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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第14章 前編 -国外し-】
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勝利の上に勝利を

 パーティとして戦えない以上、他の冒険者と足並みを揃えなければならない。いや、揃えることにも慎重にならなければならない。他の冒険者は仲間のカバーを頼ることができるが、アレウスたちはシンギングリンの北側にまばらに配置させられているため、互いに互いを気遣う動きは不可能だ。そうなると、ただのゴブリン一匹を仕留めることさえ手こずるかもしれない。

「個々が強いと認められたのはいいことだけどさ」

 呟きつつ、自分たちの評価がギルドにおいては高い位置にあることだけは喜んでおく。だが、この扱いはあまりにも理不尽だ。まさにガラハが言っていたように死ねと言われているようなものだ。仮のギルドマスターが心変わりを起こし、アレウスたちへの扱いを変えることを待つしかない。待たない限り、強気には出られない。周囲の期待通りの立ち回りはできない。


 異界ではないのだから、大胆に立ち回ればいい。甦ることができるのだから、戦いはもっと大雑把に行ってしまって構わない。そのように思うのは勝手だが、異界だろうと世界だろうとアレウスたちは命を懸けていることに変わりなく、命を預かり合う仲間との戦いを奪われている。これで消極的になるなという方が無理だ。


 角笛が鳴る。防衛側から奏でられた音色ではない。聞こえてきたのは北側――ここからでも強く感じ取ることのできる魔物の気配がする方だ。懐中時計で時刻が六時を回ったことを知る。薄明と共に、魔物たちが一斉に、波濤のように押し寄せる。


 迎え撃つための笛の音、そして戦太鼓が鳴り響く。合唱団による讃美歌で神を信仰する者たちの能力値が底上げされ、前衛職の冒険者が堰を切ったように押し寄せる魔物たちへと真正面からぶつかっていく。無論、アレウスもその中にはいるのだが非常に嫌な気配がある。ガルムは尖兵だとして、このあとにゴブリンやコボルトが続くのだろう。しかし、感知した気配にはそんな小型の魔物ではない、オークやオーガが発するものがある。今はまだ見えていないが、この侵攻において必ずいつかは姿を現す。束になって掛かれば倒すことはワケないが、数が問題だ。冒険者たちが束になるというのなら、魔物もまた束となって立ち向かう。それを証明するかのように無数の――個体として強者による縄張り争いを行うオークやオーガがどういうわけか信じられないほどの数で備えていることが、ただただ気配だけで察することができてしまう。

 この気配はアレウスに限らず、斥候系の技能を取得している冒険者の多くが感知しているもので、その場合によっては不要な感知が彼らの表情に幾分かの不安を、或いは振るう刃に迷いを生じさせている。


 なによりも問題なのが――


「どうしてゴブリンが鉄の剣を持っている!?」

 一人の冒険者が叫ぶ。ゴブリンたちの握る武器のどれもが青銅製であったり、鉄製なのだ。盾も粗悪な物ではなくやはり青銅製であったり鉄製である。なんならコボルトが飼い慣らしているガルムたちは噛み付く際の威力を高めるためなのか口元に鋭利な枷が嵌められている。この枷はガルムが口を開けば同じように開き、噛み付けば同じように閉じる。口に備えられた開閉が自由な小型のトラバサミはただ噛み付かれるよりも圧倒的な殺傷力を有し、なにより口元から枷が外れてもガルム自身は活動が可能という厄介さを秘めている。

 ただ雑に処理をすればいいのではない。ガルムは我先にと飛びかかって、自らの命と引き換えにしてでも噛み付いてこようとする。それは命じられたからでもあるが、周期独特の生存を省みない特攻によるものだ。そこに青銅製や鉄製の武器が加わるとなれば、もはや一人や二人で容易くガルムやゴブリン、コボルトを始末できる状況ではなくなる。

 なにより動揺が――ゴブリンたちが人間と同様に鉄を用いて、それを振り回していることが、前衛を一部崩壊させるのに十分足り得る状況を生み出す。なんなら放たれる鏃までもが鉄製だ。


