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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第14章 前編 -国外し-】
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談話

「家をエイラの父親から借りてから、今になってやっと談話室の修繕が終わったってのは遅すぎるな」

「そう? 家を空けなきゃならない時間の方が多いし、だからってジュリアンやエイラに修繕させるのは酷だと思うし、いつまでも放置しないでなんとかなったんだから良かった方じゃない?」

 リスティは談話室にアレウスと一緒にソファを運び入れる。新品ではなく中古品――シンギングリンを出てしまった人たちが処分せずに放置したままの家具は沢山あって、無料ではないが新品を買うよりも手頃な値段で手に入れることができる。このソファも借り手のいなくなった家屋から地主が新たに建て直すに至って、不必要として回収された物の一つだ。革は少々くたびれてしまっているが、クッション性は損なわれていない。アレウスが寝転がっていたソファと遜色はない。

「暖炉があるからその周りには燃えやすい物は置かないようにして、テーブルもさっき運んだので十分だな」

「薪も十分にあるし、燃焼も悪くない。念のため、窓も少しだけ開けていたけど煤が部屋に充満する感じもないから煙突が詰まっているってことはなさそう」

 あれだけ煤だらけになって掃除したのだ。十分ではないにせよ、これで詰まっていたら先ほどの苦労はなんだったんだという話になり、明日また煙突掃除をしなければならないところだった。

「で? 暖炉を使ったら使ったで、僕じゃなくてノックスがぐうたらになってしまったけど?」

 暖炉の近く――火傷せず、更に熱くなりすぎない絶妙な距離でノックスは床で猫のように丸くなって、完全に気の抜けた表情をしている。今なら耳を触っても許されそうなほどに緩い。

「キッチンぐらいの暖かさならギリギリ理性を保てていたのが、談話室の暖かさで完全に崩壊した感じでしょうか」

 リスティは困った顔をしながら談話室に入ってきて、テーブルに紅茶と菓子を並べる。

「給仕の仕事をさせてすいません」

「いえいえ、こういう仕事は慣れていますから。それに無茶振りをしておいて、なんにも報酬を出さないのもどうかと思いますので」

 紅茶をカップに淹れて、配膳を済ませたリスティが椅子に腰かけて一息つく。

「冷えますから、温かい飲み物はどれだけ飲んでも損にはなりません」

 そうは言うがトイレは近くなる。などというデリカシーの無いことは言わず、アレウスは紅茶を飲み、菓子を合間に食べる。


「んぁ? なにか食べているのか?」

 紅茶の香りと菓子を咀嚼する音を聞き取ってノックスの耳がピンと立って、それから眠そうに瞼を擦りつつ大きく欠伸と背伸びをして立ち上がり、椅子に飛び乗ろ――うとして思い留まり、丁寧に椅子へと腰掛ける。そこからは行儀良く紅茶と菓子を嗜む。

「ヒューマンの生活に慣れさせるのも実際のところどうなんだろうな」

「お前が慣れろって言ったんだろうが」

「いやでも、価値観や環境の押し付けにも思えてきて」

 ノックスが無理をして環境に適応しようとしているのではないか。それは彼女の個性や生き方を否定することに繋がらないだろうか。そんな風に思うと不安になる。

「ワタシはこれで良いって思っているから良いんだよ。獣人とヒューマン、その両方の環境に適応できるようになれば当面は困らないだろ? 群れに戻れるかどうかはパルティータの匙加減だし、群れが納得するかどうかって部分もある。だからってワタシはキングス・ファングの娘だから他の獣人の群れに入れてはもらえない。自然と生き方はヒューマンに寄せるしかねぇんだ。で、案外、私はこういう自分が生きてきたことと違うことをする毎日が案外、気に入っている。そうやって雰囲気で心配されんのはちょっと嫌だな」

