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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第13章 -只、人で在れ-】
593/705

α-4 ロジック

 慎重に墳墓――ダンジョン内部を進む。螺旋階段を降り切ったときには広々とした空間があったが、通路と思わしき穴はさほどに広くなく狭苦しい。複数人で進むには一列にならざるを得ないほどだ。

「お墓に大勢で押し掛けるなんて失礼だからね。元からそういう構造にはなっていないんだと思うよ」

 みんなの不満は顔に表れていたようでヴィヴィアンがダンジョンの構造についてそう推測する。構造上、仕方がないと思えば少しは気も紛れはするのだが、一番前を行くガラハの吐息は周囲とは明らかに異なる空気感で、ピリピリとしている。自身の進退によって仲間の命が危険に晒される。理解しているからこそ、彼はたとえヴィヴィアンの言葉であっても軽く応じることはできなかった。

「ダンジョンは一部の異界ととても似ている構造をしていましてよ。通路、広間、通路、広間といった順で続くことが大半ですわ。けれど、通路の先にあるのが広間ではなく部屋であっても油断大敵でしてよ。広間だろうと部屋だろうと、そこには必ず魔物がいるというのがわたくしたち異界を渡った者たちの常識です」

 クルタニカは注意喚起として全員へと情報を伝えたかっただけなのだが、ガラハはそれを聞いて更に緊張を高めた。

「あのさー、ガラハ? そんなに気を張り詰めさせるともし魔物がいたときに通路を出る暇もなく襲いかかられちゃうよ」

「では、どうしろと言うんだ?」

「私たちは自分の身も守れないほどに弱いわけじゃない。個々としての実力は誰もが優れているはずだよ。もし、それでも命の危機に瀕するとしたらそれは搦め手や、周囲との協力を意識し過ぎたせいで自分の身を守ることを(おろそ)かにしたとき。英雄的行動は時として無謀と評される。その協力が正しく有効であるのか、それとも酷く間違っているかは済んでからじゃないと分からないけれど、一番前を行くあなたが全ての責任を背負う必要は全くないんだよ」

「凄く難しいことを言う」

「自分でも衒学(げんがく)的だと思っているよ。でも、今のガラハに必要なことは深呼吸。そして、あのヒューマンと一緒にいるときのような余裕だよ」

「アレウスといるときのような、か」

 ガラハの背中から発せられている気配に柔らかさが宿る。

「そう言われてやっとオレはこういった場所での立ち居振る舞いを思い出した」

 言葉にも心の余裕を示すような刺々しさが消えた。


「この先にはなにがあるんだ?」

「これだけの規模となると、墓には幾つも部屋が設けられる。墓に入った者の従者の部屋、守り人の部屋、墓より甦った際に過ごす部屋、食糧庫、そして知識を取り入れるための多くの書物。墓を出ても問題ないほどの金銭、そして威厳を表現するための財宝の数々」

 珍しくカプリースの質問にクニアが答えた。

「なんじゃ? わらわはなにか変なことを言ったか?」

「いいえ、墓の知識を有していることに驚いただけです」

「王族であれば……いや、王族はむしろ持ち合わせてはおらんかもな。死ぬ前から自身の墓のことなんぞ考えたくはない。偉大な者ほど生きている間に墓は作られるが、それは威厳や象徴としての物体であって本当に墓として機能させる気などないはずじゃ。どんな者も、ずっと生きていたいからのう」

「墓が大きければ大きいほど偉大というのも変な話だ。それに、この墳墓は地下にある。偉大さの象徴とするならば地上に大きな構造物として遺すのでは?」

 カーネリアンが訊ねるとクニアは首を傾げる。

「お主の言う通りじゃ。わらわたちハゥフルならば海底や水底に作るのも分かる。ガルダならば空の大地のどこかしらじゃろ? ドワーフならば、どうじゃ?」

「オレたちは……山への土葬です」

「埋葬だけで済ましてしまうのじゃな?」

「いや、土葬と言っても埋める場所は産まれた山に限らず、荒れ果てた山のどこかしらのこともあります。オレたちの肉体を土に還し、その山を肥沃なものへと変える誓いへと変え、木々や草花の成長を促し、山に緑を取り戻させることでようやっと死者を弔い終えるのです」

「なんとも時間が掛かるのう」

「だから、一般的ではなくなりました。女王が仰るように、時間を使い潰してしまいます。寿命とドワーフ基準とすると、山の管理をしている最中に段々とヒューマンたちとの間に亀裂が生じてしまいますので」

