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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第13章 -只、人で在れ-】
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β-16 呪いの祈り

 攻勢を続けた状態で日が沈み、マクシミリアンの部隊は駐屯地まで撤退したため、新王国軍にも追撃させずに各駐屯地まで下がらせた。夜の戦闘は行わない。それが王国における戦争での基本であり、それを破れば王族の品位に関わる。だからこそマクシミリアンは夜戦を行わない。そこにはクルスが事前に調べ上げた情報からの絶対の自信があった。

 アンドリューより奪還した砦で作戦会議を開き、次なる手立てを考えつつも各駐屯地から部隊を移動させ、本陣まで突撃する形を作り上げていく。これに対してマクシミリアンがどのように夜の間に部隊を動かすかどうかは分からない。朝になって、こちらの想定を覆す陣形を取られていれば一気に崩される。一応は間諜を向かわせてはいるが、生きて帰ってきてくれるかも分からない。

 不安を抱える中で少しでも疲労を和らげるための睡眠を取り――睡眠と呼べるかどうかも分からない微睡みに身を任せて、長い長い夜は明けて、朝となる。

「こう来ましたか……」

 砦からマクシミリアンの陣形を眺めるリッチモンドが呟いた。

「私たちを無視してゼルペスを攻める形」

「つまりは、私たちがゼルペスを見捨てるか否か。民草を守らない者は王と呼べるか。その一石を投じるつもりなのでしょう」

「……戻りましょう、リッチモンド。私はゼルペスで立ち上がってくれた人たちを見捨てることはできない」

「いいえ、それはなりません。ここでゼルペス防衛に部隊を回せば突撃は失敗に終わります」

 マーガレットが進言してくる。

「だけど、マクシミリアンを討ってもゼルペスが落とされたんじゃなんの意味もない!」

「義兄上、クルス様を任せてもよろしいですか?」

「ああ」

「では私がお優しいクルス様のためにゼルペスの防衛へと向かいましょう。ここからならば一時間ほど馬を走らせればまでには山間部入り口まで――ユークレースが攻めようとした通路の防衛には辿り着くことができましょう」

「一人でマクシミリアンの進軍を阻むつもりか?」

「ええ」

「それも駄目! マーガレットが死んでしまう」

「クルス様? あれも駄目、これも駄目では物事は進まないのです。人間は常に嫌なことを拒み、逃げ続ける意志を持たされますが、運命は常に立ち向かう覚悟を求めてきます。半端な思いで立ったわけではないのなら、その全幅の思いで物事をやり遂げてください」

 マーガレットは馬上鎗を背負い、砦の門を兵士に開かせる。

「それに、私は死にませんよ。義兄上ほどの命知らずではありませんので……」

「メグ」

「なんでしょう?」

「ビークガルド家を頼む」

「……ああ、本当に面白くないことを仰います。ここはまた会おうと言うところでしょう?」

「……さらばだ」

「冗談が過ぎますよ、義兄上。しかし、その返事に答えずままに去ることを私の心が拒んでいます。だからこそ、今ここで言っておきましょう……さようなら、義兄上」

 マーガレットが砦を出て、馬に乗って走らせる。


「では、参りましょうか」

「義妹と今生の別れみてぇなことを言ってからよくもまぁそんな顔が出来る」

 エルヴァがリッチモンドを睨む。

「死ぬな」

「当たり前だ。死ぬ気では挑むが本気で死ぬ気などない」

 リッチモンドは冷ややかに笑いながら答え、門から外に出る。

「良いのか? あいつは死ぬ気だ」

「ゼルペスを出るときからあんな感じ」

「だったら、」

「私たちは犠牲のない勝利を得られるのが一番だと思っている。けれど、そんなことを王国軍が許してくれるかどうか」


「犠牲と言えば、ゼルペスは本当にあの女一人で守り切れるのか?」

 ジョージが砦内の光の当たらない影から訊ねる。

「どうにも、既にマクシミリアンはゼルペス城内に入るための洞穴を見つけているような気がしてならないが」

「最初から分かっていて私たちの動向を窺っていた可能性は十分にあるよ」

 その予感に対して逆に光の当たる場所に立っていたアンジェラが答える。

「私たちが出払ったタイミングでゼルペスへ。それが元々の戦略であったなら、私たちはまさに手の平の上で踊らされているってこと」

「そう、それは私も思っていた。だからリスティをゼルペスに残した」

「あいつを? 確かに砦には来ていねぇからホッとしたが、あいつ一人に城を守らせるのはどう考えても不可能だろ。いや、あいつの強さは分かってんだが」

「私の予想なら帝国の冒険者も洞穴を辿ってゼルペス城内に戻っているはず」

「あいつらを戦わせる気か? そんなもん、俺は許さねぇぞ」

「戦わせるんじゃなく、守らせる。洞穴のほぼ全てはゼルペス城内に繋がっている。だから城門を閉めてしまえば、王国軍は城下町にまで手を出すのに時間が掛かる」

「城内の閉じ込めるってか? なら余計にリスティが死ぬかもしれねぇな。まぁあいつは未だに『教会の祝福』を持っているから死んでも甦るとは思うが、親友を死なせること前提で突撃するのか?」