「悪かった……」

「お前ってたまに本当に悪いことしたと思ったときにちゃんと謝るよな」

「たまにじゃなくていつもなんだが」

「ホントか~?」

 言いながらノックスは菓子を口へと放り込み、その美味しさに頬を綻ばせる。アベリアも紅茶と菓子の相乗効果にかなりご機嫌な様子だった。

「そういやドワーフはどこ行ったんだ?」

「お前が寝ている間に里に武器の研磨に行った」

「寝てはいない。寝かけていただけだ」

 ああ言えばこう言うとはまさにこのことで、アレウスはノックスとの益を生まない会話をするのをやめる。

「まぁガラハさんは武器の心配というよりはヴィヴィアンさんを心配しているんでしょうけれど」

 武器の研磨を理由に煙突掃除を終えてからそそくさとドワーフの里に『門』を使って帰ってしまったが、リスティはそこを深読みしているらしい。

「寒冷期に外出させた責任としてしばらくは様子を見に行くつもりなんでしょう」

「愛だな」

 アレウスは口の中の菓子を噴き出しそうになったが、必死にこらえた。

「愛?」

「ああ、愛がなきゃそんなことしねぇだろ?」

「……いや、どうだろうな」

 アレウスはガラハからヴィヴィアンへの感情について聞いている。そのやり取りは今まで誰にも話したことはないし、ガラハも仲間の多くに彼女への想いを語ってなどいないだろう。だからこそアレウスはすっとぼけなければならない。知らない風を演じ、鈍感さを見せなきゃならない。なぜなら、アレウスがガラハの想いを明かしたなどという冤罪を押し付けられたくはないからだ。

 しかし、ヴィヴィアンへの献身的な姿を見て他人の感情――それこそ愛情などに疎そうなノックスまで察している状況なのは確かで、つまり彼女が察しているということは彼に関わっている大体の人物が察しているということに繋がる。


 対応の差で分かりやすすぎるんだよな。そんな風にアレウスは心の中で呟いた。

 ガラハは普段から女性に対して紳士的に接しているヴェインよりもぶっきらぼうで、あまり関わりたがらない。性差を気にしていない様子はなく、関わるとしても必要最小限――仲間内や身内に絞っていると思う。外で知らない女性と関わることがもしあれば、それは買い物やレストラン、宿屋などに寄ったときぐらいだろう。そんな彼が、ヴィヴィアンにだけは相当に気を遣っているのだ。そんな様を見せられれば誰だってなんとなく察してしまうのも仕方がない。


「あんまり騒ぎ立てちゃ駄目だと思う」

「ですね。ガラハさんのことですから相談を受けることもないと思いますし、優しく見守りましょう」

 どうやら話の流れは一旦の区切りを見せるようだ。あまり広がることがなくてよかった。急にみんながやる気を出して二人の仲を取り持とうなどと言い出せば、大騒ぎだ。場合によってはガラハに怒られる。怒られるだけで済めばいいが、パーティ関係の解消まで行けばアレウスは立ち直れない。

 そう、立ち直れない。パーティは死別だけで解消されるわけではない。信頼や信用を失って解消されることもある。方向性の違いならまだしも、相手の感情を逆撫でしての喧嘩別れは想像以上のトラウマになる。理空との別れがまさにそれで、この世界で互いに産まれ直して巡り会えたから感情の整理が付いたが、もしも会えずじまいだったならずっと引きずっていた。引きずりっ放しだった。最近になって産まれ直す前のことを考える回数が減ったのも、彼女への未練がなくなったからだ。おかげで最近は夢見も良い。赤い淑女の言葉によって別の意味で頭を悩ませられているものの、やはり未練の数が減っただけでも心に余裕が持てる。

