β-5 シェスと黒騎士
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決して遠くはない場所で笛の音や兵士たちの雄叫びが聞こえてくる。アレウスたちがゼルペスを出ている内に戦いはもう始まっている。あまり聞くことのない楽器の音色や人間の声はそのことを強く意識させてくる。焦燥感が自然と募る。アレウスたちに出来ることはなにもないはずなのに、なにかをやらなければならないのではと考えてしまう。
「来たよ」
クラリエの言葉で我に返り、アレウスは顔を上げて平野部に視線を向ける。まだまだ新王国軍の防衛線からは遠いところではあるが、大軍が見える。
「体のどこかに芽はあるか?」
「うん、間違いない。表情も虚ろげだし、お母さんに操られているエルフの特徴だよ」
ここからではエルフかどうかもアレウスには分からないのだが、クラリエの視力であればその姿も、特徴も、表情すらも分かってしまうらしい。視力に関してはニィナと良い勝負なのではないだろうか。
「どうする? もう動く?」
「いや、僕たちはエルフたちが新王国軍と衝突してから移動する。それまでは気配消しを続けて、アベリアとヴェインもなるべく魔力を外に流さないように」
操られているとはいえ、あれは民間人である。魔法と武器を持っているのだから武装勢力として捉えても差し支えないが、それと戦うのはアレウスたち冒険者の役目ではない。
「戦争とは違う方向での衝突になるけど、魔法の使用が確認されれば新王国軍も魔法使いを出すはずさ。王国軍がエルフに行使される魔法を見て戦争に用いられたと声高には叫んだら、ちょっと厄介ではあるだろうけど」
ヴェインが心配を吐露する。
「可能性は低い。王国側はエルフの動きに合わせているだけであって協力関係にはないという姿勢は崩したくない。この衝突でまず最初に魔法を行使するのはエルフ側だ。もし協力関係にあったら、それこそ新王国側が声高に魔法が使われたと叫ぶ」
騎士は魔法の素養も持ち合わせているだろうが、戦線での使用は固く禁じられているはずだ。もし使うとしても、それは攻撃魔法ではない。
「新王国と王国は情報戦――どっちが魔法を先に使うかどうか……もしかすると、もう使っているのかも」
アベリアの言葉にアレウスとクラリエが肯く。
「回復魔法や補助魔法は痕跡が残りにくいからね。攻撃魔法じゃないなら魔力の残滓も相手側には残さない。隠れて使うことはどちらも考慮しているってことかい? なら、どっちも魔法の行使は戦略として頭には入っているのか」
「多分な。で、重要なのはどちらが分かりやすい魔力の痕跡を見せるかどうか。使った側が一時的には有利になるけど、それ以降は使われた側が国際情勢で有利になる。使われれば対抗して使うという大義名分も得られて一気呵成に出ることだってできる」
「その国際情勢も、新王国側が残ってこそだけどねぇ。このまま力でねじ伏せられたら、王国は新王国が先に使ったという嘘の痕跡を作り出すことだってできてしまうから。よく言うでしょ? 国の歴史は勝者の歴史だって。いくらでも事実は捻じ曲げられる。負けた側には一切合切の反論の余地はないの。そして未来で不正が暴かれたところで、過去と今では違うと言ってしまえば国の立場はちょっとだけ悪くなるけど、地盤が揺らぐことはない」
ドラゴニュートのヴィヴィアンはどれほどに自分たちの種族が悪い風に語り継がれたり、悪口を言われても無言を通すことを決めていた。人間が行うドラゴニュートに対する心象や、物語で竜が悪逆非道に描かれようとも。もしかするとそれは勝者の歴史であったからだろうか。それともたった一人が叫んだところで、歴史が変わることはないという諦めか。どちらにせよ、新王国はこのまま敗北することがあれば、それこそヴィヴィアンと同じような末路を辿ることになる。
王国に楯突いた者たちとして扱われ、救済されることはない。恐らく、アレウスたちの世代が終わってもそれは続く。救済されるのは遥か未来で歴史に興味を抱いた者たちの手によって調査されたとき。そんな未来で救われたって、今、この時代で生きている無辜の人々はなにも救われていない。
