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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第13章 -只、人で在れ-】
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β-4 ユークレースとアンドリュー


 戦場に笛の音が響く。長鎗を携えた兵士が前方に立ち、騎馬隊を最前線としていた隊列は開戦の合図によって怒涛のごとくゼルペスへと突撃していく。放たれる投石、射掛けられる矢。それらの雨を難なく越えて、クールクースが形成した防衛線と衝突する。しかし、ゼルペスは天然の要害である。長鎗兵と騎馬隊を全て向かわせて進路を確保しても、かならず狭所で渋滞を起こす。そこで山の左右という圧倒的高所から攻撃されてはひとたまりもない。

「クールクースもなかなかに懲りませんね。どれほどに足掻いたところで王国を打破することなどできはしないと言うのに」

 マクシミリアンの末弟であるユークレース・ワナギルカンはゼルペスを間近に見据えながら溜め息をつく。部隊を下げる気はないが、同時に防衛線を無理やりに突破させる気もない。緩く当たって、相手の疲弊を待つ。狭所を通らずに済む秘策でもあれば別だが、突撃を繰り返して兵士を無駄死にさせれば義兄上から御小言(おこごと)を言われてしまうだろう。

「不屈の精神を持っていることは認めましょう。ですが、それもこれまで。もはやクールクースに打てる手はありません。それでも抗うと仰るのであれば、全兵力を出し尽くすまで俺は待ちますよ」

 背にある茶褐色の翼を広げ、風の流れを読んでから畳む。続いて腰に差していた刀を鞘ごと左手で握る。

 自分が普段からしていることだが、不思議な感覚があった。いつもは最前線で戦うことになった際にこの臨戦態勢に入る。だが、今日はまだ最前線の部隊が防衛線に衝突したばかりだ。自身が戦いに身を投じるときでも、身を守るべき瞬間でもない。なのに、自然と体はいつでも刀を抜けるように身構えている。


 それほどの緊張を抱いているのだろうか。ユークレースは遥か後方に陣取っているマクシミリアンの存在を思う。長男にして次期国王の最有力候補。アンドリューでさえもマクシミリアンと玉座を争う気はほとんどない。圧倒的なカリスマ性と、圧倒的な国民からの支持、なによりも常勝無敗。

 そんな義兄上の顔に泥を塗るようなことになれば、それは失態どころではなく己が首を差し出して詫びなければならないほどの重罪である。だから、恐らくは昂っている。震えている。この戦争の終着点が、王国の勝利であることは揺るがないはずであるのに、一抹の不安が拭い切れない。


『前線はそのまま維持せよ』

「義兄上……『指揮』を使うのでなければ戦場での『念話』はお控えください」

 戦場では伝達こそが勝利の鍵となる。しかしながら、そこに魔法の類を使ってはいけない。これは戦争における暗黙のルールである。

『新王国など私たちは認めてはいない。ゆえにこれは国内で起こっている紛争だ。国外との戦争でないのなら、多少の行いには目を瞑れ』

「しかし……いえ、了解しました」

 マクシミリアンの言うことに間違いはない。そして、そのことにユークレースも反対意見はない。新王国はクールクースが勝手に宣言しているだけであり、実際には王国内で起こっている紛争。王国が新王国を認めない限り、それは国ではない。

「前線の維持はお任せください。この私が必ずや優勢に傾けてみせます」

 クールクースとの領土の奪い合いはユークレースが任され続けてきたことだ。適度に勝ち、適度に引き、適度に攻める。粘り強くではなく、上手く兵力や士気を削ぐようにして戦い続け、ほとんどの侵攻をいなしてきた。今回、ゼルペスまでクールクースを引っ込めさせたのも自身である。だからこそ、あの女がやる様々なことには大体の予測が付く。


 難しいことはない。これまで遊んでいたことを、本気で潰しに行くようにするだけ。部隊の当たり方も、引き方も、全てを侵略という形に染め上げるだけだ。


『最前線を任せることに不安はないが、末弟の命に不安はある』

「なにを仰って……」

『ネズミが紛れ込んでいる』

 ユークレースは返答せずに伝達係に目配せをして後方へと騎馬に乗せて走らせる。続いて、ゆっくりと周囲の近衛兵の気配を読む。ここにいる兵士たちはユークレースが自ら選んだ。戦争の中で何人かが死に、何人かを補充し続けてきたが常々にその気配は把握しているつもりだ。


