認されていまして?」

「されてない。って言うか、もう絶滅したんじゃないかな。だからアベリアちゃんが一緒でも大丈夫」

「……え、いや、その、突然そういうこと言うのやめてほしい」

 一角獣は純潔の女性を前にすると大人しくなり、そうでない女性に対して敵意を持つ。もし純潔の女性である風に装って近付けば激怒して角で突き殺す。神々しさから聖獣としての扱いも受けている珍しい魔物である。要はヴォーパルバニーと同等の特異性を持っているのだ。

 もしユニコーンがいた場合、アレウスと肌を重ねたアベリアがいるとこの依頼は達成困難になる。だからこそクルタニカは事前に聞いておきたかったのだろう。

「それ以上はアベリアさんへのセクハラとみなしますからお気を付けください。とはいえ、気掛かりであるのもまた確か。クラリエさんの言う通り、ギルドの方ではユニコーンを今のところは確認できておりません」

 困り果てているアベリアにリスティが助け舟を出す。

「簡単な依頼だけって言ったのに……」

「簡単な依頼でしてよ? わたくしたち女性にとっては」

「これじゃヴェインやガラハ、ジュリアンとの連携が取れない」

「まずはわたくしたちの連携を密にすべきですわ。この依頼ののち、もう一つの依頼でお三方との連携を高めましてよ」

 クルタニカがそこで喉の調子を整える。

「わたくしが思うに、このパーティ編成は極めて偏りが激しいんでしてよ」

「ガラハだけだからね。あたしやアレウス君、ノックスちゃんを回避主体の前衛とみなすなら四人だけど」

「それでもバランスの悪さが目立ちますわ。中衛にヴェインを配し、後衛にわたくしとアベリアとジュリアン。けれど時と場合によってジュリアンとヴェインはパーティ編成に入らない上に、わたくしも都合によって外れる場合もありましてよ」

「魔法が圧倒的に足りないねぇ。あたしが呪言と『衣』の魔力主体に立ち回るのは強敵相手だけだし」

「後衛の頼りはアベリアだけでしてよ。でも、ここに一つ問題がありますわ。わたくしとアベリアは連携を取れていますが、明らかにアベリアとクラリエとノックスの間には連携の取れていない瞬間があるんでしてよ」

 そう指摘されて、三人で顔を見合わせる。

「言われてみれば魔法と一緒に突っ込むぐらいしかやってねぇな」

 ノックスは自身の立ち回りを省みて呟く。

「あたしも似たような感じかも」

「アベリアの放つ魔法の意図を読み、どう動いてほしいのかを察する。これが課題でしてよ」

「だったらあのドワーフも一緒じゃねぇと問題じゃね?」

「ガラハはあれで良い」

 彼女の疑問に対し、アベリアは雑に返す。

「あながち間違っていません。ガラハさんは魔力や魔法の意図を読むよりも戦いの流れを読むことに集中しています。敵の魔法か味方の魔法かの区別が付けば、彼はそれだけで大体なんとかなります」

 リスティが代わりに丁寧にノックスの疑問への返答を行う。

「それもこれも肉体の強靭さと忍耐力の高さによるものです。クラリエさんもノックスさんも受けはしてもどちらかと言えば回避してからの急所狙いの戦法を得意としていらっしゃいますよね? その場合、やはり魔法の意図を汲めないと立ち回りに不安定さが出てしまいます。たとえば、アベリアさんの補助魔法によって受けられる攻撃を受けずに避けてしまったり。無用な動作で体力の消耗だけでなく陣形に乱れが出てしまいます」

 クラリエとノックスが合わせて「あぁ」と納得の声を上げる。どこか思い当たる節があるらしい。

「だから、まずはアベリアの魔法に合わせる動きを学ぶべきなんでしてよ。だからこの百合園の依頼は適していましてよ」

「寒冷期に百合園なんてあんのか?」

「実際、あるから依頼が出ているんでしてよ。獣人はこれだからお頭がよろしくないんですわ」

「三歩で考えていたことを忘れる鳥頭がなんか言ってら」

 二人して極端な例を出して煽っている。アベリアとクラリエは小さく溜め息をつく。

「赤い月もそうですが、同様に百合園の発生時期は偏りこそありますが、(げい)(りょく)(らく)(かん)のどの時期でも見られています。そこに咲く四色の百合の花を回収するのがこの依頼ですね」

「男連中がこの依頼を忌避する理由は?」

「百合園は男性には見えないんです。あと、女性に手を引かれてもし入ることができたとしても百合の香りに頭をやられて幻覚を見るだけでなく魔物に食べられてしまいます。言い換えてしまえば百合園自体が魔物そのもので、百合園は女性以外を喰い殺すというわけです」

「ユニコーンにも引けを取らない化け物だな」

 ノックスはドン引きしながら言う。

「その性質からユニコーンが百合園に現れやすいとも言われています。この組み合わせで問題なのは百合園は女性であれば許しますが、ユニコーンは純潔でない女性に容赦しないのです」