負けないでほしい。しかし、この願いは偏っている。帝国国民であるアレウスは王国に対して自然と敵対視する感情を抱いてしまっている。だからこそ、そこに歯向かう勢力である新王国に肩入れしてしまう。リスティやエルヴァという存在が、更にそれを強くする。
「駄目だな、僕は」
「突然、どうしたの?」
「平等に物事を見ることができていない。新王国の王女様の言うことやリッチモンドさんの言うことが全てであるかのように頭が勝手に考えてしまっている」
「……それは、仕方がないんじゃないかな」
呟きに対して心配してくれたクラリエはそう返答する。
「仕方がない?」
「人は平等に物事を見ることはできないよ。ボルガネムでも見たでしょ? 裁判は正しく行われていなかった。でもそんなの、帝国でも王国でも、どこの国でも似たような光景が広がっている。まともに機能しているところはごく僅か。それぐらい、あたしたちは平等では在れないんだよ。だったらあたしたちは感情で、築いてきた信頼で、物事を見定める。それが正しいかどうかは措いといてさ。あたしはお母さんのしていることは間違っていると思うからここにいる。アレウス君はどう?」
「……僕も、イプロシア・ナーツェのやろうとしていることは間違っていると思う。王国が新王国を総力をもって潰そうとしているのも、引っ掛かる。リスティさんやエルヴァが肩入れしているのだって、親友の王女がいるからっていう理由だけじゃない気がする」
「なら、私たちは私たちなりに正しいと思うことをするしかない。今はイプロシア・ナーツェの野望を阻止すること」
アベリアはアレウスの言葉に寄り添う。
「俺たちはともかく役割を果たすだけさ。まぁ、まだこの場面で良かった。エルフたちが新王国軍と衝突したときに言い始めたら俺は君を殴っていたよ。殴って、無理やり連れ出すところだった」
リーダーとして弱音を吐いた。それも全員の信念を不安にさせるようなとんでもない弱音である。それをクラリエやヴェインがどうにか消化してくれたからいいものの、もしできなかったならパーティとして物理的にではなく精神的に崩壊していたところだ。
「悪い、状況が状況で弱気になった」
「でもアレウスが言ってくれたから私たちは言わないで済んだのかも」
「そうだねぇ、あたしもポロッと言いそうだった」
「君たち三人を殴るのは骨が折れそうだ」
「あれ? エイミーちゃんに女性を傷付けるのは駄目って言われてなかったっけ?」
「多分だけど君たちの目を覚まさせるためだったならエイミーは許してくれると思うよ。そりゃ、無防備な女性を殺そうとしたら、エイミーに俺が殺されるのは当然さ。でも、相手が殺す気で掛かっているのに俺が無防備であるわけにはいかないからね。つまりは時と場合と立場によって、俺は闘争には闘争で抗うよ」
それもそうだねぇ、とクラリエは納得の言葉を発してから再び大軍へと視線を向けた。先ほどと大して距離に差があるわけではないが、いずれは自分たちの潜んでいる近場を通り過ぎる。その緊張が少しずつ高まっているのをアレウスは感じた。
息を潜めて三十分が経過する。懐中時計でアレウスは午後二時半過ぎであることを確認する。まだまだ夕方まで程遠い。新王国の防衛線が突破されないで済むのかどうか、不安で仕方がない。
「アレウスさん」
リスティが防衛軍の元から帰ってきた。
「あのまま別の洞穴を使って城に戻るんじゃなかったんですか?」
自然と小声になって、アレウスは彼女に訊ねる。
「その予定だったんですが、アレウスさんたちがちゃんとエルフたちが通り過ぎたあとにイプロシアを探しに向かうかどうか見届けろとリッチモンドさんから騎士に伝令があったらしく」
「俺たちは信頼されていないってことか」
リスティの言いたいことを分かりやすくヴェインが表現する。
「どれほど私たちが信用できるとリッチモンドさんに説いても、帝国出身ですから」
