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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第13章 -只、人で在れ-】
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β-11 ただのイプロシア


「デルハルトが死んだのは、まぁ力量差を見誤ったからだけどシェスが死んだのは想定外だったな。生き返らせても良かったんだけど、『超越者』の器じゃないからいずれは壊れてしまう。だったらそっちに力を貸し与え続けて魔力を無駄に消費するよりは回収してしまった方がマシだったんだけど……どうなんだろうね、この状況は」

 『魂喰らい』の気配は以前よりあって、王国との因縁深い魂であるがために必ずどこかから現れるとは思っていた。

「でも、どうしてこんなところにあなたがやって来ているの? 神力は寿命を伸ばすのかしら? それとも『教会の祝福』がもたらす仮初の不死性が肉体が衰弱するのを停滞させるのか。どちらにしても、百年や二百年ぐらいは生きている。それも老人ではなく壮年期。まだまだ死にそうにない。それはアルテンヒシェルやオーネストも同じだけど。オエラリヌは幽世だけど、あれはほとんど生きているに等しいレベルで好き勝手しているし……どいつもこいつも、怪物だらけ。前時代の怪物が、傑物が、今も尚、この世に名を轟かせ続けているってことか」

 しかしながら、分からない。

 イプロシアには、その男がこの戦場に立っている理由が分からない。そして『魂喰らい』と剣を交えている理由も分からない。

「見つかると面倒ね。あの人はなんだかんだで私の魔力は絶対に感知してくるだろうし、近付くのはマズい。でも、王女様は『魂喰らい』と『勇者』が戦っている中央を突破しないだろうし、ロジック砲の影響がある範囲を迂回するように王国の本陣を目指す。つまり――」

 イプロシアはほくそ笑み、遠目に見えるクルスの姿を捉える。

「早くここに来なさい、王女様。あなたのロジックから私は異世界へ渡ってみせるから。そのときあなたが死ぬかもしれないけれど、まぁ仕方がないよね。だって研究には犠牲がつきもの。なによりも、私という存在が異世界という新天地に渡るという偉業を成し遂げるためにはどうしても死人は出てしまうもの」

 長く眺め続けた戦場も、様々な思惑で随分と雰囲気が変わった。

「エルヴァージュ・セルストー……『巌窟王』の末子にして、新王国の王女様にとっての叔父。近親相姦は血を濃くするだけ。ワナギルカンの血を広める王国の意義が失われる。あなたたちは結ばれない。結ばれても、王国は滅びるだけ。だから……私が摘み取ってあげる。別に誰が王国を統べるかどうかなんて私には関係ないし」


 ああ、もうすぐ悲願が達成される。悲願のための材料が迫ってきている。待望の瞬間が待ち遠しい。


「……お爺様、キュクノスは白鳥では決してありませんでしたが、ハイエルフの悲願を果たしてみせますわ」

 木の枝をタクトのように振って、植物が作り出した弓を持ち、弦を張る。矢を手にして鏃に魔力を込める。

「クールクース・ワナギルカンのロジックを辿りなさい? 射抜くまで帰ってきちゃ駄目よ?」

 生物に命令でもするかのように矢へと呟き、イプロシアはつがえた矢を解放する。


 一直線に向かうはずだった矢は来襲した『緑衣』の先端に触れて爆散する。


「当たるまで追いかけさせたかったのに、潰されたら追わせることもできないか」

「やっと気配を発した。やっと見つけた」

「次は自動修復の魔法も加えた方がいいのかしら。それとも弾かれても尚、追い続けるような追尾性能?」

「お母さん!」

「傍の騎士が離れてくれた方が成功率が上がるから、もうしばらくは泳がせる? でも、矢はもう放ってしまったし、あの人に見つかってしまうととっても面倒臭い」

「ねぇ!」

「そもそも王女様の能力をちゃんとは見ていないのよね。天使が傍にいないのも気掛かり。もうちょっと消耗させて、疲れているところを狙うべきか」

「ねぇったら!!」


「うるさい」


 自身が作り上げた植物の物見櫓から声の主を見下ろし、タクトを振って起こした樹木の根を奔らせる。『緑衣』で弾き、爆発させながら手に握る短剣で根をかわすその姿に、なんとも言えない滑稽さを感じるも、横槍を入れられたことへの苛立ちが自身に笑みを作らせることさえ拒絶させる。

