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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第14章 前編 -国外し-】
622/705

急行

 村では久し振りの冒険者ということで村長含めて相応にもてなされたが、食事の代金はしっかりと払い、貸してくれた空き部屋の利用料もちゃんと支払った。賑やかしなどは求めず、村人たちのいつも通りを、慎ましくも平穏な時間を壊したくはないため静かに、そしてあちこちを見て回ることもせずに素直に就寝した。クルタニカは夜中に村人たちの密やかに開いている賭場に参加しようとしたのを引き留めるのが大変だったが、一度寝入ると眠りは深いようでアレウスの目を盗んで部屋を抜け出すようなことはなかった。


『アレウスさん!』


 リスティから『接続』の魔法による念話が入り、アレウスは飛び起きる。懐中時計を見てみれば、まだ空が白み出してもいない午前三時であった。この念話はアレウスだけでなくクルタニカにも繋がっているようで、彼女も深い眠りから即座に目を覚ます。恐らくは魔力による干渉が自身に行われたことでの目覚めだ。これが単純に声を掛ける程度だったらすぐには起きていないだろう。

「こんな時間にどうしたんですか?」

『先ほど、シンギングリンに帰還してきたパーティがギルドに物凄い形相で飛び込んできたらしいのですが、こちらに魔物の大群が押し寄せているとのことです』

「“周期(ウェーブ)”でして? でも、獣人の姫君が引き連れた周期がごく最近にあったことを考えると、時期としてはまだまだ早いんでしてよ」

『しかし、大群を見たことは事実に違いありません。私も今、ギルドの方へと対策のために呼ばれていますが街中の冒険者たちがみんなを家の中から出ないように伝達し、こんな時間にも開いている酒場や娼館もどこもかしこも閉店するように訴えています』

「家にいたみんなは?」

『私がギルドに向かう旨を伝えたら、皆さん急いで支度を始めました。なにはともあれ、すぐに戻ってきてください。馬車を待っている暇はありません。その村の一番足の速い馬を一頭か二頭借りてください。場合によっては良馬を潰すことになるかもしれませんが、その際には相応の賠償金を払うことと、借りる際には相場の倍額、いえ三倍は出すと伝えてください』

「そんな余裕がギルドにあるんですか?」

『無くてもそれぐらいのことを言わなければならない状況です。こう言えば、私たちの焦りが伝わるでしょうか?』

 リスティの声には若干の震えがある。

「急いで村を出ましてよ。今日の夕方に来る馬車には村の方に伝言を頼めばよろしいんでしてよ」

 クルタニカがアレウスの前で堂々と寝間着から普段着へと着替え始める。状況が状況なので動じないが、彼女は緊急事態なら平気で男の前でも柔肌を晒すらしい。酔っ払ったときに脱衣癖があるのでもはやそんなことは気付きですらないのかもしれないが。

「わたくしは馬を借りる手筈を整えましてよ。こういったとき、あなたよりわたくしの方が無闇に不安を煽らずに交渉できると思いますわ」

「ああ、頼む」

 つい急かしてしまうアレウスよりも、神官長を務めるクルタニカの頼みの方が村人も聞き入れやすいだろう。彼女が部屋を出たのち、アレウスも着替えを済ませて、次に彼女の脱ぎ捨てた寝間着も含め荷物を纏める。それらを背負って部屋を出て、音で目を覚ましてしまった村長に謝罪と状況を伝えたのち、外に出た。


 工房へと駆けて、乱暴に扉を叩く。迷惑な時間帯であっても関係なく、評判だって下がっても構わない。そう思うくらいにはアレウスたちだけでシンギングリンに向かうわけにはいかない理由がある。


