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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第12章 -君が君である限り-】
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悪逆の果て


「魔力を空より遠いところに蓄え続けて星として、星辰を乱す……か。僕やエルフの巫女にとってはノイズでしかなかったから排除できたけれど、身の安全のためにはそのノイズすらも排除し切れなかった聖女――アレグリアが詠み過ぎて、テッドのたくらみに気付き切れなかったか」

 望遠鏡を覗くのをやめて、『奏者』は急ぎ足で階段を降りる。

「まいったまいった。オーネストを見つけて思わずぶっ放してしまったけど、あの魔力は大事に取っておくべきだった。あの落ちる星を破壊するには丁度良かったのに……これだからあの神力を得た酒乱暴力破戒女僧侶は嫌いなんだ」

 家から外に出て、楽器を手に取る。

「弟子は無事に聖都から離れてくれているみたいだけど、『天眼』のない僕には大聖堂で起こっていることは分からない。さっきみたいな超遠距離の魔法砲撃も観測(かんそく)(しゅ)がいないんじゃどうにも……うん?」

 『奏者』は楽器を爪弾きながら、ニヤリと笑う。

「弟子――いいや、ジュリアン。君の師匠であることを誇りに思うよ。君は素晴らしい」



 『落星』はガラスの向こう側にある。熱で溶かせば穴は空けられる。しかし、ガラスを覆っている魔力障壁が邪魔になる。かつては聖女の魔力であったものだが、その所有権は乗り移ったテッドに渡っている。『養眼』を守るためにも、テッドはこの障壁を崩されたくはないだろう。そうなると、まずはここを突破することで初めて『落星』に干渉できる。

「ナーツェの魔法に比べれば難儀な魔法よ。地上に近付けば近付くほどに速度を落とす」

 アレウスとアベリアの真横にテッドが移動する。

「しかし、おかげで奴隷どもに恐怖を刻める」

 放たれる魔法の矢をアベリアと手を放して避ける。彼女は炎の翼を広げ、アレウスは足裏を着火させて起こす爆風で空中を舞う。


「ワラワの魔霧を吸わせてしもうたのは早計じゃったな」

「そうね、私に二度は通じないし、他の人に通じさせないための対策も取れる。他人のことなんて後回し、って思っていたんだけど」

 リゾラはガルムに横乗りし、『不死人』たちの横を通り抜けてヘイロンへと走る。

「案外、他人の役に立つことをすると良いこともあるものね」

「テメェがやってんのは利用しているだけだろうが!」

「さっきまではそう思っていたんだけど、心変わりしちゃった。アレウスが守りたいって言うんなら、私はそれを全力で守る」

 逃げ回るヘイロンをリリスはガルムで追い立てる。


「それだけ『魔の女』を惹き付けてくれたのなら……ワラワもようやく動ける」

 ヴォーパルバニーに睨まれていたリリスが陽炎のように掻き消える。

「気を付けて、イェネオス!」

「幻影だと思わせずに、本体は潜伏ですか。でも、あなたは『不死人』であるがゆえに必ずテッドを守りに来る!」

 アベリアのように自由自在には飛び回れないアレウスへと魔法の矢の追撃を行うテッドの背後を追うクラリエとイェネオスだったが、突如として現れたリリスに邪魔立てされて追跡を断念し、『緑衣』と『黄衣』が混ざり合った魔力を阻んできた彼女へと撃ち込む。

