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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第13章 -只、人で在れ-】
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思わぬところで

 その後も何度かコボルトと遭遇し、その度に対処に追われたが窮地に追いやられることも誰かが重傷を負うこともなかった。ただ、コボルトを倒すたびに死骸から離れるために移動を強制され、亜人の気配があったり姿を見れば草むらでの移動が余儀なくされた。順調ではあれ、手間は多い。巣穴に喩えられる異界に侵入しているのだから大手を振って歩けないのは当然なのだが、先を急ぐ現状においてこの隠密が非常に煩わしい。アレウスは抑えられているが徐々に最後尾のノックスがマルギットの横に付き始めて隊列を乱し始めている。

「ノックス」

「え、あ、ああ。悪い」

「君には多くの魔物を屠れるだけの実力がある。この異界にいる魔物のほとんどを君は倒すことができるとも僕は思っている。衝動的に、或いは本能的に立ち回るのが得意な君にとって我慢が苦手なことぐらいは分かる。でも、決めたことは守ってもらいたい。異界での油断は死に直結する。世界での油断とは比べものにならない絶望的な死だ」

 アレウスは足を止め、茂みから亜人を見やる。

「あそこにいる亜人はなにをしていると思う?」

「……共喰いか?」

「そうだ。でもたたの共喰いじゃない。この異界では亜人が延々と蟲毒の如く戦い続けている。魔力を喰い散らかし、力を付けた亜人はそのあと人間に襲い掛かる。それを人間――魂の虜囚が追い払う。強くなった亜人と人間が戦い、勝利すれば再び別の亜人が期間は空いても襲ってくる。それが繰り返されて人間の技能が極上にまで高められたのち、ヴァルゴが喰らう。優秀であれば優秀であるほど、この異界では生き残れない」

 エウカリスが実力を隠し続けていた理由がそこにある。

「実際、僕は一度この異界に堕ちた際に隠剣(おんけん)の使い手と戦ったけど、数日後にその使い手はヴァルゴに喰われて技能を習得されてしまった」

 魂の虜囚と化しても、完全に喰われないように力を偽り続け、他に干渉することを避ける。ヴァルゴの異界では目立たないことが生存への道なのだ。

「集落を見つけても絶対に魂の虜囚たちにけしかけられても実力は見せるな。それはノックスだけじゃなく、この場にいる全員に言えることだけど」

「お前は戦うときは苛烈で馬鹿みてぇに強いクセに普段は冷静で慎重すぎて拍子抜けするんだよな。もしかして、ここでの経験が活きているのか?」

「三割ぐらいは君の言うようにここで学んだよ」

 欲を持つことが悪ではないことや、欲を持つことで生きる力が湧き起こること。欲のない者には魅力もなく、誰も付いてはこないこと。それら全部はエウカリスに教えてもらった。

 今でも欲は薄い自覚はあるものの、力に対しては貪欲になってきた。強くなりたいという思いは、この異界でクラリエに尽くすエウカリスを見て高まったのだ。

「オラセオは目立ちたがり屋じゃないけど、人のために尽くすことを神官だった頃に教わっているだろうから、どうなんだろ」

「異界に堕ちたことを理解したんなら、しばらくは様子見するんじゃないかな。でも、もう八日は経っているからなにかしらの行動には移っているかもしれない」

 それもこれもすぐに異界の“穴”を見つけることができなかったせいだ。堕ちたオラセオに責任はない。そもそも異界が存在しているのが悪いのだから。


 草むらを利用して慎重に歩き続け、日が傾いてきた。夜の行動は視野に入れたかったがニィナとマルギットの表情から明らかな疲労感が見て取れたため断念する。集落を見つけないままの野営はただ魔物を引き寄せてしまって全滅の要因になりかねないのだが、休まないで活動し続けられる人間はいない。むしろ疲労を携えたまま魔物と相対した場合、コボルトとさえまともに戦えなくなってしまいかねない。危険はあっても野営は必須で、その判断をアレウスはこの段階で取った。

 野営用具は持ち込んでいない。かさばる荷物は持ち運びに不便で、その重量が邪魔になる。『重量軽減』の魔法をかけてもらえば解消される問題なのだが、それだとマルギットの魔力は常に万全ではなくなる。それに、手に負えない魔物と遭遇したときにおける逃走では結局、不要なために捨ててしまう。だったら簡易的な敷物や着火道具だけを持ち込んだ方が身軽であるし、安価で済むので気楽に捨てられる。


