α-6 怪物
怪物が片腕を振り上げる。その腕は強靭で、それでいて剛毛。筋肉が固く隆起し、腕を走る血管が脈打ち、握られる拳は熱でも込められているかのように煙を発し、ただの一振りであらゆる全てを破壊し尽くすのではないかと思われるほどに凶悪にして強大な力に満ちている。
「秘剣」
カーネリアンが前方へと飛び出て、刀を抜き放って気力を込める。
「“松鶴”!」
のびやかに伸びる縦一文字の一撃が怪物の振り抜こうとする拳と真正面から激突し、爆ぜる。だが爆ぜた衝撃の向こう側で拳は留まることはなく煙を突き破るように彼女の前方の床を叩く。これは狙いが逸れたのではなく、カーネリアンがこの一瞬において後退したことで生じたズレであり、本来であれば彼女へと激突していたであろう拳は床をかち割り、足元だけではなく地下全体を、空間すらも震動させて多大なる衝撃波を引き起こし、全員を一気に吹き飛ばした。
「王を前にして刃を抜けるとは、凄まじい胆力の持ち主よ。しかし、そのような秘剣は秘剣とは程遠い」
一番近くで衝撃波を受けたカーネリアンはイェネオスたちが立ち上がる中でまだ起き上がる気配がない。そんな彼女を見ながら怪物は拳を戻し、その手に光の粒が収束することで生み出された刀が握られる。
剛毛が抜け落ち、代わりに羽毛が生える。怪物の背に奇妙で奇天烈な翼が開かれるも、羽根という羽根は全て抜け落ちてただの骨格へと成り下がる。
「本当の秘剣を見せてやろう。秘剣」
ハイエルフの声が地下空間に響き渡る。彼――もしくは彼女を肩に乗せた怪物は刀へと気力を込める。その人間とはとてもではないが呼べない顔が目を背けてしまうほどに醜い笑みを浮かべる。
「“松鶴”!!」
魔力と気力が混じった縦にのびやかに伸びる縦一文字の斬撃は、その両端は天井と床まで到達し、それらを切り進みながらカーネリアンへと向かう。
継ぎ接ぎの怪物は人間の二倍か三倍の巨躯を持ち、イェネオスたちなど怪物から見れば小動物にも等しい。転移前の地下ではこれほどの体躯ではロクに体を動かせもしなかったはずだが、この地下空間は怪物が自在に動けるほどには天井は高く、そして広い。
「マズい!」
ガラハが走りながら三日月斧を抜く。
「“盾よ”!」
続いてクルタニカが魔力の障壁をカーネリアンの前方へと張る。
「無駄だ!」
魔力の障壁を容易く切り裂き、間に入ったガラハが三日月斧を盾にするようにして防御に移った直後、斬撃が到達する。『松鶴』を正面で受け止め、ただ一人でそれを逸らすために全力を懸ける。次第に口から声が零れ、力を込めれば込めるほどに漏れる声は叫びとなり、雄々しき叫びがそれこそ人間が発する声量の限界に達した頃、三日月斧に込められた妖精の粉が爆発し、斬撃を左へと僅かに逸らした。その僅かによってガラハとカーネリアンが両断されることはなく、この間に回避に移っていた全員へも向かうことなく、空間を断裂するのではと思えるほどの斬撃は誰もいない壁へ激突し、爆ぜて消える。
「ぉ、おおおお……ぉ」
ガラハが息を吐き、三日月斧に体重を預けるようにしながら膝を折る。そして膝立ちのまま意識を落とす。
「“大いなる癒やしをここに”」
クルタニカの回復魔法が即座に掛けられるが、ガラハの意識はすぐに回復する様子はない。
「すまない、私のせいで……エキナシア!」
立ち上がったカーネリアンが機械人形を呼び、意識を失っているガラハを三日月斧ごと抱えさせて後ろへと下がらせる。
「……ガラハは、生きているの? 死んでいないよね!?」
ヴィヴィアンが震える声でクルタニカに訊ねる。
「死んではいませんわ。ただ、防御に全力を賭したせいで回復魔法による疲労も相まって、すぐには起き上がれませんわ」