「それもまた幻影じゃ」

 炸裂する魔力の爆発に巻き込まれたリリスは陽炎のように消え去り、二人の背後に現れる。

「それならあたしもできる」

 イェネオスが自由落下し、リリスがクラリエと認識していた存在が消え去る。そしてリリスの真上から落ちるようにして短剣を頭頂部に突き立てようと試みる。

「あなたの動きはチュルヴォに似ている」

「すぐに王の座を奪われた獣人と比べるでないわ!」

「それでも、チュルヴォは偉大な王だった」

 短刀はリリスの爪で防がれるも、中空を維持することができずにクラリエと一緒に床へと落ちる。

「おかげで私はあなたの幻影を見分ける術がある」

「はっ、術があることと殺せることは異なるぞ!」

「それはそうだね」

 チュルヴォは言葉を交わしながら爪を振るうも、切り裂いたクラリエが幻影となって消える。

「だから私たちはあなたを相手にはしない」

 再びイェネオスの元へと疾走して、クラリエは彼女と共にテッドへと向かう。

「ワラワを差し置いて聖女様の元へ行けるなどと思うておるのか!」

 二人を追い掛けるリリスにアレウスが真っ向から突っ込む。灼熱に身を焼かれながらも彼女は笑い、爪を二度振って火炎ごとアレウスを払い除ける。

「なんじゃ? 星をどうにかするのではないのか?」

「アベリアが魔力障壁を打ち破るまで、手が空いてしまったんだ。なかなか思い通りにはいかないな」

「ならばこれも作戦通りではないだろうなぁ」

 嗤いつつリリスは後方に複数体の幻影を生み出し、ヴォーパルバニーの首を刈り取る。

「幻影は信仰など持たぬ。ワラワのように聖女様の使徒でもない。なにせロジックがないのだ。“神憑き”などに怖れはせん」


 ヴォーパルバニーの睨みから解放され、即座にクレセールとプレシオンが動く。その行く先――アイシャの前にガラハが立ち塞がり、腕の刃と剛腕をどちらも斧一本で制する。


「思い通りにならなかったことなど、これまでも幾らでもあった。だが、それを一度もアレウスに押し付けたことはない。思い通りにならないのなら、柔軟にオレたちが対応すればいい。そうだろ、アレウス?」

 スティンガーを嫌ってかクレセールとプレシオンがすぐにガラハから離れる。

「何度でも来い。オレはアレウスが守れと言った者を守る前衛の戦士だ。アイシャもニィナも取らせはしない」

「まったく……『戦人』に見せてやりたい背中もあるもんだ」

 オーネストは不敵な笑みを零す。

「その度量に免じて、魔法は私が構ってやる。物理は死ぬ気で受け止め続けろ」

 そう言った直後、テッドから放たれた魔法の矢を右手で掴む。

「こんな風に、テッドは自分を追いにくくするために狙ってくるようだからな」


「くっ……アレウスに言われた通りに動かなかったせいで」

 リゾラはガルムを止めさせ、ヘイロンとテッドのどちらに向かうかで迷う。

「あなたはヘイロンを追っていいから!」

「私とクラリエ様がテッドを自由になどさせません! その間にヘイロンを!」

「反射的に追ってしまったのもあるだろうけど、真っ先に倒せる相手と思ったからでしょ? その勘を、あたしたちは信じる!」


「はっはっはっ! この女を信じねぇ方が身のためだぞ! 作戦がガタついたのは早速、この女が好き勝手に動いたからだろうが! そういった協力なんざとは程遠い女なんだよ。なぁ、リゾラ?」

 そう煽ったヘイロンにリゾラが放った火球が降り注ぐ。

「ほぅら、あたしを殺したくて殺したくてたまらねぇからなんにも聞いちゃいねぇ!」

「聞こえたからあなたを真っ先に始末しに来ているのよ」

 迷いが消えたリゾラは再びガルムを駆って、ちょこまかと逃げるヘイロンを追う。


「この魔力……全然、乱れてない。御免、アレウス! もう少しかかる!」

「僕がリリスを倒すまでには終わらせてくれ」

「分かった!」


「ワラワを倒す?」

「やっぱり、『不死人』の中でお前だけが異質だ。人を夢の中で殺せるだけじゃなく、ヴォーパルバニーにすらも立ち向かえる。お前だけは他の誰とも真正面から戦わせちゃならない」

「一番異質なのはテュシアなんじゃがのう……しかしながら、結局は運命(さだめ)だったようじゃ」

 ケラケラと嗤いながら髪を振り乱し、爪で真空の刃を放ってくる。

「お主とワラワの、殺し合いは!! さぁ今度こそ殺してたもれ!!」


 これは油断である。リリスは一方的に勝てると踏んでいる。その行き過ぎた自信の出どころはアレウスがボルガネムに来てからずっとずっと()いてきた()()()によるものだとすら気付いていない。

 夢の中では勝てない、と。夢に誘われれば不利である、と。それでなくとも一騎打ちを仕掛けられればアレウスが勝てる可能性は低い、と。大聖堂の地下で戦った際もアレウスは常々にリリスを強者と捉え、自身を弱者であると思わせてきた。


 それもこれも全て、蒔いた種が芽吹くこの一瞬のためだ。


「君はアベリアと一緒にいるときの僕と戦ったことがない」

 炎を短剣に充填し、全身の炎に揺らぎは一片もない。

「全力を出した僕と戦ったことがない」

「たわけが!! お主の実力など夢の中で知り尽くしておるわ!!」

 爪撃を避け、弾き、足運びは冷静に、それでいて鋭く踏み込んでリリスに炎の飛刃を浴びせる。

「あのときの僕とは違うことを、お前は一度死んで学んだはずだ」

「学びはしたが、お主があれほどの獣剣技をワラワに撃つ余裕などもうあるまい」

 どれだけアベリアから貸し与えられた力を充填しようとも、用いる気力はアレウス自身のものだ。それを回復させるには戦闘から離れ、気を休めなければならない。しかし、大聖堂に侵入してからそんな余暇はどこにもなかった。