「ゼルペスには私たちが知っている怖ろしい部分があったでしょう?」

 含みを持たせた言い方にエルヴァが勘付く。

「……闘技場の魔物か」

「それをゼルペス城内に全て移している。私が残した間諜にはゼルペス城内に王国軍が現れた瞬間にその檻を開け放つように言ってある」

「最低最悪だな。つまり、アレウスたちに魔物退治するついでに王国軍と戦ってもらおうとしているわけだ」

「冒険者はあくまでも魔物を退治することに努める。けれどそこに王国軍が邪魔立てするのなら……対処しないわけにはいかないでしょう?」

「だから最低最悪だと言っているんだ。俺はアレウスに合わせる顔がなくなる。あいつらは死ぬ気でイプロシアを討ったんだぞ? なのにまだ利用しようってのか?」

「だってそうしないとマクシミリアンの戦略を越えることはできないから」

「……分かったよ。俺は王女様にどうこう言う権限はない。王女様がそう考えたんなら従うだけだ。ただ、冒険者がどいつもこいつもゴロツキみてぇな生き方をして魔物と戦っているわけじゃねぇってことは知っておけよ」

 そう釘を刺して、エルヴァも砦を出て行く。


「義妹ちゃんはどうしてあんなヒューマンの男を手元に置いているんですか?」

「どうして、だろうね」

「……ああ、なるほど。今の言葉で大体のことは推測することができました。このオルコスも乙女ですから、その手の話に気付かないわけがありません」

 オルコスは自信満々に言う。

「未来を()くします。それでもあなたは彼を愛すると?」

「べ、べ、別に愛するとかじゃ!」

「うわぁ分かりやすい義妹ちゃん。けれど、彼の前でその顔を出せないのであれば余計に義妹ちゃんの未来によくない物を連れてきます」

「分かっているよ、そんなこと。私はずっと言っている。言っているけど、クルスは止まらないんだもん」

「美しき天の御使いよ、あたしの汚き言葉で耳を煩わせてしまったことを深くお詫びいたします」

「いいえ、オルコスの言いたいことは分かるから……だから私がいるんだよ」

「そうですか、ではあたしはあたしの心のままに。安心してくださいませ、必ずやこの戦いを勝利へと導きます。でなければクラリェット様にも、レジーナにも合わす顔がなくなってしまいますから」

 それでは、と丁寧なお辞儀をしたのちオルコスが砦をあとにする。


「……クルス、分かっていると思うけど」

「ええ、気にしないで。私の覚悟は揺らがない」

「それは俺にとってはありがたいようでありがたくはないな。だが、もう話している暇もない。違うか?」

 ジョージの問いに肯き、二人を連れてクルスも砦を出る。アンジェラが天馬を寄越してクルスを乗せ、ジョージが岩の狼を呼び出してエルヴァを乗せる。


「ゼルペスに集いし正しき未来を見据えし者たちよ! 時は来た! 今こそ王国軍を取り纏める首魁であるマクシミリアンを討つとき! この私、クールクース・ワナギルカンが道を切り開き! 必ずやマクシミリアンにこの鎗を届かせてみせよう! ただ前を向き! ただひたすらに! 王国軍本陣を目指せ! 友を見るな、同僚を見るな! 信じ合っているからこそ、ただ前を見て走れ! でなければ、友の死で、同僚の死であなたたちの足は止まってしまう! 止まってはならない! 止まっては、ならない!」

 天馬で空高くへと飛翔し、クルスは地上の兵隊に向けて言葉を託す。

「“全軍、進撃せよ!! 我が手に勝利を掴むまで止まらず突き進め”!!」


 恐らくは、この戦いにおける最後の『指揮』。未だマクシミリアンが『指揮』を行使していないことに不安はあるが、それを気にしていては進むことさえままならない。最大の懸念を残したまま進軍することは明らかな蛮勇である。だがここで退くことは絶対にできない。だからこそ突き進む。だからこその突撃だ。


