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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第13章 -只、人で在れ-】
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蓄積

 担当者たちが襲撃された場所まではまだ遠い。パザルネモレを出て、小さな橋を渡って、更に丘を登らなければならない。焦燥感を覚えつつ、アレウスたち冒険者はひたすらに走り続ける。

『そっちに行ったらリスティを助けるだけでなんの解決にもならないぞ』

 ジョージからの『接続』を受け、走りつつも反応する。

「やっぱり仕留め切れていなかったか」

『あれはお前のせいじゃない。あんな魔物が今まで存在しなかっただけのことだ。あれは誰が見ても死んでいたと思うし、どんなに気を付けていてもあれは不意打ちでお前たちの前で甦ってみせただろう。俺が甦った瞬間に倒せていればよかったんだが、そういう一瞬で倒せるような魔物じゃなかった』

「声が弱々しいけど、まさか」

『逆に深手を負ってしまったが……はっ、この程度で死ねるんなら地上に堕ちてまで土いじりはしていないし、『逃がし屋』なんて仕事もしちゃいない。ただ、加勢はできないとだけ伝えておく。代わりにお前たちに()を用意してやる』

 走るアレウスたちの傍に岩石の狼が複数体現れて、同じ速度で横を駆ける。

『乗れ。あの赤い鎧の魔物がいるところまでは連れて行ってやる。ただ、簡単な指示しか与えられていない。思わぬ奇襲をそいつが避けてくれるとは思うな。危ないと思ったら飛び降りて避けろ』

 アベリアに『重量軽減』の魔法をかけてもらったとはいえ、自分たちの足で魔物のあとを追うのは限界を感じていた。ジョージの作り出した岩石の狼はまさに渡りに船だ。

「ジョージに力を貸してもらった。この狼に乗れば魔物のところまで連れて行ってくれる」

「どっかで感じた魔力だと思ったが、そういうことか。しかも狼なら、ワタシにはお手の物だ」

 疑わずにノックスが岩の狼に飛び乗り、その上でバランスを取ったのち、疾走する。

『他の冒険者たちにも上手く都合は付ける。お前たちはとにかく急行してくれ』

「岩で出来た狼かい? でも、狼は狼。キングス・ファングの群れを目指したときに乗った経験が活かせるとは思わなかったよ」

「奇しくも獣人の争いに赴いたパーティだな。今更、乗るのに手間取ることもない」

 ヴェインとガラハも狼に搭乗し、ノックスのあとを追う。アレウスとアベリアも狼に乗り、その足を使わせてもらう。


 丘陵を駆け抜ける。心地良い風とは裏腹に感情は常にヒリ付いており、これは逆に気分が悪い。二つの感覚を相殺できているかといえばそうではなく、むしろ不快感の方が勝っている。

 とにもかくにも赤い鎧を叩きのめしたい。あの異常な存在を仕留めてひとまずの安息を得たい。急いでしまえば致命的な隙を生み出し、あの魔物は確実に殺してくると分かっているのにどう頑張ってもこの焦燥感を拭えない。


「私は二番目の災厄なり」

 斜め前方の上空に赤く煌々と輝く魔物が見える。まだ攻撃の届く距離でもないが、声だけがアレウスたちには伝わってくる。

「戦争とは炎。人間が等しく持ち合わせている争いの火種なり。種火は燃え、盛りて移り、炎となり、全てを焼き尽くす劫火(ごうか)となる」

 カッと猛烈に強く輝いたと思いきや、あまりにも巨大な純白の翼が魔物の背中から左右に広げられる。しかしその翼は炎によって焼き尽くされ、骨格だけを残して赤く爛々とまたたく。

