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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第13章 -只、人で在れ-】
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成った者と成れなかった物

 アレウスは仲間とオラセオたちと合流すると、統制の取れていない亜人たちを討伐しつつ後退してもう一方の城門へと少しずつ移動した。裏に回るといった姑息な手段を取る亜人は減り、どこかこちらに怯えている様子もあって追撃の手は緩やかだった。射手が城壁の上を移動しながら狙撃を続けていた恩恵も大きく、僧侶の回復魔法を使い果たす頃にはパザルネモレに突入した全てのパーティと合流を果たした。索敵の亜人を倒したことは各自の担当者から連絡がされていたらしく、後ろからやってくるアレウスたちを手厚く迎え、追撃にくる亜人へ容赦ない反撃が行われた。

 そこからの勢いはもう統率を失った亜人たちには止める手立てはなく、アレウスたちも含めた冒険者たちは一塊となって第三城門まで一気に駆け抜け、ただひたすらに戦い続けた。

 そうして亜人を掃討し終えて、遠くへ逃げてしまった亜人は外で待機している冒険者に任せて第三城門前まで到達する。

「俺たちはここまでだな」

 城門の閂を開きに行っている冒険者を眺めながらオラセオが呟く。

「攻撃魔法はまだあっても、回復魔法が尽きている。もし城内にまで亜人が蔓延っていたら俺たちは死にに行くだけだ」

「ウチはまだやれるって。補助魔法だって、」

「いいや、駄目だ。回復を他のパーティに頼むのは負担が大きすぎる。補助魔法だけで立ち回るにしたって危険は伴う。ポーションで乗り切ろうとも考えたが、さっきまでの戦いでも分かるように飲む暇が全くない。数の暴力がこれほどとはな」

「ゴブリンやガルム、コボルトならここまで飲めないこともねぇよな。あいつらはどこかで逃げられるようにしている。なのに亜人は考えなしに突っ込んで、倒すまで猛攻が続く。俺はリーダーの言う通りにするぜ?」

 オラセオの意見に戦士は理解を示す。

「矢も心許ない。俺たちは下がろう」

「……オラセオの回復魔法がまだあるじゃん」

「戦士に転職してから効力が落ちたのは知っているだろ? 俺だけじゃ手が回らないし、前を張っている最中に詠唱する余裕もないしな」

「まぁまぁ。後方に下がって補給を終えてからまた出向くこともできます。外に逃げたかもしれない亜人の掃討を手伝うことだってできますよ」

「……分かった」

「死なないこと。俺たちはとにかくそれを重視してきただろう? それでも何度か死んだこともあったが……それでもその基礎を(おろそ)かにはしたくない」

 自らが目標と掲げる大業(たいぎょう)よりも目下(もっか)のところにある現実を見る。依頼を受けていく内に力を付け、薄れてしまう初心を忘れていないところにアレウスも学ばなければならない。

「それじゃ、アレウス君。あとでまた語り合おう。今度は酒や肉を片手に」

「……あなたみたいな冒険者もいることを知れてよかったです。正直、僕は僕自身の力にやはり自惚れていたところがあるみたいで、どこかで自分たちのパーティの方が優れていると勝手に決め付けてしまっていました。けれど、そうじゃない。パーティにはそれぞれ特色がある。比べることのできない差異があって、決してそこに優劣を付けてはいけないのだと反省しました」

「いいや、君たちは俺たちよりも優れているのは事実だ。自信を持つことは悪くない。でも、自信のせいで、」

(おご)ってはいけない」

「なんだ、分かっているじゃないか。失敬した」

 オラセオが続けるであろう言葉をアレウスが発したのを見て、彼は凄く満足げに言う。

 その後、戦士や僧侶、魔法使いともアレウスたちは一言二言の挨拶を交わして、彼らがパザルネモレから一時撤退するのを見送った。


 第三城門が開かれる。橋が架けられており、その奥に城が見える。その城の扉も閉じられていて、破壊されているようには見えない。

 この橋は第三城門を越えられた際の最後の砦とも言うべき地点である。橋の下は不用意に落下すれば重傷を負う程度の高さの崖となっている。しかしこれは人工的に掘られたものであって城の後ろの天然の崖とは異なる。橋を渡ることを強制するために城周りを掘るのはよくあることで、場合によってはそこに川から水を引くこともある。これだけで敵の侵攻を遅らせることができる。


