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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第1章 -冒険者たち-】
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信じた結果と残る疑問

 ルーファスが剣を抜き、進行を開始する。恐らくはもう作戦としての話し合いは終わったのだ。アレウスにはここまでの余裕のある指揮は取れない。なにせ、ピスケスに追われている。なのに男は焦りを隠し、不安など一切見せることなく言い切ってみせた。その意志の強さに流されるままにアレウスも剣を抜いて、ルーファスの示す通りの道を走る。


「出て来ましたわよ!」


「こっちは手が回りそうにないな。進めなくなっては脱出の糸口すら塞がれてしまうからね」

 穴は見えて来ているが、サハギンとキックルが風圧の壁を押し退けて行く先を阻む。獲物を外に逃がしたくはないという本能がそうさせているのだろう。風圧を抜ける際に受けた多少の傷など気にも留めずに銛を握り、襲い掛かって来る。

 ルーファスが慣れた動きでそれらを容易く避けて、流れるような剣の軌跡を描いて切り裂く。それでも二種類の魔物の数はドンドンと増して行く。ひょっとすると囲まれつつあるのかも知れないが、男は動じずに、それがまるで作業であるかのように剣と共に舞い、剣と共に踊り、切り伏せて行く。アレウスはそこからまだ絶命しておらず、まだ体を起こして動き出しそうな魔物を始末する。これはいつかにやった手順である。圧倒的な強さで魔物を押しているのなら、ここで自身が介入してはかえってルーファスにとっては邪魔になってしまう。


 目の前に転がり出て来たキックルが鳴き声を上げて銛を構えた。が、直後にアレウスが睨んだことで体を震え上がらせ、硬直する。

「……そうか、『蛇の目』」

 呟きつつ剣でキックルを切り伏せ、トドメを刺す。蛙としての性質を持っているキックルはアレウスが人種だと分かっていても、『蛇の目』に睨まれたために戦慄したのだ。完全にキックルへの対処は間に合っていなかったはずなのだが、アーティファクトに救われた。


 ピスケスが空中を舞い、凄まじい勢いで突撃して来る。


「“暴風よ、(エア・)鎗になりなさい(ストライク)”」

 クルタニカの杖から放たれた光の粒が纏まって球を作り、更に形を変えて鎗となる。激しく風を巻き起こしながら突撃するピスケスの上顎と下顎を的確に貫いた。

「こんな速さで動くピスケスを、たった一回の魔法で、しかも狙った部位に当てるなんて」

「あなたにはこんな繊細なことは出来ませんわよね? けれど、何事も経験ですわ。わたくしだって、最初からこんなにも細やかな配慮が出来ていたわけではありませんもの」

 言いながらクルタニカはアベリアと同じようにヴェインの肩に手を置く。


「暴風で周囲に迷惑ばっかり掛けているからな。こいつの普段の姿ってのはむしろそっちだと思ってんだよなぁ」

「碌でも無いことを(おっしゃ)っていないで防ぐのですわ、デルハルト!」

「言われずとも、それが俺の“仕事”だ」


 長鎗は使わず、両手で盾を前方に構えて、一つ下の界でやってみせたようにデルハルトはたった一人でピスケスの悶えながらも突き進み続ける体当たりを防ぎ、強く押し込まれてしまうものの、やがて全ての勢いを受け切る。


