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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第12章 -君が君である限り-】
559/705

酷い話


「『聖痕』を持った女の子を手中に収めておきながら手放した。その理由を聞こうかしら?」

「手中に収めていても、使えないのであればただの宝の持ち腐れ。それどころかただの足手纏いとなります」

「足手纏いになるかも宝の持ち腐れになるかもあなたが決めていいことじゃない。決めるのはこの私」

「しかしながら、聖女になり切れていない者を手元に置いておいたところで、」

「事後報告をしている時点であなたの言葉に耳を貸す気はないの。分かる?」

「……はい」

「まったく……あなたでなければ『異端審問会』から摘まみ出すだけでは済まず、私自らの手で処罰を与えなければならないところでした」

「申し訳ございません」

「それはどれに対しての謝罪なのかしら? 私の手を煩わせることに対してか、それとも聖女見習いを確保していたことを黙っていたことに関してか、その聖女見習いを独断で追放したことか」

 数えるように指を折り曲げながら女は言う。

「この三つだけじゃなく、あなたはそれこそもう両手の指じゃ数え切れないほどのことをしでかしているわよ?」

「申し訳ございません」

「謝れば私の癇癪が治まるとでも思っているのかしら。そういうところが嫌いよ」

 そこで一旦、溜め息をつく。

「けれど……今はシロノアと名乗っているんだったかしら。あなたの『異端審問会』での働きは多くの目に余る行動をも凌駕する。王国の城を取ってくれたのも感謝しているわ」

「僕はただ、自分の動きやすい場所を持っておきたかっただけですが」

「ええ、けれどあなたはそれが王国に影響を及ぼすものであればあるほどいいと判断して城を奪ったのでしょう? 王女は殺していないわよね?」

「死んだ方が幸せだと思うような仕打ちを受けていますが」

「過去の王国の負の遺産を自ら率先して持ち出した王女には相応しい顛末よ。それに死んでいない以上、マクシミリアンも国威発揚に妹を利用できない。死んでいないんだもの。けれど王女奪還を掲げれば城が落ちたことが国民に露呈する。常勝無敗を己が信条としているマクシミリアンにとって落城を伝えることなどできやしないでしょう」

「それでもマクシミリアンは動くでしょう」

「或いは残りの王位継承権を持った誰かが王女の城に――いいえ、あなたの城に攻め寄せることはあると思うわ。でも、それは考慮しているのでしょう?」

「はい」

「抜かりないわね。まぁ、シロノアの策略が『異端審問会』の益になるのなら私が口出しすることもないわ。ただ、聖女見習いについては言ってほしかった。それだけよ」

「さほど危険な『魔眼』に目覚めるとは思えなかったがゆえの判断です。あの『魔眼収集家』ですら興味を示さなかったので」

「馬鹿ね、私だって聖女見習いが欲しいわけじゃないわ。欲しいのは見習いであれ聖女がいるという事実。いずれ聖女に至るのであれば、そこに求心力が生じる。信仰心の糧になるのなら、足手纏いだろうがなんだろうが置いておくだけで構わないのよ」

 女は言い切って椅子に座り直す。身に付けている鎧が女が持ち合わせている気高さを象徴するかのように甲高い金属音を奏でる。

「『魔眼収集家』も一応は聖女ですが?」

「あれを聖女として祀り上げることが正しいとあなたは思う?」

 シロノアは首を横に振る。

「頭がイカレている聖女に求心力なんてないわ。私も何人かの聖女について調べ上げたけど、どいつもこいつもまともじゃない。唯一、まともそうだった『蜜眼』のアニマート・ハルモニアは『魔眼収集家』が壊してしまったし、もうこの世にまともな聖女はいないでしょうね。だから聖女見習いはこちらで教育を施せば或いは……まぁ、過ぎてしまったことをどうこう言っても仕方がないわね。眼に価値を求めていたあなたたちと、聖女という肩書きを求めていた私とでは方向性が違っただけのこと。放り出して戻ってくる可能性は?」

