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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第14章 前編 -国外し-】
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混在


 過去は現在の自分を形作る。けれど過去は現在の自分を傷付けることはない。

 現在は未来のための資産。けれど現在は未来にとっての停滞である。

 未来は過去を積み重ねて成立する。けれど未来は過去を消し去ることはできない。


「神藤が死んでも、なんにも変わらないんだな」

「……そりゃそうだろ」

「学校もいつも通りだし……生徒一人が死んだからって変化があるわけでもないんだな」

「全校集会はあっただろ。あとは保護者会。自殺じゃないから、大事にはならないだけで」

「人助けするために自分が死んだら意味なくね?」

「……いや、そんなことを言ったら」

 全ての人助けは無意味になってしまう。自分自身には関係ないからと切り捨ててしまえば、自分自身の命を守ることは確かにできる。


 だが、

 けれど、

 でも、

 人のために命を懸けることができるのは素晴らしいことと教えられてきた僕たちにとって、それは悪いことだ。


 人助けは素晴らしいのだと。困っている人を助けるのは素晴らしいのだと。それも子供や少年時代の善行は、どのような大人の偽善よりも素晴らしいのだと。

 大人のボランティアには見向きもしないのに、子供のボランティアにだけは強い評価を出す。慈善活動への従事は入試でも有利に働く。


 それは歪んでいるのではないだろうか。年齢に関係なく、全ての善行は正しく認められなければならないのではないか。


 だから僕たちは自分自身に言い聞かせ続ける。


 小さな命のために自分自身を投げ打った行為を、正しく素晴らしいことなのだと。決して愚かな行為ではなく、間違った行動でもなく、助けたかったと思う感情に嘘はないのだから。


「白野は死んだりすんなよ」

「お前もな」

 友達と冗談混じりに言いつつ、帰り道を歩く。

「神藤の分まで俺たちは長生きしなきゃな。んじゃ、また明日」

「ああ、また明日」

 友達と別れ、帰り道を歩く。


 僕のこの胸の中にあるモヤモヤはなんなのだろうか。世界への疑問か、それとも感情が納得していないのだろうか。

「分からない」

 よく分からない。

 人の死というものが、よく分からない。親類の葬式に出席したことはあるけれど、僕があんまり関わったことのない親戚の人だったから、イマイチどういうものだったのか分からなかった。お祖父ちゃんとお祖母ちゃんはまだ元気だし、それにお祖父ちゃん子でもお祖母ちゃん子でもないので、もしかしたら祖父母が亡くなることがあっても現実味を抱くことはないのではないだろうか。

 冷血漢なのだろうか、自分は。

「分からないんだよな……」

 世界は回っている。神藤が死んでも世界は当たり前のように回っている。お通夜には行ったけれど、やっぱりそれを現実として受け入れることができない自分がいた。


 あれは夢だったのではないだろうか。


 そんな風にすら思ってしまう。神藤はまだどこかで生きていて、実は全く知らない世界で暢気に生きている。あの曲がりに曲がった偏屈さで、斜に構えた態度のままで、変わらずに生きているのではないか。

 どういうわけか、そう思わずにはいられない。


 喪失感がない。


「…………僕は、なにを考えているんだ?」

 馬鹿げている。妄想と虚妄に囚われかけていた。

 ありはしないのだ。

 神藤は死んで、二度と僕の前には現れない。僕に声をかけてはこない。顔を見せには来ない。不機嫌そうに話しかけてはこない。


 見返りを求めた優しさに厳しい言葉を投げてくることは二度とない。


「あぁ……そんな、そんなの、嫌だ」

 そんな未来は考えられない。想像できない。


 喪失感がないのではない。未練があるのだ。


 未練があるから喪失を理解できない。未練があるから、妄想を描いて自我を守ろうとしている。

 現実を知れば受け入れられずに、狂ってしまいそうになるから。


「違う、違う違う違う。違うんだ、僕は……僕は」

 神藤のことが好きだったのだろう。

 好きだったし、それ以上の関係を思い描いていた。全ては妄想の中で完結し、妄想のままで終わる。そんな関係性を思い描いていたのだ。

 それが、彼女が死なないまま壊されるのならまだいい。きっと僕は彼女に物凄く辛辣な言葉を浴びせられて、辛くて辛くてあらゆる妄想をぶち壊されて、未練や後悔など残さないままに抱いていた恋心を捨てることができたのだから。

