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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第13章 -只、人で在れ-】
612/705

β-15 王国の闇

///


 オーネストは空を見上げる。

「どうかした?」

 リゾラが足を止めた自身を不思議に思い、同じように立ち止まって空を見る。

「いや、別に」

「あんまりこの方の言うことを本気で受け取ってはいけませんよー? こーいうことを言うときは大体なにかあったときなんですからー。ひたすらに質問攻めして、吐いてもらいましょう」

 アンソニーが乱暴なことを言っている。オーネストは呆れて、溜め息をつく。

「わざわざ聞かれるまでもない。昔、共に旅をした友人が二人……輪廻に還った。一人は一言も会話を交わすことなんてできやしなかったが……嫌な奴ではなく、嫌いな奴でもなく、そして……とても良い奴だった。そうかい、テメェは先に輪廻に還ることができたのかい。まぁもう一人はいつか馬鹿げた大望に毒されて、コテンパンにされるとは思っていたが……最後の最後であやまちに気付いたのであれば、その死は仕方がないとはいえ、ちっとはマシだったとも言えるのかもしれねぇな」

 ならば未だ自分がこの世界に留まり続けている意味とは一体どこにあるのだろうか。そのように思うが、リゾラとアンソニーが不思議な顔をしてこちらを見ているため、くだらない感傷に浸るのをオーネストはやめる。

「それにしても王国の王女様に名義を貸していたなんて思わなかったです。私はてっきり、ずっと聖女の召集はずっとオーネスト様がやっているとばかり」

「私が責任ある仕事に就けると思うか?」

「思わないですけどー」

「そこは即答ではなくちょっとは考えろ! あとそこ! テメェも笑うな! なんのために荷物持ちをさせていると思うんだ!」

 躊躇いもなく即答したアンソニーの言葉に怒り、自らの世話係をさせている奴隷にも怒声を浴びせる。

「つまり、オーネストさんは王女に名義を貸して、王女は匿名のまま聖女を集めて会合を開こうとしていた?」

「ま、そうだろうな。でも集まりが悪いんで、結構難儀していたみたいだが」

「オーネスト様そのものも顔見せしないんじゃどうしようもなくないですかー? 私はずっと出ていたんですけどー、いっつもエルフの巫女様とアニマート様だけでしたよ。そのアニマート様もあるときから顔を見せなくなったので、ほぼ二人切りでしたねー」

「王女は来ていなかったの?」

「姿を見たことはありませんでした。なのでずっと『魔の女』であるあなたを連れてくるように命じているのもオーネスト様だとばかり」

 ジロッとアンソニーはオーネストを見る。

「まぁ、王女にも狙いはあった。聖女を集めさせれば『魔眼収集家』が顔を見せるんじゃないかという狙いだ。かなり危険な賭けにはなるが聖女が集まるのならそこには『魔眼』が集まる。つまり、『魔眼収集家』にとっては最高の狩り場ってわけだ。返り討ちにする算段は整えていたが、それでも奴は現れなかった」

「……その言い方だと王女も『魔眼』を持っているみたいな」

「あー持っているな。オルコス・ワナギルカンは『魔眼』持ちだ。クールクース・ワナギルカンは開眼しているが、まだその眼がどんな能力を秘めているか分からない。王族だから聖女なのか、聖女だから王族なのか。そういうのは多分存在しねぇ。神様は、奇しくも王国の二人の王女に『魔眼』を授けた、それだけだ。あとは、『天眼』が潰れたか?」

「ですねー、エルフの巫女様が死んだんでしょうか」

「簡単に死ぬような女じゃねぇことは知っている。一度は一応会っているからな。だから、死んだんじゃなくて放棄……もしくは消失させたんだろう」

「それって、どうなるの?」

「『魔眼』は消失すれば、次の持ち主を求めて彷徨う。どんな風に消えることがあっても、その理が世界に留まり続ける限り、違う形でもたらされる。『魔眼収集家』が永遠に集められる理由だな。ただ、これまでの『天眼』よりはまたその形容を変えるだろう」

