冒険は終わらない
♭
「そろそろ人間を喰うのはやめたらどうだ?」
『家畜が寂しがれば友を与え、家畜が飢えに苦しむようであれば餌を与え、家畜が運動不足であるのならそれに応じた仕事を与える。そうして肥え太らせて食す』
「そのように驕って滅びの道を辿っている種族を教えてやろうか?」
『不要な気遣いだな、ドラゴニュート。そもそも人間が魔物を討ち、迫害することは許されて魔物が人間を害することがどうして許されぬのか』
「最初に危害を加えたのが魔物であるのなら、害獣として討たれるのは当然のことだ」
『それは人間の業であろう? 人間が魔物を討つ理由を正当化しているだけに過ぎない』
「だとしても、もはや人間の思考や仕組みを変えることはできん」
『貴様も竜狩りに追われた身であろうに、なぜ人間の肩を持つ?』
「そうだな……我は人間を長き間、憎んでいたのだが……我にくだらん名前を付けた人間の生き様が、我に久しく感じていなかった感情を呼び起こしてくれた」
『その人間はもはや時代に取り残された存在だというのに』
「始まりが竜狩りだった。竜狩りに憧れて、誰もがそこに至ろうと躍起になった。そうして人間は『冒険者』という仕事を生み出し、それを陰から支えるギルドという仕組みを作り出した。そしてまた『勇者』が、一つの目標として、憧れとして光のごとく輝いている」
『だから?』
「その光があまりにも眩しくて、足元を見てしまう者もいるが、しかしながら『勇者』に及ばずとも光り輝く者たちは少なくない。せめてその者たちに届きたいと手を伸ばす。人間は竜狩りの頃から姿形は変わっていないが、その実力は当時よりも既に遥か高みに立っている。そしていずれ『勇者』に追い付き、追い抜き、新たな光が輝く。そうやって人間は高みを目指し続ける。貴様が亜人を競わせているように、人間もまたひたすらに競い合っている。それは喰う喰われるの世界よりも生易しいものだが、その志は新たなる世代を呼び起こし、才能だらけの中から這い上がるために自らを磨き続けるのだ。いずれ才能という名の化け物たちに囲まれた中から突出した者たちによって、貴様たち魔物は世界から完全に消え去っているだろう」
『そんな時代など永遠に訪れん』
「既に始まっている。貴様はその先端に、先鋭に触れたというのに気付かんのだな? ならば、貴様の器の底はもう知れた。我すら追い出せん貴様では、いずれはこの巣と共に滅び去る運命だ」
*
「倫理的にどうなのって話よね」
パザルネモレで待っていた仲間たちと再会を果たし、無事にヴァルゴの異界からオラセオを救出するに至ったもののマルギットを死なせてしまった。『教会の祝福』で甦るとはいえ、結果としては芳しくない。犠牲が出ているため喜ぶことはできず、しかし魂の虜囚にもなっておらずオラセオも助けることができたため悲しみ切ることもできない。微妙といえば微妙な成果ではあるのだが、リスティを不問とする条件のパーティではこれが精一杯だった。あの場にもっと仲間がいれば、と思わなかったことはない。
「そりゃ毒の研究のためには必要かもしれないことだけどさ」
目の前でニィナが怒っている。マルギットの死体の扱いに対してのものだろう。
マルギットは教会で甦るため、彼女の元の肉体はもはや死体と呼んでも差し支えない。これをどのように始末するかは基本的には彼女が所属していたパーティリーダーの判断に委ねられる。土に還すのかそれとも動物や魔物が寄り付かないように火葬にするのか。いっそのこと水葬という手もあるのだが、今回はパザルネモレに滞在していたギルドに回収されることとなった。当然、オラセオやリグ、そして戦士や魔法使いはそれに反発したのだが「未知の毒の研究のため」と言われてしまえば肯かざるを得なかった。彼女を死に至らしめた毒の抽出が成功したなら、そこからヴァルゴの持つ毒すらも解毒できる薬や魔法の開発が進むかもしれない。そこにはオラセオたちのような感情論は通用しない。
