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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第13章 -只、人で在れ-】
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β-12 何者でも無いのなら


 “大いなる至高の冒険者”。この世界で初めて『至高』に到達した五人を指し、冒険者は誰もがその背中を追い掛ける。『至高』に到達した冒険者であっても、まだその先を歩いている五人へ追い付きたくて走り続ける。

 そんな全ての冒険者の理想であり象徴とも言える一人が、世界を見捨てて異世界へ渡ろうとしている。それもこの世界に見切りを付けて、異世界で神となって全てを掌握するために。それは魔王による恐怖の時代がこの世界にあったように、異世界に恐怖の時代を到来させることに等しい。

 つまり、『賢者』は悪に堕ちた。もはや人間の仇敵となった。説得にも応じず、ただ自らの欲望のために多くの命をその足元に積み上げる化け物となった。

「王女様はどれくらいの実力をお持ちで?」

 イプロシアを退かせたクルスにアレウスは問い掛ける。

「エルヴァよりは上よ。ええ、彼と戦って負けたことは一度だってない」

「それは心強い」

 だったらその強さはアレウスよりも上である。

「よろしいですか? イプロシアは俺たちではなくあなたを狙っています」

「それは私が王女だから?」

「奴は世界を捨てている。そのようなしがらみなどもう気にも留めていない」

 クリュプトンがやや鼻で笑うように答える。

「では、なぜ?」

「あなたのロジックを用いて異世界へ渡る気なんです。それが一体どういった理屈で、どういった法則で行えるのかは一切不明ですが、一人で攻めるのは控えてください。そして、状況次第では離脱してもらって構いません」

 この場に王女がいることによってイプロシアの動きを制限している。だが、同時にイプロシアに異世界へ渡るための手段を目の前に吊るしてもいる。恐らくだが、異世界へ渡られたらアレウスたちには追い掛ける術はない。

「アベリアは王女様の近くに。僕はクラリエと一緒に前を張る」

「私は好きにさせてもらうぞ」

「最初からあなたとの連携なんて期待していない。イプロシアを討つためにあなたが思う理想の動きを貫けばいい」

 そもそも、クリュプトンと連携など取れるわけがない。アレウスは彼女に少しではなくかなり強い嫌悪感と復讐心を抱いている。今はイプロシアを討つことを最優先としているために抑え込めているが、だからと言って彼女の動きに自身が合わせることも、自身が彼女になにかを求めることはできない。そんなことは、感情が許さない。

「では、参りましょうか。『至高』を――伝説を討ちに」

 クルスは手元で鎗を回す。その一度の回転で穂先に光が収束する。


「人生で無駄なことは沢山あった。その中でも人間との話し合いは無駄の極致だった」

 イプロシアは咲いた花々が生み出した羽衣を纏い、樹木が辺り一帯に生い茂る。

「だって誰もが私より先に死んでいく。死んでいくのに、相談や依頼を受けるなんて無意味。なのに私たちはいつもいつも、訪れる村や街で沢山の悩みは問題を解決していった。どうせ一年も経てば、新たな問題なんて幾らでも発生するのに。こんなことをしても一時的な平穏……いいえ、自己満足でしかない。小さな問題を解決して、さも冒険者だからできたんだと吹聴する。気色が悪い。そんなこと、冒険者じゃなくてもできるのに。やろうとしない人々も、受ける私たちも……どっちも気持ちが悪い」

 クリュプトンが開戦の狼煙とばかりに矢を放つ。イプロシアは樹木で受けて、巨大な木の根を鞭のようにしならせて奔らせる。アレウスとアベリアが同時に避けて、クルスが向かってくる木の根を鎗で貫き、光の粒子として消し去る。

「大体、人間は問題解決能力を誰だって持ち合わせている。なのに他人に媚びて、他人にそれを強制する。できないからやらないのではなく、できるのにやらない。それは怠惰。この上ないほどの怠惰。危険な問題を抱えているのなら、その危険への対策は講じなければならない。多少の犠牲は致し方ない。村一つが滅ぶほどの危険であれば、対処し切れなくても受け入れるべき。だってそれは、多くの怠惰が招いた最終的な滅びだもの」

 クラリエがイプロシアの後ろに回って短刀での斬撃を何度も試みる。紙一重でかわしながら放たれた種子の一撃を避けるも、続けざまに種子から放たれるもう一発の種子を反応こそできたが避けられずに短刀で受けて打ち飛ばされる。

「自身が優秀じゃないから。他者が自分よりも優秀だから。自分は他者より劣っているから。なにかと理由を付けて、優秀な人材へと無理難題を押し付ける。あなたはそんなに偉いの? 頼み込むあなたの技能は? 能力は? 一体なに? 立場が上なら優秀なの? でもそれだと、自身が他者より劣っていることの証明にはならないじゃない? だって立場が上という秀でた部分があるのだから」

 喋りながらタクトを振るい、アレウスの放つ炎刃を片手で弾き、アベリアの『魔炎の弓箭』を上部に作り出した水流の膜で防ぐ。クリュプトンが二本の矢に赤い魔力を込めて放つも避けられ――しかし矢は軌道を変えて、動く彼女を追尾する。