「撃てば星を打ち砕けんからなぁ!」

「蒔いていてよかった」

 星を砕くために“火天の牙”は温存しなければならない。


 リリスには撃ち込まない。


「獣剣技、」

 そうやって思い込ませ続けたことで、アレウスが求め続けたこの瞬間へと辿り着いた。

「その油断を僕は刈り取る! “火天(アグニス)()(ファング)”!!」

 彼女がアレウスから一旦離れた直後に真下から真上へとアレウスは短剣を振り抜いて、気力と炎が込められた渾身の技を放つ。飛刃のように床擦れ擦れを奔りながら縦に成長するように伸びていき、狼の下顎が如き形へと変化していく。

「馬鹿な」

 呟き、リリスは回避に移る。

「“我が名に於いて命じる。動くこと能わず”」

 床に突き刺さっていた魔法の短刀が緑色の魔力を帯びて輝く。

「逃げられないよ。まさか火球を防ぐためだけに投擲したとでも思ってたの?」

 テッドの放った魔法の矢を避けながら、クラリエの唱えた呪術によってリリスの動きが一瞬止まる。


 その一瞬が命取りであることは、彼女自身が一番よく知っている。地下でアレウスの獣剣技を既に受けている。そしてそれを受けて死んでいる。防御しても焼き払われるのなら回避しかないことも学習している。そして回避を妨げられたならば、もはや“火天の牙”をリリスは受けるしかない。つまり、死ぬしかない。


「ワラワに撃てば星を砕けんだろうが、痴れ者めが!!」

「“火天の牙”でもあれは砕けないことぐらい見たら分かるだろ。砕けると思い込ませることで、僕がそっちのために温存すると思わせる。これはな、リリス?」

 残された気力が激減し、アレウスは膝を折る。

「大聖堂に入る前から作戦としてみんなに聞かせていたことなんだよ」

 どんな脅威を前にしても、“火天の牙”は必ずリリスに撃つ。そう、どんな脅威を前にしても。なぜなら、夢に干渉する能力もまた絶対的な脅威であるから。リリスを討てばまず脅威の一つを排除し切ることができる。


 リリスの呪怨染みた叫びが木霊して、炎の牙は彼女の体を両断し熱と炎で焼き切った。


小者(こもの)を相手にしているときでさえ全力で掛かれと教えてはおらんかったか。いや、この私もリゾラベート・シンストウに追われるまではそのような細心の注意など払えはしなかったが」

 そう言ってテッドが杖の先に魔力を集めるが、霧散する。

「ちぃっ、『魔法の矢』が尽きた。ここまで70本以上を撃ち込んだが、それでも誰も射抜けんとは」

 軽い苛立ちを見せながらも再び杖を振る。

「だが、まだ詠唱回数が尽きたわけではない。“水に惑え(ウォーター)”」

 テッドの後方に幾つもの水球が生じ、一斉に放たれる。

「どうだ?! 火属性の魔法ではこの水球は撃ち落とし切れまい!」

 ガルムの放った火球は水球と激突して爆ぜ、しかし水球を打ち消すことはできていない。

「避けるんだ!」

 アレウスは立ち上がろうとするが、まだ足に力が入らないせいで前のめりに転ぶ。


「火属性に拘ったのは、そういう油断を待っていたからよ?」

 リゾラの表情に揺らがない。

「『束縛』の魔法を使ったとき、私の話をしっかりと聞いていたかしら?」

 彼女が乗るガルムが口元に集めた炎の塊を作る。

「“ファイア・ボール”」

 飛来する水球に対して、絶え間なくガルムが火球を放つ。それらは水球と激突して――爆ぜることはなく水球を貫通して蒸発させ、回避行動に移っていないテッドに複数発が直撃する。

「テッド! こいつの『服従の紋章』は反転しているんだ! 五大精霊における優劣がこいつの基準で反転する!」

「こんなことで騒ぐな……ヘイロン。“癒やせ”」

 自身の体にこびり付く炎を払いながら火傷を癒やす。

「貴様が逃げ回るだけでなにもしないから、私への魔法が絶え間なく続くのだ。エルフ二人を相手にしながら、この女の魔法すらも対処しなければならん」

「あたしは戦いには向いてねぇんだよ!」

「ああ、知っている。だが、この期に及んで逃走し続ける貴様に嫌気が差しただけだ」

 テッドに息切れが見える。

「思ったより回復魔法の消費が激しいみたいだけど、大丈夫かしら? 火傷と……あれほどの速度の火球を受けたんだもの。打撲、いいえ骨が砕けたり内臓が破裂したりしていたのかしら」