「進め!!」

 リッチモンドの雄叫びにも似た命令によって砦に集いし全軍が大きな声を発し、自らと仲間たちを鼓舞しながら歩兵は走り、騎兵は馬を走らせる。クルスも天馬に地上を走らせる。空からでは鎗は届かない。突撃の最前線が空中にいては味方も困惑するだろう。だからこそ、クルスに“天使が憑いている象徴”としての天馬ではあっても、その特性を今は活かさない。


 新王国軍の突撃は怒涛の快進撃だった。迫りくる騎士たちを次々と薙ぎ払い、群がる兵士たちの一切合切を無視するような一点突破。騎馬を叩き、乗り手を落とすことで無力化させてひたすらに突き進み、それをオルコスの弓兵部隊が補佐する。エルヴァも暴れ、リッチモンドも暴れ、王国軍の陣形を分断するように、自軍がその亀裂となるようにひたすらに本陣へと駆け抜ける。


『“我らが愛国者よ、告げる”』

「マクシミリアンの『指揮』が来ます!」

 後方に備えているリッチモンドがクルスに身構えるように伝えてくる。

『“盾を壊せ”』

「盾……?!」

 マクシミリアンの『指揮』は隠語である。それも事前に教えるのではなく、受けた直後に理解する。敵であるクルスたちには『指揮』こそ聞こえても、知られない形で。

「全軍、王女様を中心に守備陣形を取れ! 死んででも守り通しなさい!」

「っ! 下がって、リッチモンド!!」


 盾とは、守るために備えられるもの。盾とはありとあらゆる者たちの正面に立つ者。盾とはありとあらゆる策を弾く策を走らせる者。


 どこからともなく投げられた鎗がリッチモンドの胸部を貫く。それは『指揮』を施された者たちによる正確無比な身命の一撃。現に鎗を投げた兵士はその後、クルスたちの馬群に揉まれて轢死する。


「リッチモンド!!」

「なぁに……これぐらいで私は死にませんよ」

 鎗を受けながらも落馬せず、大量に血を流しながらも馬を走らせる。そんなリッチモンドに凄まじいまでの追撃――鎗と矢の雨が降り注ぎ続ける。

「僧侶隊! リッチモンドに回復魔法を!」

 そう指示を飛ばすが、その回復を阻害するかのように僧侶隊にすら自らの命を犠牲にしながら歩兵が突撃してくる。魔法を唱えている暇はなく、そして唱える以上にリッチモンドの傷は増え、深まっていく。

 見ていられない。クルスは後ろを見ることをやめ、正面を向く。

「それで、よいのです。ええ、それでいい。あなたの王道の礎に、私はなるのですから」

 弱々しい彼の声を聞くも、振り返ることはできない。

「エルヴァ!!」

 怒気にも満ちたリッチモンドの叫びをエルヴァが聞く。

「あとのことはメグとお前に任せる!! どんなことがあってもクールクース様を王へと導け!! どんなことがあってもだ!!」

 エルヴァはなにも答えないまま岩の狼を強く走らせてクルスよりも前に出て、岩で作り上げた鈍器で前方の敵軍を薙ぎ払う。


「さぁ、! リッチモンド・ピークガルドはここにいるぞ! まだ私の命は落ちていない!! 落とせるものなら落としてみよ! そのときが来たとき後悔せよ! 俺に命を捨てるよりも! マクシミリアンを守るために命を捨てるべきだったと!!」


 リッチモンドの声が遠ざかっていく。彼の騎馬が走る足を緩めたのだ。それは乗り手の最期が近付いている証拠でもあり、騎馬の命もまた終わりへと近付いていることを示している。


『“矛を折れ”』

「また、マクシミリアンの……エルヴァ、お願い。私の傍から離れないで」

 強い懇願にエルヴァは拒絶せず、岩の狼を天馬に寄り添わせる。

「クルス、この『指揮』は俺たちに向けられたものじゃない。これはきっと、マーガレットを殺せという『指揮』だ」

「そんな!」

「マーガレットとリッチモンドはお前にとっての矛と盾だ。それを折り、壊すことをマクシミリアンは命じているんだ」

『“悪しき者たちの住処を落とせ”』

「これは、ゼルペスのこと」

 つまり、この『指揮』によってゼルペス城内への侵略が開始されたことを意味する。もしくはもう洞穴に入っており、侵入による城内での戦闘が始まったのだろうか。

「前を向きなさい」

 アンジェラが飛来する矢を全て魔力の障壁で防ぎ、翼を羽ばたかせて進む。

「終わりは近い」

 ジョージもまた矢を避けながら敵の弓兵部隊へと突っ込んでいく。


 心臓が痛い。緊張ではなく不安で張り裂けそうだ。ここで叫び声をあげて、胸が切り裂かれて血でも噴き出すのではないか。これほどの苦しみを味わいながら突き進むことへの意味を問い掛けながらも、しかし天馬の足を止めさせない。