「だからこそ私は決めた。(ただ)一つ、唯一にして無二。そんな存在にさえなれば、誰も私になにかを頼むことはなくなると。無駄な怠惰に付き合わずに済むと」

 二本の赤い矢を踊るように避け続けながら、迫ってきたクルスの刺突をかわして鎗に触れ、途端に赤い矢は彼女へと狙いを変えて奔る。クラリエが短刀で赤い矢を弾き、『緑衣』で塗り替えて制御を奪い、イプロシアの頭上へと矢を落とす。二歩下がったイプロシアの正面の地面に突き立ち、赤と緑の爆発が生じる。『緑衣』でクラリエはクルスを守りながら下がらせ、イプロシアは爆発を生い茂る樹木の枝葉で防いで留まっている。

「分かる? 魔王を放置していたのは私たちじゃない。この世界に根差す国々とその君臨者と国民。私たちに頼み込んだ国王たち。大多数の命を犠牲にしてでも魔王を止めようとしないその怠惰が、私たちに正しく世界の醜さを見せてくれたのよ」

 イプロシアの両手が動く。

「土に還りて眠りに落ちよ、“冥土(ネザー)”」


「『土』の最上級魔法!」

 全員へ注意喚起するようにアベリアが叫ぶ。

「対策は?」

「無い! から作るしかない!」

 応答を終えてアレウスは身構える。足元の土がぬかるみ、大量の泥の手が両足を掴んで地面へと引きずり込もうとしてくる。クリュプトンとクラリエはイプロシアが生み出した樹木の上に。アベリアは炎の羽衣を纏いながら飛翔し、天馬にクルスの位置を伝えて間一髪で助け出してもらう。

「これでまず一人」

「こんなことじゃ死なない」

 イプロシアの不敵な笑みをアレウスは拒むように呟き、“曰く付き”――竜の短刀を泥の手の一つに突き立てる。流し込まれる炎の熱に泥は渇き、崩れ、どんどんとその現象は伝播していく。

「最上級の『土』の魔法を()らし切れると思っているの?」

「思ってない」

 だからこそ短剣の柄頭をもう一方の手で軽く押す。瞬間、足元で炎が爆ぜる。その爆風でアレウスは空中へと吹き飛び、泥の手から逃れる。

「これは私の油断。涸らそうとしている頭の悪い対処法を嘲笑っていたら、真の狙いは爆発での脱出だった。あなたはちょっとばかり突飛なことをして想像を越えてくることを忘れていたわ」

 そんなことをボヤくイプロシアに有無を言わさずクルスが天馬に乗ったまま鎗を回して穂先に光を宿し、そこから刺突を飛刃のように放つ。左手イプロシアが弾き、空から急降下するアベリアの間際での灼熱の炎を右手で生じさせた障壁で阻み、衝撃波を放って吹き飛ばす。

 中空で姿勢を整えるアレウスにイプロシアが狙いを定め、幾つもの種子を一斉に撃つ。体から迸る炎で種子を焼き払い、しかしながら前方が視界不良となったことで後ろに回り込まれる。

「あなたに空を飛ぶ(すべ)はなく、着地できる足場もない」

 タクトを振り、真下から石柱がアレウスを貫かんとする。その寸前、天馬に乗ったクルスがアレウスを掴んで救出する。

「王女に借りを作らせるなんて、あとでどれくらいの高額請求をしようかしら」

「死ぬより怖いことを仰らないでください」

『どうするの? 『冥土』がある以上、地面に降りることはできないけど!』

 天馬――アンジェラが慌てた声を上げながらも空を駆けて、イプロシアが放つ種子の猛追を華麗に避けていく。ただ腕で掴まれているだけのアレウスはいつ振り落とされてもおかしくない曲芸飛行に息を呑む。

「まずはあれを払い除けないといけないわ」

 アレウスを思い切りアベリアの方へと投げ飛ばし、クルスが鎗を両手で握り、頭上で回す。

『あんまり使い過ぎて倒れないでね?』

「ゼルペスをスチュワードから取ってから、私も少しは成長しているわ」

 そう言いつつ天馬が地上へと滑空していき、ある程度の高さでクルスは飛び降りて地面へと鎗を突き立てる。数え切れないほどの泥の手が光の粒子となって掻き消え、地表全体が光に満ちる。

「魔を払ってる」

「どういう意味だ?」

「言った通りの意味。王女様の鎗は突き立てた対象の魔力を払うんだと思う。強大過ぎると、駄目なんだろうけど」

 地表に満ちていたイプロシアの『土』の最上級魔法が彼女の光を帯びた鎗の一撃で払われた。そう言いたいのだろう。そんな推測している間にイプロシアが全方へと種子を撃ち、アレウスとアベリアは地面へと降りことを余儀なくされ、クラリエとクリュプトンは背後から襲撃を阻止される。

