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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第13章 -只、人で在れ-】
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β-10 責任と使命


 状況が二転三転しすぎている。シェスを倒したあと、黒騎士からリスティを助け出そうと黒い空間に向かったら、その黒い空間は弾けて中には黒騎士を倒したリスティが立っており、話を聞いている間にロジック砲なるものが撃たれて一部の範囲でロジック頼りの戦いが不可能になり、エルヴァがユークレースを一時撤退へと追い込んだが『魂喰らい』が現れ『勇者』と交戦を開始し、アンジェラとジョージがアンドリューに撃退され、その間に第二王女のオルコス・ワナギルカンが新王国側へと寝返った。そして今度はアンドリューがエルヴァによって討たれた。それら全てが『念話』によってもたらされ、正直なところ全ての情報を処理し切るには時間が掛かりすぎる。

「そもそもどうしてアンジェラとジョージがアンドリューと交戦していたの……? もしかして、私には本当の作戦が知らされていない……?」

 リスティが考え込んでいるが、それよりもアレウスは聞きたいことがある。

「黒騎士に勝ったんですか?」

「……あ、ええ。接戦でしたが……かなり分の悪い賭けを仕掛けてどうにかこうにか」

「無事で良かったです」

「ありがとう、ございます。騎士見習いだった頃と元冒険者だった頃の経験が功を奏したのでしょう。もうアレウスさんには遠く及びませんが、一応はエルヴァと同様に戦いの経験はありますので」

 そう語るリスティの横でアベリアが死んでいる黒騎士の様子を探る。

「あの、兜を取ってみても?」

「……いえ、放っておきましょう。この者の戦い方を私は知りませんでしたし、どうせ兜を取ったところでどこの誰とも知らない顔のはずです。それよりも私はクルスの元へと急ぎ戻りますので」

 そう言いつつリスティは黒騎士から剣を引き抜く。

「恐らくはロジックを書き換えられていたのでしょう。どこでどのように干渉されたかは分かりませんが、正しく生きていた頃もこの黒騎士にはあったはずです。正しい意志も持ち合わせていたはず。それがどこかで干渉されて書き換えられ、欲望が増長されて止まらなくなってしまった。そのように思います」


 その言い方は、どこかこの黒騎士の正体を知っているような口振りにも思えたが、真実を知ることをアレウスは怖れた。だから問い掛けることはなく、黒騎士の死体はその後に起こる戦後処理に任せることとした。


「僕たちはクラリエを追います。痕跡を追えば、時間は掛かるかもしれませんが見つけることはできるはず」

「そうしてください。私はクルスから本当の作戦を聞き出して、」


『“全軍に告ぐ! 敵陣へ突入せよ!”』


「これ、王女様の『指揮』というやつじゃないかい?」

 ヴェインが聞こえ、感じた力をリスティにぶつける。

「マズいことになっていそうだ。この感じだと王女様はこれから出撃して……そうか、王女様とあのお付きの騎士は長期の戦いなんて考えていなかったんだ。最初から徹頭徹尾、短期決戦。今日か明日までには決着を付けるきなんだ」

「そんな……では、アレウスさんを連れて行ったあと私に城へと戻るように伝えていたのは……がら空きになった城を私に守らせるため……私が、不甲斐なく、弱いから」

「それほどに信用されているからこそ、リスティさんに自身が空いた穴を埋めさせようとした」

 アベリアが事実に震えるリスティを冷静にさせようと正しく事実を整えた。


 自らの根城を弱い味方に守らせる国の主などこの世のどこにもいない。クルスはリスティの腕前と、その技量を信じており、親友であるからこそ城を託すと決めたのだ。


「でも、私にはそれを……伝えて欲しかったです。また、クルスの悪いところが出ています。話さなくても察してくれるだろうと。私が城に到着すれば理解するだろうと、そう決めて、分かってくれると思っている……本当に、あの二人は……本当に」

 怒りか、それとも悲しみか、それとも信じてくれている喜びか。恐らくはどれも正解でどれも間違いだ。リスティの表情はアレウスでは読み取れないほどに複雑さを極め、精神的な崩壊が近いようにも見える。

