死にに行く策ではない
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「困ったことになってしまいましたね。冒険者たちのノリと勢いで作戦が決まってしまいました」
地図をジッと眺めているリスティに別のパーティの担当者が飲み水の入った革袋を差し出してくる。感謝しつつ受け取り、渇いた喉を一気に潤す。
「あの場で決まったことをこちらで却下してしまえば、なんとか取り戻した士気が再び低下してしまいます。私にはあの作戦を許可する以外ありませんでした」
「ええ、分かります。私もあなたと同じ立場であったならそうしていました」
それにしても、と続けて彼女はリスティに話しかける。
「リスティさんの冒険者の方々が目撃した赤い鎧は、一体何者なのでしょう」
「何者……ではないでしょう。あれは魔物です。目撃した当人からもそのように報告を受けています」
冒険者の感知の技能は滅多なことでは外さない。リスティが信じているアレウスの技能であれば尚更、人と魔物の気配を読み違えることはないだろう。
「赤い鎧というのは赤鉄で出来ているから赤いのか、それとも赤く発光しているのか。そして、鎧は纏っているのかそれとも鎧のような外皮でしかないのか」
「私たちの手に余りますね」
「ええ、シンギングリンはほぼ一年間、そういった魔物の研究が出来ない状況でしたし」
「もっと他のギルドから資料を取り寄せる必要がありますね」
「そうしてください」
彼女に革袋を返すとリスティから離れ、担当者としての仕事を再開する。
『聞こえるか、リスティ?』
「……なんですか、突然。こっちは忙しいんですけど」
小声で『接続』して念話を求めてきた人物に応じる。
『ちょっとは猫撫で声を覚えたらどうだ?』
「不要です。さっさと本題に入ってください」
『今、パザルネモレにいるんだが』
「は?」
『悪いが入らせてもらうぜ?』
「ちょっ!」
待てと言おうとして『接続』は切れる。
「リスティさん! 外で待機していた冒険者が一人、パザルネモレに!」
「……っ~!」
苛立ちを飲み込んで、リスティは平静を装う。
「先ほど念話で話を聞きました。内部の冒険者に呼ばれたので向かったそうなので引き留める必要はありません」
「分かりました」
どうにか混乱は招かずに済みそうだが、リスティはあまりの想定外さに眩暈を覚えた。
「なにがしたいの、ゲオルギウス?」
*
「いい? さっき休んだおかげで魔力を蓄えられたけど、今のウチが回復魔法を唱えられる回数はどんなに頑張っても八回。八回唱えたら戦闘を中断して逃げること」
僧侶はオラセオに強く強く要求する。
「私も今は攻撃に仕える火属性魔法が二回、木属性魔法は十五回です。水属性魔法は十回ほど使えますが、そのほとんどが補助魔法です」
魔法使いも自身の魔力量を彼に報告する。
「アレウス君のパーティはどれくらい魔法を残している?」
それらを聞いた上でオラセオがアレウスに質問する。しかし、自身に答えられることではないので自ずと視線はアベリアとヴェインに向いた。
「私は火属性魔法なら回数で表現しなくても大丈夫なくらいには使える。『沼』を使うなら土属性魔法は普通に攻撃として使うよりもずっと少なくなって五回か六回ぐらい。風魔法は使ってないから上限の十回まで……でも、風魔法は『重量軽減』の魔法しか使えない」
「さっきはほとんど動けていなかったから俺は回復も補助も合わせるなら三十回は使えるよ。ただ、回復魔法って傷が重度か軽度かで使う魔法量が増減するから確定じゃない。俺もアベリアさんと同じで補助にしか使えないけど風属性の魔法を十回ってところかな」