「そう……そっか。死んでないなら、死んでないなら大丈夫」
返事を聞いて安堵しつつも、確かな怒気を満ちさせながらヴィヴィアンがゆっくりと怪物の前へと向かう。
「バシレウス」
「怪物への問い掛けではなく、余への問い掛けだな? どうやら、余が名乗る前に余の名を知っている口振りだ。さすがはドラゴニュートと呼ぶべきか」
「あなたは森の深奥で生きていられればそれでよかったんじゃないの?」
「神に大地を焼かれ、竜に空を支配され、同胞たちは皆、土へと還った。神と共にそんなことをしておいて、それでよかったなどとよく言えたものだ。貴様たちによって地下へと逃げるしかなかった余と、イプロシアにとっては邪悪以外の何物でもない」
「否定はしない。でも、それはなに? その怪物は、邪悪じゃないってあなたは言い切るの?」
「屍霊術のプリコラージュを知らないのか? 寄せ集めて作り、自分で修繕したものを使ってなにが悪い?」
「そうじゃない。私の言っていることから外れている。死体をそんな風にくっ付けて、それが邪悪じゃないかって聞いているのよ」
「些末なことだ。天を破壊し尽くしたドラゴニュートに比べれば」
「そう、だったら」
ヴィヴィアンがドワーフ然とした姿から、『精霊の戯曲』を踊ったときのように真の姿を晒す。竜の眼を持ち、スラっとした顔に二本の美しいヒゲを伸ばし、爬虫類のような鱗で全身を覆い、両手両足に太く鋭い爪を伸ばす。口から零す息には熱が宿り、ただの呼吸だけで彼女の周囲に陽炎が生じる。
「私はあなたを昔のハイエルフみたいに叩きのめしてもいいってことよね?」
「ただの挨拶代わりの一撃でそのように怒ってどうする?」
「ただの挨拶で人を殺そうとするのは狂人しかいないでしょ。大人しくして、もうあなたの時代は終わったの」
「いいや、余の時代は未だ続いている。ロジックが世界に浸透している限り、余の時代に終わりはない。そうだろう、バシレウス?」」
ハイエルフは自身の怪物に問い掛ける。それに応じるように怪物の皮膚に鱗が満ち、両手両足に太く逞しい鉤爪が生じる。
『我に歯向かうか、ヴィヴィアンよ』
「っ! そんな……ラーゴ王」
「動揺したな?」
怪物が大きく息を吸い、火炎へと変えて吐き出す。範囲は怪物から前方の空間全域であり、たとえヴィヴィアンが火炎の吐息で応戦しても勢いで劣る。数秒と経たずに怪物の炎に押し返されて全員が焼き殺されてしまう。
「押し流せ、『海より出でる悪魔』!!」
カプリースのロジックに内包されるアーティファクトが解放される。水が渦巻き女性を象ったかと思うと、禍々しく微笑んだのち途方もないほどの水流が迸る。怪物の炎の息を消すどころか地下空間にいる全員を巻き込んだ。
「使うときはわらわに一言申せと言ったじゃろうに」
溺れかけるイェネオスとエレスィを気泡が包み、同じくしてヴィヴィアンとガラハも包まれた。クニアが水中を自由自在に泳ぎ回り、水流に飲まれているハイエルフと怪物へと近付き、水の槍を振るう。その水流のうねりにも似た鋭い一撃は怪物の腕を確かに穿ったように見えた。だが、水中で怪物は左腕を水の質量など関係ないとでも言いたげな速度で振るう。クニアは間一髪、その腕を避けるに至るが生じる水の流れが彼女の泳ぎを掻き乱す。
「ハイエルフがエルフと同じ弱点を持っているのなら、」
「馬鹿めが! 余と貴様らを同列に語るな!」
水中でありながらハイエルフは変わらず発声し、怪物の両顎の側面にエラが生える。同時に両手両足にヒレが生じ、泳いでいるクニアを追い始める。それを見てカプリースはアーティファクトを解除するも、すぐにはこの地下空間の三分の一以上を満たした水が消えることはなく、怪物の両爪がクニアへと届く。
「“盾よ”」