「なんだ、こんな時間になんの騒ぎだ?」

「シンギングリンに周期による魔物の群れが向かってきています」

 対面に出たアルフレッドに単刀直入に言う。

「時間がありません。僕たちと一緒に馬に乗ってください」

「待て……待て、なにを言っているのか分からな、」

「悩んでいる暇もないんです。場合によっては住民に被害が及ぶかもしれません」

「っ……! クソッ! いつもいつもいつも! 俺か? 俺が不幸を呼び込むのか?」

「タイミングの良い悪いは誰にだってあります。今はあなたに降りかかっているだけで、いつかは誰かが悪いタイミングを引く番になる。運の良い悪いはそういうものです」

「すぐ支度する。彫金の道具もついでに持って行こうと思ったが後回しだ。着の身着のままでいいよな?」

「ええ、あと馬の手綱をお願いします。僕は乗馬をまだ習っていないので」

「分かった。シンギングリンへの最短距離は俺が一番よく知っている。二ヶ月に一回、通い続けていたんだからな」

 アルフレッドが慌ただしく工房へと戻り、やがてクルタニカが二頭の馬を連れてきた頃に支度を済ませて現れる。

「この村一番の馬でしてよ。気性の粗さが玉に瑕と仰っていましたが、乗りこなせないなんて言いませんね?」

「乗り手の焦りが馬には伝わる。気性が荒い馬というのは、そういった感情の機微に敏感で、自分の感覚が鋭敏なんだ。無理やり従わせるような邪な考え方じゃなく、むしろ馬に任せるぐらいが丁度良い」

 そう言ってアルフレッドは怖れる様子もなく馬に乗って、手綱を握る。その場で多少、馬が彼を振り落とそうと暴れたがやがてそれも落ち着く。クルタニカは乗った直後から馬が全てを理解したかのように素直に従う。アレウスはアルフレッドの後ろに乗り、二頭の馬が二人の手綱と足で腹を叩いたことで共に走り出す。

「ここからだとどんなに急いでも二時間だ。馬を潰す気で走らせたら一時間半だ。それで間に合うか?」

「魔物の群れが日の出と共に動くのか、それとも正午過ぎに動くのか。その動向を探れない以上はなんとも言えません。でも、今から最低でも二時間後なら午後五時半前後。夜明け前に動き出す魔物はそんなにはいません」

「なら間に合うってことだな? そう思わないと焦りが馬に伝わって振り落とされちまうから、そう思わせてもらうぞ」

「はい」

 アレウスは返事をしてからクルタニカの方を見る。彼女も手綱を華麗に操り馬を乗りこなしている。顔には焦りの色は微塵もない。しかし心も同じなわけがない。馬が動じないように隠している。

「でも、なんでシンギングリンばかりに魔物が向く?」

 シンギングリンよりも、その間際にも村はある。アルフレッドの住んでいる村も近郊である。なのにそういった村には目もくれずにどうしてあの街を襲うのか。

 冒険者になったばかりのときに崩壊した村の死体運びをやらされたことがあるのだが、あれの原因はガルムを追い立てたことで魔物の怒りを買ったからであって、周期によって襲われたわけではない。

 魔物は人の少ない村よりも人の多い街を狙う習性があるのだろうか。パザルネモレにおいても、ヴァルゴの尖兵が潜んでいたがあの城下町以外の村々は襲われずに済んでいた。

「これは一つの仮説としてあるのですが、周期とは自然発生するものではなく、なにかしらの要因によって引き起こされるものではないかと」

 アレウスの怪訝な表情からなにかしらの情報を読み取ったらしく、クルタニカがアルフレッドの馬の横に自身の馬をつける。

「それは人為的に引き起こされているとでも?」

「現に獣人に煽られる形で魔物たちは一度、シンギングリンを襲っているんでしてよ。あれは周期を利用したとも言えますし、魔物たちを駆り立てることで周期を人為的に引き起こしたとも言えます」