 これは以前よりの不安要素だった。

 パザルネモレの亜人たちは人間の持っていた武器を強いから握っていたのではなく、しっかりと木製や石製よりもずっと頑丈であることを理解して武器として用いていたとするならば――と、そこまで考えて現実味がないために心の片隅に置いていた。だが、そこからヴァルゴに異界にオラセオを救出するため堕ちた際、その異界においても複数匹の魔物たちは鉄製の武器を握り締めていた。


 魔物は鉄を知った。あのときに抱いた仮説は仮説で終わらず、もはや現実となった。


 だが、立て直すのは難しくない。なぜなら仮説を立てていた冒険者はアレウスだけに留まらないからだ。パザルネモレの戦いに参加した者、或いは魔物の討伐依頼を受けたことのある者たちはほんの僅かな魔物の変化も見逃していない。だからこの混乱はシンギングリンの復興を待つばかりで本来の冒険者としての本質を見失っていた者たちの中でのみ引き起こされている。であれば、その者たちを守るように戦うだけだ。命を危険に晒す行為に他ならないが、状況を整理できていない冒険者たちが蹂躙される様をただ眺めることなどできない。

「怯えるな! 戦う相手はなにも変わっていない! 握り締めている武器が変わったところで、奴らの知能が発達しているわけでは決してない!」

 こんな味方の鼓舞も、アレウスらしくはないがしなければならない。


 そう、なにも変わってはいないのだ。武器が変わったところで、ゴブリンたちとの戦い方になにか大きな変化があるわけではない。姑息な手段でこちらに混乱を撒いてはきているが、純粋な魔物たちの能力が底上げされているわけでは決してなく、一匹ずつ対処していても、異界などで戦ったゴブリンに比べればずっとずっと弱い。要はシンギングリン近郊における新米冒険者でも処理しやすい魔物たちが握る武器を変えただけ。そんなものは亜人たちの不気味さに比べればずっとずっと無視できる問題だ。アレウスの声掛けによって困惑していた冒険者たちも少しずつ状況を飲み込み始め、またゴブリンたちを他の冒険者たちが冷静に討伐しているところから、武器だけが変わって魔物自体の力が変わっていないという事実を認識し、戦う気力を取り戻す。

 ガルムの猛攻も、そもそも噛まれなければいい。小型の魔物とは何度も何度も戦っている。魔物たちの統制の取れた動きも、指示役がいるから成り立つことも知っている。そしてその指示役の捉え方も、討ち方も、何度も何度も繰り返してきたことだ。

 アレウスは気配を消して、ガルムたちの群れを擦り抜けて、後方で身構えているコボルトとゴブリンの合間を抜け、その先の青銅製の鎧を身に纏ったゴブリンの首を竜の短剣で掻き切りに行く。

 寸前、アレウスの気配を読み取った青銅のゴブリンが手に握る剣で竜の短剣を受け止めた。

「その反応だけは褒めてやる」

 竜の短剣が熱を帯びる。

「褒めてやるだけで、慈悲なんて与えはしないけどな」

 竜の短剣が炎を迸らせて打ち合っている青銅のゴブリンの剣へと移り、蛇のように絡み付いて、鎧に熱を行き渡らせる。肉の焼ける臭いとゴブリンの絶叫。青銅の鎧の熱で焼かれ、そして竜の短剣が放った炎にも焼かれ、やがて息絶える。

 突出したアレウスに対して、一斉に矢の雨が降り注ぐ。避けるにしても走り抜けるにしても耐えられない。

「獣剣技、」

 淑女の短剣で空間を掻く。

「“群鳥(むらどり)”」

 弾けた幾つもの炎が拡散し、火花のように空中へと飛び交いながら鳥の形となって辺り一帯を飛び回る。それらは魔物こそ討ちには行かないが、その身を犠牲にして降り注ぐ矢の雨からアレウスを守ってくれる。その庇護を受けながら気配を消し、アレウスは一気に集団戦を行っている冒険者たちの元へと戻る。