「なら、地下に墓を作るのはどの種族の習わしでして? 死者は地上ではなく地下にあるべき。この考えは非常にヒューマンらしさがあるんでしてよ。獣人はどうでして?」

「ワタシたちは谷を用いる。詳しくは避けさせてもらう。共感されにくいからな。墓や死人の扱い方云々の話は、あんまり多く語るべきじゃねぇと思う」

 ノックスはやや非協力的であったためクルタニカはセレナの返事を待っていたが、彼女からもなにも返ってこなかったので諦めたようだ。

「まぁ、言うことは分かりましてよ」

「僕の疑問から始まったことだ。種族間で観念の差異によって弊害が起きるなら、もうここまでにしてくれて構わない」

 カプリースの申し出もあって、話は尻切れになってしまったが多くを語れば価値観の相違からの言い争いに発展しかねない。そこの判断はイェネオスも分かる。

「では、螺旋階段についてはどうですか? 通常の階段に比べて螺旋構造は複雑な物。作るにしても、やはり建築技術についての知識がなければ難しい。この階段を作ることは、古の時代であってもエルフだから可能だったのでしょうか」

「どうだろうね。神の時代であってもお城は一杯あったし、私たちドラゴニュート……って言うかドラゴンはよくお城を寝床にして奪ったりもしていたし。その当時のお城にも螺旋状の階段ぐらいはあったんじゃないかな。エルフが、って言うよりは人間なら思い付くのは簡単な気がする。古の時代とは言うけれど、あなたたちが思っているほど建築技術が今よりも果てしなく劣っていたわけじゃないから」

 そう言ってからヴィヴィアンは「でも」と呟く。

「時代云々じゃないけど、建築様式は変わっても、肝心な住み方や生活の仕方はさほど変わっていない。上下水道の発達が生活様式を一つ上へと導いたのは確実だけど、そこからは停滞している気がしないでもないかな。信仰の発達で人道や道徳は学んでいるから、戦争は昔より減った。でも、減った分だけ長引くようになった。容赦しなかった昔より、容赦するようになった今の方が終わるまでが長い。道徳によって忠誠心も成長したからなのかな」

 建築や生活様式の停滞。そのような答えが返ってくるとは思わず、イェネオスは言葉に迷う。

「精神力は成長していても、他の停滞が起こっている。そうなのだとしても、停滞を打ち破る発展がすぐに起こるとも思えない。なんにせよ、ドラゴニュートにそこまで言われるのなら俺たちはなんとしてでも一つ上の生き方を目指す努力をしなきゃならないんだろうな」

「でも、今まさに起こっているかもしれないよ。こうして他種族が集まって、エルフが価値観の垣根を越えて世界に心を開くのなら、きっとエルフに限らず多くの種族の生き方は変わるから」

 彼女の言うことが本当になることを願いたいが、きっと争いは絶えないのだろう。レジーナがどれほどに強く説いても、全てのエルフが受け入れることはない。外の戦争と内の戦争。それらによって森が潰えることがあったなら、いよいよエルフは絶滅する。


「小難しい話はここまでにしよう」

 ガラハがそう言って、立ち止まる。

「通路を出た先は部屋だな。先に繋がるような穴は見えない。どうする、引き返すか?」

「なにが出てくるのかを把握しておきたいところだな」

「そうですね。ジブンたちがなにと戦うのかを理解しておきたいです。手に負えないのか、手に負えるのか。その判断が付くようになれば戦い方も変えられると思いますので」

 カーネリアンとセレナは探索することに前向きな見解を示す。

「決めるのはお前たちだ。オレもガルダと獣人の意見に賛成だが」

 それでもガラハはパーティリーダーとしてのイェネオスとエレスィの意見を仰ぐ。

「行きましょう。入った先で、なにか見つかるかもしれません。なんにせよ、この墳墓のほとんどを調べなければ私たちは『賢者』の隠していることに辿り着けはしないのですから」

 その言葉に異を唱える者はおらず、ガラハは恐る恐る通路から部屋へと出る。続いてノックスとセレナが素早く体を部屋へと滑り込ませて配置に着き、カーネリアンとカプリースが続く。その他はほとんど通路に入った順に部屋へと入った。


