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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第14章 前編 -国外し-】
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頼りすぎた


 頭の中で声が響く。産まれてから今までのありとあらゆる自分自身の発言が、周囲から向けられた声の一つ一つが脳内で反響し、延々と、延々と響き続ける。忘れたい失言も、傷付けられた一言も、撤回することのできない発言も、自分自身の幼さが引き起こしたありとあらゆる出来事も、ただひたすらに駆け巡る。

 瞼を開いている。空気を吸っている。しかしながら、自分自身が見ている景色はなく、過去に経験した景色が次から次へと視界を支配し、脳内を駆け巡る声が、今この場で自身に投げかけられている言葉の全てを薙ぎ払うように響き渡り、当時の景色をそのまま映し出す。

 普通に暮らしていた頃も、異端審問を受けた日も、拷問を受けた日も、異界に堕ちたその瞬間もなにもかも、臨場感なんてものではなく、当時に感じた絶望や痛みと共に体を満たす。これは記憶の追体験だとどんなに自分へ言い聞かせても、景色が掻き消えることもなければ声も聞こえなくなることもない。

 ただ延々と、絶望が、トラウマが、苦しみが、悪意を持って心を壊しに掛かっている。

 悪い想い出よりも良い想い出の方が沢山ある。だが、どれほどに良い想い出を追体験したところで悪い想い出が織り成す感情が全てを上回る。安らぎになどなりはしない。一瞬の内に明るくなった兆しを絶望が暗く染め上げてくる。

 終わらない。終われと願っても終わらない。そのときに感じていた全てを経験し尽くすまで、思考も心もなにもかもが言うことを聞かない。こんな状態ではまともではいられない。

 留まり続けたくない。だから体を動かそうとする。しかしベッドに両手両足を縛られているため、それすら叶わない。絶叫を上げ、記憶の絶望に抗う。しかしどれほどに吠えても、どれほどに泣き叫んでも、どれほどに咽び泣いても、記憶の絶望はただただ過去の現実を押し付けてくる。

『記憶の海を揺蕩うことすらできないとはな』

 淑女の短剣は一度握らされたが、すぐに手放された。自傷を防ぐためとは分かっているが、あのときに首を掻き切らなかったことを猛烈に後悔している。どこにそれらがあるかは分からないが、近くにはあるのだろう。だからこそ淑女の声は頭に響く。


 鮮烈に、

 苛烈に、

 激烈に、

 猛烈に、


 死にたい。

 死なせてほしい。

 死なせろ。

 殺してほしい。

 殺してくれ。

 殺せ。


 死を望む。こんなにも絶望に喘ぐことになるのなら、死んだ方がマシだと思うほどに。神経が焼き切れてしまいそうだ。脳の血管が切れてしまいそうだ。心臓を無理やり止めてしまいたくなる。


 唐突に嘔吐する。喉に吐瀉物が詰まらないようにすぐさま処置をされる。獣のように吠えて、獣のように叫ぶ。


 感情も肉体も暴走している。抑え込みたいのに抑え込めない。冷静ではいられないからこそ、狂気が満ちる。


 無意識に呼吸を止めていた。息を止めていれば、死ぬことができるのではないかという無意味な行為だ。当然のことながら精神が先に限界を迎えて呼吸を再開する。次に縛られている両手両足の拘束が解けないかと試す。当然のことながら解けることはない。『超越者』の力を解き放とうと何度も試みるが、これも全く効果がない。

 つまり僕は未だにアベリアと手を繋いで貸し与えられた力を充填できていない。そのように対処されているのだと分かっていても、口からは怒声を周囲へと吐き散らす。


 抑制できない感情。これほどまでに剥き出しの感情を出したのはいつ以来か。少なくともここ最近は――冒険者になってからはここまで暴れ散らしたことはない。


 段々と離人感が強まる。

 暴走する自分を、冷静に客観的に捉えている自己が現れ始める。感情を抑えられない自分を遠くで見ているような、俯瞰的な視線を持って、状況を整理している。


 それでも未だにどこに誰がいるかまでは分からない。見える景色はずっとずっと記憶の景色ばかりだ。


――あなたは私たちの宝よ、アレウリス……。


「母さん!!」

 初めて自覚できる言葉を吐き出す。そして同時に、そんな記憶が眠っていたのかという驚く冷静な自分もいる。


 最長で三年、最短で十二時間。十二時間で『衰弱』から回復したのはエルヴァである。可能ならば、彼を上回る速度での復帰を目指したいと『白のアリス』と記憶が混在している最中には思った。だが、そんな決意など一瞬で砕けた。早く過ぎ去ってほしいと願うが、そう願って回復できるのなら誰もこの苦しみを味わうことなどないのだ。