 それでも矢の雨は続く。まるでアレウスの居場所を捕捉しているかのようで、冒険者たちと一緒にいると逆に巻き込んでしまう。そうなると自然と孤立するしかなく、冒険者と魔物たちの交戦場所から大きく離れることになってしまった。


『獣剣技で貴様が我を従えていることが気取られたな。だが、あの場で用いたのは適切だった。我であってもそうする』

「なんだと?」

『我は赤、そして先日の戦場において黒の騎士を見たな?』

 淑女の短剣がアレウスの腕を引っ張るようにひとりでに動く。

『どこでなにをしているのかと思いきや、放浪していたとでも……? いいや、貴様もまた我と同じく尖兵か』

 短剣の切っ先が示す方角に、言いようのない気配を感じる。恐らく淑女の短剣は共鳴を起こしている。

『来るぞ』


――勝利の上に勝利を!!


 アレウスの頭上、そして冒険者たちの頭上に雲を払い飛ばすような白い輪が生じる。

『あれは自然現象ではない。魔法陣だ』

 そう言われてアレウスは咄嗟に貸し与えられた力を着火させる。ほぼ同時に白い輪に魔法陣が浮かび上がり、山なりの弾道ではなく矢が直下に降ってくる。火花の鳥をも容易く貫通し、アレウスが火で払い除けようとしても軌道は一切逸れず、紙一重で駆け抜ける。冒険者が頭上を防ぐように構えた盾を貫き、幾本もの矢が鎧すらも貫通し、その命を奪っている。


「なんなんだ!」

『分かるだろう?』

 途端、辺り一帯が色を損なう。目の錯覚ではなく、白い空間が辺りを包み込んだ。範囲は広大で、シンギングリンすらも包み込んでいる。

「気配が……読めない」

 矢の雨からは逃れ切ったが、先ほどまで感じ取ることのできていた魔物の気配の全てが掴み取れなくなった。だが視覚として、彼らが近場にいることは確かであり、そしてアレウスへと凄まじい勢いでガルムが襲撃してくる時点で、魔物たちが一瞬にして消え去ったわけではないことが分かる。

 ガルム自体の能力に変化はない。襲撃こそ突然ではあったが、培ってきた技量で討ち倒す。しかしガルムの死体はみるみると色を失って、白い空間の景色の一部になってしまう。

『我と同じく、人間に滅びを与える騎士様だ』


 景色に溶け込むようなほどの白い馬。それに跨る王冠を被った何者か。人のようでいて人ではない。感知の技能は全く働かないが人間ではないことは本能的に察することができる。


「我は勝利を呼び寄せる者なり」

 手に握る弓に矢をつがえる。

「勝利の上に勝利を。そして勝利を献上する者である」

 矢はアレウスを捉えている。

「しかし勝利のためには敗北を与えなければならない。そう、勝者のための敗者を作らなければならない」

 矢に想像を絶するほどの魔力が込められる。

「これは勝利のための矢であり、敗北を生むための矢である」


 放たれる。回避動作に移っていたアレウスに対して、その回避先を予測した一射である。白い矢は直線状に、その衝撃で地面を破砕しながら突き進む。防御の姿勢を取り、炎を前方へと全て送り込むが、その炎を突き抜けた矢は淑女の短剣の剣身と接触する。


 止まらない。推進力は未だ残っており、止まっているのではなく防いでいる最中である。アレウスに掛かる負荷はとてつもなく、淑女の短剣は鎧通しのように細いためその剣身が砕け散ってしまうのではと思うほどの衝撃を浴びながら、ヒビ一つ入らないで耐えている。


