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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第1章 -冒険者たち-】
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行動には結果が伴う


 ルーファスの言っていた先遣隊というのは確かだったらしい。ギルドの緊急依頼のために集まった冒険者は二十人を越えていた。村人にしてみれば多大なる出費になるのではとアレウスは訊ねたが、エイミーは「ヴェインを救って下さるために集まってくれたのなら、これぐらいは当然です」と言ってのけた。器の大きさに脱帽するだけである。


 だが、手放しで喜べないこともある。


 五名の行方不明者は結局、溜め池の底にあった遺品だけで全員が死亡という判断となった。

 異界の穴は依然として開いており、あの溜め池の周辺は通行が禁止された。

 そして、事情を知るであろう唯一のキギエリは死んだ。この村で六人の死者が出た。


 宴には全ての家長たちは参加していない。ギルドの不手際でも、冒険者の手によってでもなく、なにかを知っていたはずのキギエリも死に、怒りの矛先を見失っている。心の整理でもなんでもない。とにかく、犠牲者が出てしまっていることも含め、あらゆる疑心暗鬼に囚われてしまっていた家長たちには時間が必要なのだ。

 エイミーは村長代理として宴に参加している。そして村長自身はいつもと同じように集会所で家長を集め、静かにこの夜を過ごしているらしい。「私たちは横の繋がりでこの村を良くして来ました。きっと乗り越えられますよ」とはエイミーの言葉だ。それを聞いてはアレウスも「そうですか」と答えるぐらいしか出来ない。


 死を笑い飛ばしたいわけではない。葬式や埋葬の準備をエイミーは裏の方で進めているだろう。それでも、悲しみを紛らわせるために大きな宴を開く。


 いつまでも(いた)んでいては、(しの)んでいては前には進めないのだ。それを自分に言い聞かせ、納得させる。そうやってようやく終わったあとにやって来る喪失感に耐えられる。勿論、村や街が変われば風習も変わる。全ての村や街に言えることでは決して無い。ただ、この村がそういう風習だということだけが今だけはとてもありがたい。


「飲みますわよー!」

「クルタニカはまだ二十歳を迎えていないだろう?」

「十八歳なんてもう二十歳と同じですわ!」

 ルーファスが嗜めるが、彼女はそう言い返す。その言葉にアレウスは驚きを隠せない。


 こんな年齢不相応な年上が居るのか、と。身長も胸囲もなにもかもアベリアに負けているのに、年上なのか、と。


「やめとけよ、お前は飲んだらずっと飲み続けて、いきなり服を脱ぎ出すからな。下々の連中に肌を晒すなんてとんだ痴女貴族だぜ」

「なにか言いまして? デルハルト!」

「事実を言ったまでのことだろ」

「とーぜんですわよ。自身を律して、飲もうとしているそのなにが悪いと仰いますの?!」


 飲もうと思っている時点で律してはいないだろ、とアレウスは心の中で呟く。


 あの二人の言い争いは常々に起こっていることらしい。喧嘩するほど仲が良いとは聞いたことがあるが、アレウスにはどうにもそんな関係には見えない。そもそも、年上たちの恋愛観など分かりたくもないので、ここはなにも言わずに避ける。


「『異端』のアリスも『泥花』も、お酒は飲めない年齢だったね。その分、ヴェイナード・カタラクシオ君にはこれでもかと飲んでもらうけれど」

 ヴェインには申し訳なさしかない。アレウスが知っている世界ではこういった行為をパワハラと呼んでいたはずだ。セクハラという言葉があるのなら、それも形骸化はしていてもこの世界に行き届いていても不思議ではないのだが、その気配は見られそうにない。

「では葡萄の果汁が入った飲み物で我慢してもらおう」

「いただきます……ん?」

 ほのかに香る匂いに、アレウスは眉を(ひそ)める。

「葡萄酒じゃないですか?」

「おや、よく分かったね。麦酒よりも珍しい物だから、バレないと思ったのだが」


「二十歳未満にお酒を勧めるのはどうなんですか?」

「規則ではあるが、国の法律で定められているわけではない。ただみんな、なんとなく二十歳未満にお酒を飲ませては行けないという暗黙の了解に従っているだけだ。だから、こっそりならバレない」


 この世界はお酒に対する規制が薄い。それは知っていたが、アレウスの中では飲酒は二十歳になってからというモラルが残っているために、これを無理やり壊してしまったらそれこそ今まで必死に律して来たことが崩れて行きそうである。いわゆるモラルハザードが自身にだけ起こり得る。


