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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第13章 -只、人で在れ-】
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ありがたみ

 亜人襲撃の報告が上がったその日の内にアレウスとアベリアは手分けして仲間たちに召集をかけ、共同住宅にて旅支度を始める。

「それにしたって珍しいこともある。クラリエさんとクルタニカさんが誘いを断るなんて」

 自身の荷物を纏め終わって一息ついているヴェインが口を開く。

「こういったことには必ず参加すると思っていたんだけど」

「亜人はクラリエにとって親友を異界に留めた魔物の尖兵。意識せずとも過去と、そして別れを思い出してしまうのを嫌ったのだろう」

 ガラハが荷物を縄で更に一纏めにしようとするがヴェインが手でそれを断る。

「荷物を集約させて運んでもらうような長旅や険しい山道を行くわけじゃない。自分の荷物は自分で持つさ。でないと着いた直後に襲われれでもしたら、ガラハは思うように動けないだろう?」

「そのときは荷物を捨てる」

「それが正しいんだけど、その荷物を亜人に拾われた場合の被害が怖いんだよ。パーティの荷物を一纏めにしていれば、もはや絶望だよ」

「……そうだな、各々で持ち歩いた方がいいか。だが、重すぎて動けなくなったりはしないだろうな?」

「さすがにこの体で楽に運べる重量は知り尽くしているさ。アレウスのおかげでね」

「なんかイヤミに聞こえたな」

「いやぁ、アレウスといると冒険の経験値が増えていって嬉しいことこの上ない」

 わざらしく言っているだけで、本当にアレウスへイヤミを飛ばしているわけではない。部屋の中に漂う不安や緊張の雰囲気を払拭したいのだろう。

「臆病者の俺が冒険者を続けられているのも君のおかげだよ」

「なんだ? 今日で冒険者を引退する気か?」

「いや全然、これっぽっちもそんなことは考えていないよ」

「だったら唐突に感謝しないでくれ。エイミーと結婚して引退するのかと思った」

「ガムリンの件で俺はエイミーを怒らせただろう? あれから結婚を延期され続けている」

「婚約は改めてしたんでしょ?」

 アベリアが会話に入ってくる。

「したけど、怒っているから結婚はしてくれないんだよ」

「えー私だったらすぐにでもしたいかな、結婚」

 言葉になにか刺さるものを感じながらアレウスは荷物を詰める。

「だろう? なんでだと思う?」

「うーん……結婚を餌にヴェインを泳がせて、もっとなにか弱みを握りたいとか?」

「いや、それは……いや? どうだろうな、あるかもしれない。俺はこれまで清く正しく……は生きてはいないし交際もしていないから、うーん……」

「純粋に結婚でお前をこの土地に縛ってしまうことを嫌っているだけだと思うがな」

 悩み出したヴェインにガラハが助言する。

「お前は婚約者に甘すぎるから、結婚してしまえばギルドの依頼で遠方に向かう仕事は断り続けるだろう? それを嫌っているのかもしれない」

「俺が遠くの仕事を断ることをエイミーが嫌うというのもよく分からないな」

「結婚が足枷になってほしくないのだ。冒険者とは自由であるべきで、困っている者の元に助けに行く仕事。そこに枷を嵌めるようなことをしてしまえば、段々とヴェインの中にある仕事への意欲や冒険者としての矜持が薄らいでしまう。それだけは避けたいのだとオレは思うが」