「迷うな、迷うな迷うな迷うな!」

 自身に言い聞かせ、クルスは前だけを見てエルヴァと共に敵の騎馬と歩兵を屠っていく。


 そうしてようやく、ようやっと――二時間を要した突撃によってクルスたちはマクシミリアンの天幕へと辿り着く。


「マクシミリアン!」

 礼儀作法など関係なく天馬に跨ったまま天幕へと侵入する。

「大声を出すな」

 エルヴァが天幕を岩の鈍器で破壊し、彼を白日の下に晒す。

「ゼルペスを捨て、私の命だけを取りに来るか。果たしてそれは、王として正しき判断か?」

「あなたたち王族がしてきたことに比べれば、」

「比べるのか? 私たち王族の闇と。ならば貴様の突撃は、ゼルペスを見捨てる愚行は王族の闇と比較できるほどの度合いであるということだな?」

 マクシミリアンは表情一つ崩さず、天幕でただ座っていたのではなく立ってこちらを待っていた。なにより天馬の突撃に怯える様子もなく、鎗を前にしても一歩も下がらなかった。

「あなたを討てば王国を取ったも同然」

「しかし、民草は付いてくるか?」

「王国の闇を晒せば必ず」

「小娘の言葉を信じるか?」

「研究資料を出してしまえば信じるしかなくなる」

「信じるしかなくなる? なんだそのおぼろげな言葉は」

 マクシミリアンは凛然と立っている。エルヴァも常に仕掛けられる位置で身構えるが、手を出さない。

「民草は信じたいことしか信じない。貴様たちが私を殺し、王国の闇を晒したところでそれは貴様たちが王国を乗っ取るために仕立て上げた陰謀なのだときっと誰かが囁く。その囁き一つでそんな真実は事実として民草には入らなくなる」

 考えてもみろ、と彼は続ける。

「これまで一度も王族を疑わなかった民草だ。侵略者の言葉になど耳など貸さない。貸すわけがない」

 リッチモンドがいれば、ここで返す言葉も思いつくのだろう。クルスにはマクシミリアンの多弁さを跳ね返すだけの頭はない。

「へーだったら突撃を考慮した上でがら空きのゼルペスを叩くっていう作戦は民草に信じられるもんなのか?」

「貴様たちが突撃をしたから、」

「突撃しなくてもタイミングは見計らっていたよな? ユークレースと戦っていたときにロジック砲を撃ったが、あれはあいつがあれ以上、前に出ることを抑制するためだったんだろ? 俺はおかげで助かったが」

「『魂喰らい』と『勇者』対策であって、」

「だったらユークレースを下がらせてからロジック砲を撃てばよかっただろう。お前は、がら空きのゼルペス城内へと部隊を送り、敵拠点を占拠するっていう策略を優先した。それが揺るぎない勝利となると信じていた。ユークレースを信じず、己の戦略を信じた。果たしてそれは、王として相応しい選択か?」

 マクシミリアンが自論を展開する前にエルヴァがそれを遮っている。

「現にあの二人にロジック砲は効いていなかったぜ? いいや、効かないことを本当は分かっていたんじゃないか? お前はあのとき、同時にユークレースを始末したかったんだ。俺の手、或いはあそこにいたあの二人のどちらかの手によって」

「そんなことは、」

「だったら天使と堕天使を追い払ったアンドリューに部隊を送らなかったのはどうしてだ? 俺はきっと義弟の努力に貢献して部隊を送る判断を取ると思った。恐らくはそんなやり取りをここで交わしたんじゃないか? だが実際にはアンドリューに部隊は送られなかった。だから俺があの男を討つことができた。マクシミリアン? お前はここに戦争をしに来たんじゃない。王を継ぐ準備をしに来たんだ」

 マクシミリアンの眉が僅かに動く。

「アンドリューが死に、アンナは捕虜、オルコスは裏切り、ウリルは戦死、ユークレースは敗走。これはどう転んでもお前が王を継がざるを得なくなってしまうな? 民草もそう思うだろう。ユークレースが死んでくれていたなら、もはやお前が王になることを民草は文句を言わない。なぜなら、それほどの悲劇に見舞われても尚、王として立とうとするマクシミリアン・ワナギルカンは強く気高い王であると誰もが思うからだ」