 橋は馬車同士が擦れ違ってもまだ余裕がある程度には横幅がある。冒険者たちが我先にと進んで崖に落ちるようなことはないだろう。そのため多くのパーティは支度を済ませて、橋を渡り始めた。


『城の後ろの崖に待機していた冒険者たちに登攀の許可を出しました。これで前後から挟んでの亜人討伐、或いは救出が可能となります』

「分かりました」

 リスティの念話に相槌を打ちつつ、前方の冒険者たちがそうであるようにアレウスたちも細心の注意を払って橋を渡る。


 最前列のパーティが突如、悲鳴を上げた。誰もが亜人の襲撃だと思い、身構えるがその後の混乱にも似た戦闘は始まらない。アレウスの感知にも魔物の気配は引っ掛からない。ノックスも同様のようで首を横に振った。

 冒険者が橋の真ん中ではなく左右を歩き始めた。おかげでアレウスたちもなにがあったのかを見ることができたのだが、橋の中央に大量の亜人の死骸が積み上げられている。それこそ人間の死体の山の如く。

「これは……」

 さすがのガラハも声を上げる。

 死骸の山は第三城門と城との中間にあり、不自然極まりない。わざわざ運ばなければこんなところに積み上がることはないだろう。

「あまり見たいものではないな」

 魔物の死骸であるのに、人間の死体のようにも見える。だからこそ悲鳴が上がったのだろう。一瞬であれ、この死骸の山はパザルネモレの救出を待っていたのかもしれない人々の死体に見えてしまう。

「でもこんなところに一体誰が」

 まさかジョージがやったのかとアレウスは思って言葉を紡ぐのを止めた。ただ、あの男は亜人を蹴散らすことぐらいワケないだろうがこんな悪趣味なことはしない。


「怯んで最後の進軍を中断してくれるかと思いきや、なかなかどうして豪胆な連中だ」

 どこからか声がする。その声の主をアレウスは一度聞いている。しかし、どこにいるのかまでは分からない。


 上だ、と冒険者が叫んだ。その一言で全ての冒険者が死骸の山から距離を取るように動く。その判断は正しかったようで、死骸の山の頂上に赤い鎧を纏った魔物が降り立った。

 一体どこから降りてきたのか。そこまでは分からない。なぜなら、目視など不可能なほどに速かった。それこそ気配感知ですら追い付けないほどの速度があった。

「この城下町にいた冒険者連中はどいつもこいつも軟弱だったせいで、これが全ての冒険者の基準なのかと思ってしまったことが私が見誤ってしまった要因のようだ」

 細剣を抜いて、切っ先を天に掲げて逆手に持ち直して死骸の山に突き立てる。

「朽ちて消え去る前に、その残滓を私に寄越せ」

「魔力の流れ」

 アベリアが呟き、アレウスが細剣を凝視する。どうやら死骸の山から細剣を経由して赤い鎧が魔力を吸収している。まだ倒されて間もないため少量ではあっても魔力の残滓がある。それを吸い上げた細剣は言いようのないほどに赤く発光し、魔力を吸い上げられた死骸は干からびて、山と呼べるほどのそれはもはや形すら保ってはいなかった。


「マズい!」「避けろ!」


 危険を察知した冒険者は叫び、そしてその声に呼応して一斉に伏せる。赤い鎧がその場で回転しながら細剣で空を薙いだ。灼熱にも見える赤い一筋の剣戟が横一線に頭上を駆け抜けた。

「ほう? これも避けるか。それも全員が避ける。目に見えておらずとも、長年の感覚で避けているのか」

 細剣は尚も赤く発光し、再び切っ先が――今度は橋に向く。

「ならば橋を壊してしまうのが最短か」

 そう言った頃には細剣が橋に突き立てられた。

「……と、思ったのだがなかなかどうして頑丈に出来ている。いや、私の力がこの地に拒まれているせいなのか」

 ハッタリだった、とは思えない。赤い鎧は橋を破壊しようとしたことは事実だ。しかしながら、橋はビクともせず崩れる気配がない。それを見て冒険者たちは戦いを選ばずに城へと脇目も振らずに走り出す。