たとえ彼女が『教会の祝福』によって新たな肉体に宿り直すのだとしても、倫理的にそして道徳的に死体を研究のために弄ばれるのではないか。ニィナは自身の経験から、当日から今日に至るまでずっと機嫌が悪い。
「アレウスも納得できてないでしょ?」
「え、ああ、そうだな」
このやり取りは何回目だろうか。既に嫌になるくらいにはニィナに同じことを聞かれ続けている。確かにアレウスも仲間が甦るとはいえ、死体を調べられるのは我慢できるか怪しいところだ。しかし、毒の研究に必死になる理由も分かる。最終的にはオラセオと同様に怒りを覚えつつも嫌々ながら首を縦に振るだろう。それが世界のためであり、ひいては異界獣を討つ要因にすらなるのだから。
「でも、なんとかなって良かったとは思うけどね。最悪なのは異界で誰かが死んじゃうことだったから」
「『耐毒』を見抜いてヴァルゴが毒霧を用いなかったのと、あの鎧と組み付かなければ毒を受けることがなかったのも運が良かった」
ノックスも指先が鎧に触れることはなかった。爪が駄目になってしまってまた自在に伸ばすのに一週間は掛かると言っていたので爪主体の戦いはしばらくできそうにないらしいが、本人が毒に侵されずに済んだのなら易いものだろう。
「肩代わりの魔法があるなんて知らなかったから、あの瞬間に諦めそうになったけどな」
「オラセオさんに諦めるなって言ったのに?」
「あの場で僕まで絶望に打ちひしがれていたら、それこそ誰も動けなかっただろ? 絶望の中でノックスが“穴”が近いことを伝えてくれて活路が見えた。あとはニィナがしっかりと僕が霧を払ったあとに狙撃してくれたし」
「ふ、ふーん、そうよ? 私にもっと感謝しなさい? まぁでも、あんな遠くを狙えたのはリグさんに狙撃を教わったからなんだけどねっ!」
きっとニィナもアレウスと同じで褒められ慣れていない。だからこんなすぐに照れ臭そうにするのだ。
「もっと遠くから狙ったことぐらいあるだろ」
皇女暗殺未遂の話を持ち出す。別にアレウスはイヤミを言いたいわけでも叱りたいわけでもなく、もっと遠方から対象を射抜こうとした経験はあるだろと伝えたかった。
「あれは『初々しき白金』の力も借りていたから。今回は本当にリグさんに教わっていなかったら当たんなかったと思う」
謙遜なのか、それともこれ以上褒められたくないから言っているのか。それにしたって久し振りにニィナと話しているせいかアレウスは彼女が普段よりも頬が赤いような気がする。頑張りすぎて熱を出した――にしては元気に見える。疲れているせいなら、しっかりと休ませるべきだろう。
「さ、早く帰り支度を始めないとね。明日には馬車に乗るんでしょ?」
「復興のために周囲の村や街から人が来てくれているからな。冒険者が多すぎると衝突も起きる。僕はそういうのは嫌だからさっさと帰りたいんだ」
「ハッキリ言うわね」
「僕は偽善者だからな」
「それは善人で善性を持っている上でのことでしょ?」
「最初は復讐やら尊敬している人を目指して冒険者になったけどな」
知らない間に困っている人を見過ごせなくなってしまった。そのように自身を正してくれたのは間違いなくリスティであるので、今回の救出はどうしても達成したかった。不問にはされたが、きっと彼女のことだから私財の一部を返上し、仮ではあれギルドマスターの職を辞するだろう。そうなるといよいよシンギングリンを拠点にするのも難しい。だが、あそこにアレウスたちの住まう家がある。なんとも難しい選択が待っている。
ボロ小屋にオラセオたちが入ってくる。自分たちよりも先に馬車で帰るので別れの挨拶に来たのだろう。
「君たちには随分と世話になってしまった」
「いいえ、僕たちの方こそ」
「……俺は神官だった頃をずっと悔やんでいた。ずっとずっと、申し訳なさがあった。だが、あのとき、君に回復魔法を唱え続けろと言われたときだ。回復魔法を死に物狂いにかけ続けていたとき、心の底から神官としての経験があって良かったと思った。戦士に転職してからもどういうわけか使いこなせた自分自身を……あのちっぽけな回復魔法をあそこまでありがたく思ったことはない」