「魔物が襲う街を選んでいるんじゃなく、人が襲わせる街を選んでいるのか?」

「あり得る話です。他には、」

「人の数が多いところには負の感情も強い。魔物は『悪魔』のように負の感情に誘われて動いているとか、か?」

「はい、わたくしもそのように思うんでしてよ。負の感情とは即ち、絶望や悲嘆。それは希望や幸福に満ちている場所を襲うよりもずっとずっと、人間たちの抵抗が弱いことを魔物は本能的に理解している。だって彼らの産まれ落ちる異界において、それらの感情こそが人間たちの抱く全てなのですから」

 絶望に満ち溢れた異界では、希望を抱く人間よりも容易く屠ることができる。魔物はそれを理解して人間を襲っている。だから抵抗する人間に対して常にこちらの様子を窺う素振りを見せる。


 魔物にとって、人が起こす抵抗は未知の思考であり挙動。戦い続ければ学ぶこともできるだろうが、そんな魔物は一握りだろう。


「なのにどうして、ゴブリンはあんなにも人間の思考が読めるんだ?」

 ゴブリンは人の嫌がることを知っている。亜人は自身の発する声音がどんな意味を持っているか全く分からないが、それが人間相手には効果的だから使っているだけで、そこには嫌がらせの思考はない。だがゴブリンは完全に人間の思考を把握した上で罠を仕掛けている節がある。さすがに冒険者に成り立ての頃のように一匹一匹に注意しつつ討伐するようなこともなくなった。経験を積み重ねたことで冷静ささえ損なわなければ問題なく複数匹を一度に始末することは難しくなくなった。それでも時折、ゴブリンの挙動はアレウスに一種の問い掛けをもたらす。


 これといった答えは出てこない。それよりもクルタニカの乗っている馬がアルフレッドの駆る馬を嫌って離れたがっていたので彼女はそれに身を委ねるようにして横に距離を取った。


 抜きつ抜かしつつの並走を繰り返し、馬は疾走を続けて一時間と四十五分。アレウスたちはシンギングリンの仮設の門を潜ることとなる。

「馬はこちらで預り、休ませます。アレウスさんたちは防衛の準備に入ってください」

 到着を待ち侘びていたリスティが疲労困憊の馬を二頭預り、手綱を引いて馬房へと連れていく。さすがに疲れ切った馬も、その場で暴れ回ることはせず素直に彼女に導かれていた。

「アルフレッドさんは修道院に」

「…………ああ」

「まさか、この期に及んで勇気が出ないなんて言いませんよね?」

「少し言葉が強いんでしてよ」

 そう訊ねるアレウスだったがクルタニカが遮る。

「アレウスとどのような話をしたかは存じ上げませんが、修道院に御用があるんでして? だったらわたくしが案内しましてよ」

「……いいや、俺が一人で行く」

 女に心配されるぐらいなら、という必要のない男のプライドがアルフレッドを邪魔している。きっと自分でも言うつもりじゃないことを言った。そういう後悔が窺える。

「あーもう! 分かった、僕が連れて行く。僕はアルフレッドさんの事情を知っている。だからクルタニカは防衛のために神官たちへの指揮を頼む」

「分かりましてよ」

 肯いて、クルタニカがアレウスに二人分の徽章を投げて渡す。

「ちゃんと付けるんでしてよ。この混乱に乗じて下賤な輩が修道院を襲いかねないんでしてよ! 見分けが付かないと修道者たちの鎗で突き殺されてしまいましてよ!」

 そう言ってから、自身に風を纏わせてクルタニカが跳躍と共に飛行へと移った。

「悪い」

「僕に謝れるなら、一人で修道院に行くこともできるでしょうに」

 徽章の一つをアルフレッドに渡し、二人して服に付ける。

「アレウリス」

 修道院に向かう道中で声を掛けられる。

「俺は……赦されるんだろうか」

「赦されるとか赦されないとか、僕には分かりません」

「だけど俺は! 十年会ってないそいつもそうだが、両親や親戚が死んだのに葬儀すらしないで、師匠の家に引きこもっていたような人間だぞ……? 常識的に考えて、赦されない」