「レジーナさんが言っていた援軍というのは、あの寝返った第二王女様のことだと俺は思うんだけど、アレウスはどう思う?」

「僕も同感だ。名を明かさなかったのは『森の声』を盗み聞きされていたときの自主的な防衛だったんだ。だから、オルコス・ワナギルカンは新王国側の味方と考えて問題ないはず」

「いいえ、オルコス様は新王国に付いたわけではありません。クルスに忠誠を誓うと決めたわけでもない。あの方はイプロシアの秘密が白日の下へと晒されたことで、真に忠を尽くす者が誰であるか分かったのでしょう」

「こっちにクラリエがいるから、レジーナさんが僕を手伝えと言ったから動いているだけ」

「はい。オルコス様はクラリエさんに従うために動いたと考えられます」

「なら、僕たちがクラリエを守れなかったら」

「オルコス様は無所属のエルフ部隊となって、巫女の言葉も聞かずにあなたを討つべく動くでしょう」

 戦場に私情が挟まりすぎている。そのせいで真実が隠れて、なかなか見抜くのに手間取る。


「ねぇ、なら『勇者』はどうして新王国側っぽく戦うの?」

「エルヴァが負傷したのち、『魂喰らい』に殺される前に助けた。それは明らかに新王国への援助にも考えられますが、『勇者』は言葉を話すことができず、その心境の全てを読み解くことは誰にもできません。『魂喰らい』が戦場に立っている理由も私たちには全くもって分からないのですが」

 そして、どうして『勇者』と剣を交えているのかすらも不明である。

「アレウス、物は提案なんだけど」

「ヴェインはエルフを防衛している部隊の負傷兵の回復を手伝ってほしい」

「良いのかい?」

「シェスとの戦いで無理をさせ過ぎたのは知っている。その状態でイプロシアを追ったら、真っ先に命を狙われる」

「そうだ。俺は今のままだと足手纏いになる。だから、足手纏いにならない場所で力を尽くしたい」

「僧侶の助けはどこの部隊も求めている。でも、戦うなよ?」

「当然だよ。俺は僧侶の務めを果たすだけ。絶対にこの武器をエルフを殺すためには振るわない。ああでも、イプロシアの洗脳を解くために芽を潰させてはもらうよ。あと、自分の身を守るときにも」

 アレウスは肯き、ヴェインが駆け足で防衛部隊へと向かう。

「私はさっきも言ったように城へと戻ります。クルスが、私を信じたのなら、その信頼に私もまた答えなければなりません」

「分かりました」

 リスティが洞穴へと走る。


「それで、アベリア? クラリエがどこに向かったか分かるか?」

「ううん、アレウスは?」

「僕も全く気配を掴めない。最近は僕の技能でもクラリエが完全に気配を消してもいる方向ぐらいは分かるようになっていたのに」

「ロジック砲? だっけ? あれの影響かも」

「あるかもしれない。範囲外ではあるけど、技能に影響を与えている」


「ならば私が連れて行ってやろうか?」

 声が聞こえた瞬間にアベリアが魔力の塊を撃ち出そうとするが、その体勢のまま動きを縛られる。魔力の塊も彼女の杖から放たれない。

「私が見つめる彼方までの道筋は、歌って奏で舞うことを禁制とする」

「私……歌ってなんか、ないのに」

「アナリーゼは『楽曲分析』。貴様の名は舞楽に類するものだ。ゆえに存在自体が禁制だ」

「“舞楽禁制(ブンゲローゼ)”、か」

 アレウスもまた短剣を抜こうとした構えのまま動けなくなる。抜く隙がなかった。今、この状況で抜けばこの『灰銀』のエルフであるクリュプトン・ロゼの矢に射抜かれてしまう。

「貴様は一度見ているんだったな。だったら、私の前では貴様たちはなにもできないことは理解できるはずだ。そこの『原初の劫火』を宿す小娘に杖を下ろすように伝えろ。でなければどちらも私が射殺す」

