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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第1章 -冒険者たち-】
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海底洞窟

 二界層は同じように水中であったが、なだらかな岩場が見えた。その岩の坂を登って行くと、三人は水面から顔を出すことになった。ヴェインが魔法を解いてから、ゆっくりと這い上がる。


「海底に、洞窟?」

 アベリアは水に濡れた髪を絞りながら、呟く。

「海中洞窟だろ。地盤の変化で出来た亀裂に酸素が入り込むと、空気溜まりが出来る……けど、もう半分、地底湖みたいになっているな。どちらにせよ、この先に道は無いみたいだが」


 洞窟として先に進めるわけではなく、あくまでも海中に通路が出来ている。休憩場所としては良いのだが、進めないという点においては運が悪いとも言える。

「三界層の構造を考えるなら、ここも気泡のような人種を生かす場所と考えても良さそうかい?」

「違う仕組みを作っても手間だろうからな。でも、息苦しくなった時は魔法を頼む」

「ああ、任せてくれ」


 そう言ってからアレウスは右足からの鈍痛に顔を歪ませる。逃げ込む際にサハギンかキックルのどちらからかに切り裂かれてしまったらしい。思った以上に傷は深いが、ポーションを小瓶二本飲んで縫合を行う。それから一応、持ち込んでいたブラッドポーションを嫌々ながらも飲み干す。小瓶一本分でも、舌の上で血の味が踊る。

 しかし、水の中での怪我は血が固まって傷口を塞いではくれないため、小さなものでも失血死を招く。どのタイミングで切り裂かれたかも分からず、どれくらい血を流したか分からないのだからブラッドポーションで血の生成を促進してもらうのは必要不可欠である。


 一先ずの休息は出来そうだった。行き止まりということは追い詰められればそれまでだが、サハギンとキックルが飛び出しても、ここならばアベリアの魔法も有効になる。


「ここに堕ちてから碌になにも食べてないだろ。水を吸っても問題無さそうな物を選んでおいた」

「けれど、海水を吸ったとなると問題がありそうだよ。塩分を摂り過ぎると、体から水が抜けるんじゃないかい?」

「浸透圧は……どうだったかな。ヒューマンにも働くんだっけか」

「喉が渇いた時に海水を飲んじゃ駄目だっていうのは、港町紀行に載ってた」

「お前、ホントなんでも読んでいるんだな」

「アレウスみたいに冒険譚ばかり読むと頭が疲れるから」

 疲れると言いながら、アレウスが読んだら目を回して倒れてしまいそうな魔法の本をスラスラと読むのだ。読書するにしても、アレウスとアベリアでは好きなジャンルや得意な文体に違いがあるらしい。考えてみれば、同じ本を読んでも読んでいる側の受け取り方は様々なのだから当然と言えば当然である。


「飲み水は確保出来ているが……怪しいな。ちょっと飲んでみるか」

 革袋の栓を抜いて、アレウスは舌の上で水を転がす。しばらくして、それを地面に向かってペッと吐き出した。

「海水が僅かだが染み込んでいるな。飲めないことも無いが、安全な塩分濃度なのかは僕には分からない」

 言いつつアレウスは鞄に入っていた全ての食料と果実を地面に並べる。


「蜜柑があるのはありがたいね。柑橘系の果物は塩気には強い。俺の村でも何人かが栽培してくれていたはずだよ」

 ヴェインは蜜柑の皮を剥き、中身を一つ取り分けるとそれを口に放り込む。

「うん、美味しい。果実は水気もあるからね。喉の渇きもこれでどうにかなりそうだ」

「にしても飲み水が確保したいところだ。これじゃスープも作れやしない」

 干し芋や干し肉は海水を吸って元に戻っている。これでは保存食としての機能をほとんど失っているため、早めに調理して、食べられなくなる前に食べて糧にしておきたい。


「真水って、確か海水からも作れたと思う。物凄く時間が掛かるけど」

「どうやって?」

「海水を底の深い鍋で焚くと、塩と水蒸気に分離されるの。その水蒸気をどうにかして溜めたら、それは真水に近くなる」


「蒸留水か。鍋の中にコップを入れるとして……蓋は汚れの少ない布が望ましい。水で濡らさなきゃ焦げ付いて燃え出してしまう」

 鍋もコップも荷物の中にはあるのだが、問題は布の全てが海水に浸されてしまっているところだ。蓋を鉄製にすれば、金属の臭いが付いてしまう。

「なにか……そうだ、アベリア。聖水があっただろ?」

「あるけど」

「ここじゃ魔物を切ったあとにわざわざ浄化しなくて良い。全部、水の中に流れて行ってしまうからな。だったら聖水で布を浸して、絞って、また浸してを繰り返して塩分濃度を下げる」


「え、あ、いや……聖水は、その」


「極限状態だぞ」

「いや……だから、その……分かった」

 どうしてここまで困った顔をされたのか。アレウスもヴェインも分からない。神官のみが生成することが出来る聖水だが、アベリアはロジックを開けるように神官の素養が教会に属してもいないのにある。それを言うならアレウスもなのだが、聖水には魔力が僅かだが混じらなければならないため、魔の素養がないアレウスにはどう頑張っても生成が不可能なのだ。


 ちなみに、一体どうやって生成しているかは知らない。アベリアに訊いても教えてはくれなかったのだ。


 聖水の入った小瓶を全てアベリアは取り出し、それを鍋に注いで、まだ一度も使っていない新品同然の布を絞ってから浸し、絞り、浸し、絞りを繰り返す。これでどうにか布の塩気が抜けたと思うしかない。

