心構え
-二日前・審問問答一部-
「このギルドが現在、犯罪者を庇っているのではという噂があるが」
「噂の一つや二つは立つものです。そもそも庇うリスクがどこにありますか?」
「言っていることは真実です」
「では、具体的に問おう。こちらで二人の女性を確認している。その内の一人は未遂とはいえ暗殺しようとしたニィナリィ・テイルズワースではないのか?」
「違います」
「この者は嘘をついておりません」
「ニィナリィ・テイルズワースではないと?」
「はい」
「真実です」
「では、もう一人は聖女では?」
「そんなわけないじゃないですか」
「真実です」
「だが、アイシャ・シーイングなのだろう?」
「はい」
「真実です」
「ならば聖女であろう?」
「違います」
「真実です」
「……どういうことだ?」
「恐らくはそちら側の不備でしょう。アイシャ・シーイングは聖女に間違われているだけです。もしかすると雰囲気からそのような気配があるのかもしれませんが、彼女は聖女ではありません」
「嘘を申しておりません」
「……ならば、軟禁の理由は?」
「ギルドに対して彼女たちがやんちゃをしてしまったのでしばしの反省の意味も込めた活動停止処分ですよ。あの年頃の女性を牢屋に閉じ込め続けるのはあまりにも忍びないですからね。ましてや凶悪犯でもありませんから」
「真実です」
「……分かった。では、リスティーナ・クリスタリアに対する審問結果はしばしのち通達する」
「私を不問とするために付随される条件は?」
「潔白が証明されたと思わないことだ」
「こんなにも『審判女神の眷属』の前で正直に話しているのにですか?」
「本当の本当に真実を語っているのであれば、こちらが出すどのような条件も飲むのだな?」
「勿論」
「たとえそれで、自身が受け持っているパーティが崩壊するとしてもか?」
「なにを仰るかと思えば……崩壊すると思いますか?」
「ああ、思う。パーティを一時的に分かち、片方を異界に放り込めばすぐにでも壊れる」
レストアールの言葉にリスティはクスクスと笑う。
「そうまで仰るのであれば、あなたが疑いを掛けている女性冒険者を一人、送り込んではいかがですか? もしも皇女暗殺に関わったニィナリィ・テイルズワースであるのなら、きっとあなたの思い描いた通りに私の担当しているパーティを崩壊させてくれますよ」
「それは皇女への挑戦状か?」
「いいえ、レストアール・カルヒェッテへの私からの挑戦です。もしも、あなたの課した条件を達成できなければアイシャ・シーイングを帝都へ送ることに承知いたします」
「言ったな?」
「ええ、私は嘘を申しません」
「この者は先ほどから真実しか話しておりません」
「では、私情を大いに挟ませてもらおう。退室せよ」
リスティは椅子から立ち、扉へと向かう。
「レストアールさん?」
「なんだ?」
「あなたはもう少し、冒険者に興味を持ちロジックについても学ぶべきでしたね」
「どういう意味だ?」
「私からのささやかな助言です」
「彼女は本心からレストアール様に申し上げています」
退室し、リスティは廊下をしばらく歩いてから緊張の糸が切れてその場に座り込む。周辺に誰もいないことを確認し、深く息を吸い込み、そして吐き出す。
「皇女の命を狙ったのはニィナリィ・テイルズワースさんではなくテュシアさん。ニィナさんは既に死んでおり、テュシアさんが肉体を引き継いでいる。そしてテュシアさんを私は凶悪犯とは認識していない。アイシャさんは聖女ではなく聖女見習い。更に未だに私は彼女を聖女だとは思っていない。だから嘘ではない。兵士と軍人しか経験したことのないあなたの審問では私の本質には届きませんよ。ロジックを覗けば一発で分かることをわざわざ問答だけで済ませられると考えてしまうのですから。『審判女神の眷属』は私の真実を告げるだけで、審問の手助けをしてくれるわけではありませんし」
けれど、とリスティは呟く。
「物凄く負担を強いた上に私の期待を押し付けてしまいました。失敗した場合は……まぁ、追放処分を受ける前に首を括るつもりなのであんまり難しく考えなくてよさそうですね。嫌な一蓮托生をしてしまっていますが、良い女ではありませんから。もしそう見えているのならただの勘違い。私もまた重い女の一人なだけです。ふふっ、さてどんな風に責任を取ってもらいましょうか……」
*
「ウチは行く、今すぐにでも!」