「アレ、ウス?」

「杖を下ろせ、アベリア。クリュプトンは僕が憎む『異端審問会』に関わりを持っているけど、イプロシアの前では共闘可能だ」

「共闘可能だと?」

 鼻で笑われる。

「違うのか?」

「…………肝の座ったヒューマンだ。その覚悟と理解に免じて、許してやろう」

「下ろせ、アベリア」

「うん」

 ほとんど体を動かすことができない状態でアベリアがゆっくりと杖を下ろす。それを見届けてクリュプトンもまた矢を弓から外して構えを解いた。アレウスも短剣の柄から手を遠ざける。

「『異端審問会』は根こそぎ殺す気であるのだろう?」

「殺すのにも順序はある。あなたを利用しないと僕たちはイプロシアにも、クラリエの元にも辿り着けない。だったら、ここで争うのは違う。そしてあなたも、僕たちがいないとクラリエから一時的に敵対心を外せないことを理解している。それどころか、オルコス・ワナギルカンが率いるエルフたちにすら」

「そうだ。イプロシアを討つ前にその実娘(じつじょう)やオルコスに殺されては元も子もない。貴様とクラリェットがいることによって、私はこの戦場で一時的に命を繋ぎ止めることが可能となる」

「私には分からなかったけど、あなたにはクラリエの場所……分かるの?」

「分かる。クラリェットの痕跡を辿り、見つけ出してからその気配を一度足りとも忘れたことはない。ましてや今のクラリェットにはデストラ・ナーツェの臭いがこびり付いている」

「……あの短刀か」

「その二つを追えば、イプロシアの前に辿り着くことはできる。ただし、今、この瞬間にクラリェットが無事かどうかまでは知らないがな」

 そう、シェスとの戦闘が始まってからクラリエと別れ、随分と時間が経過している。この間に彼女がイプロシアの元へと辿り着いていたのなら、既に決着がついている可能性だってある。

「見るのがどちらの死体か。恐らくはクラリェットの死体である可能性が高いだろうな。それでも貴様は、私の案内に乗るか?」

「乗る」

「乗らなきゃ、私たちがここに来た意味がない」

「……ならば向かうとしようか」

 クリュプトンが視線を外し、アベリアの体を縛り上げるような硬直が解ける。

「一つ聞きたい」

「なんだ?」

「『勇者』はクラリェットのために現れたのか、それともイプロシアのために現れたのか。どっちだ?」

「ふははっ、なにを言っている? そのどちらでもない。『勇者』は貴様のために現れたのだ。アレウリス・ノールード」

「え?」

「『勇者の血』を飲んだのを忘れたのか? クラリェットと貴様では、貴様の方が『勇者の血』の気配が色濃く出ている。『勇者』はなにも知らないままだ。知らないまま、貴様の元へと来るつもりだ。そこに立つのが実子ではないとも知らないまま」

「……なら、だったら」

 アレウスは思わぬ策を思い付く。しかし、あまりにも人間性に欠けた策である。あの『勇者』を利用しようとしているのだから。

「僕がクラリエと一緒にいて、イプロシアと死なずに戦い続けていれば『勇者』はイプロシアの前に現れるということだな?」

「『人狩り』と蔑まされている私が言うことではないが、貴様のそれは性格の悪さが滲み出ている。実子の前で実母と実父に争わせるつもりか。恐怖の時代以後、『神樹』を手にした『賢者』と『天災』と呼ばれる『勇者』を戦わせるなど、常人であれば考えることすらしないぞ」

「でも、それぐらいの援軍がないと僕たちはイプロシアには勝てない。だってクラリエはもう……」

 その先の言葉を言おうとして、口が重くなってしまって言えなくなってしまう。

「『賢者』の実娘なれども一つの愛情も注がれず、ナーツェの血など流れてもおらず、引き出した『衣』は白くとも、自らが持つ『賢者』と『勇者』の血の重みに耐えることもできず、なのにワケの分からないまま呪いを浴びて森から出ることを余儀なくされた……ただのクラリェットというエルフ」