――ラタトスクは俺たちを迎え入れてくれた。だが、ここまでだ。

――そうね、私たちが犠牲になればこの村は再び穏やかな毎日を送ることができる。

――唯一の心残りは、アレウリス……。

――彼らも子供に手を出すことは決してないとは思うけれど。

――俺と君の子供だ。決して許しては、くれないだろう

――ああそんな…………これも、私たちの罪だというのかしら。


 こんな会話をアレウスは一体どこで聞いていたのか。記憶にない。しかしながら、耳に入れておきながらも覚えていなかっただけでロジックには刻まれていたことだったのかもしれない。


 自身の両親について知ること。それをアレウスは怖れていたし、判明することにも怯えにも似たものがあった。ラタトスクに足を運んだ際に自身の形跡が一つも残っていないことを寂しく悲しいと思いながらも、安心もしていた。

 怖れは自分自身の中にある。自分という存在の出生。それを知ることから逃げ続けている。『衰弱』による記憶の追体験は同時にアレウスが見ようとしなかった過去を強制的に見る時間を与えてくれている。頭がかち割れてしまいそうで発狂寸前でもありながら、初めて知る過去の記憶だけは意地でも忘れないように心掛ける。だが、『衰弱』から回復したときにこの記憶が果たして本当に忘れずに残っているかどうか。

 そんなことは記憶とトラウマの波濤にただ流され続けているだけのアレウスには分かるはずもなかった。



 魔物の周期を乗り切って掃討に移ったところでヴェインたちはリスティ共々、ニンファンからの許可を得て戦線から離脱した。全員が意気消沈する中、クルタニカは『聖骸』から復活するアレウスに向けての手はずを整え、アベリアが甦った彼を回収してからすぐにギルドが懇意とする病院へと送り届けた。その際にクルタニカはアベリアに手を握ることを禁じた。そうしなければ『超越者』の力を充填したアレウスが暴れてしまえば手に負えなくなるからだ。


 六時間ほど経過してからリスティたちは病院へと足を運んだ。しかし病室に入ることをクルタニカが許したのはヴェインのみで、リスティですら入ることはできなかった。今現在、記憶と戦っているアレウスの狂気の様を見せないようにするためだとは分かってはいても、甦ったアレウスの顔を一目でも良いから見たいというリスティの願いはもうしばらく叶いそうにはない。


「駄目だ、こっちの声は聞こえていないみたいだ」

 アレウスの病室から出てきたヴェインが廊下で待っていたアベリアたちに報告する。クルタニカ以外は分かりやすいほどに、そしてガラハですらも肩を落とす。

 廊下で待っていても聞こえていた絶叫と怒声。なにもかもがアレウスの喉から発せられているとは思いたくはないが、しかしそれが現実であることを受け止めなければならない。

「仕方がないんでしてよ。『衰弱』は甦った者に等しく与えられる状態異常。どれほどに鍛え上げられた精神力を持っていても、耐えられるものではありませんわ」

「死んで甦った者にしか分からない苦しみか」

 ノックスは尻尾と獣耳を垂らして、項垂れている。

「それでもアレウスさんなら、と思ってしまう程度には……期待してしまいましたね」

 執念で『衰弱』から即座に回復したエルヴァの例もあって、リスティもどこか同じようにアレウスに期待していた。しかしながら、思えば自身も同じように『衰弱』の苦しみを経験している。あんな記憶の追体験から誰もが十二時間や数日で回復できるものではない。

「ひとまずは皆さんお疲れさまでした。魔物からシンギングリンを守ってくださり感謝します」

 体裁を保つが、心はずっと揺れている。リスティはそれを気取られないように努める。

「パーティ活動は当面は難しいでしょう。ですので各々、休息期間としてください……などと、担当者らしいことを述べてはいますが実のところ私も冷静ではないことをお伝えしておきます」