「いただけません」

「先輩冒険者から勧めたお酒が飲めないと?」

「……卑怯じゃないですかそれ」

「いやなに、困らせてみたくなっただけだ。それでは、誰かにお酒を飲まされないように気を付けながら楽しむと良い……明日になれば現実がまたやって来る。今だけは忘れることだ。楽しむ時に楽しめないのでは、心はいずれ疲れ果て、壊れてしまうからね」

「お心遣い、ありがとうございます」

 ルーファスが葡萄酒を手に持ち直し、アレウスのテーブルを去って行く。


 ヴェインはエイミーと一緒にお酒を飲んでいる。冒険者が麦酒を飲んで、互いの健闘を讃え合っている。先遣隊のことしかアレウスは知らないのだが、きっとここに集まった冒険者は全員が異界に堕ちる覚悟を決めてやって来て、作戦を練り、各々が出来る最大限のことをやっていたのだろう。ただ勢いに任せてお酒を飲んでいるわけでは決して無いのだと思いたい。


「アレウス」

「ん、どうした?」

「こういう雰囲気、馴染めなくて……ちょっと怖い」

「異界を思い出すか?」

 アレウスは慣れている。自身より年上の連中がいつも酒を飲んで、酔っ払っていたあの異界のベースで必死に鉱石を掘って生きていた。しかし、アベリアは蚊帳の外で生きていたのだ。だから、逆に虐げられるのではないかと不安なのだろう。


 どうして異界に食事処や、それらを調理するための場所、なにより食材が溢れるのかは全く分からないが、そもそも異界という地が分からないことだらけなのだからそこに固執していても仕方が無い。いずれ至る、その場所で改めて調べれば良いだけのことだ。


「でもアレウスと一緒なら落ち着く……」

「間違ってもお酒を飲まされるなよ」

「気を付ける」

「クルタニカみたいになられても困るからな」


「ちゃん様を付けなさい、下賤な輩!」


 クルタニカは地獄耳らしい。アレウスは小さく「ちゃん様」と呟き、彼女の意味不明な怒りから逃れる。


「上級冒険者は頭のネジが外れている方がなりやすいのか……?」

「一つに特化していると、あんな感じになるのかも」

「頼むからお前はああはならないでくれ」

「アレウスも」

 こんな会話をしているが、果たしてアレウスたちは正常であるのかどうかは自身では分からない。周囲からしてみれば頭のネジが外れていると思われているのかも知れない。なんにせよ、そう思われているのならばまだ二人揃って上を目指せるということなのだろう。


 アレウスは葡萄を絞った果汁飲料を飲み干し、宴の輪に加わっていない黒衣の男に近付く。


「短剣をお使いになるんですか?」

「剣ではあるが、刃は片方だけだ。短刀と呼ばれる……まぁ、魔物を仕留める上ではどちらにおいても変わったところなどないが」

 黒衣の男は短刀を抜いて、アレウスに見せる。ただし、決して触れさせようとはして来ない。仕事の得物に細工でもされてはたまらないとでも言いたげな視線を向けられる。


「片刃は左右に振る際に向きを変えなきゃならない分、扱い辛い物ではないんですか?」

「そこそこの冒険者は誰も彼も同じこと言う。俺にしてみれば、両刃であって得した場面が、俺が魔物を仕留めた場面以上に存在しているのかと問い返したい」

 アレウスは視線を戻し、黒衣の男は短刀を鞘に納める。

「それと、俺に短剣の技術を教えてもらおうなどと考えるな。お前がルーファスに師事していることは知っている」

「聞いたのではなく、あの場にいらっしゃった?」

「普段から気配は消す。痕跡も残さない。それを特に注意して行っている。お前にはまだ潜んでいる時の俺は見つけられないだろう」

「そうですか」

 黒衣の男は夜の闇にそのまま溶け込んでしまいそうなほどに気配が薄い。その気になれば、ここからすぐにでも居なくなることさえ出来そうである。

「お酒は?」

「好まない。蜂蜜酒ではないようだからな」

 麦酒と葡萄酒ではなく、蜂蜜酒を嗜むらしい。

「……よくもまぁ俺に話し掛けようと思ったものだ」

「助けて頂いたんですから、お声は掛けておこうと思いまして」


「そうか。物珍しいヒューマンだ」

 黒衣の男はそう言って、ギルドの扉を開ける。

「少し外の様子を見て来る。俺の感知すら突破した、あの矢の主がまだどこかで息を潜めているとも限らないからな」

「……お願いします」

 頼み、見送ることしか出来ない。アレウスが付いて行ったところで、やはり足手纏いにしかならない。かと言って、黒衣の男だけを外に出して良いものかとも悩む。

「俺は元は密偵や間諜(かんちょう)だ。夜に出歩くことなどいつものことだ。この俺が気を抜いて死ぬとでも? 五分も経てば戻って来る。まったく、初級に心配されるなどあってはならないことだな」