「無いとは言い切れませんが、聖女見習いを保護した連中に少しでも真っ当な頭があれば恐らくは戻ってはこないでしょう」

「そうね、戻ってくるときは『異端審問会』のあなたと戦う気であるはず。けれど、私はシロノアが負けるとも思わないし、そもそもその戦闘が起こる未来も見えない。なにが言いたいかって言うと、世の中は馬鹿ばかりじゃない」

 女は疲労を露わにしつつも、背筋を伸ばす。

「お疲れでしょうか?」

「ええ、頭を悩ませる連中は山ほどいるから」

 あなたほどではないけれど、と女は付け足す。

「見るべきは王国の動向、そして聖女見習いが戻るのか否か。あとは些末な事ね。大きな事態になってからでも対処はできるはずよ。人の疲れを気にするのは勝手だけれど、あなたも城下町の異端審問で疲れているでしょうから自分のお城でゆっくりと休養するといいわ」

「分かりました、シンドウ様」

「……驚いた、久し振りにその名で呼ばれたわ。けれど、あなたと同じで古い名前は嫌なことを思い出すから捨てているのよ。さすがのあなたであってもその名で呼ぶことは許さないわ。だから今の私の名前は――」



「アレウス君がリゾラちゃんと寝たこと、アベリアちゃんも気付いていると思うよ」

 本格的な寒冷期が訪れる前にアレウスたちは帝国行きの馬車に乗り、聖都を()った。オーネストがリゾラを預かり、更に奴隷の男と共にボルガネムを離れる支度を始めていたが、そういった荷造りの邪魔をするわけにもいかなかったため顔を見せるだけの挨拶に留めた。

 聖女や『不死人』の見送りはなかった。『落星』を止めたのはあくまで聖女であり、更にはその使徒たる『不死人』ということになっている。あの日の金属片の雨は聖女が起こした奇跡の一つという扱いとなり、余所者であるアレウスたちを見送る理由がどこにもなくなってしまったからだ。そもそも見送られたくもなかったため、ここに関してなにか思うこともない。アレウスたちも功績を奪われたことをとやかくは言わなかった。そういった足跡が残っていると、政治的な面に足を踏み込んでしまいかねない。特にオークション会場の惨劇は致命的で、あの場に関わってはいなくともいたという事実があるだけでアレウスたちは行動制限を取られてもおかしくない。

 だからこそ、なにもかもがただの観光だけで締め括られたのであれば、なにも文句はないのだ。


 ただし、ドナはその限りではない。彼女は帝国でひょっとしたら現場の生き残りとして事情聴取を受けるかもしれない。犯罪者として扱われないだけマシだろうがエイラが色々と気負ってしまいそうだ。


 そういった不安を抱えた馬車の中、みんなが寝静まった夜の道を馭者が馬を手繰りながら進ませている最中にクラリエはそう切り出した。


()ってことは」

「そりゃあたしも気付いているよ」

「そ、うか」

「アベリアちゃんは嫉妬こそするけど、独占欲が薄いんだよねぇ。誰かがあなたのことを好きになっても仕方がないと思っているし、あなたが誰かとそういった関係になることも、その誰かがアレウス君の魅力に気付いたんだから仕方がないって思っちゃう。まぁでも、何度もそれを繰り返されると耐えられるものじゃないと思うけど。割り切ることはできていても、心はどんどん荒んじゃう」

「……はい」

「あなたにとっての一番がアベリアちゃんであること。この部分が揺れたら、多分だけど許せなくなるかもね」

「そこは絶対に変わらない」

「即答できるんなら当面は大丈夫だけど、あれもこれも手当たり次第に抱くのはやめてあげて」

「……いや、僕はそこまでクズじゃない」

 リゾラとそういった関係になってしまったのにはちゃんとした理由があり、過去との決別のためにも必須のことだった。ただ、それをクラリエやアベリアに説明はできない。産まれ直す前の話などしたところで全てを信じてはくれないだろう。ましてやリゾラまで同じことを言い出したなら二人で口裏を合わせているとすら思うに違いない。


 なにより前世にそこまで強い繋がりがあったことにアベリアが嫉妬心を抱きかねない。


「『好きの気持ちに順番はないよ』。アベリアちゃんはあたしにそう言っていたよ? だから、あなたへ好意を寄せる子たちの気持ちを受け入れることを頑張ってる。それは、あなたが帝国の特例を手に入れるのに本気になり始めたからでもあると思うけど」