「なに? さっきから大きな声を出してなにをしているの? 羽虫が耳の周りを飛び回っているみたいな不愉快さ」

「お母さん! 異世界に渡ることなんてあたしが絶対にさせない!」

「……迷惑。人の悲願を阻止しようだなんて最低最悪。と言うか、あなたに私の計画を止められるだけの価値もない」

 根が娘を捕らえて、縛り上げる。

「もう親子のやり取りはずっと前に終わらせたでしょう? それでも乳飲み子のように私に会いたかった? 娘としてできることなんてもうなにもないのに」

「あたしは、お母さんを止めに来た」

「え、なにそれ無理」

 単調な拒否を示し、娘を縛った根に命じて真上へと放り投げる。

「あなたはただのクラリエ。ハイエルフでもエルフでもダークエルフでもない、全てが中途半端なエルフ。そんなミーディアムが私の娘というだけでも不愉快なのに、まだ私の娘であることを主張するあなたという存在が怖気を感じるほどに薄気味悪い」

 真上で『緑衣』を放って滞空するクラリエに根で追尾させ、彼女が逃げる方向を先読みして火球を起こし、乱射する。

「もう私には必要ない。あなたを身ごもったのはロジックに『勇者』の記述を残すことでの強化維持と『神樹』を得るための策でしかない。それももう過去の出来事。さっさと私の前から消えて」

「ねぇ! なんで!」

「王女を射程に収めるためにもう少し場所を移す必要があるかな」

「なんで! この世界に愛想を尽かしたの!? お母さん!!」

「手元にエルフを残しておくんだったなぁ。こういうときに“門”を作るのは魔力消費が大きいから嫌なんだけど」

「聞いてよ!!」

 タクトを振ってイプロシアは“門”を生み出し、その中へと足を踏み入れる。


「あたしを無視するな!! イプロシア・ナーツェ!!」


 『緑衣』を載せた斬撃が“門”を掻き消し、起こす魔力の爆発が物見櫓ごとイプロシアを吹き飛ばす。思わぬ威力と思わぬ衝撃にイプロシアは地面に軟着地ことできたが、反撃のためにタクトを振るうことを忘れる。

「へぇ? “門”を消されるとは思わなかった。そっか……私の血を半分引いているから、“門”を閉ざすのも開くのもできちゃうのか。そうだったそうだった、私が観測しかできなかったとき、ドワーフの里の“門”の修復もあなたの血があってこそだった」

 頭を掻く。

「子供を身ごもるのはやめた方が良かったかな。でも『勇者』と致したことがロジックに記述されても強化は維持されないだろうし。だからって『勇者』の元パーティという記述だけじゃ、私は『神樹』を御し切ることもできていない。だからあなたを産むことはどうしても避けられない私の宿命だった」

「あたしを産むことが仕方がなかったことみたいに!」

 『緑衣』を纏い直したクラリエが感情を発露させる。

「後悔しているみたいに! 言わないでよ!」

「罪を洗い流す時は来た、“黄泉(ハデス)”」

 イプロシアが自身の後方に水柱を起こし、それらが空中で蛇のようにうねりながら、波濤のようにではなく柔軟な鎗のようにクラリエへと放出される。

「私の魔力の半分もない、いいえ、魔力なんてほとんどないあなたに水属性の最上位の魔法を防ぐ手段はないでしょう? そのまま貫かれて洗い流されて、私の前から消えて」


「光天よ、私に力を貸しなさい」

 イプロシアは上空を見上げる。天馬に乗ったクールクース・ワナギルカンがこちらに鎗を向けている。

「しまっ、」

天鎗(てんそう)()、」

 天馬から降りて、イプロシアに真っ直ぐ落ちてくる。

「“(あま)の綻び”」

 タクトを振って木の根を障壁とするも、光に満ちた鎗は落下の勢いも合わせて木の根を粉砕し、その陰に隠れていたイプロシアの眼前に突き立つ。『黄泉』を解き、回していた魔力を障壁に還元して続けざまに放たれる鎗撃を受けながら下がって、次に障壁を弾けさせて起こす衝撃で彼女を吹き飛ばす。