「……そうか、やっぱり年長者の意見は参考になる」

「まるで私やアレウスの意見は参考にならないみたいな言い方をしないでほしい」

「つまり、エイミーと不仲になったわけじゃないんだな?」

「ああ、ずっと俺たちは愛し合っている仲だよ」

「だったらなんでこの話題を出した?」

「たまには俺も惚気話の一つくらいはしたくなるさ」

 まさかわざとらしいイヤミでもない言葉から話が発展して惚気になるとは思わなかった。アレウスは「なんだそりゃ」と呟きつつ鞄の口を閉じた。

「それで、クルタニカが来ない理由は?」

「カーネリアンの刀でちょっと呼ばれているみたい。空の上にお忍びで」

「刀の切れ味や強度なら僕はもう嫌というほど知っているぞ」

 あの刀身とあの刃にはどこにも失敗と呼べるような部分は見当たらなかった。カーネリアンに振るわれたことでそのことはアレウスが証明できる。

「最終の仕上げはどうしてもガルダの技術が必要みたいで、それは地上ではどうしても再現不可能な方法らしいの」

「じゃぁ……僕が試し切りとばかりに手合わせをしたときのあれでも、まだ未完成だったのか」

 未完成のままボコボコにされたのだが、もし完成品だったなら更に酷くボコボコにされていたとでも言うのだろうか。もはや考えたくもないことである。

「間違いなく『悪魔の心臓』関連だと思うよ。そればかりはドワーフの鍛冶屋もエルフの付与術も、どっちもお手上げだろうから」

 エキナシアの成長もそうだが、カーネリアンの刀に込められていた『悪魔の心臓』がその在り方を変えた。『冷獄の氷』に対応できるように地上で鍛造しても、まだエキナシアとの調整が完全に整ってはいない。カーネリアンが『超越者』になった以上、その主原因たるクルタニカもエキナシアの調整に付き合うことになったのだろう。


 普段は目立ちたがり屋で博徒でついでに酔っ払うと服を脱ぎ出してしまうクルタニカが果たして空の上で密かに息を潜めながらカーネリアンの刀の完成まで過ごせるかどうか、それはそれで見てみたくなった。アレウスはきっと今頃、震え上がりながらカーネリアンの背後に隠れているであろう彼女を想像して笑みを零す。


「ああ、そうだ。すっかり惚気話を聞かせて気分が良くなってしまって聞き忘れていたんだけど、ドナさんたちは屋敷に帰ったあとも問題なく? いや、エイミーから聞き出そうとしても仕事に関わることかもしれないからって教えてくれないんだよ」

「僕とジュリアンで確認している。フェルマータもエイラと一緒に遊んだり勉強に励んでいる。ただ、僕たちがシンギングリンを出ている間に役人から事情聴取される可能性は過分にある」

「身の潔白を証明するんじゃなく、なにが起きたのかを証言するってことだろう? そういうのが一番心に来るんだ。親子共々、気遣ってあげないと」

 証言するということは思い出すということ。ドナとエイラは忘れたいオークション会場での惨劇をもう一度、記憶を整理しながら語らなければならない。フェルマータの場合は意思疎通を取る段階で役人が諦めるだろう。

「ジュリアンが残ると言っている」

 彼はどこまでもエイラに全てを捧げている。本人はそのようには語らないし、そのような振る舞いをしているとは思っていないようだがアレウスからしてみればジュリアンのやっていることは大切なものに優先順位があるとするならば命の次にエイラを置いているとすら思えるほどだ。

「あのヒューマンは優秀が過ぎる。しかし、それゆえにまともに休めてもいない。オレからでは聞きはしても実行するまでに至らないからアレウスの方から休むように言い聞かせろ」

「そうさせてもらうよ」

「あのくらいの子は一番信頼を置いている人に言われないと納得もしてくれないものだよ。普通はそれが家族だったりするんだけど、彼はどうやら違うみたいだ」

 ヴェインの言う通り、ジュリアンはアレウスの言うことなら聞く耳を持ち、更に実行に移すまで検討してくれるがガラハやアベリアが注意してもそれを耳に入れて「分かりました」とは言っても直さない節がある。