「ワタシは前で張って戦っている最中に仲間が使った魔法の回数なんて数えられないぞ」
「それは僕も同じだよ。だからこればっかりは魔法職のみんなには魔力切れ間際に報告してもらうしかない。ガラハ、飛刃は使えるな?」
「問題ない。気力はあとの方に取っておいた」
「ワタシもだ」
「おっと、俺も気力は置いていたぜ? つっても、飛刃みたいな飛び道具みてぇに使える技はないんだが」
戦士がガラハとノックスの発言に同調する。
「僕は……気力を置いてはいるんだけど、正直なところ陣形や地形を意識してパーティを動かしていると集中力を欠く。だから、突破か後退するときのどちらかでしか使わないようにする。その二つは状況がハッキリしているから陣形を気にしなくていいから」
『火天の牙』のみならずノックスと協力すれば『合剣』を使える。それらを全力で叩き込むだけで亜人を殲滅するのは難しいことではない。
しかし、その殲滅は第三城門より先を考えていない。第二城門から第三城門前までの亜人を殲滅し切って気力が尽きてしまった場合、もしも城内に亜人が溢れ返っていたら戦えなくなってしまう。
なにより、第二城門の突破は目立ちすぎてはいけない。アレウスたちが暴れすぎて勝ち目無しと亜人が察知し、もう一方の城門になだれ込まれたら囮の意味がなくなる。
「俺はオラセオに言われた通り、気配を消して城門の上から亜人たちを射抜く」
「索敵の亜人を見つけたら自己判断で狙撃してくれ。俺たちのいる場所から見えないんじゃ矢を射ってもらうタイミングは伝えられない」
「分かった」
「じゃぁお互いのパーティの足りないところを埋め合う感じで、」
「隠し事はいけませんよ、オラセオ」
魔法使いが話を纏めようとした彼の頭を小突く。
「なにを隠している?」
「なにも?」
アレウスの疑問に素っ気なく答える。
「オラセオ」
呆れた風に魔法使いが名を呼ぶ。
「……いや、失敬。気味悪がられると思って、あまり周囲には言わないようにしている。けれど、君たちなら決して口外しないと信じている」
そこまで言ってからオラセオはアレウスたちでも分かるほどの魔力の流れを起こして手元に収束させ、再び肉体に循環させた。
「俺は神官から戦士に転職したんだ。だから、ロジックへの干渉能力と初歩の回復魔法が使えるんだ。複合職の『聖殿戦士』なんだ。教会の守備隊に就いたことはないけれど」
彼にとっては勇気を出した暴露であったがガラハとノックス以外は「なんだそんなことか」と声を揃えそうなほどに緊張を緩めていた。
複合職についても驚くところはない。アベリアは『術士』でアレウスも『猟兵』の複合職だ。ギルドが職業として登録している複合職は通常の職業と比べてざっくばらんな名称が使われている。オラセオが教会の守備隊に就いたことがないようにアレウスも兵士として戦線に立ったことはない。その名称を聞いて、なんとなくの立ち回りを認識できたらそれでいいのだろう。
「パーティメンバーにこれを明かしたときはみんな驚いていたが君たちは違うんだな」
「最初に会った時点でパーティに神官がいなかったから、誰かが兼任しているんだろうなって思ってた。それが前衛職のオラセオさんだとまでは分からなかったけど」
冒険者は奇特でない限り神官をパーティに加えることが推奨される。神官だけが扱えるロジックへの干渉能力はパーティメンバーの能力を一時的ではあれ飛躍的に伸ばす。それは切り札になり、最後の悪足掻きにもなる。オラセオのパーティは戦士が二人、射手、僧侶、魔法使いの五人組で神官がいなかった。その基本や基礎を教わっていない二人だけが驚いたという形となる。
「そういえば、あなたたちのパーティも神官がいないみたいだけど」
僧侶がアレウスたちを見やる。
「私が兼任してる」
