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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第13章 -只、人で在れ-】
565/705

掻き乱される中で

///


 くだらない、これが人間の繁殖行為か。雄と雌同士が腰を打ち付け合っているだけではないか。

 こんなものは余興にすらなりはしない。こんな種族が魔物よりも優れているなどとは思えない。

 もう見たいものは見た。もはや喰って始末しても構わない。そんななんの力を持たない連中でも魔力を摂ることはできるのだから。


 要は生殖能力を持っているか否か。そしてそれに必要な臓器を保有しているか否か。しかし、そんなものがなくとも魔物は魔物の王の魔力で増える。人間が残滓と罵る魔物の王が零した魔力はそれそのものが魔物として活動を開始するに足りるだけの力を秘めている。


 魔物は生まれたときから完成している。だが人間には幼少期がある。そんな弱き姿を晒す必要がどこにある。魔物は魔力を喰らい続け、やがて許容量を超えてその肉体が果てるとしても、その一生のどこにも弱き姿はない。


「なぜ、私たちは人間のようには生きられない?」

 完成した命であるはずなのに、どうして魔力を摂取し続けなければ生き続けることができないのか。そして人間はどのような生き方をしていても魔力を保持するだけでなく、その肉体が魔力を抱え切れずに果てることがないのか。どんなに弱くとも喰えば魔力を得られる。

「……私たちの餌にしては反抗心が強すぎる」

 家畜とは呼べない。それどころか人間は魔物と違って言葉を話す。

「私が人間を喰って喰って喰い続けてようやく話せるようになったというのに、片手で押さえつけて絞め殺せてしまいそうな人間ですら単語であれ言葉を話す。そして繁殖能力まで持っている」

 亜人が裸の人間の雄と雌をいたぶっている。見ていて退屈であったため人間の首を刎ねる。

「食べ物で遊ばずさっさと喰え」

 亜人が様々な人間の言葉を合わせて罵ってくる。しかし、亜人はそれらが悪口であるとも罵声であるとも分かっていない。ただ、人間が不満を持ったときに投げかけている言葉を意味も分からずにぶつけてきているだけだ。それは模倣であって知性ではない。

「外側から人間どもが干渉を始めた。この壁に囲われた人間のねぐらは調べ尽くし、もうほぼ人間は見当たらない。となれば、あとはあの城とやらに隠れ潜んでいる……か」

 手に握る細剣に炎が宿る。

「城とやらへの侵入路を探るのは容易いが、外から押し寄せてくる人間どもに絶望を味わわせるのも一興……か。それに、外側にいる人間どもの方が魔力の質が高い。喰えば更に強くなれる。亜人の中から私のようにヴァルゴ様の加護を得られるようになるかもしれない。そうすれば、ヴァルゴ様のお手を煩わせることなく私のような種を増やすことができるだろう」



「先遣隊からの報告でパザルネモレの第一から第二城門までの城下町での生存者は絶望的と考えられます。しかしながら第三城門の先にある街と城にはまだ生存者がいるかもしれません。魔物がどのようにして街へと侵入し壊滅的な襲撃を行ったのかは不明ですが、亜人はその性質上、決して放置していていい魔物ではありません。たとえ生存者がいなくとも、パザルネモレ内にいる全ての亜人は逃さず討伐します。街の外へ出してはなりません。逃してしまえば人間と勘違いして亜人に近付いた者が喰われ、被害が拡大します。風貌、風体、見た目に騙されてはなりません。亜人は間違いなく魔物であり、人間ではありません。あなた方は人殺しではなく魔物を討伐するためここに来ているのです。覚悟を決め、武器を手に、己が使命を全うしてください」

 本隊到着後、アレウスたち先遣隊はパザルネモレで見聞きした全てをリスティへと伝え、彼女は集められた情報を担当者たちと共有する中で討伐作戦を立てた。彼女だけで作戦が纏まったわけではなく、むしろ他の担当者からの提案が受け入れられることの方が多かったらしい。その理由は彼女のパーティの基準がアレウスたちで凝り固まってしまっていたからだと前日に愚痴を零された。レベルやランク、そして立ち回りを他の冒険者に合わせた考え方に移るのに苦労したとも言っていた。