「どこにでも目があるみたい」

「以前もそうだっただろう。なにを今更のように言う」

 どうにか着地したクラリエとクリュプトンは些細な言い合いをする。そんな二人にアベリアが回復魔法を唱え、天馬はクルスを自身の翼に引っ掛けて背に乗せる。

「私が魔力を払います。その間に攻撃を」

「させると思う?」

 複数の分身がアレウスたちを取り囲む。

「私の眼は誤魔化せない」

「そうね、あなたには私の本体が見えている。でも、見えているからなんなのかしら?」

 分身は邪悪な気配を漂わせ、樹皮を帯びて巨大化する。

「罪に喰われて、溶けて()け。“(ヤ・)(テ・)(ベオ)”」

 枝葉は凶悪な爪に、樹皮の割れ目は口と牙となり、樹木の怪物はアレウスたちへと進撃する。

「これ、あたしたちじゃ切り倒せない」

 アレウスやアベリアであっても一度目に戦った際もこの樹木の怪物は倒すのが困難だった。可能だったのはシェスの『青衣』による一閃。それこそが最も有効だった。いや、あともう一つある。

「まだ『焦熱状態』は切れんが、私も使命を全うする前に死にたくはないのでな」

 『赤衣』を纏ったクリュプトンが二本の矢に先ほどよりも濃く赤の魔力を宿して放つ。樹木の怪物を一匹、また一匹と赤の魔力が包み込んで炸裂させ、そうして出来上がった包囲の隙間から全員で抜け出す。

「ロゼ家の異端児。究極の業。その身に宿す呪いは、私を討つためのもの」

「その通りだ」

 クリュプトンが会話で意識を向けさせるが、それでも天馬に乗っての鎗撃を試みたクルスをイプロシアは避ける。

「『四大血統』に縛られなければ、あなたも自由に生きることができたのに。それでどうしてエルフを恨まないの?」

「私はな、ただのイプロシア? 自分の血に一度も(うれ)いたことはない」

「その身に使命を与えられても? 自由を奪われても?

「私は自由だが?」」

「だからそれは幼少からの教育によってあなたが洗脳されているからで、自由なわけじゃない」

「ふっ、だったら『人狩り』という汚名を被るほどの業が許されるわけもなく、『異端審問会』に身を置く罪も許されるわけもなく。それが許されているのだったら、私は私の正義に忠実で、自由なはずだが?」

「はぁ……洗脳は解けないわね。だってそういう風に育てられているんだもの」

 赤い矢を三本、イプロシアへと放つが彼女は溜め息をつきながらそこに込められた魔力を自身の魔力で塗り替えてクリュプトンへと返す。アベリアが炎で防ぐも、魔力の爆発によって一瞬、視界が遮られる。


 後方に残っていた樹木の怪物の気配がある。無視はできない。アレウスは翻ってアベリアを守るように後ろへと下がらせながら竜の短剣を樹木の怪物に突き立てて炎で焼き払う。これで無力化できた。しかし、一体に対しての炎の消費量が多すぎる。こんなことを繰り返せばすぐにアレウスの炎は尽きる。それもアベリアから充填してもらえばいいが、そんな暇をイプロシアが早々に与えるとも思えない。つまりこの樹木の怪物は、いわばアレウスの炎を使い切らせるための対策なのだ。


「私はリルートであなたが『火星』を打ち破れることを知っている。あのときよりも『種火』の使い方どころか二つも炎を得ているんだもの。あなただけは慎重に潰さないと」

 アレウスの心を読んだかのように飄々と、そして淡々とイプロシアが告げる。

「『原初の劫火』は、あのときから成長しているかって言われると微妙。使い方は以前よりは良いけれど、あなたほどじゃない。今は『種火』の方がずっと強い」

 自身を罵倒されて、珍しくアベリアが挑発に乗るように幾つもの火球をイプロシアへと放つ。

「基点、干渉、防御、射出、拡散、炸裂、形成、収束、範囲、指定。そして包囲。魔法の基礎はその十一種類。アベリア・アナリーゼ? あなた、収束と形成から繋ぐ包囲が抜け落ちているでしょ?」

 言いながらイプロシアは飛んでくる火球を自身の魔力で塗り替えてアベリアへと返す。

「教えてあげる、収束っていうのはね、こうやるの」

 複数の火球が迫る間に一塊(ひとかたまり)となる。アレウスが体を張って受け止める。

「そうね、火属性耐性があるからあなたたちにこれは通らない。でも、そうやって受け止めるからこそ範囲の形成ができて、」

 受けた火球はアレウスの傍で炸裂して飛散し、辺りに炎を落として火柱と化す。

「包囲に変わる」

 クラリエとクリュプトンが『衣』を用いての脱出しようとするが、読んでいるかのように火柱が揺らめいてそれを邪魔する。

「魔力に反応しているのか。ならば」

 赤い矢をクリュプトンは包囲している火柱の外へと放つ。しかし火柱は揺らめかない。

「その魔力は無視するように調整してある。私が指定しているのは『緑衣』。抜け出したいなら『緑衣』を解かせることね。解いて脱出したあとでなら、私は待っててあげるわよ、クラリェット?」

