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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第1章 -冒険者たち-】
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風を纏う者

 それから、どのくらいの時間が経ったのだろうか。アレウスたちにはそれを知る手段が無い。しかし、知らない方が良いこともある。ここで時間を知ったとして、自身が考えているほど時間が経過していなかったなら愕然としてしまう。特にヴェインは希望を見失ってしまいかねない。


「今、揺れなかったかい?」


「揺れ……?」

 不意にヴェインが訊ねて来るので、アレウスは岩肌を軽く撫でる。そんなことをしても揺れの正体を掴めるわけではないのだが、気付けば体を動かしていた。待機は耐久や持久と同じだ。そのため、体は退屈さから逃れるために動きたがっていたのだろう。

「……嘘じゃない。確かに揺れてる」

 アベリアが言う。二人が揺れていると言うのなら、それは真実に違いない。

「ここから離れる。蜜柑は荷物に入れて、それ以外は放棄する」


 食べられる物は食べた。もう調理する機会もないだろう。そう判断して鍋も不必要と決める。


「それほど焦ることかい?」

「僕の予想だけど」

 岩肌が崩れて、海水が流れ込んで来る。

「異界獣が二界層の構造を変え始めた。こういった海底洞窟を無くして、三界層と同じ気泡で人種の居場所を掴む形式にしようとしている」

「自分の巣なら、なにをしたって構わない……か。困ったものだ」

「ヴェイン、頼む」

「ああ」

 海水が怒涛のように押し寄せて来る中で、ヴェインが酸素供給の魔法を唱え、溺死の危機から解放される。海水で埋まった先ほどまでの休息地点を眺めつつ、アレウスたちは海中にある通路を進んで、二界層と同じような景色が見える広場の入り口まで出た。しかし、そこで足を止める。


 見上げれば空とも見紛うほど高いところに水面が見え、そこから光が水底まで差し込んでいる。やはり通常の海中と比べ、光の差し込み方が強い。こんな水底まで光が差し込むことなど普通はあり得ないのだ。

 そして、水圧で潰されることもない。異界だからで済ませて良いのか疑うほどの異質さに、さすがのアレウスも戸惑いを隠せない。


「ここから出るの、無理じゃない?」

 アベリアが言うように、海底洞窟が潰されたために動いたは良いが、広大な海中にまでは顔を出せない。まだピスケスがやって来ていないので、魔物が我が物顔で泳ぎ回っている。見つかれば数の暴力を身に味わいながら死ぬ。

「サハギンもキックルも目はそんなに良くない。近くの窪みに潜んでいるのも手だが」


「そうも言ってはいられなくなった」

 ヴェインがある方向を指差す。


「亜人か」

 半人半魚の水棲生物。醜悪ではあるが、上半身は鱗に包まれつつも人種の形を残している。なので、そこらを泳ぎ回っているサハギンに比べれば人種にも見えなくもない。そんな中途半端さは奇妙以外の何物でもない。

「なんで魔物なのに半分、人種っぽいの?」

「亜人は死んだ人種の魂を魔物が取り込んだ結果に生まれるんだ。魔人(デーモン)も本来なら悪魔憑きからの変貌だけど、この方法で生まれることもある」

「最悪だな」

 つまり、アレウスはこのまま交戦することになると死んだ人種をまた殺さなければならないということになる。

「死んだ人間の魂を利用されているんだ。それを解き放つとも言えるよ」


「どっちにしたって、半分が人種ってことは――」

 アベリアの言葉の先が、投擲された銛によって掻き消された。三人の体のどこにも当たってはいない。だがそれは、投擲の技能が低かったからではなく水中であったために軌道が逸れたと考えるのが相応しい。そして居場所もバレてしまった。


「交渉の余地無しか!」

「ベースや外に出ているなら話せる余地はあったかも知れないけど、この異界じゃ無理だろう」

「アレウス!」

「走れ!」

 サハギンではなくマーマンに見つかってしまった。人種の魂を取り込んでいる以上、奴らはサハギンやキックル以上の連携でアレウスたちを追い詰めて来るだろう。銛を投げ込んで来たのは、もう見つけているというサインである。その投擲で、全てのマーマンにアレウスたちの居場所は割られてしまった。


「嘘だろ」


 そう言ってしまいたくなるほどにマーマンは俊敏だった。そもそも、海中がテリトリーである以上は泳がれてしまってはアレウスたちが走ったところで逃げ切ることなど不可能なのだ。追い付かれ、そして追い抜かれ、どんどんとマーマンが集まって来る。