 こんなことにも気付かなかったのか。

 ユークレースは自身に苛立ちながら、近衛兵の一人に刀を鞘ごと振るう。


「バレたか」

 甲冑を着ていれば避けなくていい一撃だが、その者は避けた。しかしそれは正しい判断だ。ユークレースの鞘ごと放った一撃は殺す気で振るえば甲冑など打ち砕き、内部の肉体を損傷させる。それをこの者は咄嗟に、本能的に、そしてユークレースの殺気から読み取ったのだ。

「いつから入り込んでいた?」

「陣取ったときには忍ばせてもらったな。上手い具合に部隊の外れにテメェが伏せさせていた兵士を殺して、その鎧を着てから紛れ込み、そこからは一人ずつ殺して着替えて、遂にはテメェのところまで近付いたんだが」

「……当たってまだ一時間も経っていないはずですが」

「当たる前から伏兵を置いていたテメェが悪いだろ。開戦する前から争いは始まってんだよ。こっちは取るか取られるかだ。テメェが用意したルールに従う理由なんてねぇしな」


 この者は伏兵を看破しただけでなく、そこからここに至るまでに一切の躊躇なく接近してきた。その躊躇いの無さが兵士たちにとっては紛れ込んだネズミとは思えない普遍性であったのだろう。だから何人も気付かない間にこの者の手に掛かってしまった。


「名は?」

「名乗る気はねぇな」

「そうですか、では、名も無き者よ。私が――僕が見抜いたことが運の尽きです。こんな敵地の真ん中で、あなたに一体どれだけのことが、」

 全て言い終える前に甲冑をさっさと脱ぎ捨てて、近衛兵の一人が男の持っていた剣によって打ち飛ばされる。剣戟は防げているが打撃の衝撃は強く、その一撃だけで近衛兵は昏倒してしまっている。


 甲冑もすぐに脱げるようにしていた。最初からまともには着込んでいない。顔が分からないように、どこの部隊か分からないようにするために用いただけで、本人の戦いには不要となるものだった。だとしても、極めて短期間で甲冑など脱げるものなのか。ユークレースには分からない。分からないが、そんなことは考えなくていい。


「俺と戦う気はあるか? ユークレース・ワナギルカン」

「無い、と言えば?」

 どこに所属し、どんな身分であり、どのような覚悟を持つ者か。そんなことすら分からない蛮族のような男から持ち掛けられる戦いなど拒んでしまえばいい。拒み、残った近衛兵と兵士に任せて自身はやや後退する。そこから隙を見て、男が疲れを見せたときに殺す。それだけでいいのだ。

「ならいいや、百人殺したあとにもう一回聞く」

「百、人だと?」

「百殺して聞いて、まだ拒むならまた百殺す。それでも駄目ならまた百、百、百、百。千人超えればさすがに戦う気も出てくるか?」

 馬鹿なことを言っている。だが、本気で言っている。この男は本気で百人殺すごとにユークレースに戦いを求めてくる気でいる。そしてそれを実行するだけの覚悟と実力と、殺意と脅威と気配を読み取ることができる。

「分かりました」

「ユークレース様?!」

 近衛兵が心配で声を荒げる。

「お前たちは手を出さないでいい。この者は僕が殺します」

 左手に鞘を握ったまま右手で刀を抜く。

「現王の末子はハーフガルーダ、か。何歳だ?」

「年齢になにか意味がありますか?」

「こっちは聞いておかなきゃなんねぇんだよ」

「30ですが」

「……んじゃ、ガルダかハーフガルーダ換算で15から17くらいか」

 言いつつ男は周囲を見回し、深い呼吸を取ってから類稀なる俊敏さでユークレースから付かず離れずの位置にいた兵士に剣戟を浴びせる。

「驚かしは無しだ、ユークレース。『機械人形』がいることぐらいは知ってんだよ」

 ユークレースは舌打ちをする。面倒臭い男だ。こちらの手を把握されているばかりか、先手を打ってきた。

「立て、キンセンカ」

  だが、この程度では『機械人形』は壊れない。そもそも、その性質上、壊れることはほぼあり得ない。男が剣戟を浴びせた兵士が鎧を脱ぎ捨て、作り上げられた少年の素顔を晒して球体関節を動かし、人間ではあり得ない動きで起き上がる。