 クルスの瞳は蛍光色に輝きを帯びている。

「認識阻害の魔法は解いてない。魔力を放出しても、それには全て妨害の魔力を載せている。残滓は見えても、私の存在にまでは届かない。なのに、あなたは私の存在を感知し、更には私の認識外から攻撃を仕掛けてきたと言うの……?!」

「そんなに驚くってことは見くびられていたってことかしら。あと、その言い方だとあなたは世界全体を観測できても、間近の観測能力は復活を果たす前に比べたら落ちていそう」

 弱点ではないが、少しばかり気にしていた自分自身の感知の穴まで王女に読まれている。

「天馬は意外だった? エルヴァが岩の狼を連れているのなら、私だってそれに伴う生き物を従えている」

『私が回復するまでは、この天馬の私がクルスを守る』

「アンジェラ……!」


 しかし、天馬とクルスに意識を向けている場合ではない。今、この時、この瞬間に、真後ろで短刀に『緑衣』の魔力を滾らせて、自身の首を取ろうと飛びかかって来る娘の気配がある。


「まぁ、遠方から機を狙うよりは自分から赴いてくれた方が良かったけど」

 振り返りもせずにタクトを振って、イプロシアは魔法で地面を隆起させて作り出した岩の盾でクラリエを短刀ごと弾き飛ばす。

「良いの? 総大将がこんなところで時間を潰して。あなたは真っ直ぐにマクシミリアンを討ちに行かなければならないはず」

「ええ、私はマクシミリアンの元へと必ず辿り着く。でも、リッチモンドとマーガレットが道を作っている最中に、露払いをすることは許してもらってる」

「露払い……この私を(つゆ)と同等に置くんだ? そういう油断は良くないよ。だって私はもう、」

 クルスの背後に分身を回す。

「あなたを喰える状況にある」


 イプロシアの分身をクルスは背後を見ることなく鎗を回して光の軌跡を起こし、後ろへと穂先を突き出す。分身は貫かれ、光の粒となって消えてしまう。


「やるじゃない」

「お褒めにあずかり光栄です、元『賢者』様」

「元……? 今も昔も『賢者』であることを捨てたことはないんだけどな」


「オルコスが新王国側に寝返ったのは知っているだろう。貴様の嘘はもう全て暴かれている」

「あぁ…………面倒臭いな」

 声のトーンを落とし、イプロシアは心の底から面倒臭そうに呟き、複数の分身を生み出す。その中の一つと自身を入れ替えてクルスの鎗もクラリエの短刀も、そしてクリュプトンの矢も避ける。

「嘘ってなぁに? 私がナーツェでないこと? 私が『衣』を持っていないこと? 私がエルフたちを唆して神樹の栄養源になってもらっていたこと? 私が復活のために異世界へ渡ることを隠して善人ぶった行動を取っていたこと?」

「全てだ」

 アレウリス・ノールードを視界の端に捉える。

「あら? 遠路はるばるとよくぞここまで……って、シェスが死んだ時点であなたたちには気付いていたけれど」

「イプロシア・ナーツェ。あなたの隠していた真実は全て晒された。あなたを未だ心酔し、信奉していたエルフたちも目を覚ましあなたを討つことを目標として一枚岩となった。もう誰も、あなたの味方にはならない」

「それはどうかな? ここで私が娘を殺せば、少なくともオルコスは私のことなんて二の次になってこの場を荒らしてくれるわ。守れもしなかったあなたを殺すためにね」

 オルコスの寝返りの理由など知っている。自身への心酔も信奉も無くしたのなら、彼女が頼りにするのはこのただのクラリェットだけだ。それは親の罪とばかりに親殺しを強いられた、ただのクラリェットへ報いるため。そのようなことはしなくていいのだと言って聞かせ、そんな罪は負わなくていいのだと告げるため。

 だったらクラリェットを殺せばいい。殺してしまえばオルコスの怒りは守ることさえできなかったアレウリス、そして新王国軍へと向く。その混乱に乗じて自身はクルスのロジックを垣間見て、異世界へ渡ってしまえばいいのだ。