「そんなこと言わなくても分かる」

 アベリアが悲壮な面持ちでありながらリスティをどうにか励まそうとしている。

「こんなことは言いたくないが……あの矢は防ぎようがなかった。白騎士はアレウスを殺して姿を消したが、再び(まみ)えることになったとき、どうやって倒せばいいのか。そしてまた矢を防げずに誰かが犠牲になるのではと思うと……少し、やるせない」

 弱音を吐くガラハの頭にスティンガーが乗って、励ますように頭を撫でている。

「どうして白騎士は姿を消したんでしょう? 僕は撤退する間もずっと、再びの襲撃があるだろうと思って怯えていたんです。でも、そんなことは起きなくて」

「それは、」

「使命を全うしたからだと思いますわ。白騎士にとって最初からアレウスを殺すことが使命だった。それを終えたから姿を消した。これが腑に落ちるわたくしの仮定でしてよ」

 リスティが伝えようとしたことをクルタニカが同じように伝える。

「あれは誰かからの命令を受けていた。初めにアレウスを狙ったことも偶然ではなく必然だった。わたくしたちは必然の事態を偶然と思い込んでしまった。どうしてそう思ってしまったのかと言うと……それは、ええと……」

 そこでクルタニカが言い淀む。


 悪役になりたくはないが、批難を浴びてでも言うことが担当者だろうとリスティは決断する。


「アレウスさんの推測が外れていました。担当者である私は白騎士によって繋がりを断たれていたので、現場にいた皆さんの言葉からしか言うことはできないのですが……アレウスさんの指示に落ち度があったのでしょう」

「どうしてそのように思うんですか?」

 一瞬だけヴェインはリスティに怖い顔を見せたが、その感情を抑え込んで訊ねてくる。

「私たちはアレウスさんの観察眼と洞察力に、なにより魔物の習性や特性を見抜くその思考力を信頼していた。その信頼が仇となりました。私たちは気付けば彼の観察眼と洞察力、そして思考力に頼って自分たちで魔物を見るということをしなくなってしまった。結果、彼の推測はさながら絶対であるかのように思い、初期の推測の落ち度に気付けないままに白騎士の矢が彼を襲うことになった」

「……一部、思うところもありますが返す言葉もありませんと言うしかないと俺も思います」

 怒りを消し去り、ヴェインは自身の不甲斐なさからか大きな溜め息をつく。

「絶対の信頼をしていました。アレウスはとにかく魔物を相手にしたときの勝負勘が凄まじいので、言ったことはほぼ真実に違いないと。アレウスの独断専行は、一人での行動は誰にも言ってはいないけれどきっと意味があるのだと勝手に決めて、勝手に信じてしまいました。思えばこれはかなり危ない思考です。アレウスの推測が外れれば、パーティとして瓦解する。それこそ今日のように一瞬で。そして俺はその危うさの中にありながらも、そのことに気付かないまま頼り切ってしまったんです。歪んでいたのに是正できなかった。サブリーダーとして申し訳が立たないとすら思ってしまいます。だってアレウスは呟いていたんです。『僕を狙っているのか?』と。俺はそれを、そんなことはないと返してしまった。きっとその返事が彼の推測に誤りを生じさせた。あの呟きへ俺はもっと考えて返事をするべきだった」

「私、アレウスは死なないと思ってた。あの一撃も私が『逃げて』って言ったから避け切るんだろうって考えちゃった。だからすぐ障壁を張り直すことすら、しなかった。あの矢の速さだから、間に合わなかったかもしれないけど」

「それを言ってしまえばあたしもだよ。アレウス君はなんか、寿命以外で死なないんだろうなって身勝手に考えてた。冒険者である以上、そんなことあるわけないのに。あたしは違う視点であのとき、あの戦いを見ているべきだったんだ」

「ワタシだってそうだ。傍にいれば矢を弾くことができたかもしれねぇ。実際、一度は弾いていたんだ。二度目だって不可能じゃねぇよ、きっと。なのに、踏み込み過ぎた。白騎士の動きを僅かでもいいから止めることに頭が一杯だった」

「僕が止めるのに夢中で前に出過ぎたんです。そのせいでノックスさんが対応に追われてしまった」

「オレは一撃で止めずに二撃、三撃と畳みかければよかった。弓を引くことすらさせないほどに」

「わらくしは情勢を眺めすぎていましたわ。それもこれも、暗号解読に意識が向いてしまっていたせいでしてよ。強敵を前にして、その場における情報以外なんて、集める必要なんてありもしませんのに」

