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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第1章 -冒険者たち-】
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誰だって疑いから始まり、表の顔を大事にする

「一度切りの食事と思ってくれ。あとは蜜柑で凌ぐ」

 魚の死骸やキックル、そして塩害から想定はしていたが、海水対策はもっとしておかなければならなかった。そんな後悔と共にそう口にする。


「異界でなにかを食べられるとは思わなかったよ」

 ヴェインはスープを口にしつつ、呟く。

「ベースに行くと、食事処があったりする。生者と死者が入り混じった集落になっていて混乱するからオススメはしない」

「男女差別も酷かったりするから、行きたくない」

「まるで見て来たかのように言うね」


「……ヴェイン」

 言い掛けたところで、アベリアがアレウスの服の袖を掴む。顔を向けると、彼女は悩んでいるようだったがやがて首を縦に一度、力強く振った。

「戯言と思うかも知れないが、僕とアベリアは五年間、異界で過ごした経験がある」


 リスティには、ヴェインに素性を知られるような情報は明かしてはならないと忠告された。だが、ダンジョンでの交流、そして現在に至るまでの彼の純粋で誠実な生き方と性格に心を打たれた。なにかを隠し通してまで、今後もヴェインと行動を共にしたくはない。そんな気持ちが二人の間に芽生えた。たとえこれが自身を危険に晒すようなことであるのだとしても、今この時、この場に居るヴェインを信じたい。そう思えたからこそアレウスは隠していたことを語る。


「異界獣の名はリオン。通称は『掘り進める者』。ここの異界獣のピスケスとはまた違う姿をしていた」

「……五年……五年も? そんなに長く生きられるのかい?」

「生きられる……と言うより、生きられた。僕たちは生きるために必死に足掻いた。僕は採掘で一日一日を凌ぎ、アベリアは物乞いで生きた。死ぬかも知れない時もあった。お腹が空いて、飢餓で死んでしまうんじゃないかと思う時だってあった。だけど、僕たちはまだ生きている。戯言の証明にはなる物はなにもない。でも、確かに僕たちは異界で五年を生きたんだ」

「どうしてそんなことを俺に打ち明けてくれるんだい?」

「私たちを助けてくれた冒険者は言ったの。信じたい奴を信じれば良い。無理に全員を信じる必要は無い、って。だから私たちは、いつも会う人会う人、みんなみんな、疑って生きている。けれど、助けてくれた冒険者の言うことはこの頃、ヒシヒシと感じるようになった。信じたいと思う人と出会うようになって来た。私たちが戸惑って驚いてしまうくらい」


「ヴェイン……僕はお前を信じたい。だから、これも言ってしまう。お前は一度、僕の担当者が把握していない神官とパーティを組んだことがあるらしい。その時、ロジックを弄られたかも知れない。僕が眠っている間に襲って来るんじゃ、とか……常々に疑っていたんだ。でも、そんな疑心暗鬼なんて馬鹿馬鹿しいと思えるくらいにお前は真っ当で、誠実で、真面目で、全くの(よど)みすら見せない。疑っている僕たちが恥を感じるほど、純粋な生き様だ。その純粋さに(こた)えたくなった」


 スープを飲みながら、ヴェインは少しだけ苦笑いを浮かべる。


「誠実……ね。気難しいの間違いだよ。俺はいつだって、考えて、考え過ぎる。自分のやっていることは正しいことなのか、間違っていることなのか。だけど、考えるよりも先に体が動く……そんなこともあるんだな、って異界に堕ちる瞬間に思ったよ。俺はあの時、本当の本当に、自分のあるがままに自分を動かすことが出来た。それはきっと、君たちが危うかったり、疑り深かったりする以上に……俺にしっかりと向き合ってくれたからなんじゃないかなと考えているんだ。神官とは確かにパーティを組んだ。一時的なパーティに何度か加わったことがあるからね。なにかされたとは思っていない。でも、ロジックを開かれている間はなにかされたかすら分からない。俺が心の底から、君たちに向かって『ロジックを弄られているわけがない』とは言えない。どうにかして証明できれば良いんだけど」


「証明する方法ならある。僕とアベリアはロジックを開くことが出来る」

「それは……本当かい?」

「本当」

「でも、ロジックを開く機会なんて幾らでもあっただろう? たとえば、ダンジョンで火の番をしている時だ。俺が眠っている時にどちらかが開けば良かったんじゃないか?」


「出来なかった」

「出来なかった?」


「パーティを――仲間を疑うことは思っていた以上に難しかったんだ。リスティさんには余裕があればロジックを開いて確かめて欲しいと言われていたんだけど……僕は怖かった。もしもロジックを開いて、そこに書かれているテキストに……僕たちの敵にでもなるような一文が追加されでもしていたなら……耐えられなかった」

「あなたはアレウスにとって理想の仲間だったから。能力値に縛られず、気取(きど)らずにありのままを見せてくれる。隠し事をしているような節もなく、あっても先に明かして来る。そんな人が……疑い通りの人物だったなら、どうしたら良いのか……分からなかった」