アベリアが詮索され切る前に名乗り出る。実際には神官ではないのだが、怪しまれたり不思議がられた場合はそうするようにアレウスとは話し合いで決めている。
「そうなんだ」
魔法を使えないアレウスよりも、魔法を使えるアベリアの方が納得してもらいやすい。むしろ魔法が使えないのにロジックに干渉できることを口外することはこれからも変わらず控えなければならないことだ。
「転職も珍しいことではないよ。かく言う俺も元は戦士で今は僧侶なんだ。僧侶に転職した理由は家柄がそっち向きだったことと、あとはさっきもみっともないところを見せてしまったけれど臆病者でね。他の前衛職と足並みを揃えられなかった。正直、それでも戦士では居続けたかった。家柄に染まりたくないという若さが当時はあったし、なにより戦士という職は分かりやすく守らなきゃならない人を守れる職業だから」
「俺は逆だ。神官なのに前に出過ぎだと言われ続けてきた。出るべきとき、下がるべきときを独断で決めていたんだ。それで足並みが揃わなくなったから、いっそのこと前衛に立った方がいいんじゃないかと思った。けれど、難しいものだな。後衛に立っていたときはあんなにも周りが見えていたというのに、前衛に立った瞬間から引き際が見え辛くなってしまった。あのときにあった俺に与えられていた余裕は仲間たちが必死に作り出したものだったのだと思い知らされたよ」
「それで戦士に転職してから入ったパーティをすぐに抜けたんだよね。ウチ以外だーれも引き留めなかった」
「君以外? 俺も止めていたはずだ」
射手が僧侶に発言を改めるように求める。
「あーそうだったそうだった。ウチとあいつが引き留めたのにオラセオは結局、抜けちゃって」
「だから俺とそいつもパーティを抜けて、オラセオをリーダーにしたパーティを作る話をした」
「慕われていたんだな」
なんとなく、アレウスはそのように言ってみたが僧侶と射手は「違う」と言い切る。
「慕うとかそんなんじゃなくて、勿体無かった」
「中衛の俺や後衛のそいつにはよく見えていたからな。オラセオが前で戦いながら思い通りに状況把握できていない様子が」
「で、オラセオをリーダーにすればパーティの危険が減るんじゃない? って思ったわけ。で、三人でしばらくは活動していたんだけどそこに二人が入ってきてくれて、五人パーティになった」
「私も危ない戦いは出来る限りしたくなかったので」
「俺はバランサーだ。慎重すぎるこいつらが安心して前に出られるようにしたいと思った。するとオラセオも気後れしなくなって、かなり堅い立ち回りができるようになったってわけだ」
魔法使いと戦士がパーティに加わった経緯を話す。
パーティの数だけ冒険者たちの物語がある。どんな理由で知り合い、どんな目的があってパーティの戦闘方針が決まったのか。それらはまさに千差万別であることを改めて知る。特にこういった具体的に聞いたことはなかったため、新鮮さがあった。
「アレウスはとっかえひっかえだからな」
「ちょっと待て、その言い方は誤解を招く」
「とっかえ、ひっかえ……」
魔法使いが嫌悪を示してくる。
「基本の五人パーティは出来ていても、それぞれに用事があったりして集まらないことがあるんです。あとは依頼内容によっては適していたり適していなかったり、遠出が出来たり出来なかったり。そんなときに一応、パーティに入ってくれる人が何人かいるってことです」
「そうなんですか……酷い人なのかと」
やはり誤解を招いていた。その原因たる張本人は素知らぬ顔をしてアレウスの追及の目から顔を逸らしていた。
スティンガーがガラハに訴えかけるように宙を舞う。
「向こうの準備が終わったらしい」