 そうクリュプトンはアレウスの言おうとしたことを先に言い、更に呟く。

「だから幽世で死んだ方が良かったのだ。その事実は、心を壊し命を絶つに足りる。せめて知らないまま死んだ方が楽だったというのに」

「あなたは全部……全部知っていたってことなの?」

 アベリアがやや語気を強める。

「全部分かっていてあなたは!」

「では優しく手を握れと言うか!? 優しく抱き留めよと言うか?! 何者でもなく、何者でもあれない! あの儚く弱く、いつ輝きを消すかも分からない微かなる星を! 我が両手で! この血に染まった両手で! 抱けと言うか?! 私の両手では星を潰す! だが、潰せない! 私にはあの星を、潰せない! 潰せないのならせめて、幽世の手でと願った! しかし、貴様たちはあの星を救い出してしまった!! それがどれほどに罪深いことか! 知らずに済めばいいことを知ってしまい! そうしてあの星は後戻りすることすらできずに! 自らの使命であると言い聞かせて、これが自身の生き様だと信じて道を歩く! 狂気だ! それはただの狂気だ! 狂気だけであの星は輝いている! なのに貴様たちは暢気に……! 偽りの覚悟を信じて送り出す馬鹿者どもめが!! 声の一つでも掛ければ良かった! 逃げ出してよいと言えばよかった! ただそれだけで、あの星は抱いた覚悟は間違いであったと! 気付くことができたというのに!!」

 クリュプトンはこれまでにない感情の発露を見せる。

「私はロゼ家の異端児。誰も愛せず、誰も抱き留めることもできない。ただ己が運命に振り回され、血統に誓いを立てて、必ずやイプロシア・ナーツェを討ち取ると決めた者。闇に行き、闇に招き入れられ、常人が歩むべき正しさの元には二度と踏み出すことも許されない。だが、貴様たちは違ったはずだ! なにが復讐だなにが因縁だなにが覚悟だ!! 自らが抱いているからと! あの光もまた同じ物を抱いていると思ったなら大間違いだ! どうして傍にいて気付くことができない!? どうして傍にいて、寄り添えない!? 止まり木になった程度で救えた気になって満足などして! 私は、私の直感はどうすれば良かった!? “穴”に堕ちるあの光を、必死に掴もうとした貴様に感じ、共に生きて現世(うつしよ)に戻ってきた貴様に感じた“この者ならば”という可能性を! どうすれば良かったと言うのだ?!」


 裏切り。そう、これはアレウスによる壮大なクラリエへの裏切りだった。


 アレウスは知らず知らずの内に裏切っていた。クラリエだけじゃなく、そしてクリュプトンの期待すらも。

 たった一言言うだけでよかったのだ。『そんなことはしなくていい』と。『因縁なんてどうだっていい』と。なのにアレウスは自身の復讐と彼女の因縁は似たものがあると勝手に決め付けた。そして彼女の覚悟を――本音を聞かないままに彼女の覚悟を(はや)し立てた。そうしてクラリエは戻れなくなった。戻ることを諦めた。


 ボルガネムで彼女のために泣いた。その涙を、そのときに発した言葉を、彼女のいる場所でそのまま発すれば、流せばいいだけだったのに。


「僕には責任がある。僕には、クラリエを守る責任が」

「言うのは容易いな。実行できるのか、貴様に?」

「……僕はもう、彼女を裏切れない」

「そうか、だったら付いて来い。クラリェットは生きている。イプロシアは未だ、この戦場には現れていないからな。だが、現れる場所は分かる。恐らくクラリェットも、その傍で息を潜め続けている」

