白騎士征伐
*
アレウスが仲間との合流を考え、まずはガラハとノックスを探していると聞こえていた讃美歌に異変が生じる。これまでは綺麗な合唱が成されていたが、その合唱を維持しつつも不可思議な声音が混じっている。音節になにかを足しているのだろうか。だがその声音の意味がアレウスには分からない。讃美歌は常に聞こえていて、そちら側に襲撃されているような雰囲気も感じ取れない。そもそも襲撃されていれば歌えないはずだ。
「見っつけましてよー!」
空からクルタニカが大声を上げながら降ってきた。アレウスの目の前で風の加護を受けて落下の勢いを相殺させ、華麗に着地する。
「気配消しを使っていて見つけるのに苦労したんでしてよ」
「なんで僕の場所……いや、それよりギルドマスターの命令に歯向かったら、」
「そのギルドマスター――あの仮でしかない男の命令は聞かなくて良くなったんでしてよ。今、担当者たちを統べているのはニンファンでしてよ。そしてニンファンを支えているのはアルフレッドさんでしてよ」
「修道院でジッとしていろと言ったのに」
「けれど、ニンファンたちのおかげでわたくしたちはパーティとして動けましてよ。あの讃美歌に、そして修道院出身の僧侶たちの手旗信号によって、わたくしはアレウスの居場所を掴めました」
そう言いつつクルタニカが後ろを振り返る。
「先を越されてしまいましたね」
「空を飛べるんだ、仕方がないさ」
ジュリアンとヴェインがそう言いながらアレウスを見やる。
「俺たちは別に修道院出身でもなんでもないが」
「シンギングリンの修道院や教会には何度か出入りしているので、讃美歌の暗号と手旗信号には気付けます」
「……パザルネモレを襲った赤い騎士と同格の魔物が蠢いている」
アレウスはどれほどの感謝を言葉にして紡ぎ出そうかと思案したが、それらはシンギングリンを守れてからでも遅くないと判断して、三人に自身に襲いかかってきた白騎士について伝える。
「白い馬に白い鎧、頭に王冠を被り手には弓を握っている。そしてその矢は容易く盾や鎧を貫通する。奴が起こした空の魔法陣が僕たちと担当者との間にある魔法での伝達に阻害させている。あとは感知系の技能が封じられている。でも気配消しは有効だった」
「わたくしが空を飛んでいるときには襲われませんでしてよ」
「多分……いや、恐らくだけど矢が当たった相手しか白騎士は捕捉できない。僕は獣剣技で防いだから、気力の流れから僕という本体に辿り着いたんだと思う」
「なら、矢を射掛けられることさえなければ、」
クルタニカが話している最中に頭上に新たな白い輪が生じる。先ほど展開されたもののように魔法陣が描き出される気配はない。
「急いでこの場所から逃げるんだ!」
だが、アレウスはこの白い輪の中から生まれ落ちる直下の矢の雨を目撃しており、自身もそれを浴びかけた経験から即座に指示を出す。
「わたくしがアベリアたちを集めるんでしてよ。アレウスの場所は手旗信号でリスティからわたくしに伝わりましてよ」
「頼む」
そこで会話は一旦切って、クルタニカは斜め上空へと飛翔しながら白い輪から逃れ、アレウスはジュリアンとヴェインを伴って彼女とは逆の方向へと駆け出す。
矢の雨は降り注ぐも、紙一重で範囲から逃れることができた。今回は獣剣技も使わずに済んだが、一度捕捉された場合どこまで捕捉され続けるのか判断できないために気配消しは続ける。ただし、この気配消しは無意識でも発動できるほどに弱いものだ。ヴェインやジュリアンがアレウスの姿を見失うことすらない。先ほど一人切りのときに少しずつ気配消しの強度を下げていたのだが、これほど弱くても白騎士からの捕捉からは逃れられている。即ち、白騎士は極めて気配感知の能力に乏しい。
白い輪を空に描き、直下の矢の雨を降らせる。この行程を挟まなければ白騎士はこちらを捕捉できない。逆にこの行程によって捕捉された場合は――
轟音が突き抜ける。ジュリアンが反射的に瞼を閉じ、耳を塞いでしまうほどの音圧であったが、アレウスたち目掛けて矢が放たれたのではなく、矢の雨に捕捉された冒険者が標的にされてしまったようだ。