「敵に心配される筋合いなどない。クレセール、プレシオン! このエルフどもを始末せよ。この忌々しい女はやはり私が直々に殺さねばならんようだ」

 そう言ってテッドが『翼』の魔法を解いて花園に降りる。だが、彼の元に一向に『不死人』の援護は来ず、挟撃を仕掛けてきたクラリエとイェネオスを水の障壁でいなす。

「来い! 『不死人』ども!」

「そうは言ってもなぁ、聖女様」

「我らも御身を守るためにすぐにでも駆け付けたいと思っておりますが」


 二人の『不死人』はガラハの大立ち回りによってテッドの命令に従えない状態にある。


「背中を見せようとはしないか」

「当たり前だ」

 クレセールは答えながらスティンガーを避ける。その回避の終わり際にガラハの斧が振り下ろされ、たまらず両腕を硬化させて防いでいる。

「テメェに隙を見せたら、復活できずに死んじまう」

 ガラハの背後にプレシオンが迫るが、眼前に来たスティンガーに動きを阻害される。ガラハが斧でクレセールを払い、振り返りながら剛腕を斧で受け止める。

「どうした? 威勢も覇気も失せつつあるようだ」

「……力量を見誤ってしまったか」

「最悪だな。このドワーフはオーネストと『魔の女』みてぇな例外を除けば、ここにいるどいつよりも強い」

 十字の飛刃が放たれ、プレシオンの右腕が切り落とされる。


「ぬぅうっ、どいつもこいつも使えん。だから命などに価値を感じるべきではないのだ。命など平気で捨てることのできる奴隷どもの方が優秀ではないか!」

 テッドは横目でヘイロンを見やるが、リゾラが駆り立てたスライムから逃げ惑っていたところに潜伏していたガルムによって腕を噛まれてとうとう捕まる。

「驕り高ぶり、力量すら測れず、傲慢にも油断して追い詰められていく。なんともテメェらしい終わりじゃねぇか? テッド・ミラー」

「ふざけるな、オーネスト。私は終わらん、『養眼』が私を終わらせはせん。リリスもすぐに復活する。『落星』を止める手段も先ほど切った。最後に立つのはこの私だ」

 杖がアイシャに向く。

「不安要素と言えば、そこの娘だ。大詠唱の準備をしているな? 障壁を張る魔法だ、そうだろう? 『落星』を止められはしないが、障壁の庇護下に置かれれば貴様たちだけでも生き残ってしまいかねない。だから、その娘から殺す。“水に惑え”」

 複数の水球から一発、戯れとばかりにアイシャに放たれる。オーネストが右手を動かしかけたが、中断する。その意図をテッドは掴めない。


 アイシャの前方をなにかが遮り、水球が弾けて消える。


「なんだ?」

 二発、三発と水球を放つ。その二発の水球も彼女を守るようになにかが遮り、水球と共に弾けて消える。

「なんだと言うのだ!?」


「……アレウスさん? 私、あなたの取った行動が正しいかどうか全く分からなくて、怖くて、嫌いでした。嫌いで嫌いで、気持ち悪いとも思いました」

 放たれる水球は全てなにかに遮られている。テッドは目を凝らし、なにかの正体を探る。

「けれど、あなたの気持ちが最近になって分かるようになったんです。『異端審問会』にさらわれてから、世の中は正しく清らかなままで生き続けていられるほどに純白じゃない」

 放った水球をなにか――()()が受け止めて、弾けて消える

「時には、頼ってはならないものにさえ頼らなければならない……生き続けるために」

 アイシャの周囲に彼女の魔力で呼び起こされた亡霊が次から次へと現れ、そのどれもが水球を受けるために彼女の壁になる。

「あり得ん……屍霊術師の聖女など聞いたことがない! それになんだ、その量は!? どうしてそれだけの亡霊を従えることができるのだ!?」

 驚くテッドに対してオーネストが堪え切れずに大笑いする。

「確かに屍霊術師の聖女見習いなんて聞いたこともねぇ! でもなぁ、テッド……テメェも前代未聞の宮廷魔導士だったじゃねぇか。前例がないなら作るだけ。それが新たな世代だけに許される特権だ。晴れて聖女となれたなら私はお前を歓迎する、アイシャ・シーイング」