「なにを言う……!」

 クリュプトンは苛立っている。イプロシアは生身の状態で包囲から抜け出せと言っているのだ。クリュプトンは『赤衣』を纏わずとも魔法に対処できていたがクラリエは『緑衣』を纏ってどうにか追い付けている。つまり、この状況でクラリエに『衣』を解かせれば死に直結する。全員で彼女を守るように立ち回れば済むような単純明快さもない。むしろそんなことをすれば一網打尽にされる。

「頼みの綱は天馬に乗る王女様。でも、私はあなたを見ることができている。あの炎を消させはしない」

 威嚇とばかりに王女へと炎の矢が飛び、天馬が避ける。

「行きましょう、アンジェラ」

『強行突破したらクルスが!』

「構わない!」

『構わなくない!』


「……クラリエ」

 アレウスは呟きながら淑女の短剣を抜く。試しにそこに炎を宿し、左右に飛刃を放ってみるがやはり炎に反応はない。

「僕のこっちの短剣に『緑衣』の魔力を乗せたあと、解け」

 赤い淑女の短剣は鎧通しのような刺突特化の短剣。それをクラリエに見せる。

「信じていい?」

「全力で守る」

 アベリアがアレウスの心の声を代弁する。

「分かった」

 クラリエが緑色の魔力をアレウスの短剣へと乗せ、そして自身は『衣』を解く。

「獣剣技、」

 この場の炎を掻き乱す技を一つ、知っている。

「“群鳥(むらどり)”」

 乗せられた緑色の魔力を炎に変えて、前方斜め上空へと飛散させる。炎はそれぞれが鳥を形成し、そしてその数は大量となって空高く、そして全方位へと拡散する。

「っ! まさかそんな獣剣技を! 一体どこで……? 私は知らない。私は、あなたの気配をずっと辿り続けて、見張っていたはずなのに!」

 イプロシアは『神樹』の元にいた頃からありとあらゆる場所を観測できる。それは『門』に残っている自身の魔力そのものだったり、或いは世界を旅したことで落としてきた残滓による観測だろう。

 だが、あの赤い世界にイプロシアの魔力は存在しない。だからパザルネモレで起こった赤い淑女の炎を知らない。そして、赤い淑女とアレウスだけの掌握を条件とした精神的な世界であり結界も知らない。その中で得た獣剣技もまた未知なのだ。


 大量の炎の鳥が飛び回ることで、そこに宿した緑色の魔力に惹かれて火柱が激しく揺らめく。少なくともアレウスたちへと迫ってきていたあの圧迫感は消え去り、ただひたすらに炎の鳥を目指している。

「“盾を、二人分”」

 アベリアがクラリエとクリュプトンの体に炎の障壁を与える。

「私にも与えてくれるとは気前の良いことだ」

「『衣』を纏っている私にも寄越してくれるとはな。随分と気前が良い」

「クラリエのためだから。あなたのためを思って唱えたわけじゃない」

「ふっ、面白い」

 そう言ってクリュプトンが先を行く。アレウスたちも彼女へと続き、それを待ち構えていた複数の樹木の怪物からの攻撃を別々の方角へと避ける。

 淑女の短剣を振って、『群鳥』を全てイプロシアへと向かわせる。赤い世界では淑女が切り分けた境界ごとに縄張りを持つ特性を持っていたが、アレウスが世界を切り分ける力を持っていない以上、『群鳥』の縄張りはアレウスの気力と込められた緑色の魔力が機能する範囲となる。

「どこまでも癪に障る」

 水の帳幕を張って炎の鳥たちを寄せ付けず、しかしながら炎の鳥も単調に突撃するのではなく水の帳幕が消えるときを待ち、空を飛び続けている。

「この技は単純な魔法による射出じゃなく付与。知性はないけれど、法則性を持って対象を焼く、か」

 生い茂る樹木を燃やされながらもイプロシアは分身を用いて、一斉に魔法の矢を射出して炎の鳥たちを射抜いていく。

「でも、完全に制御できているわけじゃない。法則性を与えて対象を指定後は、操るまでは至らないのかな」

 炎の鳥たちが次々と撃ち落とされ、地面に落ちる。

「虚を突かれたけど、怖れるに、」

 落ちた鳥の一匹一匹が魔力の爆発を起こす。それを見てからイプロシアは空を見上げ、自身が射抜いた大量の炎の鳥たちが降ってくることに脅威を感じて頭上に魔力の障壁を張る。

「忘れてた。これは、『衣』の魔力を帯びているんだった」

 障壁に落ちた炎の鳥たちが何度も何度も爆発を起こす中で彼女は以前、調子を崩さない。だが、動きは止まっている。天馬はイプロシアの横を駆け抜けてクルスを地上に降ろし、彼女の光の鎗が次々と樹木の怪物を貫いて光の粒子へと変えて消し飛ばす。