 けれど死んでいたのでは、この未練も妄想も後悔も残ったままだ。

 自我が、妄想を餌にして暴れたがっている。

 思い描いてきたあらゆる願望が壊されたことに、心が限界を迎えそうになっている。


 髪に触れたかった、頬に触れたかった、唇に触れたかった。




 服を脱がせたかったスカートを覗き込みたかった下着を眺めたかった産まれたままの姿を見たかった――




「違う、僕はそんな人間じゃない!」

 妄想の中でどれほどに彼女を乱暴に扱っただろうか。けれどそれらも、彼女が生きていたから抑えることができた。彼女が死んでしまっては、妄想を止める要因が一つも存在しなくなってしまう。

 苦しいのだろうか。いや、悦びが勝るのだろうか。意味が分からない。彼女は死んでいるのに悦びとは、一体どういうことなのか。

「そうじゃないそうじゃないそうじゃないそうじゃない!」

 暴走しかけた自己を抑え込み、冷静さを取り戻す。噴き出す汗が妙に邪魔臭い。


 ああ、本当の本当に、このままだと気が狂ってしまいそうだ。


 いつまでも自我を抑え込むことができるだろうか。抑え込むのではなく、感情を終わらせることができるだろうか。

 今日この日もいつかは過去になる。彼女の死も、未来には繋がらずに過去に置いていくことになる。


 だが過去が唐突に僕を痛めつけることは、本当にないと言い切れるだろうか。

 過去は自分を傷付けない。過去は過去で留まり続けているから、傷付くことはない。そんな風に思うことだってある。


 でも、

 けれど、

 今、この僕が苦しいと胸の中で叫び続けているこの感情は、この想いは、本当の本当に傷付けられていないと証明できるものだろうか。

 絶叫にも近い苦しみを、苦しい苦しいと訴えかけてくる心の声は、無視しても本当に構わないものなのだろうか。


 いいや違う。その言葉はただの誤魔化しだ。過去の出来事に耐えられるようになった未来の僕だ。今、このとき、この瞬間、この現在を生きている僕は苦しんでいて、過去から逃れられず殴られ続けている。

 未来の僕が耐えられても、今の僕は耐えられない。


「神藤が死ぬって分かっていたなら」

 僕が先に死にたかったよ。


 これはきっと生涯続く後悔だ。

 もしも、彼女が先に死ぬのだと分かっていたならば、

 僕はきっとそれよりも先に死んだだろう。

 でも、そんな予知なんて誰にもできるわけはなく、

 僕はまだこうして生きている。

「未練を残したまま、僕は生き続けることができるのか?」


 それは、僕自身にも分からない未来への問い掛けだった。





「僕……? なんだ? 僕は、誰の記憶にいる?」





 唐突な違和感に僕は呟く。

『これが貴様と同じ魂を持つ人間が持っている記憶だ』

「誰だ!?」

『我のことを手放していないが、魂は忘れかけているか。だがその混乱も甦りを果たせば次第に落ち着くもの。もう一人の貴様が生きていた世界の記憶だ。これ以上は、貴様のロジックを解読することはできなかったが』

「……そう、か。これが、『白のアリス』の記憶……か」

 僕――アレウリス・ノ―ルードとしての自我がハッキリとしてくる。

「死んだのか……『教会の祝福』を受けていて正解ではあったな。ただ……」

 死にたくはなかった。甦ることはできるが、仲間たちには迷惑を掛けることになる。

『甦ったあと、我や“曰く付き”の短剣をすぐに握れ。でなければ、我らはすぐに周囲の人間どもに危害を加える』

「それは、御免だな」

『だったら、すぐに死ぬな。もっと持ち主らしく生き延びろ。それが貴様の役目だろう、ご主人様?』

 普段使わない言葉で煽られる。

「その煽りに乗れる元気が、甦った僕にあればいいけどな」



「アレウスさんが、死んだ……?」

 リスティが眺める地図上にアレウスを示す光点はない。光点の消失は異界へ堕ちるときか、死んだときのみ。白い世界に包まれていてもこの光点を見ることはできていた。それが今は見ることができない。