水中から飛び出たクルタニカが唱えた障壁がクニアを守り、同時に砕け散る。
「“暴風よ、わたくしの前で弾けなさい”!!」
続けざまに詠唱された風魔法が光線のように彼女の直下の床から壁まで駆け抜けて、蓄えられた水が空間の左右に分かたれる。
「穢れた水を押し退けてくれて助かるな。それとも仲間を守るために仕方なくか?」
ハイエルフは動じず柔らかな風の力を借りて着地し、怪物の肩へと乗り直す。
「さぁ、次はどう出る?」
そうハイエルフが呟いた直後、ヴィヴィアンが怪物へと距離を詰め切る。そして力任せに放たれる剛爪が魔力を纏って炎を宿し、更に拡大。巨大な炎の爪刃が怪物の右足を大きく抉り取る。
「さすがはドラゴニュート、それぐらいしてくれなければ困る」
怪物が重心を崩すも腕で前方を薙いだため、ヴィヴィアンが下がる。だが、彼女の攻撃に追随するようにノックスとセレナが走る。
「悪いが獣人の攻撃を許すほど余は甘くない」
怪物の表皮に淑やかさが宿り、頭皮から金糸のような毛髪が垂れる。
『“我が名において命じる。汝ら、動くこと能わず”』
「ちっ! うご、」
「けません!」
紡がれる呪言によって怪物の前で二人が爪を振るおうとする態勢で硬直する。
「獣人でありながら魔の叡智に少しは触れているのか? とはいえ、貴様らに魔法への耐性が十分にあるわけではない」
ハイエルフの正面に光の粒が収束し、光弾となってノックスとセレナを打ち飛ばす。
「薙ぎ払え」
怪物の肉体が強靭に膨れ上がり、刀が斧へと変わって縦に振り抜く。床をかち割り、生じた衝撃波が全員を再び吹き飛ばすだけでなく、クルタニカの魔法で左右に分断されていた水すらも弾け飛び、ハイエルフの炎の魔法によって全て蒸発する。
「さぁ、偉大なる王の御前だ。魂はここにはないが、その威厳はバシレウスに宿る全ての王を超越する」
怪物の体から力という力が抜ける。長い白髪と長い白髭、老いさばらえた肉体でありながら、発せられる覇気がイェネオスたちの体から起き上がる気力を奪っていく。
「さっきから王だなんだと……」
ノックスが覇気に負けずに、なんとか立ち上がる。
「テメェはなにを言ってんだ!?」
「あの怪物は屍霊術で原初の王を一纏めにしているんだよ」
ヴィヴィアンが未だ起き上がらないガラハを気にしながら立ち上がる。
「まさかドラゴニュートの王だったラーゴ王の骸と魂まで弄ばれているなんて思わなかった」
「もっと喜んだらどうだ? 貴様の曽祖父だろう?」
「そんな風に化け物にされているところを見て、どう喜べって?」
「留まり続けたいと願う魂を留め、入るべき器に適合させるために骸を使った。この姿は全ての王が望んだものだ」
「ふざけるな!! 力ある者が群れを束ねるジブンたちの王が! たとえ最初の王であったとしてもそのような世迷言を垂れるものか!!」
セレナが怒り、叫ぶ。
「吠えるのが得意だな、ミーディアム。そもそも魔物から生じた貴様たちの王を人間と同列に使われていることに喜べ。余の寛大な心でもって一つに束ねられている。余でなければエルフとドラゴニュート、ヒューマンとドワーフ以外の種族など獣と混ぜて野に放っている」
「ジブンたちを愚弄するな!」
「してはおらんよ。だからこうして使ってやっている」
「原初の王というのはつまり、全ての種族における最初の王で合っているのか?」
エレスィがイェネオスの腕を掴み、力を込めて立たせる。
「なら、俺たちの王は、」
「アスプロス・ナーツェ。最初の『白衣』の持ち主にして最初のナーツェ」
「そういうことは考えないでいい」
カプリースが口に溜まった血を唾と共に吐き捨てる。
「考えれば、ヒューマンと違って王を絶対とする君たちは手を出せなくなってしまうだろう?」