「強者には挑まない。これもまた強者であるがゆえの判断だ。未熟者は力量すら分からずに挑んで死ぬ。ここにいた冒険者は少なからずそうだった」

 赤い鎧――その兜の正面がアレウスたちに向く。

「貴様たちは強者でありながらやはり戦いを選ぶか?」

「戦いは避けるべきだ」

「ああ、分かっている」

 ヴェインに言われずともアレウスだってこの赤い鎧と戦おうとは考えていない。しかし、戦う意欲を見せることで他の冒険者への興味を損なわせた。これで自分たち以外にこの魔物の被害が及ぶことはない。あとは城へと向かわず一目散に逃げる。アレウスたちを追っている間に、城に到着した冒険者は扉を閉める。それでほぼ全ての安全が約束される。

「とはいえ」

「その顔、どうやら気付いているようだな」

 興味を損なったというよりは、元から興味がなかっただけだろう。ああやって脅して、わざわざ城へとアレウスたち以外を向かわせた。そもそも赤い鎧はアレウスたちが死骸の山を見えるところまで現れなかった。接近したのを察知して、或いは確認して現れた。

「ガラハ、ノックス! アベリアとヴェインを頼む!」

 短剣を抜く。

「こいつは僕狙いだ!」


「正確には『種火』狙いだがな。『原初の劫火』が選んだ器をどうこうするつもりはない。『原初の劫火』が選んでもいない不快な『種火』を消すだけだ」

 前に出たガラハとノックスの隙間を駆け抜けて、音速すら越えていそうな速度でアレウスに接近した赤い鎧がアレウスの首を掴んでくる。速すぎて状況を確認することもできないまま、崖の下へと放り投げられる。しかし、辛うじて受け身は取れた。橋の下に降りてきた赤い鎧は細剣に魔力を込めて、赤い輝きを宿す。

「「アレウス!」」

「来るな!」

 アベリアとノックスが今にも橋から降りそうだったため声で制止させる。

「不要だ。貴様との戦いに横槍も余計な邪魔立てもさせはしない」

 細剣が地面に突き立てられ、発せられた赤い光が辺り一帯を包み込み、アレウスは気付けば夕焼けにも似た赤い空の下に立っていた。

「これは、空間を断絶されたか?」

 この空間をアレウスは知っている。ルーファスの魔剣が起こした転移前の空間だ。あれは一切の侵入を禁じる黒と暗がりの領域だった。それとはまた違って、この空間はひたすらに赤が目立つ。目を刺激するほどの強烈な赤色ではないが、真っ当な空間ではないことだけは確かだ。

「赤。果てしなき赤。爛々と、煌々と、命の輝きは鮮血となって飛び、生き血が大地に満ちる。炎のように熱き血潮は、血飛沫となって雨の如く降り注ぐ」

 赤い鎧が細剣を地面から引き抜き、切っ先をアレウスに向ける。

「告げる、戦争を告げる。人間よ、醜く争え。我が手に宿りし力が完全なる形となるまで果てしなく」

 細剣に血が纏わり付き、剣身の幅が増す。オラセオのパーティにいた戦士が握っていた両手剣よりも重量感を伴った大剣に変貌する。

「速さは勝っている。であれば、あとは威力。本来の剣で貴様を断つ」

 その大剣を片手で難なく振り上げ、尋常ではない速度でアレウスの間際へと迫る。移動は速いが、剣戟には多少の遅さがある。それだけが唯一の救いで、アレウスはどうにか赤い鎧の初撃を避けることができた。

「避けるか」

 踏み込みが強い。なにより足運びにも速度がある。避けて距離を取ったつもりでも、気付けば目の前に赤い鎧がいる。大剣とまともには短剣では切り合えない。鍔迫り合いも現実的ではない。だったら回避に徹するしかないのだが、その回避の回数がほぼピッタリと張り付かれているせいで増えてしまう。それは同時に命を奪う一撃を避ける回数が増えることに繋がる。

 この赤い鎧の動きには隙がある。反撃に出る機会はある。だが、赤い鎧が俊敏に身を動かすせいでその機会の消失がとてつもなく速い。

 なにより瞬間移動でもしているのかと思うほどの勢いがある。一体どうすればその速度を得られるのか。一切合切が分からない未知の速度にただただ圧倒される。

「剣を避ける技術だけは一人前のようだな」

 大剣が赤く発光する。


 クリュプトン・ロゼの『赤衣』を彷彿とさせるほどの煌々とした輝きが剣戟に乗って放たれる。これは細剣の際に放たれた飛刃のようだ。しかし、ガラハやアレウスが放つ飛刃とは異なって、その一振りで肉体を断ち切るだけの威力がある。