「燃え盛れ、怒り狂え。私は戦火と共に歩む者。赤き馬に跨り、戦火を撒き散らす者なり」

 赤き翼が一度強く羽ばたくと、全身を焦がすほどの灼熱がアレウスたちに旋風の如く襲いかかる。


「“盾よ、()五方より()集まり()給え()”」

 ヴェインが施す『盾』の魔法による障壁がアレウスたちに降りかかる灼熱の炎を受けて弾けて消える。

「『盾』より『壁』だったか? いや、どっちにしても今のは障壁を残し切れない」

 狼の走る速度と辺りを這う風が掻き消すはずの声だったが、アレウスの耳には届く。迷いはあるようだが、戦意そのものが消えているわけではないようだ。

「アベリアさん! このまま俺と君で交互に障壁を張ろう! 多分だけど君の炎の障壁なら複数回は炎風を凌げると思う」

「じゃぁ私の障壁が消えたときにヴェインが唱えて!」

「ちょっと負担をかけてしまうけど申し訳ない!」

「ううん、私もそれで良いと思う! “盾、(シー)五つ()()”」

 アレウスたちを炎の障壁が包み込み、前方から再度押し寄せる灼熱の炎を跳ね除ける。それでも三度目には解けて、それに合わせてヴェインの障壁が全員を包み直す。

「接近までが消耗戦だな」

「奴は単純に力を誇示しているんじゃなく、それを狙っている」

 ガラハが狼に乗ったまま寄ってきて状況を分析し、それにアレウスが答える。

「冒険者の後衛を狙うように亜人に指示を出せるんなら、魔力が足りなくなることが冒険者にとって致命的であることも知っているはずだ」

「後衛を潰すことを指示し、それが難しいと分かったら今度は消耗をさせるか」

「冒険者の後衛は潰し切れないと見て、最も後ろにいる担当者を攻撃した。だったら次は消耗させることを試そうって魂胆だ」

 この灼熱の炎を放出してこそいるが、赤い鎧には莫大な魔力が備わっているはずだ。つまり、この炎の波濤はあの魔物にとって魔力の消費とすら捉えていない。むしろこの炎の波濤で冒険者を焼き殺せるのなら、最高効率だとすら思っているだろう。


 真正面からの激突を望み、魔法使いや僧侶の横槍を拒んでいる。


「後衛を嫌うのは尖兵としての本能か? それとも、あの魔物だけが培ったよく分からない信条か?」

「魔物が言葉を理解しているのだとしても、掲げている信条にまで思考を巡らせるのは不毛だな」

「……その通りだな」

 再びの炎の波濤を受けて、アレウスとガラハの狼がそれぞれ離れる。ヴェインの障壁が剥がれ落ち、アベリアの炎の障壁が張り直される。


「焦げ落ちよ」


 炎の障壁が波濤を四度受けて剥がされたのを見て、ヴェインが『盾』の魔法を唱えようとするも断念する。

「あれは、防げない……!」

 熱波や炎風、そして炎の波濤と呼ぶにはあまりにも質量が蓄えられ過ぎた横一文字の炎刃が迫る。アレウスたちが乗る狼は赤い鎧へと向かっているため、低速ではあるが到達までに十秒もかからない。

「駄目! 私の炎の障壁も切られる!」

 アベリアですら詠唱を断念する。

「やるぞ、アレウス!!」

「『合剣』でも喰い破れるようには見えない」

「使うのは()()方だ」

「……っ! 分かった」

 ノックスが狼の上に立ち、両方の爪に気力を込めて力場の力を集約させる。アレウスは短剣を抜き、キングス・ファングとの戦いで新たに編み出した技の構えに入る。

「「獣剣技!」」

 跳躍したノックスを見て、アレウスは下方を担当することを直感的に理解する。

「“削爪(スクラッチ)”!」

「“盗爪(スナッチ)”!」

 横一文字の炎刃に向かってノックスが上方から十の爪が折り重なる力場の刃を放ち、アレウスが下方から対象の魔力を削る飛刃を放つ。

「「“合剣、咬合刃(こうごうじん)”」」


 十の力場の爪撃と膨れ上がる一の飛刃。二つの刃が重なり合った瞬間と炎刃との接触が同時となる。アレウスとノックスの技は絡まり合い、蛇の口のように炎刃に咬み付き、そして砕く。