「そもそもユニコーンは見た目で知性が高いように見えますが、その性格は獰猛。女性を前にするときだけ大人しくなる。そんな感じでしてよ」

「面倒臭さに面倒臭さが足されただけじゃねぇか」

「でも今回はギルドでも未確認だし、ユニコーン自体ここ数十年で見かけた冒険者はいないから、多分だけど大丈夫だよ」

 クラリエは陽気に言うがアベリアは一抹の不安がある。大体、こういうときは数十年に一度の事態が起きる。ずっとアレウスの傍にいたからこそ嫌な予感がするのだ。

「女だけで行けば百合園から襲われることもなく四色の百合の花を摘み取れるってことか。ん? なら百合園での戦闘はほぼ無いのか?」

「ええ、ですから連携を学ぶのはその道中です。百合園は共生関係なのか、ユニコーンが踏み荒らしているのかはともかくとして、その周辺に魔物を引き寄せます。そうして魔物たちに魔力を分け与えつつも自身を守らせるんです。そして、守ってもらった魔物たちを最終的に百合園が捕食するのですが、それでも数週間の内に枯れてしまいます。魔物ですので種も残しません。そしてこの魔物は次にどこで発生するかは全く不明なんです。傾向を読もうと研究者も力を入れていますが、発生時期がまばらですから記録を付けるのも一苦労なようで」

「でも百合園の百合を欲しがるなんて、酔狂な人」

 そう言うとクルタニカが驚いてこちらを見ていることに気付く。

「え、なに、なにか変なこと言った?」

「この四色の百合はマジックポーションの元になるんでしてよ。それも四色の百合から抽出して混ぜ合わせるとそれはもう物凄い量のマジックポーションが生成できるんでしてよ」

「物凄い量って?」

「数え切れないくらいですわ。でも、消費する冒険者の数によって数ヶ月、年単位になるかは変わってきましてよ」

「数ヶ月……年単位?!」

 アベリアはクルタニカに驚き返す。

「他にもマジックポーションの製法はありますが、これ以上の最高効率な素材はありません。百合園は冒険者の侵入を感知すると枯れるのが早まる性質があり、連続的に採取に向かわせても三回から五回までが限度。そしてこの依頼はアベリアさんたちが受けると三回目となります。それにしても……シンギングリン周りで百合園が出るのは何年振りですか?」

「二十年振りぐらいかなぁ」

「ワタシはこの街が二十年前にもあったことに驚きだよ」

「もっと前からあるよ。あたしが身を寄せた頃からだもん」

 獣人も相応に寿命が長いがエルフ換算ではやや劣る。その事実をノックスはクラリエの言葉から学び、呆けている。

「出発は明日でしてよ。あと、頼もしい助っ人もいるから安心するんでしてよ」

 カーネリアンのことだろう。アベリアは雰囲気でそう察する。

「今回の依頼において、アベリアさんには攻撃魔法を制限してもらいます。回復魔法と補助魔法だけで対応してください」

「え……?」

「火属性の魔法は百合園が最も嫌います。火の燻りを感じれば、百合園は自らの花をすぐにでも枯らしてしまうでしょう。『原初の劫火』を用いることも禁じます」

「……分かりました」

 思わぬ制限だが受け入れる。クルタニカは承知の上でこの依頼を選んだ。その意図はアベリアが状況に合わせて補助魔法を用いる勘を鍛えること。そして前衛はアベリアの用いた補助魔法の意図とタイミングを汲み取って立ち回る力を付けること。

 なにより『原初の劫火』に頼らないこと。膨大な魔力を適切に管理し、適切に用いる。魔力管理を鍛えられれば自ずと『原初の劫火』の火力管理に繋がる。

「百合園は魔力の残滓の結晶みたいな魔物。なので自然と魔物が引き寄せられるわけですが、物珍しい魔物が見られます。ユニコーンがその最たる例となります。なので決して気を抜くことはないようにしてください」

 そして、あまりゆっくりしていると百合園は枯れてしまう。あと一、二回の採取を確実に行うためにも出発は早い方がいいだろう。


「そういえばなんですけど、ヴェインとガラハはギルドに来ましたか?」

 ふと思い出す。ガラハは早い内に家を出たはずだが、その後に帰宅した様子はない。そうなるとヴェインと二人でどこかに出かけたと考えるべきだ。ひょっとするとクルタニカが考えたようにアレウス抜きで軽い依頼をこなしているのかもしれない。ならば一応ではあれ所在は知っておきたい。