 先ほどの「死んでいる」云々はアレウスを試したのだろう。

「一人で背負わないで。私も背負うから」

 アベリアに慰められる。

「……違うよ、アベリア。これは僕が背負うべき責任だ。今回だけは、責任を分けられない。だから……助けて欲しい。僕が、責任を果たせるように」

「そう……そうだね。私だってクラリエを助けたい。アレウスがちゃんとクラリエを助けられるように、私がアレウスを助ける」


「見せてもらうぞ、アレウリス? 私に言った通りの生き様を」

「あなたも、こんなことをしたら『異端審問会』に殺されるのでは?」

「私の使命はイプロシアを討つこと。イプロシアを討てるのならば、どうだっていい。死ぬことも、この命を焼き切る覚悟もとうに出来ている」

 貴様と違ってな、とイヤミったらしく付け足してクリュプトンがアレウスたちを先導する。


 第二王女はクラリエとレジーナのために寝返った。『勇者』はアレウスの『勇者の血』を追っている中で『魂喰らい』と戦闘している。エルヴァがユークレースを徹底させ、アンジェラとジョージが手負いにさせたアンドリューを討った。クルスはゼルペスの城を出て突撃に移りはしたものの、その到着を待たずしてマクシミリアンの命をエレオンは虎視眈々と狙っているだろう。

 この戦場、短期で見据えるなら新王国軍が優勢に見える。しかし、この瞬間の突撃を跳ね返されることがあれば一気に全てが覆る。跳ね返されれば新王国軍は立ち直る隙もなく、全滅する。

 そしてクラリエの生存が絶対である。クラリエが生きていなければオルコスも『勇者』も新王国軍に加担しない。その近くでアレウスは事情を話すことを求められる。跳ね返されないための最初の山。それこそがイプロシア・ナーツェを討つことなのだ。


「国の争いなどに目を向けるな」

「国じゃなく、僕は人を見ている」

「情を抱けば気は偏る。感情を捨てて世界を見よ」

「情を捨て切れずにいた人がなにを言う」

 クリュプトンは敵であるが、同時に味方。それでいていつでもアレウスたちを殺せると豪語する者。それでも無感情に全てを遂行してきたわけではない。彼女もまた『四大血統』に縛られ、そしてクラリエという何者でもないエルフを憐れんだ者。

 そう、使命とは後付けでしかない。彼女はいつだって使命を捨て去って生きることができた。それを可能とする技術も実力も持ち合わせている。しかし、感情がそうはさせなかった。憐憫が、彼女を未だ人として保たせている。

 この人は憐憫を抱かなくなったそのとき、もはや死ぬことさえ(いと)わないだろう。そこで彼女の全ては達成されるのだから。

 死ぬ気でいる人の傍にはいたくない。足掻いてでも生き続けることを選んだアレウスとアベリアにとってその覚悟は真逆だからだ。正しくないとさえ思う。しかし、説き伏せることができない。

「それで、どこに行く気だ?」

「クールクース・ワナギルカンのところだ」

「は?」

「イプロシア・ナーツェはクールクース・ワナギルカンが出撃するのを待っている。そして、その傍にいる騎士が離れるその瞬間を今か今かと待ち侘びているのだ」

「イェネオスからの報告を受けたよね、アレウス? イプロシアは異世界に渡ることを悲願としているって。その鍵が、王女様にあるんじゃ」

 アベリアの言葉で、もはやイプロシアに対する感情は恐怖や怒りを飛び越えて、おぞましさを感じ始める。


 イプロシアにとってはこの戦いですら自らが異世界へ渡るための踏み台。何百何千何万の人間が死のうとも、自分が異世界へ渡るのなら気にしない。


「それは、人……なのか?」

「人であるわけがないだろう。自らのためにおびただしいほどの死体の山を築こうともなんとも思わない。しかし、それを言えばマクシミリアン・ワナギルカンもきっと人ではないだろうな。言うなればこの戦いは人と人外の争いだ」

「マクシミリアンが人外? どうしてそう思うの?」

「自分の命を守るために他者の命を盾にする。自身の命が助かるのなら大多数の人間が死のうとも気にしない。そして、民草からの信頼が覆らない限り、奴は一度や二度では死なない」

「まさか、マクシミリアンはアーティファクトを持っていると?」

 クリュプトンはなにも答えはしなかったが、その無言こそが答えだとアレウスは受け取る。


 勝ち目はあるとは思えない。戦略を知らないアレウスには、この先にあるだろう新王国の未来が、薄く感じられた。

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