 砕けた炎刃は魔力となって散り、一部はアレウスの貸し与えられた力の一部として吸収される。跳躍していたノックスは落下を待ち受けていた狼の着地し、再び駆ける。


「どこで技の名前を示し合わせた?」

 砕けた炎刃の合間を縫うようにして狼が通り抜け、再びガラハを乗せた狼が近寄る。

「なんとなく」

 ボルガネムでニィナと技を合わせたときもそうだが、頭の中に自然と思い浮かぶ。力は名前を与えて強くなる。放つときに呼べばより一層に。だからこそ、新たに合わせても技にはすぐに名を与えたい。その方が放った自分自身すらも凌駕する力を持つ。


「戦火を拒むか」


 熱波が来週するも、障壁で防ぐまでもない。この温度で皮膚は焼けない。ただ耐え忍ぶだけだ。

「戦争の火種なんて誰も求めてねぇんだよ」

 ノックスの乗った狼がなによりも速く駆け抜けて、宙に浮く赤い鎧の真下に到達する。

「“削爪”!」

 十の爪撃を真上に放ち、赤き骨の翼の一部が欠ける。力が乱れ、赤い鎧は滞空を維持することができずに骨格の翼の全てが焼け落ちて、ゆっくりと地上に降り立つ。

「油断するな!」

「分かってるよ!」

 アレウスも狼から飛び降り、赤い鎧へと切りかかる。それに合わせてノックスも背後から飛びかかった。


「世界に赤が満ちるとき、血は世界を満たす」

 細剣が血に染まり、地面に突き立てられる。途端、辺り一帯が赤い景色に包み込まれた。アレウスとノックスはその際に生じた衝撃波で刃を届かせることができずに吹き飛ばされた。

「どこまでの空間が取り込まれた?」

「パザルネモレが見える。アレウスが一度目に戦ったときに話してくれたことが本当ならかなりの広域だと思うよ」

 ヴェインとアベリアが狼から降ろしてもらい、アレウスとノックスを守るように障壁を張る。

「こんなものはお遊びだ。直にこの世界全てを包み込んでみせよう」

「御免(こむ)る」

 頭上から落ちるように振られたガラハの戦斧だったが、一気に後退されてかわされてしまう。四人に意識を向けさせ、ガラハが狼から跳躍することで発射台のようにして飛び込むという先手は凌がれてしまった。


「貴様たち冒険者の考えそうなことはお見通しだ」

「一度死んだ程度で全能感を得たような気になってんじゃねぇよ」

 ノックスは骨の短剣を引き抜き、切っ先を向ける。

「死を(とうと)ぶな。死に価値なんてない。生きていることに価値がある」

「さすがは親を殺した獣人の姫君だ。言うことが違う」

 細剣を構え、赤い鎧が足に力を込める。

「だが、死を飛び越えなければ貴様もまた力を得ることはできなかったはずだ」

 その一言にノックスの気が逸れる。瞬間、赤い鎧は一切動いていないように見えたが周辺の空間一帯に赤い閃撃が縦横無尽に描かれる。


 遅れて空間が引き裂かれたことを理解し、真空が生じて赤い刃が描いた閃撃の通りに駆け抜けてノックスの体が切り刻まれた。


「“癒やしを、一人分(ヒール)”」

 鮮血を飛び散らせるノックスの傷が瞬く間に塞がっていき、意識を取り戻した彼女にアレウスがブラッドポーションを投げ渡し、彼女がそれを飲んで一息つく。

「これだから貴様たちのような魔の叡智に触れた者は嫌いなのだ。私が全てを賭して刻んだ傷を、そんなにも容易く癒やされてはたまったものではない」

 赤い鎧の言葉から魔法が使えないのだと推測する。アイリーンやジェーンのような尖兵とは異なるようだ。

 しかし、そんな言葉に構ってもいられない。話せば話すほど癖を見抜くことができるかもしれないが、相手もまたこちらの特徴を掴んでくる。赤い鎧に関しては極めて短期間での決着が求められる。

 焦りではない。そうしなければ不利になるというだけのことだ。人数差では力の差は決して埋まらない。

「二種類の炎にはもう惑わされない」

 アレウスが間合いを詰めて切り込むも剣戟をかなり危険視しており、単純には突っ込んでこない。それどころか先ほどの無動作での閃撃を行おうと再び構えている。させじとガラハが突っ込み、斧刃に押されて構えを解いて赤い鎧が下がる。