「『異端』のアリス、こっちは良い。後ろを頼む」

「ですが、っ! 危ない!」

 不意に銛がルーファスの喉元に飛ぶ。


「気が抜けているんじゃないか?」

 黒い軌跡を描いた斬撃がルーファスを貫こうとしていた銛を弾き飛ばす。


「いや、君が防ぐと思ったから敢えて守らなかった」

「相変わらず、人を信じ過ぎる」

「だが信じたおかげで助かった。そうだろ? 『影踏』」


 どこから出て来たのかさえ分からない、それこそルーファスの影から現れ出でたかのように全身を黒い衣装で覆い隠した男が、続け様にマーマンから投げられた銛を再び弾く。


「私の方は大丈夫だ。行け」

 言われるがままにアレウスは翻って、ピスケスと対抗している仲間の元に駆け寄る。

「ヴェイン、行けそうか?」

「あの巨体を対象にするのには、まだ少し足りない」

「僕とアベリアでお前のロジックを書き換える。ただ、能力値の書き換えに関しては終わってから一分も経たずに元に戻る。『栞』は無いが、信じてもらえるか?」

「ああ、頼む」

「ちょっと! ロジックを開くのは神官の務めでしてよ!? あなた方のような神官でもない者がロジックを開くことなど!」


「クルタニカちゃん様はピスケスの頭石を貫いて、壊してくれませんか?」

「頭石?」

「頭部の皮膚の下。あの魚の額に音や振動を感知する頭石があります。それを壊せば、殿を務めている(かた)の負担を軽減することが出来ます」


 位置を感知する機能を破壊するというのは、人種で言うところの五感の一部を破壊するということ。異界獣の回復力は凄まじいが、再生するまでは時間を稼げる。


「下々の考えることはよくは分かりませんわ。けれど、下賤な輩であっても、その進言を聞き入れるのがこのわたくし、クルタニカ・カルメンでしてよ」

 ヴェインへ魔力を送ることを中断して、杖で空間を裂き、全身に風を纏わせてからクルタニカがデルハルトの後ろに走る。


「“開け”」

 アベリアがヴェインのロジックを開く。

 ピスケスはクルタニカとデルハルトが、脱出のための導線はルーファスと、黒衣を纏った男が維持している。

「四十秒ぐらい、か」

「アレウスでもそれぐらい掛かる?」

「文字がテキストになるまでは待たなきゃならない」

 その前にテキストを書き換えると、不必要な項目を弄ってしまったり、触れてはならない生き様の基礎を壊しかねない。だからテキストになるのを待つ。

 だが、この待つことが現在において一番の苦痛である。急く気持ちを抑え、周囲の状況の変化に怯えながらも、ジッと待つしかないのだ。

「ヴェインの信頼を裏切っちゃ駄目」

「ああ」

 ソワソワしているアレウスに対し、アベリアが忠告する。そんなに(せわ)しなく目を泳がせていたのだろうか。そうやって自身を省みている間に時間は過ぎて行く。


「デルハルト、額を狙えませんかしら?」

「ああん? やれってんならやってやるが」

「だったらお任せしますわ。“風よ、(エア・)力を化しなさい(ウェイク)”」

 デルハルトの鎗にクルタニカの魔法が掛けられ、風が宿る。デルハルトはまさに起き上がったピスケス目掛けて跳躍し、その額目掛けて風の長鎗を投擲する。一直線に飛んだ鎗は額に突き刺さり、更に風の刃によって皮膚や肉を切り開き、突き進み、深くに至る。泳ぎ出そうとしていたピスケスがのたうち回って、魚とは到底思えない獣の如き叫びを上げる。


「信仰心の数値を20上げる」

 アベリアが呟く。

「知力を15ほど上昇させる」

 アレウスがそれを聞いて別の項目を書き換える。


「「『この者は“英雄”が如き勇敢さで、“聖者”が如き信仰の強さを抱き、ここに立っている』」」


 無茶は出来ない。『栞』があったならもう少し書き加えていたが、これ以上はヴェインの体に支障をきたしかねない。全てを終えて、アレウスがロジックを閉ざす。

 意識が戻ったヴェインが立ち上がり、鉄棍を構える。

「誰もお前を弱虫だなんて思っちゃいない。行け、ヴェイン」

 囁き、アレウスがアベリアと共に離れる。


「“空気よ、全方より集まり給え”!!」

 ヴェインが鉄棍で一際強く地面を打ち鳴らし、大きな光球が出現する。そこから伸びた光の鎖がピスケスの体を穿ち、その全身に風が巡る。のたうち回り、跳ねていたピスケスが途端に地面に落ちて、眼球を動かすものの、それ以外の動きが全て途絶える。