 だが、作戦における攻略難度の高いところには高レベルの冒険者が必要不可欠となる。その部分に限っては他の冒険者と合わせる必要はなく、むしろ目立つことで亜人たちを誘引して別パーティの負担を軽減できる。今回はアレウスたちがそれを受け持つ。ルーファスやクルタニカが通った道だ。キャラバン、そしてアライアンスにおける重要なポジションを彼や彼女たちと同じように務めるときが来ただけだ。


 各担当者からの指示や連絡を聞き終えたのち、パーティが遠目に見えるパザルネモレを目指して出発する。一塊だったパーティも三つの城門へと散らばるだけでなく、城壁を越えての侵入も含めて徐々に散り散りになっていく。


「オレたちは正門か。まぁ、そうだろうとは思っていたが」

「左右の城門よりも大きいし、ここから入れば城までの道はほぼ見えるんだ。途中、第二城門のために迂回しなきゃならないけど城への距離はここが最短だよ」

「ワタシが魔物だったらこの正門に一番強固な陣を敷く。ワタシたちみたいに群れを成す上に攻守の知性があればの話だけどな」

「亜人は人間の真似をする。それがどういったメリットやデメリットを生み出すか分からないままに、人間がそうしていたからという理由で動く。僕たちが突破するのに難攻するだろうなと思うなら、まず間違いなく正門は激戦になる」

「別動隊が裏手にも回ってくれているから、私たちが亜人を誘き出せたら崖を登って直接、城に入ってさえくれれば生存者を救出できるかも」

「ついでに裏を掻けるんだ。ワタシたちは不利でもなんでもない」


 籠城の最大の問題点は兵力ではなく食料と精神力。常に襲撃を受ける不安を感じながら毎日を切り抜け、籠城している者たちは食事を切り詰めて耐え凌ぐしかない。それらは外からの救援があることを信じているからこそできることで、救いがないと知れば気を狂わせる者も出てくる。その最大の問題が亜人たちにはない。だからアレウスは素直にノックスのように有利不利を判断することができない。むしろこの場合、人ならざる者でありながら人の姿をして惑わせてくる魔物の方が冒険者たちの精神を叩いてくるので亜人側に有利とすら思える。全ての冒険者が惑わされずに討ち倒せるのであれば心配する必要もない討伐戦だが、恐らくはそのようにはならないだろう。


 城壁を冒険者が登り、内側に入って閉じている城門の(かんぬき)を外して人力装置で縄を巻くことで門が左右に開く。突入した冒険者が亜人の返り討ちに遭い、逆にアレウスたちが誘き出されているのではと疑うほどに抵抗がなく、時間もかからなかった。その疑惑も内側から冒険者が戻ってきたことですぐに晴れたが、門を守っていないことへの違和感は拭えない。


 正門を開いたということは既に左右の門は開かれ、交戦状態にある。亜人たちがそちらに数を割くことで正門の防衛力を削ぐのだ。

「だからってこんな簡単に通すか?」

「考えても仕方がない。俺たちは行くしかないんだ」

 もう討伐戦は始まっている。正門から攻めなければ左右の門で戦っている冒険者への負担は凄まじい。この場合、足並みを崩そうとしているのはアレウスということになる。協力して討伐するという前提条件がある以上、転がり落ちる岩のように突き進まなければならない。

 オラセオの姿が見えた。こちらに軽く手を振ったのち、すぐに正面を向いた。アレウスが正門前の冒険者たちを指揮しているわけではないが、なにかしらの気配を感知したものと思われる。

『進んでください』

 リスティの『念話』が届く。各パーティも担当者からの連絡を受け、一塊となって正門を通り抜ける。


 大通りから中央広場まで。そのどこにも亜人の姿は見られない。しかしながら遠くから激しい炸裂音や金属音が響き渡り、時には冒険者のものと思われる雄叫びも聞こえる。

 ここではないところで戦ってはいる。では、どうして正門をわざわざ亜人が守っていないのか。


 ある冒険者が己を鼓舞するように叫ぶ。(せき)を切ったように複数のパーティが突撃を開始する。


 それを待っていたとばかりに居住区の屋内――家の中から亜人が飛び出す。


「やっぱり、待ち伏せか」

 アレウスはやや後退し、ガラハとノックスは前に出る。

「ガラハはそのままでいいけどノックスは戻ってこい!」

「……ちっ! そういうことかよ!」

 声掛けで察したノックスが翻って跳躍し後衛のアベリアよりも後ろに回る。直後、正門の人力装置を占拠していた冒険者たちが悲鳴を上げながら逃げ出し、複数の亜人が後方から押し寄せてくる。


