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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第13章 -只、人で在れ-】
587/705

命よりも大切な知識

―――


「王国から反旗を翻した反抗組織が宣言した新王国とやらが危機に瀕していることは分かった。だが、どうして帝国がそこに力を貸さなければならない? むしろ王国と対談に持ち込み、恩を売る絶好の機会ではないか? 場合によっては王国との休戦協定も結ばれよう」

「多くの国々を巻き込んだ戦争です。連合が元凶とはいえ二国の争いは国境での一本の矢で始まっています。戦争を激しいものに変えたのは連合ではなく帝国と王国。そういった認識は他国にもありましょう。そんな激戦の火蓋を切った二国が今更、休戦などと宣言したところでどの国が信じましょうか。そんな二国だけの決定で、自らの領地を侵された国々が納得することなどありません」

「では、新王国に手を貸せば帝国の評価が上がるとでも? 私はとてもではないが思えない。新王国になど恩を売れば、間違いなく王国は激昂する。戦線で持ちこたえている兵士たちを思えば、益にもならない思惑など張り巡らせれば、無駄に戦場の緊張を促進させてしまうではないか」

「帝国が帝国として力を貸した記録を残さなければいいのです。しかし新王国にはしっかりと記憶に刻ませる」

「……分からんな。どうして新王国に拘る?」

 オーディストラはエルヴァへそう訊ねながら視線はレストアールへと向く。

「新王国は王国南部を拠点としております。つまり、新王国を陰ながら支えれば我ら帝国は南の海をほぼ支配したと言えます。支えた事実が残れば、領海に入ろうとも新王国は目を瞑ることでしょう。海の資源の調達、更には海の研究も捗ります。なにより、王国の領土を通らなければならない通商ルートは現在、厳しい監視下にあって抜け道を探るのも大変な状況ではありますが、海商ルートを手に入れれば王国を通らずに資材や資源、食料などを安全に運搬することが可能です。新王国との貿易も可能となれば、資金繰りに悩む商人たちは喜び、国庫も多少であれ潤うことは確実です。が、それらは新王国が王国を跳ね除けた場合に限ります」

 レストアールはエルヴァージュと視線を交わす。

「もしも新王国が敗北したなら、王国はその領土を全て手に入れることとなります」

「私もそれは分かっている」

「そして、南の海から帝国へと侵攻するルートを獲得してしまいます。新王国と呼ばれる反抗組織の頂上に立つクールクース・ワナギルカンを捕らえ、処刑することもできれば王国の士気は高まり、もはやどんな国であれ止めることのできない大きな大きなうねりとなり、世界を支配してしまいかねません。王国からは第一王子のマクシミリアンが出ているとの噂もあります。あの王子に付いて回る言葉はご存じでしょう?」

「常勝無敗か。勝てる戦しかしないのではなく負ける戦すら勝つ戦へと変える。たとえ撤退であっても、敵国に大きな痛手を負わせることで精神的勝利を王国にもたらす」

 オーディストラは世界地図を前にして考え込む。

「帝国軍を出しても新王国軍とは統率を取ることは不可能だ。そこに第一王子が攻めてくるとなると、新王国側も脱走者が出てくるだろう。指揮系統が意味を成さなくなる」

「迂闊に手を出してはならない戦場なのは確実です。ここは静観し、新王国が有利と見たときに助力に出るべきかと」

「それも私は考えた。しかし、しかしだ、レストアール」

 オーディストラは胸に手を当てる。

「私は敗北した者に砂を引っ掛け、勝った者には媚びを売ることなどしたくはない。上に立つ者であればそれが正しいのかもしれないが、人として生きる者として、負けた者には手を差し伸べられる人間でありたい」

「では、新王国が敗北してから動いても構わないのでは?」

「手を貸さなければ新王国は勝てんよ。いや、手を貸したところで新王国は勝てない。軍の派遣などもってのほかだ。エルヴァージュよ、それでも私たちにできることはあるか?」

「軍力を貸すことが難しいなら、兵站を送るといった後方支援ならばどうでしょうか」

「こちらもあまり余力は無いのだがな。しかし、第一王子が南方へと下ると言うのなら帝国と激化していた戦線は一時的に和らぐ。国力を削ぐために、少しでも新王国には敗北するとしても粘ってもらいたい」