 胸倉を掴む。

「赦されるとか赦されないとか! 他人に答えを求めるんじゃない! あなたはなにも悪いことはしていない! あなたは誰かを傷付けたわけでも、シンギングリンが異界に堕ちた原因になったわけでもない! 赦すか赦さないかはあなたの中にしかない! 復讐されるほどに悪意をもって人を傷付けた人間でもないクセに! 過去の自分の間の悪さにいつまでもウジウジとしないでください!」

 アルフレッドの抱く罪悪感は第三者には向けられていない。そんなものは復讐の対象にすらならない。


 一人の人生を変えるほどに悲劇的な行いをしておきながら、『異端審問会』のように悪びれていないのなら別の話だが、単純にアレウスと同じように自罰的が過ぎるだけだ。彼は加害者ではなく被害者で、喪った側の人間がどうして赦される赦されないの話をしているのだろうか。


「俺はこの街から逃げた」

「そんな人は沢山います。と言うか逃げるのは当たり前です。あんなにもグチャグチャにされたんですから」

 『不死人』がギルドを襲撃し、イプロシアに洗脳されたエルフが暴動を起こし、そしてリブラがシンギングリンを異界に堕とした。これらを目の当たりにして辛うじて生き残った人たちがそもそも逃げ出さないわけがない。リスティたちですらシンギングリンを見放して仮拠点を作り、そこで生活していたくらいなのだから。なんなら石切り場を生活の拠点としていた人たちだっている。

 その当たり前の逃避を罪だと言うのなら、どんな人間も等しく罰を受けなければならないだろう。それこそエルフの重鎮たちが言っていたのと同じことだ。

 恐怖から逃げるのは当たり前。命の危機を前にして逃げるのは当たり前。それらから逃げ出さない者は冒険者のみ。そして冒険者でさえ、死を間際にすれば甦るとしても逃避の選択を取る。人間とは元から逃げるべき習性を持っており、アルフレッドはその本能に従ったまでのこと。生存本能と呼ばれる、己が命を守る行動を取っただけのことなのだ。

「あなたは、そんな情けない言葉を修道院でも吐き捨てるつもりですか?」

 そう言ってみるとアルフレッドの瞳に僅かだが光が取り戻される。

「……そうだ、俺はこんなことを言っている場合じゃない」

 胸倉を掴むアレウスの腕に触れてくるため、力を緩めて解放する。

「行こう……俺は、ちゃんとありのままを受け入れる」

 アルフレッドはようやく決心したように重い足取りに、意志が込められた。一息つき、アレウスは彼と修道院を目指す。


「止まれ」

 修道院の門を前にして、修道者が手に鎗を携えてアレウスたちへ矛先を向ける。

「何用だ? この緊急事態において、部外者を中に入れることはできない」

「徽章を受け取っています」

 アレウスは修道者に徽章を見せ、アルフレッドの徽章も彼らは確認する。

「この徽章は部外者に向けて用意される物よりも、もう一つ格の高い物だ」

「クルタニカ・カルメン様がお渡しになられたのであれば、信用に足るということ。しかし、修道院内で神官長を愚弄するような行いを働いた場合は然るべき処分を我らが下します」

「お覚悟を」

 そう言って修道者がアレウスたちを門の奥へと通す。


「普段から慣れているのか?」

「なにがですか?」

「ああやって武器を向けられても平然としていられることに驚いたんだが」

「いつものことですよ。僕はいつも……そう、なんだかんだで武器を向けられるんです」

 ドワーフにもエルフにも獣人にもガルダにも、とにかく殺気を込めた武器を何度も向けられてきた。ハゥフルぐらいだろうか、最初に忌避の目を向けられはしても武器を向けてこなかったのは。しかし、それらに臆せず話したことで分かり合うことができたとアレウスは思っている。