「……実にヒューマンらしい悩み方だと思うよ。それはね、アレウス、アベリアさん? 誰もが平気で抱く感情なんだ。友人や顔見知りを前にした時、誰もが良い顔をする。当たり前だよね、誰もが良い人に見られたいという願望を持っている。でもね、良い顔をしている人物の裏の顔を見たいと思う人なんてほとんど居ないんだ。だって、良い顔をしている時の友人や顔見知りは優しいし手を貸してくれる存在だからね。居るとしたら妬んだり、裏切られたりした人。君たちは見たくないという気持ちを抱いた。怖いと思った。なんにもおかしくない。恥ずかしく思う必要なんてない。君はある時、自分の性格は捻じ曲がっていると言ったね? でも、捻じ曲がっていても心ばかりは真っ直ぐだ。だから、見たくないと思ったことはむしろ喜ぶべきことなんだよ」

 ヴェインはスープの入った皿を置いて、小さく息を吐く。

「俺は君たちに証明したい。書き換えられてなんかいないと。書き加えられてもいないと。強く、強くそう信じているからこそ君たちにもそう信じてもらいたい。そのためだったら、生き様を覗かれるくらいは平気で我慢できることなんだよ。君たちに書き換えられたり、書き加えられるリスクもあるんだろうね、もしかしたら。でもさ、正しいと思って冒険者になった君たちが、正しくないことを、そんな神妙な面持ちをして話したあとに平気でやるとは俺は思えないんだよ。結構、恥ずかしいこともしでかしたりしているけれど構わないよ。それで疑いが晴れるなら俺は堂々と俺の生き様を見てもらいたい」

 そう言って、ヴェインは鉄棍をアレウスに投げて寄越し、静かに瞼を閉じた。アベリアが彼の背中に近付き、「“開け”」と呟く。


 沢山の文字がヴェインの体から溢れ、それらがゆっくりと文章を作る。出来上がった彼のテキストをアレウスはアベリアと共に黙読して行く。


「『女神の眷属』……?」

「信仰心が高ければ高いほど回復魔法は高まるから、ヴェインはもう信仰する神を決めているだけ」

「……なら、『純粋なる女神の祝福』って、なんだ?」

「それは……分からない、けど。これって、もしかして」

 アベリアは文章に触れて、更にフレーバーテキストを広げる。

「アーティファクト」

「女神の祝福がアーティファクトなのか?」


 物体に限らず、信仰の対象、概念、景色、過去の想い出といった物が変化するというのは聞いたことがある。ただ、こうして生き様の中にアーティファクトを宿しているところを見るのは初めてだ。アレウス自身は保有しているアーティファクトを読むことは出来ないのだから。


「この内容だと、ヴェインは……」

「……これは隠しておいた方が良い。外でヴェインが自分のアーティファクトについて語りでもしたら、絶対に狙われる」

 『純粋なる女神の祝福』。これに書かれている内容が事実であるのなら、彼は僧侶になるべくしてなった。戦士はその道程に過ぎなかったということになる。


 アベリアと共にヴェインのロジックを読み続ける。そうして得られたのは、どこにも書き換えられたり書き加えられた形跡が無いということだった。アベリアがロジックを閉じて安堵の息を零す。


「ヴェイン」

「ん? もう開いたのかい?」

「お前の生き様は書き換えられてはいなかったよ」

 鉄棍を返し、アレウスは告げる。

「ようやく疑わずに済むようになった、ありがとう。それと、すまない」

「俺は君たちとまだまだ一緒に居たいと思っているんだ。これで、その関係性が続くのなら俺だってありがたいんだ」

「ただ一つだけ、忠告。ヴェインをこれから利用しようとして近付いて来る輩が居るかも知れない。危うさが一つだけ、あった」

「アベリアさんが言うなら真摯に受け止めた方が良さそうだね。アレウスの場合は脅しの中の冗談かと思ってしまうから」

「僕はいつも本当のことしか言わないぞ」


「けれど、俺はもう本能的に女性の言うことは真実なんだろうと思うようになってしまっているんだよ。ほとんど、エイミーのせいなんだけど」

 気位が高く、更には護身術を身に付けている女性だ。それでいて活発と来ている。悩むのも無理はないのかも知れない。

「村長の孫娘としての意識が高くなってからは、マシになったんだよ」

「あれで?」

「あれでも、本当にマシになったんだって」


 ならばその村長の孫娘としての意識が低かった頃、ヴェインはもっと苦労していたことになる。昔からの付き合いともなれば、現在の彼女が大人しくなったことにホッとするのも分からなくもない。


「薙刀術を教えたのは?」


「教えたんじゃなくて、勝手に覚えたんだよ。エイミーはなにかと狙われやすい立ち位置だろ? 冒険者やギルドが守ってくれるとは言っても確証は無い。いつだって死は唐突に訪れて来るものだ。どれだけ備えていたってそれは変わらない。けれど、自己防衛のための技術を学んでいれば、僅かだけれどその死に対して抵抗出来るんじゃないかと言い出したんだ。薙刀にしたのは、女性は例外を除けば男性の圧倒的な筋力の前では歯が立たないことが多いから。懐に入られる前にありとあらゆる(から)め手で攻め落とすためなんだ。鎗じゃなく薙刀を選んだのは村ではそっちの方が普遍的に使われていたから。よく付き合わされた……死ぬほど嫌だった」