「ただいま帰りましたー」

 談話室の扉をノックしつつジュリアンが室内に入る。

「うわ、一度ここの暖かさを知ると自分の部屋にも戻りたくないですね」

「お帰りなさい。ドナさんたちはどうされていました?」

「特にはお変わりないようでした。アップルパイのお礼も済ませましたし……なんですか、アレウスさん?」

「いや、エイラとはなんの話をしたのかと思って」

「別に普段通りに言い合いをしただけです」

 ジュリアンは菓子の一つを手に取り、それを口に放り込んで再び扉を開ける。どうやら帰宅した報告と顔見せを終えたので自室に行くようだ。

「ちょっとだけ面白いこともあったんですが」

「え、なに? どんな面白いことがあったの? 聞きたい」

「そんな喰いつかれても教えませんよ。ええ、絶対に教えません」

 アベリアの好奇心から逃れるようにジュリアンが談話室をそそくさと出て行った。

「あれってなにか進展があったってことか?」

 ノックスがなんとなしに言う。

「ガキのクセに――いやまぁガキだからこそか。楽しかったらそれでいいんだけど、あいつは妙に大人っぽいところがあるから突然、なにかやらかさないかと心配になる。取り返しのつかないことをやってしまって、お相手の親に頭を下げるみたいなことがなきゃいいんだが」

「今の言葉は物凄く獣人らしくないな」

「確かに群れはハーレムで成り立つが、それ以外のところでもモラルぐらいはあるっつーの。まぁ、好き同士だったのに、片方がハーレムにかっさらわれるっていうヤバい話もあったりするわけだから、強い道徳心や倫理観があるかって言うとまた別だけど……」

 最初は強気だったが、段々と自信なさ気になる辺りにノックスも群れのルールによるやるせなさに思うところがあるのかもしれない。

「まぁ、そういった重たい話はここまでにしておいて」

 リスティが両手をポンッと叩いて、連鎖しそうな重たい話を切り上げる。

「アレウスさんたちはもうしばらくは休養ですか?」

「クラリエが戻ってくるまではと思っていまが、あまりに帰りが遅いようだったら軽めの依頼を受けようとは思っています。その辺りもガラハやヴェインの意向も聞かなきゃなんですけど」

 場合によってはクラリエはもうパーティに戻らないかもしれない。彼女は沢山の使命から解放されて、森の外に出る理由がもうない。あとはレジーナたちとエルフの森、そしてエルフが外に開くために残りの日々を費やしてもいいはずだ。それはきっと、彼女にとっては自由で、とてもやりがいのある仕事のはずだから。


「なんかあたしがパーティ抜けるみたいな雰囲気出すのやめてくれないかな?」

 全員が声に驚き、咳き込んだり紅茶を零したりと多少の粗相をする。

「この家は異界化しなかったけどやっぱり魔法陣がちゃんと機能してないねぇ」

 クスクスとクラリエは笑いつつ菓子を摘まむ。

「いつの間に帰っていらしたんですか?」

「オルコスと一緒には帰ってきていたんだけど突然、彼女がアレウス君を見定めるとか言って帰らしてくれなかったんだけど、許可が下りたんだよねぇ。アレウス君、なにか言ってくれたの?」

「いや別に、特段なにかを言ったつもりはないけど」

「誑かそうとしていましたよ。第二王女を」

 ギロッとアベリアに睨まれる。

「だから誑かそうと思って話をしようとか思ってないですから!」

 全てはリスティの妄想である。あの雰囲気をそういうものと受け取っている彼女自身の思考に問題がある。

「ふぅん? また女の子を誑かしていたんだ」

「またとかそういうのはもう勘弁してほしい」

 アレウスはげんなりとしながら言う。もうこれ以上、女性を誑かすだの誑かしただのの話はしたくない。いくら帝国の特例を得ようと頑張っているのはあくまで仲間、或いはミーディアムの愛情問題をどうにかするための最終手段だ。その特例措置以外に最良の選択があるのならそれを選ぶし、ないのなら諦める。