「火は起こすか?」

「二人が夜もずっと起きていてくれるなら起こさなくてもいいけど?」

 アレウスは熱源感知の技能をセレナに片目をアーティファクトとして移譲してから失った。そのため夜目が利かない。その分、ニィナとノックスに頼らざるを得ないのだが、二人はアレウスの言葉に難色を示した。

「嫌な言い方をしてしまったな。異界の探索が初めての二人には戦闘以外では責任の重いことはさせる気はないよ。それに、火を起こさないと調理ができない」

 ドライフルーツはともかく干し肉をそのまま齧るのは相当に骨が折れる。勿論、火を起こさずとも食べろと言われれば食べられるものであるのだが、食事にすらストレスを感じては満足に眠れもしない。戦士が買ってくれた豆類やパンもある。香辛料に調味料も加えれば、いつものようにスープぐらいは食べることができるだろう。

「水は?」

「調理用に別で持ち込んでいるから心配しなくていい」

 マルギットに調理用の水として持ち込んだ容器を見せる。

「こっちの水はそのまま飲めないから煮沸しないと腹を(くだ)す」

「あんた、そんなの鞄に縛って歩いていたの?」

「この中じゃ僕が一番、物を運べるからな」

 水はその性質――密度によって容器の大きさに釣り合わないほどに重いので、ニィナが驚くほどの大きさの容器ではない。

「こんな重たいのに一回の調理で使い切る量だよ」

「使い切っちゃうの?」

「ああ、本当に申し訳ないけど明日に集落が見つけられなかったら脱出も視野に入れる」

 マルギットにアレウスは言わなければいけないことをしっかりと伝える。

「集落を早々に見つけられないと僕たちの身が危うくなるんだ。一度、世界に戻って出直す。僕たちが全滅したら、誰もオラセオを助けに行けなくなってしまうから」

 後戻りできず、引くに引けない状況までアレウスたちは追い込まれていない。自分本位な考え方でほぼオラセオを切り捨てることになってしまうが、パーティリーダーとしての決断は早い方がいい。

「ウチが残るって言っても?」

「残らせることはしない。気絶させて連れて帰る」

 マルギットは杖を握る手に力を込め、軽く身を震わせているが感情的にはならずに小さく肯く。

「アレウスは最悪の場合を言っているだけだから。要は明日、集落を見つければいいだけでしょ?」

「ああ」

「だったらそれをちゃんと言いなさい。そんなんじゃマルギットさんがアレウスをいつか刺しちゃうでしょ」

「さすがに刺されないと思うけど」

「今、刺そうと思ったけど」

 その大らかな性格からは絶対に出てこないと思っていた言葉が出てアレウスはギョッとする。

「ほら、ちゃんと自分の言ったことには自分で責任を持ちなさい。勘違いされたときにいつも私やヴェインがいるわけじゃないんだから」

「それは……そうだけど」

「ちなみにこれはノックスにも言えることだからね」

「そこからワタシに火種が飛ぶのか」

 知らぬ存ぜぬを貫き通していたノックスをニィナは逃さない。

「見つめていればいつか分かってもらえるとか、言わなきゃ分からないことを言わないままずっと黙っているとかは無しだからね」

「なんか、ニィナにだけは言われたくないな」

 それをやってこなかったからボルガネムまでわざわざ迎えに行かなければならなかったし、皇女暗殺未遂というとんでもない大罪をどうにか隠せないものかとリスティやアイシャが頑張っているのだ。

「自虐的な教訓を与えてあげているのよ」

 どこか他人事のようにも聞こえるのだが、彼女のことだからちゃんと自戒はしてくれているだろうとアレウスは信じることにした。


「あの、ウチが調理してもいい? いつもパーティで野営をするときはウチが調理担当だったから」

「僕じゃ肉と豆のスープしか作れないからお願いするよ」

「ふふっ、言ってもウチもそれぐらいしか作れないけどね。そもそも野営では水分と栄養を一気に摂取するなら手間云々を抜けばスープが楽だし。寒かったら体を温めることもできる。今回はパンがあるけど、このパンは硬いから四角く切って出来上がったスープにあとから入れて一緒に食べちゃおう」


 マルギットを中心として調理は進み、日が沈む頃には食事の準備が整った。火は絶やさず、周囲を警戒しながら空っぽの胃にスープを流し込む。柔らかくなった肉やパン、そして豆類のおかげで満足感は強く、適度な眠気もやってくる。焚き火からランタンに火を灯し、広げた敷物の上で交代制の睡眠を取ったが、アレウスだけは夜中に起きている時間が最長となった。