「もう少し色んな話を聞きたかったけど、そうも言っていられないか」
顔を逸らしたノックスにアレウスはわざわざ顔が見えるように移動する。
「頼むぞ、ノックス」
「ああ、なにかワタシがすることに不安でもあるか?」
「ないけど」
「じゃぁわざわざ顔を見せようとすんな」
なにかよく分からない照れにも似た反応を見せながらノックスが気配を消し、城壁の登攀を開始する。オラセオのパーティの射手も気配を消して城壁を登り出す。
各々が武器に手をやり、ギュッと固く握り締める。
城門の閂が外される音がして、次に手動装置によって扉がゆっくりと開き出す。オラセオとアレウスが火打ち石で後方に用意した焚き火で狼煙を上げ、もう一方の城門の方向から「開門!!」と力強い叫びが聞こえた。
これでほぼ同時に第二城門の扉は開いた。
「言っておくけど」
アレウスは短剣を抜く。剣身が赤く熱を持ち、炎を宿す。
「これは死にに行く作戦じゃないからな」
「知ってる。あわよくばこっちから第三城門を突破するんでしょ?」
アベリアはそう返事をしつつ、魔力を練る。
「“壁よ、全方より築き給え”」
鉄棍が地面を打ち、十人の体に魔力の障壁が張り付く。『盾』の魔法よりも堅牢で、指定できる人数が増える『壁』の魔法だが、その分だけ魔力の消費量は多い。それでも『結界』の魔法のように覆われた範囲しか守れず、外に出ることさえままならない状況になるよりはいいとヴェインは判断したのだろう。
「リーダーが真逆の指示を出しても、自分たちのリーダーの指示に従うんだ。俺とアレウス君のパーティでは方針も展開力も違う。自分たちの出来ることをしていこう」
オラセオが盾を構え、剣を抜いた。
「後衛は逐一、裏に回られていないか意識しろ。後ろまで構っていたら前衛が踏ん張れない。自分たちで自分の危機を告げてくれ」
アレウスが短剣を空に掲げる。
「亜人を掃討し、城を目指す! 行こう!」
「俺たちも行くぞ!」
短剣が正面を切り抜いて、アレウスとオラセオの指示によって二つのパーティが城門を通過して、目の前に現れた亜人へと突っ込む。
ガラハが凄まじい腕力によって振り抜いた斧刃は衝撃波を生み、群れて押し寄せる亜人たちを吹っ飛ばして出鼻を挫く。そこに城壁の上から射手が次々と矢を射掛けて亜人の目を潰す。ノックスが落下しながら亜人に組み付いて、短剣で切り裂き、爪で喉元掻き切る。
亜人の包囲網は既に崩れ、オラセオが同時に突撃して盾を激しく叩いて挑発を行う。視線が向いたところにアレウスが突っ込み、炎の剣戟で一気に切り払う。
跳ねながら前衛を飛び越えて後衛を狙う亜人をアベリアの魔力の塊が撃ち抜き、ヴェインが鉄棍で落下直後を狙って叩き伏せる。
火球が降り注ぐ。炎と炸裂が続く中にアレウスは身を投じて、その炎を刃に乗せるようにしながら短剣を振り乱し、一切の容赦をせずに亜人を仕留めていく。
ワラワラと、ぞろぞろと、止め処ないほどに亜人がそこら中から湧いて出てくる。オラセオは尚も挑発を続け、彼を狙ってきたところを戦士が両手剣で薙ぎ払っていく。ガラハは亜人に組み付かれながらもすぐに振り払い、十字の飛刃を放って十数匹を一気に吹き飛ばすだけでなく片付ける。
僧侶に迫る亜人をノックスが後ろから襲いかかって仕留め、そのノックスを狙った亜人を魔法使いの詠唱によって発生した木の根が拘束し、射手が喉元に何度も矢を射掛けて倒す。
組み敷かれているオラセオをガラハが無理やり亜人を引き剥がして助け、二人に回復魔法が飛ぶ。起き上がったオラセオがガラハに迫る脅威を盾で防ぎ、剣戟で腹を切り裂いて仕留める。
ひたすらに、ただひたすらに亜人を倒し続ける。アレウスは声を張り上げて指示を飛ばし、オラセオも負けじと声を張って指示を出し続ける。
