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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第1章 -冒険者たち-】
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冷静な自分を取り戻す

「この異界はずっと海中だと思うかい?」

「ピスケスが巨大な魚なら、気泡みたいな特殊な場所を除いて全界層がそうだと思う」

 アベリアが返事をする。

「ベースは何界だろうね」

「最下層だと思う。浅いところにベースを作ったら、生者が逃げやすくなっちゃうから」

「今は何界なんだい?」

「三界。最下層は四界層だから、私たちは登るしかない」

「碌に休憩することも出来なさそうか……」


 その言葉の端々に、アレウスは妙な勘繰りをしてしまう。どれもこれもが、「アレウスのせいで」と言いたいのではないか。そうやって、遠回しに自分を責めているのではないだろうか。そのように考え、気分が落ち込む。まさにその通りだからこそ、返す言葉もないのだ。そしてあろうことか助けなければならないヴェインの補助魔法によって生かされている。立つ瀬がない。


「空気を吸い込む……ここだと水を吸い込むような穴を探すんだ」

 しかし、自身が落ち込んでいるからと言って、投げやりにはなってはならない。リスティに注意されたことを頭の中で反芻し、一旦、気持ちを措く。自分自身の不甲斐無いと思っている感情を措いて、助かることを最優先に考える。

「登って、しばらく様子を見る。異界獣も界層を自由自在に行き来するから、界層を登って来たらもう一つ登る……と言いたいところだけど一界は最終感知エリアだろうから、登った先でまた追い掛けられるようだったら今度は降りるしかない」

「最終感知エリア?」

「絶対に異界獣に気付かれる界層。一界がほとんどだって、異界冒険譚に書かれてたの」

「一界だと分かったら、あれも容赦無く気泡を潰して回るはずだ」

「でも、どうするんだい? 一界に登らなきゃ脱出は出来ない」


「だから僕たちはヴェインと合流したあとは、比較的、安全な場所で待機するように言われている。あの異界獣から逃げおおせる手段は僕たちにはない。だから、救助の冒険者がやって来るのを耐え忍ぶだけだ。一日か、それとも二日か、それは分からない。だけど、僕が死ぬまでは二人は絶対に死なせない」

 宣誓する。アレウスは自らの命を賭けることで、言い放った言葉を覚悟に変える。


「異界に入ったらどれくらいで発狂するんだい?」

「捨てられた異界なら、一ヶ月近く。異界獣の異界なら、三日から一週間……」

 男の手帳に書かれていたことを思い出し、アレウスはそう口にする。

 水中を自由自在に泳ぎ回る魔物たちも水底を地上同然に歩いている三人を攻撃しようとはしないらしい。どちらかと言えば、魔物に有利がある。その泳ぎの速さで攪乱して、一気に三人を追い詰めることも出来るはずなのだが、そうしては来ない。ピスケスに勘付かれて、諸共で呑み込まれることをひょっとすると嫌っているのだろうか。そうなのだとしても同情も、そして共同戦線を張りたいとも思わない。


「穴……か。堕ちる方だな」

 見つけた穴は、水を吐き出している。これに入っても、登ることは出来ない。


「どうする? 最下層まで降りて、安全なベースで待機するかい?」

「登る苦労を考えるなら、ここは堕ちたくはないが……」

 チラッとアレウスはアベリアを見る。

「あの光球が半永久的に機能するとしても、アベリアやヴェインからは常に水の中へ魔力が流れてしまっている状態だ。魔力切れを起こすことを考えるなら、休める場所を求めるのも悪くないかも知れない」


「私は反対」

 いつもは迎合するアベリアが反論する。

「安全策が功を奏するかどうかなんて堕ちなきゃ分からない。その、堕ちなきゃってところが嫌。最下層も同じように魔力が流れるようになっているなら、休んだって意味が無い。私たちは登るの。堕ちたら、登る。更に堕ちることなんて、考えたくない」

「それは……そうだが」

 慎重に慎重を重ねた結果の意見だったのだが、アベリアからしてみればいつものアレウスらしくはなかったのかも知れない。

「俺は異界の経験はほぼ無いからね。君たちの意見に従うよ」

「……だが」

「前を見るんだったら、ここは登るべき」

「前を、見る」

「後ろは見ちゃ駄目。逃げの一手だって、場合によっては前進。アレウスは私にそう言った」

 これは、反論の余地は無さそうだ。


「分かった、登ろう。だからこの穴には入らない」

 アレウスはそれから、数秒だけ考えてヴェインに向き直る。

「僕はミスをした。ヴェインとエイミーが水から上がって来た時、もっとキックルを引き寄せなきゃならなかった。なのに焦った。一人でも対処できると思ったんだ。でも、実際は異界の穴に引き込まれそうになった。身を呈して、僕を助けてくれたことに感謝する。それと、こんなことになってしまって申し訳ない」


