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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第13章 -只、人で在れ-】
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乗るかどうか

 休息を取る場所は屋内――恐らくは集会場として使われていた建物となった。ここで議会が開かれていたのか、それとも私的に利用されていたのかはたまた多くの人々の寄り合いの場となっていたかは今ではもう分からない。それでも冒険者たちにとっては居住区の中で目立った外見を持ち、内部の広さも相まってオラセオやアレウスのパーティのみならず第一城門から亜人の攻勢を凌ぎ切った他のパーティたちが集う場となっていった。おかげで休息の安全はほぼ確保でき交代制の見張りにも余裕ができた。

『休息ののち、第二城門を突破します。第一城門で区切られた区画の亜人たちは放置して構いません。パザルネモレから抜け出した場合は直ちに外で待機している冒険者が倒します』

 リスティからの連絡が届く。他のパーティも担当者からの連絡を受け、不安がったり声を荒げたりしている。

「亜人の数が尋常ではなく、僕たち全体の士気が下がっています。外の冒険者と役割を交代することはできませんか?」

『その提案に私は賛成しかねます』

「どうしてですか?」

『逃げ道を作れば、誰もがそちらに心を傾けてしまうからです。亜人との戦闘が過酷であることを知った上で、尚もまだ戦いたいと言える方はいらっしゃらないでしょう。そんな方たちに、外で待機している冒険者と役割を交代できるという提案は現状から逃避するうってつけの理由となってしまいます』

「人使いが荒いですね」

『今回ばかりはアレウスさんと意見が合いそうにありませんね』

 意見が合わないのではなく、リスティが担当者としてアレウスに接していないだけだ。パザルネモレの亜人討伐の招集をかけたのはギルドであり、彼女は仮ではあれギルドマスターなのだ。立場上、アレウスのような一人の冒険者の提案を受け入れるわけにはいかない。

「だったら作戦について提案があるんですけど」

『聞くだけ聞きましょう。アレウスさんのことですからまた自分にだけリスクのある作戦なのでしょうけれど』

 彼女の表情すら頭の中で思い浮かべることができてしまうくらいには呆れた風の溜め息が聞こえた。

「第二城門で――」

 ともかくも話し始めたアレウスの後方で互いをなじり合う冒険者たちの大声が聞こえた。

「またあとで」

 話せる状況にはない。リスティに念話を切ってもらい、アレウスは大声のした方へと向いて様子を窺う。

「なんの騒ぎだ?」

 しかしどうにも要領を掴めないのでこれまでの様子を眺めていたであろうガラハに問い掛ける。


「引き上げる派とこのまま作戦を続行する派の喧嘩だ」

 簡潔に説明してもらい、アレウスは大体を察する。

「多くの僧侶や魔法使い、そして神官の魔力消費が激しかったらしい。マジックポーションも込みで瞑想や休息で回復に努めているが、それでも万全の状態には程遠い。強行軍のように第二城門より先を目指そうとすれば被害は更に多くなる。引き上げ派、要は撤退派だな。彼らの意見はそんなところだ」

「続行派は?」

「冒険はいつも万全な状態とは程遠い。それでも魔物の討伐のために命を懸けて戦ってきた。ここでの撤退は亜人に殺された人々や甦るとはいえ死んでしまった仲間たちの想いを踏みにじる」

「どっちもその通りだな」

「ああ、だからオレもどちらの言葉を正しいとは判断し切れない。お前ならどうする?」

「僕もどっちの意見にも付けない」

 撤退と続行。そのどちらの選択も正しく、しかしながら互いには相容れない意見である。派閥争いにもならない小さな小さな(いさか)いなのだが、冒険者間でこの諍いは命取りである。

「これじゃ僕の作戦も提案することができなさそうだ」

「またなにか無茶なことを考えているのか?」

「リスティさんにも言われたな」

「作戦にもよるが、そこまで体を張って得られるメリットが薄ければオレも許容はできないな」

「そうだろうと思った」

 ガラハにも軽く忠告されて、いよいよ索敵能力に長けてしまった亜人を誘き出す無茶な作戦が出せなくなってしまった。アレウスからしてみれば善策でも、周囲からしてみれば奇策になる。そのことも承知の上での計画だったが語る前に白紙に戻す必要がありそうだ。