 膝から崩れ落ち、視界がゆっくりと暗くなっていく。意識が飛びそうなほどの事実に打ちのめされて、思考と感情がグチャグチャに掻き乱される。

「もう……駄目……」

 白い世界は解けたが、このままでは魔物の群れどころか白騎士にシンギングリンを蹂躙される。アレウスという存在がいたからこそ、まだ希望があった。彼ならばどうにかしてくれる。そんな無茶な希望を抱いて、彼に押し付け、その結果がこうして悪い方向で返ってきた。

「他に……手立て、なんて……」

 喪失感が強すぎる。立ち上がる気力がない。


「立ってくださいぃ~」

 ニンファンがリスティの肩に手を置く。

「甦りますからぁ~」

 死の衝撃が強すぎて頭から抜け落ちていた事実を彼女が教えてくれる。


 アレウスは『教会の祝福』を受けている。あれほどに教会や神官を嫌っていた彼が、仲間のためにと自身の芯を捻じ曲げてまでその選択を取った。そのおかげで、今、この時に一筋の光明が見えた。

「……まだ、そう……まだ」

 足に力が入らないが、それでも地図を広げている机を支えに腕の力だけで無理やり立ち上がる。

「状況を教えてください」

 身近にいる担当者の情報を頼る。白い世界から解放されたということは、白騎士の冒険者と担当者の繋がりを断つ力からも解放されたということだ。


「白騎士と呼ばれる魔物が姿を消したそうです」

「なので現在は一般的な魔物たちの群れだけ」


 白騎士が下がった。知性的な魔物ならばあり得なくもない判断だが、アレウスを殺しておいて逃走を選択する理由がリスティには分からない。

「ありがとう」

 担当者にお礼を言って、それから自身も地図上に残されている他の光点に触れる。

「聞こえますか、ヴェインさん?」

『聞こえます』

 やはり返答があった。リスティの想像通り、もう白騎士に干渉されてはいない。

「アレウスさんの光点の消失がありました」

『ええ、白騎士に殺されました』

 リスティは心臓の鼓動が強まり、胸が痛くなる。深呼吸をして冷静を取り繕う。

「彼は『教会の祝福』を受けています。シンギングリンにおいて甦るはずです。白騎士は?」

『アレウスを殺して、満足したように北へと逃げました』

「他の担当者の方から聞いた通りですか……」

『あの、アベリアさんを防衛戦から離脱させてもよろしいですか?』

 ヴェインから提案を受ける。

『状況が状況で、彼女はまともに戦える状態にありません。無理に戦わせれば『原初の劫火』が暴走しかねないと俺は考えています』

「……構いません。一足早く、『聖骸』より甦るアレウスさんの迎えに行かせましょう」

『分かりました』

「他の方々は落ち着いていらっしゃいますか?」

『落ち着いてはいないですよ。落ち着いているようにみんな見せかけているだけです。とはいえ、アベリアさんほどの動揺を見せられたら自然とこっちは冷静にもなります。ああでもクルタニカさんは非常に落ち着いています』

「あなたは?」

『俺ですか? 俺は……以前よりアレウスにはサブリーダーを任されていたので、感情を抑え込めているだけです。もしも自由にさせてくれるのなら、この足でもってあの魔物を追いかけてやりたいくらいです』

 リーダーが死亡した際に残された仲間への指示出しを担うのがヴェインの役目だ。アレウスから事前にリスティも聞いていたので、最初に念話の相手として選んだのが彼である。

「いいですか? 無茶な戦闘は控えて、アレウスさんの装備を可能な限り回収して後退してください。後衛部隊まで下がったところで荷物を私が回収しますので、その後に防衛戦へと戻るかそのまま休むかを決めてください。最低でも彼の持つ武器だけは回収を。とにかくそこに残すと厄介な代物ですので」

『はい。自分の魔力で保護しつつ二本の短剣は回収します。クラリエさんやノックスさんもクルタニカの声で落ち着いてはきましたがどうにもこうにも戦えるかと言えばそうじゃないと思うので、回収した短剣はジュリアンに持たせて俺とガラハで後退まで前衛を張ります』