「どんな生き方も未来に繋がるのかもしれません。過去の苦しくて悲しくて逃げ出したかった毎日も、今も糧になっているんでしょう」
「時々、過去の自分が殴ってくることもある」
「今を傷付けはしませんが」
「そうだな、過去の自分はただ殴ってくるだけだ。そうやって殴られて、反省して、備えることもできる。アレウス君、また会うことがあったならそのときは今回と同じように力を合わせてくれるか?」
オラセオが手を差し出す。アレウスは一瞬の迷いもなく握手する。
「喜んで。こちらこそ、なにか困ったことがあったときには手を貸してくださると嬉しいです」
「『衰弱』状態のマルギットを落ち着かせるのは大変だぞ? リーダーとしてしっかりと面倒を見るんだな」
「リグの方が彼女は落ち着くだろう?」
「いいや、俺じゃない。俺では足りないんだ。オラセオがちゃんと傍にいてやれ」
「俺たちもいるぞ?」
「馬鹿! ここはなんにも言わずに静かに見守っていてください」
察するものもあるのだが、同時にこんなことを言うのは野暮だという気持ちもある。他のパーティのいざこざにまで首を突っ込んで人間関係を壊すわけにもいかない。
アレウスはオラセオの手を放し、半歩下がる。
「あまり長く話してしまうと名残り惜しくなってしまう。マルギットも待っている。これで俺たちは失敬しよう」
オラセオはそう言って仲間を連れてボロ小屋を出て行く。
「あの」
魔法使いが早足でアレウスの元へと駆けてくる。
「これ、あの獣人に渡してください。顔を合わせたら、きっとまた私は荒れてしまうので」
そう言って小さな包みを手に握らされる。魔法使いは頭を下げて、先を行ったオラセオたちを追った。
「ノックスと話したんだっけ?」
世界に帰って、ノックスが両方の爪の処置を終えてからすぐに魔法使いと話し合いをしていたところをアレウスは見た。しかしどういった話をしたのかまでは定かではないのだが。
「らしいわね。でも、なんか言い合いになってしまったとか言っていたような」
「あいつが言い合いで手を出さなかったことに驚きだな」
「そんな血気盛んに見えないけど」
「最初にシンギングリンを襲ってきたときには僕を問答無用で殺す気だったんだぞ? それで血気盛んに見えないは無理がある」
それもこれも魔物の襲来――“周期”に乗ったもので、彼女にはそこまでの非はない。あれの原因についてまだちゃんと聞いていなかった。とはいえ、キングス・ファングに命じられてのことなら解明できないままになりそうだ。
「あのときに比べたら獣人への差別意識はなくなったな」
獣人を街に入れたら病を運ぶ。そんなことすら当時は言われていて、絶対に通してはならないと思っていた。なのに今では共に食事をし、共に語らい、共に戦っている。種族の壁を厚くしているのがヒューマンのみならず全ての種族との未知なる生き方と価値観であるというのなら、その価値観さえ囚われなければ厚い壁などどこにも存在しない。
ただし、アレウスは価値観を捨てたくて捨てたわけではなく捨てなければ命を落とすような状況に何度も陥っただけだ。普通に、地道に冒険者稼業を続けていたらきっと今はない。それが良かったのかどうかはともかくとして。
「私は帰ったら軟禁生活かぁ。久し振りに冒険者らしいことができて怖くもあったけど、楽しくもあったかな」
「……そういやニィナ? 君が『異端審問会』にいた頃の話を聞きたいんだけど」
「私は下っ端も下っ端だし、あの連中の会合にも参加させてもらえなかったよ?」
「それでも君に命令や指令を下していた奴がいるだろ?」
「あー……『信心者』って言われていたかな。骨と皮しかないのかって思うくらい痩せこけた……え、待って? ニィナが異界に堕ちたのって……そうだ、あの屍霊術師だ」
「ちゃんと説明してくれ。なにが分かったんだ?」