「私たちには納得させるだけの功績がない」
「クルスの救出を手伝ってくれたアレウスさんだけであれば信頼もしてくれたのかもしれませんが」
リッチモンドはアレウスは信じていてもアベリアとヴェインとクラリエは信じていない。初見の相手をそうすぐに信じないのは誰であっても同じだろう。特に今回は国の存亡が掛かっている。変なところで足元をすくわれたくはないのだろう。
「じゃぁ、僕たちが動くのを確認してからリスティさんはさっき使った洞穴で?」
「そうですね、その方が時間を無駄に使わずに済みますし」
ついさっき、縁起でもないが今生の別れのようなことを互いに言い合ったというのに早々に再会してしまい、アレウスもリスティもどうしたものかと視線を泳がせる。
「もういっそのことリスティさんもあたしたちと一緒に動いたら?」
「それはできません。私がここにいるのは騎士見習いとしてです。アレウスさんといるだけで、イプロシア・ナーツェに新王国の弱みを握られてしまいます」
「まぁ俺たちは依頼を受けて新王国にやって来たという嘘であっても真実っぽいことを言えるけど、担当者のリスティさんがギルドじゃなくて戦場に立っている情報は与えたくないか。それをイプロシアが王国に情報として売らないとも限らないし」
担当者も『門』を使って冒険者のサポートをする。しかし、『門』を作ったのはイプロシアで、使ったか使わなかったかなど調べればすぐに分かるだろう。そもそもゼルペスに『門』があるのかすら分からない。そうなるとヴェインの言うように冒険者として依頼があったから新王国付近で活動していたという理由付けを用意できるアレウスたちはともかく、担当者のリスティが戦場に立っていることへの理由付けができなくなる。
どうせリスティがここに来ていることもイプロシアは知っているのかもしれないが、知っているだけでは未確認の情報である。姿を晒せば確定となってしまう。
「何事も慎重でありたいです。エルヴァも今頃はユークレースと戦って……もう決着がついているかもしれません。エルヴァのことですから、深追いもしないでしょうし無茶な戦闘を続けることもせずにリッチモンドさんの言うように一度当たって、その後、下がっているとは思いますが……思いたいですが」
「あの人は簡単には死なないですし、負けないと思いますよ」
そんな風に言っても、リスティから不安の色は消え去らない。
「アンドリューを抑えに行った方々も無事であってほしいのですが」
作戦ではユークレースとエルヴァが当たっている最中を狙って、別動隊が砦に控えているアンドリューを叩くことになっている。叩くといっても破壊ではなく、どれほどの部隊で構えているかを確認するだけだ。その後、すぐに後退する。この退却にアンドリューが乗れば好都合とばかりに兵を動かして当てに行き、乗らないようならそのまま別動隊を下がり切らせる。
戦いは一日では決しない。初日は互いにぶつけ合って、互いの布陣でどこが弱いのかを導き出す。そりゃ一日で決するならばそれに越したことはないが、それほどに油断し切った部隊が戦場に立っているわけもない。
逆にアレウスたちのやろうとしていることは一日で決しなければならないことだ。可能な限り早くに済ませることでエルフと同時に動いた王国の勢いを削ぐ。士気を低下させることはできないだろうが、新王国側の士気は上げられる。
更に三十分待つ。ようやくエルフたちがアレウスたちの潜伏している近場を通過し始めた。気配感知や魔力感知でこちらに気付いて襲いかかってくるのではと身構えもしたが、イプロシアの意思によって操られているエルフたちはアレウスたちを無視して進んでいる。つまり、彼女はアレウスたちを狙うようにエルフたちには伝えていない。伝えていないのならエルフたちも感知した気配についてイプロシアに伝えないのだ。
「良いですか? 当たり始めたら、動いてください」
防衛線との接触が行動の瞬間となる。だから通過し終えてからすぐには動けない。非常にもどかしく、落ち着かない時間を過ごす。