圧倒はしていない。むしろ圧倒されている。城門を通過したアレウスたちだったが、亜人の勢いが強く、徐々に徐々に後退を余儀なくされる。狙ってそうしているのではなく、必然的にそうなっている。囮としての仕事云々以上に、生き残ることで精一杯の状況にある。
オラセオのパーティの下がりが早まる。堅実な後退である。しかし、その後退を亜人たちに逃避と取られれば一気になだれ込まれてしまう。だからガラハとアレウスが踏ん張り、ノックスが的確に亜人を仕留める。ヴェインは何度も『壁』の魔法を唱え、更にアベリアや僧侶、魔法使いに迫る亜人を鉄棍で打ち飛ばし続けている。
もう一方の城門攻略は進んでいるのだろうか。それすらも判然としない。感知の範囲を広げてもいいが、増えすぎると思考が纏まらなくなってしまうので戦っているままでは分からない。しかし範囲を絞ることで亜人の動向は手に取るように分かる。
「数は多すぎるが」
アレウスが弱音を吐いたのではと思ったのかガラハが雄叫びを上げながら十字の飛刃を何度も放って亜人を切り払いながら吹き飛ばす。
「まだ折れていない。あんまり無茶はするな」
「なら、さっきの言葉は」
「そうだ。数は多すぎるが、目星は付いた」
しかし、その目星が付いたことを射手には伝えられない。彼は恐らくまだ気付けていないのだから。
「へっ、だったら進めよアレウス!」
ノックスは骨の短剣を自身の血で染める。
「“芥の骨より出でよ! 地を奔れ、蛇骨”!」
投擲した骨の短剣を媒介として周辺の魔力と土を取り込み、大蛇が這いずり回りながら亜人を薙いでいく。
「そういうのはもっとあとに取っておけよ」
「うるせぇな! 勿体ぶっていたらどうしようもねぇだろ!」
それは確かにそうだ。倹約をして死んでしまえば元も子もない。必要なのは生き残ることであり、同時に肝心な場面で突破すること。ノックスの方がその決断が早い。
「ここで見た僕のことは、話さないでほしい」
「勿論だ。俺はその強さを妬まない」
オラセオに口止めを求め、応じられたのでアレウスは貸し与えられた力を着火させて、呼吸を整えながら低い姿勢を取る。そこから足裏で小さな爆発を起こして真正面の亜人たちを自身の発している炎で巻き込みながら一網打尽にする。そのまま単騎で突撃し、亜人に包囲されれば建物の壁を蹴って飛び越える。続いて屋根の上に乗って、そこから炎の飛刃を乱舞するように放って辺り一帯を炎の海に包み込み、飛び降りてその中を突っ切る。
一切合切、なにもかもを炎だけで薙ぎ払い切ってアレウスの炎刃が一匹の亜人を切る。
しかし、浅い。この亜人はアレウスの接近に気付いて、身を下げたのだ。
「軍師や指揮官気取りは楽しかったか?」
目当ての亜人に問い掛ける。
「お前の姿は一度見ているからな、視界に収めてしまえば見つけられないわけがない。そして、逃げることもできないぞ」
一瞬だけ少女のフリをしたが、アレウスが放つ殺気からその手が通用しないと察知して、人ならざる姿を取って様々な子供の呻き声を上げながら攻めてくる。周囲に亜人が集まる。
「剣……?」
集まる亜人たちはその手に鉄の剣を握っている。爪ではなく剣を振って、アレウスを切り裂こうとしてくる。
「偶然……なのか? いいや、違うよな。お前たちは、人間の道具を使わなかったはずだ。それなのに使う……鉄の意義を、知ったっていうのか?」
人間の使っている鉄製の武器の方が頑丈であると、魔物たちが知ってしまっている。鉄の矢を使っていた時点で感じていた違和感の答えにアレウスは行き着きながらも、目の前から逃げ出そうとしている亜人を追う。
その亜人に射手が放った矢が何本か命中し、動きが鈍った。