「僕を探しているのか?」
アレウスと間違われたのでは、という感情が一瞬よぎる。
「違うさ、冒険者なら誰でもいいんだ。俺はそういう暴力に感じた」
「僕も同感です。アレウスさんは白騎士を撒いたのでしょう? だったら白騎士はそのときにアレウスさんを見失った場所全体に矢の雨をひたすら降らせればよかっただけです。極上の獲物を見失ったから今はとにかく罠に掛かった獲物から狩っている。そういう風に思えます」
ジュリアンの言うように、岩の陰に隠れた時点で白騎士がアレウスを見失ったのならば、その周辺一帯を集中的にひたすら矢の雨を降らせればよかった。それだけでアレウスは段々と追い詰められていき、最終的には気配消しを解かなければならなくなっていただろう。偶然、最初に個体として捕捉されたのがアレウスだった。今は見失っているから、見えている獲物から狩っている。そのように考えるのは難しくない。
「アレウス、俺たちに分かる程度の気配消しはこのあとも続けてくれ」
「分かっているよ」
「とにかくいつでも動けるように備えましょう。空にまた白い輪が現れたら、その範囲から逃れるために走らなきゃなりませんから」
であれば、逃げる方向も決めてしまった方がいいだろう。岩場などに逃げようものなら簡単に足を取られてしまう。そんな場所よりも逃げやすい平原、平野部を目指すべきだ。
「見晴らしが良い場所……というのは、どうなんでしょう? その白騎士とやらの性質はアレウスさんの仮定であって、事実と異なるかもしれません。そうした場合、白騎士にとって逃げも隠れもできない場所へと自ら飛び込むことになるのでは?」
そう言われ、アレウスは奔り出そうとしていた足をかなり強引に止める。
「一理ある」
ジュリアンの言っていることは正しい。平野や平原に逃げることは自ら的になりに行くことに等しい。白騎士が矢を浴びた者以外も捕捉する――単純に視覚を持っている場合、問答無用で射抜かれてしまう。
「矢を魔力の障壁で防ぐのも駄目なのかい?」
「駄目だと思う。僕の獣剣技で気取られてしまったから」
矢を浴びた魔力の源流を追い掛けて、捕捉されてしまうだろう。
「うーん、そうなると見晴らしの良い場所に逃げるのはかなり危険か」
アレウスの言葉を聞いてヴェインも頭を悩ませている。
「かと言って、留まり続けるのも危険だし……アレウスに判断を委ねるのは思考放棄だし」
「いや……僕が決める。でも、僕が決めたことで事態が悪くなっても、」
「恨みませんよ」
「ああ、そんなこと思うわけがない」
全て言う前に二人の同意を得られる。
「……やっぱり逃げやすいところには出よう。正直、矢で捕捉する以外に僕たちを視認して攻撃できるかどうかは知っておきたい。そこが抜け落ちていると、パーティとして集結したあとに攻めたとき、思わぬ一撃を受けることになってしまう」
「矢さえ受けなければ問題ないと高を括れば、死に直結します」
ジュリアンの言葉に肯き、アレウスは空を見て再び白い輪が生じていることを知る。
「これ、さっきから僕たちを追尾しているように輪っかが出てくるんだけど、気力や魔力を標的としているからだと思う」
言いつつアレウスは走り出し、二人があとに続く。直下の矢の雨から再び逃れる。そもそも、これ自体は虚を突かれることさえなければ雨雲から逃れることよりも容易い。白い輪っかが指定する範囲自体は見た目よりもずっと狭いのだ。
「だから視覚がどうこうじゃなく魔力や気力に対して無作為に攻撃を行っているんだろう」
「矢が命中した冒険者にマーキングして、存在にではなく標的とした魔力や気力目掛けて攻撃しているんですか? なら一種の捕捉系統の魔法に該当するかもしれません」
「そしてそれは気配を消すだけで解除できる」
淑女の短剣は白騎士を認識していたが、白騎士は淑女の短剣そのものを認識できていなかった。武器が帯びている気配や潜んでいる存在を白騎士は辿れない。辿れるのはあくまで矢の雨を当てた気力や魔力の持ち主。“群鳥”の件から肉体に命中しているか否かは問題ではない。
