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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第1章 -冒険者たち-】
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先遣隊

「ちゃん様」

「クルタニカちゃん様とお呼びなさい。下賤な輩め、わざとそう呼んでいますわよね? 次に略すようなことがあったら、風の刃があなたの首を斬りますことよ?」

「……クルタニカちゃん様は一人で異界に?」

「どういうわけかルーファスとデルハルトはわたくしを先に行かせたがったんですわ。殿方のクセして、肝っ玉の小さな連中ですこと」

 それは、この性格に付いて行けていないかクルタニカの風魔法に巻き込まれたくないかのどちらかなんだろうなとアレウスは思う。

「え……あ、ルーファスさんを知っているんですか?」


「知っているもなにも、わたくしはパーティを掛け持ちしていますのよ。ルーファスはその内の一つのパーティの仲間ですわね。彼の神官様は、ある事件からお身体(からだ)がよろしくないのですわ。現在は療養中の身。それでも彼は冒険を続けなければなりませんのよ。だってそれが、彼と神官様の誓いであるから。でしたら、わたくしが粉骨砕身でもってお二人を支えるのも当然というものですわ。わたくしは、貴族ですもの」

 最後の一文は必要だったのだろうかと疑問を抱くが、喉のところで必死に抑え込む。

「あなた、ルーファスに師事を()うていましたわね? なんとも無様でしたわ。無様で、醜くて、それでいて……下らない。ですが、志は高い……無駄に、無意味に、力も無いクセに、高すぎて眩暈を起こしてしまいますほどに。それをわたくしはよろしいとは感じませんし、誇らしげに思われても迷惑千万ですの。でも、死ぬには惜しい人材であることは確かですわ。そこの、アベリア・アナリーゼと同じく」


「ルーファスさんが中堅冒険者で……どうして、あなたが……いえ、なんでもありません」

 どうして彼女が上級冒険者なのか、理解が出来ない。これではルーファスも腐りたくなるというものだ。

 なにせアレウスよりも常識知らずのような立ち振る舞いをする者が、上級のランクを持っているのだから。

「なにか失礼なことを考えましたわね? 下賤な輩のクセに」

「下賤な輩に分かるように言って欲しいんですが、なんで一人で来ているんですか?」

「『話し合っている暇はありませんわ。わたくしが向かいますわ』と言いましたら、なにも言っては下さらなかったので行っても()いと思ったんですのよ。わたくし、天才ですもの」

 ルーファスもどうやらクルタニカの扱い方は理解しているらしい。


 しかし、たった一人で界層の水を押し退けるだけの風を起こし、魔物を寄せ付けなくしてしまった。感じていた絶望感は薄らいで行く。


「上機嫌になってやらかしてしまいましたわね」

「なにをですか?」

「これだけの魔力を一挙に放ってしまったんですのよ? 異界獣に気付かれてしまうということですわ」


 言うのが先か、起こるのが先か。それとも同時だったかは定かではないが、空間が震え、歪みの穴からピスケスが姿を現す。風圧など物ともせず、ピスケスは海中だけではなく空中すらも泳ぎながら真正面から全員を丸呑みにしようと大口を開ける。


「逃げた方が良いのでは?!」


「わたくしは上級冒険者ですのよ?」

 不敵な笑みを零しながら、杖が空間を裂く。

「下々の者たちを救うためにわたくしは異界にやって来た。ですのに、何故、このわたくしが逃げなければなりませんの? 大間違いですわ。わたくしは、救う命のためにここに立っている。お忘れになられては困りますことよ。“風よ、(エア)壁となりなさい(ウォール)”」

 前方に展開した風圧の壁がピスケスの突撃を妨げる。しかしピスケスも諦めが悪く、クルタニカが展開した風圧ごとこちらを呑み込もうと、ヒレを動かす速度が増す。

「アベリア・アナリーゼ! わたくしをフォローしなさい!」

「フォロー?」

「魔力を寄越せと言っているんですのよ! あなたの膨大な魔力も足して、このまま押し留めますわ!」

 言われ、アベリアがクルタニカの肩に手を置く。あれで魔力が送ることが出来ているのかはアレウスには分からないが、クルタニカの苦しそうな表情に僅かながらの余裕が出始めた。


 棒立ちしているわけには行かない。アレウスとヴェインは二人の魔力が尽きる前に、手分けして登るための穴を探す。


「まったく、上に立つ者はいつだって損な役回りばかりをさせられるものですわ」

「なら緊急依頼を受けなければ良かったのに」

「わたくしはあなたの魔の素養を評価しているんですのよ? わたくしが知る中で二番目ですわ。勿論、一番目はわたくしですけれど」

「そんな理由で?」

「理由などどうだって良いんですのよ。要は助けたいと思うか否か。それだけでわたくしたち冒険者は動くものなのですから!」

 ピスケスが唸る。アベリアの魔力を上乗せした風圧の壁が打ち破られてしまった。ピスケスは頭上を通り過ぎたのち、翻ってトドメとばかりに、これで遭遇してから何度目か分からない突撃を敢行して来る。


「一界から堕ちて、ここに来れたのは運が良い。やっぱ俺には昔からツキが回ってんだよな」

 喰われる。そう思い、身構えていたのだが上顎から下顎に掛けて長鎗が引き裂き、動じて空中で暴れながら水底を擦りながら向かって来るピスケスをたった一人が盾を構えて受け止めた。