「まさか、新王国に賭けるおつもりですか?」

 レストアールが驚きながら訊ねる。

「賭けなどしない。私は賭け事が嫌いだ。この意味が分かるな?」

「……敗北でも勝利でも関係なく、どのような形であれ帝国にとっての益へと変えよ。そう仰るのですね?」

 その返事にオーディストラが肯く。

「新王国が勝てば南の海の交易路が開き、新王国が負けるとしても陰ながら支援し、長引かせれば王国の武力が一時的に弱まる。王国は反抗組織である新王国軍を陥落できていないから帝国との戦争に本腰を入れられていない。お互いが憎しと叩き続けている連合への勢いにも弱りが見える」

「代理戦争となりますが」

「エルヴァージュが言っていただろう? 帝国が支援したなどという記録は残さなければいい。そして、新王国のみに記憶を刻み付けさせればいいと。どうやら、自分ならやれると息巻いているようだ」

 オーディストラはエルヴァへやや冷ややかな眼差しを向ける。

「私にこう言わせた以上は、役目を果たせ。無駄死にはするな……いや、無駄でなくとも死ぬな。お前の言葉、私にはよく刺さり学びとなる。信用はしていないが、お前の言葉が私の糧になる前に死なれるのは夢見が悪い。私の名を使って支援物資を集め、それを運搬する船舶及び部隊を編成せよ。ただし、武力編成は許さない。しかし、お前自身の武力は考慮しないこととする」

「仰せのままに」

 エルヴァージュは敬礼し、応接間をあとにする。


「レスィ、どう思う?」

「帝国の中にいながらの新王国派。なにをしでかすか分かりません。あの者に武器を振るうことを許可させたのは失敗では?」

「私が禁じても奴は武力を行使する。そういう目をしていた。なにをしでかすか分からないのはレスィも同じだ。気になるのはそこではない」

 オーディストラは天井を見る。

「私はあの者の顔や決意に、何者かの面影を垣間見る。思い出せんのだが、齢は近くとも私が知る血縁の者だ」

「皇女殿下が知る血縁となりますと、低くとも貴族の出となりますが」

「貴族……貴族か? いや、違うな。私はあの者と似た目を、どこで見たことがあるのだろうか」

「身辺を洗い出しましょう」

「頼む」



 エルフの巫女と対話を続けているが、平行線のまま変わらない。根本的な解決策がないため、アレウスも巫女も言葉には気を付けているが、譲れない部分が多すぎる。

「では、人の命よりも書庫が大切だと言うんですか?」

「私たちエルフにとっては、何千何万の命にも等しい知識の海です。そこを奪還できるのであれば、外の人間の死には目を瞑りましょう」

 巫女は差別していることに気付いていない。エルフを至上とはしていないが、エルフかそれ以外かと問われれば迷わずエルフを選び取るだろう。

「僕は命、あなたは知識。どちらがより大切かは明確では?」

「価値に違いがあります。あなた方ほどの人間の命を犠牲にするのは知識よりも惜しくありますが、それ以外の人間が同等かと問われればそうではありません」

「書庫に収められている蔵書もまた、価値に差があるのでは?」

「しかし、そこには決して無駄な知識はないと私は信じています。『賢者』が頑なにあの地を守ろうとする理由も必ずそこにはある」


 エルフの書庫を紐解けば、イプロシアがナーツェの血統ではないことが判明する。それをあの女は嫌っているのだ。ナーツェという家名を手に入れたからには最後まで使い切る気でいる。四大血統はナーツェが『神樹』を燃やし、奪ったことによって崩れ去ったが、それでもまだその血統だからと慕うエルフは多いのだ。

 クラリエは母親を討つ覚悟を示すことで森の外での活動が許されているが、そもそもの許しの部分も血統で贔屓されている。巫女を見れば分かるが、大罪人と判明したのならたとえ四大血統であったとしても処罰は大きいものになるはずだ。五体満足であり、更には活動の制限がほとんどない。それもこれも、未だ血統の概念が色濃くエルフの世界では残っているため。


「……どうにも、決意が固すぎる」

「揺るぎない決意を持たずして聖女を務めることはできません」

 こうなってくるとアレウスが折れてしまいそうになるが、譲歩し過ぎると新王国への手助けが難しくなる。そもそも冒険者であるアレウスにできる手助けなど片手の指で数えられる程度しかないが、それでもなにもしないよりはマシなはずだ。王国と新王国では軍力に差がありすぎる。そして第一王子が動いたのであれば新王国潰しを本格化させるということに他ならない。現状において新王国側には勝てる見込みがない。

