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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第13章 -只、人で在れ-】
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捨てたくない

 パザルネモレへの道のりについてはさほどの苦労もない。むしろ夜間も構わず馬を走らせる馭者への負担が大きい。先遣隊とはいえキャラバンを崩すわけにはいかないため馬の足取りは馭者同士で合わせてはあるが、駆り立てる馬の調子が悪ければこれも隊を乱す要因となる。それを手綱一つでやり繰りするだけでなく、前方と後方の馬の歩みや調子に一早く気付いて合わせる。時折の勾配では荒れた馬さばきもあったが、こんなことで一々文句を言う気にもならない。商人や大事な荷物を届けるわけではないのだ。馭者に求められているのは隊列を乱さないことと馬の体調の管理、そして可能な限りの最速でアレウスたち冒険者を城塞都市へと送ることである。


 夜間の走行前には馬車を停めての休息及び食事会も開かれた。キャラバンでの消費を考慮してあまり日持ちのしない食料はここでほとんどの冒険者が馭者と共に消費し切った。酒を飲んでいた冒険者もいたが二日酔いを避ける者も多く、アレウスたちも後者だった。

 先遣隊の人数はおよそ二十数名。パーティで数えれば五つ。五人以上のパーティを組んでいるのが一つか二つ程度。それも馬車の一両で収まる。この数は亜人討伐として考えるなら心許ないが、本隊が来るまでの間の時間稼ぎや情報収集に割いた人数として考えれば多い。


 馬と馭者の働きにより冒険者たちは出発した次の日にはパザルネモレ近郊に到着した。馬車で運べるのはここまでとばかりに馭者が降りることを催促してくる。支払いはギルドが先に済ませているため不満があって降ろされるわけではなく、単純に彼らが安全に本隊のキャラバンと合流できるのがこの地点より少し手前だからのようだ。


「やっぱ馬車に揺られるのはあんまり得意じゃねぇな」

「乗り物酔いでもしたか?」

 ノックスは四足歩行で走る獣人を駆っていたことが大きく、馬車の揺れに滅法弱かったはずなのでアレウスは挑発気味ではあるが体調を気にする。

「慣れたっつーか慣らされた。あのリスティってやつに」

 クールクース王女救出を手伝ったときにはノックスもずっと馬車に乗っていた。あの往復で慣れない馬車の揺れにも三半規管が適応したのだろう。それ以外にもリスティは彼女がシンギングリンで暮らすためのあらゆる礼儀作法を教え込んでいるはずで、アレウスが見ていないときにも馬車に乗らされたりしていたのだろうか。そう思うくらいにはノックスがリスティのことを話す際には若干の忌々しさが込められていた。

「群れから追い出されたんだから獣人の社会性じゃなく人間社会に適応しろということだろう」

「山から降りているドワーフに言われちゃなんも言えねぇな。最近は食べ方が意地汚いと言われて辟易しているところだ」

「それ、私も言われた。シンギングリンでリスティさんと出会ってすぐのことだけど」

 アベリアは他人事ではないとばかりにノックスに同調する。

「僕の知らないところでリスティさんに食事に誘われたり?」

「なんかアレウスについて色々聞かれた気がする」

 初対面の頃はお互いに疑心暗鬼であったし実力を知っても尚、リスティはアレウスへの不信感を拭えなかった。だからアベリアを食事に誘うことでリスティの知らないアレウスの一面を聞き出そうとしたのだろう。

「なにも言わないで食事に行くなよ」

「だって美味しかったし」

「美味しかったで情報を売るな」

「だって食べるの好きだし」

 当時からリスティはアベリアが食事や食べ物に弱いことを知っていたのだろうか。その辺りも知らず知らずの内に調べられていたのだとすると、事務職から担当者に戻ってすぐにしては敏腕が過ぎる。しかし、そこで恐らくアベリアはノックスと同じように意地汚いと言われたのだろう。


 ノックスに食事にはアベリアの食への執念に通ずるものがある。きっとリスティはそう思ったに違いない。


「これから気を引き締めなければならないのに、気の抜けた会話だな」

「まぁもう見慣れた光景だよ。気にするほどでもないさ」

 ガラハの嘆きに対してヴェインはもはや悟りの極致に入っている。しかし、これでも僧侶としてはまだ半人前らしい。精神面では到達していても能力的、技能的に足りていなければ高僧に至れないのだ。