異界の“穴”の発見を僧侶に伝えるとなんの準備もしないままにボロ小屋を飛び出しそうだったため、アベリアが必死にベッドに押さえ付ける。
「すぐは駄目」
「だってすぐに行かないと!」
「私は絶対にすぐには出発させない」
強い意志で僧侶を逃がさない。数日で心も体も弱り切ってしまった彼女ではアベリアの拘束すら解くことができず、抵抗する気力もその内に失せてベッドに大人しく横になる。
“穴”の監視はヴェインだけに任せていたが、引き込まれてしまう可能性もあったためガラハも傍に付かせた。石の運搬を手伝っていたノックスを捕まえて事情を話し、彼女の鼻と技能でオラセオのパーティにいた射手と戦士、魔法使いを見つけてボロ小屋へと集まるように促した。その後、アレウスが事情を説明して現在に至る。
「一つ言っておくけれど、オラセオが本当に異界に堕ちたかどうかは分かりません。ひょっとしたら人知れずどこかに旅に出ている可能性だってあります」
「それはない、絶対にない」
「こいつは馬鹿だがオラセオについては俺も一人でどこかに行くとは考えられない」
「ウチのどこが馬鹿だって? リグ!」
「俺の言うことに突っかかっている場合じゃないだろ」
射手――リグと口論になりかけたところをニィナが物理的に間に入る。僧侶はベッドから起き上がってもいないのだが、その視界を遮らせることで喧嘩が止まると考えたのだろう。
「オラセオの救出は僕たちの担当者が審問結果が不問になることに繋がっています」
「だったらウチたちと一緒に、」
「ですが、僕以外の異界経験者を連れて行くことを禁じられています。これを破れば不問にはされません。そして現状、僕のパーティで異界を経験していないのはノックス――そこのノクターン・ファングだけです」
「ファング……? ちょっと待て、ファングって!」
戦士が驚きながら魔法使いの顔色を窺う。
「もう隠さないでいいってことか。そこの男が名前で気付いたようにワタシは獣人だ」
帽子を脱いで獣耳を晒す。戦士は冷や汗を掻きつつ魔法使いの出方を見ている。そして戦士が気にしている彼女はノックスへの嫌悪感を如実に表している。
「それはつまり、オラセオの救出にアレウリスさんとノクターンさんしか行かないと? オラセオより担当者が不問になることを優先する、と?」
魔法使いは不和を呼び込むようなことを言う。
「アレウスはそんなこと、」
「そうです。僕はオラセオよりも自分をここまで育て上げてくれた担当者を優先します」
取り持とうとしたニィナの言葉をアレウスは遮る。
「……共に上を目指す同志だと思っていましたのに」
「ちょっと、なに言ってんの」
「だってそうでしょう!? オラセオの命よりも担当者が罪に問われるかどうかを気にしているんですよ? 罪を負っても死にはしません。けれどオラセオは、死ぬかもしれないんですから……! それに、獣人を連れているなんて私は……」
ノックスを見つめ、魔法使いは視線を落として小さな舌打ちをする。
「どうして彼女を嫌うんですか?」
「聞かなくていい。そいつの視線で大体察した。獣人に身近な人を殺されているんだろ?」
「っ!! そうです! あなたたち獣人が村を襲って! そのときに私の弟は!! なのになんですかその顔は! その関係ないって表情は! 私はその顔を見てやっぱり獣人を許してはならないと心に誓い直しました!」
「ちょ、落ち着いてよ。オラセオを助けるために力を合わせなきゃ」
「私は獣人と一緒には行けません」
「……それは、オラセオの命と天秤に掛けてもですか?」
「天秤に掛ける前に私の弟は殺されたんです!」
テコでも動かない。魔法使いは侮蔑と怨恨の眼差しでノックスを睨んでいる。
「僕は異界に堕ちる上でノックスを絶対にパーティから外しません。それを容認できる人との協力を望みます」
彼女は激しい憤りを持ちながらも、それを復讐へと転換していない時点でアレウスとは異なる生き方が出来ている。根底では恨んだところで死んだ者が生き返らないことを理解している。諦めることができている。だが、理性的な彼女の協力が得られないとしてもノックスを連れて行かないことは選択肢にはない。
「彼女の本能は僕の直感を上回ります。爪と短剣を用いた近接戦闘も限りなく僕と同等かそれ以上。気配消しの技能は劣りますが、偵察や斥候もこなせます。そして目も鼻も利く。明らかにパーティの要なので外す選択肢はありません」
「魔法使いのこの私よりも?」
「ええ、あなたよりも」