 しかし、どんなに勝てる見込みがなかろうとエルヴァとリスティは行ってしまう。そうなるとアレウスは見て見ぬフリなどできない。

「大切なのが()()か。僕たちの話はそこが異なるせいで、どちらの話も纏まりがなくなるんでしょう」

「アレウスさんの言うことも分かります」

「僕だって巫女が仰っていることを全否定したいわけじゃありません」

 それでも、アレウスはアレウスが思う最大の利益を、巫女は巫女が思う最大の利益を求めている。だから譲歩も最低限になってしまう。最大限にすれば、大きく損なってしまうから。商談などとは天と地ほども似ていないが、この対話の駆け引きは商人のように饒舌で二枚舌な人間が向いている。とてもではないがアレウスにはエルフの巫女を納得させるような上手い言い回しは思い付かない。


 だが、彼女はアレウスかクラリエ以外の言葉は耳にしない。それぐらい頑ななものを感じる。


「……頑な、か。いや、僕も頑固が過ぎるのか」

 エルフの書庫と新王国への手助け。どちらも両立する方法は、もはやこれしかないだろう。

「パーティを二つに分けます」

 アレウスは溜め息をつきながらそう提案する。

「二つに?」

「ええ、現状の僕の言葉で動いてくれる仲間を二つのパーティに分けます。片方はエルフの書庫を奪還する手助けを、もう片方は新王国の手助けをするパーティです」

「あなたの言葉で動く仲間とは?」

「アベリア、ガラハ、クラリエ、ヴェイン。森の外ではノックスが待っています。シンギングリンにはクルタニカがいて、恐らくは彼女が願えばカーネリアンが」

「あなたの力に足り得る者たちですか?」

「保証します」

「……確かに、一極に集中させるよりは効率的です。私たちも、なにもあなた方の助力の全てを捧げてもらわなければ書庫を奪還できないとは思っていません。自らの手で奪還するという強い意志を胸に抱いています」

「ただし、僕のパーティは種族が混在しています。ここにいるガラハはドワーフですが、クルタニカはミディアムガルーダ、カーネリアンはガルダ、そしてノックスは獣人です」

「獣人……ミーディアム……!」

「もしかするとノックスに願えば、何十人かの獣人も応援に駆け付けるかもしれません」

「そんなことは絶対になりません! ミーディアムに再びエルフの森を侵させることなど!!」

 感情的になって巫女が立ち上がるが、フラついて倒れそうになる。それをイェネオスがすぐさま支えた。

「エルフの書庫を奪還するパーティは可能であればクラリエ様とアレウスさんのようなヒューマンのみに限らせていただきたいのですが」

「できません」

「でき、ない?」

「エルフが一向に他の種族と相容れないのは、他の種族を拒み過ぎているがゆえです。森の傍を通れば警告し、森に入れば侵略などと騒ぎ立て、深みに進めば容赦なく射殺して見せしめとする」

「それのどこに問題が?」

「失礼ながら、そんなことは蛮族のやることです」

「私たちが蛮族だと?」

「はい。ドワーフですら山を極端に穢すことがなければ武器を奪って山の外へと帰すというのに、エルフは平気で命を奪いに来る。これが野蛮であり、蛮族でないと言い切れることですか?」

「山里による。オレのところの里長は山の外への関心の高いお方だ。だから山菜取りや獣狩りのようなことなら、行き過ぎなければ見逃す。行き過ぎれば――乱暴や無礼を働くのならば容赦なく殺すとは思うが」

 ガラハが後ろから補足を入れる。

「……イェネオスやエレスィは、自分たちを蛮族と罵られてなんとも思わないのですか?」

 巫女は二人へと意見を仰ぐ。

「私は多くの時を森の外で過ごしています。認識阻害の魔法によってキャラバンを保護して生活を続けていましたが、私の父は寛容であったと思います。ヒューマンの蛮行を見過ごすことはさすがにありませんでしたが、認識阻害の魔法の内部に入ろうとせず脅威にならないのであれば眺めて見逃すのみ。アレウスさんたちの侵入を許しても、話を聞いて殺す判断を下すことはありませんでした。私は、殺すべきだとそのとき進言していましたが……」

「俺は彼らと共に異界獣の討伐へと臨みました。そのとき、異界獣のみならずその尖兵との戦いにおいてもヒューマンもドワーフもガルダも、獣人ですらも討伐という目的を果たすために各々に与えられた使命を果たしました。俺にとってあの経験は、あのときに感じたものは……捨てなさいと言われて簡単に捨てられるものではありません。巫女様、世界は変わろうとしています。俺たちエルフも変わろうとしなければ、変わらないままでは、歴史に取り残されてしまうのではないのでしょうか」