「でも、『衣』とは違う。魔力の色が赤いだけなのか?」

 呟いている最中に赤い鎧がアレウスとの間合いを詰め切る。大剣を振り切られる前に離れ、振り終えたのちに再度接近してアレウスは剣戟を放つ。

 剣戟を赤い鎧は避けるのではなく大剣を縦に切り上げることで対処し、そのあまりの力にアレウスは短剣を手放してしまう。

 受け切るのは危うかった。無理をすれば“曰く付き”であっても剣身が砕け散りそうな、そんな悪いイメージがあった。

「その手に武器を握らず、どうやって私を倒す?」

 大剣はこちらの位置を先読みしたかのように的確に振り抜かれるが、(きわ)で避けることで凌ぐ。赤い鎧に思考があるのなら、この読み合いはアレウスの得意とするところだ。頭脳戦、思考戦と捉えれば、剣戟が次に向かう先は予測ができる。

 ただし、この思考の果ての予測であっても避けるのはギリギリで剣戟は常に間際を駆ける。あと一歩踏み出せば、あと一歩下がれば、剣戟を身に浴びて死ぬ。どんなに思考を研ぎ澄ましても余裕のある予測ができない。アレウスが得るべき余裕を赤い鎧が速さで埋めてくるのだ。

「来い!」

 手放した短剣へと命令する。“曰く付き”は言葉に反応し、アレウスの手元に戻ってくる。

「ようやく使ったか。いや、使いたくはなかったが渋々か?」

「どっちだっていいだろ」

「……ああ、どっちだっていい。だが、私から言わせてもらうと」

 大剣に纏わり付いていた固着した血液が砕け散り、細剣に戻る。

「貴様は最初からその力を頼るべきだった」


 前方に視認していたはずの赤い鎧は言葉を紡ぎ終えるときには後ろに立っており、声も前方から後方に移っていた。明らかな違和感があるというのに、背後を取られるまでその違和感に気付くことはなかった。

 アレウスはすぐさまに翻り、足元に短剣から圧縮した炎を放つ。その爆炎でアレウスは赤い鎧ではなく自分自身を吹き飛ばして、無理やりこの危機を乗り切りながら体勢を立て直す。周囲一帯に炎を放ち、短剣には炎を宿らせる。

「無駄だ、貴様には私を捉えることは不可能だ」

 立っているところから構えて、アレウスのところまで一直線にではなく空間に取り込んだ崖の岩肌や掘削してそのまま放置されていた大岩を利用した多元的な疾走で接近を許す。

「なんなんだ、一体!」

 声を張り上げながら目の前に立つ赤い鎧へと炎刃を放つ。刺突はアレウスまでは届かない。間合いを読み間違えたのではなく、火炎を真正面から受けることを避けた。別にアレウスは狙ってはいない。がむしゃらに放っただけで、勝手に赤い鎧が引き下がっただけだ。

 偶然で退けたのでは、必然性がない。次にあの光線のような――光の屈折の如き入射角と反射角を応用したような多元的な疾走を行われれば次は間違いなく細剣に貫かれる。

「少々、興奮しすぎた」

 赤い鎧はそう呟く。見ればその鎧の一部にひび割れ、一部が欠けて砕けると魔力となって消失する。

「…………魔力を蓄積しすぎたな? 肉体が限界を迎えている」

 これだけの魔力を放っても肉体が悲鳴を上げているのだ。終末個体のピジョンは暴力的なまでに強かったが、それでも蓄えた魔力に肉体が耐え切れずに死んだ。

「だから?」

「僕が凌げば、お前は勝手に死ぬ」

 亜人の終末個体であるのなら、赤い鎧はこのまま自滅していく。

「く、くくくく…………ふははははははっ!!」

 兜によってくぐもった笑い声が響く。

「終末個体。そのように私を推測したか?」

「お前は会話を行えても魔物だろう?」

「だから?」

「耐える戦いに切り替えれば、僕には勝機がある」

「……貴様は履き違えている。私という存在を終末個体のような失敗作と捉えるのは間違いだ」

 細剣が地面を擦る。

「蓄積によって肉体は既に限界を迎えており、どれだけの魔力をそのときに放出しても肉体が勝手に自壊する。終末個体は肥えに肥えた魔物の行き着く果てだ。しかし、たとえば……そう、たとえば」