 クルタニカの光球が照らす部屋には幾つかの石製のテーブルと椅子が見える


「談話室……みたいな?」

「墓造りに必要か? わらわには分からん」

 呟きを聞き取り、クニアは言いつつ部屋全体を見やる。


 と、イェネオスたちが通ってきた穴が仕掛けによって丸い岩によって塞がれる。


「魔力の流れを感じましてよ」

 クルタニカがそう言ったため全員が身構えるも、淀んだ空気を晴らすかのように辺り一帯の景色が急に色付いた。

「これは『音痕』ですわ。攻撃ではないんでしてよ」

「色褪せていた部屋が色付いたのもその『音痕』によるものか? 僕はそんな魔法、見たことがない」

「色付いた……? なんじゃ、カプリース? この部屋に色でも付いたのか?」

 クニアの問いにカプリースは「お気になさらず」と答え、彼女の体の震えを抑えるためか手を繋いでいる。もしかしてだが、クニアの眼は色が無いのではないか。二人のやり取りでイェネオスはそのように思った。


 しかし、そのことよりも目の前に広がる情景に意識が向く。



『ねぇ、お爺様? 魔法の書はこれで全て?』

 床で本を読んでいた少女が、その本を閉じて椅子に座っている人物に見せるようにして訊ねる。


 お爺様と呼ばれているが、身なりはどう見ても少年――なんとか青年と呼べるか呼べないかぐらいだ。少女がお爺様と呼ばなければ兄妹にすら見えてくる。


『いいや』

『ならどこに? 私、もう全部読んじゃった。同じ本ばかりを読むのはつまらないわ』

『そうだな、教えるとしたら君がもう少し大人になってからだ』

『え~、それっていつ? 十年後? 五十年後? まさか百年後なんて言わないよね? そんなの私、退屈過ぎて耐えられない』

『外は神々が争い、空には竜が飛び回っている。私たちの居場所はどこにもないんだよ。あと数百年は外には出られない。ここに身を挺して君を送り届けた者たちの気持ちを私は無駄にすることはできないよ』

『あ、じゃぁお爺様? もしかして他の本は外に? そうなのね!? 外にあるのね!?』

『そんなわけないだろう』

『嘘を言っても分かるわ! じゃぁ決めた! 私、外に出たら世界中から魔法の本を――いいえ、全ての本を掻き集めてくる! そうすればお爺様が退屈に苦しむこともなくなるでしょう?!』

『ただ知識を得たいだけじゃないのかい?』


 損傷の激しかった石製のテーブルと椅子は作られたばかりのように白々と綺麗であり、なにより部屋全体に灯りがある。フワフワと大小様々な光球が漂い、色の少ない地下という空間に鮮やかな色を描き出している。


「過去の記憶が『音痕』と共に再生されている」

 エレスィがそのように分析する。

 瞬間、景色が一気に様変わりする。情景の転換が起こったようだ。


『お爺様? もう外には神々もいなくなって、竜も空を飛び回らなくなったわ。代わりに人間がまた数を増やし始めているみたい。人間って私たちと同じ存在なんでしょう?』

 少女はやや成長しているが、それでもまだ子供らしさが残っている。青年は以前と姿はまるで変わっていない。背丈は少女がやや青年に近付いただろうか。それでもまだまだ子供にしか見えない。

『そうだな……人間という分類に、私たちが含まれるといった具合かな』

『じゃぁ私たちはなんて呼ばれているの? 外の人間はヒューマンって呼ばれていたわ』

『外の……おいおい、私の知らない内に外へ出たのか?』

『だって退屈だったんだもの。でも、こうしてお爺様の元に帰ってきたのだから許してくれるでしょう?』

『……そうだね。無事であるのならそれでいい。ヒューマンたちにとって、私たちは未だ珍しい種族だ。今しばらくは姿を隠すことに徹するようにしなさい。認識阻害の魔法はもう使えるだろう?』

『そんな魔法、もうずっとずっと前に使えるようになったわ。もっと難しい魔法を私は学びたいの』

『とは言ってもな、ここにはもう君が求めている本はない。あと五十年待ちなさい。私の元に君を委ねたハイエルフは今から五十年後に地上のエルフたちが外に出られるように取り(はか)らってくれると言っていた』