 それを聞いて巫女はイェネオスの肩を借りつつ椅子に座り直す。

「変わることは必定。けれど、今すぐに変わることはできません。私たちはヒューマンよりも長寿で聰明であり、そして傲慢。ヒューマンが争い合い、寿命を削り合えばいずれは長寿の私たちエルフの天下が再び訪れると信じてやまない。ですが、この考えは……私たちが未来に種族として残り続けていることが前提となっています。即ち、歴史に取り残されて種の数を減らし、細々と森の奥地で生活するだけの種族にまで成り果てれば、天下など一生訪れません。ヒューマンは命を燃やし、命を繋げているというのに私たちだけが、その()から外れて、現状の自分が未来で天下を取れると信じて疑いません。かく言う私も、その教えの元で育っているために疑念や疑問を抱こうとも、そんなものは杞憂に過ぎないと振り払ってきました。では、だからと言って外に開くようにと同胞たちに伝えても、納得せずに今までの生き方を貫くでしょう」

「商人やクラリエや『影踏』のように冒険者となる者もいらっしゃるはずですが」

「ええ、把握しています。しかしそれは、ヒューマンたちのいざこざに巻き込まれることも覚悟の上の者たちです。要は森を捨てる覚悟を持てるかどうか。森に帰らずとも伝手さえあれば商品は仕入れられますし、その内通を罪などと言う者はおりません。その程度のことは森を侵すことにはならないから。なにより、」

「外貨の獲得ですか?」

 巫女の言葉の先を読んでアレウスは言う。

「エルフだけで出回る資金ではなく、世界で通用する外貨の獲得。これはのちに訪れる私たちの時代において必須となる。そのようにも教わっています。外貨を得るための商業を罪としてしまえば、獲得方法はほぼ失われてしまいますからね」

 そこから巫女は一分ほど沈黙する。アレウスはなにか言うべきかどうかで迷う。こういった雰囲気になった場合、切り出し方が分からない。慣れている相手なら心地の良い時間かもしれないが、今はただただたったの一分が長く感じられた。


「二つのパーティに分け、獣人もまた森へと入れる。許しましょう。ただし、獣人は数人だけに留めてもらいます。もしもそれ以上の獣人が来るというのなら、森までの護衛のみとします」

「よろしいのですか? 獣人を森に入れれば大騒ぎになります」

 イェネオスが巫女の発言に驚く。これまでの彼女の態度からは考えられない言葉だったに違いない。

「私たちの根底には獣人ならば全て悪とする感情があります。ですが、全ての獣人が悪ではない、とも私は考えていますが実際のところはどうかは知りません。とにかく、私たちの中にある獣人への悪いイメージを少しでも払拭するためには、その者たちの言葉を聞き働きを見ること以外にありません。森の全てを開けば一瞬で侵略されます。私たちは少しずつ、少しずつ外へと開きましょう。まずは信用に足る者たちを見つけ、見定め、助力を得て、支配されないように共生する道もまた用意するのです。それが間違いだったなら森の外へと排除し、正しければその関係を続ける。その決断は常にエルフ側にあるのなら、しばらくは様子を見ることができます」

「俺たちの寿命は長い。長い分、見定める期間も多く取ることができます。ヒューマンが愚行に走るか、獣人はやはりケダモノか。長い目で見ることは可能です」

「では、パーティ分けを考えたいのですが、」

「アレウスさん? あなたの提案を受け入れるのであれば私の提案も受け入れていただけますよね?」

「え、あ……それは、そうですね」

 できないとは言えない。譲歩とは、片方が譲るのであればもう片方も別のところで譲るのが礼儀。片方だけが歩み寄ることではない。


「あなたの人脈が他種族にも及ぶと私は考えています。ですから、ここにハゥフルの女王を連れてきてください」

 その言葉にエレオンが鼻で笑う。

「とんでもねぇことを言い出すもんだ。そんな難問を提示する時点で、譲歩でもなんでもねぇな」

「理由をお尋ねしても?」

「書庫の鍵に『精霊の戯曲』が使われています。五大精霊による非常に強固な鍵です。破るためには全属性による戯曲をぶつけなければなりません。木、火、土の三属性はこちらで習得者を出せますが金属性と水属性は困難です。本来であれば水属性は『書愛』のナルシェライラ・レウコンが習得するところだったのですが、叶いませんでした」