「王族の産まれでありながら種族の強みも習得している。抜け目ねぇなぁ、現王の子供たちってのは」

 準備運動はもう済ましたとばかりに男は下がる。その間にキンセンカがユークレースの傍に付く。

「僕が本気を出せば、あなたなどすぐに死んでしまいますが」

「御託は良い。さっさと本気を見せろ」

「威勢だけではないことを期待していますよ」

 言いながらユークレースはキンセンカに鞘を投げ渡す。

「同じ顔が二つ。刀か鞘かで見分けは付く。『悪酒』を使うなら早い内に使え。使わないまま死んでもしらねぇぞ」

「そのように言っていた連中を僕は何百人も切り捨ててきました。つまり、あなたもまたその何百人の内の一人に過ぎないということです。『悪酒』は使うまでもない」

「ってことは『悪酒』も使えんのか」

 言葉に乗せられてしまった。こんなやり取りで手の内を晒すことになったのは生まれて初めてだ。


 この男は強い。それは感覚的に分かる。なにより自身の無意識の行動こそがその証明だ。

 戦いが間際に迫ってもいないのにユークレースは鞘を握った。無意識に臨戦態勢に移っていた。ネズミとして紛れ込んでいたこの男に気付くのが遅れてしまったが、体はしっかりとその殺意を防衛しようと動いていたのだ。


「参ります」

「戦場で模擬戦みてぇなことを言う奴なんてテメェぐらいだよ」

 男はユークレースの流儀を貶しながら剣を軽く振ってから、構えに入る。王国では沢山の騎士と模擬戦を行ってきたが、この男の構え方は一度も見たことがない。恐らくだが騎士道の中に我流か亜流の剣術を混ぜている。

「……厄介ではありますが、学べばどうってことはなさそうです」

 刀術には絶対の自信があり、一対一であれば更にその自信は揺らがない。男の言葉に振り回されているように装いつつユークレースはガルダやハーフガルーダにとって必勝とも言える決闘の形式に持ち込むことができた。


 この男を屠り、己の勢いへと変えてゼルペス侵略の足掛かりとする。だからこそ、最初の踏み込みにすら全く迷うことはない。



「まったく……呆れ返ってしまう。兄弟が総力戦に臨んでいるというのに妹の二人は一体どこでなにをしているのか」

 ゼルペスより後方――新王国より奪還した砦から戦況を見つめながらアンドリュー・ワナギルカンは毒づく。

「『異端審問会』に捕らえられていると(うかが)っております」

 近衛兵が言うと、アンドリューは溜め息をつく。

「それは二人の内のどちらかだろう? ならば、妹のどちらかは無事ということだ。私の元には義兄上は決して多くを語ってはくれんから、どちらであっても総力戦に参加できる余裕はあるはずだ」

「御心配ではないのですか?」

「心配するほどにどちらの妹も妹と思ったことはない。向こうも私のことを兄と思ったことなど一度もないだろう。ハーフのエルフとハゥフルなど、どちらも気位(きぐらい)が高すぎる。女ともなれば余計にだ。正直、いない方がマシなのではないかと考えたこともあったが、たとえ腹違いの兄弟姉妹であったとしてもこういった己の国のために全力を尽くすべきときに戦力となる者はいるべきだと思い、黙っていた。だからこそ、欠いていることは喜ばしくはない。新王国を――いいや、反乱軍を潰し切ったあとに妹たちには名誉も栄誉も功績も与えぬよう、義兄上には進言せねばな」

 斧の刃を磨き終え、アンドリューは小道具をしまってヒゲをいじる。

「アンドリュー王子はマクシミリアン王子と継承権争いをする気はないのですか?」

「あると言えばある。だが欲を掻くと義兄上に暗殺されてしまう。今、私が国を握るときではないだけだ。握ろうとすれば潰されるのであれば、潰されないときを待つのみだ」

「つまり、死ぬまで待つおつもりですか?」

「義兄上はヒューマン、そして私はドワーフ。生きられる長さが異なる。その長所を使わない手はない。義兄上にはこの混沌とした時代で王となってもらい、統治をしてもらう。我が世の春を満喫してもらい、時代を謳歌してもらい、老いて弱り切った頃に私が王位を継ぐ」

「しかし、その頃にはマクシミリアン王子にも子供が、」

「子供がいようといなかろうと、継承の権利はそのときとなれば私が一番上位。末弟のユークレースは戦闘における数々の才はあっても統治できるだけの知略は持ち合わせていない。それにあの弟は弟ながらに腹違いでありながら兄を立てる。私が王位を継ぐことにも肯いてくれるだろう。妹二人は政略結婚でもさせて王都より遠ざけてしまえばよい」