『星辰でしょう? 都合の良いことしか教えてもらえない星の揺らぎなんて、見ていてつまらないわ』

『けれど、捨てたものではない。それに、夜空を見上げて星を見ているだけで未来をある程度、予知できるなんてこんなにも便利なことはないよ』


「ワタシたちはなにを見せられているんだ……?」

 ノックスが場面の転換のタイミングで呟き、混乱に声を発する。しかし、誰もなにを見させられているか分からないため、答えを言うものはいなかった。


『お爺様、エルフからまた一冊、本を受け取ったわ。これで書物がまた一つ増えたわ』

『それは良かった』

『それにしても、私たちと違ってエルフは寿命が短いのね。この前、知り合ったエルフがもう死んじゃったらしいから』

『違うよ、エルフの寿命はとても長い』

『じゃぁどうして?』

『私たちの方がずっとずっと寿命が長いからだ。君にとってエルフが短命なら、ヒューマンの命なんて蛍の光ほどの期間でしかない』

『一瞬ってこと? 命を燃やして、その一瞬の輝きに全てを注ぎ込むみたいな?』

『そうだね。けれど、その一瞬の輝きは命を燃やしているからこそ得られることだ』

『でも、一瞬だなんて悲しいわ。一度切りの命なんて、勿体無い。私たちみたいに魔法で甦ることもできないなんて』

『……そうか、そういう考え方もあるのか』

 青年は椅子から立ち上がり、一冊の本を棚から取り出す。

『どうしたの?』

『少し、外の世界を見たくなった』

『えー! お爺様が外に出たがるなんて珍しい! どうして? 一体どうして!?』

『一瞬の命が、すぐに燃え尽きてしまうのが悲しいのなら、私がそこに可能性を与えようと思ってな』

『可能性?』

『不老不死の私が、彼らの中から特別な存在を選び出し、同じく不老不死を与える。そうすれば、君は友達になった人をすぐに失うこともない』

『本当に?! お爺様、大好き!!』

 青年に少女が抱き付く。二人の背丈はもうほぼ同じだ。だが、青年に成長は全くなく、少女だけが少しずつ確実に成長していることだけが分かる。


 場面が更に変わる。


『お爺様……そう落ち込まないで』

『許してほしい』

『許すもなにも、お爺様はなにも悪くない。私がワガママだっただけ』

『命を弄ぶことになってしまった。私は不老不死ではあったが、それを他者にも与えられはしなかった』

『でも、不死だけは形だけでも与えることはできていたじゃない』

『仮初だ。私が選んだ者たちが死ぬ前に肉体が回復するようにしただけ。これでは、いずれ生命は老いることを求め、死を望み、死を喜び、死を待ち侘びてしまう。もっと、もっと変えなければならない。でなければ、私のせいでヒューマンたちの生き様が狂ってしまう』

『狂うもなにも、長寿になれたことをヒューマンは喜ぶべきことだと私は思うけど』

『……長く生きられることが、幸福であるとは限らないんだよ』

『そうかな』

 青年の身長を僅かに少女が抜いている。それでも、歴然とした差ではない。


「不老不死……『不死人』の話? でも、『不死人』は『養眼』で産まれた命で」

 イェネオスは『音痕』で繰り広げられる言葉のやり取りに対し、独り言を呟く。その間にも場面は転換する。


『お爺様! 実験は成功かしら?!』

『ああ、これなら多少は(いびつ)ではあるが、ヒューマンのためにもなるだろう。いや、ヒューマンに限らず多くの種族にとっての発展に繋がる』

 青年の身長を追い抜いた少女が笑顔で喜び、体で表現している。

『良かったわ! これで天寿を全うするまでは死なないで済むのね』

『いや、まだ不安定だ。もう少し、ヒューマンにこの力を授けてどうなるかを見る必要がある。既に幾つかの都市で付与してみたが、失敗しているところもある。だが、完成さえすれば』

『誰も唐突な死に怯えなくて済むようになる』

『そうだ』

『私、お爺様を手伝うわ。本の収集も終わってからでいい。それで、お爺様は私に付与した()()をなんて呼ぶの?』

『そうだな……そうだ、こう呼ぼう』


――ロジック、と。


 その一言が発せられた瞬間、クルタニカが眩暈を覚えてその場に座り込んでしまう。

「ロジックは……神官が与える神の奇跡。神が人と人との争いを少しでも減らすために、人の生き様を見ることができるようにした御業……」

 なら、と彼女が続ける。

「この『音痕』が正しいのなら……この世界に、神なんて…………」


『自分を神様かなにかと勘違いしていたのかもしれないな』

『気に病まないで、お爺様。ロジックを作って、祝福を与えることで不老不死を与えようとしたことは決して間違いじゃないわ。問題だったのは、』

『私たちハイエルフ以外、このロジックの不死に体が耐えられない。ロジックを与え、寿命を刻めば不死にはなる。だが、その刻んだ寿命に対して精神が先に限界を迎えてしまう。肉体が老いようとも死ねず、死を待ち望んだ果てに枯死してしまう。やはり不死であれば不老を、不老であれば不死を与えなければ……その両方を与えることができないから、ずっと同じことを繰り返してしまう』