「掴んだ!」

 魔法が成功したことをヴェインが言葉として表す。


「ほら坊主。成功の喜びに浸っている暇はねぇんだ。とっととズラかるぞ」

 デルハルトが構えを解き、クルタニカも風を解放し、撤退を開始する。アレウスはヴェインの調子を見ながら、アベリアと合わせて三人で導線をひた走り、デルハルトが見張っている間に穴へと飛び込み、異界から脱出を果たす。


 溜め池の水を飲んでしまったが泳いで水面に顔を出し、陸に上がる。


「このわたくしが下々が利用する溜め池の水を頭から被るなんてあり得ませんわ」

「堕ちる時も飛び込んでんだろうが。んなこと言ってねぇでさっさと『解毒』を掛けろ」

「もう少し、お淑やかなお言葉を掛けては下さいませんか? 耳が穢れてしまいますわ。“解毒しなさい(デトックス)”」

 神官のみが使える魔法がアレウスたちの体にも光の粒となって掛けられる。

「この回復魔法は毒気を払うものでしてよ?」

 知っている。神官の居ないアレウスたちを見て、クルタニカはどうやら見兼ねてついでに魔法の対象としてくれたらしい。


「ロジックの負荷は凄いね……体が(だる)い」

「これでもかなり抑えたつもりなんだけど」

「耐性の項目も上げるべきだったか」

「いや、そんな暇が無かったのも承知の上だよ。こうして死んでいないし五体満足なら、なんとでもなる。魔法のために一時的に上げた項目で内臓に負担が掛かるとも思えないし」

 これが筋力や強靭さだったなら、強化が切れたのちに筋繊維が千切れたり、蓄積した痛みが一気に襲って来る。いずれも回復さえしてしまえば済むものだが、それでも静養は必要になる。


「ルーファス・アームルダッド様、並びにそのパーティの皆様。ギルドよりの緊急の依頼を達成して下さり、感謝します」

「なに、後輩を育てるのは先輩の務めってもんだ。こちとら一日以上を生き抜いた坊主たちに感謝だよ。よくもまぁ、あんな海中で生きていたもんだ」

「格好付けるのは良して下さいませ。デルハルトには似合いませんことよ?」

「お前は素直に感謝を受け取ることさえ出来ない捻くれ者だろうがよ」

「また始まったか」

 黒衣の男が二人のやり取りに対して呟く。


「二人のことは放っておいてくれて構わない。いつものことだからね。それと、今回の依頼の報酬だけど」

「はい。ギルドから出せる物ならば」

「そうだね……村の宴に参加させてもらおうかな」

「そのようなことで、よろしいのですか?」

「共に魔物と戦う者を助けに行った。それは冒険者として当たり前の行為だ。勿論、守らなければならない者を守ることも含めてだけど」

「ありがとうございます。その気高き冒険者の矜持に、私たちは甘えさせてもらうことに致します」


「宴……美味しい物。沢山、食べられる」

「美味しい物を食べることが出来たらなんでも良いのか、お前は……僕は村の食料を心配するよ」

 救出のために沢山の食料を集めてもらった。その内の幾つかを鞄に詰め込んだわけだが、多くは海水で駄目になってしまったために捨ててしまった。非常に勿体無くアレウスは思っている。