「……『異端審問会』に渡る可能性も?」

「十分にある。だが、私の勘が告げている。『天眼』はしっかりと正しき者の元に再び現れる。私は大体予想は付いている。付いているだけで、そうなるかどうかは知らないけどな」

「希望的観測ってやつですかー? そういうのって抱くだけ無駄なんですよー。なーのーでー、絶望的観測を主体に私は動きたいんですけどーどうですかー?」

「却下だ。仮にも聖女だろ。もう少し自分の発言に正しさを持て」

「『阿修羅』様がなにか怖いこと言ってますね~やっぱり性格も『阿修羅』様なんでしょうか」

「ぶっ叩くぞ?」

「あはっ、あははっ! これで通算何度目の戦いになるんでしょうねぇ~」

 また一戦交えたがっているアンソニーに対して、リゾラは随分と冷ややかな視線を向けている。

「未だにこいつが聖女なのが分からないって目をしているな?」

「え、あ、うん」

「こいつは『魔眼収集家』と違う方向性でぶっ壊れている。壊れた理由を探したって教えてはくれねぇし、上手く手綱を掴んでおくのが世界のためだ」

「そう、なんだ。つまり私と同じってこと?」

「ああ。私の周りには馬鹿げた聖女しかいねぇ。困ったもんだ」

 そう言いつつオーネストは慣れない笑みを浮かべ、しかし心底、自分には似合わないと思ってすぐに真顔に戻る。


 くだらないが、まだ旧友の元へは逝けそうにはない。オーネストは僅かばかりの後ろ向きな感情を振り払い、前向きに歩き出した。



「ご無事でしたか」

 砦で待っていたリッチモンドにクルスは胸を撫で下ろす。隣にはマーガレットも立っており、その鎧に付いた沢山の傷から獅子奮迅の活躍をしたのだと窺える。

「それはこっちの台詞。私も危ないところはあったけれどエルヴァと冒険者に助けてもらったわ」

「俺はほとんどなにもやっちゃいねぇよ。まぁ、その辺の話はマクシミリアンとの戦いにはほとんど関係がねぇから全部終わってからの事後報告でいいだろ?」

「そうだな、そこにマクシミリアンにまつわるなにかがないのなら必要ない情報を頭に詰め込むことになる」

「砦に到着してすぐにエルヴァージュがいないと兵士たちが大騒ぎしていたぞ。ちゃんと目的地は告げておけ」

 エルヴァがリッチモンドと話しているとマーガレットに釘を刺される。

「露払いついでにイプロシアに喧嘩を売りに行ったそこのクルスを叱れよ。俺が着いたときにはほぼ手遅れだったぞ。アレウスたちがいなけりゃ終わっていた」

「王女様……そんな心臓の悪いことをしないでください」

「リッチモンドが私に余計な心配を掛けさせるよりはマシでしょう」

「どう考えても義兄様の方がずっとずっとマシですが」

 クルスはエルヴァの告げ口に対して強気の姿勢を崩さないように頑張るが、どう足掻いても分が悪いことに観念して溜め息をつく。

「迂闊だった。反省しています、ごめんなさい」

 その言葉を耳にしてエルヴァが好奇心の塊のように笑みを浮かべ、満足したように砦の中へと入っていく。


「性格が悪い!」

「あれは昔からだ。どうしようもない」

 天馬と岩の狼が消えて、アンジェラとジョージが姿を現す。


「ここにずっと隠れていたの?」

「エルヴァが俺たちの尻拭いをしてからはここで回復に努めていた。それまではアンドリューの追撃を受けないところに潜んでいたが」

 そしてその潜伏場所からジョージは岩の狼を、アンジェラは天馬を操っていたらしい。

「エルヴァージュが砦を取るなんてどう考えても不可能だったのに、あなたが貸した力を使わせたんでしょう?」

「アンドリューには見せても問題ない。『巌窟王』と呼ばれた前王を慕っていたハーフドワーフだったからな」

「ああ、あなたが以前に生き様を見届けた人間の……? じゃぁ、またこの世界のこのちっぽけな王国関係の生き様を見届けているんだ? 堕天使になってまでやることが私たちと変わらないのは、物凄く気味が悪いわ」