「さっきのは動いていないんじゃなく、俺たちがあの魔物の動きを捉え切れていなかったんだ。俺たちは動作の始まりも動作の終わりも見えていなくて、空間が切れたときに初めてそれを認識した」

 離れたと思いきや一気に間合いを詰めての瞬撃を放ち、ガラハの体を細剣が貫いたかと思われたが一瞬早くヴェインの障壁が間に合い、突き飛ばされるだけに抑える。

「多分だけど、居合いと呼ばれるものだ。刀を扱うガルダの間でだけ伝え聞く技だな」

 細剣による刺突の速度は閃光のように速く、一瞬である。それは彼女の放つ秘剣の数々ではなく、単純な刀の抜刀術の極致に近い。秘剣を用いるカーネリアンですら瞬撃はあっても抜刀術を会得していない。構え始めから構え終わりまでを視認できないことなど決して起こらない。彼女の斬撃は、抜刀は必ず始まりが見えて必ず終わりがある。ただそれが極めて速いだけのこと。


 だが、赤い鎧のそれは一切が見えない。これではまるで――


「私が時間を停止させているように見えるだろう?」

 思考を読まれた。動揺が動きに現れ、赤い鎧の瞬撃を短剣で受け止めるも弾き飛ばされる。

「実際、私は全ての時間が止まっているような感覚を得ている。空間を切ると決めたその僅かな時の間だけ」

 そんな言葉に惑わされたりはしない。体勢を立て直したアレウスとガラハが走り、左右に分かれて斧刃と剣戟を放つ。そこに遅れてノックスが骨の短剣で切りかかり、アベリアの泥の弾丸が奔る。

「私に火属性の魔法を使わないのは正しい判断だ。『原初の劫火』に選ばれた器よ」

 細剣が地面を擦り、着火する。吹き荒れる炎が赤い鎧を守るように生じて剣戟も斧刃も阻み、ノックスを押し飛ばして泥の弾丸は水気が蒸発して命中する前に砕け散る。

「なに……それ」

 アベリアもまたアレウスと同様に赤い鎧が起こした炎に困惑する。貸し与えられた力を用いるアレウスのごとく炎を自在に操り、細剣に収束させて全員の視界から消える。

 気配は消えていない。炎に阻まれたアレウスだったが急いでヴェインの元まで走り、彼に迫る凶刃を防ぐ。

「速さが……私と初めて戦ったときよりも上がっている……?」

「本気を出していたと思うな」

「はっ! 本気だっただろうに!」

 惑わせる言葉は通用しない。多少の言葉など耳にしようが不安にならない程度に、自分の力がアレウスたちを凌駕していると信じられるほどに赤い鎧には力が満ち溢れているのだ。


 己自身が持つ力を把握している。それこそが強さであり、なにを言われようとも揺らがない精神を生み出す。それでも力だけが全てではない。

 しかし、その『力だけが全てではない』という否定を持っている者と、『力こそが全てだ』と信じて疑わない者との間にもし力量という名の差が生まれるとするならば、間違いなく後者が前者を喰らう。


 炎を炎で制することはアベリアにはできない。やれるとするなら貸し与えられた力と短剣の炎を混ぜることのできるアレウスだけだ。異物が混じれば炎は性質を変える。逆に言えば、アベリアの魔力の残滓を与えられたであろう赤い鎧には『原初の劫火』が起こす炎は全て性質が等しいため、打ち消し合うのではなく敵味方の区別なく燃え盛る。その火炎はキングス・ファングとの戦いで起こした『獣王刃』に匹敵するに違いない。それがどんなに危険で無謀なことかを彼女は分かっているからこそ、『継承者』としての力を解放していない。