「だから戦士の素養もあったの?」


「そうなんだろうね。でも結局は僧侶が俺に一番合った職業だったらしい。ここで君たちを独自の魔法で救えている分、そう思える」

 残していたスープを飲み干して、ヴェインが横になる。

「早くて一日ぐらいだろ、救出が来るのは?」


「ああ。緊急に指定されているから場合によってはもっと早いかも知れない。でもパーティ編成や、バランスを考えたり作戦を練るから、それぐらいになる」

「一人でやって来ない限りは」

「ははは、一人でやって来る冒険者はさすがに居ないよ、アベリアさん。初級冒険者でも絶望的なのに中堅や上級冒険者が一人で異界のなにもかもを覆せるほどの強さを持っていたら、今頃、全ての異界獣は討伐されているんだから」

 もっともな意見である。だが、アベリアは不服そうな顔をしている。

「なにか言いたそうだな」

「一人居るの。上級冒険者で、物凄く自分本位な癖に物凄く強い人が。その人なら、多分だけど一人でもやって来る」

「自殺行為だろ」

「それでも、自分の力を信じて疑わないから」

「どうしてそんな人を知っているんだい? 俺たちは初級冒険者としか基本的にパーティを組めないし、上級冒険者が初級冒険者に興味を抱くなんて滅多に無いことだよ? 師事しているのならともかく」


 ルーファスがアレウスに興味を抱いた理由はよくは分からないがとにかく、師事することが出来たのはかなり運が良かったのだろう。とは言え、ヴェインのように一時的なパーティを経験しているわけでもないので、場数では劣ってしまっている。


「魔術書を買いに行った時に喧嘩になったの。それから街で見掛けるたびに、なにかと鬱陶しいことを言って来る」

「なんで僕に報告していないんだ」

 言ってくれれば助けに行けたというのに。上級冒険者に楯突いて、勝てる見込みはゼロに近いため殺意を込めて立ち向かい、返り討ちに遭うのが関の山であるのだが、それでも挑むことぐらいはする。アレウスにとってアベリアを馬鹿にすることは、なによりも許せないことなのだ。

「嫌なことはされていないから。口喧嘩にはなるけど、魔法で競い合ったり、殴り掛かったりしたわけじゃないし。それに、馬鹿にされているわけではないから」

 アベリアの馬鹿にされていると思う基準がどの程度なのかは分からないが、本人がそう思っていないのなら出る幕は無いのかも知れない。しかし、そのような上級冒険者が居るのは納得が行かない。ルーファスに剣の指導を受けている際にそれとなく口に出して、どういった人物か探ってみる必要がありそうだ。


 そのように憤慨しているアレウスをよそにアベリアはスープを飲み干して、表情が緩む。本当に彼女は食事を楽しんでいる。こんな場所でも、変わらず食べることを一番の幸福とでも言いたげな顔で食すのだから、肝が据わっている。


「上級冒険者でもパーティを組んで、それでも倒し切れないのが異界獣。アライアンスを組んで、ようやく一つの異界ごと討伐出来る」

「でも、異界に行きたがらない冒険者の方が多いよ。なにせ祝福が無いからね。一度切りの命では挑めない」

「一度切りの命が当然なはずなんだけどな」

 冒険者が命を張る仕事をしているのは分かるが、何度も甦ることが出来るようになってから腐敗が起こってしまっているのかも知れない。死んでも甦る。その手軽さは、クエストの失敗には直結してはいないが自分自身の命に対して緩慢になる。だから異界という一度切りの命しか賭けられない場所を嫌う冒険者が多いのではないだろうか。そう推測を立てたところで、アレウスもスープを飲み干した。

「無理して動かなくても良いと思うんだけど、場合によってはここを離れることも考えておいてくれ」


 救助というのは最も安全で最も見つけられやすい場所が一番である。しかし、その最も見つけられやすいという部分をクリアするのはとても難しい。ここは海底洞窟だ。最も安全という部分はクリア出来ているだろう。だが、見つけられやすい場所かどうかと問われると首を傾げなければならない。こういった場所が他にも多く二界層にあるというのならば、救助に来た冒険者には虱潰(しらみつぶ)しに調べてもらうしかない。その手間と、そして彼ら自身の命の天秤は釣り合わない。捜索が長引いてしまう。そうなると、アレウスたちは海水によって既に蜜柑だけしか食べられる物を持っていないような状態だ。今はそうでなくとも、いつかは渇きに悩まされる。それは移動することさえ困難な極限状態に片足を突っ込んだ状態と言える。


 動ける内に動かなければ、ここで冒険者が到着する前に喉が渇いて死にかねない。


 全てはアレウスの判断に委ねられている。離れるべきか、それとも留まるべきか。この判断で自身だけでなく二人が救われるか否かが変わって来る。タイミングを逃してはならない。リーダーとしての格を示したいわけでもなんでもない。ただ純粋に、ヴェインを救いたいためにアレウスは必死に考え続けた。

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