 己の野望を口にしつつも、アンドリューは空に見える敵の襲来を感知する。

「義兄上の言う通り、やって来たぞ。迎撃を開始せよ」

 アンドリューは砦の中に入り、近衛兵もそれに続く。砦の左右に展開させていた物見台より姿を可能な限り隠した状態で弓兵が矢を射掛ける。

「ゼルペスにガルダが協力している情報はないな?」

「はい。今のところそのような情報は一切ありません」

「ではあれが天使とやらか。ふんっ、王国に牙を剥くのであれば天使などと呼びたくなどないがな」

 砦の階段を降りて行き、門より外へと姿を晒す。その理由は単純にして明快。空を飛ぶ者は矢を射掛けたところで射抜けることはほとんどない。ただの鳥ならば難しくないが、ガルダのような翼を持つ人間であれば回避のための飛行も、武器で弾くこともやってのける。それは末弟と模擬戦をしたときにアンドリューも学んでいる。だからこそ自らを餌にする。首を取りに来ているのなら、首を見せればいい。そうすれば空を飛ぶ者は矢を避けながらいずれ自分の元へとやって来る。

 飛んでいるから厄介なのであって、地上に降り立つのであればこちらのものだ。再び飛ばさないように弓兵に睨ませ、場合によっては翼を切り落とす。それだけであとは数の暴力に委ねればいい。

「命は晒すが、命をくれてやる気はないぞ」

 斧をアンドリューは構え、前方から滑空してくる者へと力強く振り抜く。


 当てたと思ったが、外れた。


「予測が甘かったか。だが、次は外さんぞ」

 後ろを向いて、再び高く飛翔した対象へと挑発する。だが同時に、後ろを向いた自身の背後にやって来るもう一つの気配を読み取ってアンドリューは咄嗟に横へと避ける。

「やっぱり避けるわよね」

 純白の翼を持ち、ガルダとは一線を画すほどの神々しさに満ちたその姿にアンドリューは一瞬、己がやろうとしていることに疑問を抱いてしまったがすぐに首を振って雑念を振り払う。

「貴様がクールクースに(くみ)する天使か?」

「そうよ」

「なぜ王国の元へと来ない? どうしてクールクースなどというワケの分からない女の元に貴様は降り立った?」

「私がクルスの傍にいたいと思ったから。クルスの未来を見届けたいと思ったから。それ以外になにがあると言うの?」

「天使は未来を見届けることが務め。であるならば、どうして貴様は戦場に立つ?」

「これもまた、見届けなければならないクルスの未来に組み込まれているからよ」

 翼を折り畳み、天使は剣を構える。


 戦う気であるらしい。このアンドリュー・ワナギルカンに刃を振るって勝つ気でいるようだ。


「私に打ち勝つ未来でも見えているのか?」

「私が見ている未来について語ることは禁じられているから教えない」

「調子に乗るな! 私は計略や才略のみでのし上がった人間ではないぞ!」

 走り、斧を思い切り振り抜く。だが天使の華麗な足運びで斧刃は一度も当たらない。だが、反撃とばかりに振られる剣もアンドリューは全てかわす。

「剣術は児戯にも等しいな。その程度の腕前でこの私を殺そうなどと、」

 砦から死体が落ちてくる。そのことに思考が止まるが、すぐに状況を理解して見上げてから一気に後退する。


 斧は二回振った。一回目は当たらなかった。二回目も当たらなかったが目の前に降りてきた。だが一回目の正体は分からずじまいだった。


「計略や才略に自信があるのなら、もう少し頭を回転させるべきだったな」

 砦から次々と死体が落ちていく。物見台に隠れ潜んでいる弓兵が砦の上へと矢を射掛けるが、どれもこれもを飛翔してかわし、一気に浮力の全てを落下の速度へと転じて降ってくる。