『……ねぇ、お爺様? 世界には魔物って呼ばれる存在が蔓延り始めているの。でも、人間たちにはそれに立ち向かうだけの力がない。『竜狩り』と呼ばれた一族も、今やどこにいるかも分かんない。そこから脈々と意志は受け継がれているけれど、一つの判断ミスが死に直結してしまう。死んじゃったら、終わり。だから、お爺様が選ぶ人たちじゃなくって人間に選ばせたらどうかしら?』

『そうか……私が一人で全てをやり切ろうとするから責任を重く感じてしまうのか』

『ええ、だから魔物に立ち向かう者たちのためにお爺様が作ったロジックに、お爺様の作った不死の力を付与するのよ』

『仮初の不死でしかないが、少しでも長生きすればそれだけ魔物と戦える者は成長していくか。不死である分、肉体の老いも遅くなる。精神がその前に壊れてしまいかねないが……それでも、戦える力を備わせる意義はあるはずだ』

『人間たちは神の御言葉を信じているわ。お爺様が神の使いであるかのように振る舞ったおかげね』

『神の使い、か。そのせいで一人、とんでもない化け物が生み出されてしまったが……』

『あれは仕方がない。あれは私でも思うくらいの異常者だよ。神を信じて疑わず、『白のアリス』の降臨を予言し、ただひたすらに待ち続けている。神の御言葉を語り、お爺様のように祝福を授けている。でも、異常者だけれど好例ではあるわ。だって、あの『信心者』があれを続けているだけで、神官がもうそのように機能するだけなんだから』

『ならば人がロジックを得る魔法を『神官の祝福』と呼ぼう。仮初の不老不死はなんと呼ぼうか……案はあるかい?』

『……『教会の祝福』と呼んだらどうかしら。だって、教会で得る祝福を人間は誰一人として疑わないはずだから!』

 既に少女は青年の慎重を追い越している。兄弟から姉弟へと変わったかのような雰囲気の中で、それでも青年のことをお爺様と呼び続けるその様は、奇妙で奇怪で、どこか怖ろしさがあった。


「やっぱり………そうなの?」

 弱々しくクルタニカは呟きながらヴィヴィアンへと訊ねる。

「……そうだね……そうだよ。神の時代が終わりを告げたのは、単純に神がいなくなったから。だから竜が幅を利かし過ぎて、馬鹿をやって袋叩きに遭って、すぐに竜の時代が終わる。そのあとやって来たのが人間の時代であり、そこに恐怖の時代があるんだ」


『私は少しずつ成長しているのに、お爺様はずっと変わらない。私は不老不死じゃないのね?』

『そうだね、ハイエルフではあるけれど君には成長の呪いが掛けられている』

 少女は青年の言葉を聞いて、俯く。

『私のロジックを開いて、呪いを消してくれればいいのに』

『駄目だよ、その呪いは私が君を預かるときには既に施されていた呪い。あのとき、君を託したハイエルフの願いなのかもしれない』

『ハイエルフとエルフの違いってなんなの? 寿命の長さ? それだけ?』

『私たちは精霊や妖精に最も近しいんだよ。精霊から妖精が生じたように、精霊が人間の姿を求めた先に産まれたのが私と君、今やたった二人のハイエルフだ。そのために精霊は禁忌に触れてしまっているけどね』

『人間に憑依して子を宿させた?』

『神代では最大の禁忌だ。神の創作物である人間を誑かし、人間になりたがったことは決して許されることではないんだ。だから、ハイエルフに与えられた不老不死は神々からの罰なのだろう。当時の精霊ですら想定すらしていなかったはずだ』

『成長なんてしたくない。私はお爺様と一緒に本を集めて魔法の研究をして、自分だけの魔法を沢山生み出して、そしてそれをまた本に書いて……それだけをただずっと続けたいのに』

『君はいずれ誰もが驚く絶世の美女となる。ハイエルフは神の造形物たる原初の人間の血が流れているからね。エルフも美形ではあるけれど、あれは劣化物だよ』

『どうして美女に成長してほしいの?』

『私がそうなってほしいと願っているわけじゃない。ただ、世界がそうであってほしいと求めている。君はいずれ外に出た際に、冒険者にならないかと誘われる。そして、パーティへ加入する。そのパーティこそが、世界の形を大きく変える。人間の生き様を一つ上へと押し上げる』