「……名を聞かせてもらおうか」

「エルヴァージュ・セルストー」

「偽名を聞きたいのではない。クローンの名を名乗られても、私は納得はしないぞ」

「これが俺の本名なんでね」

 マクシミリアンが背を向けて歩く。エルヴァと共にクルスも位置取りを慎重に意識しつつ、マクシミリアンを間合いからは遠ざけない。

「犠牲はこちらも払っている。リッチモンドやマーガレット、そしてエルミュイーダ。マーガレットについてはまだ死んだかどうかも分かんねぇが……それ以外にも沢山の騎士や兵士が輪廻に還った。お前一人が悲しき王にはなり得ない。ここにいるクールクース・ワナギルカンも悲しみを背負って王に立つことはできる」

「ならば、その鎗で私を貫いてみよ。貴様たちに正しさがあれば、出来ることだろう?」

 クルスは天馬から降り、鎗を構える。マクシミリアンはこちらを向いて抵抗する意思もなければ腰に提げている剣を抜く素振りもない。だが、物怖じする道理はない。この瞬間をクルスは待っていた。待ち望んでいた。だからこそ、鎗を真っ直ぐに男の胸部へと突き出した。

 壁にでも攻撃したかのような反動を受けてクルスは後退する。マクシミリアンの胸部どころかその衣装すら破れてはいない。

「こういうことだ」

「どういうこと?」

「私には民草の信奉がある。民草が信じてくれている限り、この身を貫くことも切り裂くことも砕くこともできない」

「気を付けて、クルス。この男には、神性(しんせい)がある」

「神性?」

「神にも近い信仰によって、仮初であっても不死性を手に入れているってこと」

 アンジェラがやって来てクルスを守るように剣を構える。

「民草の絶大なる信頼と信仰。神を信じるに近しい祈りがマクシミリアンの死を拒絶するアーティファクトとなっている」

 ジョージもエルヴァを守るように剣を抜く。


「私は戦場に赴くたびに民草に言われる。『私たちは祈ることしかできませんが』と。そのたびに私は思うのだ。ならば、その祈りを私のために捧げろと。その命を、私のために捧げろと。祈ることしかできないのであれば、命を捧げるくらい出来るだろう、と。それすら出来ないのであれば、もはや民草ではない」

「仮初の神性だから、マクシミリアンに向けられた死の数だけ信仰した者の命が摘まれている」

 アンジェラの言葉にクルスが鎗を少しだけ降ろす。

「じゃぁ……私の鎗は今、マクシミリアンに弾かれたんじゃなくて」

「私のために祈り、命を捧げた者によって守られた。貴様は私を貫こうとしたことで、この場所にいない祈りを捧げている民草の一人を貫いたのだ」

「さすがに代わりに命を捧げて死んでいるんわけじゃない。マクシミリアンを攻撃すれば信仰している者に不幸が及んでいるだけだ」

「でも」

 ジョージに励まされるが、クルスの鎗によって民草が一人不幸な目に遭うことが確定したということだ。

「貴様の鎗は私にではなく、民草に振るわれた」

 もう一度、確認とばかりにマクシミリアンは告げる。

「私には仮初の不死性しかない。私を殺し続ければ、いずれは私は死ぬ。だが、その結果として何千何万、いやそれ以上にも及ぶ民草に不幸が与えられる。王国を手に入れても、民草が大勢死んでしまえば帝国に飲まれるだけだ。それとも、民草を不幸に追いやってでも王になりたいか、クールクース・ワナギルカン?」

 その問いには答えられない。民草のことを思い、王国の闇を晴らすと誓ってクルスは蜂起した。民草をための戦いを、民草を不幸にすると言われては戦えない。

「囲え」

 マクシミリアンの一言によって近衛兵長たちが一気にクルスたちを包囲する。

「私が逆の立場だったなら、鎗を振るい続けた。“全”なる王が、民草の命や不幸などに一々、目を通す必要などない」

「民草あっての王でしょう?!」

「その問答は現王が私と言葉を交わせた頃にもう済ませてある。今更、末子と同じ問答をする気はない。ユークレース」


 頭上、天高くよりユークレースが降ってくる。


「クルス!!」

 エルヴァがマクシミリアンとの問答によって気を取られていたクルスを突き飛ばす。ユークレースは構わず、着地の勢いをそのまま刀に込めて振り下ろす。

 瞬間、エルヴァの位置とジョージの位置が入れ替わる。ユークレースの斬撃はエルヴァではなくジョージの身を切り裂き、鮮血が迸る。

「ふ……ふふ、その身を犠牲にしてでもクルスを守ろうとすることなどお見通しだ。エルヴァージュ・セルストー」

 膝を折り、ジョージが呟く。

「なぜだ、ゲオルギウス!」

「こうでもしないとお前は死ぬ。お前が死ぬ未来を変える方法は、俺自身が干渉することだ」


「ゲオルギウス?」

 マクシミリアンが血の海に沈もうとしているジョージを見やる。

「ゲオルギウスだと? 貴様が前王に憑いていた天使の、ゲオルギウスだと言うのか?」

「悲しいな、マクシミリアン。その身に祈りが捧げられているがゆえの神性にも近しい不死性。しかし、そんなものは祝福などでは決してない。貴様が纏うそれは、ただの呪いだ」