『白騎士よ、我は貴様を認めてはいるが』

 矢を逸らすべく、淑女の短剣から炎が迸る。

『貴様に劣ると思ったことは一度たりともない!』

 アレウスの腕が淑女の短剣が思うがままに動き、矢を逸らし、そして弾き飛ばす。

「はぁ……はぁ、はぁ…………く、そ。くそ……今の一瞬で、ほとんどの力を」

 貸し与えられた力のほとんどを使い切った。


「勝利とは敗北の裏返しであり、敗北とは勝利の裏返しである」

 王冠を被った者が白馬を走らせる。

「敗者もまた勝者であり、勝者は同時に敗者である。しかし、勝利の上に勝利を重ねることで、敗者は敗北に敗北を重ねることとなる。我は、完全なる勝利を形と成す者である」

 動こうとするが足が思うように動かない。前のめりに倒れ、すぐさま起き上がろうとするアレウスに白馬に乗った者――白騎士は弓に矢をつがえて、狙いを定めている。

「頼む」

 竜の短剣が炎を噴き上げ、アレウスを包み込みながら竜の虚像を作り上げる。白騎士は虚像の竜の頭部目掛けて矢を放ち、彼方へと飛んでいく。

『“曰く付き”に救われたな』

「お前はちっとも救う気がないみたいだが」

『救ってみせただろう?』

 矢を防いだことを淑女の短剣は言いたいのだろう。だが、あれほどの消耗をしなければ防げない矢などこれまで一度も受けたことはなかった。

 起き上がり、アレウスは白い空間を駆ける。このままでは確実に白騎士に射抜かれる。そうなってからでは遅いのだ。だから近場の岩陰に隠れる。あの矢なら岩すらも貫通してしまいかねないが、防ぐことを考えてのことではない。ここで気配消しを行って、移動する。感知の技能は全く働かなくなったが、他の技能まで使い物にならなくなったというわけではない。技能封じ、詠唱封じの魔法陣のような、とにかく体の内から湧き上がる力を一つも感じられないような――強い無力感はないのだ。現に淑女の短剣は矢を逸らし、竜の短剣は残された炎で虚像を張った。そもそも貸し与えられた力を行使できている時点で、白騎士が空に張った魔法陣による影響は感知の技能が封じられたことだけに留まっているはずだ。

 しかし、感知の技能を封じられるということは冒険者が普段、本能より先に頼っている技能が封じられること。前衛職のほとんどが技能のレベルにもよるが習得はしているそれを封じられれば、魔物たちの本能的な立ち回りを読み解くことができなくなる。それどころか仲間の位置取りを気配で読めないので、立ち回りが乱れることすらある。白騎士の狙いは恐らくそこにある。もしくは、単に白騎士が封じることができるのが感知の技能のみに絞られているか。

 だから気配を消したアレウスに白騎士は気付かない。岩を貫くほどの矢を放ってはいるが、そこにアレウスの姿がないと知ると白馬を駆って、探しに向かった。幸い、その方角はアレウスの位置とは真逆である。

 気は抜けない。ただの魔物の討伐だけならば時間さえ掛ければ、いつかは掃討することができた。だが、白騎士がこの周期を呼び起こし、全ての魔物を従えている頂点的な存在であるなら、白騎士を討たない限り戦いは終わらない。

「いや、そうじゃなくても討たなきゃ終わらないのか」

 もしも魔物の周期ではなく、単純に白騎士が現れたのだとしても、それはそれとして討たなければならない。なぜならシンギングリンにとって絶対の脅威となってしまうからだ。

「矢の雨を受けたら捕捉された……矢を受けなければ、捕捉されないのか?」

 獣剣技で上手く捌いたつもりだったが、それによって白騎士はアレウスの居場所を捉えた。姿を隠しているのであろうゴブリンたちが射掛けていたと思っていた矢の雨は全てあの白騎士が放っていたものだった。


 アレウス一人の手には負えない。そう結論付けるも、感知の技能が使えないために仲間たちの居場所が掴めない。白騎士はアレウスの前から姿を消したが、それは同時に仲間たちの前に現れる可能性を意味している。


「でも、白騎士は僕を探して動き回っている。僕が討つしか……いや、僕だけじゃ……」

 この白い空間では仲間の気配を追うこともままならないが、合流さえすればあとはパーティ主体で戦える。アレウス一人で白騎士は討てない。赤い淑女――赤騎士のときのように仲間と協力しなければ討てないだろう。