 しかしそれは、信用に足りているだけで足らなくなればすぐに崩壊するものでもある。だからこそ、崩壊させないように気を遣わなければならない。

「大変だな、冒険者というのは」

「どんな人でも大変でしょう。あなただって、金細工師の仕事を簡単と思ったことはないのでは?」

「……ふっ、そうだな。簡単な仕事など、この世界にはない」

「ええ」

 相槌を打ちつつ、修道院内にへと入る。案内図は外されている。侵入者に対しての防備だろう。そして修道院内には避難してきたのであろう大勢の人々が所狭しと溢れ返っている。幸い、通路は通れるが部屋という部屋はどこも満員だ。

「アルフレッドさん」

「なんだ?」

「僕はあなたほどに隠れている人を見つけ出すのが得意ではありません。もし、もしもこの場所にあなたが会いたいと思う人が隠れているとしたら、どこにると思いますか?」

 自力ではニンファンを見つけ出せない。だからこそいつも彼女を見つけていたであろうアルフレッドに頼る。果たして、アレウスが思った通りに彼女と彼に繋がりがあればの話だが。

「……そうだな。もし生きていたなら……こういったとき、書庫には引きこもらない。普段なら本に囲まれていると気が休まるが、心に余裕がないときは圧迫感で耐えられなくなる。もしも書庫にいたとしても、きっとずっと自分自身を責め続けているときだと思う」

「じゃぁどこに?」

「自室にもいないだろう。いや、修道院を出ているのだから彼女の部屋はないのか……」

 そこでアルフレッドは目を見開き、なにかに気付く。

「……修道院を出ているのに、どうして俺を修道院に連れてきた?」

「それは、」

「なぁ……!? そういうこと、なのか?! おい、どうなんだ!?」

「確証はありませんが、あなたが村で話した特徴と似た女性と僕はこの場で会ったことがあります」

 理由に至り、同時にアルフレッドの体が震える。

「落ち着け……落ち着け。まだ慌てるな……そうだ、人違いの可能性だってある。だから、急くな」

 自身に言い聞かせながら彼は通路を歩く。

「彼女なら、そう……こんなとき、彼女なら。人前には出たがらないし、自分の失敗を延々と責め続けて苦しみ続けているだろう。でも、それでも彼女は修道女であったことを忘れたことはなく、きっと、人のためになにか出来ないかと」

 立ち止まり、アルフレッドは祈祷部屋の扉を開ける。

「祈りを捧げ、苦しみに喘いだのち……怖くて、泣きたくて、逃げたくても、きっと、人々を守るために武器を取る」

 祈祷を終えた女性――ニンファンが扉の開いた音で翻り、アレウスたちを捉える。その脇には鎗が立てかけられており、まさに彼の言った通り、修道院を守ろうとしていたようだ。

「あなたは……」

 アルフレッドは湧き上がる感情を抑え込む。

「失礼、俺はアルフレッドという者だ。あなたは…………あなたはニンファンベラか?」

「うぁたしの名前、を……うァルフレッド……? アル……アル……?」

 ギョロ目を動かし、自身の記憶を呼び起こしている。続いて、感情が崩壊してその場にうずくまってワンワンと泣き出す。

「ニンファン! まったくお前は! 昔からちっとも変わっていないじゃないか!」

 アルフレッドが彼女を覆うようにして抱き寄せる。

「うぁたしは……うぁたしは! あなたにぃ! 嫌われてぇ!」

「嫌ってなどいない! 違うんだ、そうじゃないんだ! 俺が……俺のせいなんだ」

「違うぅ! うぁたしのせい! うぁたしのせいなの!」

 互いに自分のせいだと言い続けるその様をアレウスはただ見守る。

「うぁたしが全部悪いのぉ~! うぁたしが! ヘイロン様を守っていればぁ! ヘイロン様の代わりに死んでいればぁ!」

「そんなことは言うな! そんなことは絶対にない! ニンファンのせいなわけがない!」

「でも、うぁたしが止めていれば! あのとき、ヘイロン様が帰るところを止めていればぁ!」

「仕方がないんだ……! 起こったことは、取り戻せない! 俺だって、俺があのとき! 家族を、親戚を連れて村に帰ることができていたなら……! 全て喪うこともなかった!!」