「ははは、仕方が無いよ。それに俺のために村が一つになったのならありがたい限りだよ」

 どこまで聖人なんだとアレウスは言いたくなってしまうが、それがヴェインの美徳であるため、指摘しない方が彼は自然でいられるだろうということで黙っておく。


「ヴェイン?」

「ああ、エイミー。心配をさせてしまってすまない」

「……まったく、あなたは昔からそうやって私を心配させてばかり!」

「説教ならあとで幾らでも聞くって」

「でしたら、しばらくその胸を貸しなさい」

 エイミーは倦怠感に見舞われて立てないでいるヴェインに抱き付き、微かにすすり泣く声が聞こえ出す。雰囲気を察して、アレウスたちは二人の傍から離れた。


「キギエリはどうなりました?」

「ギルドで監禁を……そんな、まさか……!」

 リスティが驚いているので、何事かとアレウスは後ろを見る。


 キギエリが真後ろに立っていた。


「私は、なにも、悪くない。私は……私は……」

 後ろから腕を回され、アレウスは首を絞められる。

「が……ぐ……っ!?」


「状況を理解しているんですか!? 冒険者を前にして、冒険者の首を絞める……死にたいんですか、キギエリ・コーリアス様!!」

 リスティが制止するかのように叫ぶ。

 アベリアとクルタニカが杖を構え、ルーファスが剣の柄に手を掛け、デルハルトは両の拳を握り、黒衣の男が短剣を抜く。

「『異端』のアリスを解放しないのであれば、首が飛ぶとまでは言わないが、腕が飛ぶぐらいは覚悟してもらいたい」

 それはつまり、アレウスの首を絞めているキギエリの腕を切るという宣言である。それでもキギエリはアレウスを離さない。

「父を、山で突き落としたその日から、私はこの村にとって正しいことのために……正義の、ために……! なのに、どうして、この村は、私の正義を、拒む?!」

「交渉の余地は無しか。『泥花』に殺させるのはまだ酷だ。『影踏』、やれ」

 ルーファスが命じた瞬間、黒衣の男が走る。


 その短剣がキギエリの腕を落とすより早く、遠方より飛来した一本の矢がキギエリの額を射抜き、後頭部まで鏃が突き抜ける。


「誰だ!?」

 黒衣の男は叫び、更に飛んで来る複数の矢を短剣で切り払う。その後、矢は飛んで来なくなり黒衣の男は構えを解いた。

 アレウスは頭を射抜かれたキギエリの腕から解放され、咳き込みながら前方に倒れる。アベリアが駆け寄り、自身を心配するように瞳を揺らしているので手で『問題無い』と意思表示する。


「事切れている。元々、尋問は出来そうもなかったが……死なせるつもりはなかった」

 ルーファスがキギエリの遺体から矢を引き抜き、瞼を閉ざす。

「今回は、どうにも妙なことが起こり過ぎている。話で聞いた限りでは行方不明者は五名。その誰もが異界に堕ちた。ここまでの『異端』のアリスの見立ては間違ってはいない。しかし、サハギンとキックルの痕跡消しがあまりにも不可思議でならない。まるで異界に堕ちた人間の痕跡を消した、その魔物自身の痕跡を、また別の誰かが消したかのように巧みだった。魔物の気配を感じ取れないほどに高度な技能だ」

「ルーファス様、それではまさか」

「この一件には高度な痕跡消しの技能を持つ『狩人』が関わっている。そして、この者を狂気に染めさせるためにロジックを書き換えた首謀者も居るのだろう」

 そう言ってルーファスは黒衣の男に周辺の監視を命じ、ギルドの方へと歩いて行く。


「……また、同じか」

 アレウスは立ち上がりつつ、悔しくて言葉を零す。


 同じように異界に堕ちて、同じように逃げて、同じように救われた。これをアレウスはあと何度繰り返すのだろうか。

 あと何回、このような気持ちになれば異界獣を屠るだけの力を持って、異界を攻略することが出来るのだろうか。


 苦々しい結末にアレウスは俯き掛けるが、ヴェインはエイミーを守るように、エイミーはヴェインに守られるように互いの体を抱き締め、離れずにいる。

 それが見られただけまだマシなのかも知れない。そう思うことで自身を奮い立たせ、アレウスはアベリアの頭を撫でた。

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