「魔力を払う光は非常に厄介。でもそれ以上に厄介なのは、それを持っているのが王女ということ。あなたを生かしたまま行動不能にさせるのは、手間が掛かる」

 喋りながらクリュプトンの矢を避け、後方から軌道を変えて追尾してくるその矢を見向きもせずに片手で掴む。

「あなたも『赤衣』を纏っていながらまだ呪いを込めてこない。私の隙を窺っているところを見ると……そろそろあなたのロジックが限界に近付いているのかしら?」

「私に限界があると思うか?」

「強大な力を用いれば用いるほど『衣』はロジックを燃やす。どんなに長い生涯を持っていても、あなたほどの『衣』の消耗だとそろそろ実害が出ているんじゃない?」

「……もう一度聞く」

 『赤衣』が黒く染まる。

「私に限界があると思うか?」

「……ふっ」

 さすがのイプロシアも頬を引き攣らせて小さく変に息を漏らした。

「無尽蔵ではないが、ロジックに記述されている燃やす過去を私たちエルフは選べる。永遠にも近しい毎日のように繰り返し続けた生活習慣。そこを丁寧に丁寧に燃やし続ければ、『焦熱状態』に入ったところで大切なことまで燃やすことはない」

「永遠に?」

「永遠に」

 イプロシアの問いにクリュプトンは力強く答える。

「我が矢は流星の如く駆け抜け、我が矢は星をも穿つ」

 クリュプトンは弓矢に黒の魔力を込めて空へと一射を放つ。

「“弓箭は、(レイン)雨のごとく(アロー)”」

 炎の鳥は未だ爆発を続けている。イプロシアが動きを止めて障壁で防いでいる最中に黒い魔力を帯びた大量の矢が降り注ぐ。

「これは……合わせられると、困ったね」

 彼女が視線を動かしながら空中で地上を見回し、分身を生じさせる。そこから入れ替わりを感じ取ったクルスが鎗に光を帯びさせて、いつでも貫く準備を整える。

「そのままそこでジッとしていないと、死んじゃいますよ?」


「…………はぁ、面倒だなぁ。面倒、面倒、面倒」

 大きく息を吐き、障壁を解いて彼女は炎の鳥による爆発と黒の魔力を帯びた矢を浴びる。

「常人の力に付き合うのも、面倒でしかない」

 爆風も黒い矢も浴びている。肉は抉れ、体に大量の矢が突き刺さる。だが、それらが与える負傷以上に、彼女の体は再生を続けている。ゆっくりと地上に降り立った頃には全ての炎の鳥と矢は尽き、しかしながらイプロシアは無傷という信じられない光景を目の当たりにする。

「この黒い矢にはデストラの回復を阻むような呪いが含まれていなかった。おびただしい量の矢だったから、消耗を抑えたかったのかしら? それとも、あの呪いの一射は矢を雨のように降らせる技では込められなくて、自ら放つ一本の矢にしか込められないとか?」


「どうだろうな」

 恐らく、図星だろう。クリュプトンの技はあくまでも自身の射撃から行われる。先ほどの矢の雨はどちらかと言うと魔力的な拡散に分類されている。放った矢そのものに呪いの力がもしも込められていたとしても、拡散したことで呪いの割合が落ち、彼女の再生力を阻むまでに至らなかった。そのように考えられる。

 だからこそ、星を穿つほどの一射はイプロシアを完全に射抜ける状態でなければ彼女は構えない。


「でも動きを止める方法は分かった」

「ああ、クラリエの魔力を込めた『群鳥』とアベリアの魔法、あとは王女様が協力してくれればイプロシアは完全には動けなくなる」

「そこをあなたが射抜いて、クリュプトン」

 クラリエが頼み、短刀を構える。


「だから常人に合わせるのは面倒だって言ったじゃない? 罪を洗い流す時は来た、“黄泉(ハデス)”」

『その魔法は、マズい!』

 天馬が空からクルスを回収しようとするがイプロシアが振り返りもせずに発生させた樹木の鎗が放たれて阻まれる。水流が地面から湧き起こり、押し流すのではなく渦巻いて鞭のように蠢き、先端は掘削機のように激しい回転を発生させながら、地面を這うように奔る。

 アンジェラがマズいと言うのはアレウスとアベリアにとって『水』の魔法は天敵であるからだ。どのように炎を展開してもイプロシアの魔力量では『原初の劫火』と『種火』をもってしても押し返すことはできない。つまり、受け止める前から二人は戦力外となってしまう。そんな中でクリュプトンとクラリエ、そしてクルスは対応を迫られる。

 二人を見捨てて回避するか、二人を守って命を捨てるか。

 そりゃアベリアの手を掴んで空へと逃げる方法もある。だがあの水流は地面を這ってはいるが、枝葉のように空中まで昇ってくることが想像できる。でなければイプロシアはこの魔法を唱えちゃいない。

「私の鎗なら」

『数を考えてよ! 一つや二つなら払えるけど、あのイプロシアよ?! きっと水流は何本だって押し寄せてくる。あなたの方が先に限界が来ちゃう!』

「避けてください!」

 アレウスは迷っているクルスに向かって叫ぶ。その叫びに、更に迷ったようだが天馬が彼女を拾う。クリュプトンもうねる水流を回避するため動く。

「あたしは離れないよ」

「駄目、クラリエ!」

「あたしはあなたたちの傍から離れない」


「馬鹿な娘」

 いつの間にか、距離を詰めていたイプロシアが片手でクラリエを打ち飛ばす。空間を越えたのではなく、空間を渡ってきた。セレナが『闇』を渡るように、彼女もまた“門”を用いて距離という概念を超越したのだ。