 翌朝、魔物の襲撃がなかったことに感謝しつつも火を消す。アレウスは小瓶を取り出し、自身の右腕の血を野営跡に撒いた。これで亜人やコボルトの動きが鈍ってくれればいいのだが、それも心配しすぎかもしれない。夜中にコボルトたちが襲撃しなかったのはアレウスたちを獲物ではなく脅威と捉え始めたから。オークやオーガなら脅威を排除するだけの体躯と力を持っているため、構わず襲ってくるが頭の良い魔物は脅威には寄ってこない。ガルムでさえ同胞がやられ続ければ我が身恋しさに逃げ出す。

 だから、もうほぼコボルトから襲われることはないはずだ。それでも隙を突いて弓矢で射掛けられる可能性は考慮しておかなければならない。

「亜人はなんで寄ってこなかったんだ……?」

 まさか人間と同じように夜中は寝る習性があるとでもいうのだろうか。パザルネモレの惨状を考えると、さすがにそれはないと思うのだが、未だに観察が足りていないために断定できない。とはいえ、亜人を観察する気はまるで起こらない。通常の魔物なら観察できる、人間観察だって嫌いではない。そんなアレウスでさえ、亜人の観察は嫌悪感と不快感が上回って耐えられない。

「アレウス君が言っていたみたいにウチたちを包囲しているんじゃ……」

「へっ、だったらそんな包囲網なんざ一点突破してやりゃいい」

「それはその通りだけど、なんか気味が悪いわね」

「……考えても答えが出ないなら――いや、僕が言えた立場ではないんだけど、警戒は怠らずに進み続けよう。コボルトもまた同胞を掻き集めれば僕たちの前に現れるかもしれない。今の内に進めるだけ進んでしまおう」

 今日は脱出するか否かの決断の日でもある。話し合いもコミュニケーションも決して欠いてはならないことではあるが、足だけは止めないようにしたい。マルギットもそこには同意だったらしく、敷物を畳み終えるとすぐさま収めて、鞄を肩に掛けた。


 方角については把握はしているものの、検討を付けてはいない。来た道を引き返すような無駄な歩みは抜きにして、とにかく前に前に進む。道中のコボルトによる小さな襲撃やゴブリンたちの分かりやすい罠も突破し、ただし亜人だけは刺激しないように身を潜めながら避ける。

 懐中時計を見る。時刻は正午を回った。


「あそこになにかあるな。魔物だとか人間が、じゃなくて人工物が見える」

 いよいよ脱出へと舵を切らなければならないなとアレウスが決断を迫られ始めたとき、ノックスが遠くを指差す。

「見えるか?」

「見えるよ、私にも見えてるし」

「ってことはまだそんなに遠いってことか……」

「そんな遠くはねぇだろ。パザルネモレみてぇな城下町じゃねぇんだろ? 目立つもんが小さければその分、遠いようで近い」

「私もノックスの意見に賛成。たとえ思った以上に遠くたって、やっと人工物が見えてきたんだから」

「アレウス君……」

「……僕は前日に言ったように今日中に集落を見つけられなかったらって言ったはずだ。で、見つかったんだから行かない理由はない。みんな、細心の注意を払ってくれ。もし人工物に近付いて、そこに亜人の気配があったら探索は一旦打ち切る」

 全員の顔を見て、そして肯いたことも確かめてアレウスはノックスが指差した方角へと歩き出す。先ほどよりも歩幅は大きくして、歩く速度を僅かに上げた。マルギットが不安ではあったが、彼女もここでへこたれたくはないのか、決して弱音を吐くことはなくアレウスの歩行に必死に付いて行く。


 携帯していた水を飲み、一息入れる。ノックスの言っていた人工物の間近へと到着した。看板で、そこには人間が書いた字がある。そして看板そのものが矢印状になっており、その方面を見ると明らかに魔物の侵入を防ぐための木柵が乱立しており、木材や石材で囲われているであろう場所が見えた。ここまで来たならもはや多くは考えない。魔物の気配はなく、亜人の姿も見えない。あるのは人間の気配だけだ。いつしか早足気味になり、まずマルギットが駆け出した。隊列が乱れてしまったが彼女を中心にして纏まって走ることでリスクを軽減し、集落の入り口と思われる門の前まで来る。