 イヤミを分かりやすく伝えるアンジェラはジョージから高圧的な返しが来るだろうと身構えるが、どうやらそういう雰囲気ではないらしく肩透かしを喰らって、逆に動じる。

「え、私、なにか凄く酷いこと言った? 天使らしくないことを言ってしまったの?」

 挙動不審になってアンジェラはクルスへと助けを求める。

「……答えて、ジョージ。エルヴァージュ・セルストーとは一体何者なのか」

「俺はそれを伝える立場にない」

「じゃぁ、私が勝手に予想したことを言うけれど構わない?」

 ジョージはなにも答えない。だからクルスは自身に未だ発言権があるのだろうと判断する。リッチモンドとマーガレットも話を遮ろうとする様子はない。

「エルヴァは前王の末子。私にとっての同年代の叔父……違う?」

「……その予測はどこから立つ?」

「『巌窟王』と呼ばれていたのは、あなたが『初人の土塊』というアーティファクトを授けていたから。だから、前王は元『超越者』で……その力が失われたタイミングで、アーティファクトはエルヴァに移譲されているんでしょう?」

「ほぉ? どうやってそこに行き着いた?」

 ジョージはクルスの正面に立つ。

「調べれば調べるほどにエルヴァの出生には不明な点が多かった。マルハウルド家が一丸となって調べても、どこの誰と誰の子供なのかは絶対に分からなかった。ただの庶民であったなら出産に立ち会った病院や産婆が記録に残す。貴族なら庶民以上に記録があるに決まっている。なのに詳細不明は……それこそ浮浪者ぐらい。でも、明日を生きているかすら分からないのに浮浪者同士で子供が産まれるようなことがあっても、教会に預けることすら考えることもしないで産んですぐに殺してしまうわ。だったら娼館の娼婦との間に出来た身分違いの子供なのかと思っても、マルハウルド家の威光を掲げても妊娠した娼婦とエルヴァとの繋がりは、結局のところ見つけ出すことはできなかった」

「王国と言っても広大だ。マルハウルド家の威光が届かない村や街で産まれたのかもしれないぞ?」

「それも思った。彼も教会に預けられたときの村は思い出せないらしいし。でも、そこから必死に王都を目指したって言っていたわ。子供の足で王都に辿り着く方法なんて、それも馬車を使わずに徒歩であるなら、王都周辺に幾つかある村や街に絞れる。でも、やっぱりその辺りを調べてもエルヴァに関する情報は……教会で悪行を働いて行方不明になった名前のない子供以外の情報がない。これが恐らくはエルヴァのことなんだろうと思ったのだって『禁忌戦役』に赴く直前ぐらい」

「それでも、その予想に確信を持っているように言うんだな?」

「だって、王都でエルヴァを見つけて利用しようと決めた頃から不可思議なことばかりが起こったんだもの。今考えても私への都合が良すぎることが多くあった。スチュワードが貴族でも騎士の一族でもない子供を騎士養成所に入れることを承諾したこと、スチュワードとの密会において私が身分を晒しても、さして驚かなかった点。そしてなにより、スチュワードがゼルペスを取ると私が宣言したときに、その交戦を快諾した点。これは今もスチュワードに忠誠を誓い続けているリッチモンドに直接聞いた方が早いかも。ねぇ、リッチモンド? スチュワード・ワナギルカンはどうしてあんなにも私に協力的な姿勢であり、反王国を掲げてもすぐに私を捕らえることもせず、他の王族へ報告もせず、更には救援すら呼ばずに真っ向から勝負を挑んでくれたのかしら?」