 だが、ヴェインは信頼云々と言っていたがジュリアンは多少しかアレウスのことを信じていないようにも思える。

「信頼じゃなくて(なつ)いているんだと思う」

「動物みたいに言うなよ」

 だがアベリアの言葉は言い得て妙だ。信じているのではなく懐いている。アレウスにだけ素を見せてもいいだろうと勝手に思っているのだ。

「動物で思い出すのも悪い気はするんだけど、ノックスさんは?」

「行くとは言っていたけどあいつはあいつで支度はしないからな」

「その日暮らししかできないのか、獣人は」

 ガラハは呆れて、テーブルに残っている鞄に彼女のために道具を詰め始めた。


「……まぁ、不安はある。不安はあるけれど色んな人と関わったことでパーティ構成に余裕も生まれた。今回は前衛にガラハとノックスを置いた新機軸で動こうと思う。この五人でどのくらい立ち回れるかが知りたい。嫌なのは、その試す相手が亜人だということ。僕はヴァルゴの異界で体験済みだけど、みんなは少しでも気分が悪くなったり気持ちが耐えられないようだったら言ってくれ。肉体が健康であることも大切だけど、精神が健康であることも大切だから。辛くて苦しいことに耐え続ければ精神力が鍛えられるみたいな古臭いことを僕は言う気はない」

「ありたがいよ、パーティの心身の健康を気にしてくれるリーダーがいてくれるなんて。おかげで俺も無理をせずに済みそうだ」

 こうしてアレウスがなにかを言うたびにヴェインが補足してくれる。ボルガネムではこのやり取りがなかった。だからこそ、ありがたみが出てくる。

 ガラハが戦闘における支柱であるなら、ヴェインは精神的支柱である。そんな彼らはリーダーであるアレウスを支えとしてくれている。おかげでパーティには微塵も亀裂が生じない。それはアベリアも同じで、ここにいない仲間にも言えることだ。

 互いを認めて、互いを助け合う。時には喧嘩もするが、意見の言い合うことで感情を抑え込んで仲を保つ。種族が違う者たちで構成されやすいアレウスのパーティで出来ていることが世界全土では出来ていない。

 小さな集合体だから出来ていて、大きな集合体だから難しい。だとしても、命を奪い合うほどに至る。身の保身、国家、国民、国土、宗教、そして多くの観念を守るために他国のそれらを踏みにじる。


「このまま変わらなければいいのに」

 心の声は呟きとなったが、あまりにも小さく周囲には聞こえていない。

 むしろ聞こえなくて良かっただろう。


 その後、ノックス用の鞄に道具を詰め終えてからアレウスたちが共同住宅を出たときには空は赤みが掛かっており、落葉期の後わりを告げるような冷たい風が強く肌を撫でる。連合ではもっと寒かったことを考えれば大したことではないが、今年の寒冷期に向けてアレウスたちも準備を始めなければならない。


「遅いぞー、なにやってたんだよー」

 シンギングリンに新たに建設途中の街門付近に置かれている資材の上からピョンッと降りてノックスがアレウスの元へと駆け寄る。

「もうみんな集まってるぞ」

「着の身着のままで行く気か、お前は」

 言いながらガラハから受け取った鞄をノックスへと渡す。

「武器以外にも道具は持っておけ」

「走るときに邪魔なんだよなぁ」

 言いながらも肩に掛け、目立たないながらも尻尾をゆらゆらと揺らす。

「尻尾の毛、増えた?」

「んーあんまり暑さや寒さで毛はそこまで増えたり減ったりはしないな。父上はいっつも生え変わっていたけど」

 それでもアベリアには分かる程度には尻尾の毛が増えているらしい。

「そんなこと聞いてなにか意味あるか?」

「うわぁ」

 アレウスの言葉にアベリアが引き気味の声を零す。

「そういうとこだぞ」

「どういうとこだよ」

 ノックスも加勢してくるのでアレウスは反抗するが二人でヒソヒソ話を始めてしまった。こういうときだけ都合良く結託するのを阻む手立てはないものかと考えている内にリスティが手に握っていたハンドベルを鳴らす。警鐘とは異なる音色であるため人々が注目はしても慌てふためくことはない。代わりにアレウスたちを含む冒険者たちが気を引き締める。


「これより南東の街、パザルネモレへと我々は向かいます。ですが、今日に出立する冒険者は先遣隊であることを忘れないでください。パザルネモレを襲撃した亜人を討伐するのは本隊の到着後ですので、早くとも明後日の朝となります。その後は私たち担当者のみならず参加した冒険者全員と協力して亜人を全て討伐します。先遣隊は可能な限り街の内部、及び周囲を観察するのみに留めて戦闘を避けてください。それでも街の外へと亜人が移動を始めるようでしたらそれを阻止し、時間を稼ぐように。決して全滅などしないように努めるように。蛮勇は同時に死へと直結します。手柄は逃げません、分配しても目減りすることなくあなた方の偉業として語られます」