「なんだ、そんなことでずっと居心地が悪そうにしていたのかい?」

「僕の中じゃ、そんなことじゃないんだ」


「君は身を呈して俺とエイミーを助けようとした。そして俺は身を呈して君を助けようとした。そこになにか違いはあるのかい? 命の価値が異なるから、身を呈することは正しくないとでも言うのかい? 命の価値は平等だ。俺はね、失ってはならないと思ったんだ。君の生き方は危うい。だけど危ういからって、目の前の命をむざむざと奪われるのは我慢ならない。それに、君の危うさには確かな足取りがある。俺は誇らしく思っているくらいだ。戦士から僧侶となった身ではあるけれど、僧侶として、聖職者として君の命を救うために再び溜め池に飛び込めたことに」


「でも」

「元はと言えば、俺がキックルを背中に張り付けさせてしまったことも原因の一つなんだ。自分を責めなくて良い。君が君自身を責めるのなら、俺は俺自身を責めなきゃならなくなってしまう。それは確かに平等ではあるけれど、悪い意味での平等だ。無しにしよう。そうした方が俺たちはずっとずっと、自分らしく振る舞える」

 ヴェインは人を疑うということを知らないのではないか。そう思ってしまうほどだ。アレウスには、その言葉の端々から受け取れるものは聖人にしか口に出来ない代物ばかりのように思えてしまう。

「さぁ、君がずっと気持ちを沈ませている暇は無いんだよ。さっき、君は言ったよね。俺とアベリアさんは、自分が死ぬまでは死なせないと。それを果たしてもらわないと」

「……ああ」

 ヴェインに許されたことで肩の荷が下りた。いつもの調子が戻って来る。冷え切っていた心が温もりを帯び、体中の血液が熱を抱く。

 いや、熱は元々あったのだ。アレウスが冷たいと思っていただけに過ぎない。体温はいつも通り。変わっているのはここが海中か地上か。異界か世界か。それぐらいの違いしかない。

「行こう」

 力強くとも、しかし声量は抑えめにアレウスは言い、そのいつもの声音にアベリアが小さく微笑む。

「隊列は考えない。魔物は全てが泳いでやって来る。地面の下を通ってやって来ることはないが、前後左右と上を奪われている。これだと気付けても間に合わない。だから、警戒を厳にして欲しい。三人全員が列を作らず固まって動く。これが一番良いはず。ただ、腕を振れる距離だけは作る。でなきゃ反撃する時に互いに邪魔になってしまう」

 アレウスが得意としているのは洞窟や墳墓のような構造で、このような広い空間での戦い方は不得手――と言うわけではないのだが不慣れである。そのため、囲まれることを想定しなければならない。魔物一匹に対して多勢に無勢で攻めるように、魔物もまた一人に対して大勢で襲い掛かって来る。だが、三人で固まって動けば、一人一人がはぐれて囲まれる心配は解消される。加えて、現在の三界層はピスケスが暴れに暴れたために魔物の数が少ない。その内に、進められるところまで進みたい。


 そうして水底を歩き続ける。比較的、安全と呼べるレベルで進めている。逆にそれが不安になるくらいであった。アベリアもヴェインも全く気を抜かずにアレウスから離れずにいる。落ち着いて周りは見えている上に、ピスケスの急襲もない。


「あっちの穴は……登る穴か」

 見えて来た穴をすぐに登る穴だと遠目から確認は取れたが、アレウスは足を止める。

「どうかしたのかい?」


「サハギンとキックルが異界獣のピスケスに沢山、呑み込まれたのは見た。けれどあまりにも数が少ない気がする」


「あれだけ暴れ回ったんだ、無理もない」

 それはアレウスも思った。だが、どうにも釈然としない。

「……三つ数えたら全力疾走だ」

「でも、そんなに大きな音を立てたらピスケスが気付く」


「同時に攪乱も出来る。ピスケスは僕たちが登ったか降りたかを判断することは出来ないんだ。出来るのは最終感知エリアに引っ掛かったか引っ掛からなかったか。僕たちが経験した、あの異界でも……あいつは最終感知エリアに僕たちが引っ掛かってから追い掛け、そして登って来た」

 それまでリオンがなにをしていたかは不明だが、五界層から二界層に至るまでの間は全く姿を現すことはなかったのだ。


 つまり、異界獣は異界において常にアレウスたちを感知出来ているわけではない。見つけられるわけではない、と考えることが出来る。ピスケスはアレウスたちを見失い、水中を漂っていることだろう。そして、ここで全力疾走をしたならばすぐにそれに反応する。