 近郊から城門へと徒歩で進み、道中でアベリアたちを残してノックスと二人切りになる。合流地点は小さな川に架けられている橋としたが、場合によっては馬車で降りた地点まで後退するかもしれないことをヴェインに事前に伝えられはしたものの、アレウスも同じ考えであったため同意した。


「どこもかしこも人間の気配しかしないが、臭いには魔物が混じっているな」

 城門が近付くにつれてノックスが違和感しかない言葉を口にする。

「感知している気配と嗅覚で違うことを伝えてくるせいで頭が変になりそうだ」

「鼻が良すぎるのも困りものだな」

 ふとアレウスは思い出す。

「ノックスってお酒は飲めるのか?」

「飲めはするが弱いぞ。酒なんて自然と発生するもんじゃねぇからな」

「じゃぁニィナと同じで酒の匂いを嗅ぐと酔いそうだな」

 異界から助け出したあとの祝いの席でニィナはお酒の匂いを嗅ぐだけで酔っていた。ノックスも鼻が利くのであれば同様に酔いが回るのではと思った。

「さすがにそこまで弱くはねぇよ」

「本当か?」

「多分……」

 自信なさげに彼女は答える。

「でも異界獣を討ったときの宴の席ではそこまで酔った記憶はねぇから」

「あんまり見かけなかったけど、酔い覚ましに離れていただけじゃ?」

「違う」

 あまりにも強い否定だったので、逆に本質を突いてしまったのではないかと思ってしまう。

「茶化しているつもりはないんだ。ただ、お酒の匂いを嗅いで酔っ払ったニィナに驚いているだけで」

「酔っ払ったフリじゃねぇのか?」

「僕だってそう思いたかったけどそうじゃなかったんだよ」

 そんな、場違いな話を展開しながらアレウスたちは城門前で足を止める。当たり前だが門は開かない。しかし、開いていないことが不可思議なのだ。


 斥候のために同じように城門前まで来た冒険者たちは各自が思う通りの活動へと移行する。城壁を登ろうと試みる者や城壁伝いになにか得られる情報はないかと歩き出す者、そして気配を消してパザルネモレへの抜け道を探る者と様々だ。


「なんで襲われてんのに門が開いてねぇんだ?」

「それは僕も不思議に思った」

「外側から魔物に襲われたんなら門は壊されちまうだろうし、内側から襲われたにしても逃げるために門は開くもんだろ」

 ノックスの言うことはまさにその通りでアレウスも肯いて同意を示す。魔物の襲撃を受けているのに門扉を閉じる理由は見当たらない。

「別の城門は壊されているかもしれない。どこから侵入があったかを調べよう」

 城門はまず最初にアレウスたちが調べたところ以外にも幾つかあるはずだ。城塞都市であるため、ボルガネムのように中心部を守るように円状に城壁は築かれ、第一の門を潜っても第二、第三の門と壁が阻む。全ては居住区などを犠牲にしても城を守るためだ。パザルネモレは丘陵に築かれた都市であり、城は門を潜らずとも仰げば視界に入る。勾配を用意することで外部からの進撃を凌ぎ、同時に火薬樽や岩を坂道から転がり落とすことで侵略者を一網打尽とする。とはいえ攻城戦に対して籠城戦は消耗を強いられれば強いられ不利となり、一度追い返したところで二の矢、三の矢を用意されればほぼ太刀打ちできない。パザルネモレ近郊は馬車で来られるほどに交通に支障をきたさない。どれほどに備蓄しようと、どれほどに対策を施そうとも落とされやすい城である。

「どこも壊れてねぇな」

 気配を消しつつ、ノックスが城壁伝いに走りながら言う。彼女を追い掛けながらアレウスも城壁を確かめるが、経年劣化こそあれ侵入を許すような穴は今のところどこにも見当たらない。

「こっちの城門も開いてないだけで壊れてないな」

 見えてきた別の城門前で足を止めてノックスと共に調べるが、やはり壊れていない。

「この感じじゃ一周してもどこも同じ感じじゃねぇか?」

「かもしれないな。でも、見ない限りは断定はできない」

 だが、アレウスも城塞都市の城壁を一周するほどの体力と時間はないことは理解している。このまま城壁の外を無駄に走り回るよりは中の様子を探るべきだろう。


 問題となっているのは襲撃を受けたパザルネモレがどういう状況にあるか。門が閉じられている以上、未だその中は不明のままである。城壁を登っていた冒険者ならばもう既になにか掴んでいるかもしれない。