「『黄泉』は牽制。こうすれば必ずあなたたちを分断できる。クラリェットが残ったのは想定外だったけど、まぁ『衣』を使って二人を逃がされたらたまらない」

 水流がアレウスとアベリアを包囲する。

「あなたたちはそこで見守っていてね」

「……この!」

 アレウスは果敢にイプロシアへと切り掛かるが、タクトを振った彼女の放つ魔力の塊を受けて跳ね除けられる。そして『黄泉』を回避してイプロシアに弓矢で狙いを定めていた背後に樹木の怪物が現れて、強靭な枝葉の両腕で拘束する。

「私の後ろを取った、だと……!?」

「だからさぁ、常人に合わせるのは面倒だって言ったでしょ?」

 天馬の翼を樹木がイプロシアの手ではなく樹木の怪物が握る弓矢によって射抜かれ、クルスが落ちる。鎗を回して光を穂先に集め、彼女は地面へと刺突を放ち、生じた衝撃波で落下を緩やかにして着地する。だが、その目の前にイプロシアが立っている。

「これは分身、っ!」

 彼女の腕が伸び、その手がクルスの首を掴んで持ち上げる。

「今、私は本物に入れ替わったよ」


 ならばアレウスたちの前に立っているのはイプロシアの分身だ。これならば打倒する術があるのではないか。そう思って身に帯びた炎をアベリアと共に起こすが、周囲を囲っている『黄泉』の水流によってそもそもの勢いを削がれている。アレウスが双剣の構えで挑みかかっても、イプロシアの分身は華麗にかわして打ち払えない。


「常人に合わせたから手間取ったんだけど……ほら、見栄えって大事でしょう? 頑張って頑張って頑張ったけど、駄目でした。そういう理由が、人間には必要でしょう? だから理由を献上してあげた。それなら仕方がない、それなら諦めもつく。そういう言い訳をしやすいようにさ。あなたたちが束になろうとも私が本気を出せば負ける気がしない」

 イプロシアがクルスを地面に向けて投げる。

『クルス!』

「天使ごときが邪魔をするな!」

 発せられるオーラによって天馬が空の疾走をやめて、緩やかに落ちる。

「お爺様? 今、ハイエルフの悲願を果たします」


 そう言って彼女の手はクルスへと伸びて――


 風切り音と共に回転するように投擲された剣が彼女の手首から先を切断する。すぐさま下がり、『神樹』が与える力によって彼女の手は再生を果たす。

 投擲された剣は樹木の怪物に突き立ち、クリュプトンの拘束が解ける。

 そして、アレウスたちを覆い尽くそうとする『黄泉』を壮年の男がその身一つで飛び込み、発するオーラが衝撃波を起こし水流が弾け飛んだ。

「『魂喰らい』との戦いはどうしたの?」

 イプロシアは忌々しそうに壮年の男を睨む。

「…………そう、『魂喰らい』が姿を消したんだ? もしかして、逃げた……いや、あなたとの戦いを不毛と判断して本来の目的を果たしに行ったのかな。それにしては都合が良すぎる」

 男はなにも話していないがイプロシアは視線だけで男がなにを語りたいのかを読み取っているように見える。

「リッチモンドね? リッチモンドが飛び込んできて、あなたたちの戦いを中断させた。本来の目的を思い出させるために」

「……え?」

 しばらく咳き込んでいたクルスだったが彼女の呟きに僅かに反応を示す。

「嘘。リッチモンドは二人の戦闘を避けるように、マクシミリアンの本陣を……まさか、私まで…………騙して」

「かわいそうな王女様。忠臣があなたと『魂喰らい』の戦いを仲裁したんだから、ただじゃ済まないわよね? もうきっと、死んでいるわ」

「死……ん、で?」

『駄目よ! 落ち着いて、死に囚われちゃ駄目!』

 鎗から光は落ちて、クルスの瞳から蛍光色の輝きが失われていく。

「『光』は死が起こす影によって曇る。これで私が異世界に渡るのは難しくなくなった。あとは、あなたを追い払うだけかしら? ねぇ、アレックス・ナイトハルト? え、だって『勇者』と呼ばれるのは嫌だって言ったじゃない。だから王から拝命した初代国王が厚く信頼していた騎士の名で呼んだだけ」


「アレックス・ナイトハルト」

 その名を知らない者はいない。ありとあらゆる冒険譚の中で語られる『勇者』の名だ。

「じゃぁ、ここにいるのは紛れもない……『勇者』」

 この壮年の男が伝え聞く“大いなる『至高』の冒険者”であり、他の四人を束ねた『勇者』の称号を持つ者。あの『奏者』も、オエラリヌも、オーネストも、この人と共に歩き、この人と共に生き、この人と共に戦った。