「ニィナが異界に堕ちたでしょ? あれをやったのが私に皇女の暗殺をさせようとした男だったのよ。なんで気付かなかったんだろ……いいえ、気付かないようにしていただけかも。アイシャの身になにかあったら大変だったから……」
「異界に堕とした屍霊術師か……アイシャが霊的存在を扱えるようになったのも、もしかしたらその男が関係しているのかもな」
「あり得そう。その男は異端者を異界に堕とす力を持ってた。いいえ、異端者かどうかを問い掛けて、男の意にそぐわぬ答えが返ってきたら“穴”に堕とす感じだったかも」
「なら、そいつは異界の“穴”を呼び寄せる力か、或いは異界と世界を繋ぐ“穴”を生み出す能力を持っているんだな?」
「確証はないけど、多分」
やはり、想定していた通りだ。でなければあんなにも都合良く異界の“穴”が出たり消えたりなどしない。
「他にはなにか気付いたことは?」
「えっと……待ってね? 今、思い出しているから…………私は、『異端審問会』の中でもある程度の自由を許されている連中の命令を受けていた。でなきゃ『初々しき白金』を私のロジックに与えることなんてできるわけ……そう、そうよ。連中の中にもアレウスみたいにロジックを開くことができる奴がいる。あの男は、絶対に神官じゃなかった。背格好はアレウスよりも少し高くて……なんで? なんで顔が思い出せないの?」
「ロジックを開いたあとに痕跡を消されているんだ。だから曖昧にしか思い出せない」
「でも、抵抗力が私たちにはある。時間が経てば経つほど、物事との整合性が取れないから、その違和感に気付けば書き換えられたことに気付いて、なにが消されてなにが書き加えられたのか思い出せるはずじゃん」
「その常識を上回る力だったとしたら?」
「え……?」
ニィナは言葉の勢いを弱める。
「僕の故郷だったラタトスクという寒村があるんだけど――ああ、ちゃんと言っていなかったか。ニィナがいない間に僕は僕自身が産まれた場所を知ることができたんだ。それがさっき言った寒村だ」
「リオン討伐のところは骸骨みたいな風貌の男と一緒に遠くで見ていたわ。あの村のこと?」
アレウスはニィナに肯く。
「あの村で、僕のことに関する記憶は完全に抹消されていた。どの村人も憶えていないんだ。憶えているのは、あの寒村で異端審問があったこと。異端者が神官の名の元に処断されたこと。だけどその処断方法については、村人は誰一人として憶えていない。しかも、その不可思議さを問い質しても、誰一人としてなにも思い出さない」
「私と同じ、ってこと?」
「ロジックを書き換えれば、必ず違和感から徐々にロジックは元の記述へと戻っていく。けれど、ラタトスクの村人は年単位での時間経過があっても、なにも思い出さない。『異端審問会』の中に、記述を書き換えるんじゃなく置き換える能力を持った者がいるのかもしれない」
「怖すぎ……私、そんな連中と一緒にいたの……?」
寒気が走ったのかニィナは自身の体を両腕で抱き締めるような仕草を取る。
「いくらアイシャのためだからって無謀なことをしたよな」
「ま、まぁこうして無事なわけだし! 前向きに考えれば生きているんだからなにも問題ないわよね!」
自身の無謀さに気付いたようでニィナは必死にアレウスに取り繕う。追及の眼差しを向けていると段々と額に汗を浮かべ、これ以上見つめるなと言わんばかりに顔を背けた。
「リスティが君のことを管理できる立場でいてくれるなら、軟禁中であっても顔を見に行くよ。きっとアベリアも、そしてヴェインやガラハ……僕の仲間たちは君に寂しい思いをさせる気はないから」
「ええと、ええと……まぁ、なんて言うか……よろしくお願いします」
「お、なんだ? アレウスと二人切りだとそんなにしおらしいのか?」
「……お帰り、ノックス」
邪魔者が来た。そんな気持ちの込められた挨拶を受けてもノックスは顔色一つ変えずに「ただいま」と言ってボロ小屋に敷いてある藁の上に座る。
「これ、オラセオのパーティの魔法使いから」
預かっていた小袋をノックスに渡す。
「言い合いになっていたって聞いたけど、やっぱり分かり合えなかったか?」