「なぜ、その二属性の戯曲を使える者がいないんだ?」

 ガラハが問いかける。

「エルフは水が苦手なんですよ。沐浴や水浴びはしますが、川辺を知っていても深みを知りません。この私も泳ぐことができませんから、どんなに水の精霊を望んでもなかなかどうしてその全ての力を発揮することは難しい。それこそ水を怖がらない稀有なエルフでもない限り」

 異界で戦ったナルシェは『紺碧の星』を習得していた。あれは水属性魔法の上位に属するもののはずだ。言うなればアベリアの『赤星』の水属性版なのだ。あの人は水を怖がってはいなかったようだ。

「同様に金属性もエルフにとって不得意な分野です。ですが、四つの属性をぶつけたのちに残るのが金属性だけならば破壊はさほど難しくはない、と思われます。二つ残すと破れない可能性が高まるのです。ですので、水の『精霊の戯曲』を扱えるハゥフルの女王を私は求めます。私たちに蛮族と言い放ち、他種族が森に入ることを無理やり認めさせてきたアレウスさん? あなたにこの難問を解くことは可能ですか?」

「無理だな。そんなもん、伝手でもなんでもないと……おい、なんだその顔は? まさかハゥフルの女王との伝手でもあるとでも?」

 エレオンは動じていないアレウスの顔を見て、逆に動揺の色を見せる。

「巫女様、あなたの『天眼』でカプリース・カプリッチオを見つけることはできますか?」

「『清められた水圏』の『超越者』なら追わない理由はありませんね」

「だったら『念話』で僕の名を出して伝えてください。『シンギングリンで話がしたい』と」

「ええ、それぐらいの協力はしましょう。水の『精霊の戯曲』を習得している者への足掛かりとなるのなら、私たちがあなたの願いを跳ね除ける理由はありませんから」

 巫女は立ち上がり、家の奥の暗がりへと歩き出す。

「ああ、そうそう。私の名前を伝えていませんでしたね。私はレジーナ・コンヴァラリア。大罪人の娘でなければ、聖女として目覚めたのち、この周辺の森を統治していた者です。ストルゲー・コンヴァラリアが前統治者の孫娘であったことも、私が処刑されていない理由です。神域によってエルフを束ねる者として育て上げられたクラリエ様直属の部下になって(まつりごと)を任される予定だった、とも伝えておきましょうか」

「あたしが国の王なら、彼女はあたしが住む都の統治者になるはずだったってところかな」

「私はずっと夢見ていましたよ、クラリエ様。今でさえ、夢に出てくるほどには」

「そう言われてもあたしは教えてもらっていなかったから。下々の者の名前なんて知らなくていいってことだったのかなぁ」

「さぁ? ハイエルフの考えていたことなんてもはや誰一人として分かりません。いいえ、『廃エルフ』でしょうか」

「おい待て。俺に掛けられた死の魔法は、」

「もう解きましたよ。あとは好きにしてください」

「なんだそりゃ?」

「顔を見ただけで十分です。積もり話などありません……いいえ、積もる話は沢山ありますが私にはその権利がありません。どうか、お元気で。私はあなたの娘で良かったなどとは言いません。あなたに感謝しているとも言いません。そして、あなたを恨んでいるとも、あなたを憎んでいるとも言いません」

 では、と言ってレジーナは暗がりに完全に消えた。


「放心している場合じゃないよ」

 アベリアがアレウスの肩を叩く。

「急いてあっち行ったり、こっち行ったりしなきゃ」

「そうだな」

「アレウスの言葉で集まってくれるか不安ではあるけれど、やってみなければ分からないな。最低でも、ハゥフルの女王様だけでも連れてこないと俺たちはなんにもできなくなってしまうよ」

 ヴェインが柔らかくもアレウスに圧をかける。

「言い切った以上は、その努力を見せてくれよ?」

「……胃が痛くなってきた」

 話の流れでカプリースをシンギングリンに呼び付けることになってしまった。これが一番辛い。ただでさえ恩を押し付けられている。これ以上、恩をカプリースに押し付けられてしまえばとんでもないことを頼まれてしまう。あの男は恩着せがましいのだから、自身が押し付けた恩を忘れるわけがない。

「種族が違うだけで、こんなにも大変か。いや、生きてきた環境の違いか…………どうしようもないよな、そればっかりは」

 そう呟いてアレウスは椅子から立ち、レジーナの家を出る支度を進めた。

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