 門とは言っても簡素なもので、決して魔物の侵入を完璧に防げるものではない。ないよりあった方がマシ程度のものだ。だが監視の目はあったようでアレウスたちは門を通ろうとしたところで呼び止められ、長々と亜人でないことを調べられる。物を奪われたり、不当に衣服を脱がされるような乱暴な真似はされず、人間の証明が成されたところでアレウスたちは中へと歓迎はされないものの通された。


「ねぇ、ウチはオラセオを探しに行ってもいい?」

「まだ駄目だ。ここにはここの規則がある。よそ者が我が物顔であちらこちらを調べられるのは好ましく思われない」

 探したくてウズウズしているマルギットを止める。

「まずは僕たちに敵意がないことを知ってもらわなきゃならない。それまでは自由行動は無しだ」

 特にヒリついた雰囲気がある。やはりヴァルゴの異界では亜人との戦いで気が休まる暇がないのかもしれない。或いは、外から来たアレウスたちを集落のほとんどの人々が快く思っていないからか。

 集落の中心地まで案内され、そこからなにやら話し込み始めた。聞き耳を立ててもよかったのだが控えるようにノックスに言い、自身も技能は使わないまま行く末を見守る。


 話は纏まったようで、付いて来るように促されたので全員で従う。どこに連れて行く気か聞いたところ「この集落のまとめ役と会わせる」と感情の一切乗っていない冷たい雰囲気で返された。そこでどのような扱いを受けるのかはまるで分からなかったため、一戦交える覚悟をアレウスは自身の中で固め、荒れた生地で張られたテントへと通された。中には一人の大男しかおらず、ここまで連れてきた男はテントを早々に出て行ってしまった。


「復讐を果たしたお主が再び異界へと舞い戻る理由もないだろうに」

「……っ、オエラリヌ!」

 こんなところにどうしてリオンの異界にいたドラゴニュートがいるのかと驚き、大きな声を出してしまう。

「それとも、まだ異界獣を討ち足りないなどと申すか? 欲深いな、人の子よ」


 途端、アレウスは赤い鎧と交わした言葉のやり取りを思い出す。


「ヴァルゴの尖兵は僕――いや、僕だけじゃなく冒険者全体のことに詳しかった」

 ジッとオエラリヌを睨む。

「あなたが、教えたんじゃないんですか?」

「強敵と戦う方が心躍るだろう?」

「ふざけないでください! あなたが尖兵に知識を与えたせいで僕たちは!」

「教えたのではない。奪われたのだ」

「奪われた……?」

「我はもはや世界に戻ることもできない異界を渡る者。ゆえに多くの異界を渡り、多くの異界獣と凌ぎを削り合ってきた。中でもヴァルゴは難敵で、我はリオンの異界からここに渡ってから幾度となく命の奪い合いを行ってきた」

「あなたとの戦った経験によってヴァルゴは学んでしまったと言いたいんですか?」

「やはり学びのある魔物との戦いは楽しいものだ。いずれこの我が死ぬのではないかと思うあの魂のヒリつきが、我が未だ冒険者としての心意気を捨てていないのだと思い知る」

「結果的に迷惑をかけているのは変わらないじゃん」

 ニィナがボヤくとオエラリヌは爬虫類独特の眼で彼女を捉え、その場にいる誰もが怯むほどの覇気を発する。

「『不死人』め。人の子の体を依り代に、我を愚弄するか?」

「どんなことを言われたって私はもう迷わない。ちゃんと自分の意思と、私にこの体を譲ってくれたニィナの遺志で生きていくって決めたんだから」

 全員が立ったまま(すく)み上がっている中でニィナは自身の言葉をぶつける。

「怖くても、立ち向かうんだから……!」

「ほぅ……? ならばとやかく言いはせん」

 覇気が薄れて、(しん)(ぞう)を握られているような気色の悪い感覚が遠ざかっていく。

「リオンの異界では隠遁を決め込んでいたあなたが、どうしてこのヴァルゴの異界ではまとめ役になっているんですか?」

「なりたくてなったわけではない。亜人たちをひたすらに叩き潰している内に、我は(まつ)り上げられた」

 強者の傍にいれば、少なくとも命を繋ぎ止めることができる。自身が魂の虜囚であることさえ忘れてしまっても生に縋り付く者たちが、亜人を倒すオエラリヌの元に(つど)うのは必然である。言うなれば鳥における止まり木だ。休める場所、休むことのできる居場所にさせられた。そうなるとオエラリヌへのご機嫌取りが始まったのだろう。まとめ役という大役を与えることで、集落を見放すことができなくなるだろうと踏んだのだ。