 体中に口があるもの、腕と足が合計で八本あるもの、そして腕の先に人間の顔があるものなど、おぞましさの塊でしかない魔物が人間の言葉をこれでもかとこちらに浴びせて飛びかかってくるが、一切合切をノックスが骨の短剣を振って寄せ付けない。


「奇襲なんざ魔物がするもんじゃねぇんだよ」

 次から次へと後方の亜人に攻められる。アベリアの魔力弾を撃ちながらノックスを援護し、ヴェインが『盾』の魔法で彼女が捌き切れない攻撃を防ぐ。

「後ろが手一杯だな」

「だからと言って前が手薄というわけではないぞ」

 気付けばガラハも住居から飛び出してきた亜人を斧を振ることで追い払っている。


 この奇襲はアレウスのパーティだけを狙ったわけではない。正門組の冒険者たちは後方ではないにせよ正面以外にも右か左からの奇襲を受けて陣形が崩れ始めている。

 詠唱を終えて、魔法が飛び交う。炎、風、水といった基礎的な魔法を受けて亜人たちは人間のような悲鳴を上げながらも決して怯むことなく、むしろ身を焼かれようとも突き進み、冒険者の一人に噛み付く。

 己を鼓舞するための叫びが、一気に悲鳴へと塗り替えられる。人間のような姿をしていながら人間ではなく、人間を弄ぶかのような肉体を持ち、更には人間のように怨嗟の言葉を吐き捨ててくる。どれほどに精神力に自信があろうとも、こんな存在を間際に感じて、発狂しないわけがない。

「後ろはノックスとアベリアに任せる。僕はガラハと前方を防ぐ。ヴェインは横を見てくれ」

「は……はは、」

「ヴェイン!?」

 返事がなかったため強く彼の名を叫ぶ。

「っ! わ、るい。さすがに薄気味が悪くて、身が竦んでしまっている」

 我に返ったヴェインが弱音を吐く。そのことをアレウスは決して咎めない。むしろ弱音を吐いてくれたおかげで彼を気遣える。

「ヴェインを中心にして一歩ずつ後退。まずはこの最初の襲撃を乗り切る」

 城にはすぐにでも向かいたいが、生存者のために仲間を死なせるわけにもいかない。どちらの命も大事だが、仲間を一人欠いて状態では進めない。

 ガラハの斧を避けた亜人をアレウスが短剣で切り裂き、更に追撃してその喉を掻き切る。恨み節を吐かれるが無視して、次の亜人へと剣戟を放つ。

「お前たちはそれで僕の心を乱しているつもりなのかもしれないが」

 爪を避け、腕を切り落とし、腹に突き刺して貸し与えられた力を送り込んで火炎で焼き切ってから引き抜く。

「もう僕はその姿に怯える時期は終えている」

 異界で過ごした年月と『悪魔』に憑依された少年との戦い。エウカリスの叱咤。一年間の収容施設暮らし、そしてヴェラルドとナルシェとの別れ。そういった一切を吸収してアレウスはここにいる。もはや亜人の姿を見て、その姿に動揺する心は持ち合わせていない。