「ん……? 死んでしまった仲間……?」

「どうした?」

 アレウスはガラハの問い掛けには答えずに口論の場に割って入ろうとする――が、首根っこをガラハに掴まれてしまう。

「お前が行けば神経を逆撫でするだけだ」

「いや、でも」

「なにを言いに行こうとした?」

「仲間の死体は回収しているのかどうか」

 それを聞いてガラハは「やっぱりか」と呟き、明らかな嘆きの表情を浮かべる。

「そんなことを言いに行けばお前は針の(むしろ)だ。ありとあらゆる罵詈雑言を浴びせられるぞ」

「だけど仲間の死体をちゃんと運べていないなら、索敵能力を持った亜人と同じように冒険者の技能を習得した亜人が出てくる」

「だとしてもそれを咎めるか?」

「…………まぁ、確かに咎められる立場にはない。仲間の死体を運んで自分まで死んでしまったら元も子もないだろうから」

 冒険者としての感情が先行してしまったが、ガラハに咎められることで人間としての冷静さを取り戻す。

「簡単な話だ。技能を習得した亜人が出てこようとも倒す。仲間を死なせてしまった冒険者に責任を感じさせるようなことがあれば、口論の方向性までズレてくる」


 撤退派と続行派のやり取りが、仲間を死なせた責任を取るべきか否かのような議論へと変わってしまう。人間同士の議論は時として理論ではなく感情論が混じる。その感情論は議論すべき問題から逸れたものが多く、そこに気を取られるとどんどんと議論の根幹から離れていく。大筋に戻せるだけの器量を持った者がいれば益を生む話にも発展するが、いなければただの無駄話となる。

 冒険者間においてはその無駄話の時間こそが致命的で、そこに割いた時間のせいで肝心なやり取りが行えないままになってしまいかねない。

 議論が横へと逸脱してしまったことでその最中、魔物に襲撃を受けてしまって作戦を立てられないままに対応を迫られる。これが冒険者間では最も起こり得ることだ。この場合、甦るとはいえ生存率も大きく下がる。討伐失敗によって、その尻拭いを他の冒険者がしなければならなくなる。


「撤退してしまえば助けを待っている人たちを救えなくなってしまう」「救う救わない以前に自分の命を優先することも大切だろうが」「だが、救いを求めているとすれば」「その救いを求めている生存者が本当にいるのかどうかも分からないのにか? 分からないままに俺たちは戦いに行かなきゃならねぇのか?」「籠城さえすれば亜人たちも入る余地はない」「もうみんな喰われているかもしれないだろ」「そんな後ろ向きな感情では、助けられる命も助けられない!」「だから、ここにはもう助けられる命なんてねぇんだよ!」「亜人ともう戦いたくないからって矜持を捨てる気か?!」「矜持もなにも! 俺たちは人間みてぇな魔物と戦うなんて思っちゃいねぇ!」「ここに来る前に危険性は話されていたはずだ! 今回の魔物は人間めいた風貌をしており、それに立ち向かえる覚悟を持った者だけが集うようにと!」「まさかここまで人間にそっくりだとは思わなかったんだよ!」「だったらそれは想像力の欠如だな!」


「互いの手を拒んでいる」

「困惑しているせいだ」

 ガラハの呟きにアレウスはそう答える。亜人という存在に混乱し、惑い、困り果てている。自分自身の感情の行く先を見つけられていない。人殺しをしているかのような討伐に信じられないほどの恐怖を感じ、亜人の絶命時の悲鳴に止め処ないほどの後悔を感じている。それらを魔物の習性だと飲み込んで戦えていた者と、戦えていなかった者。それが互いの軋轢を生み、次第に撤退派と続行派に分かれてしまった。

「一網打尽にする方法がありゃぁ全部解決だけどな」

 見てられないとばかりにノックスが呟きながら寄ってくる。

「ワタシには頭が足りねぇから、そんなもんはなんにも思い浮かばない」

「……僕に期待の目を向けても駄目だぞ。さっきガラハに忠告されたから」

「ってことは、あるにはあるんだな?」

「そりゃ、やってみたいことはある。だけど、この状況に求められているのは撤退か続行かだ。思い付いた作戦を披露したところで、議論すべき部分はそこにはない」

 だが、この口論とも言える議論の着地点もない。なぜならリスティは継続の意思を示している。どんなに撤退派が騒ぎ立てたところでパザルネモレの亜人討伐の作戦は続行される。それを拒んでまで撤退することもできることにはできるが、ギルドへの貢献度にペナルティが()せられて、下手をすればランクまで下げられるだろう。