 なのでもう自分が想定している人数以上になるとかならないとか、そんな話はしたくないのだ。


「アレウス君がそこまで言うならこの話は無しってことで。あたしも別にアレウス君を虐めたいわけじゃないしねぇ」

 菓子を口に放り込み、美味しそうに食べている。

「あのね、リスティさん? 『門』の話になるんだけど」

「今後、使えなくなるんですか?」

「ううん、お母さんの魔力の残滓はまだ無くならない。書庫の地下にバシレウスがいる限り尽きることもないと思う」

「あのハイエルフがいる限り?」

 アベリアが呟く。アレウスは話こそ聞いてはいるもののハイエルフを直接見たわけではない。無闇に話に入り込むわけにもいかないので聞くだけに留める。

「バシレウスはお母さんにロジックを書き換えられていて、それが現在も続いている。通常ならロジックの干渉能力に強い抵抗力を持っているはずなのに、それが全く通用していないのはエルフたちもそうだったから、今更驚くことじゃないよねぇ。それで、バシレウスは不老でほぼ不死だからあのまま書庫の地下に封印し続けているべきだって話になったから、その流れで『門』は今後も使えるはず。で、ここからが本題なんだけど」

「本題ですか?」

「シンギングリンの仮設ギルドの地下に『門』を一つ追加したいんだ。エルフの森との『門』」

「え? いや、それは願ってもない話なんですけど、よろしいんですか?」

「うん、レジーナが許可を出してる。オルコスもついさっき許可を出してくれた。イェネオスとエレスィもエルフの重鎮たちに話を通してる。シンギングリンはエルフの森にとって、最初の外との繋がりを持つ街で、そして『門』になる。最初は観察なんかでやって来るエルフが多いと思うけど、いつかは特使や密使も『門』を通ってくるようになる。その先で、ようやくエルフたちは外の世界――ヒューマンたちの街を知ることができる。物凄く、果てしない先の未来だとは思うけど」

「そうなりますと、『門』を通るエルフたちに使いは付けた方がよろしいでしょう。イェネオスさんやエレスィさんがいつもいらっしゃるわけではないんですよね?」

「そう、そこ。そこがちょっと悩みどころでさ。シンギングリンにいるハーフエルフやダークエルフに話を通してくれないかな。外に開こうとする故郷を、さほど毛嫌いする同胞はいないと思うんだよねぇ」

 なんとも凄いことをクラリエはアレウスがだらけている内にやってのけてしまったものだ。

「この街は先駆けになる。ここで暮らしていたから分かるんだけど、この街は他種族への差別意識が薄い。エルフにも言い聞かせるし、貴族領にさえ近付かなければ問題はきっと起こらない。それでも街の人たちにエルフが街を観察しに来るようになることは伝えておいて? まぁ観察って言っても、ほぼ観光なんだけどさ」

「と言われましても私はもうギルド長ではありませんので……『門』についてはなにかと取り計らうことはできますが、シンギングリンの治安云々にまで根回しすることは難しいかと」

「街は復興してきているのに、ギルド長と街長は一向に決まっていないのが、若干の不安な点ですよね」

 アレウスはリスティが感じている不安に同調する。本来ならそのどちらかにリスティは就いていてもおかしくないはずだったのだが、パザルネモレの一件でその道は途絶えた。そうなると誰がギルド長になり、誰が街長になるのか。有力候補をアレウスは知らない。

「特定の冒険者を優遇するような感じになってしまうと、他の冒険者の不満が大きくなりますから私がギルド長を仮で終えたのはむしろ良かったのかもしれません。問題は後進(こうしん)に誰が任すに値するかなのですが」

「エルフとの関係を取り持ちつつ、街の運営を円滑に進め、カリスマ性を持った人物。そんな人いる?」

 アベリアがまとめてはくれたが、あまりにも理想が高すぎる。それらに合う人物はそう簡単には見つからない。

「つまるところ、アレウス君みたいな人がいればどうにかなるのにねぇ」

「言われたって僕は嫌だからな」

「このぐうたらが人を動かして、街を運営できるとはとても思えねぇな」

 ノックスの頭を軽く叩きたい衝動を抑えつつも、彼女の言うようにアレウスにはそういった一切は分からない。政治も統治もなにもかも学んではいないのだ。そもそも街とはどのような方法で運営されていて、シンギングリンはどのような話が通されて復興作業が進んでいるのかも知らない。ただ手伝えと言われているから手伝っているが、その仕事を請け負った人や、その人が雇われている先も知らない。