 ジョージが下がり、クルスはリッチモンドへと近寄る。

「……俺――いいえ、私が知り得ている情報を曝け出せば、あなたの存在そのものも揺らぐかもしれませんがそれでも構わないのでしたらお話しますが」

「構わない……覚悟はできてる。だって、私はその可能性をずっと感じていたから」

 リッチモンドは一度だけマーガレットの方を見て、視線で『問題ない』と送ってからクルスへとひざまずく。

「私はスチュワード様へ忠誠を誓い、スチュワード様の遺言に則ってクールクース様へ忠誠を誓っている者です。まずその点は変わらないことをお伝えしておきます。申し上げますと……クールクース様にワナギルカンの血は、王族の血は流れていません」

 可能性として感じてはいたが、ハッキリと言われて物事が確定してしまったことで覚悟はしていてもクルスは眩暈を覚える。

「しかし義兄上! 報告では『魂喰らい』はこちらの勢力を小娘と呼んでいたと聞いております」

「それは、こちらへと駆け付けているオルコス・ワナギルカンを指してのことだ。『魂喰らい』は最初から、こちらの勢力をどうとも思ってはいなかった。そして『勇者』でさえ駆け付けた先はクールクース様ではなく娘の元。つまり、マクシミリアンに肩入れしたくはなく、しかしこちらに王族がいる確信が得られなかったから挨拶すらもしなかった」

「大丈夫よ、続けて」

 しかし足腰に力を入れて眩暈に対抗し、一人でしっかりと立つ。

「スチュワード様はクールクース様へ興味を抱いていたのではなく、クールクース様が飼い慣らそうとしていたエルヴァージュ・セルストーへの興味を持っておりました。ただし、スチュワード様はクールクース様がマルハウルド家に匿われた王族の一人であり、その血に現王の血が流れている可能性も捨て切ってはおりませんでしたから、常に対等な立場を見せておりました」

「……私がエルヴァを利用しようとしていなかったら、ゼルペスを私に力で勝ったら寄越すつもりもなかった?」

「ええ、あり得なかったでしょう。騎士養成所にエルヴァが入ることを認めたのも、その出生の秘密を知っていたため。とはいえ、顔を見ていたわけでも、乳幼児のエルヴァを知っているわけではなかったため、スチュワード様の直感だったとだけ」

「直感」

「王族――王の血を持つ者は感覚的に分かると常々にスチュワード様は仰っておりました。ただし、自身を王族の末子と語るあなた様には最後の最後まで、その感覚を抱けずに迷ってもいらっしゃいました。王の血族を見抜けていないのか、それとも王の血族と言われて育っただけの小娘か。判断を付けられなかったからこそ、あの方はあなたが利用しようとしているエルヴァへの直感に頼ることにしたのです。クールクース様を支援することは直接的ではないもののエルヴァを支援することに繋がります。その力添えの源は、現王でもある兄に対する強い強い怒り。現王を打倒せんと立ち上がろうとしたスチュワード様は政争に負け、僻地へと飛ばされた。だからこそ、自らの義理の弟にあたるエルヴァを見捨てることができなかったのでしょう。兄に虐げられたがゆえに、義弟へ同じように接するようにはなるまいと、そのように誓いを立てていたのやもしれません」

「……だから、私がスチュワードと戦ったとき、あんなにも怒っていた」

「あれは演技ではなく、スチュワード様の本心です。利用しているとは知っていたものの、まさか命すらも利用しているとは思ってもいなかったのでしょう。ゆえにあのとき、スチュワード様は本気でいらっしゃいました。それを打倒したのですから、クールクース様の力は本物なのですが。死ぬ間際に教えてあげたかった。エルヴァは冒険者となり、死んでも甦ることができる状態にあると。伝えられないまま逝ってしまわれた我が君に、ただただ……悲しみの感情が募るばかりです」