「また誤解を生みそうなことをペラペラと言うんだから、あなたは」
ニィナが頭を抱える。
「俺は…………こっちで帰りを待つ」
「行けない理由は?」
戦士に真意を問う。
「俺が死んだら、女手一つで育ててくれた母ちゃんへの仕送りが出来なくなっちまう。冒険者になるのを村中から反対されて、でも母ちゃんだけは応援してくれて……でも、約束があって。それが、異界には絶対に関わらないことなんだ」
「冒険者なら『教会の祝福』でもしものことがあっても甦ることができるからですか?」
「ああ、その命の保証があるから母ちゃんも冒険者になるのを許してくれた。そりゃ、どっかで異界に絡むこともあるかもしれねぇけど……自分から率先して、飛び込むことはできねぇ」
申し訳なさそうに、そして悔しそうに戦士は言う。
「責めたりしませんよ。ヴェインも異界に堕ちてしまった経緯があって、身近な人から調査を禁じられています。別にそれだけが原因というわけではありませんが、異界を嫌うのは至極普通のことで後ろめたく思う必要はありません」
僧侶の視線は自ずとまだ答えを出していないリグに向く。
「悪いけど、俺も残らせてもらう」
「リグ……」
「だけど勘違いはしないでほしい。俺は先の二人みたいに個人的な恨みがあるわけでも、異界調査を禁じられているわけでもない。単純に俺が行くと言い出すと残った二人だけじゃパーティの輪が修復不可能になりかねない。俺は二人とちゃんと話し合って、オラセオが帰ってきたらまたすぐに活動できるようにしたい。俺と同じで二人とも内心では行きたいんだ。でも、感情とのせめぎ合いで――なにより異界で自分の腕が立つかどうかの不安で一歩引いた答えを出した。助けに行くつもりが、足手纏いになって自分たちが死んでしまえばオラセオはきっと立ち直れないから」
魔法使いと戦士の表情を窺いながらリグは言葉を続ける。
「と、言っておきながら結局、俺は怖いんだろうな。話を聞いてすぐに行くとは言えなかった。そう、そこのそいつみたいにはなれなかった。だから、そいつを頼む」
僧侶に微笑を浮かべてからリグはアレウスに頭を下げる。
「『はい』と言わせるような雰囲気にしないでください。異界ではなにが起こるか分からないのに命を預けられては困ります」
「バレバレだったか」
呟き、リグは頭を上げた。
「正直なところ、条件がなければあなたには救出に参加してもらいたかった。狙撃の腕前はそこのニィナよりも上だと思っていますから」
「へー、アレウスが露骨に他のパーティの人を贔屓するの初めて見たかも」
ニィナから出る不満は無視する。
「だったら俺に出来ることは出発までの間に彼女に狙撃技術を少しでも教えることだな」
「はい。ですが、パーティとの時間の方を大切にしてください」
「そうだな」
アレウスの言葉にリグは肯く。
「アベリアさん」
「なに?」
「帰りを待っている間に私にできることはありますか? いいえ、出発前になにか事前に用意できるようなものは?」
「うーん、じゃぁ私と一緒に冒険者たちから色々と掻き集めようか」
「はい」
魔法使いはそこで溜め息をつく。
「獣人を許してはいません。許すことなんてできません。けれど、あなたが弟がいた村を襲った獣人ではないことも分かっているつもりです。それでもあなたと一緒にいることは、弟への誓いにかけてできないんです。だからせめて、違うところで」
「分かっているよ。お前はとても優しい人間だ。それに品位もあって、理性に富んでいる」
ノックスは視線を合わせようとしない魔法使いを見つめる。
「私がいた群れがやらかしたのかもしれないし、無関係かもしれない。悪かったと言ったところでお前には届かない。だから、オラセオを助け出したあとでいい。改めて話をさせてくれないか?」
「……ええ、私に弟のことを話させたいのなら絶対にオラセオを助けてください」
「俺にも出来ることはないか? 俺だけなんにもしないってのはないだろ」
「ヴェインとガラハが“穴”を監視しています。僕たちが異界に堕ちたのち、三人一組で見張ってください」
異界調査を禁じられているヴェインとは近しいものを感じて、気が休まるはずだ。休まりすぎて気を抜かせないためにガラハもいれば“穴”に引き込まれることもないはずだ。
「それだけか? いや、それだけじゃねぇよな……分かった、食べ物だ! 食べ物がなきゃ安心して探索もできねぇよな! 待ってろ、今持ってる金でパザルネモレから――は食料を買うのは駄目だから、馬を使って近所の村から食料を買ってくる!」