「あなたにも人間を助けたい気持ちがあったんですね」

「我も驚いている。しかし、我はなにもしてはいない。ただ亜人とヴァルゴと戦い続けている我の腕にしか、彼奴(きゃつ)らは見ておらん」

「唐突に見放されるかもしれないのに」

「初期はその不安を唱える者たちもいたのだがな。次第に少数となり、今や一人もそんなことを言いはしなくなった」

「あなたが戦ってくれるという安直な考えが蔓延して、ありもしない平和の享受を始めた」

「一応は抵抗の証として防柵や障害物を設置し、集落を囲んだようだが、戦いの腕前は恐らく誰もが衰えているだろうな」

「……あなたは、そんな彼らを見放す気を残している」

「ほぅ? よく分かるな」

「あなたは怠慢を認めないはずだ。生きようと足掻く者にしか、あなたは手を貸さない」

「その通りだ」

 オエラリヌはアレウスの言葉に首を縦に振りつつ、不敵な笑みを浮かべる。

「ヴァルゴを討つならば話は別だが、お主たちの気配からはそのような大義を感じられん。この集落が悲鳴と怨嗟と絶望に染まり、赤々と燃え尽きる前に早々に立ち去ることだ」

 話したいことは終えた。そういった雰囲気を男は出しているが、それではアレウスたちの目的は達成されない。

「ここに冒険者が迷い込んできませんでしたか?」

「冒険者?」

「神官のようにロジックを開くことができて、回復魔法を使うことのできる戦士が来たはずです」

「…………なるほど、堕ちた人の子を救いに来たか。そうだな、一週間ほど前にここに訪れた」

「それからどこに行ったんですか!?」

 マルギットが冷静さを失いながらアレウスより前に出て問い掛ける。

「案ずるな、立ち去ってなどいない。まだこの集落に滞在している。賢明な判断だ。ここにいれば、少なくとも我が気分を変えなければ命の保証はされるのだからな。魂の虜囚にもなってはおらんだろう。だが、異界という絶望の中で果たして、お主たちが希望となれるか?」

「なってみせる。オラセオ!」

 マルギットがテントを出て行ってしまう。

「集落の者たちが人の子に手出しはせん。もしもそのような気配がしたならば我がこの拳で肉塊とするまでだ」

 急いでニィナとノックスが彼女を追い掛けたが、アレウスはその言葉で引き止められたような気がしてオエラリヌに背を向けたままで足を止める。

「復讐を果たしても尚、異界獣を討つと決めたか?」

「ええ」

「全ての者たちに恨まれるやもしれないな」

「恨まれたっていい。いや、恨まれやしない。むしろ感謝されるかもしれません」

「ほぅ?」

「僕は復讐の果てに魔王が甦ると言うのなら、それすらも討ち倒す」

大業(たいぎょう)だな。しかし、不可能だ。我らですら叶わなかったことをお主たちができるわけがない」

「だとしても僕はそのときになったなら、僕にできることをやるだけです」

「……消えはせんか、お主の中の炎は。復讐の色だけかと思いきや正しき色にすら薄っすらと燃えている。いつ燃え尽きるか見物(みもの)だな」

 オエラリヌは息を吐き、握っていた拳を解く。

「ヴァルゴの討伐を視野に入れていないのなら忠告しておこう。ヴァルゴはスコルピオを喰った。魔力も高まり、より一層の強固な鎧を纏っている。なにより危険なのは、」

「毒」

「ふっ、言わずとも分かっていたか」

「いいえ、スコルピオを喰ったというあなたの情報がなければ想定できないことでした」

「スコルピオの猛毒をヴァルゴは手にしている。死なんように精々足掻くことだ」

「……まるで死なれたら困るような口振りですね」

「妙な勘繰りなどくだらん。言っただろう? 我はこれでも冒険者であった。異界から出たいと願う者たちがいるのなら、その願いは果たされるべきだ。無謀であったとしても、挑戦はすべきだ。そのための助言ならば惜しまない。なぜなら、」

「生きるために足掻いているから」

 男はアレウスが先んじて言葉を紡いでから黙り込む。どうやら本当にもう話すことはないらしい。アレウスはオエラリヌの表情を窺おうと振り返ろうとも思ったが、その迷いを振り切って背を向けたままテントをあとにした。


 そしてそれから三十分後、アレウスはノックスから報を受けて駆け付け、泣きじゃくるマルギットを必死に泣き止ませようとするオラセオと再会するのだった。

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