 リスティが強くハンドベルを鳴らす。

「それでは先遣隊の皆さんはギルドで用意した馬車に乗り込んでください。一つのパーティにつき一つの馬車を用意していますが、五人以上のパーティを組んでいらっしゃる方々はパーティを二つに分けて馬車に乗り込むように。あなた方の(わだち)が、後続の私たちの道標(みちしるべ)となります。甦るとはいえ、どうか死なないでください」

 各々の冒険者が自身のパーティを鼓舞するように大声を上げる中、アレウスは振り返ってアベリアたちを見る。


「君も大声を出せばいいのに」

「出すような男に見えるか?」

「そうだな、見えない。だからこそ君が大声で檄を飛ばしたり指示を飛ばすときは追い詰められているときか絶好の機会が訪れているときだと分かるんだ」

「他の冒険者と協力すれば困難な討伐じゃない。邪魔されるようなことがあっても冷静さを保て」

「邪魔されると思っている時点で駄目だろうな」

 そう言ってガラハは溜め息をついた。

「ま、ぁ……とにかくだ」

 アレウスは喉の調子を整える。

「どんな姿をしていても魔物は魔物だ。近付けば亜人だと絶対に分かるから気は抜くな。僅かでも殺す機会があれば奴らはそこを突いてくる。隙は見せてもいいが、命だけは晒すな」

 全員が肯いたのを見て、アレウスは仲間を伴って馬車へと乗り込んだ。


 馭者が馬を駆り、冒険者を乗せたキャラバンがシンギングリンを発つ。


「パザルネモレって城塞都市じゃなかったっけ?」

「城主が亡くなってから随分経つとは聞いたけど」

 アレウスはアベリアに対してふんわりとした答えしか返せない。

「城主のいない城塞都市で有名だよ。正確には城主が(まつりごと)から引退を表明したから都長を中心とした行政に切り替わったんだ。城はそんなに大きくなくて、今は都長の住居として提供されているんだ。それもこれも城主が引退してすぐに亡くなってしまったからだけど」

「その言い方だとヴェインはあまり快く思っていないな?」

「城主は自身の年齢から引退を決めてすぐに亡くなったとはいえ、その住まいを我が物顔で都長が使うのはどうかなと思ってはいるよ。それじゃ都長が城主になったみたいじゃないか」

「群れの長が変われば方針も変わる。ヒューマンの街でも同じことが起こって、不満を持った連中が出てきたとかか?」

「うーん、そこまでは詳しくないかな。でも、パザルネモレについてあんまり悪い噂は聞かないよ。そう、まさに悪い噂なんて都長が城を使っていることぐらい。それ以外は特になにかが酷いとは聞かないな。バートハミドよりはマシなはずだよ」

 そのように笑って言ってはいるが、ヴェインにとってはあまり笑える話ではない。バートハミドは自身の村出身者の移住先であると同時に彼やエイミーの親類がいる街だ。ガムリンのような貴族連中が幅を利かせている状況が改善されることを願っているに違いない。

「向こうに着いたらまずは僕とノックスで斥候に出る。ガラハはアベリアとヴェインを守ってくれ」

「クラリエがいてくれたら全部任せられるのに」

「ふんっ、あのエルフに負けてたまるか」

 ノックスはアベリアの嘆息に強気で返す。

「そう思うなら帽子で耳を隠して尻尾も極力見せるな。獣人ってだけで喧嘩を売ってくるような冒険者もいないわけじゃない」

「だったらそいつをボコボコにしてやる」

「協力する相手をボコボコにするな」

「信用できないって言っていたアレウスがノックスさんに説教できる立ち位置にはいないんじゃないかい? お願いだからあんまり軋轢は生じさせないでくれ。主に俺が関係修復に駆り出されるんだから」

 困り顔をするヴェインの肩をガラハが仕方ないとばかりに叩く。まさに苦労人への気遣いといった様子にアレウスとノックスは小さく「はい」と呟くのだった。

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