「ええ、お願いします」

 念話が切れる。

 大きく息を吐く。ひとまず、パーティが崩壊はせずに済みそうだ。その安堵が、体の震えに変わる。強い強い緊張感からの解放ではあるがどういうわけか体は震えたままだ。

「アレウリスは死んでも甦るが、この防衛戦に戻すのは不可能だ。こうなると残された冒険者たちの動揺をいかにして抑え、被害を最小限に留めるかになるが」

 アルフレッドが今にも倒れそうなリスティに声をかける。

「シンギングリンの冒険者は猛者揃いと聞いている。有名な冒険者が一人脱落した程度で総崩れになるほど弱くはない。むしろそれをバネとして奮い立てる者たちだ。だから当面の心配はアレウリスの残されたパーティが一時帰還を果たせるかどうかになるが」

「心配には及びません。クルタニカさんは仲間の死を何度も経験していらっしゃる熟練の冒険者。そして彼がサブリーダーを任せている方も、任されているからこそ感情に支配されずにいらっしゃいます」

「では一切の心配は無用と?」

「無用です」

 力強い返事を聞いてアルフレッドはそのことをニンファンへと囁くようにして伝える。



「防衛のラインをぉ~下げますぅ~」

「え、でも今のラインから下げるとシンギングリンにもっと魔物が近付くことになりますが」

「魔物の総数がぁ~判然としないのでぇ~、草むらの少ない街道にぃ~誘い出しますぅ~。数が把握できればぁ~冒険者の方々もぉ、体力管理が可能にぃなりますのでぇ~」

 素朴な担当者の疑問にニンファンはそう答える。

「確かに魔物の総数の把握は重要ですが……一つ間違えれば魔物が波のように押し寄せて、そのまま押し流されることになりますよ?」

 リスティは危険性について伝える。

「報告されている魔物わぁ~どれも平凡な魔物ばかりですぅ。オーガのぉ二本角が少しだけぇ心配ですがぁ~、集まった冒険者のランクとレベルを見るにぃ~、どれも問題わぁ~ありませんぅ~」

「白騎士だけが討伐困難だったんだな?」

「はいぃ~」

「だ、そうだ」

 アルフレッドはニンファンに確認を取り、そしてリスティへと顔を向ける。

「……分かりました。ニンファンがそのように判断したならそれが正しいでしょう」

「魔物の群れわぁ~街を包囲してはいなくてぇ~、一方向からのみ来ているようですのでぇ~上手く誘い込めばぁ~街道で一網打尽にできますからぁ~」

「悪知恵を働かせられるのがゴブリン以外にいませんからね。パザルネモレの亜人ほどの脅威はないでしょう。指示を取れる魔物がいないのなら誘い込みは難しくありません」

「一応、北だけでなく東西と南にそれぞれパーティを二組ほど回しますぅ~。もしも他方面からの襲撃であれば、そろそろ魔物も動き出すと思いますのでぇ~」

「同感です。鈍っていませんね……さすが」

 ギルドのありとあらゆる仕事を一人で担ってきたニンファンの言葉は強い。担当者たちから預かった冒険者名簿を見ての判断ならば尚更だ。力量を現場ではなく名簿で理解する。長年に渡って培われてきた勘はギルドから一時離れていただけならば鈍ることもない。ましてや今、彼女にはアルフレッドという支えてくれる人物がいる。気が大きくなっているかもしれないが、言葉に満ちる自信がリスティだけでなくこの場にいる全ての担当者とギルド関係者に安心感を与えてくる。

 白騎士という単純なる脅威がいなくなったのなら、それ以外は全て冒険者にとっては戦ったことのある魔物である。終末個体も一匹も報告には上がってきていない。


 ではなぜ、白騎士はアレウスを殺して逃げたのか。益々、謎が深まる。誰かに命じられて逃走したのか、それとも目的がそもそもアレウスを殺すことだったのか。もしも後者であったなら周期に白騎士は乗ってきたのではなく、周期を利用して最初からアレウスを殺すためだけにシンギングリンに赴いてきたことになる。

 即ち、白騎士は魔物でありながら誰かに支配されている。それが『異端審問会』によるものか、もっと別の誰かなのかまではリスティの考えは及ばない。ただし、確実に白騎士以外の誰かしらの意図的な物を感じざるを得ない。