「アレウス君みたいな、は理想が高すぎるか」

「高いっつーより無理だな。ぐうたらな部分を除いて、こいつより種族差別をしないヒューマンはいねぇよ」

 今度は褒められているんだろうが、やはり頭を叩きたくなる。

「その辺りは私も調べておきます。と言うか、私がしておかなければならないことだったんですよ。でも、パザルネモレの一件で後進の指名はできなくなってしまったので。なるべくクラリエさんと相性の良い人物がなってくれるとよろしいのですが」

「え、なんで?」

「クラリエさんはこれからエルフとヒューマンを繋ぐ架け橋としてお仕事を成されるのでは?」

「え、いや全然? あたしはこれまで通り、アレウス君のパーティにいるつもりだけど」


 一瞬の沈黙。


「なに? え、もしかしてあたしがパーティを抜けるとか思ってた?」

「思っていたよ。もう冒険者って枠組みに君が囚われる理由もないだろ?」

 師事していた相手であり叔父――最終的には叔父でもなかったが、彼女の中では叔父であった『影踏』は死に、使命としていたイプロシアも討った。『ナーツェの血統』は完全に途絶え、彼女は何者でもないために血統に縛られる理由もなくなった。

「自由になったからこそアレウス君のパーティにいたいんだけど? それともあたしがいたら迷惑かな? まさかさっきまであたしの代わりになる人を探すみたいな話し合いをしていたの?」

「代わりを探すまでは考えていなかったけど、クラリエが抜けるとどうしようかなって話の流れにはなりそうだった」

 アベリアは率直に物を言い過ぎる。

「ひど~……でも、しょうがないか。あんな感じで先にシンギングリンに帰ってもらっちゃったんだし」

 クラリエは周囲からの視線を受け、小さく溜め息をついた。しかし意を決したように顔を上げる。

「私ことクラリェット・シングルリードは改めてアレウス君のパーティに入りたいと思っているんだけど、駄目かな?」

「シングルリード……」

「うん、お母さんが最期に家名をくれたんだよ。だからそう名乗ろうって……エルフの重鎮たちには内緒だけどね。それで、どう? あたしはアレウス君のパーティに入っても……アレウス君のパーティにいてもいいのかな?」

「勿論」

 断る理由は見当たらない。

「君が決めたことなら、僕は歓迎するだけだよ。そもそもパーティから外したこともないから歓迎って言い方も変だけど」

「本当によろしいのですか? あとでレジーナさんからなにか言われませんか?」

「大丈夫大丈夫。レジーナは元からあたしがアレウス君のところに行くこと前提で今後のエルフの展望を描いていたみたいだから。そのための『門』の作成ってわけ。お母さんはもういないけど、『無衣』を応用すれば『門』を作ることができると思う」

「また燃焼で大変なことにならない?」

「アベリアちゃんの心配はごもっともだけど、これはあたしの『衣』だから。あたしがちゃんと使いこなせるようにならなきゃ。あのときは滅茶苦茶をやったからだけど、今度は絶対に制御できる」

 そこまで言うのなら、とアベリアは引き下がった。

「あとはギルド長と街長問題か……リスティさんは後進を指名できなかったと言っていましたけど、指名するなら誰にする予定だったんですか?」

「後進の育成はしていませんでしたから。私自身、仮でギルド長になったのもその場の雰囲気みたいなものです。ヘイロンやシエラ先輩に気に入られていたから、みたいな流れです。そもそも後進を見られるほど私たちには余裕もなかったので」

 そこまで言ってからリスティは「うーん」と悩む。

「強いて言うなら、一人だけ。ただ皆さんの知っている方ではないのと、私が口出しできる状況にはないのであとは本人次第みたいなところはあります。本人がギルド長に立候補する気があるのなら、その内、皆さんの目に留まると思われます」

 なんとなく、ギルド長向きの人物はいるらしい。リスティが熱く語らないのは結局のところ、その人物にやる気がないからだ。少しでもその人物が相応の動きを見せていれば、ここで彼女は強くアレウスたちに推しているだろう。