 人間たちへの脅威度で考えれば亜人討伐は必須で、半端な気持ちで参加したことが全て悪い。そう言い切れればどれほどに心地良いかとも考えたが、きっと殴り合いの喧嘩になる。そこから一気に冒険者同士の喧嘩とも言えない争乱の幕開けになるだろう。亜人がなにもしなくても勝手に冒険者たちが自滅する。アレウスだけでなく、冒険者たちはそれが分かっているからこそ、口論をただ見ていることしかできないのだ。


 場の空気が悪い。だが和ませるようなこともできない。口論を止めるための画期的な方法があるわけでもない。


『アレウスさん? さっき私に話そうとしていた作戦はどんなものですか?』

 二人にリスティから念話が飛んできたことを手の動きで示す。

「この雰囲気の中じゃ言えませんよ」

『言うだけ言ってみてください』

「……第二城門への突入時、残っているパーティを二手に配置するのではなく一方に集中させる」

『前が詰まって後ろが身動きを取れないのでは?』

「攻めることを考えているのではなく、誘い出すための策です。索敵能力を持った亜人は一方向に集中している冒険者たちの気配を読み取って、亜人たちを同じように一方に集中させるでしょう。そうすると、もう一方の城門で待ち構える亜人はほぼいなくなります。なのでそっちの城門は開かずに登攀によって乗り越えて少数のパーティが侵入。裏から亜人を急襲します」

『それでどうして索敵できる亜人を誘い出せるのですか?』

「どの亜人よりも早期に急襲を予期できるということは、どの亜人よりもまず素早く身の安全を確保しようとします。能力を得た代償として獣のような本能がなりを潜めて臆病になっていると予想できるからです。この真っ先に動くであろう亜人を射手が射抜けば、亜人たちの統制が乱れる」

『……理論としてかなり怪しい部分がありますね。採用はできません。それは誘き出しているのではなく戦況による当然の行動です』

「僕もそうだと思います」

 だから画期的な策でもなく、危険で無茶な策なのだ。亜人がこう動くだろうという予測の元で成り立っており、そこには魔物に対する一種の信用めいたものがある。人間は信じていないクセに魔物の習性や本能には相応の信頼を寄せているアレウスしか、この策に可能性を見出さないだろう。現に隣で聞いていたガラハとノックスも難色を示している。

「正直なところ、二手に分かれて突入したところで旗色が良くなるわけではありません。特に亜人は全て討ち倒すことを意識して僕たちは城を目指さなければなりません」

『ええ』

「けれど、この討伐があまりにも冒険者を狂わせます。さながらの城攻め、そしてそこに住まう人々を根絶やしにしているような感覚が、僕にはなくとも他の冒険者にはある。こんなことは戦争で駆り出された兵士がやっていることと変わらない。そう思った瞬間、自身に虐殺の汚名が着せられるのではないかと不安に陥り、戦えなくなってしまいます。それでもリスティさんは逃げ道を用意しないと言った。それが更に気を狂わせることを助長しています」

『分かっています。ですが私には、』

「仮とはいえギルドマスターの責務がある」

『……はい』

 冒険者たちに厳しい対応を求めているのも、彼女に責任の重さがのしかかっているからだ。普段なら要求してこないようなことを求めてくるのも全て責任によるもの。それを軽くする方法がないことをリスティも分かっているからこそ、自分の立ち位置に適した態度を取っている。

「せめて亜人じゃなければ、か……」

 自身を臆病者と言いながら、割と無茶なことに付き合ってくれていたあのヴェインですら尻込みをした。自分自身がやっていることに対する戸惑いを覚えた。それほどに強烈で、それほどに逃げ出したい現場がここにある。