そう言って戦士がボロ小屋を出ようとする。
「馬鹿! 買うのは最小限だからね! 買い占めたら結局、パザルネモレの人たちが困るんだから!」
「分かった!」
近場の村にもパザルネモレの復興には協力してもらっているので食料を買い占めてしまえば、それだけここにいる人々の食料が減ることになる。食料は可能な限り欲しいが、限りなく最小限に留めなければならない。その絶妙な感覚をあの戦士が持ち合わせていることを祈るしかない。
魔法使いとアベリアが冒険者たちからポーション類を分けてもらうためにボロ小屋をあとにする。リグもニィナに狙撃技術を教えるため、「弓を取ってくる」と言って出て行った。
「えっと」
「あ、まだウチ、自己紹介してなかったね。マルギットです」
「マルギットさん、異界にオラセオの痕跡がなければすぐに脱出します。そのことだけは先に言っておきます」
「うん」
「あと一時的に僕のパーティに加わりますが、もし異界でオラセオと合流できたならばその後はオラセオの指示に従ってください。僕のパーティとオラセオのパーティでは特色が違うことは共闘したときに気付いていらっしゃるはずです。僕たちの歩調ではあなたが合わせられないので、あなたの歩調に僕たちが合わせます」
「攻撃特化と堅実性じゃ真逆だもんね。うん、そうしてくれると助かるよ」
「次に見捨ての判断ですが、基本的に戦闘中に分断されたり合流が難しい状況になった場合は自分自身を第一に――オラセオを見つけて救出できているなら二人一組での脱出も視野に入れてください。オラセオの痕跡が見つからず一人切りになった場合も、素直に脱出のことだけを考えて行動してください。どこに向かえばいいかは事前に伝えられるなら伝えますから……なんて言ったところで、出口に向かえるかどうかは分かりませんが、とにかく僕たちのことは考えなくていいです。そして僕たちも、極限状態にまで陥ることがあればあなたやオラセオを見捨てる判断を取ります。その場合、担当者が不問にはならなくなりますが命あっての物種ですから」
「分かった」
僧侶――マルギットは手帳を取り出し、アレウスの言ったことを書き込んでいる。
「書いてまで覚えるようなこと言ってないよ」
「さっきから僕に微妙に噛み付いてないか?」
さすがにボロ小屋にいる人数が減ったのでニィナを無視することができなくなった。
「異界が嫌いなのは私も同じなんだから、もうちょっと気に掛けて」
「言ってお前は一回は異界に――ってあれはニィナであって、今のお前じゃない……けど、お前も一応は異界に堕ちてはいるのか。脱出時点でニィナではなくなっていた上にテュシアの記録がないから未経験扱いで通ったんだろうけど」
ニィナとしてなのかそれともテュシアとしてなのか。どちらとして捉えるかで扱いが変わるので非常にややこしい。
「そもそも条件の一つとして私は付随されているから、私が異界を経験しているかいないかはあんまり問題じゃないから」
頭を悩ますアレウスだったがニィナの一言でそれまでの思考が不必要だと分かって嘆息する。
「それを早く言え」
「言わせる雰囲気じゃなかったでしょうが」
「あの、ウチは他になにを気を付けたら?」
マルギットは相変わらず表情が沈んでいる。オラセオへの糸口が見つかってはいるものの、まだ本人の顔を見ることができないからこその強い強い焦燥を感じているのだろう。
「僕を除いて女性ばかりなので、花を摘みに行くときや着替えの際は女性陣の方で合言葉などを考えておいてください。でないと僕はあなたがはぐれたと思って探しに行きかねないので」
「こいつの感知の技能は高いからな。凄くどうでもいいことを言っているようでかなり重要だぞ」
「まぁね。お互いに不可侵ではあるけれど、事前に備えておくのは重要よね」
「分かりました、気を付けます」
「それとあとは」
「あとは?」
「食事をして睡眠を取って、普段通りの力を出せるようにしてください。今のあなたのままでは異界には連れて行くことはできませんし、出発もできません。焦らすようで申し訳ないですが、今日を使って万全に戻してください」
今日の出発はない。暗にそう伝え、マルギットもそれを察して項垂れる。
「一刻も早く出発しなきゃならないのに、ここ数日の自分自身の不摂生で出発できないなんて……悔しい」
そう呟いてからベッドから起き上がり乱れている髪を整える。