「うァルはぁ~! いなくなってぇ……シンギングリンの異界化に巻き込まれて、死んだんだと思ってぇ……」

「それは俺も同じだ」

「十年間、なんで連絡の一つもなかったのぉ~!」

「会うのが怖くなったんだ。それに、ヘイロンさんが亡くなってからニンファンは修道院を出たと聞いていたから」

「うぁたしはずっと、ずっとここにいたのにぃ!」

「俺が、俺がちゃんと傍にいてやれれば……!」


 人違いや思い違いではなくてよかったと、アレウスは安堵の息をつく。互いに名前を憶えていたようで、押し寄せる感情の波に二人は身を委ねている。


「アルフレッドさん」

 しかし、ずっと二人の時間を見守っていられない。

「積もる話も多く、感動の再会であるのも確かですが、もうニンファンベラさんを任せても構いませんか? 僕は街を魔物から守るためにもう行かなきゃならないんで」

「っ、ああ、そうだったな。付き合わせてしまってすまない」

「いいえ、悲劇的なことではないのなら僕は幾らでも付き合えますよ。おかげで防衛へのやる気もみなぎっています」

「……うぁたしも、行かないと」

「リスティさんもクルタニカも、あなたの仕事の腕を買っていました。今の状態で可能な最低限で構いませんので力を貸してください。ヘイロンさんも、きっとそれを望んでいるはず」

 そして、とアレウスは続ける。

「アルフレッドさんは人々の不安を、混乱を少しでも和らげてあげてください。あなたは自分をどうしようもない人だと言っていますが、街長の甥っこさんなんですよね? きっとあなたを知る人もいるはずです。親の七光りではなく伯父の七光りになるとは思いますが、それを最大限に用いて人々を導いてください」

「うぁい」

「分かった」

「街を守り抜いたのち、改めて再会の喜びを分かち合ってください。あっ! あと! クルタニカが持ったままの装飾品も渡さなきゃならないので絶対に修道院、もしくは街の外に出るなんてことはしないでくださいよ?!」