「復興しているとはいえ、沢山の人を喪って沢山の人が去っちゃった。沢山の人が入ってきてくれたけど、以前のシンギングリンと同じような街にはならないかもしれないねぇ」

 それは世代の移り変わりか、それとも時代の変化か。クラリエはやや寂しそうに言う。長生きをする種族にしてみたら、どうしてそんなにも急いで街並みを変える必要があるのかと思うのだろう。森が永久(とこしえ)であり続ける限り、そこの住まうエルフの生活も外の刺激を受けても、そう大きくは変わらない。変わるとすれば、それはアレウスたちがこの世を去ってから徐々にだろう。


 いつまでも談話室で時間を潰していたかったが、紅茶と菓子が尽きてしまったのでリスティが片付けに動き、アベリアがその手伝いで退室する。ノックスはまた暖炉の近くで眠そうに丸まったので、彼女に火の始末は任せてアレウスとクラリエも談話室をあとにした。


「お風呂って沸いてる?」

「いいや、今日は沸かしてない」

「そっかぁ、沸いていたなら一緒に入ろって誘ったんだけどなぁ」

「僕はそれを聞いて今すぐ沸かせに行けばいいのか? それとも、沸いていなくてよかったとホッとすればいいのか?」

「ん~どっちでも? アベリアちゃんを悲しませない程度にはあたしもその気で攻めるからよろしくってだけ」

 家に居辛くなる。クラリエの宣言は嬉しさよりも面倒臭さが上回る。

「あーあと、皇帝陛下が変な動きをしているかな」

「リスティさんよりも先にそんな話題が出てくるってことは、エルフの森の近くでなにかやらかしたのか?」

「まぁそうなるね。でも侵略じゃなくって、あれは……なんだったんだろ。分かんないけど、オルコスからはなにか聞いていない?」

「帝国が王国よりも優れているわけではないとは言っていた。もしかして、今度は王国の闇じゃなくて帝国の闇に関われってことか? 僕はもう首が刎ねられそうなことには関わりたくないんだけど」

「んーでも、なにをしているかぐらいは調べた方がいいかもね。『異端審問会』について、調べたいんでしょ?」

「なんで分かった?」

「クリュプトンの遺言がなんだったのかオルコスから聞かせてもらったから。アレウス君はこれから、自分が大嫌いで潰したいほど憎んでいる組織について調べるんだろうなって」

 あの王女はクラリエになにもかも喋りすぎではないだろうか。


 そこで彼女の策略に気付く。クラリエに喋ることによってアレウスへと伝わることを想定していたのだ。そして、それを聞いて自身がなにかしらの行動を起こすことをあの王女は期待している。


「これだから表情の読めない異性は嫌なんだ」

 呟きつつも、オルコスが一枚上手であったことに観念する。

「そりゃ調べはするけど、それが結果的に皇帝陛下の動きと繋がるようなことがあっても僕は帝都に足を運んだりはしないからな」

 恐らくそれも王女は織り込み済みだ。つまり、ここで彼女が求めているのはアレウスがクラリエに『異端審問会』について調べた内容について話すことだ。クラリエは『門』を作る過程で何度もシンギングリンと森を行き来する。そのときいずれオルコスの耳に入る。

「責任は分散させた方がいいから、そっちの方がいいか」

 王女にも探りを入れた内容を把握してもらう。アレウスだけの責任にはならず、重みは分散される。ただし、新王国にとって帝国を糾弾できるような劇薬になるようであれば黙ったままの方がいい。

「なにブツブツ言っているの? ほら早くお湯を沸かそうよ」

「なんで?」

「なんでって、一緒に入るからでしょ?」

 きっとこれはクラリエなりの冗談だ。アレウスが険しい顔をしていたから彼女なりに気を遣ったのだろう。そう思ったのでアレウスは彼女の言うように風呂の湯を沸かす作業へと移る。



 その後、まさか本当に二人で入ることになるとは、思わなかったのだが――

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