「“舞楽禁制”だ、イプロシア・ナーツェ。いいや、貴様はナーツェの血統ですらなかったな。だったら貴様もまた、ただのイプロシアだ」

「あのね、ロゼ家の異端児? あなたのそれを私は以前にも受けているけれど、そんなもので私は止められない」

 “舞楽禁制”は厄介な技能だが、クリュプトンの視界に収まらないように動けば全く問題がない。分身と自身を入れ替えることを繰り返せば、彼女に捕捉されることは絶対にない。なによりも、そんな技能を受けて自分自身が魔法を使えなくなるという感覚はこれっぽっちもない。


 なぜなら自身は『賢者』なのだから。師匠のバシレウスを除けばこの世界で外に出ている唯一無二のハイエルフ。エルフが生み出した技能も魔法もなにもかも、ハイエルフである自分自身には届かないという絶対の自信がある。


 もしも届くと言うのであれば、リルートしてしまえばいい。『逝きて還りて』は失敗を無かったことにすることができる。時間が掛かるのがネックではあるが、回数をこなせば必ず自身の求めるルートに辿り着く。


「クラリエ! 君をもう一人にはしない! 君を追い詰めさせたこと、君を苦しませたこと、君に覚悟を強要したこと! 全部を謝る! だから、だから! 聞かせてくれ! 君は一体、どうしたい?!」

 アレウスがアベリアにイプロシアの動きを見張らせ、クラリエに問い掛けている。

「寒い」

 なんだこの虫唾の走る連中は。どいつもこいつもたった一人で君臨することもできずに、傷を舐め合うように、傷を分かち合うように寄り添おうとしている。

「寒いのよ、そういうの。ただ一人なのよ? あなたという人格も、私という人格もこの世に一つしかない。一つしかないのに、どうして集うの? だって同じじゃないのに、集えるわけがない。水と油は液体だけど交わらない。聖水と汚水は混ざってもどちらかに侵食される。集おうとすれば、自分という存在が希薄になって消えるだけ。ただ一つで在り続けるためには、たった一つの自分を、たった一人で守り続けなければならない」

「違う。私たちは一つになりたいんじゃない。寄り添い合うことで一人が二人に、二人が三人に、三人が四人に、そうやって違いを分かり合って、足りない部分を補い合って、力を束ね合いたいだけ」

「それは優秀な力を与えられているあなただから言えることね、アベリア・アナリーゼ。『原初の劫火』に選ばれていなかったら、あなたはきっとそんなことを言わない。あなたの大切なアレウスだって、『原初の劫火』に選ばれていないあなたの傍になんてきっといないわ」

「言う。絶対に言う。そして絶対、私の傍にはアレウスがいる」

 反吐が出る。

 その信頼も、その絆もどれもこれも、死地を見ていないから言えること。魔王という巨悪を前にしたことがないから言えること。絶望を味わったことがないから言えること。

「答えてくれ、クラリエ!」

「無駄無駄。そんな言葉で、追い詰められた子の心は動かな、」


「お母さんを止めたい。お母さんと、話がしたい。お母さんのことを、分かってあげたい。殺したくなんて、なくって……死にたくも、なくって……! あたしは、あたしのままでいたいの! あたしがただのクラリエで良いのなら……ただのクラリエのままで、いたいの……」

「ありがとう、やっと君の声に僕は耳を傾けることができた。君がそれを望むのなら、どうにか話をする時間を作ってみせる」

「悪いが殺したくないのだとしても私はイプロシアを殺す。ただ、親子の時間を作ることだけなら善処しよう」


 どうしてあんな言葉に答えを返すのか。あんな言葉に意味はない。ただの同情で、分かろうとしているだけであってその実、一つも理解していない。アレウスの言葉は一つもクラリエの心を掠めていない。

 なのに、クラリエは自分から言葉に当たりに行った。掠めてもいないのなら自ら胸の内を晒すという手段を取った。


「もうさ、勘弁してよ。『神樹』を手に入れたときにも思ったんだけど、そういうのいらないんだよね。義理や人情、恩や仇、そういったものに囚われるから私のやろうとしている偉業の素晴らしさにも気付かない」