「呪い?」

「民草が思い描くマクシミリアンという象徴。マクシミリアンは常勝不敗でなければならない。マクシミリアンは誰にも敗北してはならない。なぜなら、民草がそういった存在を祈り、願い、望み、怠惰にもありとあらゆる業を押し付けようとした結果だからだ」

「だからなんだと言う?」

「貴様は貴様という存在そのものの呪いを受けている。死んではならない、生きていなければならない。それは呪いだ。呪いだからこそ、祈る者の身に不幸が訪れる。呪えば呪った分だけ自身もまた呪いを浴びる。民草は祈りを捧げていると思っているが、その実はマクシミリアンを呪っていることに気付けていない」

 血を吐き、ジョージが崩れ落ちる。


「私の役目だった」

 アンジェラが倒れているジョージにそう投げかける。

「私が、代わりに死ぬつもりだったのに……! 本来ならここでエルヴァージュがクルスを庇って死んで、クルスが神への信仰の導き手となる……でも、それじゃクルスが幸せになれない。だから私は、クルスを庇うエルヴァージュを庇って……死ぬつもり、だったのに……!」

「俺は一度、人間の人生を見届けている。だったらもう、十分だ。所詮は堕天使。もう天使だった頃のように生き様を見届けてどうなるわけでもない。アンジェラ……王の生き様を見届けるのは楽しいぞ。この俺が堕天してしまうほどにな」

「……ゲオルギウス、あなたの魂は召し上げられて神の裁きを受けたのち、再び天使として生まれ変わるわ。そしてその生き様に、敬意を表します。決して、良い性格ではなかったけれど」

 アンジェラは祝詞を詠唱する。

「エルヴァ……『初人の土塊』は、お前が持っていろ。これを持つべき相応しき相手は、もう分かっていると思うが……」

「堕天使が、こんなにも呆気ないわけがないだろ。なぁ、そうだろ? ゲオルギウス?」

「世界は絶望することばかりだ。お前たち人間はどいつもこいつも苦しんでいることも確かだ。だが、それ以上に世界には希望を抱き、生きていることを喜び、楽しんでいる者たちがいる。人生を楽しめ、生き様に喜びを刻め……アデル・ワナギルカン」

 ジョージはエルヴァに『初人の土塊』が実体化した土人形を手渡し、力尽きた。


「アデル……アデル・ワナギルカン」

「なにをしている、ユークレース? そのままその小娘にトドメを刺せ」

 血に濡れた刀はクルスに向き、だがユークレースが振り返って切っ先をマクシミリアンに向ける。

「先ほどの、この者の話は全て真実ですか?」

「私の命令が聞こえなかったか?」

「全ての王位継承権を持つ者をこの戦いで排除し、自らが仕方なく王座に就く。そのためにロジック砲を撃った。僕はこの男にではなく、あなたに殺されそうになった。そうなのですか?」

「世迷言を信じるのか?」

「世迷言などではありません。僕の記憶には確かに刻まれているのです。アデル・ワナギルカンの名が。前王の末子であり、年下の叔父の存在が」

 ユークレースは更に続ける。

「僕とアデル様。その両方があの場で死ねば、あなたにとって都合の良いことはなかった。エルヴァージュ・セルストーを偽名だと即座に看破したのはクローンの研究についての詳細を知っていたからとも考えられますが、人の命を自らの盾とする義兄上がクローンの名称まで記憶しているのは不自然極まりません。義兄上は、知っていた上でこの者の口からアデル・ワナギルカン本人であるかの証左を得たかった。違いますか? なによりも、アデル様が生きていては王位継承権の第一位は義兄上ではなく彼になってしまう」

 呆れたようにマクシミリアンは溜め息をつく。

「一時の迷いで王族の顔に泥を塗るのか、ユークレース? 戦況を見よ。既に私たちはその者たちを包囲している。戯れに問答に付き合っているが、私の命令一つでその者たちの首など簡単に飛ぶ」