 黒い男は影のように素早く、アレウスの目の前から夜の村へと消え去った。


 その後、言った通り五分後に黒衣の男は戻って来て、ルーファスになにやら耳打ちをしたのち空いていた席に腰を下ろす。村の見回りを終えて報告をしたのだろうと思っておく。


 ワイワイガヤガヤと騒ぐ中、料理が運ばれて来てアベリアがはしたなく涎を垂らし、その数々の料理を胃袋へと収めて行く。アレウスも彼女ほどではないが出された料理を味わいつつ、胃を満たす。奥ではヴェインが未だに酒を飲まされている。そして傍でエイミーは顔色一つ変えずにまだお酒を飲んでいた。

「あれは吐くまで飲まされそうだな……」

「大変そう」

「あれに付き合っているエイミーはウワバミかなにかだな」

「ウワバミ?」

「お酒を沢山飲める人をそう言うんだ。ヒューマンの間だけでの呼び方かも知れないけど」

「そうなんだ」

 二十歳になった際に飲んで初めてお酒に強いか弱いかが分かる。アレウスは出来ればウワバミでありたい。


 リスティが強く手を叩き、冒険者たちが静まる。ギルドの人たちに促されるまま、アレウスは冒険者に混じって外に出る。


「魂の循環から外れてしまいましたのが五名、恨み辛みを抱きながら死んでしまわれたのが一名。それでもいつもと形式は変わりません。喪ってしまった命に変わりはありません。ですので、魂は無くとも、守れず消えてしまったその五つの命に敬意を。この地に残した恨み辛みによって怨霊とならんことを願い、一つの命に愛情を。そして、この地に残りしあらゆる事象に、好機の転換を」


 リスティの言葉に合わせて、冒険者たちは瞼を閉じ、なにやら神妙に、物静かに時を過ごしている。それが黙祷であると気付くのに少し遅れてしまったがアレウスも同じように瞼を閉じ、消えてしまった命に礼儀を払う。


「この村の人々に感謝を、そして尊敬を。これより始まる辛く険しい道のりに私たちは可能な限りお力添えをして行きます。なにより明日は我が身と感じつつ、それでも尚、勇ましく前へ進み続ける冒険者の皆さんに祝福を」


 冒険者たちが各々、思い思いの言葉を語り出す。アレウスは瞼を開き、溜め息を零す。

「なにか、考えていた?」

「……たった一度の人生だ。そのたった一度の人生を、志半ばで終わらされた人たちの気持ちを考えると……ちょっとな。だから、僕は約束を果たしてから、終わらせたい。終わりがあるのなら、ね……」

 約束の先にまだ終わりがないのなら、そこで終わらせるつもりもない。


 ただ、いつもより心はざわついていた。自身のロジックはアベリアにしか開けない。そのことについてはずっと長所であると感じて生きて来た。


 だが、それは即ち、疑われた際に潔白を証明する方法としてロジックが使えないことを意味する。


 自分の行動にはいつだって結果が伴う。その結果が常に正しいとは限らない。もしかしたら疑われることもあるかも知れない。けれど、そこで責任を放棄すれば疑いは更に強まってしまう。

 常々に考えなければならない。自身の身の振り方を。疑われても、潔白であると行動で示せる、そんな生き方が出来るように。


///


 人物は両手を空気に滑らせる。溜め池の中で渦巻く異界の穴のロジックが開かれ、人物の前で“概念”を指し示す。

「“閉じろ”」

 一言、そう告げながら人物は『有る』を『無い』に書き換える。大きな音も、衝撃も無く、静かに異界の穴が閉じた。人物はそれを目で見ずとも感じ取り、その場をあとにする。

「『人狩り』、痕跡は消して行け」

「正義の名の元に」

 人物の後ろを『人狩り』が付いて行き、その足跡を、音痕を、痕跡という痕跡全てを消し去りながら、闇の中へと二人して消えて行った。


///


「面白い男ではある。お前が興味を持つのも当然だろう」

「叔父様がそんな風に言うなんて思わなかったなー」

「だが、早々に信じてはならない。もっと観察した方が良い。声を掛けるのは構わないが、パーティを組むのなら気を許すな」

「はーい」

「……気を付けろ」

「それはずっとずっと前から言われてまーす」

「『ナーツェ』の血統は狙われる」

「混血でありながら、叔父様ですら狙われてしまうくらい、でしょ?」

「だから気を付けろ」

「大丈夫でーす。血統がいくら凄かろうと、あたしは掟を破って森を追われた、野蛮なエルフだから」

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