 もしここにリゾラベートがいてくれたなら共感ぐらいはしてくれただろうか。さっきから自分が発する呟きは、あのときに魔の叡智を与えた子供のそれと似てしまっている。似せる気もないのに、あの情熱のない瞳から放たれた呟きの数々は今も記憶にしっかりと刻み込まれているようだ。

「あなたが言っていることの方が私はよく分からない」

 光の鎗が分身ではなくイプロシア本体を狙ってくる。さすがに障壁を張るしかない。

「おや、当てずっぽうで鎗を放ってみただけなのに……まさか最初の一振りで当たりを引いてしまいましたか?」

 蛍光色の瞳が輝く。

「……『魔眼』持ちか」

 事前に聞いていた通り、王女には天使と『魔眼』がある。『魔眼』の効果までは分かりはしなかったが、イプロシアが生じさせた分身の中から確実に本体を貫こうとした。そこにはしっかりと殺意が乗っていた。当てずっぽうから来る、外した場合の次の立ち回りを考えてた足運びでは決してなかった。

 クールクース・ワナギルカンを分身で惑わせることはできない。ということは、この『超越者』とは真っ向勝負を求められる。

「国を巻き込んだ兄妹喧嘩をしている子が人の心に共感できるの?」

「共感できるから私は国を巻き込んだ兄妹喧嘩をしているんですけど?」

 そして、言葉での動揺も与えられない。隙を作らなければロジックには触れることさえできないだろう。


 一対五。圧倒的な人数差だが、ただのクラリエを除けば四人。その四人に手を抜くことは許されない。


「多人数での決着を望むのは強者を落とす弱者が足りない頭で一番に考える方法だもの。でも、私には不正解。並行作業は私にとっては極々当たり前のこと。異世界へ渡るために必要な王女様以外は纏めて殺し切ってあげる」

 こんな状況は今までも何度も経験している。


 イプロシア――キュクノスは、絶対の自信を崩さない。


 万が一があるとするならば、それはただのクラリェット。ただし、現段階においては脅威に捉えるべくもなく敵として数える気もない。

 気付かれてはいけない。バシレウスのロジックを書き換える際に浴びた呪いについて、知られてはならない。

 自身の魔力は負の感情を帯びて輝く。

 それは逆に、正しき感情が負の感情を上回るようなことがあれば、魔力の質が下がる。


 現段階では、まだイプロシアの中に特別な情念はない。まだ、ただのクラリェットを我が子として見てはいても愛してはいない。実子への愛情は正しき感情だ。そんなものに支配される気はないが、思考とは別にこの体が、心が身勝手にも親としての情念を抱かないとも限らない。


「先に殺したいのはただのクラリェット。でも、そうはさせてはくれなさそう。ああ、怖い怖い。命を賭してでも守り切る目をした連中は怖くて仕方がない。ええ、本当に怖い。心臓を捧げてでも魔王の死後に起こった隔絶の大魔法から世界を守り通したオエラリヌのよう」

 ただ心臓を捧げてくれれば楽だ。しかし、この者たちは心臓を捧げるのではなく命懸け。要は無償で差し出してくるのではなく、命を燃やし尽くしてでも抵抗するという気概。

「昔からずっと嫌いだったの。世界に奉仕する感じの、薄ら寒い正義感が」

 『神樹』の力を使うのは勿体無いが、ここで力の差を見せつけて絶望させる。そうすればもはや誰も自身を止めようなどとは思わなくなるだろう。

「心せよ、あなたたちが戦うはハイエルフの『大賢者』にして、“大いなる至高の冒険者”なる『賢者』。魔王を討ち、恐怖の時代を終わらせたパーティに属した者。『神樹』を宿す『継承者』よ」

「肩書きが長い。私に必要なのは過去じゃなく、今、なにをしているかなの。だからあなたには名乗らないわ。肩書き合戦なんてしたところで無意味だから」

 まずはこの一々、こちらの言動に(さわ)り、不愉快さを与えてくる王女を行動不能まで追い詰める。それが恐らくはイプロシアにとって最善の選択であろうと思った。

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