「囲まれる」

「後ろを見ている暇なんてないよ、アベリアさん」

「一点突破しかない。突き進め」


 包囲網が敷かれる前に、三人は突破しなければならない。前方で銛を構えたマーマンは、まさに仁王立ちでもしているかのような威圧感を放ちながらそこから泳いで動こうとはしない。行く手を遮られている以上は戦わなければならない。


 アベリアの攻撃魔法は火属性と水属性で、どれも水の中では効果が薄い。水底を“沼”に変えても、泳いでいるため捕まえられない。となると補助魔法や付与魔法に切り替わって来るが、マーマンを前にして一体どの補助魔法がアレウスにとって効果的であるかは彼女の知識には無い。ヴェインには怪我をした際に早期に回復魔法で縫合してもらわなければならない。だが、回復魔法では血は生成されない。ブラッドポーションも縫合が完了してからでなければ飲めない――そもそも、空気は魔法で得られてはいるが、小瓶はその対象外である。つまり、水の中でなにかを飲むということは不可能である。


 色々な手が潰されている。しかし、目の前のマーマンを倒すか昏倒でもさせなければ包囲網を詰められて、圧殺される。ロジックを開いて一時的に強化も考えたが、ここまでマーマンに近付いてしまっているのに『栞』も無しにロジックを開くなど死にに行くようなものだ。


「こんなところでは、終われない」

 剣を抜き、力強く握り締める。敵意を見せたことでマーマンも銛を構えて、こちらを待たずに突撃して来る。

「こんなところでは、まだ!!」


 アレウスとマーマンが剣と銛を交えようとしたその時、天高く――上から光の鎗が凄まじい速度で降って来て、マーマンを背部から串刺しにした。


「随分と庶民的な魔法を使っておりますのね。けれど、風属性の魔法で地上と同等の活動を可能とするという考えは悪くありませんわ。わたくしの知る魔法の中には含まれてはいませんもの。応用魔法……独自に研究した魔法ですわね」

 アレウスたちの耳に女性の声が入る。

「けれど、無様ですわ。わたくしには必要のない魔法でしてよ。確かに下賤な者が等しく地を這い蹲るように歩こうという心理に至るのは合理的でありますけど」


 マーマンは串刺しにされても尚、もがき、アレウスに銛を突き立てようと暴れている。それが癪に障ったらしく、声の主は海中をまるで空のように飛び、そして舞い降りて来る。


「まったく……礼儀がなっておりませんわ。この、クルタニカ・カルメンが感想を述べている時に、そのような無礼な態度、耳障りな声は許しませんわ!」


 串刺しにしていた光の鎗が内部から瓦解し、そこから激しく渦を巻いて鋭利な風の刃が二度、三度と弾けるように飛び出す。僅か数秒でマーマンを体の内側からバラバラに引き裂いた。


「アベリア・アナリーゼ! 少し見ない内に風属性の魔法を使えるようになるなんて、わたくし驚きましてよ!」

 こんな極限状況で余裕綽々とアベリアを指差して言う。

「私じゃない」

「はい?」

「この風属性魔法は私じゃない。ヴェインの魔法。私がこれと同じ魔法を使えるようになるには、半年ぐらい必要」


 金の髪、金の瞳、金色の神官の外套、金色の衣服。そして黒をベースにした金の意匠が施されている太ももが見える短めの波打つスカート。瞳以外のそれらを自らが纏っている風の魔法によって揺らしつつ、女の子か、それとも女性なのか、もしかするとその二つの中間に近い彼女は自身の発言を即座にアベリアに否定され、数秒間だが思考が停止したらしい。


「喋っている暇は無いんですが」

 年上なのか年下なのかは分からないが、救援の冒険者であるのならまず自身よりもランクもレベルも上だろうという判断でアレウスは丁寧な口調で語る。

「下賤な輩がわたくしに意見なさらないで下さいます?!」

 どの言葉が癇癪に触れたのかは分からないが、何故だか怒りをぶつけられながらアレウスは続ける。

「マーマンが迫って来ているんです! ここで話している暇はありません! 救出に来てくれたんだとしても、状況は見れば分かるでしょう!?」

 怒鳴り声には怒鳴り声で返すしかない。実際、切迫している。行く先を遮っていたマーマンが死んだのならさっさと包囲網を突破してしまいたい。


「お喋りをする時間を作れば、よろしくて?」


「作るもなにもそんなことは」

「クルタニカ・カルメンに出来ないことはなくってよ!!」

「嘘。出来ないこともある」

「黙りなさい!」

 水を切るような速度で振られた杖が光を抱き、それらが渦を巻いて風を成す。


「大体、この水が邪魔なんですのよ。水が!」

 風――空気の塊にも似た球が杖から零れて、コロコロと転がる。止まり、そして球の内部から止め処ないほどの空気――この海中には本来、起こし得ないはずの空気の層を作り上げて、それらは気泡のようで、しかし水底に張り付き、生じる風が空気の層を広げるために周囲の水を押し退けて行く。