「まだ視覚を持っているかどうなのかは確かめ切れてはいないけど、アレウスのおかげで魔物の性質が分かってきたね」
「いいや、クルタニカや二人のおかげだ
「今のところ、僕たちはなんにもしていないですけど」
「冷静さを取り戻すには十分だったよ」
すぐにアレウスの元へと駆け付けてくれたからこそ、一人ではなくパーティで立ち向かう覚悟をしっかりと固めることができた。
平野部で様子を窺っていると、草木で身を隠していたゴブリンたちが一斉にアレウスたちへと向かってくる。
「感知の技能が使えないと、こういうことになる」
アレウスは竜の短剣を引き抜き、ゴブリンが振るってきた剣を弾く。
「“束縛せよ”」
ジュリアンの杖から伸びる魔力の糸がゴブリンに繋がり、その動きを拘束する。ヴェインがすぐさま駆け寄り、動けなくなった魔物の頭部を鉄棍て打ち抜く。続けざまに襲ってくる大量のゴブリンを三人で次から次へと倒しつつ、ただし白い輪が発生には常に気を配る。
複雑なことではない。これまでのことを考えれば、ゴブリン程度で思考を乱されることはジュリアンですら絶対にない。そのままアレウスは短剣を振るい続け、三人でゴブリンの群れを一掃する。
「前より良く動けているよ」
「本当ですか? ありがとうございます」
ヴェインに褒められてジュリアンが嬉しそうに答える。続いてアレウスの感想を求めているのが顔を見れば分かる。彼の生き様は純粋無垢とは程遠いが、まだ子供のあどけなさが残っているのと、その顔の良さが見ていてなにかを言わざるを得ないような強迫性を抱いている。魔性の女――ではないが魔性の男にならないか心配である。
「実践慣れしてきたな」
だが、出来ていることを褒めなければ芽は育たない。先達者は経験や知恵を授けるのみではなく、正しく褒めることもまた大切である。それをアレウスはルーファスから学んでいる。
「ありがとうございます!」
更に嬉しそうにお礼を言って、彼の杖を握る手から震えが取れた。ある種の緊張があったのかもしれないが、今の戦いで拭い去れたらしい。
「もうさ、どこになんの魔物がいるのか分からなくて困り果てているんだけど」
クラリエの声がして、彼女の姿は景色の中から現れる。
「気配さえ消していれば、ともかくもあの矢からは逃れられる感じ?」
「鎧を布切れのように簡単に貫いていたぞ。あんなのワタシたちはどうにでもなるけど、ドワーフはどうだか」
ノックスも疾走を終えて、一息を入れる。
「だよねぇ、ガラハが無事かどうか」
「ドワーフがなんだ?」
「「うわぁっ!?」」
平野の背の高い草木に身を伏せていたガラハが起き上がって、二人が大声を上げて驚く。
「近くにいたなら声をかけてくれ」
アレウスは呆れつつガラハに言う。
「声を出していいものかどうかの判断ができなかった。気配で気付いてもらえるかと思ったが……そうか、感知の技能が封じられているのか」
妖精がアレウスの周りを飛んでからガラハの元へと戻る。
「讃美歌に暗号が含まれていることをスティンガーが気付いたんだ。そこからはなんにも教えてくれなかったが、ここに着いてからはずっと身を伏せていた」
「あたしたちはクルタニカにこの見晴らしの良い場所に行けって言われたんだよねぇ」
「平野でお前たちは目立つから感知に頼らずにすぐに見つけられた」
「違うよねぇ? 見つけるの苦労しそうだからアレウスの臭いを辿ったんだよねぇ?」
「なっ?! それは言うなって言っただろ!」
「えーなんで言っちゃ駄目なのかなぁ?」
ノックスをからかうクラリエ。その二人に対して面倒臭そうにガラハが溜め息をつく。いつものやり取りをしている仲間を見ることは安心に繋がる。こんな戦いのど真ん中でも、彼女たちは冷静であるようだ。
「アレウスー!」
そして空からアベリアが声を発しながら降りてきて、クルタニカも戻ってきた。
「これで全員集合でしてよ」
「ああ、ありがとう」