 たとえ持ち合わせていたとしても、亜人を人間と同等に扱わないように感情のコントロールができるようになっている。


「人を切るような感覚だ」

 ガラハが斧で亜人を断ち切りながら呟く。

「身の毛もよだつような話だが、しかしスティンガーが全くオレを責めてはこないのならやはり魔物らしい。どうやら妖精には人間との区別が付くようだ」

 スティンガーがガラハの懐から飛び出して、彼の切り払った亜人に妖精の鱗粉による爆発での追撃を行いながら宙を舞う。

「すまない……俺は、まだ、割り切れていないみたいだ」

「こんなこと割り切れんのは一部だ。むしろ割り切れなくていいんじゃねぇか? その分、別のところでワタシたちはテメェの力で助けられてんだ」

「乗り切れないなら私たちが守るだけ。ヴェインはしばらく休んでいて」

 迫ってきた亜人をアベリアが杖で打ち飛ばし、ノックスが追撃してその喉を骨の短剣で切り裂き、更に爪で腹を引き裂いてすぐに後退する。

「陣形は絶対に崩すな。左右にも気を配れ」

 右からの気配を感知してアレウスは飛んできた矢を短剣で払う。

「ほら、来たぞ!」

「弓も使うか。益々、小賢しい魔物だ。これではゴブリンやコボルトよりも厄介だな」

 ガラハは手甲で矢を弾きながら言う。

「だからこそゴブリン以上にここから亜人を出すわけにはいかない」

「“火の玉、踊れ”」

 後方の亜人たちが集まっている地帯にアベリアが複数の火球を落とす。

「続けて“火の玉、踊れ”」

 火球を落とす数を増やし、更に亜人たちを焼き払う。

「スティンガー!」

 ガラハに飛びかかり、斧に噛み付いてきた亜人を妖精が首元に鱗粉を撒き散らして炸裂させ、頭部を吹っ飛ばす。アレウスは尚も放たれる矢を短剣で叩き落としながら住居へと飛び込み、暗がりに身を隠して、どうにも人間とは思えない姿勢で弓矢を構えていた亜人を倒してすぐに陣形に戻る。

「……鉄の矢?」

 襲撃の最中、自身が叩き落とした矢に一瞬だけ目をやってから思わず疑問の声を零す。


 人間の模倣をしているのだから人間の持つ武器を使っている。そう考えれば妥当ではあるが、気に掛かってしまう。


「ボーッとしていたら死ぬぞ?」

 ガラハに亜人からの攻撃を庇ってもらい、気を取り直してアレウスは彼に追撃を行おうとしている亜人を切り払う。そして斧によってトドメが刺される。

「ちっ! アレウス! 見えちまったもんは仕方がねぇ! 助けに行く!」

 なにを言っているのか理解できないままノックスが陣形から離れた。感知の範囲を絞り、亜人の気配を除外して彼女の向かった先を考察する。

「……オラセオか。ヴェイン、動けるか?」

「動くことはできる。でも……ははっ、体も声も詠唱もままならないよ」

「僕たちは君を守りながら右側に行く。オラセオのパーティが押されているんだ」

「オラセオさんの?」

「ノックスがもう行ってしまった。苦戦しているところが見えたんだろう」

「見過ごせなかった、ってことかい?」

 鉄棍を支えにヴェインは身の震えを体中の筋肉に力を送ることで無理やり止める。

「ヒューマンを毛嫌いしていたノックスさんが助けに行って、人の命を救うこの俺が震えているなんて……あってはならないことだよ。僧侶として情けない。いや、元戦士としてもあり得ない……」

 スティンガーに粘着する亜人をヴェインが突っ込み、大きく大きく叫びながら鉄棍を顔面に叩き付ける。内側に溜め込んでいたありとあらゆる恐怖という恐怖をそれで吐き出し切った彼はアレウスを見る。

「すぐに行こう、アレウス」

「……まだ声が震えているぞ」

「ああ、だから……悪いけど、もう少しだけ君たちにおんぶにだっこだ」

「悪いとか言わないで」

「オレたちはいつもヴェインを困らせているからな」

「これでおあいこだ」

「……いいや、こんなことで俺の気苦労とおあいこになんてできると思わないでほしいな」

 冗談交じりに言われる。少しは彼らしさが戻っている。だが、変わらず負担を強いることはできない。

「オラセオの救援に行く。陣形を崩さずに走れるな?」

 三人が声と肯きで応じたことを確かめてからアレウスは「走れ」と言い、ノックスの向かった右の脇道に入って走り出す。もつれそうな足を必死に回してヴェインは付いてきている。問題はありそうだが、移動に関してはどうにかなりそうだ。


「下がれ下がれ! テメェらは前にしか進めねぇのか!」

 ノックスの声がすると共にアレウスたちは脇道から二本目の大通りに飛び出し、ノックスとオラセオが亜人を真正面で押さえ、彼の仲間たちが全身を震わせながら後退しているところに直面する。