衝突を知らせる笛の音が響く。アレウスたちは潜伏を解き、平野へと駆け出す。
「リ・ス・ティ」
妙な声を聞き、アレウスが振り返る。洞穴へと向かうべく立ち上がった彼女の前に黒剣が突き立てられている。
「まさか」
黒剣が波濤を放ち、リスティの周囲一帯の地面を黒く染め上げ、植物を枯らす。
「逃げてください、リスティさん!!」
黒騎士だ。イェネオスに打ち飛ばされたのち、全く姿を見せなくなったらしく死んだと思われていた者が、リスティの前に現れようとしている。
アレウスが手を伸ばす。だがこの距離ではどうあっても届かない。リスティもまた手を伸ばしてこちらに走ってはいるが、黒剣の放つ波濤の範囲からは逃れられない。ならばこのまま飛び込むべきか。そう思ってみても、やはり黒剣が起こす範囲の展開にはどう考えても間に合わない。
「ヘイロンとアニマートは死んだ。あとはテメェだけだ、リスティ」
「馬……?!」
月毛の馬が嘶き、黒い範囲に現れ、その体を撫でながら黒騎士が現れる。
「楽しい楽しい串刺しの時間だ。誰にも邪魔はさせねぇ」
違う。以前に遭遇した黒騎士はもっとあらゆることを否定し続けてきていた。なのにこの黒騎士からは意思を感じる。あの当時に薄弱だった意識が、歳月と共に強いものへと変貌したとでも言うのだろうか。声も頭の中に響くのではなく、兜の中からしっかりと発せられている。
そして、やはり間に合わない。黒い範囲は展開を終えて、リスティを除いて一切を遮断して黒い空間と化し、不可侵とする。外側からアレウスが入ろうとしても弾き飛ばされる。
「クソッ!」
どうにかして中に入れないものか。そのように考えている暇もなく、後方で仲間たちのアレウスを呼ぶ声がする。翻ってすぐさまそちらへと走るも、そこには憎き仇敵が既に立っている。
「イプロシア・ナーツェは世界を渡る。これは決められたこと。運命には抗えない」
「シェス!!」
「我の中にはもう『老いたシェス』はいない。君たちに異端審問を行ったシェスはいないということだ」
仲間たちの元へと駆け付け、駆け抜けて、アレウスは短剣を抜いてシェスの首を掻き切ろうと試みる。
「もう一度言う。我の中にはもう『老いたシェス』はいない」
「だからなんだ!? お前が! お前が!!」
シェスはアレウスの剣戟を巧みに避け、距離を置く。
「愚かな……仇敵は死んだと言っているのに、未だ我に復讐の念を抱くか」
生えた樹木からシェスが剣を抜く。
「ならば切り殺すしかない。我が主であるイプロシア様が異世界へ渡るための障害は我が取り除く」
怒りに満ちているが心は冷静に。アレウスは簡単にはシェスの攻撃範囲には踏み込まず、まずは様子を窺う。そして、クラリエの傍まで下がった。
「行け、クラリエ」
「……でも」
「いいから行くんだ。僕たちにはイプロシアの気配は追えない。でも、君だけは追えるはずだ」
せめて魔力の一つでも発してくれればアレウスでも探すことはできるのだが、分かっているからこそ彼女は未だに魔法を唱える様子がない。
「分かった。あとで絶対、また会うから!」
そう言ってクラリエは景色に溶け込み、アレウスたちの前から消える。
「このエルフの少年がアレウスを、いやアレウスとその両親を異端審問にかけた張本人かい?」
「うん」
アベリアがアレウスの代わりに肯く。
「だったら俺の敵だ。でも、エルフは老衰が近付くまで全盛期の姿を維持するって言っても、どうにも幼すぎる気がするけど」
「赤子の体に魂を移している。それが奴の言う『老いたシェス』だ」
「屍霊術の応用か。神様が許している魔法ではあるけれど、俺としては許したくはない魔法だ。ましてや赤子だなんて……」
「そうやって、道徳と正しさを押し付けるな。我の生き方は、我の思考は、我が抱く道徳と正しさの奴隷となる。お前たちが決めた正しさなどに従うものか。他人が思い描いた正しさの奴隷になど、我はならない」
「アレウス、魔法は?」
「使えない。まだ使っちゃ駄目だ。衝突しているエルフたちが使ってからだ」