彼の言う『君たち』とはエルフに限らず、ヒューマンを除いた全ての種族を指しているのだろう。
「あれを王と認識しているから僕たちは抗う気力を失っている。王と思わなければ、戦える。一応は」
「“大いなる『至高』の冒険者”と『勇者』たちを呼ぶのなら、ここに集う魂は“謳われし至宝の大王”だ。『至高』にすら到達できないレベルの貴様たちごときでは、余もバシレウスも討てはせん。ヒューマンの王に、この老いた死体を晒しても貴様たちが畏れて動けないのがその証拠だ」
「証拠だと? 笑わせるな」
エレスィは反発して剣を抜き、怪物へと走る。
「余が話してから動いて、それを動けるなどと言うのなら、それこそ笑わせるな」
剣戟は怪物に掠り傷一つ付けられず、逆に彼は怪物の拳を受けて吹き飛ぶ。
「王の血統が何人か混ざっているようだが、そんなものに価値などない。王の血統とは即ち、ただの血族の証明でしかない。前例なき最初の王。王という概念なきとき、種族を束ねし者だけが『大王』と呼ぶに相応しい」
「なにを言う」
クニアが水弾を怪物へと放つ。それを片腕で弾き飛ばし、ヴィヴィアンが抉った右足の修復が完了する。
「わらわたちに流れる血を愚弄するな!」
「貴様たちのような王の子孫はどいつもこいつも血統を誇りだなんだと口にするが、その血統やらに目を瞑ると貴様らなど己が血筋にしか頼れん自信の無い連中ばかりだ。だから血筋を馬鹿にされれば判断力が鈍り、感情に振り回され、単純明快な対応すらできなくなる。そうして、世界に翻弄され、希望も未来も蹂躙される。ふてぶてしい態度を取り、応対を雑にし、交流ではなく交渉を重視し、煽り、差別し、利益を追求して不利益を拒む。リスクを承知しているとは口にしながら、いざ本当にリスクが目の前に形として現れたとき、なにもできずに痛みにのたうち回る。そうやって国は滅ぶ」
イプロシアによって地下でしかハイエルフは生活できなかったはずだ。にも関わらず、まるで多くの国の誕生と滅亡を見てきたかのように話す。
それとも、神の時代に見てきた星詠みが、今の未来すらも予知していたとでも言うのだろうか。
「そも人間が『種族』などという言葉を作ったことで種族間の対立は生じた。全ての種族が一纏めに『人間』と呼称され続けていたならば、争いなど起きることなどなかったのだ。なのに人間同士でありながら、自身と見た目が異なる者に違う呼称を与えた。『ミーディアム』もまたその内の一つだ。そうやって呼び方が作られたことで、同じように呼ばれた者たちが固まり、同じように嫌われた者たちが集まった。そう呼んだ者たち、そう嫌った者たちに自覚などない。恨みの念が募ったことで受ける仕返しを、さながら唐突に起こった出来事であるかのように声高に叫び、そして更に対立が深まる。だから分かり合わない、いいや、分かり合えない」
ハイエルフが両手を上げ、灼熱の大火球が頭上に生ずる。
「“火星”」
言葉と手の動きに連動して大火球はゆっくりと着実にイェネオスたちへと落下を始める。
「分かるか? これがリスクを承知した上で余が貴様らへと送る餞別だ」
「馬鹿な! これはイプロシア・ナーツェだけの魔法のはずだ」
エレスィはイェネオスに介抱されながら叫ぶ。
「根源は余の魔法だ! イプロシアは余から学んだだけに過ぎぬ!」
「僕が知っている限りじゃ、この魔法は、」
カプリースがクニアと一緒に水流を大火球へ向けて放つが、どれも星に接触する前の灼熱によって蒸発して、そもそもの核へと届かない。
「クリュプトン・ロゼとアレウス以外には砕けない!」