 立ち上がり、リッチモンドは剣を抜いてその剣先をクルスの首筋に当てる。

「私を殺すのですか?」

「いいえ、これはスチュワード様に託された私からの脅迫となります。あとで私はどうなろうと構いませんが、言いたいことを言わせていただきます。クールクース様、あなた様は王になりなさい」

「それはスチュワードからの遺言?」

「いいえ、これはスチュワード様に仕え、そしてあなた様に仕えている私の個人的な感情です。あなたに王の血が流れているのかそれとも流れていないのか。その点はマクシミリアンを討ち、王国を新王国へと塗り替えたのちに調べれば分かることです。そういった一切の記録は勝者として知ったのちに焼却処分してしまえば、外部に漏れることもないでしょう。けれど、その前にあなた様が王になる道を諦められては困るのです」

「困る?」

「私から見て、前王の血を受け継いでいてもエルヴァは王には向いていない。彼は縛られる生き方をすることができない性分であり、たった一人のために世界すらも敵に回す覚悟を持つ馬鹿げた男です。ああいう男は国を潰します。それに比べますとあなた様は王の血を継いでいるかいないかは別として高潔で気位(きぐらい)もあり、所作も穏やか。貴族を束ねるにはそういった気品が必要となります。そしてなにより、強い未来への執着と希望を抱いております。それは周囲から向けられる羨望を得るためには必要不可欠であり、あなた様は意識せずにそれらを得ていらっしゃる。マルハウルド家の教育の賜物か、これまで過ごしてきた新王国に座する者としての覚悟か。なんにせよ、あなた様は王にならなければならない器なのです」

 そこでリッチモンドは一呼吸置く。

「もう一度言わせていただきます。王になりなさい、クールクース様。スチュワード様に仕えていたのは、あの方の生き様に忠すると決めたからです。王の血などに私は仕えてはおりません、私は私が忠するに値すると思う人物に仕えているのです。たとえスチュワード様の遺言であろうと、死した我が君の言葉ごときでこの信条を覆す気などありません。だから、そう……だからこそ、あなた様は血などに惑わされずに、王になっていただきたい。ここで自らの血に疑問を抱き、エルヴァに負い目や妬ましさを感じ、王道を諦めると仰るのであれば、私はあなたを切り、そして私自身も自ら首を切って死ぬ所存です」

 覚悟の瞳を宿し、しかしながら声音は丁寧に、礼節さは剣を抜いている時点であるようでない。マーガレットは少しばかり動じているように見えた。彼女がクルスにも分かる程度に動揺の色を見せるということは、内心では信じられないほどの動揺を受けている。リッチモンドの話は彼女にとっても寝耳に水だったのかもしれない。

「血の証明は私にはできない。でも、王たる器の証明はできる」

 剣の刃に裂かれないようにクルスは向けられた剣に手を添える。

「私が王国に刃を向けているのは王族かどうかじゃない。それは起因であったかもしれないけれど、心に決めた衝動はそこに全てがあるわけじゃない」

「では問いましょう。あなたはなぜ、王の器たらんとするのか。なぜ、王国に反旗を翻したのか」

「クローンの研究を知っている?」

「ええ」

「ではそこで起きている惨状も?」

「と、言いますと? クローンとは宮廷魔術師であるテッドに誰もがなれるようにと初代国王が始めた研究と聞いています。ロジックを写し取り、それを貼り付けることで誰もが誰かになれる」

「王が淫蕩に耽る最大の理由は、永遠に女が供給され続けるから。その供給元は一体どこにあると思う?」

「……まさか」

「クローンよ。クローンを犯し、クローンを孕ませ、その母体と胎児を研究材料にして、他者から写し取ったロジックを貼り付ける。そうして新たな性質を持ったクローンや、今まで研究で生み出した性質のクローンを作り出す。その失敗作は女の場合は再び王へと献上され、男は研究の名の下に死ぬまで人体実験が行われる。王は延々と淫蕩に耽る。クローンには全て、王の血が流れているのよ」