「矢を放った轟音で、とんでもない化け物がいることに仲間は気付いているはず。あとは……いや、でも……」

 仮のギルドマスターが言っていたペナルティ云々が邪魔をする。ここで独断で動けば、アレウスだけでなく仲間たちの今後の冒険者稼業を停滞させてしまう。

 逆に言えば、そこさえ解消されれば幾らでも解決策はある。

「僕たちの力は白騎士に劣っているとは微塵も思っちゃいない」

 だからこそ決断が求められる。自身の冒険者稼業を犠牲にするか、それともシンギングリンを白騎士に蹂躙させるか。


 考えるまでもない。


 アレウスは即断即決し、仲間との合流のために走り出す。



「なんです? なにがあったのか俺に報告しなさい」

 仮のギルドマスターが声を張る。

「この白い空間はなんですか? 早く解析し、魔物たちを阻止するように冒険者に伝えなさい」

 担当者たちは思うところをぶつけることはせずに、男の言うがままに地図上で冒険者の動きを把握しようと試みる。

「感知の技能、及び私たち担当者との繋がりが封じられています」

「このままでは冒険者に情報伝達することも、冒険者の情報をこちらに伝えてもらうことも困難です」

「そんなことは『接続』の魔法でどうとでもなるはずだ」


「それができないから彼女たちはあなたに報告しているんですよ」

 リスティが男へと言い放つ。

「恐らく、赤騎士のときと同様です。あのとき、赤騎士は冒険者ではなく担当者を襲撃した。その繋がりが強固であり、情報共有を脅威と感じたため。この白い空間があの赤騎士が起こした赤い空間と似たものであるのなら、似たような存在が同じように冒険者と担当者の繋がりを断つために感知の技能と『接続』の魔法に関わる全ての魔法を封じている」

「それはあなたの一意見であって、現場を統率する俺の意見ではない」

「早く手を打たなければ、一網打尽にされてしまいますよ」

「前ギルドマスターが俺に指図しないでもらいたい。あなたにはその能力がないとされたから、俺は今、あなたの代わりに仮のギルドマスターとなっているんですから」

 男は強気の姿勢を崩さない。聞く耳を持たないがゆえに、リスティがどれほどに要求してもそれらはきっと通らないだろう。


「ぬぁにを、しているのですかぁ~?」

 男の真横にニンファンが立ち、問い掛ける。その異様な出で立ちに男が素っ頓狂な声を上げて、尻餅をつく。

「こぉれは、一体……ぬぁにを?」

 ニンファンはヨロヨロと歩きながら、担当者が広げている地図を見る。

「……だぁれが、だーれが……だぁあれが!」

 机に拳を打つ。

「こぉんな、ロクでもない配置をぉ~! さぁせたんですかぁ~?!」

 ギョロ目を動かし、翻り、尻餅をついている男を睨む。

「落ち着け、ニンファン」

 今にも男に馬乗りになって殴りかかりそうになるニンファンを別の男が抑える。

「あなたは……」

 顔に見覚えがあるが、リスティはどうしても思い出せない。

「街長の甥のアルフレッドです。アレウリスと共に私的な理由でシンギングリンに戻ってきました。その私的な理由はついさっき、終わったんですが」

 アルフレッドがニンファンを宥めて、一息つく。

「ニンファンが冒険者の防衛がどうなっているか見に行きたいと言って……危険だと言ったんですが、それでも行きたいと。ただ、分かっていると思うんですけど彼女は、」

「人前に出られるタイプではない」

 リスティはアルフレッドが言うであろう言葉を先に言う。

「分かっています。ニンファンが人前に出られない性格であることは。それでも、この場にいるということはギルド関係者としてなにかしらしなければならないと彼女が思ったと、そう考えてよろしいですか?」