 感動したいところだが、それどころではない。どうにかして『勇者』の協力を仰ぎたい。

「難しい話は抜きにしましょうか。あなたが探し求めていた『勇者の血』だけれど、実の娘のロジックに与えられたその記述はそこのアレウリス・ノ―ルードに横取りされているのよ」

 壮年の男が翻り、アレウスを睨む。


 動けない。圧倒的なオーラ――異界獣の『異常震域』にも近しいその気配は、『黄泉』を消し飛ばした。そして、冒険者としての格の違いを立ち回りや動きではなく威風で見せつけられている。

 男が手を伸ばす。樹木の怪物に突き立っていた剣が彼の手元へと目に見えない力で引き寄せられる。

 殺される。そう思うのに実感が湧かない。アベリアもまた、目の前の男の凶刃を防ごうとすらしない。

「ふざけるなよ。そんなところで諦めるんだったら、最初から冒険者になんかなるんじゃねぇよ」

 凶刃は岩の狼が受け止め、声の主は『勇者』の横を通り抜けてクルスを守るように立つ。

「どうし、て」

「俺の王道はお前が歩く道にしかねぇよ」

『あのまま本陣近くで潜伏していればいいものを。女一人のために戻るとはな。俺が寄越した狼の足がなければ間に合わなかった』

「見損なったか?」

『いいや、邪道であってもそれがお前の王道であるのなら――()と歩む()であるのなら、俺はなにも言わない』

 その言葉を聞いてクルスは今にも泣きそうな表情になるものの、そんな弱い自分を見せたくないのか必死にエルヴァに取り繕った笑みを見せる。


「ここで、エルヴァージュ・セルストー……マズいな。どんどんと状況が悪くなる。最初は調子が良かったのに、一体全体どうして……立ち回りの問題だったのかしら。まぁでも『逝きて還りて』があるから、何度も試行錯誤すればいずれは私の望む良い結果に辿り着くはず。だからあなたたちに囲まれても、なんにも驚かない」

 全員の視線は一旦、イプロシアへと向く。『勇者』の存在があまりにも不確定要素だらけではあるが、状況は優勢に傾いた。なんとか『勇者』をこちら側へと引き込んで、イプロシアを叩くことができるのなら――。

「あは……あははは、あははははははっ!」

 勝ちの目が見えたことで全員が躍起になるこの瞬間をイプロシアは嘲笑う。

「悪いけど、もう私は目標を達成しているの」

 エルヴァは慌ててクルスを見る。切断されたイプロシアの手は未だに彼女の首を掴んで離さない。

「さようなら、みんな。私は誰も踏んだことのない未踏の世界へと旅立たせてもらうわ。見送りはいらない。あとは私のいない世界で、好きにして?」

 蜃気楼のようにイプロシアの存在は薄らいでいき、やがてその姿の全てが消え失せる。と同時にクルスの意識が落ちて、体中の筋肉は弛緩し、死んだように横たわった。

「おい……おい! 一体どうなっている!?」

 エルヴァはしゃがみ、クルスの両肩を掴んで揺らす。しかし彼女の意識は戻らない。


「“世界を…………渡った”」


「「え?」」

 アレウスとエルヴァは同時に『勇者』の方へ向く。

「イプロシアは王女のロジックに入り込んだ」

 『焦熱状態』を緩やかに弱らせて、『赤衣』を解いたクリュプトンがクルスの胸の鼓動や呼吸を調べる。

「息はあるが、ロジックに入り込んだイプロシアをどうにかしなければこのまま媒介にされ続けるだけだ」

「ロジックに入り込んだって……ロジックに寄生するヘイロンのような?」

 アベリアは同じようにロジックを利用していた者の名を口にする。

「でもヘイロンを捕らえたのはあたしたちじゃなくて」

 クラリエが言葉を詰まらせる。そう、ヘイロンを捕らえることができていたのはこの場にいないリゾラである。つまり、彼女がいなければイプロシアをクルスのロジックから引き剥がすのは不可能なのだ。捕まえ方も、ロジックからどのようにして引き剥がすかも分からない。

『ロジックに寄生しているだけなら私たちも一回は倒して追い払えた。でもあれは、クルスが事前に『光』を鎗に溜めて、眼で気付けていたからで』

 天馬がクルスに駆け寄る。

『俺たちには干渉することのできない範囲だ。ロジックは神が与えたものではない。人間が人間のためを思って作り出したものなのだから』

『でもこのままじゃ、クルスは眠ったままイプロシアに全てを吸い尽くされて存在が消えてしまうわ!』

 なにか方法はないか。

「ロジックを開くのはどうだ?」

 エルヴァに提案される。

「イプロシアは誰にも読むことのできない記述の更にその奥に潜り込んでいる可能性が高い」

「それって、アレウスにもある読めないテキストのこと?」

 クリュプトンにアベリアが訊ねると肯いて見せる。

『……王女のロジックに読めないテキストは存在していないわ。だって、』

「産まれ直す前の死の瞬間と原因を王女は知っているから」

『分かっていたの?』

 アレウスが紡いだ言葉に驚き加減に天馬が訊ねてくる。

「恐らくはそうなのだろうという仮定だよ。僕の読めないロジックが同じように死の瞬間と原因を記しているとは限らない。読めないと言ったって、塗り潰されていて読めないんだし」