 狙いはアンドリューではなく物見台。そこに隠れ潜んでいる弓兵を次々と切り捨てて、再び翼を広げる。

「なんだあの薄気味の悪い翼は」

 粘着質で、とてもではないが生物が持つ翼とは程遠い。そんな翼を羽ばたかせながら男は自在に飛び回って、更に物見台の弓兵を狙っていく。

「こっちを無視しないで!」

「ええい、面倒臭い!」

 天使の剣を弾き、押し飛ばし、距離を置く。


 物見台は急いで(しつら)えたものだ。防御能力はそれほどに高くはない。内側に入られればたちまち、逃げ場のない死地へと変わる。次々と弓兵が殺されていく中でアンドリューは唇を強く噛み締め、苛立ちを露わにする。


「私の守る場所に! 二匹のハエが飛び込んできよって!」

「ハエじゃない」

「王国に与しない天使など有象無象の羽虫どもと大差ないのだよ!」

 剣を振り回されたところでなんのことはない。どれもこれも避けるのは大して難しくはなく、反撃の糸口はすぐに見えてくる。そう思って斧を振り上げたとき、地面に翼を広げた者の影が見えた。咄嗟に翻り、そちらへと斧を振るう。

「さすがに気付くか」

「事前の情報では天使はクールクースの傍から離れないと聞いていたが」

「それが虚偽の情報だったってことだ。仲間内にもそういう風に伝えてはあるんでね」

「部隊の混乱を招くような策略を自慢げに語るものではない!」

「だが、その情報の混乱によって俺たちはお前の目の前にいる」

 粘着質の翼を持つ男は天使と違って剣術に確かな腕前を持ち合わせている。斧で防げてはいるが、気を逸らせば痛い一撃をもらってしまいかねない。

「いや……なんだ、この感じは」

 呟きながらアンドリューは男の剣戟を捌き切るも、胸の内にあるざわつきを抑えられない。

「私は、貴様の剣技を……知っている?」

 その呟きにニヤリと笑みを浮かべて男は数歩後退した。

「やはり王族には気付かれるもんなんだな。あの男も孫に剣を教えてはいたものな」

「孫……孫、だと?」

 迷いながらもアンドリューの斧は正確に天使の剣戟を弾く。男はそれを見て感心している。

「『巌窟王』の剣技は嫌いか?」

「貴様…………貴様! 前王を知っていながら! 王国に楯突くのか!!」

 男の剣術は『巌窟王』と呼ばれた祖父の剣と酷似している。それは男が前王の傍にいたことを示すものだ。ユークレースならばこのことに困惑して、しばらくはまともに刀を振るうこともできなかっただろう。だがアンドリューは動揺しながらも天使の剣戟も男の剣戟も全て綺麗に弾く。

「二人で相手をしているのに」

「お前の剣が拙いせいで戦力になってないな」

「うるさいな! 私は見守り役だし、剣なんてそんな振らなくても良かったのよ!」

 天使と男が口論している。

 似ているが似ていない。感じる気配はどちらにも神々しさがあるが、片方の神々しさは吐き気を催すほどに薄汚れている。

「堕天使……か」

「そこに気付けるとは、知識人のようだ」


 天使と堕天使。その両方がクールクースの味方に付いている。そのどちらもが神の創造物であり、神の御使いである。


「神に歯向かうことをしていると、そう言いたいのか? いや、そんなことはない。天使など、堕天使など、どちらも揃って切り伏せればいいだけのことだ」

 思考も感情も希薄にさせる。考えることよりも戦うことに重点を置く。

「私一人ではどうすることもできなさそうだ」

 アンドリューの懐から光を纏った小人が現れ、宙を舞う。

「妖精……やっぱり、王族でもハーフドワーフだから連れているの?」

「ワナギルカンは種をばら撒いているが、同時に種族ごとの特性が使えるように教育を施してある。現王が淫蕩(いんとう)な生活を送っていることは『巌窟王』から度々、聞かされていたこともあったがあのときはあまりにもくだらなくて気にしていなかったな」

「神様は種を残すことを推奨しているもの。私だって気にも留めないわ」

「なんだその言い方は? 慰めているのか? 天使が、堕天使を?」

「うるさいなぁ! 協力は今回限り! この戦いが終わったら、あなたは私が神の名の下に切り伏せる!」

 感情的な天使を堕天使が「はいはい」と言って抑える。

「ハープーン」

 妖精の名をアンドリューは呟く。


 天使と堕天使のやり取りが、腹立たしくて仕方がない。己を前にして、そんな他愛もない話をしている余裕があるということが、なによりも許せない。


「神に教えてやろう。付く側を間違えた、と。そして憑く者を間違えたのだと、この二人には殺して学ばせてやらなければならん」

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