大火球は炎に包まれているが、その本質は巨大な岩塊。炎で焼き、岩塊の質量で押し潰す。炎を越えてもその先にある岩塊を砕かなければこの魔法の被害を最小限にすることはできない。どれもこれもイェネオスにとっては聞きかじりの知識であるが、その聞きかじりの知識によって自身がなにをしなければならないのかが直感的に分かる。
『黄衣』を纏い、イェネオスは右の拳に力を込める。自身が放つ黄色い魔力が布のように右腕に何重にも巻き付いて、やがて右腕を巨大な魔力が包み込む。
「打ち砕け!!」
拳状に固め切られた巨大な魔力が彼女の右腕の振り抜きと同時に放たれ、大火球に接触する。巨大な拳状の魔力はその最初の接触で起こした衝撃波で『火星』が纏う炎を消し飛ばし、内包されていた岩塊を晒すだけでなく、その中心へと進撃を続ける。
「ほう? テラー家の『黄衣』か。しかし、それを切るのは余の思惑通り」
砕くにはまだ魔力を込めなければならない。イェネオスの放った魔力は岩塊を前にして未だ押されている。だが、今以上の魔力を込めるとなれば『焦熱状態』に入ることが求められる。しかし生き様を燃やした直後では、『焦熱状態』には入れない。
「まだだ!! 秘剣」
カーネリアンが刀に気力を込める。
「“萩猪”!!」
瞬撃で繰り出される刺突は頭上の岩塊へと鋭く放たれ、気力を纏って猪の姿を模す。イェネオスの拳状の魔力のすぐ横を駆け抜け、岩塊を一気に貫く。その綻びによってヒビが入り、イェネオスの叫びと共に拳状の魔力が岩塊を一気に砕く。
「はぁ……はぁ…………はぁ……」
魔力の消耗が激しく、生き様を燃やし続けられない。イェネオスは『黄衣』を解いて、荒々しい呼吸を続ける。
「解いたな? それでは再び『黄衣』を纏うには時間が掛かり、すぐさま『焦熱状態』にも入れまい」
それを狙っていたかのような言葉がハイエルフの口によって紡がれる。
「余は貴様たちの力量を見定めていた。様々な種族だらけだが、ドワーフとガルダの持つ物理攻撃。そこにテラーの血統による魔力を転換した物理攻撃は余にとって脅威と判断した。獣人も速度は厄介だが、秘めている瞬間的な物理威力は程度が知れる。そして今、ドワーフは行動不能、ガルダとテラーの血統は気力と魔力を消耗。そこに自在な動きを取れるヒューマンがアーティファクトを行使したことで疲労困憊となった。もはや余の脅威はなくなったと言ってもいい」
「まるでワタシたちは歯牙にもかけねぇみたいな言い草だな」
「当然だ。貴様たちの強さなど余が脅威と断定するほどの代物ではない! 魔の叡智を熟知しているそこのガルダでさえも、秘剣を使えぬのなら余を傷付けることすらできん!」
ハイエルフは怪物の頭を撫でる。
「そして、バシレウスは大王を束ねた存在。負けるはずもない」
「束ねているんじゃないでしょ。それはただの継ぎ接ぎだらけの怪物」
「まだ言うか、ドラゴニュート」
「何度でも言うよ。それは王様じゃなく、ただの怪物」
士気の低下が著しいイェネオスたちを見て、ヴィヴィアンが竜の咆哮を上げる。
「原初の王を素晴らしいと思うのなら、敬服に値すると言うのなら、今の王様たちを解放することこそが今の時代に生きる者たちの務めじゃないの? 私は骸を、御霊を、あんな奴の手の内でいつまでも弄ばれるラーゴ王を救わなきゃならない。だから私は最後まで諦めない」
「ヴィヴィアンの言う通りじゃ! わらわはもし父上があのような怪物と成り果てるようなことがあれば! わらわが絶対にこの手で討たねばならぬ! それは初代のハゥフルの王においても同じこと! 救わねばならぬ!」
「言ってくれますね、こっちはこっちで嫌なことを思い出している最中で、精神的に参っている最中なんですよ」
「ならば、わらわを置いて逃げるか?」
「そんなわけ! ないでしょう! あなたの見る景色が、僕の見る景色だ」