 ロジックを開いて、産まれ直す前のテキストを見つけ出す。しかし、そこからどうすればいいのかが全く分からない。テキストの先のテキスト――イプロシアはテキストの中にある世界に入り込んでいるのだ。記述を消せるか、いいや消せない。それはクルスの産まれ直す前の全てを否定する。消してしまえば今ここに存在している彼女がやはり消えてしまいかねない。

「もう、方法はないって言うの!? もうお母さんは! あたしたちの手の届かないところに行っちゃったって言うの!?」


「“お、かあ……さ、ん?”」


 再びアレウスとエルヴァが『勇者』を見る。

「聞こえたか?」

「ああ、間違いなく」

 そう問われアレウスは肯く。

「聞こえた? 聞こえたってなに? 確かに『勇者』はなにかを言っているみたいだけど、あたしたちにはなにを言っているのか全く分からないんだけど」

「まさか『勇者』は発声を奪われているんじゃなくて、単純にこの世界の言語を習得できていないだけなんじゃ……」

「アレウス? 言っていることがよく分からない」

 アベリアの疑問に答えずにアレウスは『勇者』と向き合う。敵意も殺意も戦意もない。先ほど感じた圧倒的なオーラは完全に消えている。イプロシアが姿を消したことで、同等のオーラを発する理由がなくなったのだ。そして、アレウスたちに凶刃を振るうべき理由もなにかしらの要因で消えている。


「“あなたの血は、僕の元にあります。でも、これは彼女が望んだことで、彼女にはまだあなたの血は繋がっています”」

「“か、の……じょ?”」

 初めて会話が成立したかのような、そんな顔をしながら『勇者』は言葉を紡ぐ。

「“クラリェット。このハーフエルフが、あなたの本当の娘です。僕が一部、血をアーティファクトとして持っているせいであなたは勘違いしてしまったんですよね? だから、僕が不当に血を奪ったと思って殺そうとした。でも、それが勘違いだとあなたはこれまでのやり取りで分かった。違いますか?”」

「さっきからアレウリスはなにを話している?」

「あれはこの世界の言語じゃない。俺が産まれ直す前に使っていた言語でもある。そうか、なるほどな。『勇者』は言っていることも読み書きも分かるが、自分自身がその言語を発声することができないのか。だったら神に奪われているのではなく、発音のせいで話せない可能性もある」

「“……むす、め?”」

「“あなたとイプロシアの娘です。でも、今は感動の再会に時間を費やしている暇はありません。あなたは誰よりもイプロシアが世界を渡ったことに気付いた。あなたは、世界を渡る方法を知っているのでは?”」

 『勇者』がクラリエを見て、それから小さな呼吸を何度か繰り返したのち落ち着きを取り戻す。

「“血の繋がりは、絶対だ。俺は渡れないが、彼女の血を半分持っている……俺の、娘ならば……だが、その前に”」

 クラリエへと歩き、そして彼女を抱き締める。

「“俺の……娘。彼女に、死んだと聞かされていた……でも、生きていてくれたのか。クラリェット? 会いたかった。そして、伝えたかった。君には、無限の可能性が……あ、る。『勇者の血』は重みではない。重責では、ない。それは、君に力を与える。血に怯えなくていい。血は君の力であり、味方だ。君は、何者でも無いかもしれない。けれど、何者でも()れる。けれど、人で無くなっては、いけない。(ただ)、人で在れ”」

 さながら『勇者』から力が明け渡されるかのように彼女の体にとてつもないほどの魔力が流れる。

「なにを言っているのか、分からないけれど」

 クラリエは『勇者』を――実の父親を見つめる。

「お父さんが私のことを信じてくれていることは分かる」

「“行きなさい、クラリェット。俺は、父親ではあっても、良い父親では……なかった。だから『勇者』として、事の顛末の責任を取る覚悟はできている。そして、マクシミリアンの凶行を止めなければならない”」

 『勇者』が名残り惜しそうに彼女から離れる。クラリエは瞼を閉じ、そして力を込めるように瞼を開く。


「『白衣』? いや、これは……白、ではない。ナーツェの血統でないクラリェットが『白衣』を受け継ぐことなど不可能」

 クリュプトンは彼女の纏う『衣』を観察し、そして結論に至る。

「まさか、無色なのか……何者でも無いのなら、何者でも在れる。何色でも無いからこそ、何色にでも有れる。そうか、貴様のそれは『無衣(むえ)』だったのか」


「アレウス、ロジックを開いて」

「……任せるぞ?」

「ちゃんとお母さんと話して、ちゃんとこの世界に連れ戻してくる。必ず!」

 その決意を見て、アレウスはエルヴァが抱えるクルスの傍に行く。

「良いか?」

「ここで拒んでクルスが目を覚ますんならそうするけどな。一縷の望みに懸けるのは好きじゃねぇが」

 エルヴァも天馬のアンジェラも拒まない。

「…………“開け”」

 一呼吸置いて、アレウスは手を滑らせてクルスのロジックを開いた。

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