「登れるか? 手伝ってやろうか?」

「ふざけるな」

 言いながらアレウスは城壁を見やる。

「と言いたいけど、手伝ってくれ。僕じゃ登れない。いや、登れるけど時間がかかる」

 凹凸があり、手を掛けるところも足を掛けるところも見える。しかしながら登攀(とうはん)は簡単ではない。申し出を受けてノックスがアレウスを抱えて跳躍し、凹凸に足の爪先を引っ掛けて更に跳躍する。ただの人間では引っ掛けることさえままならないような僅かな凹凸を見逃さずに彼女は四度、五度の跳躍で城壁の頂上へと登り切り、アレウスを下ろす。

「ありがとう」

「普通は逆だけどな」

「逆?」

「女が抱き上げられるもんだろって話だ」

 面倒臭そうな仕草を取る。

「え、なんだ? そういうのに憧れがあるのか?」

「ねぇよ!」

「声が大きい」

 またも強い否定が出てきた。どうやら憧れはあるらしい。アレウスは彼女の態度からそのように解釈する。


 城壁の頂上からパザルネモレを眺める。


「……言葉に出来ないな」

「ああ、ワタシも内側がこんなことになっているなんて思ってなかった。門が綺麗だった分、案外そんなに被害は出てねぇんじゃねぇかって楽観的になっちまったよ」

 至るところに死体が見える。損壊がとても激しい。綺麗な人の形を保てている死体は多くない。

「建物がほとんど壊れてないな」

「魔物にしちゃ、行儀が良すぎる」

「そこが亜人の怖いところ……なんだろうか」

 異界でしかアレウスは亜人と戦ったことはない。そしてその亜人はほとんどがヴァルゴによってけしかけられた尖兵だった。魂の虜囚になっても当然のことながら異界では人々が亜人の脅威に抗い、戦っていた。


 だからこそ、その生態をアレウスは掴み切れていない。たとえばこのように人が住んでいた街を襲ったあと、亜人がどのような活動をするのかさえ分かってはいない。


「亜人は建物を壊さないのか? 壊す必要がないから壊さなかった……?」

 壊れているのは人々が抗った形跡として残っている扉程度で、建物が倒壊するほどの上下に限らず前後左右から攻撃を受けた形跡は遠目からではどこにも見られない。窓ガラスが割れているぐらいだろうか。

「侵入できるところを探して、それで殺して回ってんのか?」

「あり得るな」

 そう言ってからアレウスとノックスはうつ伏せに身を隠す。


 パザルネモレの道を我が物顔で亜人が歩いている。気配としては人間だが、一瞬しか見えなかったが動きが人間のそれではなかった。気配消しを行っていても気取られてしまったのではないかと、半ば本能的に二人は伏せたのだ。


「た、たたた、たたた」

 なにか声が聞こえる。

「助けて、タスケテ、た、た、タスケ、テテテテテ……」


「なんだ今の?」

「人の声を真似しているんだ」

 人間が持ち合わせている心に訴えかけてくるのだ。アレウスも亜人を仕留めるときには大きく惑わされた。

「不気味だな」

「でもおかげでさっき見えたのが亜人だってことが分かった」


「お、にィ、ちゃァん。助けて、クレる、テ、言ったぁ、の、ニぃ」


 ソッと二人で城壁の頂上にある凹凸に身を隠しながら様子を窺っていると、無謀にもパザルネモレに突入した冒険者の姿が見えた。大きな声で名前を呼んでいる。それを聞いて亜人が翻り、グチャグチャと肉体を蠢かしながら冒険者に襲い掛かる。

「妹の声に、耐えられなかった……のか?」

 そもそもパザルネモレ出身者が先遣隊にはいるべきではない。リスティがそれを見落とすとは考えにくい。どんな担当者も、自身の受け持つ冒険者の出身地は把握しているはずだ。


 だったらあの男は馬車に乗り込むタイミングで身勝手にも乗り込んできたのだ。そもそも今回の討伐に参加できなかった男が、リスティの言っていたことを無視して無意味に突撃したのだ。


「救えない」

「見殺しにしちまうが、ワタシも無理だ。群れでもたまに起こる。先走った奴を止めようとすれば、被害が連鎖する」

 城壁からでは男へ援護する方法が限られる。短弓ではあそこまでは届かない。かと言って貸し与えられた力を行使すれば、全ての亜人に気取られる。もしこのパザルネモレを襲った亜人がヴァルゴの尖兵であったなら、人の言葉を理解し『原初の劫火』を知る異界獣には早々に知られたくはない。