「オラセオ!」

「その声は、アレウス君か!」

 盾で亜人の爪を防ぎ、剣を力強く振り抜いて亜人を一刀両断し、こちらを向く。

「みんな、助力が来たぞ!」

 震えている仲間をオラセオが見る。

「怯えるなとは言わない。震えるなとも言わない! だけど、なにもしないことは許さない! 俺たちの使命を思い出せ!」

 その鼓舞が一つの導線となり、射手の男が亜人を射抜く。

「そうだ、魔物から助け出すんだ」

「俺がビビッていられるか」

 オラセオと同様に戦士の男が両手剣を握り締めて前衛に立つ。

「“癒やしよ”」

 前衛二人に僧侶の女性が回復魔法を唱える。

「アベリアさん、一緒に」

「分かった」

「“火球よ、落ちろ”」

「“火の玉、踊れ”」

 魔法使いの女性とアベリアの詠唱が重なり、大量の火球が亜人たちの頭上に降り注いで辺り一面を火炎で包み込む。


「勝手に陣形を離れるな」

 アレウスはノックスの手を引いて一気に下がらせ、炎に焼かれながらも突っ込んでくる亜人たちから彼女を救う。

「だから見えちまったんだから助けに行くしかねぇだろ!」

「それを僕たちにちゃんと言え。仲間への報告は必須だ。僕たちは君と一緒にいた獣人ほどに感覚で状況は掴めないし、察せられない」

「……悪かったよ」

「次からはちゃんと言ってくれ。言えばちゃんと考える。意見を無視するように僕が見えるか?」

「見えない。なんにでも首を突っ込むように見える」

「だろう? だったら、信じてくれ」

「……分かった」

「僕も君をパーティに入れた動きを考慮できていなかった。この最初の襲撃を乗り切ったあと、休めるときがあったらもっと話し合おう。あと、オラセオの助けに入ったことは悪いことじゃない」

 パーティでの動きをノックスはまだ掴めていない。そしてアレウスもノックスがどこまで動くかを把握できていなかった。この二つが陣形を乱した。しかしこれはすぐに是正できる。

「それでアレウス君、これは一体どうする?」

「正面の大通りに戻る。オラセオたちも一緒に来てほしい。少しでも離れると前から後ろから、右から左から追い立てられる」

「従いましょう、オラセオ。私も彼の言っていることは間違っていないと思う」

 魔法使いの女性の言葉に彼が肯き、周りの仲間たちも納得の表情を見せる。

「正面の通りまで急いで戻ろう」

 そう言ってオラセオが走り出し、アレウスたちも続く。

「このあとはアレウス君の指示に、」

「いや、そうじゃない。そうじゃないだろ、オラセオ」

 大通りに戻り、未だ亜人が見えるその状況の中でアレウスは首を横に振る。

「僕は僕で、オラセオはオラセオでパーティを生かす方法を探るんだ。違うパーティのリーダーが言うことなんて、そんなすぐに聞けるものじゃないんだから。あなたのパーティのリーダーは、あなたなんだ」

「そう、だ、その通りだ。俺は、楽な方へと逃げようとしてしまった。自分の命だけでなく仲間たちまで君に委ねようとしてしまった」

「分かってんなら早くウチに指示を出せ」

 僧侶の女性が叱咤する。

「信じて戦え。ウチは前衛が死ぬところを見届けてから死ぬなんて絶対に嫌だからね。ちゃんと前衛らしく後衛を守り抜いて生き残って」

「おう」


 これでオラセオのパーティは立て直せたはずだ。


「ノックスを前衛に戻して僕が後ろを見る」

「左右は任せてくれ……いや、気にはしてくれ」

「亜人はその鉄棍で叩けるか?」

「自分の身を守ることぐらいなら」

「……僕は中衛と後衛の位置取りを取る。正面は完全に二人に任せて、アベリアとヴェインの両方の防衛を僕が立ち回りで管理する」

「正面に進むとしてどこまでだ? どこまでなら押していいんだ?」

「あそこに見える赤い屋根。あの家屋までは押していい」

 指差しながらアレウスは後退する。

「でも少しでも数が増えたら止まれ。捌き切るまで押すな。理由は、」

「分かってるよ、無理に押したら一気に捌き切れなくなるんだろ」

 説明を切るようにノックスがアレウスの言おうとしたことを先回りして言う。

「打開できる状況は絶対に来る。ひたすら耐えろ」

 そこまで言ってからアレウスは今にもアベリアに飛びかかりそうな亜人に剣戟を振るい、体を無理やり割り込ませてから流れるような動きで短剣を引き、喉笛に突き立てた。

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