「情報伝達を密にし過ぎた私の責任でもあります。あなた方は白騎士に集中してもらわなければならなかったのに、それ以外の情報も入れなければならないのではと意気込んでしまいました。肩の力を抜くことが、あのときの私にはできなかった」

 全員が全員、落ち度を語る。

「ふ、ふふふ」

 クルタニカが笑い出す。

「なんだかんだ戦いにおいて自由にしていながらもわたくしたちは自分自身の行動に落ち度があることを振り返り、そして反省できていましてよ。これが空気の悪いパーティだったなら責任を押し付け合いですわ。そうじゃなく、自分に責任があるから責めてくれと内心、全員が思っているのであれば……わたくしたちはまだ伸びしろがありましてよ」

「そうだな。完璧でなくても構わないが、完璧であろうとすることは正しい思考だとオレも思う。そして完璧じゃなかった点に反省することも悪くはない。そして、実力と実績を持つアレウスのことを信頼することも絶対に悪いとは思わない」

 悪いとすれば、とガラハは付け加えて続ける。

「向けていた信頼の分だけオレたちはアレウスに信頼を返してもらわなきゃならなかった。人と人との信頼じゃない。情報共有における信頼だ。俺たちも魔物について意見できるくらいには学ぶべきだった。持ち前の知識だけで満足し、知識欲を制御してしまったことが最大の悪い点なのだろう」

「ゴブリンたちも青銅製であったり鉄製の武器を持っていましたわ。魔物たちも変容しつつある中で、経験でしか語れないわたくしたちは次第と遅れを取るようになりましてよ。わたくしもまた魔物について再度勉強し直さなければなりませんわ」

「だね、アレウス君にとって負担の大きかった部分を軽減すること。それがあたしたちの課題だよ。もっと強くなること以上に、座学が足りてない。アベリアちゃんは出来ているかもだけど」

「……私も、最近は魔法の本ばかりに集中していて、魔物についてはアレウスに任せ切りだったから」

 アベリアは自身の両頬を両手で挟むようにして叩く。

「ちゃんと……ちゃんと勉強する。アレウスだって嫌々ながら『教会の祝福』を受けて、嫌々ながら『異端審問会』について調べてるんだもん。嫌だからって理由で、魔物について勉強するのから遠ざかっちゃ駄目なんだ」

「私も担当者としてしっかりと補佐できるように学び直しです。アレウスさんの推測が違うと思ったなら違うと思えるくらいに知識を身に付ける。それが私たちに足りないところで、アレウスさんに足りないのは戦い以外でももっと私たちを頼ること。それでよろしいですか?」

 全員が一応ながらに肯く。とりあえず、方針は定まった。

「それで、すぐにどうこう聞くのも空気が読めていないかもしれないのですが、私はニンファンに報告しなければならないので……その、白騎士とは一体どのような魔物だったのですか?」

 忍びなさを感じながら答える。

「一面を白い世界に変える」

「それは私も見ています。そして白い世界においては感知の技能と『接続』に関わる全ての魔法が通用しない」

 アベリアの返答にリスティは推論を伝える。全員がなにも言い返してこないため、恐らくはこの推論は当たっている。

「白い輪を空中に生じさせて、そこから直下の矢の雨が降ります。この矢は鎧や鉄製の武器を容易く貫通して肉体を射抜きます」

「矢の雨……ですか」

「いわば魔法陣です。魔法陣は地面に敷くものですが、白騎士の魔法陣は上空に描かれます。そしてそこから恐らく魔力で生成された矢が降るんです」

 ヴェインは周囲との思考の行き違いがないかを確かめるかのように全員の表情を読みながら言う。

「アレウス君は矢に接触した相手を白騎士が捕捉して、追い立てるって考えだったけど……最初からアレウス君を狙っていたなら、そこが間違っていたのかな」

「気配消しで捕捉されても逃げられるとも言っていたな。あれも間違いなのか?」

 クラリエとノックスが首を傾げながら呟く。

「所感は当たっているのだと思います。矢を受けた者を捕捉し、追い立てる。けれど、矢に頼らずとも追い立てる方法が白騎士にはあるのかもしれません」

 でなければ最初にアレウスと接触は難しいのではないだろうか。

「アレウスは獣剣技で矢を凌いで捕捉されたと言っていましてよ。矢で気力や魔力の持ち主を捕捉している点は間違っていないとわたくしは思いますわ」

「では、アレウスの見落としはどこにある?」

 ガラハはクルタニカに問い掛ける。

「白騎士は一人ではなく二人。白騎士だった鎧と白騎士を乗せていた馬です。矢による捕捉が鎧の方法で、矢による捕捉を必要としないのが馬だった……と考えるのはどうでして?」