 アンジェラがえずき、そしてリッチモンドは剣をクルスの手が切れないように降ろしてその場で嘔吐する。

「では、私たちが『同一人物』と、クローンと呼び続けていたそれは……全て、現王の子供であると……!?」

「どうして『同一人物』と書いてクローンと呼ぶか。それは、ロジックを貼り付ければ等しく同じ人間になれるからだけじゃない。同一人物から子種を貰い続けているから、そう呼ぶのよ。別にそれは抱いて行う必要もないから、延々と続く」

 マーガレットは自らが聞いたこととはいえ、震え出し、戦々恐々とする。

「そんなのは、人間の原理に反している……人間の行うことではない。ならば私たちは、王の子孫をクローンだからと見捨て、死なせ、殺し続けてきたと……?! ぁ、あああ、うぁああ」

 半狂乱になり、マーガレットが崩れ落ちる。

「どうして、そのようなことを……この私やスチュワード様ですら辿り着けていなかった王国の闇を、あなた様が?」

「この事実の全てはエレオン・ノット――いいえ、エレオン・コンヴァラリアから聞かされている。知っているでしょう? 彼の妻が受けた、王国至上最低で最悪の拷問器具を。あれの犠牲者は母体となるクローンを孕まされて産み、そして死ぬのよ」

「…………くそっ!」

 たまらずリッチモンドがその場に剣を投げ捨てる。

「スチュワード様がいつまで経ってもエレオンを牢獄から出さず、留めておいた意味を今、理解致しました。王国の闇を知っている者を始末すれば、誰も王国の闇に辿り着けない。しかしながらスチュワード様はその闇を理由にして蜂起するには歳を取り過ぎていらっしゃった。だから、だからなのですか? だから……あなた様が、選ばれたと」

「スチュワードと密会することが何度かあったわね? あなたやマーガレット抜きでの密会もあった」

「ええ、普段であればあのようなことを申されても絶対に離れることはないのですが、我が君の凍て付くほどの寒さを帯びた瞳に、たまらず従ったことを憶えています」

「あのときに牢獄でエレオンに会わせてもらっていたわ。そもそもマルハウルド家にいたときに、王国の闇について多くを聞かされていた。けれどそれは身内からの私怨めいたものだとも思っていたから、本物の見聞きした言葉を、凄まじいほどの復讐心を抱く者の目を見て確信へと至ったのよ。そう、私がゼルペスへ訪れ、騎士養成所に入って二週間もしない内に私の中で打倒王国の願望は確実なものとなった。けれど、何度も言うわ。こんなことを声高に叫んだって私怨による王国憎しの感情としか思われない。だから私はエレオンを自由にする代わりに一切を外で語らない約束を交わした。王都を占拠し、そこにあるありとあらゆる研究資料を白日の下に晒して、ようやっと私の正義は証明される。それまでにどんな汚名を着せられようとも構わない。どのように罵られようとも構わない。そう決意した」


「あなた、知っていたの? 王国のこと」

「なにがだ?」

「とぼけないで! 前王の生き様を見届けていたのなら、知っていたはず」

「淫蕩に耽る息子の話ならよく聞かされていたな。その内容まで俺は知らなかった。いいや、知らされてはいなかった。『巌窟王』の時代にそんな研究は存在していなかった」

「じゃぁ、なんなの? ここ三十年から四十年の間にクローンの研究は形を変えたって言うの? そんなのおかしいじゃない。延々と産み続けていても、クローンの成長が以上だわ」