アベリアと手を繋ぎ、尽きかけていた貸し与えられていた力を充填する。
「思ったより早く集まれたな」
「リスティと協力してのニンファンの暗号が的確でしてよ。ガラハ以外、全員が暗号の通りの場所にいましたわ」
クルタニカは風を纏い直す。
「彼女の案によるとわたくしたちが魔物討伐の核になりましてよ。あの矢の雨の主を狩ることを託されていますわ。そのために複数のパーティに協力も得ているはずです」
「矢の雨……さっきからずっと、冒険者を狙い続けている?」
アレウスに確認を求めてくるアベリアに肯く。
「あれは白馬に乗った白騎士が放っている。矢が命中した対象を捕捉して、衝撃波で大地を抉るほどの速度の矢を放つ。でも、マーキングは気配消しで解ける。目が見えているのかどうかはまだ分からない」
「つまりあたしやノックス、アレウス君で攪乱できるの?」
「解けるって言っても、気配消しを低難度の気配消しを続けていたら捕捉されないってだけだ。完全に気配消しを解くとどうなるかはまだ確かめていないのと、確かめるのは危険だからやってない」
「無意識に、呼吸をするように気配を消せってことだろ? 益々、ワタシたちしか攪乱はできそうにねぇな」
「視覚を持っているのかどうかは攪乱してくれればオレが近付いてみよう」
「危険過ぎないかい?」
「安心してくれ。ただ射抜かれるような馬鹿な接近はしない」
ヴェインの心配に対してガラハがそれは無用であることを伝える。
「もしもの場合は僕が『束縛』の魔法で白騎士を止めます。通じるかどうかは、不確定ですけど……」
「頼もしいな、安心できる」
自信なさげに言うジュリアンにガラハが優しく返事をした。
「最悪、わたくしとアベリアが障壁を張りましてよ」
「その場合、私たちが攪乱の役目も担うことになるけど」
「そうなったら僕たちが短期決戦に持ち込む」
作戦を練り、その次を練り、更にその次を用意する。ここまで出来るのがパーティの強みだ。失敗を予測しておくことで不測の事態を可能な限りなくす。それで失敗が起こっても、咄嗟に仲間を信じて動くことができる。
命を預けられる。そんな仲間がアレウスの周りにはいる。
アレウスの一呼吸が仲間への合図となり、その一歩が攻撃を仕掛ける狼煙となる。平野を駆け抜け、まずは他の冒険者と共に周期でシンギングリンへと攻め寄せている魔物たちを討伐していく。手加減はしないが、貸し与えられた力を使うまでもない。ゴブリンとコボルトは卑しくガルムを駆り立ててくるが、鉄の牙に物怖じせずに仕留めていく。ガラハの斧がガルムを切り上げ、その死体をノックスが蹴り飛ばしてコボルトの群れへと送り、動じたその群れをクラリエが短刀で狩り切っていく。投げられる剣はアベリアの炎の障壁で遮り、クルタニカの氷のつぶてが正面のゴブリンたちを一掃する。
「大型の魔物が来ます!」
シンギングリンより送られる暗号の声音を聞き取ったジュリアンが注意喚起し、ゴブリンとコボルトの死体を蹴り上げながら鉄棍棒を携えたオークとオーガが複数現れる。
「二本角」
「オークは鼻を切って無力化して、オーガは畳みかける」
そうアレウスは指示を出す。
オークの咆哮がアベリアたちの声帯を麻痺させ、詠唱を中断させる。しかしアベリアとクルタニカは詠唱こそ中断されたが練られた魔力はそのまま維持する。
「“緩和せよ”」
すかさずヴェインが唱えた魔法によって、二人の声帯の麻痺を解き、詠唱を再開する。
「“赤星”」
「“氷界の天体”」
巨大な火球と氷塊が中空に発生し、落下と共に弾けて大量の火のつぶてと氷のつぶてが同時にオークとオーガへと降りかかる。大型の魔物の庇護下にいた複数匹の魔物たちはこの二つの魔法によって一掃される。
オークが火のつぶてを振り払ったところで、ノックスの骨の短剣が鼻を切り刻む。並行してクラリエもまた短刀でオークの鼻を切っていく。二人を潰そうとオーガが鉄棍棒を振り上げる。
「“束縛せよ”」
ヴェインの魔法で声帯の麻痺を解いてもらったジュリアンの詠唱によって生じた魔法の糸がオーガの体へと繋がり、たった一本の繋がりで拘束を完了する。