 近距離での剣戟の打ち合いが続く。こうして間合いを詰めて戦ってさえいれば構えることができず、空間を断ち切る不可視の抜刀術は使えないはずだ。だが、これは常に命の取り合いが続くことを意味する。加勢するノックスにもガラハにも、さながら後ろに目でもあるのかと思うほどの反応速度で振り返り、瞬撃でもって牽制する。特に痛い一撃を浴びたノックスは踏み込むことを躊躇っている。ならばガラハの攻撃は通るのかと言えば、赤い鎧は斧を避けられないときに限ってのみアレウスに密着するのではと思うほどに詰め寄ってくるのだ。これでは斧刃は赤い鎧だけでなくアレウスすらも薙ぎ払う。だから彼は斧を引かざるを得ない。その間に赤い鎧はアレウスへの攻勢を強める。

 これがひたすらに繰り返される。赤い一閃が止め処なく駆け抜け、アレウスの炎刃とノックスの剣戟が踊り舞う。ガラハの一撃を避け、アベリアの泥の弾丸を炎で掻き消す。そして放出される炎の波濤にヴェインが手一杯となっている。


「人間は脆い」

 返事はしない。言葉を交わさず、ひたすらに短剣を振るう。意思表示は弱いところを突かれる。

「人間が強くなる方法はただ一つ。人間を捨てることだ」

「どいつもこいつも」

 だが、さすがのアレウスも我慢できなくなってきた。

「どうしてそんなに人間を捨てたがる? 人間は脆いからこそ生きていることに意味を持つんじゃないのか」

 ある者は異世界の神を目指しており、またある者は獣人による世界征服を目指した。前ギルドマスターは異界獣の尖兵になってでも肉体による束縛からの解放を目指した。

「力を得れば全能感を感じ、全知全能になりたがる……! いい加減にしてくれ! 僕たちは、僕たちのままで、いいや……! 僕たちは世界が平和であればそれだけでいいのに!」

「神に歯向かってまで己の復讐を遂げようとする者には命の価値を語られたくはないな」

 剣戟を弾かれ、刺突がアレウスの肩を突く。

「神に歯向かう?」

「おや、仲間でありながら知らないのか?」

「待、て……」

「待たない。貴様は私の言葉を無視して私の喉を掻き切ったではないか」

 細剣を引き抜いて赤い鎧はアレウスを蹴り飛ばす。

「この人間は異界獣を討ち果たせば世界に混沌の象徴たる魔王が復活することを知っている。異界獣が魔王の一部であることを知っている。それが異界ではなく世界に集ったとき、恐怖の時代が再び訪れることを知っている。知っていながらリオン様を討った」


 終わった。そう思ってアレウスは立ち上がる気力を失う。

 魔王の復活は神への反逆だ。ヴェインが許すはずがない。いや、ヴェインだけではなくガラハやノックスだって復讐のために世界を巻き込むことなどきっと許さない。


「……俺は君が嫌いだ、アレウス」

 ヴェインの冷たい言葉がアレウスに突き刺さる。

「君のそういう、言っても分かってもらえないだろうからと黙っているところが大嫌いだ。あとから君の苦労も君のこともなんにも知らない奴から、君が隠していた事実を聞くハメになる俺の気持ちにもなってほしい」

 立て、と言われてアレウスは項垂れたまま身を起こす。

「なんでもっと早く相談してくれなかった? なんでもっと俺に伝えてくれなかった? 俺は君にとっては仲間ってだけか? 友達でも親友でもないのか?」

「……だって、ヴェインは神への信仰心が厚いし」

「君はさ、俺のことをまだなんにも分かっていないんだな。“癒やしよ、一方より集まり給え”」

 アレウスに回復魔法がかけられ、傷口が縫合されて塞がっていく。

「神と親友のどちらかを選べと言われれば俺は絶対に親友を選ぶ。神への信仰と神への忠義は異なる。神を(おそ)れ敬うことと、神の言うがままに従うことは別の話だ。混沌? 魔王? 復活? まったく、笑えてくるじゃないか」

「ヴェイン?」

「俺は世界を平和にしたいと本気で願っている。そのために魔王すらも討たなければならないと言うのなら、そうしようじゃないか。今度は復活すらさせないように、完全に討伐する。たったそれだけだ。たったそれだけで、全部解決するじゃないか。復活した魔王を討てば神へ反逆したことにはならず、討ち果たすことができれば世界は平和になる。アレウスの復讐も無事に終わる。なんて簡単な話なんだ。そう、簡単な話なんだ。だからアレウス? 君は俺に言うべき言葉があるだろう?」