「白湯を飲んで、お腹を整えてから胃の半分くらいまで食べてくるから。それで、寝る。今日は食べて寝て、食べて寝る。それでいい?」
「はい」
「私、ヴェインさんほど頼りにはならないかもしれないけど頑張るから。足手纏いになんてならないから」
「そう意気込まずにリラックスしていいんじゃない? 私、こいつのことを知っているから言うけど、足手纏いになろうとなかろうと簡単には見捨てないわ。あと、これを言うと油断するかもだから言わないでおこうかなって思ったけど、あなたには安心が必要でこいつには緊張を与えたいから言うわ。こいつの異界関連での生存率は100%よ」
「100%って……」
「自分一人での指標でしかありませんよ。誰かを犠牲にして、それで助かったこともあります。ただ、他の誰よりも異界を渡ることに関しては自信があるのは確かです」
「…………よし、分かった! アレウリスさ――じゃなかったアレウス君! 今まで年下だったから敬語を使わせていたけど、それ無しにしよう! 異界についてはきっとあなたの方が先輩だから!」
マルギットはそう言って外へと駆け出した。
「年下?」
「あの背丈で……年上だったの?」
「あの胸だけはワタシより年上だったけどな」
「お前だけなにか違うだろ」
ノックスに冷たく指摘してからアレウスは一息つく。
「で? 実のところ、そのオラセオさんって人が異界に堕ちている確率はどれくらいなの?」
「九割」
「ほぼ確定か」
「目撃情報の途絶え方が露骨だからな。亜人殲滅のときに話もして、パーティを置いていなくなるような人でもないことも分かっていたし」
「ならワタシたちを連れて異界から脱出できる確率はどんくらいだ?」
「……七割、いや六割もないかもしれない。リスティさんを不問にするためにはアベリアと一緒には行けないから貸し与えられた力を使い切ったあと充填ができない。“盗爪”での魔力吸収を行えばどうにかだけど、でもそれは魔物との戦闘が必須になる。ノックスもセレナがいないと『不退の月輪』の力は半減、ニィナは『初々しき白金』の『超越者』だったのにそうじゃなくなってしまった」
「まーワタシは群れから追放されてからずっと制限されっ放しみたいなもんだけどな」
「私はむしろあんなに苦しめられた力から解放されて清々してる」
「んじゃ問題なのはお前が『超越者』の力を使えないところか」
「アレウスの消耗を抑えるためには魔物との戦闘を回避しなきゃ。幸いなことにマルギットさん以外の全員が感知の技能を習得しているから、それも難しくなさそうだけど。私もさすがに獣人ほどじゃないけど視力は良いし」
「僕に頼るな」
「頼らせろ」
「いや頼らせてよ、なに言ってんの? あんたがパーティリーダーなんだからね?」
「……はぁ」
溜め息をつきつつアレウスは自身の手帳を開く。
「陣形を考える。前衛のいないパーティなんて今に始まったことじゃないからもう気にはしない。でも、どう歩くのか、どんな立ち位置なのか、どう立ち回るのかはある程度は決めておきたい。ただ、分かっているだろうけどこれは基礎であって応用じゃない。難しい判断が求められるときは、基礎に答えを求めず自分自身の中にある応用力でなんとかしてほしい」
「「分かった」」
三人でしばし話し合いをしたのち、ニィナはリグに呼ばれて弓術の特訓に行き、ノックスは中断していた石の運搬の手伝いへと戻った。アレウスは一人でボロ小屋に残り、夕方頃になってアベリアと魔法使いが冒険者たちに頼み込んで集めてきた道具を分類する。夕食時になって頬に艶を、そして顔に一応の元気を取り戻したマルギットが戻ってきて一緒に食事を摂った。アレウスはその後、ヴェインとガラハに料理を運び、異界での立ち回りについて参考を求め、尚も“穴”の監視をお願いする。そして町の人々が寝静まる頃、近場の村からようやく戻ってきた戦士が持ち込んできた食料――生肉や生野菜ではなく保存食の類を道具と共に、オラセオ用の鞄も含めて五等分する。深夜を回ってアレウスはアベリアと少しの間、時間を過ごしてボロ小屋の外で座っての睡眠を取った。
翌日、早朝ではあれど朝食はしっかりと摂り、持ち物を何度も確認してからアレウスたちは手を繋いで――マルギットは誓約によって異性と手を繋げないらしいのでニィナとノックスに繋いでもらい、四人で輪を作って死体に扮している“穴”へと堕ちた。
オラセオが行方知れずとなっておよそ八日目の出発であった。