「実は策はもう一つあって」

『あるんですか?』

「これも滅茶苦茶な策です。まず僕たちが、」


「『俺のパーティが突っ込む』だぁ?!」

 まさにアレウスが言おうとしていたことを後ろの冒険者が笑い飛ばすように大声を発する。

「それで現状を打開できるんならみんなやってんだよ。勇気と蛮勇は別物だってその歳になってまだ分かってねぇなら冒険者なんて辞めちまえ!」

「いや、失敬。これは無謀ではあっても確実性のある策なんだ」

「うるせぇうるせぇ! 聞く耳なんざ持たねぇよ! 俺たちのパーティは休息を終えたらパザルネモレを出る。それが一番だ。俺に賛同する連中も、さっさとこんな滅茶苦茶な討伐から降りちまった方がいいぞ」

 オラセオを突き飛ばし、男がこの場から立ち去ろうとするのでアレウスが出入り口の扉の前に立ってそれを邪魔する。

「どけ!」

「いいえ」

「っ! このっ! クソガキが!」

「言葉の圧でしか自身の強さを見せつけられないとは、随分と恥ずかしい大人ですね」

 瞬間、アレウスに拳が向かう。一歩たりともその場から動かず、拳が間近で止まってもアレウスはまばたき一つ起こさない。

「避けねぇと当たっちまうだろうが」

「当てる気がないなら暴力を見せないでください。あなたは言葉を刃物として振るうにしても使い方が間違っています。あなたの暴力的な言葉は中身がないので、刺さらない。痛みを伴わない。自分本位の言葉では無理やり従えて、気分良くしている限りは僕には全く刺さらない。本当に言葉で刺すと言うのなら」

 アレウスは一呼吸置く。

「あなたは『できない人』なんですね。現状を打破することを話し合うのではなく、散らかすだけ散らかして放り出す。自分の言いたいことだけ言って、具体策を出さない。後ろ向きな意見を出し、前向きな意見を一言二言で「無理だ」と断言する。あなたはそういう、『できない人』」

 今度の拳には殺意が込められている。だからアレウスは体を動かして拳を避け、男の真横に抜けてその足を蹴り飛ばして転ばせる。

「刺さりましたか?」


「は、はははっ! さすがは異界獣を討伐した冒険者! 言うことがちげぇや! さぞや気持ち良いだろうなぁ! その歳で運だけでここまで登り詰めているってんだから! そして仮とはいえギルドマスターのお抱えの冒険者様! 全部が全部、テメェの実力でもなんでもねぇところで評価されて、今度は亜人討伐で更に評価を上げんのか? 周りの連中におんぶにだっこで、自分はなんもしねぇで強くなった気でいるんだろ?」


 くだらないことを言う。アレウスは無視する気でいたが、どうにもガラハとノックスが止まりそうにないのでわざと険しい表情を浮かべる。

 後ろの扉を開いてヴェインが起き上がった男の顔を殴り飛ばす。

「人の苦労を理解できない人間は、誰からも好かれず誰からも嫌われる。そんなことはあなただって分かっているはずじゃないのか!」

「聖職者まで暴力を振るうのかよ! 俺の言っていることはそんなにおかしいことか!? やりたくねぇことを途中で投げ出すことが、なんでそんなに責められなきゃならねぇ!? 仕事ってのはやれるところまでやって、できないと思ったらやめる! そういうもんだろうが!」

「責任を放棄することは正しいことじゃない」

「上から押し付けられる責任を投げ出すことのなにが間違いだって言うんだ?!」

「あなたは望んで責任を負った。最初の段階でギルドから言われたはずだ。この討伐は亜人を対象とし、苛烈なものになると。それを認識した上であなたは依頼を飲んだ」

「話が違うんだよ」

「どこが違ったと言うんだい?! 亜人討伐は事実で、苛烈なものなのもまた事実だった。少なくともギルドはあなたを騙しておらず、騙されたと思っている冒険者はこの場にはほとんどいない。ただみんな、亜人を軽く見積もっていただけだ」