「ジュリアンさんを連れて鉱山に」

 リスティは言い辛そうにアベリアに伝える。

「鉱山? あいつら冒険者よりも辛そうな肉体労働を?」

「それもジュリアン君も一緒になんてねぇ」

「いえ、ミスリルの採掘です。とはいえ、ほとんど採掘業務と変わらないんですが」

「あー……」

 なるほどとアベリアは合点が行く。

 ミスリル製の武器や防具は鉄製よりも強固となる。戦争では武器としての使用を制限されているが冒険者はその限りではない。ガラハの三日月斧はミスリル製であったはずだ。

「ミスリル鉱石はエルフのエンチャントに最適とされています。これ以上の強度の武器となりますとエンチャントの強度も高めなければならないのでエルフの負担が大きいんですよ」

「武器の更新かなぁ?」

「三人とも特に更新の予定はないと仰っていましたが」

「なにか怪しいんでしてよ」

「怪しくはないと思うけど」

 クルタニカの的外れな意見にアベリアは小さく言葉で刺す。


「今、私たちはリスティさんも含めて二度目の学びの段階が来ているんだと思う。みんながみんな、新しくなにか出来ることはないかと模索している。だから三人のやりたいことを特に気にしなくていい。それは将来的に私たちの力になってくれるから」


「だねぇ。んじゃ、あたしたちもしっかりと学ぼうか。それが将来的に三人の力になるはずなんだから」

 話は纏まって、各々が支度のために席を立つ。


 振り返ると、そこにはニンファンが立っており、そのギョロ目で見つめられていた。アベリアはガラにもなく大声を上げ、尻餅をついた。


「申し訳ぇ、ございませぇんでしたぁ」

「え、あ、え……え、え?」

 言葉が声にならない。アベリアは彼女にどうして謝られているのかが考えられない。今、この瞬間のことで謝られているのでは恐らくない。

「無理して表に出なくてもいいんですよ、ニンファン?」

 リスティがアベリアの傍に駆け寄る。

「直接、謝罪がしたくてぇ~」

 彼女はそう答えてアベリアの前でうずくまる。

「……アレウリスさんがぁ、死んでしまったのうぁ~……うぁたくしのせいですからぁ~……申し訳ぇ、ありませんでしたぁ」

「それは違う」

 アベリアは首を横に振る。

「違いぃませんん~、あんな風に分散されたのでうぁ~パーティとして戦えませんからぁ~」

「あれはニンファンの指示ではなかったでしょう?」

「でもぉ~うぁたくしがぁ~もっと早くにぃ、あの場にいられたならぁ、こんなことにうぁ~」

 リスティに慰められてもニンファンは落ち着けていない。

「それにぃ~采配後にぃ……死んだとなればぁ、うぁたくしのぉ~情報共有がぁ過剰だったということですからぁ~」


 責任を負っている。仮のギルドマスターの指示出しも自身の落ち度だと思っている。


「あなたがギルドや冒険者のことを大切に思っていることがよく分かりました」

 アベリアは答えつつ立ち上がる。

「でも、アレウスの死はあなたや担当者のリスティさんのせいではありません。そう、パーティにおける責任は常にリーダーとそれを支えるメンバーにあります。パーティリーダーが死んだのなら、パーティ全体の大きなミスで全員が負うべき責任。あなたが来てくれたから私たちは一ヶ所に集まることができた。でも、その采配に私たちは応えられなかった。あなたの期待に応えられるだけの力量をまだ持っていなかった。私たちは異界獣を討伐していても、まだまだ……足りなかった」

 だから、とアベリアは続ける。

「次にまたあなたの力を借りることになった際には今度こそ期待に応えられるように努力します。ニンファンベラさんに頼られるようなパーティにちゃんと成長します。なのでどうか見ていてください。私たちはまだ越えるべき壁があり、その壁を越える気でいますから」

 そのように言うとニンファンは「うぁー」と声を発しつつ曲げていた足を伸ばして立ち上がる。

「うぁたしもあなた方に信頼されるようにぃ、仕事に努めますぅ。お互いにぃ、頑張りましょぉ~」

 なんとも力の入らない声ではあったが、アベリアが肯いたことに満足しニンファンがユラユラと揺れながらギルドの奥へと向かって歩いていく。

「あんなに他人に印象付けられたくない上に憶えられたくなかったニンファンがわざわざ謝りに来るなんて思いませんでした。私たちと同じように彼女も学び直し、変わろうとしているのかもしれません」

 まだまだ支えなければなりませんが、とリスティは最後に付け足す。

「ワタシはあの女の仕事振りを知らない」

「私もギルドのお世話にはなっていたけど分からない」

「だから、これからすげぇって思うようになるんだろうな。ワタシは楽しみだよ」

「そのときはアレウスと一緒に仕事振りに驚きたいかな」

 ノックスと話し、互いに顔を見合わせて笑みを交わす。


「それにしてもアベリアもあんな声が出るんですわね?」

「あとノックスちゃんも声を上げはしなかったけどすんごい剣幕で身構えていたよ。面白かったなぁ」


 そのようにからかわれながらも嫌な気はせず、アベリアはノックスと屈託なく笑った。

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