クニアに支えられてカプリースが立ち上がる。
「傷一つ与えられないと仰られたら、絶対に傷を付けなければなりませんわ。わたくしが磨き上げたこの魔の叡智を馬鹿にされて、黙っていられるはずもありませんわ!」
「はっ、だったら私も秘剣を馬鹿にされたことを許すわけにはいかないな」
クルタニカがカーネリアンの傍に降り、エキナシアが更にその傍に付く。
「姉上! ジブンが活路を開きます!」
「怒りに身を任せて前に出過ぎるなよ、セレナ。ワタシからの位置や距離を意識しろ。絶対にお前に合わせてやる」
「はい!」
ノックスは骨の短剣を抜き、セレナは呼吸を整える。
「もう一度……もう、一度! 私が『衣』を纏えるようになるまで、どうか!」
「君はよくやった。少し休んで、ここから先は俺に任せてほしい。あの怪物に殴られて目が覚めた。やっと、自分らしさを取り戻せそうだ。リオンと戦ったときのような……口先だけの男にはなりたくないからな」
エレスィは割れた眼鏡を外して、剣に青い魔力が宿る。
「くだらんほどの虚勢だな。貴様たちが気合いを入れ直して、余がたじろぐ道理はない! そんなにも捻じ伏せられないか! そんなにも踏み潰されたいか! だったらその望み通りにしてやろう」
「お前の望みがどうかは知らないが、オレたちの望みは意地でも通させてもらう」
「っ! ガラハ!」
倒れて動けなくなっていたはずのガラハを見て、ハイエルフは苦々しい顔をする。
「厄介だな、そのドワーフは。ほぼ確実に体力など削り切ったと思ったが……やはり非常に高みに近いところにいる」
「その姿、ヴィヴィアンか? いや、昔に一度見ているがそのときより更にかけ離れた姿だな」
ガラハはドラゴニュートの姿を晒しているヴィヴィアンに訊ねる。
「え、あ……っ! ……そう、だけど」
「その姿もまた魅力的だが、わざわざドワーフに似る必要はないのでは?」
「……頭ぶつけておかしくなった?」
「褒めてやっているのになんだその言葉は」
呆れながらもガラハが三日月斧を構える。
「行くぞ、ヴィヴィアン。スティンガーも支援を頼む」
「うん」
二人の周りを妖精が飛び回る。
「力を合わせて強大な存在を討つ。夢物語や冒険譚だけでの話だ。現実はそう甘くない」
「だったら言わせてもらうが、強大な存在が力で全てを屈服させることも夢物語や本の中だけでの話だ。現実はそう甘くない」
ハイエルフの言葉をそのままエレスィは皮肉として返す。
「それでも俺たちは甘くない現実の中で、夢物語や冒険譚のような希望に満ちた結果を追い求める。俺はアレウスさんの戦い方と生き様、そしてその姿からそう教わった。だから、足は止めない。俺たちは止まらない」
「抜かせ。貴様たちに余とバシレウスは止められん」
「いいえ、そんなことはありませんわ。わたくしたちに出来て、その怪物には出来ないことがあるんでしてよ」
「ならば見せてみろ。まぁ、虚勢ごときで余もまた止められはせんぞ」
クルタニカの言うイェネオスたちに出来て、怪物には出来ないこと。それには心当たりがある。
「でも、本当に、出来るんでしょうか。私たちは、目的こそ一致してはいますが……即席の仲間でしか……」
呟いて、しかし首を横に振る。この弱気は捨てなければならない。父を喪ったときに学んだはずだ。一人切りの戦いでも弱さを見せれば切り込まれる。集団ではイェネオスの弱気が伝播してしまう。バシレウスが心の機微を突いてくることは間違いなく、表裏両方で弱気であれば、それだけで付け入る隙を与えることになる。
信じるのみだ。彼女の言ったことを信じる。そしてなにより、自分たちを信頼して集わせたアレウスというヒューマンを信じる。それがきっと活路を開くのだから。