 崩れた人の姿が一瞬だけ女の子の姿を象り、男が間際に近付いた瞬間に笑顔が崩れて肉体は伸縮し、関節と骨格を無視した奇妙な人体の姿を取って、足が男の首に巻き付き、両腕が男の腰回りを締め付け、その両方をただ力任せに亜人は圧し折った。死んだ男をそのまま抱えて亜人が道から姿を消す。


「……続かないな、良かった」

 まさか男の行動に感化されて次々と冒険者たちがパザルネモレに突入するのではと危惧したが、さすがにこの状況下で未熟な判断を下す者はいない。アレウスやノックスと同じく、斥候に来ている冒険者は男を見捨てる判断をした。安堵していいのか、それとも人間として終わってしまっていることに落ち込むべきなのか。そのどっちともつかない息をアレウスは吐く。

「さっきのは知っている姿や声に偽装していたが、誰にでもあんな風にするのか?」

「いや、それはない。ただ僕たちの本能に訴えかけるように意味も分からないままに人間の声を発し、さっきの冒険者が偶々、近親者だった。だからあんなことは恐らくこれっ切り。怖いのは、戦っている最中に奴らは助けや許しを請うてくることだ」

「その人の姿を取っているときが最も殺しやすそうだったな。なら、人間を殺すも同然か。ワタシは経験があるが……どうなんだ?」

「僕も亜人討伐の経験はある。みんなも覚悟はしているはずだ。でも、覚悟は揺らぐからな」

 ガラハは港町での経験から惑いはしてもそれを振り払うだけの精神力は得ていると思うのだが、ヴェインやアベリアは怪しいところがある。

「揺らいだところをワタシたちが補うってことか」

「さっき見た通り、人の姿を捨てたら関節や骨格は関係なくなる。人間と戦う気持ちで挑むと、逆にその形態が危なくなる」

「魔物との戦い方も考慮しつつ、人間と戦って殺す気持ちを持てってか? 滅茶苦茶だな」

「ああ、僕も滅茶苦茶だと思う。でもそれしかないんだ」

 アレウスは気配消しを続行しつつ立ち上がる。

「さっきの感じだと、僕の技能レベルでもあいつらは気付かなかった。気配さえ看破されないなら歩きながら街の全貌を把握しよう」

「ああ」

「あと、バレたなと思ったら全速力で逃げるぞ」

 ノックスが肯いたのを見てから第一の城壁の上から居住区を見渡し、続いて工業区や第二の城壁、第三の城壁を眺める。城はヴェインが言っていたように小さい――ようには見えない。相応に城の形式を取っている。どうやら彼の言うところの城の小ささに齟齬があったらしい。


「あそこが陥落していたら、奪還はほぼ不可能だな」

「この惨状を見て陥落していないと思うか?」

「思えない」

 そうなると本隊による攻撃はパザルネモレを破壊すること前提の戦いとなる。連合の崩壊した街で見た攻城兵器による有無を言わさない討伐が待っている。殺戮ではないことを運が良いと思うことはできない。

 なぜなら、その方法は連合の崩壊した街で行われていたからだ。あの街では骸骨兵を掃討するために外部からの投石機等を用いての街の破壊が行われた。それと同じことを今、アレウスたちはやることになりつつある。


 まだ生存者がいるかもしれない。なのに連合は街へ攻撃を仕掛けた。では、パザルネモレではどうだろうか。帝国の冒険者は、連合の兵士たちと同様にまだ生存者がいるかもしれないのに城塞都市の破壊という決断に乗るしかないのか。


「…………城門を開ける前に、怒涛の襲撃を受けたことで誰一人として脱出できないまま死んだ。亜人がそこまで脅威であったとしても、なにも対策を打てなかったはずがない。だから、僕たちは城がまだ陥落していないことを信じるしかないんだ」

 でなければ生存者を見捨てることになる。異界でも稀にしか見ることのない死体の山々の中を掻き分けてでも、なんとか生きることに縋り付いている善良な人々を冒険者として切り捨てる。

「そんなこと、僕にはできない」


 これは甘え。これは無駄な矜持。

 けれども、この感情に憧れてきたのだ。それを捨て去ることなどアレウスにはできなかった。

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