「聖水を蒸留させるのは駄目だから」

「……そこまで嫌そうな顔をされるなら仕方無いけど、なにがそんなに嫌なんだ?」

「嫌なものは嫌なの」


 謎は深まるばかりである。アベリアはこっそり聖水を利用されないように自ら、鍋に入った聖水を地面に流し、海水を汲んで戻って来る。

 岩場から石ころを幾つか広い、それを革袋の水で軽く洗ったあと、鍋の中心に並べ、大きなコップの中にも幾つか入れて鍋に底に固定する。見つけた枯れ枝で組んだところに布を引っ掛け、鍋の蓋代わりにする。そして蓋になっている布の中央に石ころを置いて、布をその重みで(くぼ)ませる。

「“火”」

 枯れ枝に魔法の火を着火させる。


「こういった洞窟の中に枝が転がっているのは不思議だね」

「不思議でもなんでもない。以前にここに行き着いた誰かが持ち込んでいただけだ。水気を帯びてしまって着火出来なかった物がずっとここに残され続けて、乾いたんだ」


「……そうか、堕ちたのは俺たちだけじゃないってことか。いつかの誰かも同じように……もしかしたらそれは、俺の村出身の……五人の内の誰かだったのかも知れない」

 火が起きたことで安堵はしたが、同時にヴェインは嫌なことも思い出して気落ちした。

「五人については、仕方が無いと割り切るしかない。けれど、お前は仕方無いでは割り切れない。まだ生きているんだ。生きているなら、五人分の命に感謝して生き続けなきゃならない」


「アレウスならそう言うと思ったよ。でもね、人はそう簡単には切り替えられない。時間が欲しい。励まされたり慰められたりしても、気持ちの整理は自分との戦いなんだ。それらの言葉をちゃんと真っ直ぐ、そのまま呑み込んで、自分の中で『そうだ』と言い切るための消化ばかりは、誰にだって任せられはしない」


「そうだな。運は悪いが、時間はある。時間があると言うことは」

「俺は立ち直れる。だろ?」


 最後まで言い切る必要は無かったらしい。アレウスはそれ以上、ヴェインになにかを投げ掛けることをやめた。

 海水の蒸留をアベリアに任せ、別の鍋で芋と肉の塩抜きを始める。自身とアベリアの革袋に入っていた僅かに塩気を帯びてしまった飲み水を全て使い、そこに芋と肉を浸す。干し芋も干し肉もどちらも塩によって水気を抜き、更に感想させることで成立している。それが水で戻された場合は普通に焼いても塩辛いままである。いつでも水を飲める場であればまだしも、この場でその塩辛さは致命的である。ならば、塩抜きを行えば良い。


 塩分は飽和しようと水の中で動く。多いところから少ないところへと抜ける。塩気を帯びた飲み水が誘引し、芋と肉から塩分が適度に抜けて行くはずだ。残った野菜は塩気を帯びた皮から出来るだけ遠い、芯の部分を使えばどうにかなるだろう。


 時間は流れる。焚き火の音だけが静かに流れ、三人は一切の言葉を交わさずに各々が今、出来ることをやる。


 アレウスは蒸留水の生成をアベリアから引き継いだ。

 彼女はマジックポーションを飲んで魔力を回復。

 ヴェインはアベリアから受け取ったマジックポーションを飲みつつ、気持ちの整理。


 一見してアレウスばかりが雑用をしているように見えるが、魔力の回復はポーションを飲めば傷を縫合出来るというようにすぐに表面化するものではない。精神統一をして、周囲に漂う魔力を吸収する。邪念が入ったり、煩悩に惑わされると効率が落ちる。また、その間に過度な運動は控えなければならない。マジックポーションはあくまでも漂う魔力を体に吸収しやすくなるだけだ。


 もし、その手の物を求めるのなら、アベリアやヴェインが自分自身の魔力を宿した魔力の水をマジックポーションに混ぜなければならない。他人の魔力は駄目でも、自分自身の魔力を外に保存する。これならば飲めば即座の回復が見込める。だが、ヴェインはともかくとしてアベリアには調合の技能が無いので、結局は店売りのままで頼らざるを得ない。


 それでもアベリアはともかく、精神統一に現状、難があるヴェインの回復速度は恐らくそれほど芳しくはないだろう。それでも、ここで精神を掻き乱すようなことを言ってしまっては更に効率が悪くなってしまう。だから今のアレウスに出来ることは二人の回復の邪魔にならないように雑用をこなすことだけなだ。


「読んだだけの知識でもなんとかなるものなんだな」

 更に時間は流れ、コップから蒸留水を取り分けること五度。ようやく調理できる量になった。懐中時計で時間を調べようとしたが、頑丈さだけが取り柄のはずのこれも水に浸かって使い物にならなくなってしまっている。

「途方も無い時間が過ぎた、ってことだけは分かるんだがな」


 鍋の海水全てを蒸留水に変えるのは、とても難しい。まず燃料が足りない。アベリアの魔法の炎は着火のために使ってもらっただけであって、持続していたのは薪があったからだ。なので、薪が尽きれば当然ながら蒸留は不可能になる。実際、鍋が空っぽになる前に薪が無くなった。薪は残しているが、これは調理するためのものだ。

 鍋には塩がこびり付いていて、現状、この鍋を使うよりは塩抜きに使った鍋を用いた方が良さそうだ。二つ別々に持ち運んでいて正解だったと言えば正解なのだが、かと言って今後も予備を持ち運ぶかと言えばまた別の話である。


 蒸留水を余すことなく使い切り、更には野菜の芯を使って肉と芋と野菜のスープを仕上げた。

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