 擦った細剣の先端から火花が散り、その剣身に炎が宿る。

「肉体が限界を迎えるよりも前に放出を行い、自らが蓄えられる魔力を常々に一定に維持し続けることができるとすれば?」

「……そんな魔物は、」

「存在しない!」

 強く強く赤い鎧が叫ぶ。

「そう言いたいのだろう?」

 炎が赤い鎧を包み込み、砕け散った鎧の一部を修復する。

「まさか……」

「学んだのだよ、私は。本能的に私は魔力を喰うことに生き様の全てを費やす。だが、こうして適度に魔力を放出していれば肉体の維持が可能なのだと。喰った残滓が、私に知恵を授けてくれた」

 アレウスは貸し与えられた力を着火させることで魔力の炎を得ているのだが、赤い鎧は自らの魔力を燃料として炎を起こす。つまり、この魔物は本質的にアレウスと同じことをしている。


 残滓を喰ったと言った。この魔物がヴァルゴの異界に関わるとすれば、その残滓とは――


「アベリアの魔力か」

 あのとき、まだアベリアはアーティファクトを使役できてはいなかった。だがヴァルゴだけは彼女が魔法を使ったあとに残す泥と花の残滓を見て『原初の劫火』と叫んだ。叫び、それを喰ったように見えた。


 だが、喰ったのではない。ヴァルゴはあのとき異界を捨てて逃げたが、残滓をその身に収納して持ち帰ったのだ。

 そしてその残滓を、この赤い鎧となる前の亜人か、はたまた別の魔物に与えた。


「記憶力は良いようだな。そうだ、私は貴様の成り損ないだ」

 赤い鎧の炎がアレウスの体に熱を伝えてくる。貸し与えられた力を使っていながら、魔力の炎が発する熱を感じるのは久方振りである。

「だが、成り損ないは決して出来損ないではない。成れなかっただけで、成った者に敵わないわけではない。現に今、私は貴様を圧倒している」

 “曰く付き”に頼っても彼我の差は埋まっていない。むしろこの状況は差が開いたとも受け取れる。そしてあの動きに『原初の劫火』にも似た炎の力が加わればもはやアレウスには打つ手がない。終末個体のように自壊しないのであれば耐え凌ぐことは逆に不利を招く。


 だから、アレウスは全身の炎を短剣に集約する。


「力量の差、魔力の差、それらを埋めるためにただその一撃に全てを懸けるか」

 赤い鎧は細剣に炎を集約させる。

「少しばかり考えを改めよう。不愉快な『種火』ではなかった。値する『種火』ではあるが、それでも貴様には不釣り合いな力だ。力尽くで返してもらおう」

 アレウスと赤い鎧の炎が同時に爆ぜ、そして互いに一直線に走る。


 炎と炎の衝突。迸る膨大な魔力。そして空間すら破壊しそうなほどの爆発の連続が続き、全ての炎が雲散霧消する。


「馬鹿な……」

 赤い鎧が呟く。

「貴様の炎に、私は勝っていたはず」

 鎧の一部が欠け、兜がボロボロと崩れる。

「勘違いしてくれて助かった」

 アレウスは自身が負った火傷と切り傷を炎で癒やす。

「なに……?」

「僕には二つ炎がある。一つは“曰く付き”、もう一つが『種火』の力」

 アレウスは短剣を赤い鎧へと見せつける。

「使って、いなかった……だと」

「お前が『種火』だと思った炎の全ては“曰く付き”。そして、お前と激突するその瞬間に『種火』の力を着火させた」

 魔物である以上、魔力を測り間違えることはきっとない。だったら、使っていた力を偽装する。“曰く付き”の炎を貸し与えられた力と誤認させた状態で戦い、相手が真正面からの激突を受けるその瞬間まで秘匿した。そして激突する瞬間、貸し与えられた力も載せて全力で身を、剣を振り抜いたのだ。