「…………ごめん、ヴェイン。僕は君を信じる。だから、これからも一緒に戦ってくれ」

「任せてくれ。俺は必ず君と共に世界を平和にすると誓おう」


「なんだ、そのくだらないやり取りは。もっと争え、もっと惑え。もっと震え上がれ。どうしてそのように納得ができる?」


「羨ましいか? 魔物にはないだろう?」

 トンットンッとヴェインは自身の左胸を軽く叩く。

「絆というものが」


「くだらない」

 そう言って放たれる赤い飛刃をノックスが短剣で弾く。

「父上の野望を阻止して、獣人たちを束ね直してくれたのはアレウスだ。そのアレウスを否定なんてできねぇ。それに、魔王の復活が必ずしもアレウスを起因とするとは限らねぇだろ」

「そうだ。個人が行おうとしている復讐が魔王の復活に繋がる一つの要因であっても主要因には決してなりはしない」

 ガラハが赤い鎧の後方から斧を振り抜く。地面をかち割るほどの力が込められていたが、赤い鎧は間際で避けていた。

「そこを違えてはならない。復活する魔王に問題がある。それに、たとえ異界獣を討たずに放置したところでいずれ魔王は復活するんじゃないのか? 異界獣同士で喰らい合って、そのまま異界で静かにしているわけがない。どうせ世界に出てくるのだろう?」

 だったら、とガラハは赤い鎧の細剣を斧で受け流して続ける。

「遅かれ早かれ立ち向かうことになる。ならばオレはアレウスと共にその脅威に立ち向かいたい」


「世界一つ犠牲にしてでも、人間一人の復讐を応援するだと?」

「犠牲にはしないさ。ちゃんと世界も守ってみせる」

「その自信は一体どこから生まれ出てくる?」

「俺自身の使命感から」

「死ぬことを怖れていないのか?」

「死ぬのは怖いさ。けれど、使命感から逃げることはもっと怖い」

「分からない。貴様という人間が、分からない」

 迸る炎が集中してヴェインに襲いかかるが、それらをアベリアが炎の障壁で防ぎ切る。

「お願いがあるの」

「なんだい?」

「私と詠唱を合わせて」

「おやすいごようだ」

 鉄棍が地面を打ち、アベリアが『原初の劫火』の力を解放する。

「アレウス! ずっと使わない方がいいと思っていたけど逆だった! 私を信じて!」

 そう告げてアベリアが踊るようにステップを踏み始める。

「ああ」

 赤い鎧の炎の波濤をノックスの爪が掻き切り、アレウスが詰め寄って剣戟を浴びせる。ガラハと交代して赤い鎧の一撃を受けてもらい、今度は跳躍して頭上から攻めるノックスと一緒に剣戟を放つ。


「“燃えろ、燃えろ、燃えろ。今宵は熱く燃え上がれ”」

 アベリアが言霊を紡ぎながら舞う。

「“とても素敵な夜になりそうね?”」


「“ああ、今日の華麗なステップには猫も驚いて足を止めるだろうさ”」

 ヴェインがアベリアの彼女の舞を手助けしつつ、詠唱を一部肩代わりする。


「炎が、集まっている……?」

 戸惑う赤い鎧をノックスとガラハが引き止めている間にアレウスが下がり、ヴェインが手放したアベリアの手を取る。

「“このまま見惚れさせて、今宵は熱に酔わせてしまいましょう”」

 引き寄せ、見つめ合い、そして離す。


「「“情熱なる(カリエンテ・)炎の円舞(ワルツ)”」」

 アレウスとアベリアが『精霊の戯曲』の名を呼び、引き止めていた二人が下がる。アベリアが最後のステップを踏み終えると、彼女を中心として火炎が――赤い鎧が起こす炎の波濤よりも更に温度の高い灼熱が放たれる。

 精霊の戯曲は魔物の思考の外にある。魔物は魔の叡智は知っていても精霊にまで意識が向いていない。だからこそ、知らない力が集い、放出されることに対処ができない。むしろ考えすぎて肉体の挙動まで停止させた。