 しばし迷い、ユークレースは地面に刀を突き立てる。

「僕は戦えません。この身に流れるガルダの血に従うならば、僕を逃がしてくれたアデル様を斬ることはできません」

「そうか、では……戦えない王族に価値はない」

 マクシミリアンの言葉で近衛兵長が剣を抜き、ユークレースににじり寄る。


 突然の発砲音。そして崩れ落ちる近衛兵長と、マクシミリアンの肩に弾痕が刻まれる。

「人生の全てを貴様を射抜くための呪いに染め上げた。どれほどの弾丸を浴びせたかもう憶えちゃいないが、ようやく貴様の呪いを貫通したな」

 肩から流れる血をマクシミリアンは他人事のように眺める。

「やっとだ、やっと無念を晴らすときが来た。俺はやり遂げるぞ、スティーリア……!」

「エレオン」

 クルスが景色より姿を現した銃撃の主であるエレオンに声を掛ける。

「すまねぇな、姫さん。そこの堕天使が斬り殺されるより前に撃てればそれが最善だったが、間に合わなかった」


「私を、私のアーティファクトを貫通する……? それがどういうことか分かっているのか? 私を撃てば撃つほどに、私に祈りを捧げている民草に不幸が訪れ、やがてそれは死へと直結する」

「だから言っただろ、テメェが纏う呪いは俺の呪いで貫く。呪いの還る方向をこの国の民ではなく、全て俺へと変えている。そのせいで俺にはとてつもないほどの不幸が訪れることになるが……既に不幸のど真ん中だ。この身がどうなろうと知ったことじゃないさ」

 撃った反動か、それとも返ってきた呪いによる影響か。エレオンの左手の指が一気に腐り落ちる。

「この銃は呪いを指向性に切り替える道具に過ぎねぇ。本物の弾丸のように引き金を引きゃ出るわけじゃない。撃つという俺の意志が、呪いとなって貴様を貫く。そう、俺の身が朽ち果てたところで、俺の意志が途絶えない限りこの呪いは撃ち続けることができる」

 言いながらエレオンは呪いの弾丸を次から次へとマクシミリアンへと浴びせる。数十発に一発がマクシミリアンのアーティファクトを貫通し、男の体に穴を空けていく。そのたびにエレオンは血を吐き、体の一部を欠損させていきながらも銃口はマクシミリアンに向けたまま止まらない。

「私が纏う祈りを貫通するだけで、数百から数千の不幸という名の死が押し寄せるというのに!」

「構わない。この汚れ切った命で貴様という命を頂戴できるなら、これほどに喜ばしいことはない!」

「僧侶隊、私に回復魔法を!」

「無駄だ! この呪いはロゼ家の異端児から学んでいる! 俺の呪いはロゼ家の『衣』ほどに強烈ではないが、ただの僧侶ごときではこの俺の呪いの弾丸で刻まれた傷は癒やせることはない!!」

 興奮し、高揚し、更には脳のありとあらゆる痛みの機能が弾けている。エレオンは狂喜に打ち震え、マクシミリアンはその狂いに一歩退いた。

「なにを、ただ呆けて見ている? その男を殺せ!」

 マクシミリアンの怒声によって兵士たちが一斉にエレオンへと向かうが、それをエルヴァとクルスが跳ね除ける。

「一歩であれ退いたな?! 常勝不敗にして、決して下がらぬ高潔なる王族! その意志をこの俺が圧し折ったってことでいいよなぁ!?」

「あなたの弾丸は本当に民草へ不幸を与えてはいないって信じていいの?」

「当たり前だ、俺の私怨で王国の人間に不幸など与えてたまるか……! 王国民に罪はない。全ては王族の罪だ。特にこのマクシミリアンはオルコスの目を盗んで森より俺たちを拉致している。スティーリアを――俺の妻を……! 下劣極まりない屈辱を与えて死なせた張本人だ!!」

「記憶にない」

「そりゃそうだ。貴様にとってクローン研究の犠牲となった者など記憶に刻んでいないだろうからな!」

 エレオンの呪いが加速する。同時に彼への矢、そして投擲はやまない。しかしその向けた銃口は一切揺らがない。

「全ての不幸は俺が背負い、貴様を殺して俺も死ぬ。ここにいる姫さんは貴様よりは真っ当な国を築いてくれるだろうさ。俺のこの真実とも虚妄とも取れる言葉を信じ、牢獄から解き放ってくれたクールクース・ワナギルカンが」