「クローンは一年で五歳分育つ。寿命は約十年」

「そんな……そんな、の……人間の成長と、人間の繁栄に、反しているわ。子を産み、育てよと神様は言うけれど……子供を道具のように産めとは言っていないわ」

「そうだな。俺も堕ちた身だが、王国のやり口を知って、今すぐにでも王都まで飛んで行って現王を殺してしまいたい」

「でも、飛んで行っても捕まって処刑されるだけ」

「俺は処刑で済むかもしれないが、貴様はその限りじゃない。天使など王国の研究者にとっては喉から手が出るほど欲しいクローンを産む最初の母体だろう」

「……うぉえっ」

 再びアンジェラがえずく。


「……クールクース様、私はあなたの言葉の全てを信ずるべきかどうか、答えが出ておりません」

 リッチモンドは地面に投げ付けた剣を拾い、鞘に納める。

「そう、エレオンとあなたの企てによって作り上げられた話という可能性もあるのです。とはいえ、答えが出ないから、言葉を信ずるかどうか分からないからでは剣を振るうことはできません。ゆえに、やはり私は言葉や可能性ではなく、人に忠することとしましょう。たとえあなたたちが企てた策略であるのだとしても、私はこの身をあなた様のために騎士として捧げましょう。ええ、必ずや……この命に代えても」

「だからリッチモンド? あなたは死のうとしないで」

「ええ、死ぬ気などはありませんよ? ただ、それを許してくれるかどうかは神のみぞ知るというだけのことです。それに、我が君に続き『魂喰らい』や『勇者』の直感が外れるようなことがあれば……これほど滑稽な話もないではありませんか。ええ、事実を知るまで、まだ血は確約されてはいない」

 彼の視線が誰もいないはずの方角に向けられる。

「盗み聞きをするだけの価値はありましたか? オルコス・ワナギルカン様」

「っ! なんでバレて」

 そう言ってからオルコスは認識阻害の魔法を解き、クルスたちの前に姿を現す。

「ここで話された内容を一から十まで聞かせていただきました……いいえ、盗み聞きをしてしまいました。申し訳ありません」

「これでも私を立ててくれるのかしら、お義姉(ねぇ)様?」

「勘違いなさらないでください。王の血を持つ者こそが王たる器であるなどという考え方をあたしは有してはおりません。王たる者が王であるべきだと、そして平和を愛する者こそが戴冠すべきであると思っています。義妹ちゃんが国に平和をもたらし、国の闇を晴らし、真に王として民草を愛すると決心していらっしゃるのであれば、あたしの忠誠が揺らぐことはありません」

「そう……本当に?」

「ええ、あたしは友を裏切りません。そして、友が信じたヒューマンの気持ちも裏切るわけには参りません。血が王を紡ぐのではなく、願いこそが王を紡ぐのだともあたしは思っております。それに、義妹ちゃんが本当に私の義妹ちゃんじゃないかはまだ分からないのでしょう? あたしは義妹ちゃんが血の繋がりとしてもいてくれると嬉しいと思うのですが」

「オルコス様? まさかこれからもずっと義妹ちゃんと私を呼ぶのですか?」

「なにか問題でも?」

「ない、ですけど」

「でしょう? 義妹を立てる義姉。そして義姉を想う義妹。この関係にあたしはずっと憧れていたんです。それも義姉側として」

 クルスはリッチモンドとマーガレットに視線を向ける。どちらも呆れてはいるが困っている風には見えない。

「ありがとう、オルコス様。私もあなたと半分でも血が繋がっていると嬉しいです」

「そんなことを言ってくれるなんて、嬉しいです」

 感情を、その性格を最大限に利用する。そしてオルコスもまた利用されていると分かっていながら、受け入れる。


「どちらも女狐だな」

「ちょっと! クルスをそんな風に言わないで!」

「それより明日に向けて少しは剣の振り方を学べ。ああいや、もう剣に拘らなくてもいいのか」

「そうよ、もう魔法を使っても問題ないんだから!」


「アンジェラの言う通り、早朝に砦よりマクシミリアン本陣へと魔法を用いながら向かいます。イプロシアを討った今、彼女に洗脳されたエルフたちも鎮圧が終わっています。防衛線に残った者たちを前線へと上げ、明日には全てを終わらせる覚悟を」

 むしろ明日に決着がつかなければマクシミリアンに大敗する。この好機を越える好機はきっともうないのだから。

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