「これほどに、こんなにも魔法を撃ち込んで尚も亡霊どもはそんな小娘を味方するというのか! 小娘の盾になるというのか!」

「私が従えている亡霊じゃありません。これは、あなたの罪です」

「罪……罪だと?」

「男娼、娼婦、子供ですらも売り払い続け、奴隷として虐げ続けたあなたの生き方が! これだけの亡霊を集めたんです。全ての亡霊が私のために身を挺しているわけではありません。あなたがこれからも蔓延り続けるぐらいなら、私を守る。あなたへの無念が、私を守ってくれているのです」

「罪に震えておれば、こうしてここには立ってはいない。ただの亡霊ならばいずれは魔法を撃ち続ければ消し飛ぶ。そんな曖昧な存在にしか身を守ってもらえんことを恨むべきだな」

「いいえ、私を守ってくれるのは亡霊だけじゃない」

 彼女に注意を割いたがためにテッドはリゾラの接近に反応するのが遅れた。

「ここにいる仲間は、互いに互いを守り合うためにいるんです」


「“甘すぎる(ハロス)死毒(ハニー)”」

 リゾラがそう唱えてからテッドの杖が彼女を打ち払う。体を打ち付けながら床を転がる彼女を心配し、やっとアレウスが起き上がって傍に駆け寄る。

「ふ、ふふふはははっ……馬鹿めが! 私は聖女だ。死の魔法など効かない!」

「……? あなたは聖女じゃないでしょう、テッド?」

 アレウスの手を借りて立ち上がるリゾラが首を傾げながら言う。

「なにを、」

「私は『蜜眼』を持っているけど聖女じゃなかったから聖女の死の魔法で消えかけた。あなたは聖女の肉体を乗っ取っただけで、あなた自身のロジックに聖女の記述があるわけじゃない」

 テッドの指先が蜜のように溶けていく。

「そんなわけが……ない。私は、聖女となったのだ! 死ね、“否定されし命(サナトス)”」

 死の魔法が詠唱されるがリゾラの体にアレウスが見て分かるほどの異変はない。

「“否定されし命(サナトス)”、“否定されし命(サナトス)”“否定されし命(サナトス)”“否定されし命(サナトス)”!! なぜだ、どうして掛からん?!」

「あのなぁ……聖女以外に死の魔法が唱えらんねぇよ」

 オーネストが呆れたように言う。

「馬鹿な! ならば、なぜあの女は私に死の魔法を唱えられた!?」

「そりゃ、聖女になったからだ」

「なっ……」

「『魔の女』? テメェのやったことはあってはならない強奪だった。だが、その眼の元の持ち主がテメェを許した。その眼にあった残留思念が納得して消え去ったのを私の()は見た。歓迎はしないが、その重責をその身に刻め、リゾラベート・シンストウ」


「溶けて、いく。私の体が、聖女の……いいや、聖女、ではない……?! 私のロジックが、蜜のように、溶けて……あぁ、ぁああああああああ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!! こんなところで、死にたくない!! そうだ、再び誰かを私が乗っ取って……! 私が! 戻るべき563番目の肉体が! 消えているせいで、戻ることさえ……っ!」


「みんな死にたくないからあなた服従し続けた。死にたくないなら、私に服従してみせてよ」

 崩れるように四つん這いになるテッドがドロドロと溶ける体を必死に動かす。

「許してくれ! この通りだ!」

「……で? それを聞いたあなたは、奴隷の反抗を許したことがあったかしら?」

 無いわ、とリゾラは小さく呟いてテッドの懇願を拒絶した。

「ヘイロン! どうにかしろ!」

「うるっせぇ! あたしはテメェが目指した夢の先にある豪華絢爛な日々を求めていたってのに……なんだってこんなことになるんだよ!」


「あなたたちに味方はいない。ドワーフもエルフもヒューマンも、『不死人』も亡霊や魔物ですらも」

「私が消えても、残りのテッド・ミラーが必ず、必ず……」

「そのテッド・ミラーも私が殺す」

 リゾラの冷たい言葉によって続ける言葉を見失い、テッドはそのまま蜜のように溶け落ち、中から意識を失っているが無傷の聖女――アレグリアが現れた。


「やっと魔力障壁を破って、穴を空けられたよ!」

 降り立ったアベリアが状況をすぐに察して言葉を詰まらせる。


「さてさて、まだ終わってねぇぞ? あの落ちてくる星を一体どうする? 私に見せてくれ、新たな世代の強烈な息吹を」

 各々が悪逆の限りを尽くした男の終わりを見届けていたが、オーネストが手を叩くことで気を取り直した。

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