アレウスがオーガへとにじり寄り、淑女の短剣を真っ直ぐオーガの喉笛へと突き立てた。繊細な剣身をしているが、刺突に関しては竜の短剣を凌駕するほどの貫通能力を誇り、強靭な筋肉など物ともせずにオーガを絶命へと至らしめる。崩れ落ちる死骸から離れて、二本角のオーガを視界に収めつつ、クラリエとノックスと合わせて気配を消しながら周囲を走り回って攪乱する。
これは模擬戦闘だ。白騎士と相対したときに同じ戦法を取る気ではあるが、その前に全体の流れを確かめるためにオーガで試す。
即ち、ここで重要なのは攪乱している三人ではなく、オーガの後方より一気に迫るガラハの斧刃である。
オーガは振り返るも、ガラハの振り切りの方が一瞬早く、斧刃がその胸部から腹部にかけて縦に深く切り裂いた。血飛沫を浴びながらも斧を握る手は緩ませず、引き切ったときにはオーガは仰向けに倒れて動かなくなっていた。
「まだまだ来ましてよ。とはいえ、このままなら」
魔物の群れは未だ留まらない。だがオークとオーガを下したことで小型の魔物たちはアレウスたちを標的にすることを諦めて、他の冒険者たちへと狙いを変えていく。
「狙い通りに行きましたわ。魔物は本能的に敵わないと察した人間を狙うことはしませんわ」
「小型の魔物は他のパーティたちに任せて、僕たちは白騎士に集中できる」
白騎士との戦闘で避けたいのは小型の魔物や大型の魔物による横槍だ。それをオークやオーガを複数匹討伐したことで、魔物側から干渉させないように仕向けた。同胞を討たれたことで大型の魔物も一時的にアレウスたちを狙うことには慎重になる。再び狙われるまでにどうにかして白騎士を無力化させたい。
白い輪が空に生じる。
「これを受けるぞ」
仲間にそう言ってから淑女の短剣で空間を掻く。
「獣剣技、“群鳥”」
上空へと放たれる火花が鳥と化し、直下の矢の雨を代わりに浴びる。その間に矢の雨の範囲から逃れ、アレウスは自身が行っていた気配消しを解く。
再び自分自身だけを捕捉できる状態にした。これは初撃に限られるが矢の対象がアレウスだけに絞られた方が仲間たちが動きやすいと考えたためだ。
「勝利には犠牲が出る。犠牲のない勝利などない。ならば全ての勝利者は死体を踏みにじりながら頂点への道を歩んでいることになる」
白馬に乗った白騎士がアレウスの視認できる距離で矢をつがえている。ここから全速力で走っても、矢を撃たせることを妨害することはできそうにない。
「だが、敗者とは犠牲か? 死人は敗者か? 敗北が死であるのなら、勝利の傍にそもそも死体など転がってはいないのではないか?」
誰が答えるわけでもない問いかけを行いながら白騎士は弦を引き絞る。
「ならば敗北に価値はなく、勝利にこそ絶対の価値がある」
『二度目はないぞ?』
赤い淑女は協力を拒んでいる。
白騎士の弓より放たれる豪速の矢をアレウスとの間に生じた複数の炎の障壁と氷の障壁が阻害する。しかしそれらをまばたきする暇もないほどの一瞬で貫通し、間際に迫った矢をノックスが骨の短剣で真上へと弾き飛ばす。
「鳥を素手で捕まえるよりも容易かったな」
難しいことなどしていないとばかりに彼女は言い放ち、雲を突き抜けて遥か彼方で弾けた矢を見届ける。『本性化』によって毛は逆立ち、瞳は深い黒色に染まる。
「速ければ速いほど、ワタシたちは目ではなく本能で捉える」
「予想通りならこの状況で白騎士が捕捉できるのはアレウスとアベリア、わたくしとノックスでしてよ」
『冷獄の氷』を用い、クルタニカは氷の羽衣を纏う。それに続くようにアベリアも炎の法衣を纏い、冷気と炎熱が互いに干渉しつつも両立する範囲を形成する。
「人間ごときが戯れに振るっていい力などではない」
白騎士は呟きながら白馬を駆る。
「しかし、虚しい。そのような力はあっても、貴様たち人間どもに勝利など訪れはしないのだから。勝った者だけが力を持つことを許される。勝利だけが正しく、勝利だけが力あることの証明なのだから」