「なんとも薄いルールだ。そんなものが邪魔をしているのか? ならば、“火よ”」
シェスは全く関係のないところに魔法の火を起こし、そしてすぐに消す。
「これで魔法が使えるのか?」
「自分から……?」
言いながらアベリアが炎を纏う。
「でも、使ってくれた」
「どう使わせようかと悩まなくて済んだな」
アレウスたちにも一応はリッチモンドに役割を与えられていた。それがエルフたちに魔法を使わせることだ。防衛線との衝突前後のどちらかで、確実にエルフが魔法を行使したと分かる魔力の波濤を起こすこと。
王国軍と同調してはいても、協力していないからこそ魔法の扱い方に差が生じた。だからすぐに魔法を使ってしまった。このシェスの行いが、王国軍にとっては不利な情報に変わることも知らずに。
「他人が決めたルールに縛られているのを解放してやっただけだ。それに、敵の全てを捻じ伏せてこその実力だ。我がお前たちを討てば、我が主も我を認めてくれることだろう」
まるで高尚な戦いを始める気でもいるみたいだ。アレウスはシェスの言葉を聞いて鼻で笑う。
「僕が今からやることは復讐だ。あの日、あのとき、あの場所で! 異端審問によって僕の両親を! そして僕を異界に堕とすことにしたお前を殺して! 僕は!」
「堕ちたことでお前は強くなった。冒険者として生きていけるだけの強さを得た。冒険者となったことで多くの仲間を得た。だったらそれでもういいだろうに」
「そうだね、俺もその言葉には賛成だ。けれど、それは俺たち仲間が提案することであって敵に言われる筋合いはないってことと、俺はアレウスとの出会いが無くなっていたとしても、父母と共に当たり前の人生を歩んでほしかったと思っているよ」
「……父母か。そんなものは血の繋がりでしかない」
「だけど血の繋がりがあるからこそ、子供は愛される」
「愛される……愛される、か」
シェスはゆっくりと剣を構え、それからアベリアを見つめる。
「では、その愛とやらがどれほどに無価値であるかを教えてやろう。“来い”」
アベリアが纏っていた炎を消し去り、項垂れる。
「どうした?」
「…………イヤ……嫌だ…………私、私は…………」
アベリアは自身を抱き、呟きながら炎をアレウスたちへと放つ。
「『老いたシェス』は既にそこのヒューマンの女に触れている。テッド・ミラーが用いることもあった不快な魔法だが、一時的であれ我の手中に収まる」
「お願い……アレウス…………私から、離れて……! 私を、止めようとしないで……!」
反転し、アベリアが自身の炎を纏い直す。瞳から光が消え失せて、アベリアは虚ろな瞳でアレウスたちを見つめると、詠唱もせずに火球の雨を降らす。
「精神操作の魔法か呪いの類だ」
ヴェインがアレウスと一緒に火球を避けながら言う。
「解除と解呪の魔法は習得している。ただ、当たったあとに対象の動きを二秒は止めておく必要がある。薬と同じだ。効き目が出るのにおおよそ二秒掛かるんだ」
「解くことはできるんだな?」
「どちらかで解けるとは思う。どっちも試すことになるなら二秒と二秒。合計四秒はアベリアさんを止めてほしい」
シェスが今度はアレウスへの皮肉とばかりに鼻で笑う。
「我が戦わないわけがないだろう。お前たちは『原初の劫火』に焼かれ、我に切り裂かれて死ぬ。そして『原初の劫火』は我の手に完全に堕ちる」
「都合の良い未来を楽しそうに語るなよ。そういうのは大概、現実にならない」
アレウスはシェスの放った剣戟を短剣で弾いて強気で言い放つ。
「君は必ず僕とヴェインで解き放つ。だから、心配しなくていい。不安にならなくていい。目を覚ましたそのとき、君の炎はシェスを焼き払う」
アベリアが操られたことに対して動揺こそしたが、狼狽にまでは至らない。アレウスは誰よりも彼女の精神力の高さを信じている。二人の間に育まれた愛情を信じている。取り戻せるのなら怒りは抑え込む。大事なのは取り戻したあとに、この怒りの全てをシェスにぶつけることなのだから。