「んー……あんまり多くは話す気ねぇから大雑把に説明するとどっちもどっちなんだよな。で、どっちにも譲れねぇもんがあるから、客観的に見ると喧嘩しているみてぇになっちまった。まぁ、ほとんど喧嘩みてぇなものだったんだけど」
小袋を開き、ノックスは中身を確かめる。
「あいつの弟を忘れねぇようにって渡されちまったよ」
「……歯? いや、乳歯か?」
「こんなもん貰ったところでワタシはあいつの弟のことなんて顔も見たことがねぇんだけどな。結局、どこの群れがやったのかも分かんねぇままだ。でも、こういう気持ちは拒否しちゃいけないと思ったんだ」
そう言って、あまり見せびらかす気はないようですぐさま小袋に収め直した。
「ワタシもなにか渡したかったけど形見は短剣にしちまっているし、ワタシの渡す物があいつにとっての呪いになるかもしれねぇから、そう考えるとこれで良かったのかもな」
「アレウスが信用する仲間って私もそうだけど、基本的に重いわね。重たい事情を抱えていて、ずっと重たい。なんなの? そういう人が好みなの?」
「知らない内にこうなっただけだ。僕自身も抱えている事情は重たいし」
事情を知れば見捨てにくくなる性格が災いしているのかもしれない。
「軽い事情しかない人とは接しにくいのはあるけどな」
「ふぅん、なら私も重たい認定?」
「君のそれは重たい以外にないだろ」
それを聞いて満足したらしくニィナは大きく背伸びをして藁の上に仰向けに寝転んでしまった。
早くアベリアたちも帰ってこないだろうか。そんな風に思いつつアレウスは今にも朽ちて壊れてしまいそうな木造の壁に背を預けて座り方を整えた。
*
「マルギットが『衰弱』から復活したあとはどうするんだ?」
「シンギングリンから離れようと思う。元々、異界獣を討伐したアレウス君に興味があって留まっていたからな」
「あんな年下なのに度胸があるのはすげぇよな。俺じゃとてもじゃないけど無理だ」
「私も、アベリアさんの魔法を見て自信を無くしました」
「なにをそんなに落ち込むことがあるんだ? 俺たちは『勇者』よりももっと分かりやすい目標を見つけることができたじゃないか」
「目標、ですか?」
「俺たちは『勇者』とそのパーティに憧れた。けれど憧れだけじゃ冒険者は続けられない。だって『勇者』を俺たちは見たことがないし、冒険譚は全て空想のように出来過ぎている。だから俺たちはその強さを想像でしか補えなかった。でも、アレウス君たちは違う。明確な強さを、明確な想いを肌で感じ取れた。しかも戦うところをあんなにも近くで見ることができた。俺たちじゃ『勇者』には届かないかもしれない。もしかしたらアレウス君たちにすら手が届かないかもしれない。でも、少なくともあの洞察力や戦い方、強敵を前にしても決して揺らがない想いにくらいは、俺たちは届くはずだ」
「目指す場所が明確になった分、俺たちは実力を知り、その実力の伸びしろを見た。そういうことか?」
「リグの言う通りだ」
「……だな。俺ももっと強くなって、あのドワーフみてぇに斧をぶん回せるようになってやる」
「私も、アベリアさんみたいにもっと魔法を上手く使えるようになります」
「俺もそうだが、きっとマルギットも『衰弱』から復活すれば、同じことを言うだろうな」
「そうだ。俺たちはここからまた強くなる。でもシンギングリンに居続けるとあまりにもアレウス君たちが眩しすぎて、本当に自信を無くしてしまうかもしれない。だから別の街に行こう。別の国でもいい。とにかく、彼らよりも多く、この世界を見て回りたいな」
オラセオは揺れる馬車の中で胸に手を当て、心臓の高鳴りを確かめる。
まだ上を目指したいという感情が残っている。まだまだ終わりたくないと思えている。むしろ更に上を目指せることへのワクワク感が止まらない。
「俺たちの冒険は終わらないんだ」
仲間たちにそう言って、彼らの期待と不安、そして向上心が込められた顔を見てオラセオは満足げに言った。