「攻撃されて口を閉じるなんざ、テメェはそれでも異界獣かって話だ。口が塞がりゃ、喰われる心配も無い。ってことは、あとはもうオークの突進を止めるようなものだよなぁ」


「デルハルト! 遅いですわよ!」

「そりゃお前を突っ込ませたあとはしばらく様子見するさ。ついでに俺たちが堕ちたのは一界だったからな。二界に堕ちることが出来るかどうかは賭けだった。だが、賭けに乗らなきゃ異界で勝ちは拾えねぇ。そして賭けに俺は勝った。ツイている」

「わたくしは捜索に時間を費やしましたのよ?!」

「その捜索のついでに風に巻き込まれて吹き飛ばされたらどうすんだよ。いい加減そのデタラメな魔力で起こる周囲への迷惑を考えろ」


「何故? どうして? わたくしはクルタニカ・カルメン。身の回りのことなど、わたくしには関係ありませんことよ」


「お前がそれをマジで言ってねぇってのは分かってんだが、慣れねぇんだよなぁ。付いて来い、初級冒険者ども。異界獣はまだ動くぞ」

「倒せそうな雰囲気ですが」

「馬鹿を言うな。アライアンスを組んでやっとどうにかなる相手だぞ。ここで攻勢に出ても、仕留め切ることすら出来ずに喰われるのがオチだ。あいつは俺の鎗撃なんざ蚊に刺された程度にしか思っちゃいねぇよ」

 それが正解であるかのように、ピスケスは水底で体を跳ねさせて体勢を立て直そうと試みている。陸に上がった魚と同じような動作だが、こいつは空中すらも泳ぐ。体を起こされたらまた怒涛の如く、丸呑みするための突撃が始まってしまう。

「分かりました」


「物分かりが良い初級者はありがたいねぇ。こっちとしてはやりやすいが、死にやすいのが玉に(きず)だ」


 クルタニカと男――デルハルトに連れられて走り、空気を吸い込む穴を見つけて飛び込む。一界に登ったところで、再びクルタニカが風の魔法を唱えて、半強制的に水を割って、水底に空気を流す。


「やぁ、待っていたよ。しかし、時と場所を弁えない魔法の威力には脱帽してしまう限りだ」

 横に見えた気泡からこちらに泳いで渡って来たルーファスを風が迎え入れる。

「緊急依頼を受けたのはルーファスさんのパーティだったんですか?」

「先遣隊がまず私たちだ。私たちが入って半日後に次のパーティが堕ちる予定だったが、どうやらその必要は無いらしい。三時間ほどで君たちを見つけ出せた。そこのクルタニカには感謝するんだ。真っ先に堕ちて君たちを見つけたんだから」

「まったく、五界層から一つ一つを調べて回るのは骨が折れましたわ」

「一人で……?」

「当然ですわ。そのように先ほど言いましたわよ」

「恐らく、出会ってすぐに分かっていると思うが、彼女はこんな風に言いはするが冒険者としての矜持はしっかりと持っている。ただちょっと、あれな感じなんだ」


 アホの子。そう言いたそうな顔をしている。言ったらクルタニカが機嫌を損ねるので言わないようにしているようだが、アレウスにはこれまでの言動からなんとなく察しが付いた。


「喋っている暇は無いぜ、ルーファス。奴が登って来る。さっさと脱出しねぇと外にまで出て来ちまう」

「分かった。早急に穴へ向かう。『異端』のアリス? なにか時間を稼ぐ方法はないかな? もしものことを考えたい。脱出する前に異界獣に寄られては、こちらも困るんだ」

「初級冒険者に意見を聞くのはどうなんでしょう」

「策に初級も中堅も上級も関係無い。私はそう思っているが、どうかな? 君の異界への執着心が選び取る策を、私は聞いてみたい」

「……でも」

「なにも思い浮かばないのか? それとも、危険が伴うから提案したくないのか。しかし、そのような迷いは不要だ。何故なら冒険者とは常々に危険と隣り合わせだ。既に覚悟など決まっている。そうではないのかな、『異端』のアリス」

 空間が震撼する。異常震域と呼ばれる異界獣が界層を渡る際に起こる揺れだ。


「ヴェインの補助魔法なら足止めが出来ると思います」

「俺の?」

「僕たちに掛けるんじゃなく異界獣に酸素供給の魔法を掛けるんだ。空中を泳いでいても、そこは水中じゃない。だからピスケスは自らに掛けられた魔法による負荷で水底に叩き付けられて、それから動けなくなる」

「出来るかい?」

「……確かに俺の補助魔法は、掛けた対象が水中ではない場合、自重の倍近くの重量でなければ足を動かせなくなるように出来ています。ですが、ピスケスにはそれにあたる部位がありません」

「人間にとっては足。あの魚にとってはヒレこそがその場から動くために最重要な部位だ。魔法ってのは老若男女、人種魔物問わず、ありとあらゆる物に恩恵を与える。精霊は俺たちを贔屓しねぇからな。いつだって平等だ。だったらその平等が、あの魚にとっての枷になりそうだ。俺はその提案に乗ったぜ。そこの僧侶さえ残ってくれりゃ、あとは自由にしてくれ」

「ヴェインの魔力じゃ、あれだけ大きい存在を対象に補助魔法を掛けるのは難しいから、私が残っている魔力を預ける」

「あら、奇遇ですわね。わたくしも今、寛大な心で神を崇めし僧侶に魔力を与えてやろうと思っていたところですわ」


「どうやら決まったようだ。デルハルトが一番後ろだ。私と『異端』のアリスで穴までに邪魔をする魔物を始末する。異界獣が出現後、デルハルトが引き付けている間にクルタニカと『泥花』は僧侶に魔力を貸し与え、そして(くだん)の魔法を掛けろ。信仰心が足りないならロジックを開いて強化もやむなしだ。行くよ、『異端』のアリス」

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