「だってそうしなきゃ僕は責任を取れない」

「だよねぇ、そう言うと思った。アレウス君は寄せられた好意に責任を抱きすぎている。人ってもっと簡単に愛し合って、簡単に別れるものだとあたしは思っているんだけど。失恋ってその過程で起こることでしょ?」

「悲しい気持ちにさせるのは、辛い……」

「それこそ自分勝手な感情だねぇ。誰かを好きになって、誰かに嫌われて、誰かと愛し合って、誰かと別れて、誰かに告白して、誰かと付き合って、誰かに奪われて……失恋も心や感情を育てる大事な要因なのに。でも、あたしたちはその出会いを、その付き合いを、その恋愛を、たった一度切りと思い込んでしまう。特にミーディアムのあたしやクルタニカ、ノックスなんかは酷いものだよ」

「だから、」

「でも、好いている相手に責任を背負ってもらいたいと思っているわけじゃない」

 アレウスの言葉をクラリエは切る。

「勝手に好きになっている側が、この気持ちに責任を持ってくれなんて言える立場にないんだよ。ましてやアベリアちゃんがいるのに、感情は余計に酷く昂ってしまう。苦しくて苦しくて、死んでしまうんじゃないかってほどに」

 虚しそうにクラリエは幌を少しだけ捲って、外の景色を見る。

「迷惑なら迷惑と言ってね? あたしたちはアベリアちゃんとの仲を引き裂きたいと思っているわけじゃないから」

「…………うん、でも」

 アレウスはしばしの沈黙の中で言葉を整理して話す。

「僕は向けられた好意を断ち切れるほどの善人じゃないんだ。自分でも信じられないくらいの独占欲と支配欲の塊で、向けられた好意を手にしたと確信したら絶対に手放したくないとすら思ってしまう。だから、横恋慕を罪深く感じている君たちの気持ちを、少しでも軽くするためだけじゃないんだ。僕はちゃんと自分の中で自分の欲と相談して決めたんだ」

「ふぅん? 要するに好意を寄せている子たちを全員抱きたい?」

「クズだけど、その通りだよ」

 そう言い切るとクラリエはクスッと笑う。

「安心して? アベリアちゃんを泣かせるようなことにはしない。そうなる前にあたしたちの方が泣く決断をするから」

「僕は誰も泣かさない」

「それを最初に聞いていたなら凄く男前なこと言っているみたいに聞こえたんだろうけど、欲に負けてしまっているところを聞いたあとだと心に響かないねぇ。まぁあたしが言えることは、あたしが死ぬ前にちゃんと抱いてってこと。罰を受けて死ぬ前だったら、いつだって構わないから」

「そこなんだけど、本当にもう死ぬことでしか償えないのか?」

「そうだよ。これはイェネオスやエレスィ、巫女様ともちゃんと話して決めたこと。そしてそう説明をすることであたしは生かされている」

「でも、」

「でもじゃない。ワガママは通じないよ。イプロシア・ナーツェを殺して、あたしの生き様は終わりにする。その方がさ、気持ちが楽なんだよ。自分の母親が種族どころか世界にすら嫌われていて、しかもその母親はこの世界への興味を失っているなんて……考えれば考えるほど気が狂いそうになる話でしょ? だから、」

「だから死んで終わりにするって?」

「うん」

「そんなのはそれこそ自分勝手な決断だ。僕は君に生きていてほしい」

「さっきも言ったじゃん。それはワガママだよ」

「ワガママだろうとなんだろうと、生きていてほしいと思うことは自由だろ。それにこの気持ちを持っているのは僕だけじゃないはずだ。決まったこととか、変えられないこととか、終わりにするとか、死んで全て解決とかそんなのは大嫌いだ」

「そっか……そっか。ありがとう、アレウス君。そう思ってくれる人がいるのは嬉しい。自分で決めたことに抗うことは多分できないけれど、もうちょっと生きることを諦めないようにしてみるよ」

「そうしてくれ」


 馬車は進み、やがて二人は言葉を交わさなくなり、訪れる睡魔に揃って身を委ねた。

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