「準備はよろしくて? よろしくなくとも、もう止まりはしませんわよ? だって、わたくしの魔法ですもの!」

 言われてその場にしゃがむ。アベリアとヴェインもそれに続く。アレウスの記憶が正しければ、ヴェインの魔法は水中では自由自在に動き回れても、地上では足が地面に張り付いたかのように動けなくなる。なので、これからこの女の子がやることが自身の予想の通りであるのなら、こうしてしゃがむだけで吹き飛ばされずには済むはずだ。


「“暴風よ、(ウィンド・)弾けなさい(イクリプス)”」


 眼前で空気が弾け、水という水を押し退けて行き、やがてアレウスたちは広がり続ける空気の層へと体が入り込み、魔法の効果無しで呼吸が出来るようになる。


「繰り返し、繰り返し、求めますわ。その数は三。三回弾けなさい。あちらから、こちらまで! 命じた通りにわたくしの歩む道を作りなさい!」


 しかし、目の前の女の子はそれだけでは飽き足らないのか、何度も空気を炸裂させる。

 その度に水は押し退けられ、そして遂にはさながら海を割るかのように水底に道が生まれる。

 周囲は風によって阻まれた海水によって壁が成されている。とても幻想的な光景である。風によって割れた水が再び水底を沈めようと蠢いているが、継続的続く風がそれらを寄せ付けない。


「どう、アベリア・アナリーゼ! あなたにはこのようなことは出来ませんわよね?!」

「異界でこれだけ魔力を使ったら、倒れる。まだ二界層なのに」

「このわたくしが? あり得ませんわ? だってわたくしはクルタニカ・カルメンなのでしてよ?」

「ええっと」

「普通、下賤な輩にはわたくしの名前を呼ばせることさえ許されることではありませんのよ? けれど、敬愛を込めて『クルタニカちゃん様』とお呼びになられるなら、考えて上げてもよろしくってよ」


「……疲れる」

 ボソッと呟き、クルタニカには聞こえないように努める。これだけ風の音が強いのだ、まず聞こえてはいないだろう。


「クルタニカは上級冒険者だから。この前、私に能力値が焼き付けられた羊皮紙を見せ付けて来た」


「なんでお前と張り合っているんだよ」

「それは……分からない」

 上級冒険者が初級冒険者と張り合ったって面白くもなんともないだろう。むしろ力の差は歴然であるのだから、初級冒険者のアベリアには勝てる要素は無い。


「いや……一つ、あるのか」

 胸囲ではアベリアが勝っている。

「……馬鹿か僕は」

 数秒後、そんなことを考えていた自身を恥じる。

「クルタニカさん」

「ちゃん様が抜けていましてよ。敬意を持って、クルタちゃん様とお呼びなさい!」

 敬称するにしても、その呼び方は無いだろうとアレウスは思いつつ、口を開く。

「……クルタニカちゃん様、登るための穴を探しましょう」

「そんなことは言われずとも分かっていますわよ。あなた、わたくしを馬鹿にしているのではなくて?」

「いえ、下々への配慮に感服致しております」

「そうですわよね? そうでしょうとも、そうでしょうとも!」

 その場でピョンピョンと跳ねている。アレウス自身は褒めたつもりなど全くないが、この上級冒険者は適度に合わせてしまえば扱いやすいのかも知れない。


「適応が早いね。俺はまだどうなっているのか分かっていないってのに」

 言いながらヴェインが魔法を解き、アレウスたちに掛かっていた重みが取れる。

「ちゃん様」

「クルタニカが抜けていましてよ」

「ちゃん様、この魔法はどのくらい持ちます?」

「だからクルタニカが……半日は持ちますわよ。けれど、使った魔力なんてわたくしにとっては極少量ですわ。あとは勝手に海水に流れている魔力を吸って、風で押し退けているだけですもの」


 風の原理はヴェインのそれと似ているらしい。そもそも風属性が、木属性に分けられた中でも特に『循環』という面が強力なのかも知れない。


 水が押し退けられているということは、ここに棲息する全ての魔物がアレウスたちに手出しを出来ないことを意味する。マーマンも投擲の技能は持っていたが、これでは銛を投げても全て風圧で弾かれてしまうだろう。

 今もまだ風を纏うクルタニカを先頭にして、穴を求めて大地に等しくなった水底を歩き出した。

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