「射手はみんな目が良い上に腕が良いな。ニィナ以上はいないと思ったのに、普通に越えている」
アレウスの中ではニィナが一番の射手だったが、どうやらそれはただの思い込みであったらしい。世の中には彼女を越える――いや、自分自身を越える冒険者はそれこそ星の数ほどいるに違いない。その人物たちが味方で、巡り会えるかどうかは別として。
「その傷でも逃げようとするのか」
亜人は尚も逃走を試みている。しかし、もはや速度を失った逃走にアレウスが追い付かないわけがない。
炎刃がその首を刎ねる。
ほんの数秒の沈黙と静寂。あれほどにけたたましかった亜人たちが声一つ上げず、硬直した。そして、時が止まったような時間は動き出し、亜人たちが統率力を失ってあちらこちらに散開する。
「指示役が死んで、どうすればいいのか分からなくなったんだな」
言いながらアレウスは炎の刃で帰り道を切り開く。
「じゃぁ、あの赤い鎧は亜人じゃないってことか……? 亜人を率いているけど、亜人じゃ、ない?」
だが、気配は魔物だった。その答えに未だ行き着けない。
その一瞬の思考が大きな隙となる。炎に焼かれながらも亜人は一番の脅威であるアレウスにともかくも一斉に群がってくる。
「クソッ」
引き際を見誤った。まずはすぐにこの場を離脱しなければならなかった。なのに考え込んだせいで状況を悪くした。この場合、アレウスが取るべき行動は『火天の牙』を放つことだけだ。
「その赤い鎧は天使絡みだ」
土塊がアレウスを覆って亜人たちを跳ね除け、更に外側に砕け散ってその礫で亜人の体に穴を空けて絶命させていく。
「その声は」
「詰めが甘いな? それじゃリスティはお前に体を委ねない」
キツい性的な嫌がらせ発言をしながら男は――ゲオルギウスは倒した亜人を踏み付ける。
「天使ってアンジェラのことか?」
「そいつはまだ生きてんだろ。生きてんのがこっちとしては勘弁ではあるが」
ゲオルギウスは頭を掻く。
「異界に堕ちた天使ってのも中にはいるんだよ。俺みたいな堕天ではなく、純粋に異界へ堕ちてしまった天使ってのが……ここに、その手の天使の気配がある」
「……いや、でも」
「ああ、そうだ。死んだ天使の亡骸を喰った魔物だよ。さすがに捨て置けない。放っておいたらアンジェラがクールクースを無理やりにでも連れてくる」
「更に世界情勢がこじれるな」
「さっさと始末する。できないんなら異界に追い返せば一時的ではあれアンジェラが来ることもないだろう。まったく、どうしてこの俺が奴らのケツを拭かなきゃならないんだか」
忌々しそうに言って、手の動きで生じた土塊が起き上がってきた亜人の頭上に落とされる。
「俺が来ていることは内密にしてくれ。お前が交戦しているときに、それが本当に俺の目当てかどうか確かめたい」
「このまま手を貸すことだってできるだろ」
「やらねぇよ。俺は争いが苦手なんだ。日がな一日、土いじりだけして生きていたい」
そう言ってからゲオルギウスは粘着質な翼を広げる。
「あと、ゲオルギウスとはどんなときであっても呼ぶな。俺のことはちゃんとジョージと呼べ」
どうにも飛べるようには見えない翼を羽ばたかせ、ジョージは飛翔して城の方へと向かった。
「この感じだと、赤い鎧は間違いなくゲオル――ジョージの目当ての魔物だろうな」
直感がそう伝えてくる。しかしながらジョージによって命を落とさずには済んだものの再び亜人はアレウスへと群がろうとしている。突出しすぎていることも含めて、アレウスは全速力で来た道を引き返す。索敵の亜人を倒したのならここから突破はもう考えなくていい。一気にオラセオたちと撤退し、もう一方の城門を攻略している冒険者と合流する。統率力を失ったのなら、もはやアレウスたちの敵ではないはずなのだから。