 だが、穴がそこにあることをピスケスは分かっているのだろうか。穴から逃げたという判断を一体どうやって行うのだろうか。ピスケスはサハギンたちと会話を交わせるわけではない。


「堕ちたのか登ったのかもあいつは分からないはずだ。だから、穴にさえ入ってしまえば一時的にピスケスを撒くことが出来る。あいつは、しばらくここに留まって考えるはずだ。登るべきか、降りるべきか。その二択に迫られる。そしてひょっとしたら更に一つの選択として、留まり続けることを選ぶかも知れない。何故なら、最終感知エリアにさえ僕たちが引っ掛かりさえすれば良いんだ。それだけで僕たちの居場所を突き止めることが出来る。わざわざ自分から探しに行く手間を、ピスケスが取るとは……考えにくい」


 考えにくいだけで、ピスケスは『泳ぎ続ける者』という通称の通り、広範囲を泳ぎ回る。その手間を自ら選び取ることも考慮しなければならない。


「でも、アベリアさんの言うように走れば気付かれてしまうよ?」

「気付かれはする。けれど、僕たちを正確に呑み込むことは絶対に出来ない」

 信じて欲しい。そう言わずにアレウスは目力で二人に訴える。

「君たちの意見を尊重する。アレウスが言うんなら、俺もそれに従おう」

「私だって」

「三つ数えるぞ。三、二、一……!!」


 アレウスを先頭に穴へ向かって一直線に駆け出す。大きな水の揺らぎを感じた。ピスケスが走り出したことに気付いたのかも知れない。

 だが同時に、穴の周囲から一斉にサハギンとキックルが飛び出して来る。


「もしかして、穴がここにあるのを知って近くの岩場に隠れ潜んでいた?」

「アレウスは見ていたの?」

 走りながらアベリアが訊ねて来る。

「獲物を逃がしたくなければ穴の周囲に張り込む。さっきの穴の周りにほとんど居なかったんなら、残りの魔物たちはみんなこっちに集まっているだろうって考えた」

 サハギンが泳ぎ、キックルもまた周辺を泳ぎ回る。唸り声と蛙の鳴き声、彼らが水を掻く音、水を蹴る音。それらが響いてピスケスが生み出す水流が大きく乱れる。


 音で気付かれるのなら、多数の音に埋もれさせてしまえば良い。水底を人種が走る音など初めて聞いただろう。けれどそれ以上にサハギンとキックルの数が多過ぎる。自身の超音波で感知できる物体との距離、発せられる音源の感知。


 その二つの情報を一挙に処理することよりも、アレウスがピスケスならこう考える。

 “纏めて呑み込んでしまえば良い”と。だが逆にそれが、呑み込む照準をブレさせるのだ。


 大雑把になる分、アレウスたちを正確に呑み込みには来ない。回り道をしながらピスケスが泳いで魔物たちを呑み込んでいる。それは最も多くの音を呑み込める角度からの襲撃である。


 だからこそ、一直線に来られるよりも(いとま)が出来る。図らずも、異界獣が自身の代謝物で生み出した魔物に紛れ込めた。ならば、この隠れ(みの)を一匹一匹、丁寧に相手にする必要も無い。穴に入ってしまえばそれでこの界層は終わる。


 ピスケスの急襲に魔物たちが驚き、逃げ惑っている内にアレウスたちは穴へと入り込み、二界層へと登った。

「集まって頂き、ありがとうございます。着いて早々で申し訳ないのですが、これから真っ先に異界へ向かう先遣隊を決めなければなりません」


「話し合っている暇はありませんわ。わたくしが向かいますわ」

「また君は相談も無しに勝手に決める」

「殿方の皆々様はしっかりと作戦を考えて、わたくしに続いて下さいませ」


「……向かわせてよろしかったんですか?」


「ふはははっ、気にすんなよ。俺たちは最初からあいつを一人で放り込むつもりだったんだからよ」

「『風巫女』には異界を調べ尽くしてもらって、『異端』のアリスたちと合流させたい。私たちが行くのはそのあとだよ」


「……幾ら、上級であっても一人で異界の調査は危険極まりないのでは」

「落ち着いて、リスティ。なにも考えずに仲間を一人だけで先行させる冒険者は居ないわよ」


「正直なところ、彼女の奔放さは私たちの捜索にも影響が出かねないからね。出来ることなら、彼女が魔法を使ったあとに合流したいものだよ。特に今回は物凄くやる気に満ち溢れていてね……そういう時の彼女とはあんまり、異界に堕ちたくはない」

「安心しな。今日の俺はツイている。絶好の瞬間に合流させてやるよ」


 リスティは手元にある資料に目を通す。

「『風巫女』……特異体質のため、特別職……『上級』にして、『至高』へ歩み続ける者……ですか」

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