『そんなの……お爺様がいないんじゃ、つまらない』

『つまらないものでいい、下らなくていい。面白いものばかりに傾倒し続けてきた君は、そういった様々な自分自身の感情に触れるべきだ。しっかりと考えなさい。なにがつまらなくて、なにが下らなくて、なにがバカバカしくて、なにが愚かしくて、なにが間違いで、なにが不利益で、なにが不幸で、なにが嘘で、なにが偽りで、そういった負の感情を知りなさい』

『どうして?』

『君が世界を渡るためだ』

『渡る?』

『私にも出来なかった悲願。異世界へと君は渡る。渡ることができると星辰で出ている。都合の良い星の報せでしかないけれど』

『異世界……そんなのがあるんだ』

『ちょっと面白くなってきただろう?』

『うん、その面白さのためなら沢山の面白くないことを私は経験する。待ってて、お爺様。私、お爺様が誇らしく思うくらいの魔法使いに、いいえ、『賢者』になるから』

『私を追い越せるかな?』

『追い越して、偉い偉いって褒めてもらうわ』

 朗らかに笑う少女を青年は同じく朗らかに笑みで返す。


 『音痕』の再生が止まる。辺りの光景が色褪せた部屋へと戻り、欠損したテーブルや椅子が室内には転がっている。


『大いなる者には大いなる過去が付き纏う。しかし、それが罪などと思ったことは一度もない。なぜなら余の行いは等しく人間の強さを一つ上へと押し上げたからだ。なぜなら、余が与えた祝福が形式を変えながらも世界中に浸透し、冒険者たちもそれを頼っているからだ。であれば余の悲願が果たされるのは許されるべきこと。世界に尽くしてきたことへの対価として求めても構わんことだ。余と共にいた者であれば、同様に資格を持つ。さぁ、余が見た全てを知りたいのなら、もっとこの地下を調べ尽くすことだ。世界の欺瞞を知り、押し潰されてしまわんことだ』


「クルタニカが」

 座り込んで、口元に手を当てて気持ち悪さを必死に抑え込んでいるクルタニカにカーネリアンが付き添っているが、一向に体調が回復する様子は見られない。

「神がいないのなら、わたくしが続けていた償いは全て無駄、」

「ちげぇだろ!」

 ノックスが声を荒げる。

「有るとか無いとかじゃねぇ! 信じ仰ぐからこそ神様ってのは存在するんじゃねぇのか?! 神様がいなくなったから神代が終わったなんてのも過去の話だろうが! 神はいなくなったらもう二度と存在しねぇのか!? 違うだろ! 私たちと同じで、また産まれるかもしれねぇじゃねぇか! それに今、テメェが崇拝している神が! 世界を見ていないなんて誰も言ってねぇ!! 自身の抱えている罪を償うための行為が無駄だなんてここにいる誰も思っちゃいねぇんだよ! ワタシにゃ神様なんてもんがどれほどのもんなのか分かんねぇけど、信仰を捨てんじゃねぇ! 諦めるんじゃねぇ! 信じることを捨てたら、それこそ神様は本当にいなくなっちまうだろうが!! それに、新王国の王女には『天使』が憑いている。そいつがいるんなら、神だっているってことだ!」

「…………獣人のあなたに、このわたくしが励まされるなんて思いませんでしたわ」

 そう言ってクルタニカは自らを奮い立たせながら立ち上がる。

「感謝しますわ、ノクターン・ファング」

「けっ、分かりゃいいんだ分かりゃ」

「ノックスとお呼びしても?」

「好きにしろ。でも、ワタシもテメェの名前を相応に呼ばせてもらうけどな」

「ええ、好きに呼んでくれて構いませんでしてよ。わたくしは今、種族の壁を軽く越えたあなたを心から尊敬しましてよ」


「持ち直してくれて助かった……でも、俺たちが見させられていたのは、」

「イプロシア・ナーツェの過去」

 エレスィの呟きにイェネオスが続きを乗せる。

「しかも、この地下には不老不死のハイエルフがいる」

 『賢者』の秘密を暴くこと。それを目標としてきた。


 だが、その過程で知る真実に精神的な覚悟はしてこなかった。イェネオスたちは探索への恐怖ではなく、真実を知ることの恐怖で一人もその場から動くことができなくなっていた。

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