「僕の構えを無視するべきだった。お前が僕の目では追い切れない速度で走り、切りかかってきたなら僕に勝ち目はなかった」

 だが、赤い鎧の急所を突いたわけではない。あくまで鎧を砕くまでに至っただけだ。それでも赤い鎧はうずくまり、その場から動けなくなっている。

「ああ……あぁ、その悪知恵が妬ましい」

「悪知恵が働くのは魔物の方だろ」

 砕けた兜が落ちて、赤い鎧の素顔が晒される。


 女――ではない。魔物には雌雄が存在しないのだから女の見た目をしているだけだ。ヴァルゴは『乙女座』を意味するのだから、その尖兵は女性のような出で立ちになるのかもしれない。


「ヴァルゴはどこにいる?」

「それを教えれば貴様たちはヴァルゴ様を殺しに行く」

「当たり前だ」

「世界が滅びの道を歩むとしてもか?」

 この尖兵はヴァルゴが魔王の一部から生じていることを知っているようだ。

「ああ」

「ふ、ふふふふ……ふははははははっ!! だから人間は面白い」

 アレウスの接近に対して赤い鎧は辺り一帯へ炎を撒き散らし、細剣が地面に突き立てられる。

「良い知見を得た」

「逃げる気か!?」

「勝てない相手に挑む気はない。再び貴様を見かけても私は戦わないでおこう」

「そんなことが許され、」


 空間を閉じようとする赤い鎧にヌルリと、或いは湿気を帯びたような気配が迫り、その背後から首筋に剣が当てられる。


「なっ?!」

「天使の死体を弄ぶだけに留まらず、人殺しの尖兵として使われているのならば情状酌量の余地はないな」

 恐らくはジョージの登場は赤い鎧にとって完全に意識の外だった。アレウスですら彼の存在は視界に収めるまで感知できなかった。なによりこの閉ざされた赤い空間に容易く侵入してくるなどとは思えるわけがない。

「堕天使の接近に気付けない天使などいない。生きていれば笑い話にしてやるところだが、死んでいるのなら笑えない」

「待て、私を殺したところで戦争は止まることはない!」

「アレウス!」

 名前を呼ばれ、アレウスはそれだけで自身がやるべきことを理解して短剣に炎を込めて跳躍する。そしてジョージが赤い鎧の拘束を解いた瞬間、その首を炎刃で掻き切った。


 空間は揺れ、徐々に崩壊が始まる。


「手助けしてくれて感謝する」

「いや、そいつは逃げたところでどこかで朽ち果てていた。お前がもう致命的なまでに魔力を消耗させていたんだ。問題は朽ち果てる場所を掴めなくなることだ。今この場でなければ天使の死体を解放できなかった」

 動かなくなった赤い鎧――天使の死体をジョージが抱え上げる。

「ジョージ……そいつは、なんだったんだ?」

「天使の体を媒介にした亜人であることには違いない。だが、こうして倒してもきっとまた出てくる」

「出てくる? 複数体いるということか?」

「赤騎士は戦争の産声だ。一度発生すると同時多発的に生じる」

「テッド・ミラーみたいにか?」

「人間に忌み嫌われ、世界に蔓延る害虫となった奴と比べてもな。要はヴァルゴが赤騎士を尖兵として生じさせる力を得たということだ。尖兵が強くなったのなら、別の異界獣を喰ったのだろうな」

 この男の言うことは憶測に過ぎないが、赤い鎧が「ヴァルゴ様」と言っていたことと照らし合わせると真実味を帯びる。

「なにを不安に思っている? 全ての異界獣を討つんだろう?」

「いや、そこじゃない。僕が不安なのはこの空間が崩れていることだ」

 ああ、と言ってジョージが空を見上げる。

「巻き込まれて存在が消失することはない。閉じた空間から開けた世界に戻されるだけだ」

「だったらいいけど」


 アレウスはよろめき、そしてその場にへたり込む。

 貸し与えられた力を激突の瞬間に全て吐き切った。そうでもしないと逆に焼き殺されていた。しかしそれだけの燃焼を行っても、あの赤い鎧を砕き切るには至らず、命を取り切ることさえ叶わなかった。


 そしてジョージの言う通りなら、赤い鎧はヴァルゴの尖兵としてまた現れる。あのレベルの尖兵が溢れ返る異界など想像もしたくなかった。

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