「私に炎が通じるものか!」

 灼熱を浴びながらも赤い鎧は自身の内部へと炎を吸収していく。

「“疾走させよ(アドバンス)”」

 しかし灼熱の炎はヴェインの唱えた風魔法の補助により更に燃え盛り、おおよそ吸収する速度を越えた速度で燃焼が加速する。

「アベリアさんと合わせたのはここまでだ。さぁ、どうなるか……!」


「無駄だ無駄だ無駄だ!! 私はこの身に炎を宿している! こんなものをどれだけ受けようとも私には通用など、っ!」

 赤い鎧の一部が砕ける。

「馬鹿、な……! いや、そうか…………! こんな、ことが!」

 見つめる手甲が、腕甲が、鎧が、どれもこれもが火を噴いて激しく燃え盛る。それらを燃やしているのは鎧の内部――赤い鎧の中身だ。

「止まれ止まれ止まれ止まれ! いや、止めてはならない、放出を、放出を、しなければ……私は!」

「できない」

 アレウスは言い切る。

「お前はアベリアの魔力の残滓を与えられた尖兵だ。残滓は力の源からの供給を止められない。そしてお前の放出はヴェインの魔法が乗っている以上、供給速度を越えられない」


 赤い鎧は終末個体になるのを防ぐ方法を知っている。それが蓄積された魔力を自身の意思で放出する方法だ。しかしこれは根本的な原因たる魔力の器が壊れる部分の解決にはなっていない。即ち、魔力を吸収し続けてしまえば赤い鎧が持ち合わせている魔力の器は直に限界を迎えるのだ。それこそ終末個体の最期のように――。

「人間は脆いか? 溢れた魔力を自然と発散できる人間の魔力の器は、人間じゃないお前には無いのに」


「燃えろ! 燃えろ燃えろ燃えろぉおおお!」

 激しく放たれる炎の渦をガラハがアレウスを陰に隠すようにして受ける。

「ワタシの魔力を全部乗っけてやる。だから兄上、飛び切りデカい蛇を頼む!」

 骨の短剣に自身の血を与え、それをノックスがガラハより前方の地面に突き刺さるように投擲する。

「“芥の骨より出でよ! 地を奔れ、蛇骨”!」

 周囲の土と岩を取り込み、彼女が注ぎ込んだ莫大な魔力で繋ぎ合わされた大蛇を越える大蛇はその身を折り重ねて岩石の強固な壁となる。その陰に全員が入ることで精霊の戯曲による炎は赤い鎧には届き、赤い鎧の炎は全員には届かない状況を作り出す。

「身が、私の身が、燃え尽きていく……!」

 根比(こんくら)べでもなんでもない。アベリアは『原初の劫火』の器で、赤い鎧は残滓を与えられただけの器。赤い鎧よりも先に彼女の魔力が尽きることはない。


 やがて絶叫が木霊し、一際強い爆発が生じる。アベリアは精霊の戯曲を解き、ヴェインもまた風魔法を解く。辺り一面を焼き払った炎は消えて、燻る煙の中で魔物が立ったまま炭化し切っていた。


「倒した、か?」


「ま……マ、だ、ダ、ァ」

 炭化して身を動かすことさえできない魔物の口から声が聞こえる。これでまだ生きていることにただただアレウスは驚く。

「ま、だ、わた、私、は、あ」


「爆発はこっちの方であったぞ!」「ぜってぇに討ち取ってやる」「担当者を狙いやがって、許さねぇ!」「どこまでもどこまでも追いかけてやるからなぁ!!」

 ジョージの岩石の馬に跨った冒険者たちが続々と集まってくる。


「勝てるか?」

 炭化している魔物にアレウスは訊ねる。

「当たり前だが、僕たちはお前が逃げても追い続ける。お前を倒すまで」

「ぁ……あ、ア」

 手甲が剥げ落ちた魔物の指先は崩れ、それを皮切りに炭化した肉体は崩壊を始める。

「ヴァるゴ、さ……ぁ、あ」

 自重に耐え切れず、遂には炭化した魔物はその身全てが崩れ去った。

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