「リスティさん!」

 空で燃え上がる法衣を解いて緩やかに着地し、アベリアはリスティの胸に飛び込んでくる。

「アレウスが……! アレウスがぁ~!!」

 限界が訪れたのか感情が崩壊し、腕の中で泣き始める。

「大丈夫、大丈夫です。アレウスさんは『教会の祝福』を受けてくださっています。ちゃんと、ちゃんと甦るはずです」

「でも『衰弱』が」

「彼の気力と根性を信じましょう。アベリアさんにできたことが、アレウスさんにできないと思いますか?」

「ううん……アレウスなら、アレウスなら!」

「そうでしょう? 私たちは信じて待つだけです」


「リオン討伐の立役者も、こうして見ると人間か」

 アルフレッドがボソリと呟く。

「俺は冒険者って連中はどいつもこいつも人間離れしていて、どんな無茶も、どんな死も受け入れる冷酷な連中だと考えていた。実際、魔物を狩る姿は恐怖すら覚えていたくらいだ。でも、アレウリスと話してみれば驚くほど人間らしく、それでいて年頃の男らしいことを語っていた。そして、その子も同じく感情的でとても人間らしい。俺は人と為りを見なければならないのに、必要のない先入観で冒険者を眺めていたらしい」

「どんな扱いを受けようとも冒険者は人のために戦い続けます。大切な人が住む村や街を守るために」

「……そうだな、そうか……そういうことか」

 呟きながらアルフレッドはニンファンの傍へと歩み寄る。


「アベリアさん? 『聖骸』の間へ。アレウスさんを迎えて、彼をまずは病院へと連れて行ってください」

「うん」

 ようやく泣きやんだアベリアが肯き、リスティの腕から離れて街の中央へと走り出す。

「……落ち着いて、大丈夫。大丈夫なんだから」

 自身に言い聞かせてリスティもまだ残っている仕事に戻る。

「上手く下がることはできているようですね、ヴェインさん?」

『ほとんどを他の冒険者に任せているんでどうにか。ガラハがアレウスの死体を取り敢えずは回収しています。魔物たちに、この死体が良くない影響を与えないとも限らないので』

「そうですね……『超越者』の死体をそのまま放置するのはやや危険だったかもしれません」

 アレウスだった死体の処理は魔物や動植物に任せてはならない。『超越者』だった死体を魔物が喰らえば、アベリアの魔力の残滓を与えられて生じた赤騎士のような存在がまた誕生するかもしれない。ヴェインの独断はリスティにとってはありがたい対応である。

「それでは私も後衛の冒険者たちが構えている場所まで行きますので、そこで落ち合いましょう」

『はい』

 リスティは立ち上がり、一応ながらに帯剣する。この短時間では鎧を着る暇がないことが残念である。自身が冒険者であったなら、どんなに急いでいても念には念を入れて鎧を着て、更には道具を持ち込むことさえするというのに。しかし、シンギングリン近郊を蠢く魔物たち程度に自身の命を取られるような不安は一切ないが。

「アレウスさんうぉ~回収するのならぁ~一緒にこちらうぉ~お渡しくださいぃ~」

 リスティはニンファンに小瓶を投げられ受け止める。

「これは?」

「魔物除けですぅ~、死体に振り撒いてくださいぃ。でないとぉ、掃討後に行う葬送までにぃ魔物や悪霊、そして悪魔がぁ死体に群がってくるのでぇ」

「助かります」

「皆さんもぉ、甦るとはいえ犠牲となった方々の死体には必ずこちらうぉ~お使いくださいぃ~」

 ニンファンは次から次へと鞄から小瓶を取り出し、担当者たちに配っていく。

「修道院で鞄になにを放り込んでいるかと思えば、そんなものを入れていたんだな」

「彼女は準備も怠りませんよ。ヘイロンの教えを胸に刻んでいますから」

「……そうか、だったら俺も少しはこの街に貢献することを考えなければならないのかもしれないな」

 なにかを決断したアルフレッドに多くを聞くことはせず、リスティは北の門から外に出て、後衛の待機地点まで駆け出した。

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