 ヴェインは男の襟首を掴んで無理やり立たせる。

「苦しくとも人々の前で笑えないのなら冒険者として不足だ。あなたには人間性ではなく、冒険者としての適性がない」

「じゃぁどうすりゃ亜人たちを一網打尽にできるってんだ!? 言ってみろ! 俺たちにとって最も有効な手段があるんなら、俺だって乗っかってやる!」


「少数精鋭のパーティだけで片方の城門を対処し、もう一方の城門に他のパーティを全て突入させる」

 オラセオが説明を始める。

「城門を開くのは第一城門のときと違ってほぼ同時。人数を把握できる亜人は一匹だけ。その一匹が対処のために亜人を動かしても、協力的でない亜人は応じないだろう」

「なぜ言い切れる?」

「俺たちが掲げている矜持は同じであっても、纏まれていないだろう?」

「なら誰が少数精鋭の――ほぼ死ぬって決まっている方につくんだよ!?」

「俺のパーティが引き受ける」

 奇しくもオラセオの策はアレウスがリスティに提案して却下されたものだ。そして考えていたもう一方の策ですら先を越された。


 注目を浴び、聞く耳を持たない者に聞く耳を持たせる。そうすることで口論はやみ、事態は問題解決の方へと話し合われる。そこにリスティに却下された策を提案すれば或いはと考えていた。そのために辛辣な言葉を浴びせたのだが、オラセオが先に策を披露してしまったせいで彼も引くに引けない状態になってしまった。

 本来ならアレウスがオラセオの台詞を言うはずだった。


「言ったな? 本当に死んじまうぞ?」

「オラセオさんだけじゃない。俺のパーティも行く。そうだろ、アレウス?」

「あ……ああ。そうだけど」

 上手い具合にヴェインが話に乗ってくれた。

「死んでも甦るからって簡単だと思うなよ。甦ってすぐが一番辛いんだからな」

 忠告のような、それでいて負け犬の遠吠えのような言葉を言い残して男と、その男と一緒のパーティメンバーがこの場をあとにした。


「これで良かったんだろう?」

 先ほど見せた怒りが嘘のような爽やかな顔でアレウスに向かってヴェインは言う。

「途中までは」

「どこから想定外なんだい? 俺が殴ったところからかい?」

「いや、あそこも演技だろ?」

「そりゃアレウスが演じ始めているからやらないと。君が過剰なことを言い出したら乗るのが俺の役目だからね。滅茶苦茶なことなら乗らないけど、ああこれはまたアレウスがやっているなと思えたから乗ったんだけど」

 後ろからヴェインが出てきて男に殴りかかるところは全て演技である。扉の前に立ったのもこの場に彼が入ってくる気配を読んでいたからだ。

「オラセオを巻き込んでしまった」

「巻き込んだなんて言わないでくれ。この策は俺が思い付いたことなんだ」

「いや……僕も考えていた」

 それを聞いてオラセオは強気な笑みを見せる。

「あの異界獣を討った冒険者と同じ策が思い付けるとは、俺もまだまだ捨てたものじゃない」

「そんなことよりウチらを勝手に巻き込んだことになにか言うことない?」

「あー、失敬失敬」

「そんな言葉でウチらが納得すると思うかー!」

 僧侶はオラセオにご立腹の様子で、アレウスは干渉せずに静かにヴェインと共にオラセオから離れる。


「演技だったのか」

「ワタシたちは演技とも知らずに本気であの男の息の根を止めに行くところだったぞ」

 ガラハとノックスはアレウスに怖ろしいことを言う。

「その辺りの加減がオレにはどうにも読めない」

「どうやってお前は読んでいるんだ?」

 そしてヴェインへと問い掛ける。

「アレウスって普段から変なこと言うんだけど」

「言ってない」

「演じているときは大体、声が震えている。人前で話すのに慣れていないし人見知りだし、大声を張るのもあんまり慣れていない。魔物と戦っているとき以外で声を張り始めたら気にして、その声が更に震えていたら確定で演技」

「……関心していないでちょっとは反論してくれないか?」

「その通り過ぎてな」

「なるほどと思うしかねぇよ」

「でも注意しなきゃいけないのは、ちゃんとその話が乗っていいものかどうかってところさ。下手に乗ってしまうと話が思わぬ方向に行ってしまうんだ。想定よりも物凄く面倒なことになることもある」

 自分でも気付いていない癖をヴェインは知っている。そして、乗るかどうかの判断もしっかりとつけている。


 このヴェイナード・カタラクシオという僧侶を極めて早期にリスティから紹介された。その出会いにだけならアレウスは神に感謝してもいいとすら思えた。

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