 アルフレッドだけでなくニンファンも首を縦に振る。

「この場の全権限をニンファンベラ・ファラベルへと移行します。しかし、彼女は喋ることが得意ではないので街長の甥であるアルフレッドさんが補助に入ってくれます」

 リスティが手を叩くと担当者とギルド関係者が止まっていた作業を再開させる。

「待て、俺がギルドマスターだ! 俺の言うことを聞け! おい、聞いているのか?!」

「聞きません」

「なんだと!?」

「ニンファンベラはずっとギルドを支えてくれた方。この場の誰よりもギルドを理解し、冒険者を熟知しています。人前に一切姿を晒さず、他人に功績を委ねながらも決して文句の一つも言わずにありとあらゆる仕事を一人で担い、一人で終わらせてきました。彼女がこの場でなにかしたいと言うのなら、私たちはそれに従うまで。そう、私ですらニンファンベラに届かないのに、あなたでは到底及ばない。だから、仮のギルドマスターという肩書きがあなたにあったとしても、この場の誰もあなたの言葉にはもう従いません」

「そんな……馬鹿な……」


「アレウスさんのぉパーティをぉ! 分散させた、ヴァカは一体、だぁれですかぁ!?」

 ニンファンが怒りながら訊ねると、全ての視線が仮のギルドマスターである男に向く。

「冒険者は仲間と共に強くなり、仲間に命を預け合って戦うものです。それを散り散りにさせて、あなたはアレウリスたちに死んでほしいんですか?」

 地図上の配置を見てアルフレッドですら状況を理解したらしく、怒り心頭といった雰囲気で尻餅をついたままの男の胸倉を掴んで顔を引き寄せる。

「あ、アレウリスのパーティは分散しても強いと思って」

「その強さは! 仲間と共にあるから強くなるものだ。確かに個々でも戦えはする。だが、仲間と戦って起こす相乗効果や爆発力には期待できなくなる。あなたは個々の力を分散させた()()で、なんの意味ももたらしていない。そりゃ軍隊なら個々の力が強い将軍たちに部隊を与えて配置させるが、お前は軍隊を動かしているわけじゃないんだぞ?」

 そう言ってアルフレッドは男を放り出した。

「配置をぉ、変えますぅ。アレウスさんたちをぉ、集結させてくださいぃ。伝達方法は魔法以外にもぉ、ありますからぁ~。それら全てを試しますのでぇ~」

 担当者たちの情報伝達が慌ただしいものに変わっていく。

「ニンファン、ある程度は俺にも手伝わせてくれ」

「私も手伝います」


「現状、全ての『接続』を主体とした伝達の魔法は冒険者たちには届きません」「斥候の冒険者がこちらに報告に来てくれましたが、気配感知をはじめとする感知系の技能が使えないようです」「この点から私たちと冒険者間にある情報伝達能力を阻害している魔物がいるのだと考えられます」


「情報伝達……私がパザルネモレで襲撃されたのも、冒険者と担当者の繋がりを断つことが主要因でした。つまり、似たような思考を持つ魔物が潜んでいるのでしょう。どうしますか、ニンファン?」

 先ほど出た情報を再び纏め、ニンファンへと伝える。

「……修道院のぉ、暗号を使いますぅ~」

 仮のギルドマスターの男はこれを聞いても権威を振りかざすだけで解決策を講じようともしなかったが、彼女はすぐに対応策を提示する。

「暗号?」

 リスティは首を傾げる。

「修道院に襲撃があった際、外にその情報を発信するための暗号だ」

 ニンファンの代わりにアルフレッドが答える。

「幼い頃に修道院に出入りしていたとき、俺もそれとなく学んだんだ。手旗信号のみならず、聖歌や讃美歌に一音を交えることで神官や僧侶に届ける方法がある」

「音の阻害はされていませんか?」

 リスティの問いに他の担当者が首を縦に振った。

「それならヴェインさんとクルタニカさんに確実に届きます。いいえ、他の冒険者たちも僧侶や神官からの援護を受けつつ、状況を把握できるはずです」

 やはり手腕は彼女の方が上だ。この場にいる誰もがニンファンへ信頼の目を向ける。

「報告に来てくれた冒険者さん方はまだいますかぁ~?」

「はい! 今すぐに私が彼らに伝えてきます!」

 担当者の一人が立ち上がり、全速力で駆けていく。


 仮のギルドマスターだった男を差し置いて、現場はニンファンを中心として纏まり出す。それはギルドが再び一丸となって機能し始めた前兆でもあった。

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