「待ってください……二匹?」

 そこはリスティの知り得ない情報だ。

「白馬と鎧で二匹だったんです。そのどちらも白騎士と表現するのは難しいんですが、ガラハさんが鎧を仕留めたのちに白馬の方が半身半馬になってアレウスさんを」

 ジュリアンの説明を受けるが、理解は追い付かない。

「魔物が魔物を乗せる。この点はよく見受けられることですが、乗っていた魔物が倒れたのちに乗せていた魔物の方が変容するなど……終末個体でもなかったのでしょう?」

「はい。ただアレウスさんは言っていました。サジタリウスが世界に遺したもので、魔王の欠片だと」

「…………なるほど」

 リオンの爪、リブラの秤の剣、アクエリアスの水瓶。そしてサジタリウスの弓。

「異界獣が遺したものを二匹の魔物が奪い合い、どちらが所有者であるかを競い合っていた。ガラハさんが乗っていた魔物を倒したことで正式に所有権が白馬の魔物に移り、力を得たとするならば」

 アレウスを当初から捕捉し、殺そうと企てていたのは乗っていた魔物側ではなく白馬の魔物である。そう断言しても良かったが、推理が外れていると全員の思考を一方向に固めてしまうことになる。これらはアレウスが『衰弱』から回復してから話してもいいことだ。

「分かりました。ニンファンには教えられた通りに伝えます。逃げた、いえ、姿を消した理由に思い当たることはありますか?」

 一応ながらにリスティは問う。だが全員が首を横に振った。


 やはり白騎士が下がった理由には誰も行き着いていない。誰も思う部分すらない。それぐらい、白騎士が姿を消したことには道理が見当たらない。だとしたらやはりクルタニカが言っていたように誰かからの命令を受けていたという推理にリスティも同様に考えていたことから納得ができてしまう。

 では、誰が命令を出していたのか。誰が命令など出せるのか。赤騎士の件だけを考えるならば、やはり異界獣ということになるだろう。異界獣以外の命令を魔物が受けるとは思えないからだ。


「事後処理で、私たちも色々と調査を重ねます。では、アレウスさんをよろしくお願いします」

 リスティは心苦しく、更には留まり続けたいという意思を振り払って、アレウスをみんなに委ねてニンファンへと白騎士の情報を伝えるために病院をあとにした。


///


「それは本当か?」

「うん、この『眼』でハッキリと見てきたよ。シロノアも見てみる?」

 言いながら『魔眼収集家』は手の中に転がる眼球を見せる。

「いいや、お前が見たのならそれは即ち真実だ」

「あはっ、そうだよねそうだよね。ぼくが見ることに間違いはない。たとえぼくが狂っていたとしてもさぁ」

「皇帝が人造魔物を出してきたのなら、僕たちの全ては正当性を得られる」

「そんな風に言うんだ? 全部、シロノアが仕組んだことなのに」

「……全部ではないさ。『異端審問会』に魔物研究を続けさせるように進言させ続け、皇帝をその気にさせた。その企みの最初は俺かもしれないが、流れを生んだのは帝都に忍び込んでいる『異端審問会』の構成員のおかげだ」

「随分と殊勝なことを言うね。でもさでもさ、ここからはシロノアがやるんだろう?」

「やると言うよりは、俺の企み通りに事を進ませるだけだ」

「あっはっ、面白くなりそうだね! ぼくは今から興奮して夜も眠れないよ!」

「王国はしばらく『魂喰らい』に任せてしまってもいいだろう。俺たちは全国各地で噂話を流せばいい」

 シロノアは『魔眼収集家』を連れて歩き出す。

「さぁ、『国外し』を始めよう。これで帝国は滅ぶ」

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