 肝心の依頼の品をクルタニカが持っている。気付かなかったアレウスもだが、完全にニンファンの依頼そっちのけでアルフレッドの問題解消に集中してしまった。

「受け取った品はちゃんと渡します。絶対に盗んだりはしないので!」

うぁ()かりました」

 アレウスは祈祷部屋を出て、通路を早足で歩いて修道院の外に出る。


「迎えに来たよ、アレウス」

 どの方角へと向かおうか考えているとクラリエが現れる。

「クルタニカから伝言があるんだけど、装飾品は一時的に私たちの家に保管しているからって。今は金品を見せびらかすと他の人たちの気が立つらしいよ」

「単純に僕たちが忘れていただけだからそれはただの言い訳だ」

「まぁ一理あるよ。こんな緊急事態にお金やら装飾品を抱えている人を見たら冷静な目では見ることはできないからねぇ」

「盗まれそうだから、ある意味では正解かもしれないけど状況が状況だから許されているだけだ。反省しつつ、ちゃんと渡す物は渡す。魔物はどこにいる?」

「こっち」

 クラリエの駆け出した方角へとアレウスも付いて行く。

「北側……? 帝都方面から?」

「不思議だよねぇ、あたしもどうやって魔物が集まったのかさっぱり」

「バートハミドは無事なのか?」

「そこのところはヴェインとエイミーが確認を取ったんだけど問題ないみたい」

「……じゃぁやっぱり、人為的に周期は引き起こされているのか?」

 ブツブツと呟くアレウスに首を傾げつつ、クラリエに導かれて北門にアレウスは着く。


「パーティの分散はオレたちに死ねと言っているのと同義だぞ?」

 ガラハがなにやら抗っている。

「どうした?」

「オレたちはパーティで動くんじゃなく、一人一人が分散して魔物と戦えと言われたんだ」

 アレウスはガラハが睨む相手を睨む。

「アレウリス・ノ―ルードさん」

「なんですか?」

「俺は仮のギルドマスターとして、あなた方のパーティを分散することを命じます」

 やはり、リスティのあとに仮であれギルドマスターとなった男のようだ。

「それはどうして?」

「あなた方に戦力が集中しているからです。あなた方の活躍は俺の耳にも届いています。だからこそ、あなた方を分けることで要所の防衛に個々で対応できるのではないかと」

「冒険者は個々ではなく集団での戦いを基本としています。僕もまた同じように、パーティ主体での戦いを基礎としています。分けられては力の半分も出し切れません」

「謙遜を」

 仮のギルドマスターは冷笑する。

「良いですか? 力ある者に集約されては、一ヶ所しか守れません。ですが、力ある者を要所へと分散すれば複数ヶ所を守ることができるのです。これは当然の話でしょう?」

 使えない。アレウスは心の中で男をなじる。

「俺の命令に従えないのであれば、防衛を終えたのちペナルティを与えます。たとえば、当面の間のパーティでの活動を制限するなどはどうですか?」

「当面とは?」

「当面です。一週間とも一年とも、或いは十年とも言えます」

 権力の使い方を間違えている。

「分かりました」

 しかし、従わなければならない。

「でも、もしシンギングリンが崩壊しても僕たちのせいにはしないでくださいね」

 強く睨み付けたのち、ガラハを連れて集まっていた仲間の元へと行く。


「討伐は勿論だけど、生存を重視してほしい。特にジュリアン? 君は無茶をしないでほしい」

「分かっていますよ。僕もアレウスさんの指示無しでまともに『束縛』の魔法を使って戦えるとは思っていません。後衛主体で、回復に努めます」

「俺とクルタニカさんは神官団と僧侶隊だ。滅多なことでは前衛に出ないから安心してくれ」

「私は魔法隊。中衛だけど、それでも後衛寄り」

 アベリアがアレウスと手を繋ぎ、伝えてくる。

「ワタシやアレウスなんかがヤバいか?」

「そうだな、あとガラハとクラリエか」

 前衛に出る以上は魔物と直接的に戦うことになる。

「まぁワタシは引き下がる場面は弁えている。ただ、獣人って理由で取り残されないかだけは気を付ける」

「オレも前には出過ぎないようにする」

「あたしは危なくなったら気配を消して下がるよ」

「あのギルドマスターが言っていることは滅茶苦茶だから、念話を飛ばしてきても従っているフリをして無視していい。あれが冒険者の一番上にいると、正直なところこの防衛もかなり危うい。それでも絶対に守らなきゃならない。リスティさんを期待したいところだけど……難しいだろうな」

 アレウスはアベリアの頬を撫でてから、深呼吸をする。

「偶然を装って集まっても、俺たちの位置は地図で見えているだろうから無理か。はぁ~、エイミーに格好良いことを言ってしまったから、被害は最小限に抑えたいのに」

「僕もエイラに結構、強気で物を言ってしまいましたよ」

 なんで婚約者とヴェインのそれとジュリアンとエイミーのやり取りで張り合えるのか疑問を抱くが口にはしない。こういうのは全てが過ぎ去ってから見守るのが一番面白い。

「後先考えない結果、二人がエイミーやエイラからどんなことを言われるのかを楽しみにしながら魔物を倒そう」

「言葉の前半と後半で人格が入れ替わったみたいな差があるの怖いんだよねぇ」

 クラリエがアレウスの発言をやや怖れていた。

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