「ええい、民草め。私への信仰はどうした?! 私に死んでほしくないと祈るのならば! もっとその信仰を強く抱け!」

「信仰ではない! 祈りではない! それは民草が貴様へと怠惰にも! 戦争などという極めて背けたい苦しい出来事を貴様に押し付けただけの呪いに過ぎない! 死に晒せ、マクシミリアン・ワナギルカン!! 民草の命を着飾り、盾とする貴様に王たる資格など! 無い!!」

 呪いの弾丸はやみ、エレオンは地に伏せ、マクシミリアンは仰向けに倒れる。

「姫さんよ、自分の血に迷いを感じているようだが。心配はいらない。この男を前にして立っていられるということは王の器を持っている証拠だ。『王威』は持たざる者を動けなくさせる。俺は長い間、この男を狙い続けてようやく『王威』に慣れることができたが……本来、それに立ち向かうには同じく王となる器を持っている者だけだ。もしくは、強者に挑む強固なる意志を持てる冒険者か……」

 エレオンの銃は泥のように朽ちて崩れる。

「血など関係ない。いや、血の繋がりはなくとも姫さんがワナギルカンを名乗れるだけの理由は……ある。マクシミリアンを殺すと決めたその日から、王族のことは調べ上げた。王国には、姫さんを姫さんたらしめるしっかりとした証拠が、ある。血の繋がりとは言い難いものかもしれないが……だから、王道を行け……俺はそれを、見届けることは……できない、けど……な……」

 クルスはエレオンに駆け寄るも、既に事切れている。


「私が……死ぬ?」

「驕りが過ぎたのです、義兄上。そして、強欲が過ぎました。この一戦で、ありとあらゆることを手中に収めようとした」

「……いいや、あり得ない。私は国のために産まれた。ユークレース? お前もそうであったはずだ」

「父君が産ませた六人兄妹。産まれはほぼ同日……歳の差はあっても二日程度。それでも僕たちは、各々が国のためを思い育ち……国のために戦った。兄妹ではなく、同じ志を持つ仲間として」

「なぜに、裏切る?」

「いいえ……僕も私も決して国を裏切ってなどいません。裏切ったのはそう……民草の方。民草の願いの歪みが呪いとなり、義兄上を絶対としなければならない雰囲気と空気感を生み出し、義兄上はそれら全てを汲み取ろうとしたがゆえに、その呪いを全身に浴びてしまった。王族に任せる国に、人任せの国に……未来など、無いのです。国とは民草と共に育つもの。王だけが育てるものではないのです」

 ユークレースはその場に座り、両手を上げて投降の意を表す。

「……あぁ、そうだ。私は、全ての若き民草に価値を与えなければならない。老いた者たちがのさばる国では、若草は伸び切らない。ゆえに、私が、王にならねば……」

「国の老いを止めなければならないのは事実よ。でもあなたのやろうとしたことは、全ての老いた者たちを摘まみ出すという強引な考え方。老いていく者たちには使命がある。若い芽を踏み付けて潰すのではなく、優しく育て上げる使命が。そうして若い芽は熟練の技を、熟達した知識を得て、次なる芽を育てる糧を得る。老いた国に(うれ)うのなら、私があなたの遺志を継いで、もっと良い方法を探す」

「貴様に、出来ると言うか?」

「出来る……かもしれない」

「ふ、ふふふははははははっ……クールクース・ワナギルカン。やはり……私が手元に置くべきは……貴様、だ……っ、た」

 マクシミリアンの呼吸は途絶え、心臓の鼓動が止まる。クルスはそれを確認してから、戦場へと『接続』の魔法を唱える。


「全王国軍に告げる!! 王国軍総隊長にして王族、マクシミリアン・ワナギルカンを! 我が新王国軍のエレオン・コンヴァラリアが討ち取りました!! 王国軍新王国軍のどちらにも告げます! 武器を降ろしなさい!! 戦争は終結しました! これ以上の殺し合いは無用です!!」


 勝鬨(かちどき)と悲鳴。その両方が轟き、やがて地鳴りのように続いたそれが落ち着いた頃、クルスはこの戦争の勝者となった。


「伝令! マーガレット・ピークガルド様! 存命! もう一度申し上げます! マーガレット・ピークガルド様! 存命!」

「伝令! オルコス・ワナギルカン様の弓兵部隊により残存していたイプロシアの手の者全て鎮圧したとのこと!」

「ゼルペスより伝令! ゼルペス城内の王国軍の鎮圧及び解き放たれた魔物の討伐全て完了とのこと! しかしリスティーナ・クリスタリア様とアレウリス・ノールードなる者がエルヴァージュ様にお怒りのようで、すぐに会わせろと言って聞きません!」

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